そう謳い、経営されている雑貨屋があった。
その店の名は『必需堂』
どこにでもあってどこにもない、何かを必要とする人の前に現れる不思議なお店である。
日本のどこか、とある通りに面した場所に、その店は建っていた。
現代では珍しい瓦葺の屋根に白い壁のお店は、外観からは想像できないが様々な物を取り扱う雑貨店である。
その店の名は「必需堂」
店の中に足を踏み入れても、その内装は外と同じように、明治から大正の頃にかけてのよう。
ところで雑貨屋といえば、沢山の小物が店中所狭しと並べられているイメージが強いが、ここは並べられている雑貨の数は意外と少なく、四方の壁を覆うような棚と、中央に小島のように配置されたテーブルの上に、レトロな雰囲気の漂う雑貨が何点か置いてある程度だ。
店の奥にはカウンターがあり、その上には店の雰囲気に合わせたのかレトロなレジスターが置いてあり、そのカウンターの向こう側で、年老いた老人が新聞を片手にコーヒーを飲んでいる。
少しして、
カラン、とドアベルが何者かの来店を知らせる。
そこでようやく老人は新聞から顔を上げて、店に来た客を迎える。
「いらっしゃい」
「え・・・?」
やってきたのは大学生くらいの青年で、不思議そうにドアベルと老人を交互に見ている。
「どうかなさいましたかな?」
「あ、いえ・・・コーヒーの、匂いがしたので・・・」
老人と老人の手に持つコーヒーを見ながら、青年は不思議そうな顔をやめることはなかった。
「こ、ここは・・・?」
「私の店だよ。名を必需堂。君が今、必要とするものを売るお店だ」
「必要と、するもの・・・?」
青年は不思議そうな顔をしてはいたが、何故か納得したような顔をして店内を見回す。
「あ、ファンタジーなんかで、よくある便利屋、みたいな・・・」
「それは少し違うね。ここはそんな都合の良いお店じゃあない。私が売るのは君達お客が必要とするものだけだ」
老人はそう言って、新聞を畳んで机の上に置いた。
「さて、君は何を求める?」
「・・・・・・お、れは・・・」
*~~~~*
青年の名前は誠二。日本の大学に通う、普通の大学生だった。
中学生の頃からの友人と夢を共にし、別々の大学でありながらも頻繁に連絡を取り、夢に向かって邁進する。ゆっくりと山を登るように青春を駆け抜ける。それが、彼の送ってきた人生だった。
人生の山を登る途中の彼が大きな谷に出会ったのは、自らの異常性に気付いたときだった。
それは日本時間にして店を訪れる直前、彼の体感時間にすれば、九万時間近く前の事になる。
彼からすればほぼ十年前。彼の目の前で彼の親友が事故に遭いかけた。
追突事故で吹き飛ばされた軽自動車が横滑りに歩道に突っ込んできたのだ。
例え突き飛ばそうとも、引き戻そうとも、間に合わない。どちらにせよ二人の内片方は重傷を負う可能性が高い場面で、時が凍った。
文字通り、誠二の目の前で時間は停止したのだ。
吹き飛んできていた軽自動車は勿論、集まる野次馬や飛び立つ雀も、全てが一様に何度確かめようとほんの少し前と寸分違わぬ場所で凍り付いていた。
事故に遭う恐怖と、突然起こった幻想的な現象への混乱で、一周回って落ち着いた誠二は、とりあえず軽自動車の車線上から凍ってしまった友人を持って安全な場所へと逃れた。
その後、小一時間ほど悩んだり試行錯誤をしてみたものの、凍った時は一向に動き出さず、待てば動くかもしれないと、近場の本屋で座り込んで漫画や小説などを読んで九時間程経過しても、時間は停止したままだった。
そこまで時間が経てば、空腹感が訪れないことに気付き、どうやら誠二自身の時間も何かしらの形で停止していることにも気付けるというものだ。
空腹で死ぬこともなく、疲労することもなく、生理現象の全てが機能しておらず、生きているとも言えず、死んでいるとも言えない。
生命活動すらも時間と同様に停止しているはずなのに、意識だけが時のように止まることを逃れ、誠二の肉体を動かすことが出来ている。
一体どういう理屈なのか、それを突き止めることが出来れば、この結晶のように固まってしまった時間を元の通りに動かすことが出来るかもしれない。
そう考えた彼は、今自分に起きている現象を調べるために、日本中を巡りながらの研究を始めた。
しかし、一向に成果は得られず、かといって何もしないのも気が狂いそうだったので、誠二は日本中を巡ることの目的を研究から観光や学習に変えることにした。
そして、全国を巡りながら九教科などの基礎学力の上昇を目指していたとき、誠二の鼻にコーヒーの匂いがしてきたのだ。
人の姿はあれど気配はなく、音も光も空気さえも凍り付いたことで世界にただ独り取り残されたはずの誠二にとってその人の気配とも言える自分ではない匂いというのは衝撃だった。
匂いにつられるまま、町中にある和風の建築をしたお店のドアを開けたのだった。
*~~~~*
「・・・な、にを、もとめれば」
「・・・・・・・・・なるほど」
突然言われた意味不明なことにか、それとも長い間一人だった事の反動か、呆然としたように言葉が詰まる誠二に老人は納得したように一つ頷くと、店の陳列棚から一つの箱を持ち出した。
「それは・・・?」
「恐らくだが、今の君にはこれが必要だろう」
老人がふたを開けると、中には懐中時計が入っていた。
「まさか・・・時間停止の!」
「いや、ただの懐中時計だよ。機械式のハーフハンターだ」
懐中時計を持ち上げて確認してみれば、西暦や月や日付まで見ることが出来る多機能タイプで、針の全ては止まったままだった。
「機械式だからね、ねじを巻かないと動かないよ。一応、自動巻機能もついているが懐中時計には不要な機能だ」
「・・・・・・ぉお」
誠二は懐中時計をしげしげと眺める。彼はそのままに、老人は時計の説明を続ける。
「カバーは上のボタンで開けることが出来るタイプだ。竜頭の場所で動かせる歯車が変わる日付の設定をするときにはそうしなさい。さて、外の時間、暦でその懐中時計は止まっている。動かすにはどうすれば良いか、君なら分かっているだろ?」
「は、はい! あの、これ・・・」
「売り物だよ。君が必要なものだけどね」
「いくらですか?」
「7,500円だ」
「・・・買います。あの、今外の時間が止まっているのって・・・」
「君なら原因は分かっているんだろう?」
「・・・・・・はい」
誠二は老人にお金を払い、懐中時計を手に入れた。
「あの、ありがとうございました」
「君はただ、買い物をしただけだ」
「それでもです」
気が晴れたような顔をして店の出口に向かう誠二。
その背中に向かって、老人が声をかける。
「我が必需堂ではまたのご来店は待っていない。二度と来訪することないように」
「・・・・・・気をつけます」
必需堂は、何かを「必ず要する」人の前に現れる。
本来は、そんな切迫した状況になどならない方が良い。
故に、一度訪れた者誰しもが再び必需堂を訪れることはない。
ただし。
この文章の再読は、いつでも心待ちにしております。