尊敬していたはずの作家が実は女装の達人だった!
日常と非日常の境界に戸惑う少年は、いつのまにか変化している自分に気づく。
少年Aがイキっていたので初投稿です。
──あ、雨だ。
雑踏に紛れた声に呼応し、アスファルトの上に点々と染みが出来る。どんよりとした午後の天気に辺りは鬱陶しそうに傘を差し始めた。
「くそぁ……」
辺りを見回す。コンビニは無いかと内心舌打ちをしながらも、小走りに傘の群れを追い抜いていく。地図アプリに頼るのは、この新宿という場所に負ける気がして嫌だった。
徐々に強くなる雨脚を避けるように、水溜まりをぱしゃりと蹴散らし退避場所を探す。小洒落た店舗、騒がしいゲームセンターをついつい避けてしまうのは、人に見られる気がするからだろうか。
ようやく見つけたコンビニに駆け込む。あまりに急いていたのか自動ドアの空いた瞬間軽い衝撃を覚えた。
少し低めな声と、バラバラと化粧道具の散らばる音。一瞬呆けてから、女性とぶつかってしまったことに気づく。
「あっ、す、すいません」
顔に熱が登る。恥ずかしい、みっともない。羞恥心に尻を蹴飛ばされながら、急いで散らばったものを片付ける。
視界の端には何事かと視線を送る通行人、駆け寄ってくる店員。それを無理矢理消すように地面を探す。
全部集め終わり、ぺこぺこ謝りながら女性に顔を向けると、その人は笑っていた。
──馬鹿にされた。思わず顔を背ける。
「ありがとう。君って優しい人なんだね」
ハスキー気味の声が耳に染み込む。ぱっと顔を上げると、急いでるからと行ってしまった後。ついぞちゃんと顔を見ることは無かった。
その人がいた空間を眺めると、一枚の名刺が落ちていた。
『女装bar──輝』
その紙切れから、あの人の名前を知ったのだった。
■■■■■■■
数時間後。ホテルの確保もままならないまま繁華街を歩いていた。名刺に記載されてる住所を便りに歩く。歩く。
別にやましい気持ちなんてない。ただ謝りたいだけなのだ。そんなことを言い聞かせるように、ガヤガヤとした人混みをすり抜ける。
そして、ついに見つけた。見つけてしまった。見つからなかったら帰ろうと思ってたのに。
繁華街を抜けた先にあったのは、小さな明かりと『輝』の文字。一昔前のスナックのような店構えと意外にもしっかりとした木製の扉。
まるで見張ってるぞ、と言わんばかりに扉が見つめ返してきて目を逸らす。そのまま素通りしようとしては、立ち止まり引き返しを繰り返す。いっそのこと誰かが出てきてくれればとも思ったがまるでそんな気配もない。
「くそぁ……」
思わず声に出す。数回うろうろして、やっぱり諦めて帰ろうか、と踵を返した矢先。
「あれ、君は昼間の……」
肩が跳ねる。紛れもなく数時間前に聞いた声。反射的に体が動く、
「あ、あの! これ……返しに、来ました……」
差し出したのは片手に持っていた名刺。いや、そうじゃないだろと内心で声をあげるも、急流のように事態は進む。
ぱっと顔をあげると初めて顔を見た。本当にこれが男装なのかと疑いたくなるような顔立ちと、さらさらのショートヘア。そして何よりも僕は彼、もしくは彼女の瞳に目を奪われた。
透き通るガラスを陽の光に翳したときのような曇りなき光。何事も自分のすることが間違っていないと信じて進む、強くて美しい輝きをたたえた瞳。
そんな目がニコリと笑みを浮かべた。
「キミ、成人はしてる? お酒は? 本は好き?」
え、と声が漏れ続ける。矢継ぎ早の質問に答えられぬままに、その人は続ける。
「君を一夜限りの夢に招待するよ! 何事も煌めいて見えるといいね」
どこかで聞いたようなフレーズを捲したてられ、手を取られる。女性の手というには固く、けれど暖かい。そんな手に引かれ、僕は未知の扉をくぐる。
まるで不思議の国のアリスのように、僕はこの青春の日々に迷い混んでしまったのだ。
おそらくつづきません