いつもの配信の直前、私は山下さんに呼び出されて、へんてこ空間に来ていた。なんと山下さんの個人用アカウントの、山下さんのホームだそうだ。
何がへんてこかと言うと、何もない。それに尽きる。
「こんなホームが作れますって見本を見せてくれたゲームマスターの個人用とは思えない」
「あちらはほとんど制限なく、プレイヤーが手に入れられるものなら何でも使えましたから。こちらは個人用なので自分で手に入れないといけません。そしてそんな時間はありません」
「も、もしかしてブラックですか……」
「ご想像にお任せします」
うわあ……。どんな企業にも黒いところはあるとは思っていたけど、運営さんも真っ黒だったんだ。個人でゲームも楽しめないとか、私なら耐えられない。
私が知られざる運営の闇に戦いていると、山下さんが小さく噴き出した。
「ごめんなさい。冗談ですよ。単純に、仕事が終わってから、もしくは休みまでAWOをしていると、休んでいる気がしないためです。オフの時は食べ歩きがメインになっています」
「ああ、なるほど……。太りません?」
「…………」
「ごめんなさい!」
こわい! 笑顔なのに笑ってない! 山下さんにとっての地雷らしい。この話題は封印しよう。
「本題ですが」
こほん、と咳払いをしてからの山下さんの言葉に、私は背筋を伸ばした。
「投げ銭の申請が通りました。本日から利用できます」
「本当ですか!?」
「はい。ただし、他の方と違い、現金が入金されることはありません。ミレイ様のアカウントのゲームコインとして扱われます。また、要望の通り、ミレイ様のアカウントには一つだけ特別なメニューを入れておきましたので、適時ご利用ください」
「了解しました!」
投げ銭は、視聴者さんが配信者にお金を支払うシステムだ。これをしないと配信が見れなくなる、なんてこともなく、まあ寄付みたいなものになる。金額も百円から三万円までで、視聴者さんの好きなようにできるというもの。
投げ銭の一割は運営さんに支払われて、九割が配信者さんの利益になる。本来なら通帳を登録して月に一回そこに振り込まれることになるんだけど、私は未成年で、なによりもれんちゃんがいるということで、全額ゲームの課金アイテムを購入できるコインになることになった。
私としては文句なんてない。別に儲けたいから投げ銭に申請したわけじゃないし。いや、ある意味で儲けたいから、なのかな……?
ともかく、視聴者さんに報告しないとね!
「というわけで、投げ銭解禁だー!」
『おめ!』
『申請してたのかw』
『早速……できねえぞ?』
「あ、説明させてください。それまで止めてます」
いきなりすぎるでしょこの人たち。念のために止めててよかった。
『れんちゃんがディアの上で何か読んでる』
「あ、うん。投げ銭についての説明文。私がみんなに説明してる間に、れんちゃんは基本的なお勉強です。……ごろごろれんちゃんかわいい。うえへへへ」
『誰かこいつをどうにかしろよ』
『できるわけがないんだよなあ……』
『ミレイちゃん、早く説明しよ?』
怒られてしまった。反省はしないけど!
「まず投げ銭は手数料を除いて、ゲームコインになります」
『ほう』
『なんで?』
「私が未成年っていうのもありますけど、それ以上にれんちゃんがいますから。あまり現実のお金に直結させるのはよろしくないのでは、とのことで」
『気にしすぎだと思うけどな』
「まあ私も、れんちゃんは賢いので心配しすぎだと思います。でも私自身お金稼ぎしたいわけじゃないので」
『そうなん? せっかく登録者数も視聴者数も順調なのに』
『上手くやれば配信で生活できるぞ』
それは、まあ。考えなかったと言えば嘘になる。確かにとても順調に、どころか順調過ぎるほどにどちらも増えてるけど、でもだからといってそれで生活できるとも思えない。
不安定過ぎる、いとも簡単に稼げなくなる、というのもあるけど、それ以上に。
「これはれんちゃんのための配信だからね。みんなも、れんちゃんに会いに来てると思うし。だからこの配信での投げ銭は、れんちゃんのために課金アイテムとか買っちゃいます」
『把握』
『了解ー』
とりあえず納得はしてもらえたらしい。荒れなくて安心した。
「それに、私にも将来の夢があるわけで」
『へえ。何になりたいの?』
「保育所とかで働きたいなあって……」
『よせ。やめるんだ!』
『お前が? 冗談は寝てから言わないと誤解するだろ?』
『保育所の子供たち、逃げて!』
いや、ひどくないかな!? 私のれんちゃんへの接し方が原因っていうのは分かってるつもりだけど、それでもあまりにひどいと思う!
「いやいや、確かに子供はかわいいけど、そういう意味じゃないからね!?」
『誤魔化さなくてもええんやで?』
「誤魔化してないから!」
確かにれんちゃんがきっかけにはなったけど、それが全ての理由じゃない。ただ、れんちゃんと触れ合って、子供の相手が意外と楽しかった、ただそれだけ。それだけなんだってば。
残念ながら私の説明は、分かってる分かってると流されてしまった。折を見てちゃんと説明しないと……!
『使い切れなかったコインはどうすんの?』
「ああ、それらは寄付です」
メニューを操作して可視化する。そうしてから、課金アイテムの購入ウィンドウを出した。他の人にはない、私だけの特別メニューが商品一覧にあるのだ。
それを指し示すと、案の定視聴者さんたちは困惑していた。
『寄付って、こんな項目あったか?』
『今確認してみたけど、ないぞ?』
『こちらも同じく。ミレイちゃん、それってなに?』
「これは私だけの特別メニューです。れんちゃんの病気の治療でいつも寄付金募ってるんだけどね、そこに募金しますよっていう項目。余ったらこっちに入れるので、無駄なくれんちゃんのために使われます」
『徹底してるなあw』
『ほほう。つまり、れんちゃんのための募金目的で投げ銭するのもあり?』
「ありです。その時は言ってくれれば、その金額先に募金します。そしてとても助かります。その、れんちゃんにはあまり言えないけど、結構お金かかるからね……」
『だろうな』
『れんちゃんのための医療費になるなら、投げ銭してもいいかなって思える』
『待て。待ってくれ。れんちゃんって何か重い病気なんか?』
おっと、そう言えばどうせ調べるだろうと思って言ってなかったね。ついでに説明するのもありかな……。んー……。
「なんだったかな。原因不明、過敏症、のセットで検索したらまとめが出てくると思うから、そっち見てほしい」
『まとめあるってことは、マジで重い病気?』
『命の心配はないけど重い病気ではある』
『調べてお前も投げ銭するんだよお!』
「無理強いだめ、絶対。れんちゃんが知ったら怒るからね」
『あ、はい。気をつけます』
十分に気をつけてほしい。……いや、何様だよとか言われそうだけどさ。れんちゃんが悲しそうにするからね。
「あの子は、自分のために誰かが無茶をするっていうのを、すごく嫌がるから。私たちは気にしないのにね……」
『ミレイ……』
「もっとれんちゃんのために働いてれんちゃんにほめてもらいたい。なでなでしてほしい。是非に」
『ミレイwww』
『お前はほんとにさあ!』
『イイハナシダナー』
いや、まあ冗談だけどね。さすがにね。
ともかく、これで説明は以上だ。というわけで、
「投げ銭解禁だー!」
ぽちっとな!
…………。いや、馬鹿なのかこいつら。
「とりあえずいきなり三万円ぶちこんだ人の頭がちょっと狂ってるのは理解した」
『辛辣ぅ!』
『ひでえwww』
『まあまあ、数人ぐらいはそういう人もいるよ』
「ちなみになんか五十万コインになりました」
『多すぎぃ!』
『うんごめん。ミレイに同意するわ。馬鹿かお前ら』
『うっせ。そう言うお前も投げたんだろ? 言ってみ?』
『は? 上限三万に決まってんだろ』
『お前が一番馬鹿じゃねーか!』
いやさ。ほんとにさ。私はどうすればいいのかな。え、いや、ほんとに。なにこれ。五十万って、え。どういうことなの。
「な、なにこれ。私どうしたらいいの? え、脱ぐ?」
『落ち着いてミレイちゃん! そういうのじゃないから!』
『お前らがいきなりアホなことしたせいでミレイが壊れたぞ!』
『え? 最初から壊れてね?』
『確かに』
ひどい。
いや、でも、なにこれ。まだ増えるんだけど。ええ……。
『慌てなくても、初回ブーストだと思えばいい。俺もさすがに毎日投げ銭できるわけじゃなし』
『そうそう。余ったコインは募金だろ? 是非とも医療費に回してくれ』
「うん……。いや、でも。ごめん。ちょっと。本当にありがとうございます」
ただの同情。そうかもしれない。でも、それでも、実際にお金を出してくれる。それがどれだけ有り難いことか、安っぽい言葉よりも、よほど価値がある。
ん……。ちょっと限界。
「れんちゃんれんちゃん」
今日はお話があるからとディアたちと遊んでもらっていたれんちゃんを探す。うん。もふもふに囲まれて幸せそう。和む。
「おねえちゃん? どうしたの?」
「ちょっと……。ぎゅー」
「わわ……! お、おねえちゃん?」
ん……。すごいよね、このゲーム。ちゃんと、れんちゃんの温もりを感じる。うん。あったかい。
「おねえちゃん……?」
「………。ぐす」
「ん……。よしよし」
撫でてくれるれんちゃんの手が心地良い。本当に、うん。うん。みんな、あったかい。
『これはてえてえ』
『なんか、うん。良かれと思ってやっただけなんだけど……』
『ミレイにとっては大切な妹が当事者だもんな……』
「お見苦しいものをおみせしました」
とりあえず落ち着いたので土下座である! いやあ、ちょっぴり恥ずかしい! これは長くからかわれるやつだね! 自業自得だけどさ!
『ええんやで』
『おれらは何も見てない』
『よくあることよくあること』
「う、うん。なんか。優しくされると、ちょっと困る……。いや、ありがと」
からかわれると思ったらなかったことにしてくれた。いい人たちで私はとても嬉しいです。いや、本当に、ね。
「それはともかく! コインが手に入りました!」
「コイン?」
「そうだよれんちゃんコインだよ! あー……。たくさん!」
「たくさん!」
とりあえず誤魔化す! 察せられないように!
「つまり! これで色々するよ!」
「いろいろ?」
「そう! まずはこれだ!」
テイマー必須の定額課金アイテム! 月千コインでできるマイホーム自動拡張システムだ!
『それを買うとどうなる?』
『名付けをしてないテイムモンスターも無制限でここに呼べるようになる上に、呼べば呼ぶほどホームが広くなる』
「そう! つまりは! もふもふパラダイスが作れる!」
「もふもふぱらだいす!」
おっとれんちゃんが食いついた! そうだよね作りたいよねパラダイス! 名付けなしのモンスターは五匹まで、なんて制限もなく呼べちゃうのだ! まあ、連れて歩けるのはさすがに五匹までだけど。
「ちょっと前にウルフ百匹テイムとか、馬鹿なことした配信者もいたよね」
「百匹! すごく楽しそう!」
「そうだね楽しそうだね、すごくいいアイデアだよね!」
『手のひらクルックルやなw』
『ミレイのお手々はドリルってマ?』
『れんちゃんが全ての中心だから……』
何か文句でもあるのかな、こいつらは。
とりあえずぽちっとな。……うん、まだあんまり違いは出てないけど、この先増やしていけば分かると思う。楽しみだね。
「ただ、引き継ぎの購入を忘れちゃうと一気に減っちゃうんだよね」
『ウルフ百匹の人もそれで絶望してたよな』
『自業自得とはいえ見てて辛かった』
『その後二百匹に増やしたのを見た時は正直頭がいかれてると思いました』
「二百匹! 楽しそう!」
『そうだね楽しそうだねいいアイデアだよね!』
『お前もドリルじゃん』
『うるせえ当たり前だろうが!』
喧嘩はよくないと思います。とても気持ちが分かるので!
「おねえちゃん、行ってきていい?」
「え? あ、うん……。ディアと一緒ならいいよ」
「わーい! ディア、行こう!」
というわけで、れんちゃんがディアとラッキーを連れて行っちゃいました。ウルフが増えそう。どうなることやら。
「とりあえず忘れたら怖いので、ある程度の引き継ぎ購入をしておこうと思います。いいかな?」
『おk』
『そのコインはもう二人のものだから好きにしたらいいと思う』
『忘れてれんちゃんが泣くぐらいなら賛成だ』
「ありがとー。ではとりあえず十年分ぽちっとな」
『ふぁ!?』
『ええ……』
『いや確かにそれなら安心だけど。安心だけど……!』
まあ私もさすがに買いすぎかなとは思うけど、念のためにね。万が一にもれんちゃんの泣き顔なんて見たくないからね!
「でも半分も使ってない……。うん。有り難いけど投げ銭しすぎだと思うなあ!」
『ほんまになー』
『れんちゃんのためになるなら!』
「有り難いけど……。えっと、あと何か買うものあったっけ。お家周りはれんちゃんに任せるとして……」
『ガチャやろうぜガチャ』
『金にものを言わせてレアアイテムをゲットだ!』
『真面目に言えば、れんちゃんにあの最高レアの卵をプレゼントしてほしい』
「あー……。あれか」
このゲームにもスマホで流行ったゲームのようなガチャがあるんだけど、まあお遊び要素みたいなものだ。最高レアの装備とか、あれば攻略が楽になるけど、なくても別に問題ない、という程度のもの。
その程度のお遊び要素だから、確率もお察し。最高レアが出る確率はわずか一パーセントで、最高レアそのものも二十種類ある。まあ正直、狙ったものはまず出ないと思った方がいい。
一応いわゆる天井は設定されてて、百回、一万円で必ず最高レアは出るようになってる。ピックアップとかはなし。
最高レアの卵というのは、テイマー向けのアイテムで、正式名称は四聖獣の卵。孵化させることができれば、朱雀、青龍、白虎、玄武のうちどれかが手に入る、らしい。
ちなみにこの間れんちゃんがテイムした白虎は、本当にただ白くて大きいトラなだけで、四聖獣とはまた別物。わかりにくい。
「んー……。きりがなくなりそうだし、一日十回ずつやっていくね」
というわけでぽちっとな。
『わくわく』
『他人のガチャってなんでこんなに楽しいのか』
『自分の金がかかってないからだろ』
『よく考えなくても最低だな!』
「はいはい。結果発表! クズアイテムです本当にありがとうございました」
『ですよねーw』
『知ってたw』
『まあそんな甘くはねーわなw』
いきなり最高レアが出る方がおかしいから、こんなものだ。まあそのうち、何かくるだろう。
ところで、だ。さっきから、妙に楽しいことが起きてるんだけど。光球をそちらへ向けまして。
「ねえ、あれってなんだと思う?」
『続々ウルフが入ってきてる』
『前触れなく急に出てくるんだな』
『これってもしかしなくても』
「れんちゃん、だろうね……」
なんだろう。ウルフに囲まれながらわしゃわしゃもふもふしながらエサを上げてるれんちゃんを容易に想像できる。ここは本当にもふもふパラダイスになりそうだ。楽しそう、だけどさ。
その後のんびりとウルフが出てくる様子をみんなで眺めていたら、百匹ほどでれんちゃんが戻ってきた。有言実行しちゃったよこの子。
「おともだちたくさん!」
「うん。そうだね」
『ミレイの目が死んでる……』
『なんか、すごい光景になったな……』
『自動拡張はちゃんと働いてるな。ウルフの住処なのかちっちゃい森もできてる』
ああ、ほんとだ。森、というか林? みたいなのができてる。ウルフたちはみんなでそっちに行くみたいだ。なるほどこうなるのか初めて知ったなあ。
「おねえちゃん?」
「なんでもないさー」
とりあえずれんちゃんに与える情報はもう少し考えようと思いました。