テイマー姉妹のもふもふ配信   作:龍翠

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壁|w・)十回分飛んでいるように見えますが、仕様です。
さくっと最終ダンジョンやりたかったの……。


配信二十一回目:最終ダンジョンツアー

 れんちゃんと一緒にドラゴンに会いに行こう企画は、正直なところ暗礁に乗り上げていた。

 

「勝てぬ……」

 

 ストーリーは三部構成で、ドラゴンは三部の最終ボス。で、私は二部の最終ボスで躓いています。変な巨人みたいなボスが倒せないです。目からレーザーとか意味わからん。

 

「というわけで、助けて」

 

 夜の九時。れんちゃんが落ちた後、ストーリーの攻略に挑んでボスに詰まった私は、配信で助けを求めた。あれは無理です勝てません。どうして二部は強制ソロなの……。

 

『二部のラストって巨人だっけ』

『目からビームというロマン兵器のボス。運営の遊び心が満載だな!』

『殺意の高い遊び心だなw』

 

 ほんとにね。目からビームが一番威力高いからね。予備動作が大きいからそれだけなら避けるのは簡単なんだけど、取り巻き召喚しまくって本当にうっとうしい。

 

『ちなみに三部はあの巨人が当然のように出てくる』

 

「ええ……」

 

 なにそれ絶望しかないんだけど。ええ、これまだまだクリアできなさそうなんだけど……!

 

『このストーリーは一年を目安にじっくり取り組む難易度のはずだからな。そもそも一ヶ月というのが無茶すぎた』

 

「だよね……。でもれんちゃん、あんなに楽しみにしてるしなあ……」

 

 どうにかして、最終ダンジョンに行けないものかな。

 むう、と唸っていると、意外な人から声がかかった。

 

『やっほー、ミレイちゃん。アリスだよ。苦労してるみたいだね』

『アリスきた!』

『新衣装か新しい服なのか!?』

『うるさい。今はミレイちゃんとお話ししたいの』

 

 それはちょっと横暴すぎやしないだろうか。苦笑しつつ、用件を聞いてみる。なんだか、服の用事ではなさそうだけど。

 

『ミレイちゃんは、別にストーリーをクリアしたいってわけじゃないんだよね?』

 

「だね。最終ボスのドラゴンに会いたいってだけだから」

 

『うん。じゃあ丁度いいかな。明日で良ければ行かない?』

 

「え」

 

 それは。それはつまり、アリスは最終ダンジョンに挑むということだろうか。それは、でも、えっと、いいのかな?

 

「アリス。あのね、れんちゃんがいるから……」

 

『だいじょぶ。分かってる。戦闘は一切なし、れんちゃんのテイムをまったり眺める。それでいいよ』

 

「多分、時間かかるよ?」

 

『いいよいいよー。れんちゃんを見て和んでおくから!』

 

 それはそれで、保護者として許可していいのか分からなくなるんだけど。いや、気持ちは分かるけどね。ふむう。

 

『ミレイ。是非とも付き合ってやってくれよ』

 

「ん? アリスのお知り合い?」

 

『おう。一緒にストーリーやってた。こっちの方が早ければミレイちゃんとれんちゃんを誘うんだって張り切ってたんだ』

『なに言っちゃってるのかなあああ!?』

『これは恥ずかしいw』

『アリス、いいところあるな……』

『ちなみに三日前にいつでも行けるようになったのに、恥ずかしくてなかなか言えなかったらしい』

『やめろおおおおお!』

『草』

『かわいいw』

 

「う、うん。えと。どうしよう反応に困る……」

 

 そ、そういうことなら、お願いしてもいいのかな……? むしろこれで断る方がかわいそうな気もするし……。

 うん。ありがたく、お願いしよう。

 

「お願いします」

 

 私が頭を下げると、一瞬だけ慌てたようなコメントの後に、

 

『こちらこそ、よろしくお願いします』

 

 そんなアリスのコメントが流れてきた。

 

 

 

「というわけで、やってきました最終ダンジョン!」

 

 現在、私たちがいるのは真っ暗な草原。草も木も何もかもが黒い漆黒の世界。その世界にぽっかり広がる赤い穴。ここが、最終ダンジョンの入口だ。

 そして一緒に行くのはもちろんこの二人、れんちゃんとアリスだ。

 

「わーい!」

「いえーい!」

 

 無駄にテンションが高い。大丈夫かなこれ。

 

「今回も一応配信していますが、雰囲気を重視してコメントは全てカットです! だから何を言っても私たちは反応しないからそのつもりで!」

 

 ぷかぷか浮かぶ光球にそう告げる。今も誰かが何かを言っているかもしれないけれど、残念ながら私たちにその声が届くことはない。ここに来る前に注意事項として伝えたから大丈夫だとは思うけど。

 

「ミレイちゃんの本気装備はやっぱり格好いいね。さすがお金のかかる装備……」

「言わないで……」

 

 私の今の装備は赤を基調にした軽鎧で、その、なんというか。ガチャの最高レアです……。

 いや、違うの。違うんだよ。少し前の配信でね、れんちゃんと一緒に遠出してみるよって言ったらね、れんちゃんを守るならもっといい装備を、みたいな話の流れになってね……。

 あれよあれよとガチャしまくりました。気付けば最高レアの装備一式が揃いました。揃ってから私も視聴者さんたちも正気に戻って、みんなで何やってんだろうと自己嫌悪しちゃったよ。

 

 この装備、強いは強いけど、やっぱり装備で強くなるのはちょっとなあ、と思うわけです。なのでこの、いわゆる本気装備は、れんちゃんと一緒に遠出するための装備になりました。

 ちなみに四聖獣の卵はまだ出てない。これが物欲センサー。

 

「アリスは……弓?」

「そうそう。生産スキルはDEX、つまり器用さがよく上がるんだけどね、弓のダメージに直結するんだよ。生産職の人に弓士が多いのはそれが理由だね」

「なるほどね……」

「まあそもそもとしてあまり戦わないけどね!」

「だよね」

 

 アリスは誰かが素材を持ち込んでくることの方が多いらしくて、あまり戦闘はしないそうだ。だから趣味スキルばっかり覚えているのだとか。それでも最低限として弓は覚えたらしいけど。

 そんなアリスの装備はいわゆる弓道着。白い上衣に黒の袴。アリス曰く、馬上袴というものらしい。弓道着というのはうんたらかんたらと十分近く熱く語っていたけど、ごめん、ほとんど聞き流した。

 

 そして本日、というかいつもの主役のれんちゃんは、いつもの着物、とはちょっと違って、袴を膝辺りで切ったもの。こういうの、なんていうんだっけ? アリスがこれもまた熱く語ったような気がするけど、全て聞き流した。いやだって、長いから……。

 着物はれんちゃんのお気に入りだけど、もう少し動きやすいようにという要望でこうなった。れんちゃんのホームではいつも通りなんだけどね。

 

「さてさてれんちゃん! エサの貯蓄は十分かな!?」

「えっとね。百個セットが百個あるよ!」

「なんて?」

 

 さすがにそこまで持ってるとは思わなかった。アリスも目を丸くしてるし。いや、多すぎでしょ……。

 

「ディアもラッキーもみんなも、ちょっとずつ好みが違うの。だからいろいろ配合を変えてちょっとずつ増やしてたらこうなったの」

「え、なにそれ。初耳なんだけど」

 

 アリスを見る。首を振られた。どうやらアリスも、エサの好みなんてことは知らなかったらしい。

 

「エサに種類なんてあるの?」

 

 アリスに聞いてみると、少し考えてから答えてくれた。

 

「あるにはある、かな……。品質、という項目があるよ。ただ、品質でテイムの確率は変わらないから、何のためのものか誰も知らなかったんだけど……。味、違ったんだあれ……」

「むしろ味あったのか、あれ……」

 

 れんちゃんがみんなに配ってる時、モンスターたちがとても美味しそうに食べていたからちょっとかじったことあるけど、まあ人間が食べられるものじゃなかった。だからこんなものと思うことにしたんだけど……。さすがというか、よく見てるなあ……。

 

「うん。気を取り直して、行こっか!」

 

 深く考えても仕方ないからね!

 

 

 

 このゲームのストーリーのダンジョンは、基本的には何らかのイベントがある部屋が十部屋と、最後のボス部屋の全十一部屋になっている。これに関しては初めから終わりまで一貫していて、例外はこの最終ダンジョンのみ。十部屋目とボス部屋が入れ替わってるらしい。

 

 昔からのゲーマーさんにとっては物足りないらしいけど、これは仕事をしている社会人の人に配慮してそうなってるらしい。あまりに長いダンジョンだと、いつまでたってもクリアできずに詰まるかもしれないってことだね。

 適正レベルなら一時間前後がクリアの目安だと公式でも書かれていた。

 というわけで、一部屋目です。

 

「最終ダンジョンは出てくるモンスターはランダム要素なしの固定のみだよ。で、一部屋目は……」

「オルトロス、と。……オルトロスってタコじゃなかったっけ?」

「ミレイちゃん、お父さんが古いゲーム持ってるでしょ。もしくはリメイク」

「なんで知ってるの?」

 

 確かにお父さんが古い家庭用ゲームを持ってて、少し遊ばせてもらったことあるけど。

 オルトロス、と赤い文字で表示されたモンスターは、二つの頭を持つ犬だった。真っ黒な犬で、とても大きい。ディアより一回りは大きいと思う。二つの頭は、先頭にいるれんちゃんを睨み付けていた。

 

「むむ!」

 

 れんちゃんがなんか反応した! 両手を上げて、叫んだ! がおー! 何がしたいのこの子。

 

「モンスターにも簡単なAIが積まれてるって聞いたけど、ほんとなんだね。オルトロスが微妙に戸惑ってる……」

「ほんとだ……」

 

 オルトロスは敵意が薄くなって、ちょっと困ったような様子。れんちゃんをじっと見つめて、そして助けを求めるかのように私たちを見た。何故。

 

「これで私たちが動けば、戦闘開始だね。動かないけど」

「残念だったねオルちゃん、がんばってれんちゃんと遊んでください」

 

 敵意がないと襲われない、はここでも正確に反映されてるみたいで、オルトロス改めオルちゃんは身動きできずに止まっていた。じっと、れんちゃんを見つめている。

 対するれんちゃんは、モンスターを呼び出した!

 

「ラッキーおいでー」

 

 ぽてん、とれんちゃんの頭の上に落ちてきたのはいつもの子犬のラッキー。ラッキーはオルちゃんを見上げて、首を傾げて、そして何もせずにれんちゃんに抱かれた。

 れんちゃんはラッキーの前足を持ち上げて、

 

「がおー!」

「…………」

 

 オルちゃんが涙目になってる。なんだこの子、かわいいかよ。

 

「がおー!」

 

 三度目の咆哮。……咆哮? いいや咆哮で。

 今度は、オルトロスも反応した。

 

「ガアアァァァ!」

「ぴゃ!」

 

 れんちゃんが目をまん丸にして驚いてる。そして、どうなるのかと思えば、

 

「かっこいい!」

 

 まじかよれんちゃん。さすがだねれんちゃん。

 

「わあ、おっきいけどもふもふだ。ディアと同じくらい? もっと? もふもふしてる……。にくきゅうさわりたい。ぷにぷにしたい! 足持ち上げて! そうそうありがとー! おー、ぷにぷにだー!」

 

 なんだこれ。いつの間にかオルちゃんは言われるがままなんだけど。オルちゃん色々諦めてない? 大丈夫?

 

「オルトロスってね、三部で出てくるボスなの」

「へえ?」

「というかね、ここのダンジョンって今までのボスが相応に調整されて出てくるダンジョンなの」

「昔のアクションゲームのボスラッシュだね」

「そんな感じ」

 

 ということは、アリスはオルトロスとも戦ったことがあるってことだね。普通に戦うと強そうだ。私が苦戦中の二部のラスボスより強いのかもしれない。

 

「それはもう、苦労したよ。結局強いフレさんに頼ったしね」

「そっか。……今、すごく骨抜きにされてるけど」

「ね」

 

 いつの間にかオルトロスがお腹を見せてる。そのお腹をれんちゃんがなでなでしながら、エサを上げてる。なんだこれ。

 

「泣きそう」

 

 そう呟いたアリスの肩を、私はぽんと叩くしかなかった。

 

 

 

 なんということでしょう。開始五分で仲間が増えました。双頭の犬、オルトロスです。れんちゃんを背中に乗せてご満悦です。アリスの目は死んだ。

 

「ドラゴンにたどり着く頃には仲間がそれだけ増えそう。なるほどまさに総力戦! ストーリーの最後にふさわしい!」

「確かにドラゴン戦で、一定時間ごとに仲間や以前の敵がかけつけてくれるって聞いてるけどね? 少なくともオルトロスはいなかったと思うなあ」

「細かいことは気にしちゃだめです」

 

 これもある意味総力戦。うん、間違い無い。

 オルちゃんの部屋を出て、それなりに長い通路を歩く。このダンジョンは通路や部屋の隅を溶岩が流れていて、独特な雰囲気がある。ちなみにこの溶岩は見た目だけで、触れることはできない。透明な床が上にあるからね。

 さて、二部屋目だ。れんちゃんはオルちゃんの上で、次はどんな子かなとわくわくしてる。

 そして部屋に入った瞬間、アリスが消えた。

 

「え」

 

 びっくりした。本当に、なんの前触れもなく消えた。なんだろう、そういう能力を持ったモンスター? どんな能力だよと言いたいけど。

 部屋の中へと視線を移せば、オルちゃんが丸くなって欠伸をしていた。あれ?

 

「れんちゃん? ここのモンスター、もうテイムしちゃったの?」

「んーん。オルちゃんが寛ぎ始めちゃった。安全なんだと思う」

 

 どういうことだろう。ふむ、こういう時は視聴者さんに聞こう。

 というわけで、コメントを可視化して、と。

 

「どもども。アリスが消えちゃったんだけど、どうなったのこれ? 今時珍しい回線落ち?」

 

『オルちゃん(笑)に突っ込みたいけど、違うぞ』

『十部屋目を除く偶数部屋はイベント。三分から五分程度で戻ってくるはず』

『お手伝いはイベントを見れないので、待ちぼうけです』

 

「あー、そっか。イベントか」

 

 要所要所でイベントを挟むと。最終ダンジョンだからそれも当たり前か。戦闘する部屋が減るからいいことかもしれない。

 

「ありがとう。じゃあ、不可視化します」

 

『まって』

『ちょっとそこのオルちゃんについて詳しく!』

 

「終わったらね」

 

 ぽちっとな。

 さて、正直配信するべきじゃなかったとは思うけど、一応山下さんには許可をもらったし、きっとどうにかするでしょう。私もオルちゃんを撫でようかな!

 

 ということで、れんちゃんと一緒にオルちゃんをなでもふしていたら、アリスが戻ってきた。心なしか涙ぐんでいるような……。

 

「ど、どうしたの?」

「ストーリーがね……良かったの……」

「そ、そっか。えっと、待とうか?」

「いや別に?」

 

 あ、涙がひっこんだ。切り替え早くないかな!? アリスの視線はオルちゃんの肉球をもにもにしているれんちゃんに注がれてる。によによ笑い始めた。ちょっと、気持ち悪い。

 

「れんちゃん最優先だよもちろん。ドラゴンを見た時の反応が楽しみだね!」

「それはまあ、うん。分かる」

 

 れんちゃんに声をかけて、先に進む。また長い通路を歩いていく。さてさて、本当にこの先もテイムできるのかな?

 

 

 

 三部屋目、九つの首があるヒュドラ。れんちゃん曰く、かわいいらしい。時折この子の趣味が分からなくなるよ……。ヒュドラに触ったれんちゃんの感想は、すべすべで気持ちいいそう。この子の上でお昼寝したい、なんて言われた。反応に困る。

 当然のようにテイムしてました。緊張感も何もない。

 

 五部屋目。三つ首のケルベロス。わんこの首が増えたところでれんちゃんが怖がるはずもなく、もふもふしまくってた。肉球ぷにぷにしてた。オルちゃんより一回り大きかったけど、そんなのは関係ないらしい。ちょっとぐらい怖がってもいいんだよ……?

 当然のように以下略。

 

 七部屋目。キマイラ。獅子の頭に山羊の体、そして尻尾は蛇。すごいのが出てきた。さすがにこれはれんちゃんもどん引きなのでは、なんて思ったんだけど。

 

「もふもふとすべすべが合体した!」

 

 まじかよ。それでいいのれんちゃん!? なんかこう、気持ち悪くないかな!? さすがのアリスもその反応にびっくりしてるよ! 私もびっくりだよ!

 

「え……? おねえちゃん、この子かわいくないかな……?」

「かわいいと思うよ!」

「ミレイちゃん……」

 

 なにかなその目は。れんちゃんが大正義だ。れんちゃんが白と言えば灰色も白になるのだ。黒を白と言ったらさすがに注意するけど。

 当然以下略!

 

 そして、九部屋目。

 

「ストップ」

 

 九部屋目に入る前にアリスが止めてきた。不思議に思いながらも立ち止まる。れんちゃんたちも止まった。うん。さすがにこう、大きなモンスターが四匹もいると、圧迫感がやばい。

 

「九部屋目のボスはストーリーの黒幕みたいな敵だよ」

「へえ……。それもテイム……」

「できないと思う」

「そうなの?」

「うん。だって相手、人間タイプだから」

 

 なるほど、と納得できた。ゲームマスターの山下さん曰く、全てのモンスターがテイムできるらしい。それは逆に言えば、モンスターでなければテイムできないってことだと思う。

 まあ、当然だろうとは思う。スケルトンとかならともかく、さすがにNPCと同じような人をテイムしてたら普通に引く。

 

「しかもそのキマイラとかより強いらしいから、れんちゃんには待機してもらった方がいいんじゃないかな?」

 

 ということは、私とアリスの二人で戦うことになるのかな。正直自信はないけど、それを倒せばれんちゃん念願のドラゴンだ。今こそ限界を超える時!

 

「ねえねえアリスさん」

「どうしたの? れんちゃん」

「あのね。あのね。それって、悪い人? すっごく悪い人?」

「うん。すっごーく、悪い人」

「そっか!」

 

 れんちゃんが嬉しそうに笑う。あれ、待って、なんだか、すごく、嫌な予感がするのですが。気付けばアリスも、微妙に笑顔が引きつっている。

 

「ミレイちゃん。とてもすごく嫌な予感がするの。気のせいかな?」

「奇遇だね、アリス。私もすごく、そんな気がする」

 

 二人で顔を見合わせて、笑う。はははまさかねははは。

 

「れんちゃんは外で待機だよ? いい?」

「うん!」

 

 あれ、予想に反していい返事。杞憂だったかな?

 アリスと共に、九部屋目に入る。部屋の中央に、黒い甲冑の男がいた。ネームを確かめてみると、赤黒い文字でジェガとある。見ただけで分かる強敵の気配。これは気を引き締めないと……。

 私たちが歩いて行くと、ジェガががしゃりと剣を抜いて……抜いて……。

 抜こうとして、何故か私たちを、というよりもその奥を見て硬直していた。

 

「気のせいかなアリス。嫌な予感が現実のものになった気がするよ」

「奇遇だねミレイちゃん。振り返りたくないよ」

 

 でもそうも言ってられないので、二人そろって振り返る。

 オルトロスが。ヒュドラが。ケルベロスが。キマイラが。ジェガを睨み付けて唸っていた。どう見ても臨戦態勢です。これはひどい。

 

「みんながんばってー!」

 

 れんちゃんの声援が届くと、四匹が嬉しそうに尻尾を振った。見事に飼い慣らされてる。もう一度言おう。これはひどい。

 そして、私たちが呆然としている間に、四匹がジェガに襲いかかった。

 

 

 

 結果を言えば、ひどい蹂躙でした。

 いや、うん。仕方ないと言えば仕方ない。いくらジェガが四匹よりも高いステータスだったとしても、四匹も直前でボスをしていたモンスターだ。一対一ならともかく、一対四は多勢に無勢というやつだろう。

 

 少しずつ減っていく四匹のHPに対して、目に見えて分かるほどの勢いで減っていくジェガのHP。笑うしかないとはこのことだ。

 五分もかからずにジェガは消滅して、四匹は勝ち鬨を上げるかのように吠えていた。

 

「みんなすごい! 強い! かっこいい!」

 

 れんちゃんの無邪気な歓声に、四匹は嬉しそうに尻尾を振る。キマイラさん、尻尾の蛇がちょっとかわいそうなことになってるよ……?

 

「ははは……。黒幕が一瞬で……。はは……」

 

 アリスが真っ白になっちゃった。気持ちは分からないでもない。一般のゲームで例えるなら、ラスボスが突然出てきたNPCに勝手に倒されたような感じだと思う。

 

「アリス、その、ごめんね……?」

「あ、うん。いや、うん。大丈夫、うん。正直私たち二人だと結構微妙だったし、ちょうど良かったよ。……かき集めてきた回復アイテムは無駄になっちゃったけど」

 

 アリスが言うには、このジェガ戦のために、今まで作った服とか可能な限り売って、回復アイテムを用意してくれていたらしい。百回は完全回復できて五十回は蘇生できる程度、だって。とても申し訳ない気持ちでいっぱいです……。

 

「でも、見ていて面白かったしいいよいいよ! ストーリーですっごくむかつくやつだったからね! すかっとした!」

「それなら良かった……のかな?」

 

 フォローされてるような気もするけど、何も言わないでおこう。あとで、お礼しないとね……。

 

 楽しそうにじゃれ合うれんちゃんたちに声をかけて、次の部屋に向かう。小さい女の子が巨大なモンスターと遊ぶ光景はなかなかシュールだ。システム的にあり得ないと分かっていても、食べられちゃいそうで見ていて怖い。

 

「あの四匹がいれば、ドラゴンも余裕そうだね」

 

 そうアリスに言ってみると、意外なことにアリスは無理、と首を振った。

 

「え、どうして?」

「うん……。今のレベルの上限、知ってる?」

「百だよね。今のところは」

 

 レベル上限の解放は定期的に行われてるから、またすぐに上がるだろうけど、今のところは百までだ。ちなみに私は五十三。高くもなく低くもなく、過半数のプレイヤーがこのあたり。

 れんちゃんは確か十だったかな。戦闘せずのんびりもふもふしたり、ラッキーと一緒に釣りをしたりしているだけだから、妥当だと思う。

 

「ドラゴンのレベルは千だよ」

「なんて?」

「千」

「いや無理ゲーすぎるでしょ」

 

 一とか二そこらで大きく変わるわけじゃないけど、さすがに十の差があれば大きく変わってくる。百の差があるならまずダメージなんて通らないだろうし、九百以上の差とかどう考えても勝てるわけがない。

 

「うん。だから特殊なバフが山盛りにかけられるんだよ。そこから耐久しながらストーリーが進むのを待って、全てのNPCが揃ったら最終決戦、みたいな流れ」

「王道だね。もしかして実質的なラスボスって……」

「ジェガだね!」

「ごめんなさい!」

 

 そっか、あれラスボスだったのか……! つまりこの先のドラゴンは、本来はイベントありきの戦闘で、生き残ることを考えればいいってことか。

 

「ある程度HPを削らないと進行しないから、逃げ続けていいわけでもないけど」

「それでも楽は楽だね」

 

 まあどっちみち、私たちはれんちゃんを見守るだけなんだけど。アリスも今回でクリアできなくてもいいらしいし。アリスが言うには、一度クリアした部屋は再挑戦の時に素通りできるらしい。とても優しい仕様だと思います。

 さてさて。最後の部屋にたどり着きました。重厚な扉が道を塞いでいます。

 

「ドラゴン! ドラゴン! わくわく!」

「かわいいなあ」

「かわいいねえ」

 

 期待に目を輝かせるれんちゃんがとてもかわいい。アリスと頷き合って、小さく言う。来て良かった、と。

 

「オルちゃん、ヒューちゃん、ケルちゃん、キーちゃん、大人しくしててね!」

 

 呼ばれた四匹が頷いた。名前、にはなってないのかな。あくまで愛称扱い? それとも名付けしちゃったのかな。あとで聞いておこう。

 

「おねえちゃん、入っていい!?」

「いいよー」

 

 私が頷くと、れんちゃんは嬉しそうに扉を押し始めた。ゆっくり開いていき、やがて全開になる。

 扉の先は、ただただ広い空間だった。壁は見えないし、空は夕焼けから変化がないみたい。多分、異空間、みたいな設定なんだと思う。ここに封印でもされてるのかな?

 そして目の前には、そのドラゴンがいた。

 

 白い大きなドラゴン。いわゆる西洋のドラゴンに近いと思う。真っ白な羽毛のようなものに覆われていて、見ているだけで神々しい。ぞくりと、背中が冷たくなる。これは、穢しちゃいけないものだ、と本能的に思ってしまった。

 名前を見てみると、始祖龍オリジン、とあった。

 

「あはは……。実際に生で見ると、すごいね……。怖いとはまた違うけど……。うん。すごい」

「だね……」

 

 アリスの呟きに頷く。これと正面から戦うプレイヤーは素直にすごいと思う。

 さてさて、我らが妹は。

 

「もふもふのかっこいいドラゴンだ!」

 

 大興奮である。なんか、目が怖い。れんちゃんの目が怖い。れんちゃんは一切躊躇なんてせずにドラゴンに向かって走って行った。

 

「うええ!? いいのあれ!? 大丈夫なのあれ!?」

「だ、大丈夫じゃないかな……?」

 

 アリスの歯切れが悪い。いや、仕方ないとは思うけど。誰も攻撃するわけでもなく突っ込むようなことはしたことがないだろうし。

 私たちの心配とは裏腹に、れんちゃんはドラゴンにたどり着いた。恐る恐るとその大きな体に触れて、そしてドラゴンが目を開いた。

 

「……!」

 

 これはさすがにまずいかもしれない。アリスと頷き合って、れんちゃんを助けるために駆け出そうとして、

 

「すっごいもふもふだね……。えへへ、ふわふわ……」

「…………」

 

 ドラゴンは何もしなかった。むしろどう見ても困惑してる。なんだろうこの子、みたいな顔、と思う。あれ? もしかしてこのドラゴン、かわいい?

 

「あ、起きたの? 起こしちゃってごめんね。もうちょっと触っていい?」

 

 遠慮無くそんなことを聞くれんちゃんに、ドラゴンは引き気味に頷いていた。れんちゃんが強すぎる……。

 どうやらこのドラゴンも、ちゃんとモンスターの枠組みに入るみたいだ。アクティブだけど敵意がなければ攻撃してこない。だかられんちゃんはこうしてもふもふを堪能できると。

 

「長くなりそう、かな?」

「ふふ。そうだね」

 

 この後どうなるかは分からないけど、すぐにどうにかなるわけでもないみたいだし、のんびりとすることにしましょう。

 

 

 

「ミレイちゃんミレイちゃん」

「なにかなアリス」

「そろそろもふもふし始めて一時間だけど」

「そうだねえ」

「よく飽きないね……」

「ほんとにね……」

 

 この部屋に来て一時間。れんちゃんは変わらずドラゴンをもふもふしてる。変わらずといっても、いつの間に仲良くなったのか、れんちゃんはドラゴンの鼻に触れて喜んでる。ドラゴンもふんふん息を吐き出していて、なんだかちょっと楽しそうだ。

 おやつがわりに上げてるのか、エサもばんばんあげてるみたい。体に合わせてか、一気にたくさん上げてる。なんか、すごい。

 ちなみにこの間オルちゃんたちは気ままに毛繕いをしていた。それでいいのかボスモンスター。

 でもそろそろ時間がまずいかも、と思っていると。

 

「ええ!?」

 

 アリスが大声を上げた。どうしたのかな。

 

「アリス?」

「いや、ええ……。和解って、こんなのあるの……?」

「へ……? あ、いや、まさか」

 

 多分、アリスは何かしらのイベントが始まったのかもしれない。……あ、アリスが消えた。

 れんちゃんを見る。れんちゃんはドラゴンを撫でながら、叫んだ。

 

「じゃ、えっとね、君の名前はレジェ!」

 

 名付けしちゃった……? いや、待って。え、うそ。それってつまり……。

 

「おねえちゃーん! お友達になったよー!」

「まじかよ……」

 

 嘘みたいなほんとの話って、あるんだね……。

 れんちゃんの方へと歩いて行く。レジェと名付けられたドラゴンは、今もれんちゃんに鼻を触らせてあげてる。気持ちいいのかな?

 大きいドラゴンだけど、こうして見るとかわいいかもしれない。……いや、それはない。大きすぎて恐怖心の方が先にくるよこれ。

 

「れんちゃん」

「なあに?」

 

 わあ。すごく機嫌のいい声だ。まあ、うん。念願のドラゴンだもんね。嬉しくもなるよね。

 

「ステータス、見せてもらってもいい?」

「はあい」

 

 ささっとれんちゃんがレジェのステータスを見せてくれる。レベル表記を見てみると、千のままだった。いやいや、正気なの? いいのこれ? やばくないかなこれ!?

 どうしよう。山下さん呼ぶべきかな。ここで? 今? それはそれで、問題起きそうな。え、ほんとにどうしたらいいの?

 

「えへへ……。もふもふ、かわいい……」

 

 かわいいかなそれ!? いや、うん。れんちゃんが幸せそうならいいや……。

 その後は時間いっぱいまで、れんちゃんがレジェを撫で回すのを眺めることになってしまった。いや、本当に、どうしようかな……。

 


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