ある日の夜。自室の荷物の整理をしていると、少し懐かしいぬいぐるみがダンボールから出てきた。お座りしたキツネのぬいぐるみだ。
デフォルメされたキツネで、祈願成就、という言葉が書かれた札を首から提げてるぬいぐるみ。確か、小学生の頃にどこかの神社で買ってもらったものだ。
一目見て気に入って、その時のお母さんに必死になっておねだりしたのを覚えている。引っ越しの時にどこかのダンボールに入れた覚えはあったけど、今まで見つからなかったんだよね。
それなりに古いぬいぐるみだけど、丁寧に、大事にしていたから、まだまだふわふわできれいな子だ。ちょっとだけもふもふしつつ、少し考える。
れんちゃんにあげたら、喜ぶかな?
なんとなく、この子はれんちゃんの元にいるべきだと思う。この子は祈願成就のキツネだから、私のじゃなくてれんちゃんの願いを叶えてあげてほしい。
というわけで、明日持って行くものとして、そのキツネを鞄に入れておいた。
翌日。いつもの病室に入ると、
「えへへー。もふもふもふもふ……。もふもふもふ……」
「…………」
「もふもふも……、!?」
たくさんのぬいぐるみをベッドの上に並べて、もふりまくるれんちゃんの姿が! れんちゃんは最初私に気付かなかったみたいだけど、途中で気付いて硬直してしまった。かわいい。
しばらく見守っていると、れんちゃんは無言でベッドから下りて、ぬいぐるみを一個ずつ丁寧に棚に戻していく。棚に戻す前にぬいぐるみを一撫でするのも忘れない。さすがれんちゃん、もふりマスターだ。
全てのぬいぐるみを戻して、ベッドに座って、れんちゃんはにっこり笑顔で言った。
「いらっしゃい、おねえちゃん」
「うん。その、なんというか……」
よし。こういう時こそ、姉力(あねちから)を発揮する時!
「れんちゃんは今日もかわいいね!」
「ばかー!」
「ぶへ」
枕が飛んできた。うん、なんか、間違ったっぽい。お年頃って難しいなあ……。
気を取り直して。椅子に座って、れんちゃんを見る。れんちゃんはそっぽを向いて、私と目を合わせてくれない。怒ってますよアピールだ。なお、チョコ一枚で機嫌が直ります。
けれど今日は! チョコじゃないのだ!
鞄からキツネを取り出して、れんちゃんの膝の上へ。れんちゃんはすぐにキツネを見て、ぱっと顔を輝かせた。
「キツネさん!」
れんちゃんはキツネを手に取ると、もにもにしながらくるくるする。つまり丁寧に触りながら隅々まで確認する。そうしてから、不思議そうに首を傾げた。
「もしかして、ちょっと古いぬいぐるみ?」
少しだけ、驚いた。隠すつもりはなかったけど、それでもれんちゃんに上げるから綺麗にしてきたつもりだったんだけど。
「よく気付いたね。ごめんね、新しい方がよかったかな……」
「あ、ううん。ちょっとだけ気になっただけだよ? かわいい」
きゅっとキツネを抱いて、微笑むれんちゃん。抱きながらキツネの耳を触ってるから、気に入ってくれたのは間違いないみたい。一安心だ。
「一応、それなりに古いかな。私がれんちゃんの年ぐらいに買ってもらった子だよ。れんちゃんはまだ赤ちゃんだったんじゃないかな?」
「そうなの? じゃあ、おにいちゃん?」
「それはない」
絶対にない。断じてない。そのポジションは私だけのものだ。
なんて思ってたら、れんちゃんに苦笑いされてしまった。
「わたしのおねえちゃんは、おねえちゃんだけだよ?」
「れんちゃんはかわいいなあ!」
「わぷ」
ぎゅっとしてなでなでする。ついでに喉あたりもこちょこちょすると、気持ち良さそうに目を細めた。うん、今日もやっぱりかわいい。
「おねえちゃん」
「んー?」
「この子、おねえちゃんがもらったものでしょ? いいの?」
キツネを私の目の前に割り込ませてくる。むう、れんちゃんが見えない。キツネのくせに生意気だ。もふもふしてやれ。
「いいのいいの。私の部屋でダンボールの中にいるより、れんちゃんの部屋でお友達と一緒にいた方がいいだろうからね」
「ダンボール……かわいそう……」
「いや、うん。面目ない……」
本当にね。一年以上ダンボールの中で眠ってたことになるからね。そんな私と一緒にいるより、れんちゃんや仲間と一緒にいた方がきっと喜ぶはずだ。間違い無い。
「大事にするね」
「うん。れんちゃんなら大丈夫だと知ってるからね」
キツネをきゅっとするれんちゃん。とりあえず視覚撮影をしたくなりました。どうして私は! 今スマホを手に持ってないんだ! 私の馬鹿!
「キツネさん、かわいいね……」
「うん」
「あのね、おねえちゃん」
「ん?」
「あっちにも、いる?」
あっちってどっち、なんてことは言わないとも。AWOにいるのかってことだよね。
答えは、もちろんいる。いる、けど……。
「キツネさんと友達になりたい?」
「うん!」
わあ、とても元気な即答だ。ふむ、ふむ、そっか。
「二日ほど、キツネさんに会うのに一緒にいろいろしてもらうけど、大丈夫?」
「え? えっと……。ホームにも帰れないの?」
「や、それは大丈夫。ホームには帰れるよ」
「それならいいよ!」
うん。まあ、そうだろうなとは思ってた。まあ、れんちゃんがいいなら、行くとしましょうか。
「よし分かった。じゃあ、今晩から早速お出かけするから、そのつもりでね!」
「うん!」
ふんす、とれんちゃんが鼻息荒く頷いた。でもまだ時間あるからね? ほらほら、こちょこちょ。ごろごろごろ。……やっぱり子猫っぽい……。