テイマー姉妹のもふもふ配信   作:龍翠

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配信三十三回目:ペンギンさんとシロクマさん

 

 雪山のクエスト。何度もできるクエストだと思ってたけど、九尾がテイムできるまで、という条件付きだったらしい。れんちゃんと一緒に訪れた村には、もう誰もいなかった。

 

「こうなると、ちょっと寂しいね」

「うん……」

 

 もこもこれんちゃんと一緒に、村を見て回る。本当に、何もない。ルル曰く、村に残された本に氷の洞窟について書かれてたらしい。まあそれは何かしらのフラグになるわけでもないみたいで、見なくても場所さえ知っていれば入れるらしいけど。

 村を出て、頂上へ。キツネももういないみたいで、本当に寂しい山になってしまった。多分、こんな状態になっちゃったから誰も調べなかったんだと思う。だからこそ、今まで見つからなかったんだろうね。

 

 頂上は、大きな岩があるエリアだ。この大きな岩に九尾が立っていて、近づいてきたプレイヤーに襲いかかってくる、というのが私が経験したクエストの流れ。

 あの威風堂々とした九尾はとても格好よかった。あの姿を見るために、何の報酬もないのに雪山に来るプレイヤーがいるほどだ。

 その大きな岩の陰に、その大穴はあった。

 

「この穴が洞窟かな。まさかこんなところに、穴があるなんてね……」

 

 九尾をテイムしないといけないらしいから、私じゃもともと見つけられなかったとは思うけど。一応私もテイマーだけど、シロで十分であまり他をテイムしようと思わなかったし。

 

「さてさて。では、ぽちっとな」

 

 配信開始をぽちっと。すぐに光球が出てきて、コメントも流れ始めた。

 

『お、はじまた』

『ペンギンか! ペンギンなのか!』

『ん? どこだここ?』

 

「どもども。ただいま、例の雪山に来ています。前情報通り、九尾がいなくて岩の側に大穴があったよ」

 

 光球を動かして穴を見せる。おお、とコメントが流れていく。なかなかの大きさの大穴だからね。ディアぐらいの大きさなら通れると思う。

 

「それじゃあ、れんちゃん。まずは私が様子を見てくるから……」

「あ」

 

 説明しようとしたところで、れんちゃんが短い声を上げた。何が、と思う間もなく、見知った白い影が穴に飛び込んでいった。

 見知った、というか、ラッキーが。

 

「ら、ラッキー! 待って!」

 

 慌ててれんちゃんも飛び込んでしまう。取り残されるのは私です。

 

「ちょ、れんちゃん待ってー!」

 

 段取りも何もない! いや、れんちゃんはもちろん悪くないけどさ!

 私も慌ててれんちゃんを追って、穴に飛び込んだ。

 

『いきなりぐだぐだだなw』

『まあ生配信の醍醐味だ』

 

 五秒ほどの自由落下の後、さすがはゲームと言うべきか、特に衝撃もなく地面に降り立った。すぐに顔を上げて、それを見て。うん。なにやってるのあの子。

 

「ちっちゃい……かわいい……」

 

 ちっちゃいペンギン……雛かな? なでなでしてる。おまかわ。

 特に危険はないみたいだし、とりあえず周囲の確認かな。

 洞窟はドームのような部屋になってて、私たちが落ちてきたのはど真ん中。真上に小さな丸い光が見える。多分、あそこから落ちてきた……という設定だと思う。

 落ちたこの場所は、ちゃんとした土の地面。ただ、凍り付いていて、とても滑りやすそう。

 

「スケートとかしたら楽しそうだね」

 

『ここでスケートは死ねると思う』

 

「ですよねー」

 

 うん。分かってたよ。ほんとだよ?

 周囲は水。というか、氷? 多分、池になっていて、ここはその池にある小島みたいなものだと思う。池は全部凍り付いているんじゃなくて、所々穴があるみたいだ。……あ、穴からペンギンが出てきた。あそこから魚を探してるのかな。

 

『おお、ほんとにペンギンだな』

『よちよち歩きがかわいい』

『ペンギンの雛が特にかわいいな。ふわもこじゃないか』

 

 れんちゃんが撫でてる雛を見ると、なるほど確かにふわもこだ。れんちゃんもにっこりだね。でも、どう見ても最初から仲良くしてるんだけど……。

 

『まあれんちゃんだしな!』

『仲良くなる天才……っ!』

『実際のところ、敵意とかに反応してんじゃねえの? 捕まえたいとか思っても敵意判定だろ?』

 

「なるほど確かに。その辺りどうですかルルさん」

 

『否定はできない、とだけ。ペンギンがいるって知って来たら、やっぱりホームに連れて行きたいって思ってるだろうから』

『確かめる手段がないのがなあ』

 

 こればっかりは運営さんしか知り得ないだろうからね。私たちは推測するしかないわけで。

 まあ、それも含めて楽しむのがゲームか。

 さてさてれんちゃんは、と。

 

「わ、わ、けんかしちゃだめ……!」

 

 なんか、ラッキーとペンギンの雛がれんちゃんの前で睨み合ってる。なんだろう、視線で火花が散ってる光景が見える、気がする。

 

『なんだ、何があった?』

『幼獣決戦』

『慌てるれんちゃんもかわいいけど、助けてやれよ』

 

 いや、助けたいのは山々なんだけど、経緯がまったく分からなくて……。

 うん。とりあえず、引き離せばいっか。

 二匹に近づいて、首根っこを掴む。ぷらんとぶら下げた。ラッキーがわんわん、ペンギンがきゅうきゅう鳴いてる……怒ってる? けど、れんちゃん最優先です。

 そのれんちゃんは、あからさまにほっとしていた。

 

「で、どうしたのれんちゃん」

「あのね……。どっちが頭にのるかで、喧嘩してたの」

「あ、うん……。そっか……」

 

 うん。うん。そっかそっか。

 

「平和だなあ……」

 

『ミレイwww』

『いやまあ、思ったよりほのぼのとした理由だったけどw』

『ただの場所の取り合いw』

『しかもれんちゃんの頭の上w』

 

 焦った自分が馬鹿みたいだよ。

 ラッキーを頭の上に、ペンギンを地面に。悪いけど、れんちゃんの頭の上はラッキーの特等席だ。たまになら他の子に譲るみたいだけど、テイムもされてない子に譲るわけがない。

 ペンギンはちょっぴりしょんぼりした様子だった。そ、そんな顔をしても、無駄だからね!

 

『ペンギンの目がうるうるしてる』

『そんなにのりたかったのかw』

『何がそこまでさせるのだろうか……』

 

 いや本当に。れんちゃんの頭の上に何かあるの?

 ちょっとだけペンギンの雛に呆れていたら、親ペンギンかな? 大きなペンギンがこちらにえっちらおっちら歩いてきた。私たちを見て、けれど特に何もしない。そのまま視線が雛の方へ。

 雛は親ペンギンに気付くと、親の方にぺたぺた歩いて行った。そのまま、親の足下に入り込む。あれってどうなってるのかな。

 

「わ……入っちゃった……」

 

 れんちゃんも驚いてるみたいだ。きらきらした目でペンギンを見てる。

 

「あの! こんにちは!」

 

 ぺこりとれんちゃんが挨拶。親ペンギンはきゅ、と独特な鳴き声を上げて、そしておもむろに頭を下げた。

 

「礼儀正しいペンギンだね……。君たち見てる? ペンギンに負けてるよ?」

 

『おまいう』

『うるせえよ』

『いや待て、これはまさか!』

 

 なんだろう、一部のコメントが少し慌ててるような。私が首を傾げる前で、ペンギンは口の中からぼとりと何かを吐き出した。

 何か、というか、魚だ。微妙に溶けてる気がする。

 そしてその魚を、こちらに差し出してくる。

 

「これは、あれかな。子供の面倒を見てくれてありがとう、てことかな」

 

『そう、だろう、けど……』

『絵面がひどすぎるw』

『れんちゃんまで引いてるぞw』

 

 おお、ほんとだ。珍しいことにれんちゃんの頬が引きつってる。さすがにれんちゃんも、吐き出されたものは受け取りたくないらしい。気持ちは分かる、とても分かる。

 それでもれんちゃんは、動いた。お魚を手に取り、ペンギンに笑いかける。引きつってるような気がするけど、気にしない。

 

「ありがとう、もらうね」

 

 れんちゃんの言葉に、ペンギンは嬉しそうに羽をぱたぱたさせた。かわいいけど、なんだろう、さっきの光景のせいで、どうしてももふろうと思えない……!

 

『これは難易度の高いもふもふ』

『おかしいな、さっきまで微笑ましかったのに……』

『運営か開発か知らんけど、そこまでリアルにするなと言いたい』

 

 本当に。れんちゃんが引くってよっぽどだからね?

 さて、他のペンギンを、と考えたところで、ペンギンの親子はまだこちらを見ていた。正確には、れんちゃんを。雛も下から顔を出してて、とても愛らしい。

 

「えっと……。何かしてほしいことがあるの?」

 

『さすがれんちゃん、もふもふに優しい』

『俺なら絶対魚の一件で帰るわw』

 

 私も正直帰りたい気持ちの方が強いんだけど、れんちゃんが残るならそういうわけにもいかないからね。大丈夫、私は見守るだけ。そう、見守るだけなのだ。

 

『ミレイの目が死にかけてるんだけど』

『気持ちはよう分かる』

『がんばれミレイ。今回ばかりは素直に応援してやるから』

 

「あはは……。ありがと……」

 

 歩き出したペンギンにれんちゃんがついていく。どこに行くのかな。

 ペンギンが案内してくれたのは、凍り付いた池にある小さい穴だった。魚なら通れるけど、ペンギンは入れない程度の穴だ。そこにいる魚が欲しいのかな?

 れんちゃんも同じことを思ったみたいで、私の方に振り向いてきた。

 

「おねえちゃん、釣り竿ってある?」

「もちろん」

 

『何がもちろんなんですかねえ……』

『普通はそんなもん持ち歩かないんだよなあ……』

『何言ってんだお前ら。れんちゃんが釣りをやってただろ。あれで興味を持ってやるかもしれない。釣り竿を持つ理由なんてそれで十分だろうが』

『お、おう』

『もちろんミレイの思考な。ぶっ飛んでる』

 

「うるさいよ」

 

 綺麗に言い当てられたと思ったら、まさかそんな予想を立てられてるとは思わなかった。いや、いいけどさ。

 インベントリから釣り竿を実体化させて、れんちゃんに渡してあげる。銀色の、ちょっと近代的な釣り竿だ。

 

「ありがとうおねえちゃん!」

「いえいえ」

 

 がんばってね、とれんちゃんを撫でてあげたら、嬉しそうに頷いて駆けていった。

 

「あの笑顔だけで私は満足です」

 

『ミレイは平常運転だな』

『お、そうだな。平常が平常じゃないけどな』

『平常とは』

 

 喧嘩売ってるのかなこいつら。

 

「でもあの釣り竿は世界観考えろと言いたい」

 

『それなw』

『リアルにありそうな釣り竿だからなw』

『さすがはガチャ産やで……』

 

 そう。あの釣り竿は時折みんなとやってるガチャで出てきたものだ。比較的レアリティは高い方だけど、最高レアじゃないので実は複数所持してる。

 

「あ、そうだ。昨日れんちゃんと釣りをしてくれた人、今見てる?」

 

『あ、俺だ。何かあった?』

 

「いや、昨日のお礼に、あの釣り竿送ろうかなって。ていうか送るから。名前もちゃんと控えてるし。配信終了後に送るからね」

 

『ちょ、ま、いやそれは、有り難いけど!』

『てめえ……れんちゃんと会っただけじゃなくて、釣り竿までもらうだと……?』

『これは絶許案件』

『処す? うん、処す』

『ヒェッ』

 

 うん。なんか騒がしいけど、私は気にしない。

 

「みんなはれんちゃんに会えただけで十分とか嬉しいこと言ってくれるけど、それはまた話が違うと思うよ。お礼はちゃんとしないといけないと思います」

 

『うん。……うん? あれ? まともなこと言ってる?』

『ばかな、ミレイがまともだと!?』

『どうしたミレイ、体調悪いのか!?』

 

「君ら全員追放するぞこの野郎」

 

『ごめんなさい』

『すみませんでした』

『許して』

 

「まったく……」

 

 こいつらは私をなんだと思ってるのかな。常識ぐらいあるよ。あると思う。いや、れんちゃんが関わると、ぶっ飛ぶ自覚はあるけどね。

 ところでそのれんちゃんなのですが。

 

「そうこう話している間に不思議な空間になりました」

 

『こいつらこんなにいたのかw』

『すげえ……一羽お持ち帰りしたい……』

『同じく』

 

 うん。ばれないような気がするよね。

 れんちゃんの周りには、ペンギンの雛がたくさん集まってる。軽く三十羽はいるんじゃないかな。のんびりまったり釣り糸を垂らすれんちゃんの周りに、邪魔をしないように少しだけ離れて見守ってる。よく見ると座ってるれんちゃんの膝の上にも雛がいるし。

 こうして見ると、やっぱりかわいいよね。頬がにやけちゃう。

 

「で、ルルさん。こういうイベントなの?」

 

『うん。多分、仲良くなるとこのイベントが発生して、釣りに成功すると一部のペンギンがホームにお引っ越ししてくれる』

 

「…………。仲良くなると?」

 

『普通は最初から懐かれるなんてないから』

 

 ですよね。知ってた。

 お、れんちゃんの竿が動いた。れんちゃんが慌てて釣り上げようと……。

 

「お、おねえちゃん! 助けて!」

「れんちゃん。その釣り竿には自動機能があるよ。釣り竿を叩いたらメニューが出てくるから、自動をタッチして」

「えっと……。こうかな?」

 

 れんちゃんが釣り竿を軽く叩く。あ、とれんちゃんが声を上げたので、ちゃんと出てきたんだろう。すぐその後に、魚を釣り上げていた。

 

「ちなみに川の主とかそんな大物になると使えない機能らしいから、あまり期待しないように」

 

『今一瞬期待してたw』

『最高レアじゃないし課金してでも、と思ったけど、そうかだめか……』

『さすがにそこまで甘くないわな』

 

 れんちゃんが釣り上げた魚をえっちらおっちら側に下ろす。不慣れだと一目で分かる手つきだけど、そこはゲーム、釣り上げたという成果が出てるので、逃げられることはない。

 私もペンギンの雛の間を通って釣果を見に行く。お、穴に通るぎりぎりの、大きな魚だ。

 

『なんでやねん』

『お、どうした。何の魚か分かるのか?』

『鮭。キングサーモン。池じゃないだろうお前は』

『草www』

『草に草を生やすな』

『多分、あれだ。池の底で海と繋がってるんだよ!』

 

 そ、そうかもしれないね。うん。きっとそうだ。

 ちなみに鮭はゲーム内でまだ見つかってなかったはず。もしかしたら、昨日の時点で釣果として報告されてるかもだけど。

 れんちゃんは自分一人で釣った鮭を見て、すごく嬉しそうだ。こう、すごく堪えた笑顔。にまにましてる。かわいい。

 満足したのか、れんちゃんは改めて周りを見回して、

 

「わあ!? たくさんいる!」

 

 あ、気付いてなかったのかこの子。

 

「え、と。どうしよう。一匹じゃ足りないよね……。もうちょっと待ってね」

 

 れんちゃん、釣りを再開。どうやらみんなに行き渡るように釣りたいらしい。良い子だなあ……。でもさすがに時間がかかりそうなので、私も手伝うとします。

 釣り竿を出して、れんちゃんと同じ穴に糸を垂らす。リアルでこれをやると糸が絡んだりするだろうけど、ゲーム内では大丈夫。のはず。

 

「れんちゃん、その子にすごく懐かれてるね」

 

 膝にいる雛を見ながら言うと、れんちゃんは嬉しそうに頷いた。

 

「うん。すっごくかわいいよ。すごく人懐っこくて、もふもふしてるの。ぎゅっとしても、嫌がらないよ」

 

 れんちゃんが雛を抱きしめる。雛は目の前のれんちゃんの腕にすり寄っていた。なるほど、これは、かわいい。

 

『俺、絶対テイム覚える。九尾テイムして、ペンギンさんと会う』

『九尾をテイムするだけならそんなに難しくないらしいしな』

『俺もがんばるかな……』

 

 ペンギンの魅力にやられた人は結構多いみたいだ。

 その後、私が一匹、れんちゃんが二匹釣り上げて。計四匹になった。これで足りるかな?

 

『しれっと流してるけど、れんちゃん合計三匹で、ミレイは一匹のみです』

『ミレイ……』

 

「言いたいことがあるなら早く言えばいいと思うよ? うん?」

 

『すみませんでした』

 

 私だって実はちょっと凹んでるから、触れないでほしい。

 れんちゃんが鮭を地面、と言えばいいのか氷の上と言えばいいのか。とにかく並べると、ペンギンの雛たちが集まってきた。みんなでつんつんつついて食べ始める。れんちゃんはそれを、にこにこと見つめていた。

 

『ああ……。三匹以上、釣っちゃったのね』

 

「ん? どういうこと?」

 

『三匹以上の釣果で次のイベントが発生、ボス戦というか、なんというか……』

 

「ん……?」

 

 なんだろう。ちょっと煮え切らない返事だ。ボス戦? ペンギンはモンスターじゃないのに?

 

「おねえちゃんおねえちゃん!」

 

 どういうことかなと考えていたら、れんちゃんに呼ばれてしまった。はいはい今行きますよっと。

 

「こんなの出たよ!」

 

 れんちゃんが出てきていたメッセージを見せてくれる。えっと、なになに? 引っ越しを希望しているペンギンがいます。招待しますか。おお、目的達成だ。

 

「やったねれんちゃん。はいを選択してね」

「うん!」

 

 れんちゃんははいをタッチすると、何匹かのペンギンが前に出てきた。ペンギンが六羽と、雛が三羽。えっと、三家族かな? この子たちがれんちゃんの雪山に来てくれるらしい。

 

「うわあ! うわあ!」

 

 れんちゃん大喜び。歓声を上げてペンギンに抱きついた。ペンギンは抵抗とかはせず、されるがままだ。雛もれんちゃんの周りに甘えるように集まってる。

 いいね。これが見たかった。写真写真。

 

「タイトルは、そうだね。……ペンギンを籠絡した幼女」

 

『籠絡www』

『れんちゃんに怒られるぞw』

『けど間違ってはないと思ってしまう……』

 

「冗談だよ、冗談」

 

 さすがに本人に言うつもりはないよ。嫌われたくはないしね。

 ん? あれ、ホームに来てくれる予定のペンギンたちが歩き始めた。えっちらおっちら、時々れんちゃんへと振り返って。

 

「これが次のイベント?」

 

『うん。そう』

 

 ふむ。じゃあ、とりあえずついていこう。ボスということは、大きなペンギンかもしれない。

 ということで、れんちゃんと一緒についていきます。向かう先は、端っこの壁。方角が分からないからそうとしか言えない。

 その壁には横穴があった。人一人が楽に通れる大きさだ。中をのぞき込むと、このドームほどではないけど、それなりに広い部屋があった。

 その部屋の中央にいるのは、シロクマかな? 丸くなって寝てる……?

 

『そのシロクマがボスね。そいつだけモンスター扱いで、襲ってくるから』

 

「それはまた、いきなりだね。ペンギンは襲ってこないのに」

 

『そうね。だから十分気をつけてね』

『まあもう手遅れだけどな』

『お前ら絶対気付きながら会話続けてるだろ……』

 

 いや、まあ、うん。もちろん気付いてるけど、今更というか、なんというか。

 

「シロクマだー!」

 

 我らがれんちゃんは突撃しました。うん、知ってた。

 

「さすがれんちゃんだね。あははー」

 

『もはや心配すらしてねえw』

『まあ心配するだけ無駄だからなw』

『俺ならあんなでかい熊が目の前にいたら、ゲームだと分かっててもびびるわw』

 

 それが普通なはずだから、その感性を大切にしてほしい。

 あれ、シロクマが唸ってる。れんちゃんを攻撃しようとはしてないけど、威嚇してる。

 

『れんちゃんが……警戒されてる、だと……?』

『なんてこった、仕様でも変更されたのか!?』

『ここで変更してたら悪意ありすぎだろw』

 

 れんちゃんを狙った仕様変更ってことになるからね。怒るよ私は。

 でも、そんな心配は多分いらないと思う。れんちゃんが目の前に立っても、襲いはしないようだし。私ももうちょっと近づいてみよう。

 

「こんにちは!」

 

 れんちゃんの挨拶は当然のようにスルーされた。いや、まあ、熊だからね。

 れんちゃんは頭の上のラッキ……、ラッキーじゃない!? ペンギンの雛だ!

 

『いつの間にw』

『すり替えておいたのさ!』

『だとしたら、ラッキーは?』

『れんちゃんの背中にしがみついてるぞ』

『くっそwww』

『なにやってんだあれw』

 

 地味にかわいそうなんだけど! れんちゃん助けてあげよう!?

 れんちゃんも気付いてなかったみたいで、頭の上に手をやって一瞬固まった。目の前に雛を持ってきて、首を傾げて。

 とりあえずは続けることにしたみたいだ。雛の羽を持ち上げて。

 

「がおー!」

 

 がおー入りました! ペンギンはきゅー! だったけど。いや、でも、がおーもちゃんといたよ。背中のラッキーが必死になってがおーしてたよ。

 

『なんて涙ぐましい努力なんだ……』

『誰かれんちゃんに教えてやれよ……』

『ラッキーがんばれ、超がんばれ』

 

 うん。終わったら、教えてあげよう。

 さてさて。シロクマはというと、もう見るからに困惑してた。ですよね。

 見つめ合うれんちゃんとシロクマ。この子たちの間では一体どんな会話がされているんだろう。されていることになっているんだろう。それは誰にも分からない……。

 シロクマが突然歩き始めた。れんちゃんがそれを追いかけていく。何かが、進んだらしい。

 

「誰か解説してくれない? もう意味がわからないよ」

 

『こっちが聞きたい』

『戦闘にはならなさそうだよな』

『私もまったく知らない。是非とも、最後まで見たい』

 

「え、本当に誰も知らない? 他の人は?」

 

『言ったでしょ、ボスだって。みんな戦って倒したの』

 

「ええ……」

 

 いやでも、納得はできるかな。どう見ても戦闘する流れだったし、普通なら倒すと思う。

 シロクマが歩いて行った先は、大きな穴。この氷の下も池みたいだね。穴には真っ暗な水。れんちゃんは当然のように釣り糸を垂らし始めた。

 

「あー……。うん。とりあえずラッキーを助けようかな……」

 

『そうしてやってくれ』

『未だにしがみついてるのが健気すぎる……』

 

 れんちゃんに近づいて、背中からラッキーを引きはがす。ラッキーはれんちゃんのところに戻りたがってたけど、今日は私と一緒に見守っていてもらおう。きっとすぐに終わるはず。

 ラッキーを抱いて、もふもふする。うーん、やわらかくてふわふわ。かわいいやつめ。

 

『ラッキーはほんとにれんちゃんが好きだな』

『まだ戻りたがってるw かわいいなw』

『仲が良いのはいいことだね』

 

 ずっと一緒にいるぐらいだからね。私にとっても、れんちゃんの頭の上にはラッキーが当たり前になってる。

 お、れんちゃんの釣り竿に反応が。れんちゃんはすぐに釣り竿を引いた。自動のシステムがあるから、すぐに釣れて……。あれ?

 なかなか釣れない。れんちゃんがすごく慌ててる。

 

「これってつまり……」

 

『釣ろうとしてるのは、それだけ大物ってことだな』

『おいおい何してんだよミレイ! 早く助けてこい!』

 

「あ、そ、そうだね! ちょっと行って……」

 

 私が駆け出す前に、シロクマがれんちゃんの背後に立った。まさか不意打ちか、なんて思ってしまったけど、ただの杞憂だった。

 シロクマはれんちゃんの体を持ち上げると、ぽーん、と上に放り投げた。れんちゃんも、必死になって釣り竿を手放さないようにしてる。その結果、大きな魚も一緒に空中に放り出された。

 大きい、本当に大きな魚だ。見た目はさっきの鮭と似てるけど、大きさが全然違う。シロクマよりもずっと大きな鮭だった。

 

「って、れんちゃあああん!?」

 

 さすがに高すぎる! 落下ダメージは、発生するのかなここ!? あ、いや、でも大丈夫かな、シロクマがれんちゃんの下に……。

 いやちょっと待て。

 

「シロクマごときに! その役目を譲れるかああぁぁ!」

 

『草』

『ですよねー!』

『いつだって妹を助けるのはお姉ちゃんの役目だもんね!』

『シロクマと張り合う理由がくだらなさすぎるw』

 

 くだらないとは何事だ! 私にとってはすごく大事なことだよ!

 私はこれでもそれなりにレベルが高いんだ。こんな初期エリアにいるようなシロクマごときに素早さで負けるなんて、いや速いなシロクマ! うっそでしょ!?

 

「負けるかこんにゃろおおぉぉ!」

 

『俺たちは……何を見せられてるの……?』

『シロクマと人間の勝負だよ。見れば分かるだろ?』

『ただし人間側が一方的に張り合ってるだけです』

『うん。わけわからんわwww』

 

 誰が何と言おうと! れんちゃんを助けるのはお姉ちゃんの役目なのだー!

 

「せいやあ!」

 

 シロクマを追い越して、れんちゃんが落ちてくる前にキャッチした。勝った!

 

「わわ……。びっくりした……。ありがとうおねえちゃん」

「いえいえ。ふふふ……勝ったよ私は……」

「え?」

 

『れんちゃんのこのきょとん顔よ』

『知るはずもあるまい……。れんちゃんを助けようとしたシロクマと張り合ってたなんて……』

『普通は考えすら出ねえわw』

『シロクマも固まってるからなw』

 

 ふふん。悪かったねシロクマ。

 

「お前もまさしく、強敵(とも)だった……」

 

『いきなり何言ってんの? いや本当に何言ってんの?』

『意味が分からなさすぎるwww』

『今日の奇行はまた一段とひどいなw』

 

 うるさいよ。

 

「あ、ラッキー! おねえちゃんの頭にいたんだね!」

 

 わふん、というラッキーのお返事。ぱたぱた揺れる尻尾がちょっとくすぐったい。

 

『お姉ちゃんの頭にいた、というパワーワードについて』

『なんだろう、疑問に思って当たり前なのに、それほど変に思わない』

『れんちゃんに毒されすぎだろお前らw 俺もだけどな!』

『何か問題が?』

『ありませんねえ!』

 

 なんだこいつら。こいつらの奇行、というか変な発言もいつもよりひどいと思う。

 

「あ、シロクマさん」

「へ? うわ……」

 

 いつの間にか、シロクマはすぐ隣にいた。やめてよ驚くから。君、一応肉食動物だからね? 怖いからね?

 

『まあその肉食動物すらぶっ殺すのが我々プレイヤーなわけですが』

『むしろシロクマがびっくりだよ』

 

 れんちゃんがきょろきょろと周囲を見回す。少し離れたところに、あの大きな鮭も落ちていた。れんちゃんが安心したようにため息をついて、満面の笑顔。

 

「シロクマさん、あのお魚なら足りるかな?」

 

 何の話だろう。シロクマには通じたみたいで、頷いてる。いや、人の言葉分かるの?

 シロクマはのっしのっしと大きな魚の方に行く。そして、吠えた。

 そして、ひょこりと、どこにいたのか姿を見せたのは、小さなシロクマ。シロクマの子供。

 

「なにあのちんまくてもこもこでかわいい殺人毛玉は!」

 

『落ち着けミレイwww』

『ミレイちゃん、どーどー』

『でもほんっとうにかわいいな。もこもこふわふわやぞ』

 

 だよねだよね。れんちゃんも目を輝かせてる。本当に、かわいい。

 小熊はシロクマの元まで行く。大きな魚を食べ始めた。ああ、なるほど、つまりこの子たちのご飯を釣り上げることが、本来のイベントだったらしい。

 

『いや気付かないから! うっそでしょそんな単純だったの!?』

『まあいきなり肉食動物に吠えられたら、びびるし戦闘にもなるわなw』

『でも確かに単純なイベントだし、多分あと二、三日でれんちゃんでなくても気付けただろうな』

 

 それはまあ、そうだろうね。ペンギンの時も釣りをしたわけだし、それを考えると十分に予想できた流れだったと思う。ちょっと不親切だとは思うけどね。

 あの子熊はシロクマの子供かな。二匹で仲良く魚を食べてる。とても平和な光景だ。

 

「おねえちゃんおねえちゃん」

「ん? どうしたの、れんちゃん」

「シロクマさんもホームに来るんだって」

「え」

 

『知ってた』

『まあペンギンの流れでシロクマだからな』

『なるほどね。あたしも早速やってこようかな』

 

 ああ、うん。まあ、そうだよね。ペンギンのイベントを終わらせるとペンギンがホームに来るんだから、シロクマを終わらせたらシロクマが来るのは道理だ。……いや道理か?

 ともかく、とりあえずはペンギンとシロクマのイベントはこれで終わりらしい。魚を食べ終わったシロクマも、そしてあのペンギンたちも、私たちに頭を下げるとどこかに行ってしまった。

 まあ、どこかというか、れんちゃんのホームにだろうけど。

 

「それじゃあ、行ってみますか!」

「うん!」

 

 ではでは、いざれんちゃんのホームへ!

 あ、いや、その前に。

 

「どうやって出るのこれ」

 

『草』

『先に確認しておけよw』

『ちなみに、ドーム状の部屋の中央に魔法陣があるから、そこに乗ったら出れるよ』

 

「ありがとうございます!」

 

 うーむ、最後の最後でしまらないね。

 

 

 

 というわけで、戻ってきましたれんちゃんのホーム。出迎えてくれるのはもふもふな子たち。れんちゃんは子犬たちを撫でてから、雪山に走って行く。表情から分かる、わくわくしてるのがよく分かる。

 ところで雪原には雪像もかまくらも残ってるんだけど、あれってもしかして消えないのかな。消えないんだろうなあ……。

 れんちゃんと一緒に雪山を登って、途中の凍り付いた池に行くと、

 

「わあ……!」

 

 ペンギンの親子三組と、シロクマの親子がいた。子供だけで遊んでいて、なんだか不思議な光景だ。シロクマは肉食動物のはずなんだけどね。

 そんな子供たちは、れんちゃんに気が付くと我先に集まってくる。撫でて撫でてとばかりにれんちゃんにまとわりつき始めた。

 

「ふわふわだあ……えへへ……」

「れんちゃんの顔が、すごくとろけてる……」

 

『でれっでれだな!』

『幸せそうで、俺も嬉しい』

『なんだろうな。人の幸せって鼻につくけど、れんちゃんの幸せは素直に喜べる』

 

「いや、さすがにそれはひねくれすぎでは?」

 

 人の幸せも喜んであげようよ。

 あれ、れんちゃんが戻ってきた。ペンギンとシロクマは……それぞれの親の元に戻ったみたいだ。ご飯の時間なのかな。それぞれご飯を食べ始めてる。親子仲良く。平和だね。

 そう思って眺めてたら、れんちゃんに服の袖を引かれた。はて、なにかな?

 

「どうしたの? れんちゃん」

「ん……」

 

『お? れんちゃんはどうしたんだ?』

『なんか、ミレイにひっついてるぞ』

『足にぎゅっとしてるの、なんかかわいい』

 

 ああ、これは、そっか。いきなりだったけど、ペンギン親子とシロクマ親子が原因かな? れんちゃんは私にきゅっとしがみついてる。

 だっこして、背中を優しく叩く。れんちゃんが強くしがみついてくるけど、気にしない。よしよし、良い子良い子。

 

『なんだなんだ?』

『れんちゃん、どうしたんだ?』

『大丈夫?』

 

 あはは。みんな優しい人で、嬉しいよ。

 

「多分、ペンギンとシロクマの親子を見てたら、誰かに甘えたくなったんだと思うよ。すごく、仲よさそうだからね」

 

『へえ……。もしかしてミレイの両親って仲悪いのか?』

『お前リアルのこと聞くなよ』

『マナー違反だぞ』

『あ、ごめん。流してくれ』

 

 別にそんな慌てなくても、言いにくいことがあるわけじゃないよ。

 れんちゃんの顔をのぞき込む。ん、いやいやしてしがみついてきた。寂しくなっちゃったのかな。今から病院に行って、面会とかできるかな……?

 

『ミレイ? どした?』

『本当に大丈夫か?』

『配信中断する?』

 

 心配性だなあ……。

 

「あまり気にしなくて大丈夫だよ。私の両親だけど、普通に仲良いから心配しないで」

 

『そっか。安心した』

『でも、だったられんちゃんはどうしてそんなに?』

 

「んー……。いや、さ。ゲームを終えたら、暗い部屋に一人っきりだよ」

 

『あ』

『ああ……』

『そうだな。そうだったよな……』

 

 普段なら、ゲームを終えたらすぐに看護師さんと一緒にお風呂に入って、すぐに寝てしまう。手が空いてる看護師さんがいればしばらく一緒にお話しすることもあるみたいだけど、あまりないらしい。

 明るい世界で遊んで、遊び終えたら暗い部屋に戻る。正直、私なら気が滅入る。冷静になって考えてみると、れんちゃんを誘うべきじゃなかったのかもしれない。

 れんちゃんの苦しみは、れんちゃんにしか分からない。私のしたことは、ただのお節介を通り越して、ありがた迷惑だったのかも。

 

『ミレイ! おい!』

『ミレイちゃんまで暗くなったらだめだよ!』

『お前が元気づけないでどうすんだこのバカ!』

 

「バカとは何だバカとは。追放するね」

 

『まって、いきなり正気に戻ってカウンターうちこまないで』

『やめろください』

 

 いや、まあバカなのは認める。私がうじうじしちゃだめだな。

 

「れんちゃん」

「なあに?」

「あれ?」

 

『おや? れんちゃんの様子が……』

『戻った? 戻ったの……?』

 

 れんちゃんは私の顔を見て、いたずらっぽく笑った、すぐに私から離れて、にっこり笑ってくれる。

 

「もう大丈夫! ごめんね、ちょっと甘えたくなったの」

「そっか。もういいの?」

「うん!」

 

 そっか。そうか。

 

「れんちゃんが成長していて、嬉しいような寂しいような、複雑な心境です」

「おねえちゃん……」

「やめて。冷たい眼差しは心にくるから!」

 

『なんだこれ』

『てえてえかなと思ったけどそんなことはなかったぜ!』

『いつも通りかな?』

 

 うん。そうだね。いつも通りだ。

 

「おねえちゃん」

「うん。どうしたの?」

「今日はもう疲れちゃった」

「そっか。じゃあちょっと早いけど、ログアウトしよっか。ちゃんとお風呂に入って寝るんだよ」

「はーい。おやすみ、おねえちゃん」

「はい、おやすみ」

 

 れんちゃんの姿が、消える。

 …………。よし。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるよ」

 

『おう。いってらっしゃい』

『もう暗いからな。気をつけて行ってこいよ』

『れんちゃんによろしくね』

 

 視聴者さんたちは察してくれたらしい。本当に、みんな優しくて、だから大好きだ。

 私は配信を終了させて、さっさとログアウトした。

 


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