ログアウトした佳蓮は、ぼんやりとしていました。暗い、とても暗い部屋です。朝でも昼でも夕方でも夜でも何時であっても変わらない、暗い部屋です。
ここには、誰もいません。佳蓮しかいません。もちろん家族は毎日お見舞いに来てくれますし、お医者さんや看護師さんもこまめに見に来てくれます。
それでも、やっぱりこの部屋にいる佳蓮は、一人きりなのです。いつも同じ、暗い部屋で、たった一人で夜を眠るのです。
寂しいです。みんなと、おねえちゃんとお話ししたいです。
心細いです。一人きりの夜なんて、嫌いです。
どうしてわたしだけが、なんて、何度も思いました。
みんなが羨ましい、なんて、毎日思っています。
それでも。最近は。お姉ちゃんが毎日来てくれる。たくさん、たっくさん、楽しいお話を聞かせてくれる。それだけで十分でした。満足でした。
そのはず、でした。
あのゲームを始めて、お日様の下を歩いて、動物たちと触れ合って、やっぱり思うのです。私も、もっとお外で遊びたいって。
でも、そんなもの、叶うはずのない願いなんです。
寂しいです。心細いです。そう思ってしまう自分が、迷惑をかけてしまっている自分自身が、大嫌いです。
何よりも。何よりも。
「こわい……」
怖いです。一人きりが怖いです。未だに病気のことはよく分かりません。この先どうなるかも分かりません。治るかも治らないかも分かりません。
もしかしたら、もっと悪化して、誰とも会えなくなって……。
「れんちゃんやーい!」
「わひゃあ!」
急に誰かが佳蓮に抱きついてきました。慌ててそちらを見てみます。お姉ちゃんが、佳蓮のお腹に顔をうずめてました。
うん。何やってるんだこの姉。
「おねえちゃん……? 何やってるの?」
「れんちゃん分を補充してる」
「えと……。お医者さん、紹介、できるよ?」
「まって。それはどういう意味かなれんちゃん。いや結構きっつい罵倒だった気が!?」
がばりとお姉ちゃんが顔を上げました。目が合います。じっと、見つめ合います。
ふへ、とお姉ちゃんが笑いました。
「れんちゃんはやっぱりかわいいなあ」
「お姉ちゃんは時々気持ち悪いね」
「ぐへえ……」
お姉ちゃんが突っ伏してしまいました。本当に、いつも通りです。
「おねえちゃん、おこってないの……?」
恐る恐る聞いてみます。怒られるのは好きではないですけど、やっぱりあの態度はいけないと思いました。
「なにが?」
「だって、あんな終わり方しちゃったし、冷たくしちゃったし……」
「あっはっは。いつも通り過ぎて気にもならないね!」
嘘です。だって、そうなら、こんな時間に来るわけが……。
「本当だよ」
お姉ちゃんが、佳蓮の頭を撫でてきます。優しく、丁寧に。
「私はさ。まだ学生の子供だからさ。気の利いたことは言えないよ。普段は明るいれんちゃんが、夜に泣いてるって知ってても、私は気付かない振りをして普段通りにお話しすることしかできないの」
気付かれていたことに、驚きはしません。だって、お姉ちゃんですから。
黙って聞いてる佳蓮に、お姉ちゃんは言いました。
「でも、一緒にいることはできるから。今日も明日も明後日も。一年後も十年後もその先も、私がれんちゃんと一緒にいてあげる。お仕事で忙しいお父さんお母さんの分まで、れんちゃんを愛してあげましょう」
「それはいらないかなあ」
「ひどい!?」
うん。やっぱり、これでいいです。これが、いいです。
「れんちゃんに届け、私の愛!」
「ていっ」
「はたき落とされた!?」
こうして、楽しくお話しできる。お姉ちゃんがいてくれる。その点だけは、誰よりも幸せだと自信が持てます。
お姉ちゃんはおばかです。気の利いたことを言ってくれることはありません。気休めの言葉すらかけてくれることもありません。そして、注意はされても怒られることもないのです。
ただ、側にいてくれます。一緒にいてくれます。誰よりも長い時間、佳蓮のために時間を割いてくれるのです。
お姉ちゃんのお友達も大事にしてほしい、というのは嘘ではありません。けれどそれ以上に、自分のために時間を使ってくれる。佳蓮が寂しくて泣きそうな時は、こうして駆けつけて側にいてくれる。佳蓮のことを優先してくれる、ということが、こんなにも嬉しい。
ああ、やっぱり、わたしはとても、幸せです。
「おねえちゃん、今日はお泊まりしよ? いいでしょ?」
「もちろんだよ。一緒にお風呂に入って一緒に寝よう」
「おねえちゃん、お勉強は大丈夫? 怒られない?」
「小学生の妹に勉強の心配をされるって、どういうこと……? いや、大丈夫。ちゃんと平均九十点キープしてるから」
「おねえちゃん、おばかなのに大丈夫って、先生が優しいんだね」
「まって。ねえまって。おばかって誰が言ったの?」
「おとうさん」
「よし分かった。帰ったらとりあえず、気持ち悪いから洗濯は別々にして、て言おう」
「……?」
いまいち、よく分かりませんでした。
「ねえ、れんちゃん」
「んー?」
「もしも、ゲームをやめたくなったら、言ってね?」
ああ、やっぱり、言われると思っていました。佳蓮は内心で苦笑して、おねえちゃんには笑顔を見せました。
「だいじょうぶ。平気だよ。ラッキーたちと会えなくなるのは、寂しいから」
「そっか」
「うん」
それに、ゲームとはいえ、お姉ちゃんと一緒の時間が増えるから。というのは、黙っておきます。
「おねえちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「え? あ、うん? どういたしまして?」
やっぱり、よく分かってないみたいです。けれど、お姉ちゃんらしいので、それでいいのです。
佳蓮は笑いながら、大好きなお姉ちゃんに抱きつきました。今晩は、独り占めです。
壁|w・)誰よりも、何よりも、優先して一緒にいてくれる、だから嬉しい。
そんなれんちゃんの、ちょっとした心境でした。
今回の更新は、ちょっと忙しくなってきたのでここまでにしておきます。
またふらっと更新しにくるので、その時はよろしくお願いします……。