午後六時。今日は看護師さんがVRマシンの準備をしてくれます。二時間後に取り外しに来てくれるそうです。
「それでね、それでね、ちっちゃい犬とおっきな犬と友達になったの!」
「ふふ、そうなんだ。良かったね。どんな名前にしたの?」
「ちっちゃい方がラッキー、大きい方がディア!」
「そっか」
すぽん、とヘルメットをかぶります。看護師さんに促されて、ベッドに横になりました。
昨日、ゲームを終えてから、この時間がとても待ち遠しいものでした。はやくラッキーとディアに会いたいのです。お姉ちゃんにも街を案内してもらう予定なので、それもとっても楽しみです。
佳蓮が機嫌良く笑っていると、看護師さんは小さく笑いました。
「楽しそうで良かった。今日もたっぷり遊んでくるのよ」
「うん!」
佳蓮は知らないことですが、ずっとこの病室にいる佳蓮は看護師や他の患者からとても心配されています。だからこそ、こうして屈託のない笑顔を見て、彼ら彼女らはとても安心していました。
「はい、それじゃあ、いってらっしゃい」
看護師さんの声に送られて、佳蓮はゲーム内にログインしました。
・・・・・
午後六時少し前。私はれんちゃんと会う前に、報告のためにとある場所に来ていた。来ていた、というか、呼ばれたんだけど。
なんだか古くさい山小屋の中。私の対面に座っているのは、ゲームマスターの一人、山下さんだ。
「なるほど。一応こちらでもモニタリングしていましたが、楽しんでくれているようで何よりです」
「いやあ。本当に、皆さんにはなんてお礼を言えばいいのか。あんなに楽しそうなれんちゃんを見るのは久しぶりで」
「そう言ってもらえると、運営一同とても嬉しく思います。おそらく、あの子がこの世界を一番楽しんでいるでしょうから」
「あははー。私もそう思います」
このゲームは決して戦闘がメインのゲームじゃない。むしろ異世界での生活を主題としたゲームだ、と山下さんも言っていた。だからこそ、戦闘よりももふもふ一直線のれんちゃんが彼女たちにとっても好ましいらしい。
「開発曰く、動物やモンスターのデザインに一番苦労したらしいんですよ。触った時に、リアルのような、むしろそれ以上の肌触りになるように、と苦心したそうで。あの子の映像を少しだけ見せてあげましたが、それはもう狂喜乱舞していて、気持ち悪かったです」
「あ、はは……」
苦労が報われたら嬉しいのは分かるけど、それはちょっと聞きたくなかった……。
「では、そろそろ六時ですし、今日はここまでにしておきましょう。何かあれば、いつでもご連絡ください。最低でも私はすぐに対応できるようにしておりますので」
「すみません、ありがとうございます」
運営にとっても、やはり小さい子の様子は気になるらしい。主に、健康面で。まあ戦闘なんてせずにひたすらもふもふと遊んでいるだけになりそうなので、問題ないとは思うけどね。
「あ、ところで山下さん、れんちゃんがテイムしたあのウルフについて聞きたいんですけど……」
「ああ……。ラッキーウルフが逃げなかった理由と、ボスが簡単にテイムできた理由、でしょうか」
「です」
山下さんは答えていいか少し悩んだみたいだったけど、まあいいかとばかりに話してくれた。
「ラッキーウルフはアクティブモンスターです。ただ、攻撃をしてくることはなく、全力で逃走するの一択ですが」
「あー……。なるほど……。だから敵意なしのれんちゃんは簡単に近づけたんですね」
「そういうことです。ボスについては、テイムしたラッキーウルフが近くにいる時の特殊効果ですね。テイムできる確率が跳ね上がります」
「おお……」
「ちょっとずるいと思うかもしれませんが、戦闘能力皆無のモンスターで、守りながらテイムしないといけなくなる、という内容だったのですが……。純粋な子って怖いですね……」
山下さんもラッキーウルフをいきなりテイムするとは思ってなかったらしい。てっきり運営が気を利かせてくれたのかと思っていたけど、まったくの偶然みたいだ。
「敵意がないために攻撃されなくて、友達になりたいとテイムしていて、さらにはラッキーウルフで確率まで上げられていて……。大丈夫ですかこれ。なんか、こわいんですけど」
「チートをしていたならともかく、公式の設定ですから。さすがにこの合わせ技は我々も予想外でしたけど」
「ですよね……。ラッキーウルフの人気が高まりそうです」
私がそう言うと、山下さんはにやりといたずらっぽく笑った。いや、むしろ、とっても黒い笑顔だ。頬を引きつらせる私に、山下さんは意味深に言った。
「ふふ……。友達になりたい、は敵意なしと判断されますけどね。能力が欲しいからテイムしたい、は当然のように敵意判定を受けますよ」
テイムできる方はいるでしょうかね、と笑う山下さんの笑顔は真っ黒だった。大人怖い。
そんな報告会を終えてやってきたのは昨日の草原。れんちゃんの姿を探すと、昨日と同じ草原の隅に大きな狼がいるのが見えた。そちらへと向かってみれば、案の定と言うべきか、れんちゃんがいた。
ディアが大人しく寝転がっていて、その体をお布団にしてれんちゃんは眠っている。抱き枕はラッキー。こちらも大人しくして……、あ、寝てる。
ディアがこっちに視線を向けてきたので会釈してみる。なんと、会釈を返された。かしこい。
いやあ、それにしても……。いいなあ、これ。もふもふ天国だ。私ももふもふを布団にしてもふもふを抱いてもふもふで寝たい。もふもふ!
ただ、ほどよいところで起こさないといけない。うたた寝の場合、三十分ほどで強制ログアウトだ。気持ち良く寝ていた時に強制ログアウトで目覚めると、なんだか微妙に気分悪いんだよね。体調が悪くなるってわけでもないんだけど。
すぐに起こすのは申し訳ないので、私はれんちゃんの側でシロを呼び出して、とりあえず抱きしめた。もふもふである。
そうして待つこと二十分。それでも起きないのでそろそろ起こしましょう。でも起こす前にもう一枚、写真をとる。……うん、いい感じ。よしよしではでは。
「れんちゃん」
とりあえず呼んでみる。反応なし。
「れんちゃん!」
叫んでみる。反応なし。
仕方ないのでアラームだ。普通は人のアラームなんて聞こえるわけがないんだけど、私は保護者ということで私のアラームはれんちゃんにも聞こえるようになっているのだ。
一分後にタイマーセット。するとぽん、とすごく古くさい目覚まし時計が目の前に落ちてきた。開発の人の趣味かな。その目覚まし時計をれんちゃんの側に置いて、と。
私が耳を塞ぐと、シロとディアも前足で耳を塞いだ。なにこのかわいい仕草。
そしてけたたましく鳴る目覚まし時計! 飛び起きるれんちゃんとラッキー! 一人と一匹はびっくりした顔できょろきょろしてたけど、私と目が合うと頬を膨らませた。
「おねえちゃん、ひどい」
「ごめんごめん。でももう少ししたら強制ログアウトだったよ。どっちみち起こされるなら、ディアたちに囲まれたここで起きたくない?」
「むう……。それはそうだけど……」
ぽふん、とディアにもたれるれんちゃん。そのれんちゃんのほっぺたをラッキーがなめて、れんちゃんがラッキーをぎゅっと抱きしめた。ふわふわしてそう。
「そろそろ街の案内に行きたいけど、いいかな?」
「うん」
れんちゃんが立ち上がって、歩き始めようとしたので慌てて言った。
「ちょっと待ってれんちゃん。ディアには一度帰ってもらっていい?」
「え? どうして? 一緒に行きたい」
「うん。気持ちは分かるけど、こんなに大きな狼が街の中を歩いてたら、れんちゃんならどう思う?」
「かわいい!」
「だよね!」
れんちゃんならそう答えるだろうね! でも違う、そうじゃない、そうじゃないんだよ……!
「でも他の人はやっぱりちょっと怖いんだよ。大人しいって知ってるのは私たちだけだから。連れて歩いちゃうと、怒られるかも」
「そっか……。ごめんね、ディア。また後で会おうね」
れんちゃんがそう言ってディアの体を撫でると、ディアはそれでいいと言いたげにれんちゃんのほっぺたを舐めた。うん。なんか、よだれすごそう。ゲーム内だから表現はとても控えめだけど、これリアルだったらとんでもないことになってるんだろうなあ。
またあとでね、とれんちゃんが手を振ると、ディアは突然出てきた大きな魔法陣で消えてしまった。送還はいつ見ても少し驚く。れんちゃんも凍り付いて動かなくなってしまった。
「お、おねえちゃん! ディアが!」
「うんうん。あとで会えるから落ち着いてね。ほら、行くよ」
「う、うん……」
なんだか不安そうにディアがいたところを何度も振り返るれんちゃんがおかしくて、ちょっとだけ笑ってしまった。
多くのプレイヤーが訪れる街だけあって、最初の街のファトスはとても広い。ただ、広いといっても、正直なところこの街は……。
「あのね、お姉ちゃん。ここって、街なの? 村じゃなくて?」
「街と言えば街なのです。まあ、多分他と統一してるだけで、村だよこれは」
「だよね……」
ファトスは初心者さんが初めて降り立つ噴水を中心として、その周辺の少しは石造りの街並みで整備されてるんだけど、そこを少しでも外れるとのどかな田園地帯になる。プレイヤーの人数も、他に選べる街と比べると少し少なめだ。
「多分れんちゃんは説明を飛ばしちゃったんだと思うけど、最初に選べる三つの街は、実はすぐ側にあるんだよ。この街の隣はもう一つの街、セカンがあるし、そのもう少し向こう側には最後の一つのサズがあるの」
「そうなの? じゃあ、どうして別々にしてるの?」
「プレイスタイルによってわけられてるみたいだね」
と、説明されるはずだったんだけどね。間違い無く説明を飛ばしちゃったねこれ。
ファトスは、農耕とか釣りとか、そういった自然を活かした生産スキルを教えてもらえることができる街だ。ファンタジーライフ、というよりも、田舎の生活に近いかもしれない。
セカンは物作りなどの生産スキルが主になる。当然ながら物作りの職人が多くいるので、攻略ばかりしている人もセカンにはよく訪れる。だから一番栄えている街だ。
サズは、戦闘メイン。すぐ側には初心者用のダンジョンもあるし、戦闘スキルの使い方を教えてくれる修練場なんてものもある。私も一度だけお世話になったけど、本当に丁寧に教えてくれて助かった。
それをざっと説明したんだけど、ふーん、の一言で片付けられた。興味なしですかそうですか。
「まあ、うん。テイムはここファトスに分類されてるから、ここを選んでもらったってわけだね」
「んー……」
「えっと……。イメージと違った? セカンに行ってみる?」
すでにテイムも覚えてテイムモンスターもいるなら、ここにこだわる理由はない。いわゆるファンタジーライフはセカンが一番イメージに合うと思う。そう思って聞いてみたんだけど、れんちゃんはゆるゆる首を振って、にぱっと笑った。
「ここがいい。のんびりしてて、好き」
「あー……。そっか。そうだね」
確かに、セカンより向こう側はなかなかに騒がしい。ここを拠点にしている人はゆっくり過ごしている人も多いし、動物と戯れるならここだろうね。
れんちゃんを連れて案内して場所を教えるのは、道具屋や武具屋など、施設関連。しかしそれらは場所だけ知っていればいいのです。目的地は、村の……じゃなかった、街の郊外にある、ここ!
「テイマーズギルド!」
「おー」
大きな木造平屋の建物。でもメインは、その向こう側に広がるギルドの所有地! ここはテイマーさんたちが交流する場所で、その所有地の放牧地ではテイムしたモンスターと一緒にみんなで遊ぶことができるのだ!
まあ遊ぶというか、我が子自慢ばかりだけどね! 自分がテイムした子が一番かわいいと言い張って譲らない連中だからね! 変人ばっかりだね!
まあ私もシロがかわいいけどね? 一番かわいいのはれんちゃんです、当たり前だよね。
「なんか、おねえちゃんの目が気持ち悪い」
「ひどい」
しょんぼりしつつ、ギルド内へ。ギルド内は椅子とか机とかは最小限で、ここでもみんなテイムしたモンスターを出して自慢してる。
「わあ……! たくさんいる……!」
れんちゃんの瞳が輝いて、あっちこっちに視線がいってる。大きな鹿に興奮したかと思えば、巨大な水槽に浮かぶイルカのような何かに歓声を上げて、とても楽しそうだ。
「え、うそ、子供?」
「どう見ても小学生だよな? まさか合法ロリ!?」
「そんなもんいるわけねえだろ。……いや、でも、そうだとしたら小学生? どうやって?」
居合わせた人はみんなれんちゃんに驚いて、そして、
「なあ、あの子が抱いてるのって、まさか……」
「うそ!? 小さいウルフ!? テイムしたのか!?」
「うわあ! ふわふわもこもこしてる! さ、触ってみたい……!」
ラッキーに釘付けになった。さすがは動物好きが集まるテイマーズギルド。幼女よりも子犬とは、さすがだ。
「れんちゃんこっち」
建物の奥、カウンターにれんちゃんを連れて行く。
「何するの?」
「まずはギルドに登録。お姉さんに話しかけてみて」
「うん」
登録といっても、難しいものじゃない。基本的な情報はシステムに登録されてるわけで、ここでするのは利用しますという宣言みたいなものだ。特に何か聞かれることもなく、名前を告げて、畏まりましたと言われておしまい。本来はそのすぐ後に説明もしてもらえるけど、今回はれんちゃんに必要な部分だけ私がすればいいので省略。
「それじゃあれんちゃん。メニュー出して」
「うん……」
「メニューに新しい項目できてるでしょ? ギルドホームってやつ。そこに触れてみて」
頷いたれんちゃんがメニューに触れた直後、れんちゃんの姿が消える。とりあえずは無事に移動できたらしい。私も早く追うとしよう。
私もメニューのギルドホームをタッチする。するとれんちゃんにはない、別のメニューが出てくる。マイホーム、と、れんのホーム、という項目。保護者特権だ。ふふん。
れんのホームをタッチすると、すぐに視界が切り替わった。短い草と少しの木、そして小さい家しかないフィールドだ。
「あ、おねえちゃん! なにこれなにこれ!」
れんちゃんがぱたぱた腕を振り回して聞いてくる。すごく興奮してるのが分かるけど、いつもと違う仕草がとてもかわいい。
そのれんちゃんの側には、尻尾をぶんぶん振ってるディアがいた。犬か。犬だな。
「ここはプレイヤー一人一人に与えられるフィールドだよ。広さはあまりないけど、定額課金で広くすることもできるよ。で、ここのフィールドには、テイムしたモンスターが全部いるからね。名付けしてなくても、ね」
れんちゃんと一緒にフィールドの奥へと視線を投げれば、草原ウルフが走ってくるところだった。わあ、とれんちゃんが歓声を上げて、遊び始める。思わず頬が緩む。
このフィールドは、いわゆるハウジングシステムの代わりだ。最初はそれぞれの街で実際に家を購入できるようにしていたらしいんだけど、プレイヤー数が想像を遙かに超えてしまったために足りなかったらしい。
それならと運営は、プレイヤーが管理できる小さいフィールドを提供して、街にある家々はクラン専用として、クランマスターのみが購入できるようになった。
ちなみにクランっていうのはプレイヤーが集まるコミュニティみたいなものです。ほとんどのオンラインゲームにあるいつものやつだね。
と、ここまで口に出してはいたんだけど、れんちゃんは興味がないらしい。まあいいんだけど。
「れんちゃんれんちゃん。もうちょっといいかな」
「はーい」
れんちゃんがディアに乗って戻ってくる。……いやちょっと待って。
「なにそれ!?」
「え? のせてってお願いしたら、のせてくれたよ?」
「うそお!?」
ウルフに乗れるなんて聞いたことないんだけど!?
試しにシロを呼び出して、のせて、とお願いしてみる。何言ってんだこいつ、みたいな顔をされた。ひどい。
でもどうしてだろう、と少し考えて、れんちゃんの初期スキルを思い出して納得した。
「このための騎乗スキルか……!」
さすが運営だよ本当に! 私もあとで取りに行こう。馬に三十分ほど乗って練習すれば取得できるスキルだったはずだ。多分。
「おねえちゃん?」
「あ、ごめんごめん。あれ、気付いてる?」
私の後ろを指差して、れんちゃんと一緒に振り返る。そこにあるのは、小さな可愛らしいログハウス。
「わあ!」
「あれ、れんちゃんのお家だからね。好きにカスタマイズ……模様替えしていいからね」
それにしても、太っ腹な運営だ。本来の初期状態なら、本当にシンプルで何もない家のはずなんだけど、れんちゃんのお家は最初から小さい庭も完備されているし、中を見てみると小さいながらも椅子やテーブルも完備されていた。至れり尽くせりだね。
「じゃあ、今日はここでのんびり遊びましょう。モンスターもテイムした子以外は出てこないから、好きに遊んできて大丈夫だよ」
「はーい!」
家の中をきょろきょろ見回していたれんちゃんだけど、私がそう言うとすぐに外に駆けだして行った。やっぱり家よりもふもふらしい。その気持ちはよく分かる。
「もふもふと戯れるれんちゃん……。後ろ姿なら、いいかな」
ちょっと自慢したくなったので、後ろ姿が写るように写真を撮る。頭にラッキーを載せて、ディアに抱きつくれんちゃんだ。
「れんちゃんれんちゃん。顔は見えないようにしておくから、ちょっと写真を公開してもいい?」
「いいよー。テレビだっけ? それで顔出てるし、別に気にしないよー」
「あ、うん……。なんか、ごめん……」
あれ。れんちゃんもしかして結構気にしてたのかな……?
許可ももらえたので、公式サイトのスクリーンショット掲示板に投稿しておこう。コメントは、私の妹は世界一、と。
夜。
なんか、コメントがたくさんついてるんだけど。お気に入りすごいことになってるんだけど。なにこれ。お前らみんなロリコンか何かなの? バカなの?
いやでも、れんちゃんだからね! さすが私の妹! ふふん!
で、ちょっとだけ心惹かれる書き込みがあった。動画で見たい、だって。
ふむう……。まあ、私も、もっと自慢したい気持ちはあるけれど。どうしようかな。
このゲームは、とある大手の動画投稿サイトと提携していて、ゲーム内の様子を生配信できる。このサービスを使えば本来の配信に必要な機器は必要ないので、いつもそれなりの人数が配信してる、らしい。私はあまり見ないけど。
それを使えば、もっとみんなにれんちゃんを自慢できるかも。んー……。
とりあえず、れんちゃんに聞いてみようかな?