テイマー姉妹のもふもふ配信   作:龍翠

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セカン

 

 学校の休み時間。私はスマホでAWOの服について調べていた。調べてみると、出るわ出るわたくさんの種類に生産者。ゲーム内でNPCから買えるものだけでもかなりの数があるというのに、それ以上に裁縫スキルで作られた服が多いこと多いこと。有名なRPGのコスプレ衣装もあれば、何故か十二単なんてものまであるみたい。十二単って誰が着るんだ。

 そんな私の目の前の席に、誰かが座った。視線を上げてみれば、小学生の頃からの腐れ縁、青野菫だ。趣味とか全然違うのに、何故か妙に気が合う。少し、不思議な相手。

 

「未来。何見てるの?」

 

 菫が私のスマホをのぞき込んでくる。すると、何故か驚いたみたいで少し目を丸くした。

 

「へえ。未来が服に興味持つなんて珍しいわね。どこのブランド?」

「いやいや。ゲームのやつだよ。れんちゃんに何か買ってあげたいなって」

「あ、そうなんだ。一緒に買いに行こうかなと思ったのに」

「あはは……。また今度ね……」

 

 そう言えば、菫と一緒に買い物したのって、最後はいつだったかな。軽く一年以上前だったような気がする。

 恐る恐る顔を上げてみると、案の定菫は冷たくこっちを見つめていた。

 

「その今度は、いつになるんでしょうね?」

「い、いや、あはははは……」

 

 これは微妙に怒ってる。怒ってるというか、拗ねられてる。

 これは私が悪いかな……。何度も誘ってもらってるのに、れんちゃんを理由にして断ってるから。れんちゃんからも優先しすぎないでって怒られることがあるし、気をつけよう。

 

「じゃあ、次の日曜日のお昼あたりでどうかな……?」

「ん……。まあ、いいわそれで。面白そうな映画があるの。一緒に行きましょ」

「わーい。菫とデートだー」

 

 そんなことを言ってみる。この子は照れた反応がかわいいから。なんて思ってたのに、菫はなんだか微妙な表情になっていた。

 

「え、な、なに?」

「ん……。未来のその発言のせいで、たまに私にレズ疑惑かかってること、知ってる?」

「え、嘘。マジで?」

「マジよ。ちょっと気をつけなさい。彼氏に、レズかと思ってた、て言われた私の心境、考えてみて」

 

 考えた。地獄である。うん。なんか、ほんとうにごめん。

 

「でもさすがにそれは予想できないよ……」

「ええ、そうね。だから怒ってはないから。ちょっと、へこんだだけでね……」

「いや、うん。ごめんね?」

 

 少し言動に気をつけようと思いました。まる。

 

 

 

 さてさて。やってきました生産者の楽園、セカン! なんかもう、人が多い! すっごい多い! あまりの人の多さに口をあんぐり開けて放心してるれんちゃんがとってもかわいい! とりあえずスクリーンショットを。

 ファトス、セカン、サズの三つの街は、それぞれの街の入口にある転移石というもので簡単に行き来ができるようになっている。転移石はぷかぷか浮かぶ大きな青い石。触れると街の名前が書かれたメニューが出て、それをタッチするとその街の転移石の側に転移するという仕組みだ。

 

 それを使ってれんちゃんと一緒にセカンに来たわけだけど、いやあ人が多いのなんの。私は何度も来たことがあって知ってるからそんなに驚かないけど、れんちゃんはもう驚きっぱなしで、さらには頭のラッキーもぽかんとしていて、その様子もかわいい。写真写真。

 

「人が、すごくたくさん……。おねえちゃん、みんなプレイヤーさんなの?」

「一部NPCもいるけど、ほとんどプレイヤーだよ」

「人って、こんなにたくさんいるんだ……」

 

 やめて。なんか、こう、聞いてて辛い……。

 れんちゃんの手を握って、どんどん歩く。れんちゃんははぐれまいと私の腕にしがみついてる。ぎゅっと。ぎゅうっと。かわいいなあ!

 そんなれんちゃんは、少し注目を浴びていた。単純に幼いプレイヤーに驚いている人もいるけど、配信がどうのと漏れ聞こえてくる声もある。昨日見てくれた人もいるんだろう。まあこれだけ人がいるんだから、いてもおかしくはない。

 

「おねえちゃん、どこに向かってるの?」

「中央にある商業ギルドだよ」

 

 プレイヤーは商業ギルドでお金を払って許可証を買うことで、この街の大きな道に露店を出すことができる。買い手側のプレイヤーはそれぞれの露店を巡って欲しいものや掘り出し物を探すわけだ。

 なんて、ちょっと面倒くさいのは雰囲気を楽しみたい人向け。実際には商業ギルドでカタログをもらうことができる。随時更新されるカタログで、欲しいものがあればそのページを叩いて、出てきたメニューで購入を選べばいい。すると手持ちのお金が減って、自動的にインベントリに追加される。

 

 カタログの利点としては、カタログさえ手元にあれば街のどこにいても購入できること。ただし街から出ると使えない。

 露店の利点は、値段交渉を行えること。露店を出す人、巡る人はそれもまた楽しみの一つらしいので、遠慮しちゃだめなんだそうだ。値段交渉が嫌なら露店だけ出して、店番のNPCを雇ってまた生産に勤しむらしい。

 私たちはこれからカタログを買って、それを見ながら露店巡ることになる。まあ、その、あれだよ。手持ちがね、ちょっと、厳しいからね……。ははは……。

 

「れんちゃんはどんな服がいい?」

「なんでもいいよ」

「一番困るやつ……」

 

 れんちゃんの場合、そもそもとして服に興味がないから余計に困る。むむう……。

 とりあえず商業ギルドに入る。大きな酒場みたいな雰囲気。カウンターにはカタログが山のように積まれていた。一冊もらって、すぐに出る。さてさて、服のページは、と……。

 

「うぐ……」

「おねえちゃん?」

「い、いや、なんでもないよ……」

 

 高い。どれもこれも、高い。いや、まあ、服が作れるようになるのって、裁縫スキルでも結構上らしいから、仕方ないのかもしれないけど。それにしても、高い。

 最低十万。高いものだと、まさかの一千万。まあこれは、バトルジャンキーも納得の性能だからだろうけど。私たちには無用の長物だ。

 

「あ」

 

 ぱらぱらめくっていると、れんちゃんが小さな声を上げた。何か欲しいもののページがあったのかなと思ったけど、れんちゃんの視線は別のところへ向かっていた。

 れんちゃんが見ている方を見ると、そこにあった露店はテイマーが使うものが並べられた露店だった。なんというか、れんちゃんらしい。

 

「行ってみる?」

「うん!」

 

 れんちゃんと一緒に、その露店へ向かう。

 露店は大きな敷物に商品を並べる形になる。あとは、自前で大きめの板を用意して、そこに商品をつり下げるみたいなやり方もある。服とかはそっちになるかな。

 

 れんちゃんが見ていたのは、ちょっと小さめのブラシだ。高級ブラシ、なんて書かれてる。お値段驚きの十万。

 れんちゃんが私を見て、すぐに表情を曇らせた。むう、高いと思ったのが顔に出ていたらしい。

 買えないことはない、けど……。手持ちは、三十万しかない。ここで十万使うと、さすがにちょっと厳しいかも……。

 

「あれ? 私のお店に用?」

 

 そんな声が聞こえて振り返ると、いわゆる巫女服を着た女の子がいた。見た目は私と同い年か、少し上ぐらいかな? にこにこ快活そうな笑顔だ。

 

「女の子だし、もしかして服を買いに来たりした? ごめんね、今日は片手間にやってるテイマーの道具なんだ。どうせ作るならって売り物用に二つずつ作ってね。それで販売中」

「そうなんですか」

「うんうん。見たところ、初心者さんだよね? テイマーさんなのかな? これらは趣味用のアイテムだから、正直初心者さんにはお勧めしないよ、やめた方がいいよ」

 

 なんというか、露店を出していてそれっていいんだろうか。いや、私が気にすることじゃないのは分かってるけどさ。買わない方がいい、と言われるとは思わなかったよ。

 ちら、とれんちゃんを見ると、相変わらずブラシに釘付けだった。

 

 うん。うん。まあ、なんだ。服なんて私の押しつけみたいなものだし。れんちゃんが本当に欲しいものを買うべきじゃないかな。うん。

 想像するんだ私。ブラシを持って、もふもふをもふもふする妹を。……天国かな?

 

「この高級ブラシをください」

「いや、ええ……。人の話聞いてた? 初心者さんには十万は安くないでしょ。その、あれだよ、値引き交渉とか、してもいいよ?」

「人にプレゼントするものを値引きなんてできるか!」

「あ、はい。かっこいいけどなんか違う……」

 

 巫女服の人にお金を渡して、高級ブラシをもらう。それをはい、とれんちゃんに渡した。

 

「え……。いいの……?」

「いいのいいの。服なんてまた今度買えばいいの。その代わりそれでたくさんもふもふするのだ。配信するから」

「うん!」

 

 にぱっと笑うれんちゃん。天使かな?

 思わず頬を緩めていると、巫女服の人の小さな声が聞こえてきた。

 

「うそ……」

「んー? どうかした?」

「その子、NPCじゃないの!? プレイヤー!?」

「ああ、うん。私の妹。プレイヤーだよ」

「れんです!」

 

 ぴっと右手を挙げて元気な挨拶。何故かラッキーも右前足をあげてわん、と挨拶。なんだろうこのダブルパンチは。写真! スクリーンショット! たっぷり保存だ!

 

「ああ、ちなみに、ちゃんと許可をもらってるからね」

 

 配信でも言われたしね。先に言っておいた方がいいでしょう。

 とりあえず告げておくと、巫女服の人はぷるぷる体を震わせていた。なんだ?

 

「君! 君が保護者なの!?」

「え、あ、はい。そう、です、けど……」

「名前は!?」

「ミレイです」

「フレンド登録しよう!」

「はい」

 

 は! しまった! なんかちょっと怖くて流れに任せすぎた!

 気付けばフレンドリストに名前が登録されました。新規マークで、アリス。

 なんか、どこかで聞き覚えがあるような、ないような……。

 

「ミレイちゃん! お願いがあるんだけど!」

「えっと。はい。なに?」

「この子の服作らせて! お金も素材もいらないから! ミレイちゃんの服も作るから! ね!? ね!? いいでしょ!?」

 

 なんだこの人怖い!? なんでこんなにぐいぐい来るの!?

 

「だめ? だめかな? じゃ、じゃあ、月に一回ぐらい、タダで作ってあげる! どう!?」

「いや、あの……。ありがたいけど、なんで……?」

 

 正直怪しさしかない。断りたい気持ちにものすごく傾いてる。れんちゃんなんかいつの間にか私の後ろに隠れて顔を半分だけ出すという謎の警戒の仕方。……写真。

 私の問いに、アリスさんは勢いを止めると、目を逸らしてふっと笑った。

 

「今は知り合いの依頼だけ受けてるんだけどね。ほとんどの依頼が、男物なんだよね……。女の子の知り合いもいるけど、バトルジャンキーでかわいさよりも実用性一辺倒なんだよね……。たまに思うわけですよ。私、せっかくのゲームでなにやってるんだろうって」

「うわあ……」

 

 思わず出た声がれんちゃんと重なった。漂う哀愁。とても哀れだ。

 でも少し仕方ないと思う。昔よりは敷居が低くなったとはいえ、やっぱりゲームは男性の方が人数が多い。リアルな動物がかわいい、なんて言われて女性プレイヤーが比較的多いと言われてるこのゲームですら、女性プレイヤーは全体の三割ほどらしいし。

 

「それにこの子ちっちゃくてかわいいし! この子に着てもらえるなら、喜んで作るよ! たくさん作るよ! だから、お願いします!」

 

 ぺこり、と頭を下げてくるアリスさん。えと、どうしよう……。

 ちらりとれんちゃんを振り返れば、れんちゃんはじっとアリスさんを見つめていて、そしておもむろにラッキーを突き出した。なんだ?

 

「え、なに?」

 

 アリスさんもちょっと困惑していたが、

 

「わふ」

 

 ラッキーが鳴くと大きく目を見開いた。どうやらテイムモンスターとは思っていなかったみたいだ。ぬいぐるみだとでも思ったのかな。

 

「かわいい!」

 

 アリスさんがおそるおそるラッキーを受け取って、もふもふする。おお、すごい。なんか、顔がふにゃふにゃだ。ラッキーもされるがまま、だけどれんちゃんの時とは違って微妙に表情が硬い気もする。仕方なく触らせているような、そんな感じ。

 

「おねえちゃん」

「ん?」

「お願いしてもいいと思う」

「ふむ。理由は?」

「もふもふ好きに悪い人はいないから!」

 

 なんともれんちゃんらしい理由だ。でもまあ、れんちゃんがそう判断したのなら、れんちゃんに従おう。何か問題が起こったら、それこそどうにかするし、どうにかしてもらうさ。お姉ちゃんらしく頑張ります。

 

「えと、アリスさん」

「ふへ、かわいい……。あ、はい。あ、呼び捨てでいいよ。年も近そうだし」

 

 アリスさん、じゃなくて、アリスがラッキーをれんちゃんに返しながらそう言う。少しだけ名残惜しそうなのは見なかったことにしておこう。

 

「それじゃあ、お願いしてもいい? 手持ちは、あまりないけど……」

「や、お金はほんとにいいってば。作らせてもらって着てもらうだけで満足です。んふふー」

 

 本当に大丈夫かな。不安になってくるんだけど。

 

「とりあえず、お試しということで、作り置きのやつあげる。趣味で作ったやつだけど」

 

 トレードの画面が開かれた。トレードの画面は左に私が出すものを入れて、右に相手が出すものが表示される仕組みだ。お互いに承認すれば合意となって交換される。

 アリスはこちらが何かを提示する前に、服を二着出してきた。

 

「何も入れなくていいよ。そのまま承認押してね」

「あ、うん……。本当にいいの?」

「もちろん。着てくれると嬉しいな。ちょっとファンシー過ぎて他の人に渡せないから……」

「おい待てこら」

 

 それってれんちゃんは似合うけど私がおかしくなるやつ!

 

「ミレイちゃんミレイちゃん。確かにミレイちゃんは少し浮いちゃうかもだけど、かわいい妹さんとお揃い、着たくないかな……?」

「是非! お願いします!」

「あ、うん。即答でさすがにびっくりだよ」

 

 愛してるし愛されてるなあ、というアリスの笑い声を聞きながら、トレードを完了させる。うん、これはなかなか……。いや、でも、れんちゃんが着てるのを想像すると、ありだ。すごく、ありだ。

 

「是非とも見せてね。スクリーンショットとか、ほしいかな!」

「あ、それだったら、アリスが嫌じゃなければ配信で着てもいい?」

「ん? 配信してるの?」

 

 頷いて、配信のことを教えると、へえと興味を持ってもらえた。必ず見る、とまで約束してくれる。

 

「配信中は着てくれてももちろんいいよ! 私も宣伝になるしね!」

「あはは。ありがと。それじゃあ、使わせてもらうね」

「うん!」

 

 ぐっと握手。いきなり声をかけられた時はどうなるかと思ったけど、なかなかいい縁かもしれない。これもれんちゃんの、ラッキーウルフの幸運パワーかな! いやさすがに関係ないだろうけど。

 

「それじゃあ、そうだね……。三日ほど時間ちょうだい。かわいいもの作ってくるからね!」

 

 アリスはそう言うと、善は急げとばかりに行ってしまった。そんなに急がなくてもいいけど、本人がとても楽しそうだし何も言わないでおこう。

 

「とりあえずれんちゃん。服をもらったし、帰ったら着てみよう」

「はーい」

「そのブラシも早く使いたいでしょ?」

「うん!」

 

 力強い返事。やっぱりれんちゃんにとっては服よりもブラシか。まあ、れんちゃんだしね。

 その後は軽く露店を見て回る程度にして、さっさとファトスに戻ってきた。

 


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