※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください
「なんだ、もう終わりか? まだまだ飲めるだろう」
「勘弁してくれ……酒に呑まれるのは好きじゃねぇんだ。下手したら吐いちまう」
「ふふっ、いいじゃないか。飲みの場ではそれもまた一興というものだ」
「おいおい冗談だろ? 俺を潰す気か……?」
夜、自室にてホシグマと二人きりの酒盛りが行われた。
誰かを酒を飲むことなんてない俺からすればこのイベントの開催自体が極めて不本意なものだったが、変に頼み込まれてしまったので断ることもできなかった。
ことの発端はつい数日前、俺が自室で晩酌を嗜んでいたことに起因する。俺は自室で静かに酒を楽しんでいた。
「ふぅ……今日も何とかなったかぁ」
ロドスの任務は時として死の危険すら伴う。戦闘には参加しない指揮官といっても多くのオペレーターの命を預かる立場だ。普通では味わうことのないような緊張感と闘い続けることも珍しくない。
そんな時大切なのは、いかにリラックスして気を休めるかだ。任務の無い時こそ、任務を円滑に進めるために精神状態のケアが欠かせない。そんな時に酒が便利なのだ。
何故わざわざこんな身体に悪い上に不味い液体を飲むのかと考えるやつも多いだろうが、酒を飲む目的は健康でも味でもない。多少の身体的リスクを払ってでも欲しい簡易なメンタルケアとしての側面が強いのだ。もちろん味を楽しむやつもいるだろうし、リスクのせいで体調を崩して本末転倒になってしまう場合だってあるだろうが、大体の場合酒はメンタルに効く。
だからこそ俺もたまに晩酌と称して自分に合った酒を飲むことがあるのだが、これは他の者に知られていない。
というか普段俺は酒を飲まない。
理由としてまず純粋にほとんどの酒が好きではないというのがある。好みの問題なのだ。
市販の安酒はもちろんのこと、高級なものであっても不味いもんは不味い。いかに他の奴が美味い美味いと飲んでいようと合わなければ俺には泥水と変わらない。
ロドスではその所属人数の多さから時たま飲み会のようなイベントが発生することもあるのだが、そういう場で気を使って不味い酒を飲むのは御免だ。
だからこそ普段から『酒を飲まないやつ』というイメージを周囲にしっかりと認知してもらうことで、そういっためんどくさいイベントに参加することを回避し、もし参加したとしても普通のドリンクで回避するということができる。これが少しでも飲むことができると思われてしまうと効かなくなるため、普段の俺は酒を飲まないのだ。
他にもいくつか理由はあるが、とりあえずロドス内での俺のイメージは『酒を飲まないやつ』で固まっていることだろう。だから俺はそのイメージを崩さないように酒を飲むときは一人自室でこっそりと飲むのだ。
が、その日は非常に運が悪かった。
コンコン
『失礼ドクター。先日の龍門からの依頼で少し話したいことがあるのですが、今大丈夫でしょうか?』
「ああ、ホシグマか。ちょっと待ってくれ」
突然のノックに少し驚きはしたものの、俺はいつものように酒の瓶とグラスを隠そうと手に持った。自室の小型冷蔵庫は机から近いので、怪しまれるほどしまうのに時間がかかることはない。今までもそうして隠してきた。
のだが……
「あっ……」
ガシャーン!
冷えていたせいで水滴でもついていたのか酒の入った瓶は俺の手から滑り落ち、地面に激突すると共に四散。大きな音が鳴り響いた。
「大丈夫ですかドクター?!」
「あー…………大丈夫だ。心配すんな」
「それなら良かっ…………ん?」
今まさに入ろうとしている部屋の中から何かが割れる音がしたら、誰しもが心配になるだろう。ホシグマの性格を考えれば俺の身を案じて瞬時に部屋に入ってくることは容易に想像できる。
だから俺はこの時完全にやってしまったことを理解した。
「えーっと……これは…………」
「片付け手伝いますよ、ドクター」
そう言って地面に散らばった破片拾いを手伝ってくれるホシグマ。その行動自体はとてもありがたく、優しいのだが。
「やめろ、そんないかにも面白そうなものを見たような表情で俺を見るんじゃない」
「いやいや、小官は決してそのようなことを考えてはいませんよ。ただドクターにお怪我がないか心配しているだけです」
「嘘つけぇ! 未だかつて見たことないぐらいニヤニヤしてるじゃねぇか! 口角が上がってんだよ口角が!」
「いやぁ、何故か気分が良くてですね。別にドクターが酒を飲めることに驚いているわけでも、こんなふうに一人でこそこそ楽しんでいるなんて可愛い一面もあるなぁ、なんて思っていませんよ」
「じゃあなんで気分がいいか言ってみろ? 理由はしっかりあるだろ? というかマジでやめてくれない?」
「決してこのネタを使ってドクターを飲み比べをしてやろうなんて考えていませんとも」
「おい待て、本気で言ってんのか? なんで今まで俺が酒飲めるのを隠してたか察せないお前じゃないだろ? というか酒好きで酒豪で通ってるお前に飲み比べで勝てるわけねぇだろ?!」
「あ、そうそう先程の任務の話なのですが…………」
「こいつッ…………」
と、こんな感じでホシグマにはバレてしまい、二人での飲み会が発生することとなってしまったのだった。
「しっかし驚いたな。お前の持ってくる酒全部美味いな」
「だろう? それなりに飲みやすくて美味いのを吟味したつもりだからな。その甲斐があったというものだ」
「なんだよ、わざわざ選んでくれたのか」
「当たり前だ。私だって嫌がる奴に無理やり酒を飲ませる趣味はない。世の中には一定数酒を受け付けなかったり、酒が嫌いな奴がいることは理解しているつもりだ。ドクターはどちらかというとそっち側だろう?」
「ああ、そうだな」
根っから嫌っているわけではないが、好きか嫌いかで答えるなら嫌いという答えになってしまうことは否めないだろう。だからこそ隠れていたわけなのだ。
どうやらホシグマはそのことを考慮して酒嫌いでも飲めるようなものを持ってきてくれたようだ。面白がって強引に酒を飲ませようとしていただけなのかとも思ったが、案外そうでもないらしい。
「あー……なんだか悪いな」
「何にがだ?」
「いやだって、要は俺用の酒ってことだろ? わざわざ俺に合わせてもらってるのが申し訳ないというか、なんというか」
「何くだらないことを気にしてるんだ。お前と私二人で楽しめるやつを選んだに決まってるだろう」
「そうか? それならいいんだけどよ」
「それにだ」
ホシグマは唐突に俺の肩に腕を回してくると、がっちりと引き寄せてきた。バランスを崩した俺のグラスから少し酒がこぼれる。
「おおっ?!」
「お前と二人で飲めるんだ。楽しくないわけがないだろう?」
「ちょ、お前!」
ホシグマはそのまま自分グラスに注がれた酒を一気に呷ると、俺の唇に自らの唇を重ねてきた。
あまりに突拍子もないことだったので反射的に抵抗するものの、彼女の力の前に俺はどうすることもできなかった。
「っ…………んっ……んっ…………」
ゆっくり、ゆっくりとホシグマの口内から酒が流れてくる。柔らかい唇の感触に触れあう舌先、鼻孔をくすぐるアルコールの混じった甘い匂い。普段ならあり得ない状況に心拍数が上がっていく。
酒が喉を通る度、食道から胃にかけて体内が燃えるように熱くなり、やがてそれが全身に広がっていく。身体の内側からどんどん燃えるように体温が上がっていく感覚に焦りを覚えるが、それ以上に深い安心感に包まれる。
ずっとこの瞬間が続いてしまうのではないか。そう思ってしまうほどに時間の概念が薄れていき、酒のせいか意識がぼんやりとしていく。
「っはぁ! はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
しばらくした後、俺は解放された。肺に空気を吸い込んで意識を起こす。
思わずホシグマの表情を読み取ろうとするが、ホシグマは俺を翻弄しているのが面白いのか相変わらずのニヤけ顔だった。
「どうだドクター? 楽しいだろ?」
「お前…………酔ってんのか?」
「この程度じゃ酔わないな私は。まだまだいけるぞ?」
「だったらなんで……お前…………」
「随分と無粋なことを聞くんだな。言わなくてもわかるだろう。ここまでしておいて他に何の理由がある」
「おいおい…………嘘だろ?」
「嘘や冗談でこんなことしないさ。そもそも私と二人きりでの飲みに応じてくれた時点で気付いているものかと思ったんだがな」
俺が鈍感なだけだったのか、それともこれもからかいの一環なのか。
いずれにしても俺は動揺を隠せなさそうだし、話を止める手立てもない。そもそも元をたどれば弱みを握られているのだ。大人しく翻弄される意外に選択肢はないだろう。
「少しでも考えなかったと言えば嘘になるけどなぁ。それにしたってびっくりだ」
「ドクターはそういうのに期待しないタイプか?」
「ああしないね。変に期待してガッカリするぐらいなら最初から期待なんていしないのが一番いい」
「そうか。だが私には期待していいぞ? 私はドクターのことが好きだからな」
「随分さらっと言うなぁ。もう少し恥じらいながら言われたら俺は落ちたぞ?」
「おっと、これは失敗か」
しかし全く残念そうではない。追加で酒を呷ると今度は柔らかい笑みを見せた。とても可愛い。
「きっかけは? まさか一目惚れってことはねぇだろ? 記憶喪失で右往左往しながら指揮してただけだし、好かれるようなことは何もしていないだろうに」
「随分と謙虚だな。ドクターの良いところなど数えようと思えばいくらでも出てくる。その中には惚れるに足るものもあるさ。だがあえてきっかけとして挙げるなら、初対面の印象だろうな」
その言葉に記憶を探るが思い当たるような節はない。お互いごく普通に挨拶をしただけだったように思う。当然そのころのホシグマはきっちりした敬語だったし、俺もまだロドスに慣れていなかったのとホシグマの口調に合わせるという意味合いで敬語だったのだ。きっかけになるようなことがあったとは考えづらい。
しばらく考えたがやはり浮かばず、俺は答えよ求めるようにホシグマに視線を送った。
「見ての通り、私はオニだ。しかもオニの中でも背が高くて力が強い。昔から仲間内でも一目置かれてたぐらいだ」
「まあ、そうだろうな」
「だからと言っては何だが、だいたいの奴は初対面で私のなりを見て少なからずビビるんだよ。マフィアだった頃も、近衛局に入ってからも、ロドスに来てからも。それはずっと変わらなかったんだ。私を見て驚かないのは腕っぷしに自信があるやつか、他人に興味を持たないようなやつだけだった。だがドクター、お前はそうじゃなかったんだ」
「ん? 俺がか? 別にそんな特別視してたわけじゃないと思うが……」
「それが新鮮だったんだよ。普段から一目置かれる分、特別視されないことが私にとってはとても珍しいことだったんだ。しかもドクターは私のことをちゃんと『ホシグマ』として見てくれただろう? でかい女とか、オニの戦闘員とか、そういうレッテル付けをして印象で判断するんじゃなく、私のことをちゃんと一個人として見てくれていた。それが嬉しかったんだ」
「随分買いかぶってくれるじゃねぇか。そんなことねぇと思うけどな」
「それなりに長いこと裏の世界にいたんだ。人を見る眼には自信がある。それにドクターがそうやって自然な視点で他人と接するのは端から見ていてもわかるからな」
ホシグマの所属していた組織がどうだったかはわからないが、基本的にマフィアは常に危険と隣り合わせだ。相手が信頼に足る人物かどうかを見極める観察眼は重要だろう。
が、俺としてはそれだけで納得のいく話ではない。
「仮に……もし仮にお前の言う通りだったとしてもよ。それが理由になりえるとは思えないんだよな、やっぱり」
「ほう、そうか」
「確かに、俺は他人を印象だけで判断するようなことはしない……と思うぜ? でもそういうやつはロドス内に他にもいるだろうよ。そもそもロドスって組織自体が経歴とか身分とかを度外視してるからな」
「まあそうかもしれないな」
「俺別にイケメンでもねぇし。初対面で好かれるほどの何かがあるとは思えないんだよ」
「そうか。別にそれでもいい」
「えっ?」
思わず声が出た。というのは、ホシグマがいきなり俺の体を持ち上げたからだ。
「ちょ、なにす……んぐぅ?!」
俺はそのままベッドへとほおられた。受け身も取れずに何事かと驚いていると、ホシグマが覆いかぶさるようにして馬乗りの体制になる。
「あ……あの…………ホシグマさん? これは?」
「酒席で問答は好かないからなこうしたほうが手っ取り早い」
「いや、あの、お前が好きだって言ってくれるのは嬉しいし、それを疑ってるわけでもないんだよ。ただ理由が気になってな?」
「この際理由なんてどうでもいいだろ? そんなことよりすることをしようじゃないかドクター。意外とまんざらでもなさそうだしな」
「ちょっと待て! とりあえず待て! やっぱりお前酔ってるだろ! 絶対酔ってるだろ! よってなきゃここまで強引にこんなこと……」
「ちなみにだドクター」
「へ?」
「もしかしたら記憶喪失で覚えていないだけで本当は経験豊富で知っているのかもしれないし、男もそうなのかもしないが……
女というのは時として自分でも意外なことで恋に落ちてしまうものなんだよ」
そこから別に俺たちの関係が急激に進展するようなことはなかった。相変わらず普段のホシグマは敬語だし、俺も彼女を特別扱いしたりはしない。
しかしよく意識していると、今までなんとなく捉えていたホシグマのしぐさの一つ一つが俺のことを思ってくれるのだと気付くことができる。どうやら俺は結構な幸せ者だったらしい。
しかし俺は酒が嫌いだし、相変わらずみんなの前では飲めないふりを続けている。そう簡単に変わったりはしない。これまで続けてきたことを、これからも続けていくだけだろう。
「あ、でもちょっと変わったかな」
「ん? 急にどうしたんだドクター?」
不思議そうな顔をするホシグマを一瞥すると、俺は静かに一言。
「お前と飲んでると、前より酒が美味いよ」
「…………そうか。それはよかった」
嬉しそうに微笑むホシグマ。それを見るだけで俺までなんだか嬉しくなる。
酒なんて、と思っていた俺だったが、
もしかしたらこの先、俺は酒が好きになるかもしれない。