季節を連れてくる人。私に秋を持ってくる。いつも真っ直ぐ目の前を見て、真っ直ぐに手を伸ばして、真っ直ぐな魔法を使う。けれど、私の目を見た時は、揺らしてほしい。

秋のレイマリです。

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A little long hair

 空が高い。

 浮き上がったときの高揚感が嬉しい。丈夫な箒の柄を指で撫で、魔理沙は微笑む。空を走っていく。高い木々に囲まれ、鳥と並行して飛ぶ。彼女の声は、弾んでいく。

 久しぶりに袖を通した長袖は、鏡の前で振り返った時、妙な違和感として彼女の頭に焼き付いた。首もとのリボンを結び直している時、手のひらまで伝わる乾いたシャツの感覚が、様々な季節の記憶を呼び覚ましては魔理沙を困らせる。ねえ、と呼ぶ声。鏡を見つめ、髪の毛に触れる。不機嫌な顔をよく見ないように目を逸らした。

 なんでもない瞬間に思い出した少女の顔が、どんな表情をしているのか、酷く気になった。不意にかち合った目が、泳ぐ。

 いつの間に少女達の空はこんなに高くなっただろう。私の知り合いは季節を知らない奴が多いので、知らせに行ってやろう。彼女はそう、思う。

 

「秋だぜー!」

 

 広い山々に響く。風に当てられた頬を赤くして、魔理沙が笑った。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 先ほどから鳴る風に、霊夢が気を逸らす。

 未だに夏物の服を着た彼女は、朝起きっぱなしのまま放置していた布団の上で、寝ころんで本を読んでいた。煎餅の散らかるのも構わず、手探りで菓子入れを引き寄せる。ベタつく指先を舐めて、障子の奥を見つめた。

 

「よっ」

 

 障子の隙間からオレンジの光が漏れ、見上げる霊夢の目が細くなる。眉をひそめて、横髪に表情を隠した。

 

「嫌な予感がしたのよ」

 

 目の前に、黒いノースリーブワンピースに白シャツ、エプロンの少女が膝立ちで現れた。障子を開け、逆光を浴びてまさに魔の彼女はよろけて手をつく。魔理沙だ。

 

「なんだと」

「予想通り“魔”が来た」

「逢魔が時なんでな」

 

 外から直接来た様子の魔理沙は廊下で靴を脱ぎ、部屋に上がった。かさかさと帽子から落ちる落ち葉に、霊夢は本で魔理沙の腕を叩く。

 落ち葉はまだ生気を感じる。干からびた葉ではなく、今日まさに彼女の帽子に落ちたであろう葉だ。霊夢はそのひとつを摘まむ。桜の葉である。青々としていたはずの葉が、黄に染まっていた。

 

「まったく……」声に鋭さはなかった。

「いいだろ、それ」

 

 弾む魔理沙の声には悪気は感じられない。おそらく、わざとそうしてここまで来たのだろうということが窺えた。

 得意げな顔をする友人に、霊夢は自分の現状を見回し溜め息を吐いただけで何も言わない。魔理沙はそれを盗み見て煎餅を齧った。

 

「お前もしかして、最近ずっとこんな調子なのか」

「悪い?」

「だから客が来ないんだよ」

 

 嫌味も魔理沙はからからと言った。霊夢は反論出来ずに茶の準備に立ち上がる。「あ、待った待った」

 

「なに」

 

 魔理沙の声に、霊夢が小さく振り返る。

 

「空、行こう」

 

 魔理沙の言葉に、霊夢は沈んだような目をぴくりと動かした。魔理沙は右手の人差し指を天に向け、満面の笑みをしている。

 光を遮られたこの部屋で、僅かな光源で光る、彼女の髪が揺れる。夏は短かったはずなのに、もう肩に届くようになっている。見慣れない長袖が、他人行儀である。霊夢はそれを見つめ、目蓋を伏せた。初めて、口角が上がる。

 

「うん」

 

 季節を連れてくる人。

 いつの間にか、秋になった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 空を飛んでいる。遠くに夕日が見える。

 進んでいるのか止まっているのかわからない速度で飛んでいる。霊夢は予想以上に冷たい空気に、短く息を吐く。

 

「機嫌はなおったか」

「はあ?」

「なんか怒ってなかったか、霊夢」

「べつにいー」

 

 そっぽを向く霊夢の横顔が夕日に照らされてか赤い。空は青い方がいい、と魔理沙は言った。青い方が、空の高さがわかるから。知ってたか、と聞く。知ってたか、霊夢。

 

「わかんねえだろうな。もっぱら空を飛ぶ奴ってのは下ばっかり見るから」

「わかるわよ。あんただって空飛ぶくせに」

「私は箒に乗ってるから視点が違うんだよ」

 

 額に手を当てて遠くを見つめる魔理沙は秋色をしている。霊夢はむっとして魔理沙の表情を拐うように、一瞬掠めていく。

 確かに、霊夢は常に前を向くとどうにも首が疲れて下を向きがちになるのだった。魔理沙は常に前だけを真っ直ぐ見ている。性格はひねているくせに、飴色の目線も、伸ばす手も、撃つ魔法も、何もかも真っ直ぐなのである。

 

「ねえ、疲れない」

「なにが」

「真っ直ぐ、みてるの」

 

 魔理沙はきょとんとして、それから笑う。

 

「お前の方が疲れるだろ」

 

 とろけるような、澄んだ目。真っ直ぐな目。霊夢は困ったように微笑む。まあね、疲れるわよ。「じゃあ、そこから見たらどうなの」

 

「空は高い?」

「高いな」

「どのくらい」

「どこまでも行けるくらい」

「その箒で行ける?」

「行けるぜ」

 

 その時、霊夢がくしゃみをする。魔理沙は途端に何かに気付いて霊夢の腕を取った。霊夢はびくりとして身を竦める。

 

「霊夢お前、まだ夏物着てるな」

「だって面倒で……」

「衣替えくらいちゃんとしろよ」

「去年、霖之助さんに丈を直して貰ってからそのまま香霖堂にあるのよ」

「取り行け」

 

 鼻水をすする音がする。魔理沙がつっけんどんながらに自分の後ろを目で示した。「乗れよ」霊夢はその場で戸惑って顔をしかめる。

 

「機嫌悪かったのって、もしかしてただ衣替えが面倒で引きこもってたからか」

「違うわよ」

「嘘だな……」呆れた目をする。「とにかく、乗れよ」

「どうするの」

「香霖堂に行くんだよ」

 

 霊夢が、魔理沙の目から逃げる。魔理沙は思案を巡らせるように辺りを見た。もう日が落ちようとしている。向かうただ一点だけが、空の高さを知らせる光のように。冷たくなった風が彼女の髪を肩で揺らした。

 沈黙。

 もう一度、魔理沙が霊夢を見る。霊夢の伏せた目の奥で、まだ光が見えた。

 

「気温が低い日はさ」

 

 声に、霊夢が顔を上げる。

 

「気温が低い日は、鍋の日だろ。香霖堂で」

 

 だから、行こうか。行こう。

 霊夢は耳を赤くして睫毛の奥で、頷く。うん。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「いつもこんなことしてるの?」

 

 香霖堂の近くの桜の木の前で、少女たちがしゃがみこんではお互いに落ち葉を頭に落としていた。見事に色とりどりの葉を乗せた帽子の下で、魔理沙が白い頬を赤くしている。

 霊夢は彼女から借りたストールを肩に掛けていた。垂れてくる鼻水を啜りつつ、自分の髪や肩に乗る落ち葉に構わず落ち葉を拾う。

 

「特別だよ。お前たちのためだけ」

「ふうん……」

「なんでか言ってやろうか」

「いい」

「お前たちが怠け者だからだよ」

「いいって言ったのに」

「くくく、上出来上出来」

 

 魔理沙は霊夢の反応に満足して笑った。

 霊夢はずびっと音を立て、ねえ、と呼ぶ。その声に魔理沙は口をつぐんで動きを止めた。「ねえ……」

 

「冬は、雪を乗せるの」

「どうかな」

「私冬は、嫌いなのよ。外に出たくない」

「それは私だって……」

「だから来てよ。毎日、私に教えて。外はどんな寒さ。雪は降ってる。どんな花が咲いてる。氷柱はできたの」

 

 ねぇ、魔理沙。

 

「私、好きだわ」

 

 魔理沙はどうにも反応出来ずに、首筋を赤くして霊夢をじっと見ていた。「な、にが」ようやく一言言って、目を逸らす。

 

「うん? 気温が低い日」

「ふん。どうせ鍋が食べられるからだろ」

「そうよ」

「ああそうかい」

「うん」

 

 落ち葉と一緒にエプロンに山ほど詰まった茸を抱えて、魔理沙が立ち上がる。いくつかの茸を落とすのも構わず帽子を深く被り直している。

 霊夢も立ち上がって魔理沙の後を追った。もう辺りはすっかり夜になっていた。黙り込んだまま香霖堂が近くに見えるたころまで歩く。ひとつの窓にだけ、明かりが見える。魔理沙はそこで立ち止まり、霊夢を振り向いた。深く被った帽子の下から、真っ直ぐに霊夢を見つめる。

 

「なあ霊夢」

「なあに」

「冬って……毎日気温が低いよな」

 

 そこまで言った魔理沙の目が、揺れた。霊夢は息を吸い込み、微笑む。小さく、声にする。

 

「うん」

 

 魔理沙が勢いよく前を向くと香霖堂に駆けていく。表情は見えなかった。霊夢は彼女の声だけを聞く。歩いて店内を覗くと、ようやく店主の声が聞こえてきた。「なんだ霊夢もそんな格好をして、二人で遊んできたのかい」

 隣を見ると、落ち葉を帽子に乗せた魔理沙が笑っていた。長くなった髪の隙間で、赤い耳が垣間見える。それを見て、堪らなくなる。

 

「秋だからな」

 

 な、霊夢。

 霊夢を見た魔理沙は、彼女の微笑みだけで熱を持った。霊夢は、魔理沙を見る。目を、離さない。真っ直ぐだったあの飴色の目線が、揺れる。

 

 

 


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