言葉を武器に変え、仮面を被り、発せよ。
それこそが、革命を起こす力となる。
SNSが身近になった世界。ただ聞くだけでいい学校での授業。指先一つで言葉も表現も思いのまま。
人が声帯を震わせ、声を出す必要は薄れているのかもしれない。
……皮肉なものだ。技術の進歩が人を人たらしめる要素を削っていくとはな。
さて、それを踏まえて君に問おう。
声は、本当に必要なのか?
4月6日
一定のリズムで起こる振動が乗客を等しく包んでいる。
吊革に手をかけ、特に気になることがあるわけではないがスマートフォンを眺めるサラリーマン。座席に座り本を読む大学生。ヘッドホンで流行りの音楽を聴く中学生。
それは、現代社会で誰もがよく見るものだ。
不快を与えないならば他者を気にすることのない無機質な人混みの中、君は窓を――正確にはその向こうで流れる景色をぼんやりと眺めていた。
引っ越しもひと段落し、初めての一人暮らし。
これから通うこととなる『波嶋高校』へと思いを馳せながら、これから同じ学校へ通うことになるだろう学生の流れに沿い歩き始めた。
***
『――かぁ』
建物の屋上から地上を見下ろしているそのカラスは不思議な見た目をしていた。
目は望遠レンズ。首には勾玉。足はカメラを支える三脚。
人の流れを観察していたかと思えばくるりと向きを変え、じっと一点を見つめる。その視線の先にはこれといったものは存在しない。
――《ハイアナライズ》
分析、鑑定、確定。きゅい、と倍率が変化したレンズがソレを捉える。
煉瓦造りの天を貫く塔。天辺は雲に隠れていて見えず、外周はどれほどあるのか見当もつかない。高層ビルとは比較にならないその大きさが存在感をより際立たせる。
だが、誰一人としてその建物に見向きもしない。気付いていない。現代日本にそぐわない古めかしい装飾をしたその建造物は明らかな
『今日も、変わらない……かぁ』
塔を恨めしく睨み、カラスは飛び立った。
***
初めて、というものはどうしても緊張するものだ。横引きの扉の前で息を整える。この一枚を越えればそこは教室。
隣に立つ男性教師はなんてことないように言う。
「……ま、最初は当たり障りない挨拶でいいからな、もっと緊張ほぐせよ」
君が入るクラスの担任だ、というその教師は見た目で少し……、いや、そこそこだらけた印象を与える男だった。雨風で羽がボサボサになったまま手入れを放置したカラスが乗ったように見える髪。くたくたになったシャツ。
「うちのクラスにゃ他所から来たって除け者にするような悪い奴はいないさ。俺が保証する……っても俺がまだ信用ないか」
言ってからその事に気が付いたようで、気まずさを隠すためか髪に手をすぼりと入れる。
「ああ、ドア開けるのは好きなタイミングでいいからな」
>すぐに開ける
>緊張をものともせず行動した!
>勇気が上がった気がする……
それを聞くや否や、君は扉に手をかける。教師はその行動に面食らったようで少しの間硬直し、すぐ君の後を追い教室へと入った。
黒板を背にし、教卓前に立つとざわついている教室がよく見える。椅子をずらし、体勢を崩し。
「おーら落ち着け落ち着け、転校生が来て盛り上がってるのはわかるがこのまんまだと声が聞こえねーぞぉ」
注意を引くための軽めの拍手により、君へと視線が集まる。
君は――
>しっかりと自己紹介をする
>クラスメイトになかなかの好印象を与えられたようだ!
「っと、席は……」
「ここです、先生!」
よく通る声と共に真っ直ぐに手が上がる。机の列の合間を通り、着席した君の席は窓側のすぐ隣。後ろすぎず前過ぎず、黒板を見るのに支障はない。
君の道標となった手と声の主――隣の席に座っているのは、上までかっちりとボタンを閉めた制服を着ている男子高校生。真面目を人の形にしたらこうなるだろう、といったキリリとした顔。一度も染めたこともないだろう、短めに揃えられた黒髪がその印象をより強くする。
「僕の名前は
周りの邪魔にならない程度に抑えられた声。わかった、と頷く。
「んじゃ、転校生の自己紹介は終わったし次は俺だな。無事進学おめでとう皆。俺は
チョークと黒板が擦れあい白を残す。文学概論を担当しているからなのか、その文字は個人の癖が無い、お手本通りといったものに見えた。
「――ね、転校生クン。大変な時に来ちゃったね」
ふと、後ろの席から声がする。女性の声。
「最近この辺、『声が出なくなる』っていう不気味な病気が流行っててさ……まあ転校生クン健康そうだし、大丈夫だと思うけど。一応、念のために、注意喚起ー」
「それいきなり言われても困るでしょ……まあ、知らないよりは知ってた方がいいでしょうけども……」
後ろの席にいた女性の話に、その隣の席の女性が話に加わる。友達なのだろう。
「もー、あやぴー素直じゃないんだからー。あ、アタシは
「はぁ……
片方は染めただろう明るい茶色のポニーテール。
片方は素の髪の色であろう黒に近い茶のロング。
片方は可愛らしい真っ赤なリボン。
片方は利便性を優先した黒縁眼鏡。
片方はどんな人とでもすぐ仲良くできる活発女子。
片方は人との関わりを嫌いそうな目をした文系女子。
ぱっと見は正反対だが、実際は関係良好。もしかしたら二人は幼なじみだったりするのだろうか、と推測する。
「まあ詳しい話は後でいいか。学校であの事について話すのはちょっと、ねえ」
「むぅ……君たち、仲良くなろうと話が弾むのはいいが……先生の連絡の邪魔になっていると思うのだが」
へらっと笑う鈴花に対して眉を潜める要。その言葉へだいじょーぶだいじょーぶ、と返し話はお開きになった。
***
「ありゃー、もしかしなくても帰る方向が一緒? すごーい、これってキセキ!」
「どう考えても偶然よ」
「というよりもほとんどの生徒が北波嶋に住んでいるからな、うむ」
「もー、そんなんだから皆から『お堅い』って呼ばれるんだよーかなめっち」
「なっ……それとこれは関係ないだろう! それにいつも言っているがその妙に気が抜けるあだ名はやめてくれないか!」
「えーなんで? 可愛くっていーじゃん、かなめっちー」
「ぐぅ……」
「こうなった鈴花には何を言っても無駄よ。諦めて受け入れたらどう? かなめっちさん?」
「ぬぁ、小菅君まで……!」
帰り道。同じ道を行く影がゆらゆらと揺れる。
ふと、君は尋ねた。学校で言っていたことの続きは何なのか? と。
「ああ、うん。あれね……」
あのときの活発さは何処へやら。口を申し訳なさそうに歪めて言い淀み……観念したように口を開いた。
「声が出なくなった人達ね、一応入院してるんだって。でもそれ以上の話は聞かない。だから、これ、本当にただの噂でしかないけど――皆、意識、無いらしいの。植物状態ってヤツ」
きゅ、と手に力がこもっているのが見える。
「アタシ、バスケ部なんだけどね。センパイ達、だんだん部活来なくなってきてさ……あはは、病気の予防は大事だもんね!」
自分の不安を隠し、心配させないための笑顔をつくる鈴花。
「……本当に病気なのかも、わからない」
独り言。ようやく分かる。その病気の話を君がこの波嶋市へ引っ越してくるまで聞かなかったのは、皆、ソレが怖いからだ、と。いつ自分に降りかかるかわからないモノを忘れていたいから、口を閉ざして遠ざけている。
……でも、それはなんの解決にもなっていない。
声を出せない病に目を背け、声を出さずにひっそりと明日の無事を願い続ける。それじゃあ、
『かぁあ』
まるで自分を呼んだかのようなカラスの鳴き声に振り返る。翼を広げて空に舞う黒が、やけに煌めいて見えたのは気のせいだったのだろうか。
***
『……不味い。送られた』
『転校生が狙われている、かぁ……クソッ』
『まただ。また、俺は見るだけしか出来ないのか』
『俺と同じ、力を持つ人は誰かいないのか!』
『……ああ。諦めない。俺は、まだ諦めてなんていない』
『この声が続く限り、俺は抗い続けてやるさ』
『せめて逃してやれたら……あの転校生の家は――』
***
学校から少し遠いが、部屋を借りられただけでも十分すぎるマンションに足を踏み入れる。
かちかち、と番号を入れて解錠。ポストを確認する。
……一通の白封筒。宛名は……『君』宛だ。
親からの励ましの手紙というわけでもない。送り主が書かれていないのだ。そも郵便番号すらないので郵便局は経由されていない。誰かが直接ポストへと入れたのだろう。重さは殆どない。ゆっくりと上昇するエレベーターの天井のライトに透かして見てみても、ヘンな金属片だとかは入っていないように見える。
かちゃん、と鍵を回す。静かな部屋へ家主が戻ってきたことを告げる音だ。先ほどから気になる手紙の封を外し、中にあった一枚のカードを手に取る。
貴方の生活を拝見させていただきましたが、
貴方の生活に言葉は不要と判断されました。
よって、只今より徴収を始めます。
瞬間、息が詰まる。
声が、出ない。
がしゃん、とカバンと共に音を立てて床に倒れる。開いていたカバンからペンやノートが辺りに散らばる。
君は一人暮らしだ。どうにかして助けを呼ぼうとしてもできない。呼んだとしても、来る頃にはきっと――。
『諦めるのか』
頭の中に声が響く。段々ぼやけていく意識と視界の中で、その声だけがはっきりとしていた。
『このまま終わるのか?』
――嫌だ。
『ならば抗え』
――どうすれば、いい。
『聞かねば分からぬか?』
『言わねば理解できぬか?』
『行動で示せ』
『自ら動かねば、何も変わらない』
無我夢中で、君は手元にあったペンを取り、書いた――。
助けて、と。
『ハ、ハ、ハ――』
『良いとも、好いとも!』
『その行動は無駄などではない! 必ずや報われる時が来る!』
ぱちり、目の前で火花が散った。何かが顔を覆う。何か……、いや、違う。これは先程助けを書いた、紙だったモノ。
それが今、仮面になっている――!
『それは"今"だ!!』
白紙。一人だけでは何も為せない愚者にして無限の可能性を示す者。
ワイルド。
あらゆる存在へと変ずる未来を持つ純白の仮面を、君は今、手に取った――!
『――我は汝、汝は我』
『汝、己が言の葉にて世界を変革する者』
『我が名はシェイクスピア!』
『今ここに声を響かせ、世界を揺るがさん!』
目の前に現れたタロットカードがガラスのように割れ、青い炎が巻き上がる。熱は感じない。あるのは高揚感。その中心にそれは……いいや。『自分』の分身が、いた。
今の自分と同じ、仮面を被った存在。羽ペンを模した長剣にロングコート。手袋、ブーツの下は不思議な材質のタイツできっちりと肌を覆い隠している。
それは自分の心の叫びが現れ出たもの。
その名はペルソナ。
>どこからともなく機械音声が聞こえてくる……!
『ペルソナ使い、覚醒。アルカナ――《愚者》』
『バベルからの申請受諾。資格保持確認の為、擬似試練を開始します』
セカイが変わる。自室から、煉瓦造りの大部屋へと。
『――ッ! 間に、合っ……!?』
全てが見覚えのないものに変わり終わる直前、滑り込むようにして黒い塊が飛び込んでくる。反射的に受け止めたそれはどうやら鳥……のようだ。何やら普通の鳥にはない機械的な部品もくっ付いているが、全体を見れば一応はカラスだろう。
『――アぁあァああ』
シミのような影が壁を這い上がり、集まり、気味が悪い物体から生命体へと変貌する。ゴムのような、インクのようなてらてらしたイキモノは呻き声を上げながら人型へとなっていった。
『あれは……シャドウ!? ここはまさかバベルと一時的に接続して……ッ!』
カラスはきゅいきゅいと音を立てて慌ただしく羽ばたく。君の腕から逃れ、この謎の空間の上部を旋回しながらカラスは叫ぶ。
『気を抜くな! まだ助かったわけじゃないぞ! かぁ!』
『――あ゛あぁアア!!』
シャドウが繰り出したのはその身体を使った体当たり。間一髪、横に飛んで回避する。カラスへと意識が向いていたため、カラスからの注意が無ければシャドウの動きに対応できなかっただろう。
相手は明らかな敵意がある。必要なのは戦う手段。それを望むと同時に確かな重さを感じた。手に持っていたのは自身のペルソナ、シェイクスピアが持っていたものと同じ長剣。
これなら、と手に力を込める。幸い、シャドウはそれほど俊敏な動きができるわけではないようで狙いはつけやすい。振りかぶり、上段からシャドウ目掛けて振り下ろす。
手応えは……微妙だ。一撃を加えた後、直ぐに後ろへ下がる。
予感は的中。シャドウは攻撃で怯むことなく、腕を振り回し反撃。こちらへと唸り声で威嚇する。幸い直撃はしなかったが、一撃でも食らってしまえば動けなくなるだろう、という予感がする。
『アナライズが……遅い、これも試練の一つとでもいうのか……! 事後報告で悪いがそいつには斬撃への耐性がある! かぁ!』
ならば、違う攻撃なら通りがいいはずだ。
非現実には、非現実を。
あの感覚を、自分自身を再び呼び寄せる。長剣を握る右手を、顔の前へと構える。長剣と入れ替わるようにして手に握られた状態で現れた白紙は、さらに仮面へと形を変える。
――来い、シェイクスピア!
『ハァアッ!』
シェイクスピアが左手を振るうと、その軌跡から光が流れシャドウへと突き刺さる。
じゅうじゅう、とまるで焼けるような音。シャドウは悶え苦しんでいる。こちらへの反撃など考えられないほどに。
『効いている! 今なら思う存分叩き込めるぞ! かぁ!!』
剣に光を帯びさせ、傷口を抉るようにしてペルソナが己が武器を突き立て、右に薙ぐ。勢い余って剣が飛んで――いいや、これはパスだ。君へと投げ渡されたそれを受け取り、シャドウへ左方向への薙ぎ払い。
真一文字に刻まれた、シャドウへの連携攻撃――耐えられるはずもなく、シャドウは消え去った。
『擬似試練の攻略完了を確認。資格認定完了。5分後に強制退去を行います』
また、あの機械音声だ。なんの意味があるのかはわからないが……これから君はきっと、普通ではないことに巻き込まれるのだろう。
『すまない。もっと早く来ていれば、ここまでの苦労をさせる事は……かぁ……』
床に降り立ったカラスは申し訳なさそうにしょぼんと頭を下げ、君の足元にいる。
>気にしないで
君は屈み、カラスと視線を合わせる。
『…………ずいぶん優しいんだな』
>貴方もペルソナ?
『ん? ああ、そうだが……ペルソナの名前は言えるがペルソナ使いの本名は秘密にさせてくれ。個人情報ってやつだ。かぁ』
ぴょこぴょこと両足で跳ねて移動するカラス。
『ペルソナの名前はヤタガラスだ。戦闘に直接参加はできないが、援護と情報収集は中々のもんだぞ? かぁ』
両翼を広げ、ふふん、と自慢げなヤタガラス。
『……俺だけじゃどうしようもできないことがこの街で起きてる。多分体験したんだろ? ”声を奪われる”、あの感覚を』
頷く。
『なら話は早い。ここで流行っているのは病気なんかじゃない。何かが起こしている『現象』なんだ。つまりそいつを止めることができれば、こんなことも無くなる』
ヤタガラスは君に頼もうとして――躊躇う。ここで会っただけの君にこんな事を頼んで本当にいいのかを。申し訳なさそうに頭を下げる。
『……初めてなんだ、俺と同じペルソナ使いに会うのは。だから、これからどうなるかは分からない。この現象が治まるのか、酷くなるのかも。もしかしたら全国に広がるかもしれない……無理に、とは言わない、少しでも、力を貸してくれたら』
君は――
>手を差し出す
ヤタガラスはその動きを見て、ば、と顔を上げる。
『っいいのか!? もっと悩んで良かったんだぞ!?』
目をまん丸にして、鳩が豆鉄砲をくらったようなわちゃわちゃとした動きでもっと考え直さないのか、と君への心配を露わにするヤタガラス。……きっと、このペルソナを操っているのは間違いなく良い人だ。
『時間になりました。強制退去を実施します』
がらがらと崩れ落ちるようにして異空間は唐突に終わりを告げた。
『気をつけ――周りの――狙わ――可能性が――かぁ――!』
崩壊に巻き込まれないように羽ばたくヤタガラスが必死に叫ぶ。
――頭、が。全てがぐらぐらと揺れて、落ちて、そして――。
『おめでとう。真のワイルドの誕生に心からの感謝を。君は選ばれた』
『さあ、望むままに力を得よ。来たるその時が訪れたならば、この私、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が
帰還。先程までの現象が嘘だったかのように静まり返った家の中で、君の手に握られているタロットカード――【愚者】が、幻ではないことを示していた。
――人は幾度愚行を繰り返す?
【世界】が成し遂げた偉業はこの世に残らない。
ソラに手は届かない。
シンジツを晴らすことはできない。
ハンギャクは成し遂げられない。
世界は、何一つ変わらない。
君が声を出さなければ、世界は何も変わらない。
我らは《声の自警団》!
さあ皆、声を上げろ! 今こそ革命の時!
Persona Voice Revolution
『キミは
『…………違う。早く気付いて』
『このままだと、キミは――』