「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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Reincarnation

「日本……日本ねぇ…………。正直良い噂は聞かないわよ? 人間同士の戦争だったから私たちが口を出せるような事は無いけれど」

 

 フランが出てきた事への衝撃が大きすぎて頭から吹き飛んでいた例の女性について思い出したのはつい最近のことだ。人間の持つ技術は見てわかるほどに発達し、当時では考えられなかったような道具も数えきれない程ある。

 住みにくい、と感じた時にふと思い出したのだ。あの頃から五十年ほども経ってしまっているがまるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。

 

「確かにそうだ。でも私が東洋にいた頃の日本は大陸側よりも過ごしやすそうに感じたけどね。今回の戦で焼け野原になっている可能性も……まぁあるんだけど」

 

 今この場にいるのは紅魔館に棲んいる者全員。といっても五人しかいないのだが。

 

「そもそもその怪しい妖怪の名前は聞いていないのかい? 私たちを嵌めるための罠だった可能性も捨てきれない」

「そういえば聞き忘れていたわね。私の名前は知っているようだったけれど。確か幻想郷の管理をしているとか何とか」

「幻想郷だと? これはまた厄介な奴に目を付けられたかもしれないねぇ」

 

 この事は伝え忘れていたんだっけ。何故か幻想郷という名前に過敏に反応した美鈴。確実に何か知っているだろうから少し掘り下げることにする。

 美鈴によれば、その幻想郷とやらは私たちの生まれた時代辺りに日本の山奥に存在したとされる秘境で、その噂は美鈴のいた中国にまで伝わっていたらしい。曰く、妖怪と人間が絶妙に共生する楽園。力ある神や妖怪が生み出した、秘匿された土地らしい。

 

 美鈴自身、こちらに来てからはまったく聞くことも無かったので忘れかけていたらしい。日本は地図の端に小さく存在している島国。確かにそこならば住処を追われた妖魔たちを隠すこともできるだろう。

 関われば確実に面倒なことになると踏んで、日本に行くことを拒否しようとしている美鈴。パチェもその意見に概ね賛成らしい。だが、

 

「私は日本に行きたい。ううん、むしろ行かなきゃならない」

「どうして? フラン。パチェや美鈴も言っていたでしょう? 日本の評判は頗る悪いし関われば面倒な事に巻き込まれるかもしれないのよ?」

「それでも私は、私だけでも行く必要がある」

 

 断固として自分の意見を曲げようとしないフラン。私と離れ離れになってでも行かなければならないという使命感のようなもの。それはやはりと言うべきか、()()からきているものだった。

 

「あの子の出身国は日本。あの子がたくさん教えてくれたよ。日本という国の魅力についても言語についても。美鈴もあの子に日本語を教わっていたでしょう? あの子はね、昔々から知っていたの。いつか私たちが人間に住処を追われることも、日本に楽園があることも。だって彼女は日本人だったから。それを間近で見ていたから。

 ねぇお姉様、私たちはもうこの世界で百年も過ごせない。人間たちが行っている開発がこの森にまで及べばもはや私たちに勝ち目はないよ」

 

 そんな馬鹿な、と百年前の私ならそう言っていただろう。しかしもはやそうも言っていられない。凶悪な兵器の中には私たちに直接害を及ぼすのではなく、徐々に身体を蝕むタイプのものもある。もはやパワーとスピードだけではどうにもならない時代になってしまったのだ。

 私たちの力でも破壊できない戦車や、私たちよりも数段速く飛ぶ戦闘機、周囲数十キロを焼け野原にする爆弾。馬と槍と剣で戦っていた頃とはもう随分と違う。

 

 兵器だけではない。人間の街も私たちにとっては地獄のような空間へと変貌してしまった。夜が更けても常に明るく照らされたストリート、何かに恐怖することも忘れて働き続ける工夫たち。残された場所はもう少なく、人間の戦力に対抗もできなくなった。

 そういえばあの時の私はまだまだ現役だと啖呵を切ったんだったか。傷心していた私の心を揺さぶるために適当に捏ねた理屈だとそう思っていた。そう思うことでしか自分を保てなかったから? 違う。あの頃の私は本当にまだまだ現役でいられると確信していた。

 

 だが今となってはどうだ。世界で一番強くなりたいと願った私の未来はそこには無く、残されているのは滅びの道だけ。強くなりたいと散々に足掻いた結果、世界の異物として今まさにボロ屑のように捨てられようとしている。

 

「でも、でもまだ間に合う。そう言いたいのね?」

「そう。私はあの子の願いのために生き続けなければならない。たとえ美鈴やパチュリーがこの世界で野垂れ死んでも、たとえお姉様がここで朽ち果てたとしても、私は幻想郷に行くよ。そこがきっと私の辿り着くべき場所だから」

「……仕方ない。フランちゃんが行ってその従者である私が行かないなんてことはあり得ないから私もついて行くことにしよう。人間の噂なんてアテにならないものだしね」

「私も行くわ。東洋魔術師としては参考になる物も多そうな気がするから。レミィも来るんでしょう?」

 

 本当に都合の良い連中だと思う。先ほどまで散々反対していたというのに今度は真逆の意見を述べ始め、それにもきちんと理由付けしている風であるからさらにいやらしくもある。こうなってしまえばもはや私が断る理由もない。

 断ればこのだだっ広い館にただ一人。食事を作ってくれる者も掃除洗濯をしてくれる者もおらず、しかも力だけはどんどん失ってじきに滅ぼされるだけ。

 そもそもフランと離れ離れになる気など無いのだから私は端から行くつもりであったが。

 

「まずはこの館ごと転送できる術式を組み上げましょうか。あ、レミィと美鈴は別の事をしていていいわよ。邪魔になるから」

 

 恐ろしく規模の大きな事を言い出したパチェだが、まず初めにそれを考えてくれるのはありがたい。この館の庭には両親及びあの子の墓があるからだ。

 しかし美鈴はともかく私も邪魔になるとはどういう事だ。私だってもう四百年以上は魔法の勉強をしてある程度は使えるようになっているというのに。

 

 そう抗議するとフランには『理論を構築できていない』、パチェには『貴方のは豊富な魔力に任せて不思議現象を起こしているだけ』と散々に言われた。どうやら私には魔法の才能が絶望的なまでに無かったらしい。ちょっとショックである。

 仲間外れにならなかった美鈴が少し喜んでいるのがまた複雑な気分に拍車をかけてくる。

 

「はぁ……で、どのくらいで完成しそうなの?」

「どうかしら。かなり大規模な術式になるし精度も要求されるから…………まあ早くて数週間でしょうね」

 

 

 

 

 

 そう言われてから早くも三十年が過ぎようとしている。だが実はもう五年前には完成形に近いところまではいっていたらしい。最後の作業として幻想郷の正確な座標を特定しなければならないのだそうだがこれに思いのほか長くかかっているそうだ。

 

「おかしい。日本全土をくまなく探査したはずなのにまったく引っかからないわ」

「そりゃ山奥だからそう簡単には見つからないでしょうね。それに普段は隠されているって話だし……だから見つからないんじゃないの?」

「あー、言われて見ればそんな気もしてくるわねぇ。ありがとう。座標の歪みを調査してみることにするわ」

 

 とりあえず一通り調査しても幻想郷らしき場所は見つからなかったとか。なんだかよく分からないが私の言葉が盲点になっていた部分を的確に突いたらしい。

 そこからは早かった。調査して地形を把握したパチェの手にかかれば山奥の結界による歪みの場所は予測できたらしい。魔法使いが飲まず食わず寝ずで問題ないからこそだとは思うが、それから三日後には転移先座標まで固定してある術式が組み上がった。

 功績のほとんどはパチェ。アシスタントとしてフランと小悪魔。そして最後のアイデアとして私が協力している。役に立たなかったのは美鈴ただ一人だ。何も言っていないがちょっとした意趣返しができたようにも思える。

 

 

 

「出発は三日後。もう何時ここが安全でなくなるかは分からないから出来るだけ早くに離脱することにするわ。準備を整えてそうね……午前九時にここを発つ」

「九時? 夜じゃなくて朝?」

「えぇ。時差があるからあちらに着くのは午後六時といったところね。安心なさい。転移は瞬時に行われるから日光に晒されることも無いわ」

 

 なるほど時差か。こちらを午前九時に発って午後六時に到着するという事は時差は九時間になる。今のままだとほとんど昼夜逆転状態だな。さてどうするべきか。昼間に起きていても何もできないがしかし、ほぼ九時間の時差に瞬時に適応できるとは思えない。しばらくはズレた生活になりそうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、お茶の準備ができました。フラン様もお呼びしましょうか?」

「そうね。頼むわ」

 

 

 

 あの日、随分と呆気なく転移してきた私たちを出迎えたのは、故郷とはまったく異なる大自然だった。目の前には湖。横を見れば聳え立つ山。見渡す限りの緑に人間の暮らしている様子は何処にもないように見えた。

 そこからは様式美のような侵攻を開始し、ある程度まで幻想郷の地形を把握できた頃に例の妖怪、八雲紫が直接止めに来た。ここまで放置してくれたおかげで幻想郷地理は概ね頭に入った。大半の人間の住む人里も見つけることができたし、横の山はよほどのことが無い限り立ち入らない方が良い事も分かった。

 

 そんなところを見て回った後、紅魔館に戻った時に美鈴が抱いていたのがこの子だ。一瞬隠し子か、とも思ったが、美鈴に男の影があったことなど無いからこれは否定できた。

 見るからにただの人間である赤子が何故か門の前に捨てられていたらしい。私が館を出た時はいなかったのだから必然的に侵攻という名の散歩をしていた間の数時間の間に捨てられたことになるが、その間は美鈴がずっと門を見張っていたはずなのでどんな人間が捨てに来たのかは見ているはずなのだ。

 

 しかし美鈴は誰も見ていないと言う。夜空を見上げた数瞬の間に赤子が音もなく現れていたのだという。紫に聞いてみてもまったく不明らしい。普通人間が幻想入りする際には紫が神隠しとして連れてくる。ごくまれに私たちのような存在が自分の意思で入ってくる事はあっても、人間が自らを幻想的存在と認識することはほとんどあり得ないために、紫の知らないうちに人間が幻想郷に入ってくる事は今まで無かったらしい。

 それでも結界を通過した形跡はあるらしく、正規のルートで入ってきたのは間違いないとのこと。少なくとも幻想郷の中で捨てられた子というわけではないらしい。

 

 美鈴も急に現れた時は不気味に思って目の前の湖に放ってしまおうかとも考えたらしい。赤子の内なら罪悪感も少ないだろうという理由からだ。しかしそれを止めたのは意外や意外、フランであった。何か思うところがあったらしい。

 

 

 そのまま紅魔館で育てることになったのだが世話も多くはフランがしてくれた。十六夜咲夜と名付けたこの子が育てば育つほど過去のフランが抱いていたような言い表せないナニカが浮き彫りになっていくようだった。

 平常時の青い瞳と能力使用時の紅い瞳。まるで私とフランの持っている宝石の色の対比のようでいて、しかも()()のラピスラズリと瞳の色の対比のようでもあった。

 

 

 あの子の魂は完全に消滅したはずだというのに、何故か私はそう思えなくなっていたのだ。日本人として、人間として私たちと接してくれる咲夜とあの子を重ねてしまうのは悪い事なのだろうか。

 

 

 

 花の咲き乱れる日、咲夜が悪戯に淹れて来たどくだみ茶はテーブルをひっくり返して全部零してしまうほどに苦かった。いつから悪戯なんてするようになったんだか。館に笑顔を咲かせてくれるなら、私は別に構わないけれどね。

 

 

 

 

 

『魂というモノが完全に消滅することはありません。生きているうちにすり減り汚れてしまっても、その汚れや穢れを冥府や地獄で洗い流すことで元に近い魂が再び得られる。そう、それこそが輪廻。魂を浄化したうえで転生の輪に乗らない者はいません。

 救い? 救いとは何でしょうか。例えば今私が貴方に正しい道を指し示してもそれは救いとなり得るでしょうか? 貴方にとって姉妹の安寧こそが救いなのだとすれば、きっと貴方は既に救われているのではないですか?

 貴方にとって救いとなるものと他の誰かにとって救いとなるものは異なるはずです。もっと自分本位に生きても良いでしょう、十六夜咲夜。そう、貴方は少し気遣いが過ぎる。自分を殺して得る幸せは本当に幸せといえるのでしょうか? 貴方にとっても他人にとっても最善となる路が存在しないならば、自分を優先しても構わない筈です。己が信じる善行によって身体を潰せばそれこそ本末転倒。もう少し利己的になって自分の幸せを見つけられれば、自ずと他人の幸せについても理解できるようになるはずですよ』




あとがき(活動報告)にIFルートの概要と設定の詳細及び書き終えた感想が書いてあるのでお時間があれば是非どうぞ。『そして誰もいなくなった』についてのネタバレと言っていいのか微妙なネタバレが存在しているので読む方はご注意を
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=266684&uid=309121


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