どこかの風の噂で聞いた。今、学園では大変な事が起きていると…。
「ジャミルお兄様…」
折角のホリデーなのに、今年は学園で過ごされると言っていた。何か事件に巻き込まれていないか心配だ。行って差し上げれるなら、私自ら学園に行き、お兄様の安否を確認したい。ただ、私が行った所で邪魔になるだけだろう。
「まあ、お兄様なら上手くやるよね!」
ジャミルお兄様は私の自慢だ。家事や勉学、運動に何でも卒なくこなし、ご自分の力を他人に誇示する事もない。私もお兄様みたいになりたくて、あれこれしているが空回りしてばかりだ。ただ、失敗する度にお兄様が頭を撫でて励ましてくれる。
「えへへ…」
その事を思い出し、自然と笑みが溢れる。ああ、やっぱり私はジャミルお兄様が好きだ。もちろん、恋愛とかではなく家族愛としてだが。あれ程誇れる兄などそうはいないだろう。
「やっぱり少しだけ様子を見に行くだけでも…いや、駄目か。」
私はお兄様がいない間、バイパー家の家事等を任されている。お母様もいるが、お仕事で家を開ける事もしばしばある。だから、私が家を開けるわけにはいかないのだ。
「ロミュル!私は今日の帰りも夜遅くになりますから。その間の事、よろしくお願いしますね。」
「はい!お母様。行ってらっしゃいませ。」
……
「ふぅ…今日も頑張らなくちゃ!お父様がお帰りになられる前に夕飯の支度をして、それまでにお掃除しないとだね。」
ホリデーの宿題は終わってるから、後は掃除に洗濯だけだ。
ザ、ザ。キュッキュッ。
何度やっても、お掃除は大変だ。まあ、家中やるのだから当然なのだが。ジャミルお兄様に教えてもらって、多少なりとは効率良く出来るようにはなっているが、それでも掃除等々だけで1日の殆どが潰れる。
「ハッ!」
今、頭に嫌な想像が過った。ジャミルお兄様が黒くに塗り潰されていくような物が見えた。
ブンブン!
頭を振って落ち着く。お兄様に限ってそんな事ないよね。だって、あのお兄様なんだから!下手な事をするなんて想像出来ない。
「やっぱり心配だなぁ…」
………
そうこうしているうちに掃除が終わった。もう少しでお父様が帰ってくるから、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃならない。
「はぁ、もう夕刻か。」
取り急ぎ、夕飯の準備をする。今日は何にしようか。最近、また寒くなって来たしシチューがいいだろう。よし、今日はクリームシチューにしよう。
コンコン。
玄関のドアが鳴った。きっとお父様だろう。早速私は玄関まで迎えに行く。
「お帰りなさい!お父様!お仕事お疲れ様でした。夕飯の準備はできています。」
「ああ、ただいまロミュル。今日も寒かったよ。夕飯は何かな。」
「はい。今日は一段と冷え込んでいたので、クリームシチューにしました。身体が温まると思います。」
「おお、ありがたい!急いで準備してくるから、居間で待っていてくれないか。」
「分かりました。お父様。お待ちしていますね。」
……
「あの…お父様。」
私はおずおずとお父様を呼ぶ。うちでは食事中に会話する事はマナー違反だが、聞かずにはいられなかった。
「なんだい。いいよ、話してごらん。」
「ふぅ…ありがとうございます。風の噂なのですが、ナイトレイヴンカレッジで何か良からぬ事が起きていると聞きまして。」
「その事か…話してもいいが、他言は無用だよ。守れるかい。」
「はい。」
私はジャミルお兄様が心配でどうしても聞きたかった。
「真剣な目をしているね……分かった、話そう。最近、ナイトレイヴンカレッジでオーバーブロットした生徒が出たらしい。」
「オーバーブロット⁉︎」
私は固唾を飲んだ。文献でしか読んだ事がなく、実際に見た事はないがそれがいかに恐ろしい物か知っている。
「私も詳しい話は聞いてないがね。まあ、うちのジャミルはそんな事にならないだろう。あの子は優秀だからね」
「ッ」
私は少し下を向いて下唇を噛む。自然と力が入り、口の中で少し血の味がした。そうだ、お父様は知らないんだ。お兄様がどれだけ悩んでいるか。どれだけの苦悩の中生きていらっしゃるか。
「私も詳しい事は聞いてないからこれ以上は話せないが、こんな所で良かったかい。」
「ええ、充分参考になりました。お話ありがとうございます。」
夕飯の片付けも終わり、私は自室で1人考える。もし、ジャミルお兄様がオーバーブロットしたら…。いや、あのお兄様がそんな事になる筈がない。だが、この胸騒ぎはなんだろう。お兄様がどこか遠くへ行ってしまうような…お兄様がお兄様でなくなる様な気がしてならない。
「どうかご無事でいてください…お兄様。」
……
早朝
目が覚めた。最悪の目覚めだ。夜中は嫌な夢を見て何度か目を覚ましてしまった。
「ああ、やっぱり気になる。お父様に頼んで1日だけでも時間がもらえないかしら。」
朝食
「ロミュル、やっぱりジャミルが気になるかい。」
「ッ」
私ははっとした表情でお父様の顔を見る。そんなに態度に出ていただろうか。
「朝からどうも落ち着かない様子だったからね。昨日の話が関係しているんじゃないかって思ったのさ。」
「お恥ずかしい所を見られてしまいましたね。はい。どうしてもお兄様の事が気になってしまいまして……何だか胸騒ぎがするのです。」
「ジャミルは心配いらないと思うけど。ふむ…そうだね、そんなに心配なら一度様子を見に行ったらどうかな。そんな状態では家事も身が入らないだろう。母さんには僕から上手くいっておくよ。」
「お気遣いありがとうございますお父様。そうですね……では、明日1日だけお暇を貰ってもよろしいでしょうか。」
「分かったよ。なら、これを持っておゆき。ナイトレイヴンカレッジまでの行き方だ。ホリデーだから門も閉まっているし、正規の交通機関で行かなければならないからね。後、学園長には私から話しておくよ。」
「何から何まで申し訳ありません。」
「問題ないよ。可愛い愛娘のためだからね。ジャミルによろしく伝えておいてくれないかな。」
「分かりました。では、こちらはありがたく頂戴します。」
……
寝る前
「はぁ」
私はベットでため息をついた。お兄様に会える。本来ならそれだけで嬉しいはずなのに、素直に喜べない。どうしても、悪い予感が頭を過ぎるからだ。でも、会いに行くと決めた以上覚悟はしておかないといけない。
「お兄様……無事でいて下さいね…」
祈りつつ、私は床に就いた。
……
「では、お父様。行ってきます!」
「ああ、気をつけて行くんだよ。向こうに着いたら一度、連絡をよこしなさい。」
「はい!では!」
今はホリデーと言う事もあり、交通機関は大勢の客がいた。
「ふぅ、後はこれに乗ればナイトレイヴンカレッジに着くのね。」
電車の中を見渡すと、私の他に制服を着た男の子が2人ほど乗っていた。あれがナイトレイヴンカレッジの制服なのかな。お兄様のとはまた別の様だけれど。
「げっお前も来てたの。」
「監督生からメッセがあったからな。て事はお前もか。まさか、ホリデーにお前と会う事になるとは思わなかったよ。」
「まあ俺は…特に用事もなかったし、様子だけ見て帰るわ」
「あんなメッセ貰ったんじゃ行かない訳にはいかないよな。」
何か話しているようだけど、会話は殆ど聞こえない。向かい合わせで座っているし仲が良いのかな?
……
しばらくして、電車は目的地に着いた。ここからは徒歩になる。あの学生達は先に走って行ってしまった。何か大事なようでもあるのだろうか。まあ、関係ない事か…
「へぇ…すごいですね」
思わず感嘆してしまった。私はナイトレイヴンカレッジを直に見るのが初めてだから、驚きもする。こんな森の奥深くにあんな立派な建造物があるとは誰も思わない。
「さてさて、お兄様の寮は…スカラビア寮か。行き方が分からないし、誰かに聞くしかないか…」
ホリデーだからか、学園内は閑散としている。職員室に聞きに行ったら、転移門を使えと言われた。どうやら、案内はしてくれないらしい。先生たちも忙しいのだろう。転移門の所まで行ったら、先ほど見た学生達が目に入る。肩で息をしていてしんどそうだ。
「はぁ…はぁ…マジで死ぬ。なんでホリデーにこんな事しなくちゃならないわけ。」
「まあ、そう言うな。監督生のためだ。仕方ないだろう。」
「あーはいはい、分かってますよ。ごめん、ちょっと落ち着かせて…」
「あの〜すいません」
私は意を決して話してかけてみる。男の人と話す事があまりないため気後れするが、しのごの言ってられないだろう。
「ん〜君だれ?」
「誰だい、君は?」
茶髪の男の子と青髪の男の子どっちも同時に反応した。意を決して話してみる。
「私はここの在校生、ジャミルバイパーの妹にあたるロミュルという者です。とある事情で、ジャミルお兄様に会いに来ました。」
「あーそう言えば、ジャミル先輩妹いるって言ってたっけ。ただ…妹ちゃん、今はスカラビアに行かない方がいいかもよ。何かヤバイ事なってるみたいだし。」
「ああ、少し落ち着いてから行った方がいい。」
「ッ…私も連れて行ってくれませんか。どうしても今、ジャミルお兄様に会わなくちゃいけないのです!」
やっぱり、お兄様に何かあったんだ。確かに、私が行った所で足手纏いになりかねない。ただ、この胸騒ぎはなんだろう。ジャミルお兄様がどこかに行ってしまうような…今、行かないと私はきっと後悔する‼︎
「お願いします!お邪魔になる様な事はしないので連れて行って下さい!」
精一杯頭を下げ、お願いする。溜まらず、少し涙目になってしまった。
「うっ…取り敢えず落ち着こっかロミュルちゃん。」「まだ、俺たちもどうなってるかは分かんないし。危ない事は絶対にしない。それが約束出来るならいいよ。」
「おいエース⁉︎」
「だって、この子断ってもついて来そうじゃん。それなら、俺たちの目の届く範囲にいてもらう方が安全じゃね?」
「それもそうか…うし!俺も力を貸そう!」
「ハッ…本当ですか!ありがとうございます!」
「そいや自己紹介まだだったね。俺がエース。エーストラッポラ。好きな様に呼んでいいよ。」
「俺はデュース。デューススペードだ。よろしく。」
「トラッポラ様にスペード様ですね。よろしくお願いします!」
「うぇ…何かトラッポラに様付けで呼ばれるの違和感しかないじゃん。もう少し呼び方やわらかくなんない?」
「俺も様付けには違和感しかないな。」
「初対面の方を馴れ馴れしく呼ぶのはバイパー家にあるまじき行為ですから。」
「だーめ。俺もロミュルちゃんって呼ぶし名前で呼んでよ。」
「そんな…恐れ多い…」
「いつでも親が見ている訳でもないし、この場だけでもいいからさ。」
「俺も名前の方で呼んでもらいたいかな。」
「うっ…分かりました。こ、こほん……エ…エースさんにデュースさん、改めてよろしくお願いします。」
「ん、改めてよろしくロミュルちゃん」
「こっちもよろしくロミュル」
「では、参りましょうか。道案内お願いしてもよろしいでしょうか。」
「ok〜任せといて」
……
「はぁはぁ…冬なのにスカラビアは夏みたいに暑いじゃん。それに、また移動すんのかよ〜」
「文句言ってても仕方ない。寮内にいなかったんだから、いるとしたらオアシスの方だろ。ロミュルは大丈夫か。」
「お気遣いありがとうございます。私は問題ないですよ。」
「意外に体力あるのね…おっあれ、監督生達見えて来たんじゃない?おーい!」
…
「何だよ〜もう全部終わった後じゃん!来た意味ね〜」
「折角来たんだ!お前らもパーティー楽しんでいけよ。それにロミュル、久しぶりだな!」
「お久しぶりです。カリム様。お変わりなく、元気でいらっしゃいますね。」
「だっはっはっ!それが俺の取り柄だからな!」
「それはそうとジャミルお兄様はどこへ。」
「ジャミルなら、近場の木陰で休んでいるんじゃないのか?」
私は辺りを見渡してお兄様を探す。少し遠くの方で腰掛けているお兄様を見つけた。
「ジャミルお兄様!」
私は堪らず走り出して、お兄様のもとへ向かった。安心した。安堵した。お兄様は普段と変わらない様子でいる。私はジャミルお兄様目掛けて飛びつき、抱きついた。
「良かったです。お兄様。無事で何よりです」
「ぐふっ…誰だ…ってロミュルか、どうしてこんな所にいる。」
「嫌な予感がしました。お兄様がお兄様でなくなる……どこか遠い所へ行ってしまうような気がしたんです。そしたら、居ても立ってもいられず…」
「はぁ…昔からお前の感はよく当たるからな。心配かけたなロミュル。危ない所にいたのは事実だが、もう大丈夫だよ。」
そう言うと同時にジャミルお兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。そうだ、私はずっと前からこうされたかったんだ。でも、お兄ちゃんはカリム様のお世話に加えて副寮長だから多忙な毎日だ。私のためばかりに時間は割けないだろう。でも、これだけは伝えたい。
「うっ…ぐす………ジャミルお兄ちゃん、大好きだよ…もうどこにも行かないで…」
「はぁ…2人きりの時に甘えたがるのは昔から変わらないな。安心しろロミュル、俺はバイパー家を捨てて何処かに行ったりはしない。何しろ手のかかる主人に妹はほっとけないからな。」
「ぐす……うん。また、家にも帰って来てね…」
「ああ、次のホリデーの時には必ず帰るよ。約束だ。」
「約束したからね!ちゃんと帰ってきてね!クッキー焼いて待ってるから!」
「あ、ああ…楽しみにしといてくれ。それとロミュル、そろそろ離れないか?」
「いや、もうちょっとこうしてる。」
「仕方のない妹だよ。まったく。」
……
「ジャミルさん、その方が貴方の妹ですか?」
「ウミヘビくん妹いたんだ〜」
「あら、素敵な方じゃないですか。」
「ジャミル先輩、妹いらしたんですね!」
「そうだ。妹のロミュルだ。手を出したらただじゃおかないからな。」
「何もしませんよ。こんにちは、ロミュルさん。貴方のお兄さんとは良い関係を築かせてもらってますよ。」
「ええっと…アズールアーシェングロット様ですよね。お初目にかかります。」
「ほぅ…僕の名前を覚えていてくれてるんですね。光栄です!」
「はい。お兄様から『こいつは胡散臭いから気を付けろ。簡単に信用するな』と聞き、危険人物だと教えられましから。」
「ぷっ、アズール危険人物だってさ〜まあ、見た目怪しいもんね〜」
「くっ…そんな事言ったらフロイドやジェイドだって一緒の格好じゃないですか!」
「そうですね。アーシェングロット様だけでなく、フロイド様にジェイド様のお話も聞かせていただいてます。」
「へぇ、どんなの〜」
「それは……むぐっ」
「その辺でいいだろ。」(ロミュル、余計な事を話すんじゃない。)(これは失礼しましたお兄様。以後気を付けますね)
「ああ、そうだロミュル。俺はこのままホリデーの間はこっちに残るよ。帰れるのは次のホリデーになりそうだ。」
「……はい。分かりました。お待ちしておりますね。」
「では、そろそろお暇しようと思います。」
「ええ〜もう帰るのか〜。折角来たんだからロミュルもゆっくりしていけよ!」
「申し訳ございませんカリム様。今日もお父様に無理を言って来ているので、これ以上家を開けるわけにもいかないのです。」
「そうか〜なら、仕方ないな。またいつでも遊びに来いよ!」
「ええ、また機会がございましたら。」
「そう言えば、最後に一つよろしいでしょうか。監督生と言う方はどなたでしょう。」
「僕だけど…」
「今回は本当にありがとうございました。今、言葉でしか感謝の意が示せない事が悔やまれます。学園にいる間お兄様の事、どうかよろしくお願いします…」
「うーん。今回も結構危ない橋渡ったし確約は出来ないけど、僕の出来る限りはやるつもりだよ。」
「ふふっ、それで構いません。よろしくお願いしますね。」
「では、皆さんごきげんよう。」
「ロミュル、気を付けて帰るんだぞ。」
「はい。お兄様もお元気で」
……
そう言えば、お父様への連絡を忘れていました。取り敢えず、連絡しておきますか。
「もしもし、お父様ですか。ロミュルです。」
「ああ、そっちはどうだった。」
「お兄様はご健在です。ご学友の方々とパーティーを楽しまれている所でした。」
「何もなくて良かったよ。」
「ただ、後から聞いた話なのですが…お兄様がオーバーブロットしたそうです…」
「何⁉︎あのジャミルがか?」
「はい、ただ幸いにもご学友とカリム様のおかげて難は逃れたようです。」
「そうか。所で、ロミュルはもう戻ってくるのか。」
「そうですね。カリム様に引き留められましたが、家の事もありますしお暇させていただきました。」
「別にもう少しくらいゆっくりしていても良かったのだよ。」
「いいえ、もう充分です。それに…」
「それに?」
「私だってバイパー家の一員として、家の事を見ないといけないですから!」(ジャミルお兄様がお帰りになった際、汚い家になど見せられません。)
「そうか、これからも頼むよロミュル」
「ええ、お任せください」
fin
誤字脱字あったら申し訳ございません。