童顔系腐男子監督生は現実逃避中   作:深生

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※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・3章【深海の商人】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



Ep14.童顔系腐男子監督生の期末テストと黄金の契約書【結】

 

灰色の夢を見た。

一面の灰色に塗りつぶされた景色は、よくよく見れば自分の部屋だった。

元の世界の、21歳の大学生の”俺”が住んでいた部屋。

ローテーブルの上や床に散らばった500mlのアルミ缶。脱ぎ散らかされたコート。出しっ放しのおつまみ。

あの日の部屋を、俺は廊下からぼんやりと見ている。

ぎぃ、と蝶番の軋む音が聞こえた。玄関からだ。誰かが部屋へ入ってきたようだ。

女の声が背中にぶつかった。

 

 

『私は悪くない。ゆうくんのせいだよ。ゆうくんが全部悪い』

 

 

ああ、わかってるよ。―――×××。

知らない名前を呼んで、振り返る。そこにいたのは、……彼女じゃなかった。

薄く紫がかった銀色の髪が揺れている。天上の蒼がレンズの奥から俺を射貫く。

「……ァ、ズ、」

白い手袋に包まれたしなやかな指が俺を指さした。

ずざ、と後退る。

やめろ。やめてくれ。

ほかの誰でもない、お前の口からその言葉は聞きたくない!

両手で耳を塞いで目を固く閉じる。これは夢だ。あの部屋にいるわけない。だから、夢だ。

 

 

 

“――――――――。”

 

 

 

 

:  :  :

 

「~~~ッ、あ……はぁ……あ……?」

きょろりと周りを見回す。木製のブラインドから僅かに差し込む朝日に照らされた部屋にはある種の民族的な柄のタペストリーや絨毯が置かれている。

ここは、あの、灰色の部屋じゃない。

「はっ……はっ……はぁ……」

ドクドクと暴れる心臓を押さえつけて、大きく息を吸い込んで、吐く。そのまま何度か深呼吸すれば、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。

「なんだってんだ……」

ぐしゃりと汗でべたついた前髪を掻き上げる。

いつもの、元の世界の夢。けど、今日は少し違った。夢に出てきた、あいつは……いや、やめよう。考えたところで、もう、元の関係になんて戻れないんだから。

ぱしんと両頬を叩き意識を切り替える。今日が契約の最終日、失敗なんてできない。

「レオナを起こすにゃちょっと早いか……先にシャワーでも浴びてくるかぁ。この時間なら多分、誰もいないだろうし……」

タオルと着替えを抱えて音を立てないよう忍び歩きでレオナの部屋を出る。

まだ日が昇ったばかりのサバナクロー寮は静かで、夜の騒がしさとは大違いだ。やっぱ夜行性の動物がベースの獣人の方が多いのかね。

ラギーに教えられた道順で共同浴場へと歩を進めていたところで、廊下の向こう側から数人のサバナクロー寮生がやって来るのが見えた。

「……っ!」

思わず、立ち止まる。出来ればこの寮の中で会いたくなかった奴らだ。

……ここで回れ右したところで、多分、追いつかれるよなぁ……。さてどうやってこの後のことをレオナ達に誤魔化すかな。

そんなことを考えながらそのまま歩を進めると、寮生達はぎくりとした様子で足を止め、苦虫を噛み潰したような表情で俺をひと睨みしたあと踵を返して去って行った。

な、なんだぁ……? いつもなら嬉々として絡みに来るのに。

いや、俺としては絡まれない方が良いのは確かなんだけど、何か企んでるんじゃないかと身構えてしまう。

「……ま、いいか」

作戦前に余計な怪我が増えなかっただけ良かったと思おう。

共同浴場に無事に着き、烏の行水の如く手早くシャワーを済ませてレオナの部屋へと戻る。

「……ふぁ~……。グルル……んん゛……」

レオナもグリムもまだ夢の中にいるようで、唸り声のような寝息が膨らんだ2つのブランケットからそれぞれ聞こえてきていた。

「ったく……コラ、グリム起きろ~」

「ふ゛な゛ぁ……まだ眠いんだゾ……」

「はいはい、起きる起きる」

グリムを敷布団から転げ落として畳んで部屋の隅に寄せたあと、ブランケットを被って丸まっているレオナの肩を軽く揺さぶる。

「おーい、起きろレオナ~」

「あぁ? ……なんだ、もう起きてやがんのか」

「そりゃ朝だし」

「こっちはテメェらのせいで寝不足なんだよ……」

「作戦会議は大事なことだろ」

ガシガシと頭を掻きながらレオナがむくりと身体を起こす。尻尾が不機嫌そうに若草色のマットレスを叩いた。

「チッ……今日が約束の3日目だからな。結果がどうあれ、日没後はここからテメェらを叩き出す」

覚悟しておけよ、とレオナが凄む。……その髪の毛が寝ぐせでぐしゃぐしゃになってなけりゃあ、もうちょい迫力あるんだけどなぁ。残念ながらバリバリ寝起きです、みたいな様子じゃ迫力も三割減だ。

……ていうか、その髪、自分でやるのか? 昨日はレオナを起こした後シャワーを浴びに行って、戻ってきたらもういつもの身支度が整えられていたから見てないんだけど……、待て……もしかして、このあとラギーが来てやるのか? は? 見たいんだが?

「レオナさんはよーッス! お、今日はちゃんと起きてるんスね!」

「ふわぁ……。起きてちゃ悪いのかよ」

少ししてレオナの部屋にズカズカと入ってきたラギーが、まだベッドの淵に座ってぼんやりと微睡んでいるレオナの髪を高級そうなブラシで梳かし始めた。

はぁ~~~~~~~そうそうこれだよ! これが見たかった!!

ラギーもうお嫁さんじゃん……学校に通いつつ何時でも嫁げるように花嫁修行してんのか? ってくらいレオナの世話焼いてんじゃん……。

……待てよ。こいつら獣人だよな? ってことは、こう……舌で直接グルーミングし合ったりとか……するのか……!?

なにそれ見たい。俺レオナの部屋の壁になりてぇ。

「ユウくんもはよッス」

「おはよ、ラギー」

「今日が最終日ッスねぇ。昨日話し合った作戦があるとはいえ……大丈夫なんスか?」

「まぁやるしかないだろ。やるだけやってみて、それでも駄目なら、その時はその時だろ」

やる前から不安になってたって事態が好転するわけでもない。まずは出来る限り足掻いてみてからだ。駄目だった場合は……まぁ、リリアのところにでも転がり込んでやろう。

レオナの身支度をしているラギーと軽口を叩き合いながら俺は俺で自分の荷物をまとめる。とは言っても元々持ってきたものなんて少ないんだけどな。

「……レオナ、ラギー。今回は世話になった。ありがとな」

荷物をまとめ終わった後、姿勢を正してサバナクローの2人へと頭を下げる。

「い、いきなりなんスか……なに企んでんの?」

「企んでるとか酷いな。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」

「テメェと親しくなった覚えなんてないんだが?」

「一緒に呑んだ仲だろ。……それに、行く当てがなかった俺達を、どんな理由があれ、追い出さずに置いてくれたのは事実だろ。感謝して当たり前だ」

そう言うと、レオナもラギーも何故か嫌そうな表情を浮かべた。

「これ……あれッスねぇ……ユウくんマジなんでナイトレイブンカレッジにいるんスか?」

「それは俺のほうが知りてぇ」

「気色悪い奴だな」

「レオナのそれは悪口でしかないからな!?」

「ユウはいつもこんな感じで変なヤツなんだゾ!」

「待て待て待て、グリム、お前くらいは俺の味方でいてくれ!?」

みんな揃ってなんなんだ! そんなに俺が素直に礼を言うのが変だって言うのか?

……そういやこの学園、根性ねじ曲がった奴が多いんだったっけな。もしかしたら、素直に感謝する奴のが珍しいのは、あるのかもしれない。

「ったく……。今日、頼んだからな」

「ふん」

レオナは不機嫌そうに尻尾をゆらりと揺らしてそっぽを向いた。結果的に俺の作戦に乗らざるを得なくなったのが気に食わないんだろう。

けど、もう俺には後がない。レオナの機嫌が悪くなろうとなんであろうと、使える駒は全部使って、賭けられるチップは全部賭けなきゃ勝負にすらならない。

「―――おい」

「どうしたレオナ?」

「理由をちゃんとはっきりさせておけよ」

「は? どういう……」

「テメェみたいな弱っちい草食動物が理由もはっきりさせずに何かをなそうとすると、簡単に潰れるぞ」

「いやだから、なに……」

「……本当にわからねぇなら、いい」

「……???」

いや、マジでレオナが何を言いたいのかわからねぇんだけど。

理由をはっきりさせろ? そんなの決まってるじゃん。グリム達を助ける為だ。

それ以外に理由なんて、ない。

ふと、一昨日、レオナとサシ飲みした時のことが記憶の底から泡のように浮かび上がる。あの時レオナが俺に問いかけてきた言葉を振り払うように頭を数度振って、まとめた荷物を抱え上げた。

「じゃあ俺らそろそろ行くわ。世話になったな」

「二度と来るな」

「そういうこと言うなよ。また飲もうぜ」

「……良い酒持ってきたら、考えてやるよ」

「えっ今回のワイン以上に良い酒手に入れられるとは思えないんだけど」

「じゃあ飲みは無しだな。残念だったなぁ?」

「ぐっ……! 絶対手に入れてやるから、そしたらマジで付き合えよ!」

「ハッ、いつになることやら」

にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるレオナの横で、ラギーが呆れ顔になった。

「……いや、なに堂々と飲酒宣言してるんスか2人とも……」

 

:  :  :

 

「………………お前、本気か?」

全ての授業が終わった後、中庭へエース、デュース、ジャックを呼び出して今日の行先を告げれば、信号機のような三色の瞳が見開かれた。

「本気も本気。今日はこれからアトランティカ博物館に行くぞ」

「いやいやいや。海の中に写真取りに行くのはリーチ兄弟がいるから無理ゲーって話になってたじゃん!?」

行くぞ、と歩き出したところでエースが俺の腕を引いて止める。やっぱちゃんと説明しないとダメか。反応とかでバレたくないから、出来ればこいつらには最低限の話しかしたくなかったんだけどな。

仕方ない。これで協力してもらえなかった場合、俺とグリムだけでジェイドとフロイドの足止めをするのはそれこそ無理ゲーだからな。

「さすがの僕も、無謀すぎると思うが……」

ちらりとグリムが俺に視線を送ってきた。うちの猫ちゃんは今日も可愛いな。……じゃなくて。いいぞの意味も込めて頷く。

「チッチッチ……いいかオマエら、まずはオレ様達の作戦を聞くんだゾ!」

「作戦?」

デュースがこてんと首を傾げる。うん、100点。デュースのこういう、たまに幼げな反応するのすっごい良いと思うんだけどどう思うよエースくんジャックくん。……そういやこの並び、エスデュとジャクデュじゃん。最高か? このままゴーストカメラで写真撮りてぇ。

「今日の作戦を説明してやる。いいか……」

グリムが大筋を説明して、俺が補足する。大まかに昨日考えた作戦を説明し終わるころには、さっきとは違った驚きがそれぞれの目に浮かんでいた。

「マジかよ、それ。お前ら思い切った行動に出すぎでしょ」

「こんくらいしねーとあいつらは出し抜けねぇよ」

あの3人は俺が「契約を達成できない」と舐め腐ってるだろうけど、それだけで油断してくれる相手じゃないことはわかっている。やるなら徹底的に、だ。

「しかし、本当にそれでうまくいくのか……?」

「うまくいく、いかないじゃなくて、うまくやるしかない。もう時間も無いことだしな」

「そうだな。ここまできたら、もうユウのアイデアに賭けてみるしかないだろ」

「確かに、なにもしないで日没を待つのはヤだしね」

エースとデュースのイソギンチャク組は俺の作戦に乗ってくれるようだ。元々この2人は何があっても引っ張っていくつもりだったからすんなり納得してくれてよかった。デュースがいるから、力づくで連れて行くのは面倒そうだしな。あとは、ジャックなんだけど……。

ちらり、とジャックを伺う。腕を組み何か考えるように眉間に皺を寄せていたが、俺の視線に気付くと小さく息を吐いて腕組を解いた。

「……わかった。ここでウダウダしててもなにも始まらねぇ。お前の作戦とやらに乗ってやるよ」

「サンキュな、ジャック」

「別に、お前の為じゃない。……あの人達も動くなら、俺も従うだけだ」

そう言って、ふとジャックの表情が緩んだ。

「ユウ、お前、本当に腹を決めたら一直線な奴だな」

「ちょっと思い切り良すぎなとこあるけど」

「エースは一言余計だっての。腹括ったら、もう進むしかないだろ。そういうことだよ」

後からこうしておけばよかった、なんて悔いるくらいならなりふり構わず持てる者全てを注ぎ込んだほうがいい。

ズキリと肩が痛んだことに気付かないフリをして、5人で頷き合う。

「よっし。んじゃ、行きますか!」

「アトランティカ記念博物館に、写真を取りに出発! なんだゾ!」

周囲を気にしつつ素早く鏡の間へと移動を始める。最終日だから鏡の間に行くまでの間で妨害が来る可能性も考えたけど、多分それはないな。人目が多すぎる。

校内でなにかしら騒動を起こしたら、まず先生方が来るしな。だから、妨害するなら珊瑚の海の中……と、思ったんだけど……。

「なーんか、めっちゃあっさり着いちゃったんだけど……」

「この前みたいな妨害が来るかと思ったんだが……妙だな……」

相も変わらずクッソマズい魔法薬を飲み干して闇の鏡に飛び込み、アトランティカ記念博物館を目指す。前回は博物館が見えてきたところで人魚姿のジェイドとフロイドに邪魔去れて進めなかったけれど、今回は妨害もなく入口が見えるところまで来れてしまった。

「最終日だから油断してる……のは無いはずなんだよな。アズールは運とかそういう不確定なものは嫌いだから、確実にこっちの可能性を摘みに来ると思ったのに」

「おい、あれ見ろ!」

ジャックが博物館の入口を指をさす。まさか既に中に入ってスタンバイしてたのか……!? と思ったが、違った。けれど予想斜め上のものが見えて、別の要因で頭を抱えたくなった。

博物館の入口に掛けられていた札。そこには大きく「休館日」と書かれていたのだ。

「「「休館日!!??」」」

「おいおい……間が悪すぎるだろ」

「今日は一切リーチ兄弟からの追撃は無かったが、まさか、これを知ってて?」

「あり得るな……」

アズール達の口ぶりだと、博物館には足を運んだことがあるようだった。今日が休館日だと知ってても可笑しくはない。もしかしたら3日という期限も、それを見越して設定したのか……?

……だとしたら、少し拙いかもしれない。あの2人が追って来なきゃ、意味がないってのに……!

「いや~……それはどーだろな」

「どういうことだ? エース」

「ん~……」

ちょいちょい、とエースが俺だけに手招きをする。なんだ、と思いつつも近寄ると、エースは他の3人に聞こえない程度の声で話し始めた。

「あのアズールって奴、どうしても写真取ってきてほしいみたいじゃん?」

「え? お、おお……」

「でもさ、この前見たけど、結構この博物館盛況みたいじゃん? 美術品じゃないにしても、誰にも見られずに備品を勝手に外して持ってくなんて無理っしょ」

「それは……確かに……。記念写真は入口に飾ってるんだっけか……」

「でしょ? で、休館日なら警備員とかしか中にいないわけじゃん。どうにか忍び込みさえすれば、取りやすい状況だろ」

そこまでエースに言われて、ピンと来た。

写真も手に入れて、俺達の妨害もするのであれば、今日という日はない。

「俺達に写真を手に入れた上で、帰りにそれを奪えば、契約を達成したことにはならない……」

「そういうこと。だから多分、来るならこのあとだと思うけど……どーすんの?」

「なにが?」

「それでも忍び込んで取りに行くの? ってこと。ここで待機してるだけでも、充分時間稼ぎになるとは思うけど」

エースにそう言われて、少し悩む。博物館に忍び込んで、見つかったらどうなるかなんてわからない。学園内であれば学園長に無理言ってなんとかなるかもしれないが、ここは生憎と学園の外だ。しかも未知の世界である海の中。盗人がとういう扱いをされるかなんて予想がつかない。

それでも。

「行く。もし……もしも、レオナの気が変わって協力してくれてなかったら、結局、お前らのイソギンチャクを取る方法は写真を渡すしかないだろ」

「……ま、そーだけどさ、」

「ユウ、エース! なにやってるんだゾ?」

エースが口を開きかけたところで、グリムが俺達を呼ぶ。エースとの内緒話はおしまいだ。どうやって博物館に忍び込むか、皆で考えないと。

俺とエースが話している間に、デュースとジャックが人目につかない程度の距離でぐるりと博物館回りを見て来てくれたらしい。裏口があって、そこから入れそうだということ、そして正面玄関には2人の人魚の警備員が立っていると報告してくれた。

「どうする。正面からカチコむか?」

「……ちょい待ち。オレに考えがある」

「考え?」

「うん。オレが警備員の気を引くから、残りで裏口から忍び込んできてよ」

「1人で大丈夫なのか?」

エースの提案に、ジャックが心配そうに問いかける。確かに、何かあった時、1人で2人を相手にして逃げるのは難しそうだしな。

いやでも……ジャックもデュースも、人を騙して言いくるめるの、絶望的に向いてないだろ……。あとは俺、だけど……グリムを1人にするのは恐い。美術品燃やしそうだ。

と、なるとやっぱりここはエースに任せるしかないか。

「適材適所ってやつだな……けど、やばいと思ったら俺達は気にせず逃げろよエース」

「わーってるよ。お前らも変なことしないで、写真取ったらすぐ戻ってこいよ」

エースは岩陰からごく自然に歩き出して、博物館の前でわざとらしく声を上げた。なんだなんだと入口前にいた人魚たちが寄って来て、エースの話を聞いている。……しばらくしたら、雑談で盛り上がり始めた。あいつ、マジで詐欺師とかになれるんじゃねぇかな……。

「よし今だ、いくぞ」

 

:  :  :

 

ぐるりと大きく回って、裏口へと辿り着く。裏口にはもちろん鍵がかかっていた。まぁ、だよな。

「どうするんだ?」

「そうだな……ん」

裏口のすぐ近くに窓があった。海底だからだろう、そこには窓ガラスははまっていない。人一人通るのは難しいだろうが……人よりも小さいものなら、いけそうだ。

「ジャック、そこの窓にグリム投げ入れて。グリム、窓から入ったらなにか踏み台でも探して鍵を開けてくれ」

「わかったんだゾ!」

「おう……ただ、俺だけだと届くか少し微妙だな……デュース、俺の上に乗れ」

ンッッッ!!! それってもしかしてきじょ……ゲフンゲフン。

「肩車だな!」

「デスヨネ」

「?」

うーん、俺の脳みそはほんと取り返しがつかない事になってるみたいだな。いやいや、でも、突然誤解しそうな言い方するジャックも悪くね?

グリム、デュース、ジャックのコンビネーションプレイで裏口の扉は無事開いた。警報とか、盗難対策されてるかと思ったけど、そんなことはなかったようだ。不用心だな。

裏口に繋がっていたのはスタッフルームのようで、見慣れないものはいくつかあれど事務所のようだ。こういう時じゃなければバックヤードなんて珍しいから見て回りたいけれど、エースの為にさっさと目的を果たそう。

博物館側へと繋がる扉から出てみれば、なるほど、博物館だ。ただ……なんかこう、こういうの見た事ある気が……あの、どこぞの……うん、考えないようにしよう。

「……アズールが指定した場所はここだな」

順路を逆走していき、エントランスホールへと辿り着く。そこには様々な写真がずらりと貼られていた。へぇ、人魚って色んな種類がいるんだな。

「10年前のリエーレ王子の来館記念写真は……あったぞ、これじゃないか?」

デュースが指さす先に飾られていた写真は、『リエーレ王子、ご学友とご来館』と説明書きが付けられた、子供の人魚がずらりと並んだ写真だった。

どこの世界も小学校でこういう場所に遠足に来るのは変わんないんだな。

「エレメンタリースクールの遠足の記念撮影みたいだな」

「ちっせー人魚がいっぱい映ってるんだゾ」

「アイツ、なんでこんなものを取ってこいと指定したんだ?」

「さぁ……?」

俺とジャックが首を傾げている間に、デュースが写真を額縁ごと壁から外した。警報機が鳴るかも、と一瞬身構えはしたが、杞憂に終わった。

本当に、何の変哲もない、ただの写真のようだ。

「……ん? お前達、そこでなにをしてる!?」

「ふな゛っ!? やべぇ、警備員だ!」

目当ての物を手に入れて一息ついたところで、2人組の人魚が先程俺達が来た方向からやって来た。やっぱ、流石に見回りくらいはいたか!

「気は乗らないが仕方がねぇ。少しの間、眠っててもらうぜ!」

「ユウはこれを持って下がっててくれ!」

デュースに写真を手渡され、素直に一歩引きさがる。こういう状況になった時、魔法が使えない俺は無力で、足手まといだ。だから、しょうがない。

ぎゅう、と手に抱えた写真を握りしめる。額縁に入っててよかった。ただの写真だけだったら、握り潰していたかもしれない。

「……ん?」

ふと写真を眺めて、見覚えのある柔らかな銀髪をその中に見つけた。強い意志が秘められた天上の青。

「もしかして……?」

「ユウ! 片付いたぞ!」

「早く逃げるんだゾ!」

「え、ああ、わかった!」

ぼんやりと写真を眺めている間にグリム達が2人組の人魚をのしたらしい。人魚の頬に打撲痕があるのは……うん、多分デュースだろうな。あいつ相変わらずすげぇな……。肉体言語最強じゃん……。

心の中で名も知れない人魚達に詫びながら、元来た道を戻っていく。あの2人が目を覚ませば、一番危ないのは、同じ制服を来て正面玄関で見張りの気を引いているエースだ。急いで戻らないと。

裏口から飛び出して、入口の方へと回る。見れば、エースはまだ見張りの人魚達と話に花を咲かせていた。いやもう本当に凄いよお前。

見張りの人魚達には見えない角度でエースに合図を送る。すぐに気付いたエースは上手く話を切り上げると人魚達に手を振りながらこちらの方へと走って来た。

「そっちの首尾、どうだった?」

「写真はゲットしてきた! 楽勝だったんだゾ♪」

「けど、中にいた見回りの人魚には見つかった。あいつらが起きる前にさっさと学園に戻ろう」

「だな……ユウ、」

「ん。今のところ姿は無いようだけど、警戒するに越したことはないな」

「2人で何の話をしているんだ?」

周囲を警戒する俺とエースを見、デュースが不思議そうな顔をした。博物館に侵入する前にエースと話したことを説明しようとしたところで、ジャックが「待て」と短く叫んだ。

途端、ゆらりと波打つ2つの黒い影。ああ、出来ればもう見たくはなかったんだけどな。

「あ~~~……いたぁ♡ 小エビちゃん」

「ごきげんよう、みなさん。また性懲りもなく海の底へいらっしゃったのですね」

俺達の行く手を阻むかのように、人魚姿のジェイドとフロイドが立ち塞がった。

ジェイドはいつもと変わらない笑顔だが、フロイドの方は今日はやたらと機嫌がよさそうだ。

「出たな、ウツボ兄弟」

写真を持っている俺を庇うように、ジャックが一歩前に出る。はぁ~~~メインヒーローの動きじゃん……でも俺残念ながら夢属性ないから、「ジャックの尻尾もふもふだぁ」くらいの感想しか出ねぇ。

「どうやら写真を手に入れられたご様子」

「偉いねぇ。いい子いい子」

2対のオッドアイが、俺の手の中にある写真へと注がれる。

「でも……それ、持って帰られると困るから、オレ達と日没まで追いかけっこしよっか♡」

やっぱりか。エースと話したことが正解だったようだ。それはこちらにとって、ものすごく………………好都合だ。

「で、ユウ。こっからどうする気だったわけ?」

「お前のことだから、考えナシに来たわけじゃないんだろ?」

「あったりまえだろ。むしろ、ここからが本番だ。……写真を守りつつ、しばらく逃げ回るぞ。あとは……レオナ次第だ」

最後だけ、ジェイドとフロイドには聞こえないよう小さく呟く。なにも手放しで信じているわけじゃない。もしかしたら途中で気が変わって、今、この時サバナクロー寮の自室で惰眠を貪っている可能性だって、ある。

けど、今俺が信じられるのはレオナが”動く”ということだけ。

俺はいつだって自分の信じたい人を、ことを信じて生きてきた―――それで、手ひどい裏切りに傷つけられたとしても。

魔力もない力もない俺が持てるものはそれだけしかない。

前衛にジャックとデュース、真ん中に立つエースが全体を見つつフォロー、グリムが俺の方に飛んでくる魔法をいなすという布陣でジェイドとフロイドの猛攻をかろうじて凌いでいく。

追いかけっことは行ったが、要は写真さえ奪えればいいのだ。攻撃魔法を打ちながらも抜け目なく俺の腕の中の写真を狙ってくる2人にじわじわと追い詰められていく。

「もうそろそろ厳しいのではないですか?」

「痛いの嫌ならぁ、さっさと降参しちゃってもいいんだよぉ?」

「くっ……ぅ、」

ジェイドとフロイドはまだまだ余裕ありげにその尾びれを揺らす。ぐぅ、と腹の底から湧き上がる感情に、咄嗟に口を手のひらで塞いだ。まだだ、まだ……!

フラッシュのように激しい光が1度、瞬いた。突然のことに、ぎょっと全員の動きが止まる。

「……ん? あっ! デュース、お前、頭のイソギンチャクが消えてんぞ!」

「ハッ! 本当だ!」

「オレ様のも、エースのも消えてるんだゾ!」

3人の頭の上で卑猥に揺れていた鮮やかな色のイソギンチャクが、影も形も失くなっている。その光景を見て、ジェイドとフロイドがぴたりと攻撃をやめる。

 

 

 

―――――――――ああ、もう。我慢の限界だ。

 

 

「くっ……ふふ、はは、ははははははッ!」

 

:  :  :

 

「……ダリィ」

「じゃあ行くのやめます?」

寮生達を引き連れて先頭を歩くレオナが唸るように呟けば、一歩後ろを歩いていたラギーがからかうような声色で問うてきた。

レオナは短く舌打ちし、濃いチョコレート色の髪を掻きあげる。

彼らサバナクローの面々がいるのは乾いた風が吹く自寮ではなく、対極に位置する水……否、海の中。オクタヴィネルの寮の中を、モストロ・ラウンジ目指して歩いていた。

この場所にいるのはもちろん理由がある。オンボロ寮の監督生である草食動物もといユウが立てた作戦の一環だ。

始めは協力する気なんか更々なかったレオナだったが、ユウに囁かれた一言がその気持ちを覆した。

『マジフト大会の時の契約、破棄したくないか?』

そう囁いてにんまりと笑うユウは、正しく闇の鏡が選んだナイトレイブンカレッジの生徒らしいものだった。「善意しか持ってないです」みたいな顔しかしない男だと思っていたのだが、こんな表情もするのかと少し驚いた。

思えば、この3日間あの監督生には驚かされっぱなしだった。言うこともやることもレオナの予想を越えてきた。何が一番予想外かと言えば、ユウのいる日々を「案外悪くない」と思ってしまっていることだ。

おかしいとは思っている。レオナ達サバナクロー寮の計画は、あの草食動物とハーツラビュル寮に潰された。そのことで未だ恨みを持つ寮生がいるのも知っている。元々知り合いだったらしいラギーは置いておくとして、レオナもそうあるべきだ。

しかし、そうはならなかった。気に食わない部分も多々あるが、それでも傍に置いておくには悪くはないと思ってしまった。そんな自分が、信じられなかった。

「無駄口叩いてんじゃねぇ。やめるって言ったところでテメェは文句言うだろ」

「そりゃあもちろん。だってレオナさんの奢りでモストロ・ラウンジでタダ飯ッスよ? 今更やめます~なんて言わせないッスよ」

「ったく……。ヘマすんなよ」

「誰に言ってるんスかァ?」

「ふん」

かつん、と靴音が鳴る。モストロ・ラウンジの扉には「営業中」の札が掛けられており、入口にはアテンドのスタッフが立っていた。突然やってきたサバナクローの団体に、誰も彼も目を丸くしている。

「よォ。邪魔するぜ」

「えっ、あ……!」

オクタヴィネル寮生のスタッフが言葉を発する前に、レオナはズカズカとラウンジの中へと踏み入れる。ぐるりと見回してみれば、厄介な双子の姿もアズールの姿もない。ユウの予想通り、双子は珊瑚の海に、アズールは奥のVIPルームにいるのだろう。

(あの草食動物の思惑通りってか……)

レオナが空いているソファ席に腰を下ろしたのと同時に他の寮生達も空いている席へと腰かけ、次々に注文を飛ばしていく。そこからは大混乱だった。主にオクタヴィネル寮生が。

ラギーが上手く煽って、普段よりも過剰に野次を飛ばしたりスタッフへと絡みにいく寮生達。矢継ぎ早に飛んでくる注文に追いつかなくて慌ただしく駆け回るオクタヴィネル寮生。何もかも、いっそ退屈になるほど作戦通りにことが進んでいた。

しばらく経って、ラウンジの奥の扉が開かれ寮服姿のアズールが飛び込んできたのが見えた。人混みを掻き分けてもめ事が起こっている場所へと移動しようとするのも、その途中でラギーとぶつかるのも、全て。

「ハッ……首尾よくやったみてぇじゃねぇか」

するりとVIPルームへ続く扉の中へ身を滑り込ませたハイエナの姿に、レオナは満足に鼻を鳴らして立ち上がり、自身もその後ろ姿へと続く。

VIPルームの中に入れば、既に金庫を開けてその手に契約書の束を抱えたラギーがいた。相変わらず、行動の早い奴だとレオナは笑みを深めた。

「シシシッ、ユウくんの言った通りッスよ」

「だろうな……ラギー、さっさと行け。すぐにタコ野郎が戻ってくんぞ」

「ウーッス。……あ、でも、全部持ってっちゃっていいんスかね。ユウくんのお望みはグリムくんエースくんデュースくん3人分の契約書だけッスけど」

「構わねぇだろ。探してる間に戻って来られたら面倒だ」

「そりゃそうッスね。じゃ、レオナさん。表で待ってますよ~」

ラギーから渡された金庫の鍵を受け取り、ラウンジにあったものより上等なソファの背に軽くもたれ掛かる。気がかりなのはこの部屋とラウンジを繋ぐ廊下でラギーとアズールが鉢合わせしないかという事だが、ラギーのことだ。そうなっても上手くやるだろう。

手の中の鍵を弄んでいると、扉の外からバタバタと足音が聞こえてきた。

(―――来たな)

乱暴に開かれた扉から、焦った顔のアズールが飛び込んできた。いつもの澄まし顔が散々に歪んでいるのは、見ていて非常に愉快な気分になる。笑みを噛み殺しながら、レオナは「よぉ」とアズールに声を掛けた。

「レオナ・キングスカラー……!」

「どうした? いつもすましたお前がえらく慌ててるようだが」

「あなたには関係ありません」

一瞬で表情を固いものへと変化させたアズールがぴしゃりと言い放つ。その変化すらレオナにとっては笑いの種だ。

「それより、あなたはどうしてここに?」

「どうしてって……この鍵。お前のじゃねぇか?」

ちゃり、と鍵を見せれば、目に見えてアズールの目の色が変わる。

「さっきそこで拾ったんだが、お前のモノだった気がして、届けにきてやったんだ」

「そ、それは!」

「やっぱりビンゴか」

「か、返しなさい。窃盗は重大な犯罪ですよ!」

「はっ。親切で届けにきてやったってのに泥棒扱いかよ。……いいぜ、返してやるよ。ホラ」

鍵をアズールの手の中に落としてやれば、ほぅ、と安堵の溜息が聞こえた。

(返したところで、もう金庫の中身は空だけどな)

知らぬはなんとやら、だ。安心したように鍵を握りしめるアズールにひらりと手を振って、レオナはVIPルームを後にする。

未だ阿鼻叫喚の渦の中にあるラウンジからも出て、水の青を映した廊下を進みオクタヴィネル寮の外へと出た。入口近くの柱に寄りかかっていたラギーが、レオナの姿を確認しぱっと駆け寄ってくる。

「シシシッ。上手く持ち出せましたね」

「フン、お前の手癖の悪さには恐れ入るな」

「絶対取られたくないなら、ポケットにもしっかり鍵掛けとかなきゃ。……にしても、この契約書の量すごいッスね。5,600枚はありそう」

「フン。この学園に入るずっと前から悪徳契約を繰り返してコツコツ溜め込んでたんだろうぜ」

ラギーから契約書の束を受け取る。ズシリとした重みに、レオナは顔を顰める。この中からたった4枚の契約書を見つけるだなんて、正気か。全部砂にした方が早いし手間もかからないだろう。

「これで契約書はVIPルームの外に持ち出せた。後は……」

魔力を溜めながらユニーク魔法を発動させるための詠唱を唱える―――と。

「待ちなさい!!」

「……おっと、もうおでましか。それ以上こっちに近付くなよ。契約書がどうなっても知らないぜ」

ぱしりと契約書の束を叩けば、レオナ達の方へと走ってきていたアズールがぐぅと唸って足を止めた。

「か、返してください……それを返してください!」

「おいおい、少しは取り繕えよ。おすましごっこはもうやめたのか? ……その慌てぶりを見るに、アイツの予想は当たってたらしいな」

「アイツ……? ……、……ッ、まさか、ユウさんが……!?」

信じられない、とアズールの目が見開かれた。思っていたのと少し違うアズールの表情に、レオナはほんの僅かな違和感を覚えた。

「なぜだ……なぜ僕の邪魔ばかりしてくる!? イソギンチャク共にはあんなに怒っていたくせに、どうして!」

「そりゃ、アズールくんが勝手にクビにしたからじゃないんスか?」

「…………えっ?」

ラギーの言葉に、アズールが呆けた声を上げた。そんなこと考えてもみなかった、というように目を瞬かせている様に、ラギーはあきれたように溜息を吐く。

「ユウくんになんか落ち度があってクビにしたんスか?」

「そ、ういうわけでは……」

「なら、やっぱそれしか理由はないでしょ。落ち度がないのに無理やり辞めさせられたら、嫌がらせのひとつもしたくなるって」

「……ユウさんが僕に対して嫌がらせでこんなことを仕組んだ、と?」

ニィ、とラギーが口の端を吊り上げる。完全に嬲り甲斐のある獲物を見つけた肉食獣の顔をしていた、のを見た瞬間、レオナは気付いた―――ラギーのこの一連の台詞こそが、アズールへの嫌がらせであると。

何がどうラギーの毛を逆撫でしたのかはわからないが、笑っているように見えて、隣にいるこのハイエナは怒っていた。

いつの間にそこまで情をかけるようになっていたのかはわからないが、しかし思い出してみればマジフト大会前にハーツラビュル一派とサバナクローへ押し掛けてきた時、ラギーとユウはそこそこ近い距離間で会話をしていた気がする。あの時は草食動物に興味がなかったのではっきりとは覚えてはいないのだが。

(ったく……簡単に絆されやがって……)

思うところは様々あるが、レオナは何も言わず静観することにした。理由はひとつ、いつも澄ましたアズールの顔が歪んでいるのが面白いからだ。

「逆にさぁ、アズールくん。なんでユウくんが邪魔しないって思ってたんスか?」

「それは……、……」

ラギーに問われ、アズールは口元を押さえて黙り込んだ。自分でも何故ユウが邪魔をしないと思い込んでいたのかわからないようだ。ラギーといいアズールといい、ユウに付与された「猛獣使い」という称号はあながち間違いではないらしい。

くぁ、と大きく欠伸をする。普段であればこの時間は寮の自室か植物園で昼寝をしている時間帯だ。アズールの百面相を嗤うのもいいが、そろそろ終わらせるか。

 「嫌がらせたぁ哀れだな、アズール。そうだな……カワイソウなお前と取引してやってもいいぜ」

「……は?」

お得意の取引を持ち出せば、アズールの目の色が変わった。視線がレオナの持つ契約書へと注がれる。

「この契約書をお前に返したら、お前は俺に何を差し出す?」

「な、なんでもします。テストの対策ノートでも卒業論文の代筆でも、出席日数の水増しでも、なんでもあなたの願いを叶えます!」

「なるほど、実に魅力的な申し出だ」

早口で列挙された交換条件は、確かに魅力的だ。最後の一つはどうやるんだ、と少しの興味もある。アズールのことだからきっと何とかするのだろう。だが、それでも。

「なら―――!」

「だが……悪いが、その程度じゃこの契約書は返してやれそうにねぇなァ」

「……えっ?」

返してもらえると思ったのであろう、差し出された手には、契約書は乗っていない。契約書の束は未だレオナの手の中だ。

「俺はな、今、ユウに脅されてんだよ。契約書の破棄に協力してくれなきゃ、俺の部屋にある秘蔵モノ全て叩き割るってなァ」

「は……?」

そんなもので、とアズールが口の中で呟く。嘘だ。ユウは一言もそんなことを言ってはいない。むしろ「叩き割るだなんて勿体ない! それくらいなら俺が呑む!」くらい言いそうだ。

「アイツらにサバナクローから出て行ってもらうためにも、契約書は破棄させてもらうぜ」

「ま、て……そんなことで……!」

「……アイツの悪党としての才能を見抜けなかった時点で、お前の負けだ」

「う、うそだ……ユウさんが……、そんな……。……やめろ!」

「―――さぁ。『平伏しろ! 王者の咆哮』!」

会話中もずっと溜め続けていた魔力を、一気に契約書へと流し込む。詠唱の完成とともに、レオナのユニーク魔法……万物を砂へと帰す『王者の咆哮』が発動した。

「やめろぉぉおおおおおおおお!!!!」

断末魔のようなアズールの叫びも虚しく、600枚はあろうかという契約書が、いま、砂と化した。

 

 

「あ、ああ……あああああ……!!!」

 

:  :  :

 

「くっ……ふふ、はは、ははははははッ!」

堪えきれなくなった笑いが口の端から漏れ出して、我慢できずに写真を抱えたまま大笑いした。俺の様子が変わったことに気付いたジェイドとフロイドが、それぞれ驚愕と不審の眼差しを向けてくる。

「流石だな、レオナ! ラギー!」

「……なんですって?」

「どーゆーことだよ、それ」

「いやぁ~……よくもまぁ、こうも綺麗に上手くいくとは思わなかった! あははははッ!」

レオナ、と出てきた名前に2人の目が剣呑な色へと変化する。

痛快だ。立てた作戦が、綺麗にハマって成功して、ついでにジェイドとフロイドに一泡吹かせられそうで、とても、とても―――気分がいい。

「全部、ぜぇんぶ罠だってことだよ。俺達の今日の本当の目的は写真を取ってきて契約を達成することじゃない。契約者である俺を囮として、モストロ・ラウンジからお前ら2人を引き離すことだ」

―――昨日の夜。レオナ達と立てた作戦だ。

まずは俺を囮としてジェイドとフロイドをモストロ・ラウンジから引き離す。そしてレオナが寮生全員を引き連れてラウンジに行き、わざと店内が混雑した状況を作り出したうえで、軽い騒動を起こす。

元々主な働き手であるイソギンチャク共は慣れていない。かなり高い確率でアズールをVIPルームから引きずり出せるはずだ。アズールが出てきたら、混雑に乗じてラギーが鍵をスッて金庫の中からグリム達とレオナの契約書を拝借する。

最後にレオナのユニーク魔法で契約書自体を砂にしてしまえばいい。

博物館が休館だと知った時は流石に焦ったけど、結果的に全てのピースが上手くはまり、こうしてグリム達のイソギンチャクは取れた。

「本命は俺達じゃなくて、モストロ・ラウンジに向かったレオナ達ってことだ」

 「はあ? いつもトドみたいにダラダラ寝てばっかのアイツが、お前らに協力なんてするわけないじゃん」

一通りネタばらしをしてやれば、フロイドが怪訝そうな表情を浮かべて俺の説明に噛みついて来た。トドって……いや、わからなくもないけど。茶色いし。

「彼は同じ寮長であるアズールと揉めることは避けたかったはず。一体どんな手を使ったんです?」

「手もクソもねぇよ。俺は懇切丁寧にお願いしただけだぜ? ……まっ、レオナにも破棄したい契約があったみたいでな? 快く協力してくれたよ」

にたりとワザとらしく口角を上げて嗤う。契約、と口の中で小さく呟いたジェイドがハッと顔を上げた。どうやらレオナが俺に協力する”理由”に思い当たったらしい。

「……! マジフト大会の……!」

「大正解♡」

流石ジェイドは察しがいいな。

そう、俺がレオナを引っ張り込むことができたのは、レオナもアズールとの契約を破棄したかったから。マジフト大会の時、観客達全体にラギーのユニーク魔法を掛けるため、魔力増幅薬を手に入れた際に交わした契約。そのことを引き合いに出せば、レオナは渋々首を縦に振った。まじでどんな契約したんだろうな。ちょっと気になる。

「グリムとエースとデュース、3人のイソギンチャクを外せた。俺の目的は達成できたし、そんなに欲しいならこの写真はやるよ」

ほら、と煽るような笑みを浮かべて額縁を差し出す。だがジェイドは写真に一瞥もくれず、ぐるりとその長大な身体を反転させた。

「戻りましょう、フロイド。彼らの頭のイソギンチャクが消えたということは……」

「うん。なんか、ヤな予感」

学園へ戻ろうと尾びれを揺らした双子へ、エースとデュースが戻った魔法を放って行く手を阻む。状況は一転した。愉快なくらいに、俺達の優位だ。

「おっと待てよ。こちとらやっと本調子なんだ」

「すぐ帰るなんてつれないこと言わないで、もう少しオレ達と遊んでけよ」

「うるさい小魚だな。秒で片付けてやる」

簡単に挑発に乗ったフロイドが首を鳴らしながらこちらの方を向く。見開かれた目に確かな怒りの色が見える。普段の俺であれば本能的な恐怖を感じていただろう。けど、今は作戦が成功したことによる昂揚で、恐怖は一切感じない。むしろその怒りすら愉快な気分になるスパイスのようだ。

「ここは引き上げましょう、フロイド。彼らと遊んでいる場合ではありません」

「チッ……わかったよ、行こう」

向かってくる、という直前でジェイドがフロイドを引き止める。歯を剥き出しにして俺達を睨んでいたフロイドは、数瞬黙り、そして大きく舌打ちをして再びぐるりと反転した。

そのまま泳ぎ去る2人の後ろ姿に、小さくガッツポーズを取る。あとは、戻るだけだ。

「俺達も学園へ戻るぞ。その写真をアズールに叩きつけて完全勝利だ!」

「「「おう!!」」」

あっという間に見えなくなったジェイドとフロイドの後を追って、学園へ戻るために珊瑚の海に設置された転移用の鏡へと水を掻き分け駆け出す。

……ざぶざぶと進む内に、ハイになっていた頭が段々と冷静になってくる。それと同時に、自分の中で「これでよかったのか?」という疑問がムクムクと湧いてきた。それがなにか、何故かはわからなかった。ただ、なんとなく、「不味い」ような気がしていた。

それが所謂虫の知らせのようなものであったとわかったのは、オクタヴィネル寮の鏡へと飛び込んだあとだった。

 

:  :  :

 

「な……!?」

オクタヴィネル寮へと続く鏡に飛び込んでまず目に飛び込んで来たものは、あの美しい海中ではなく。どろりとした粘着質の紫が、青く澄んだオクタヴィネル寮の海に上書きされている、そんな光景だった。

周囲に響き渡るのは悲鳴と、そして狂ったような笑い声。その中心にいるのはアズールだ。持っている杖を振るたびに、逃げ惑う生徒達からナニかモヤのようなものが引きずり出され、アズールへと吸収されていく。

「げっ、なんだこの騒ぎ!?」

「アズールが暴れてる……のか!?」

エースとデュースが不安そうに周囲を見回す。……この雰囲気を、俺は、俺達は知っている。ハーツラビュル寮の庭園と、サバナクロー寮のマジフト場。2回も居合わせたのだ。

「レ、レオナ! お前なにやったんだ!?」

「俺のせいかよ。お前が契約書を砂にしろっつったんだろ」

「言ったけど……でも、たった4枚でこうなったのか!?」

「あー……」

ラギーが言いづらそうに手を挙げる。

「探すの面倒だったんで、全部砂にしたんスよね……」

「………………………………………………………………えっ?」

我ながら間抜けな声が出た。全部って……全部? もしかしたら今回の件に一切関係なさそうな契約書とか、そういうの、全部?

ひくりと頬がひきつる。

そんなこと、望んではいなかった。ただ、グリム達3人を助けられれば、それでよかった。それ以上をアズールから奪うつもりなんて、なかったのに。

「ジェイド、フロイド、ああ、やっと戻ってきてくれたんですね!」

感情が爆発する一歩手前の、震えた声でアズールが双子の名前を呼ぶ。安心したような笑みを浮かべて、アズールは2人へと手を伸ばした。

「そこのバカのどものせいで、僕の契約書が全て無くなってしまったんです。……だから、あなた達の力も僕にください」

アズールは笑う。天上の青の瞳は光を無くして濁り切り、美しかった笑みは狂気にまみれている。

ぐぅと胸が締め付けられるように痛い。あんな顔をさせたいわけじゃなかった。こんな状況に貶めたいわけじゃなかった……………………本当に?

「アズール! やめろ! このままじゃ……!」

「うるさい! ……ああ、ユウさんにとってはいい気味でしょうねぇ……。どうです? ご自分が仕掛けた嫌がらせが成功した気持ちは!」

「……ッ、」

言葉が続けられなかった。そんなつもりじゃない。そんなつもりじゃなかった。……こんなの、言い訳だ。何もかも目の前に提示された結果が全て。

 

俺は、俺が、アズールが大切にしていたものを踏みにじって、奪ったのだ。

 

ジェイドとフロイドが一歩前へ出る。ジェイドの必死の制止も聞かず、いやいやをするようにアズールは俯いて頭を振る。

「このままじゃ昔の僕に戻ってしまう!」

「……あのさー」

間延びした声が響く。焦った表情のジェイドとは正反対に、フロイドの表情は凪いでいた。

「今のアズールって、昔のアズールよりずっとダサいんだけど」

空気が凍った。双子へと伸ばしていた手が、だらりと下げられる。

ふるふるとアズールの肩が震える。それは怒りか、それとも拒絶された悲しみか。下を向いていたアズールの顔が上がった。そこに張り付いていたのは、自虐的な笑顔だった。

「どうせ僕は1人じゃなにも出来ないグズでノロマなタコ野郎ですよ。だから、もっとマシな僕になるためにみんなの力を奪ってやるんです。美しい歌声も、強力な魔法も、全部僕のものだ! 寄越しなさい、全てを!」

魔力が渦巻く。世界を浸食するようにアズールの足元から黒い液体が染み出して、じわじわと広がっていく。

「ジェイド、フロイド! アズールを止めろ! ……オーバーブロットする!」

躊躇っている場合なんかじゃない。加害者である俺にはアズールを止める資格なんて無いかもしれないけれど、でも、オーバーブロットは放ってはおけない。

リドルの時もレオナの時も、一命は取り留めた。だからといってアズールもそうなるとは限らないのだ。

渦巻く水流に逆らいながらアズールの方へと手を伸ばす。

「あーっはっは! あーーーっはっはっはっ!」

「っ、ぅ、ぐあッ!?」

伸ばした手は届かなかった。狂気的な高笑いと共に水が一層渦を巻き、黒い液体を巻き込んでアズールを包む。

水流に弾き飛ばされた俺の身体は二転三転と海底を転がり、近くの柱にぶつかって止まる。

「ッ、うぎ、ぃッ……!」

ぶつかった拍子に左肩を強打し、一昨日の傷が開いたのが感覚的にわかった。

「ユウ!」

「お、れはいい……! アズ、ルを……!」

視線の先には顔が黒く欠落したタコ足の魔女のような影を背負った、正気を失い元のタコの人魚へと姿を変えたアズールがいる。俺の怪我なんてそのうち治る。けど、アズールは今この瞬間にでも止めなければ、どうなるかわからない。

グリム達は俺の言葉にほんの少し迷った後頷いて、既にアズールを止めようと動き出したジェイド達の方へと混ざっていく。……何度経験しても、この瞬間の悔しさには慣れない。俺が悪いんだから、俺の所為なんだから自分でカタをつけたかった。だけど俺は、魔法は使えない。皆の様に正面から立ち向かうことが出来ない。

ガクガクと痛みで痙攣する身体に鞭を打って身体を起こし、制服の内ポケットに入っている錠剤を飲み下した。痛みで明滅していた視界が徐々に落ち着いていく。

「……っし、」

薬で無理やり痛みを抑え込んで、立ち上がる。後悔も反省も自己嫌悪も何もかも後回しだ。頭を切り替えろ。役立たずを嘆いてたってアズールは救えない。

どうするか……。上手く隙を作ってやればあとはレオナ辺りがなんとかしてくれるだろう。問題はどうやって隙を作るかだけど……。

今度は魔法の流れ弾に当たらないように注意しながらアズール達の戦いを観察する。アズール自身が魔法を撃つ、というよりも後ろの影が持つ三叉槍が主な攻撃手段のようだ。強大な体躯に合わせて三叉槍のサイズも大きく一撃の攻撃範囲が広い。それ故に近付くことも出来ず、遠距離から魔法を撃ってもあの三叉槍に振り払われてしまっているようだ。

「……ん?」

よく観察して見ていれば、あの三叉槍、アズールの手の動きに合わせて動いているような……いや、三叉槍というより、影全体がアズールの動きと連動してる……? 目を凝らして見てみれば、アズールの腕から染み出した黒い煙のようなものが後ろの影に繋がっているように、見える。

リドルやレオナの時はどうだったっけ、と思い出そうとしたけど、あの時は最前線に立っていて必死だったからよく覚えていなかった。

「……もしかして」

あの煙のようなもので繋がって動いているのなら、アズールの動きをなんとか封じればあの影の動きも同じように止まるかもしれない。ダメだったら、まぁ、俺が怪我するだけだしな。

抱えていた写真を柱の陰に置き、アズールの背後へと大きく回りこみながら少しずつ距離を詰めていく。途中、ぱちりとレオナと目が合った。ぐわりとエメラルド色の瞳が見開かれる。言うな、と指を立てて口元に持っていけば、レオナは不機嫌そうに鼻を鳴らして視線を逸らした。俺が何をする気なのか、頭の回るアイツならある程度察して……いや、察してくれてるだろう、はダメだな。それで痛い目を見たばっかりだろ。

俺から視線を逸らしたレオナは持っていたマジカルペンを杖へと変え、石突で強く地面を突く。途端に魔法で圧縮された風の塊が撃ち出され、影にぶつかっていく―――今だ!

レオナの魔法で影が怯んだタイミングで駆け出し、横からアズールに飛びついた。

「アズール、もう止めろ!!」

「うるさい! うるさい! お前も僕を馬鹿にしているんだろう!」

考えた通り、アズールを後ろから抱きかかえるように押さえつければ、影の動きも止まる。しかし思ったよりも抵抗が激しい。細いのにどこにこんな力があるんだ。このままだと振り払われる。

「今のうちに早く!」

「いやユウ、お前そこにいたら巻き込むぞ!」

エースのツッコミもごもっとも。今の俺はアズールにしがみついているから、影狙いで魔法を撃った場合でもまず間違いなく衝撃やらはあるだろう。だけど、それがどうした。

「いいから! アズールがどうにかなるよか安い!」

「なっ……あーもう、怪我してもオレ知らねーかんな!」

大怪我を負おうと構わない。元々ボロボロの身体だ、怪我ぐらい今更だ。それに……ここまで、オーバーブロットするまでアズールを追い詰めたのは俺の予想が甘かったから。つまりは俺が悪い。自分自身の行動によるしっぺ返しを受け入れるのに、何をビビる必要がある。

「ーーーーーーやれッ!」

俺の叫びに、全員がそれぞれマジカルペンを向け魔法を放った。動かない巨大な身体は良い的になったようだ。魔法は外れることなく影へと次々に当たり、炸裂する。着弾の衝撃は激しく、羽交い締めにしていたアズール諸共吹き飛ばされた。

 

:  :  :

 

咄嗟にアズールを庇うように身体を半回転させて地面へと転がる。ゴリ、と嫌な音と、次いで熱を持った痛みが背中全体に広がった。視界が白くチラつく。奥歯が砕けるくらいに噛みしめて叫び出しそうなのを耐えた。

「や……っ、たか……?」

断末魔の悲鳴が不協和音の歌のように響き渡る。大量の魔法を一度に食らった影がゆらり海に溶けるように消えていく。暗く澱んでいた風景は、影が溶けてくのと同時に薄れていき、やがて澄んだ青色が戻って来た。

どうやら、なんとかなったみたいだ。

「アズール! ユウさん!」

珍しく表情を崩し焦った様子のジェイドとフロイドがこちらへと駆けてくる。俺の腕の中で気絶しているアズールは、顔色は悪いものの大きな怪我もなく、呼吸も安定していた。……よかった……。

「小エビちゃんめっちゃ転がってたけど大丈夫なの?」

「おう。意外と頑丈だからな……俺の事より、ほら、」

いつの間にか人魚の姿からいつもの見慣れた寮服姿に戻ったアズールを差しだせば、フロイドは僅かに表情を硬くして、何かを言いかけた後、軽々とアズールを抱き上げた。…………フロアズもいいな。

ジェイドもフロイドも、多少の傷はあれどアズールが無事であることに安堵し、優しい目を向けている。

戦っている最中もそうだったけど、2人ともアズールにできる限り怪我をさせないように魔法を使っていた。普段の言動がどんなんであれ、3人は本当にお互いを信頼しあって、大切にしているんだろう。

……いいなぁ。羨ましい。俺にはそんな奴、もういないのに。

「ユウ~~~!」

「ぅお、グリム。どうした?」

グリムを先頭にエース、デュース、ジャックが俺の元に駆け寄って来た。腕の中に飛び込んできたふかふかの毛玉を宥めるようによしよしと撫でてやる。

「どうした、じゃないでしょ。なんで自分から攻撃に当たりに行くワケ!?」

「ユウの根性キマったところは尊敬出来るが、防御障壁も張れないのに無茶しすぎだろう」

「よけらんない防げないって分かってるお前に向かって魔法撃ったオレの気持ちも考えろよな!」

「だいたい、丸腰で突っ込むのはどうかと思うぞ」

 「い、いやでも……ほら、なんとかなったじゃん? 怪我してないし」

 へらりと笑って手をひらひらと振って怪我はありませんアピールをして見せたが、エースとデュースは安心するどころか眦を釣り上げて俺への説教を再開した。

 助けを求めてジャックを見れば、諦めろと言わんばかりに首を横に振った。レオナとラギーは愉しそうにニヤニヤしてるし、ここには俺の味方はいないのか!

 「わ、悪かったよ……。無茶はもうしない。これでいーだろ?」

 「無理だね」

 「無理だな」

 「なんでだよ!!!」

 「ユウってばまた似たようなことになったら無茶するでしょ」

 「エースに同感だ。ユウは絶対にする」

 「なんで俺こんなに信用ねぇの? そこまで無茶してなくない……??」

 「マジフト大会前にスカラビアの寮生助けた時とか」

 「ぐぅ……」

 そこを持ち出されると弱い。いやでも、目の前で危険な目に遭ってる奴がいたら助けるだろ? ……いや、ここの生徒ならそんなことはないかもしれない。

 「ま、まぁ、ほら、あれだよ。怪我はしてないし……」

 じとっとした視線を複数感じて振り向けば、ジャックと、少し離れた後ろにレオナとラギー。獣人三人組の嗅覚の鋭さには本当に驚かされる。ジャックはまだ近いからいいとして、レオナとラギーはそこそこ離れてるのになんで血の匂いわかるんだよこぇえよ……。

 「おい、ユウ……」

 「大丈夫大丈夫。これくらい慣れてるから」

 「けどよ、」

 「そうそう、ユウくん打たれ強いッスもんね」

 顔を強張らせたジャックが声をかけてきたが、わざと遮るように言葉をかぶせる。それでもなお話を続けようとするのを、今度は俺とジャックの間にするりと入ってきたラギーが留めた。

 助かった……と思ってラギーに目を向ければ、とても良い笑顔を浮かべて親指と人差し指で丸を作って向けてきた。…………うん、知ってた…………。

 「とにかく俺は大丈夫だから。な?」

 「……ユウがそう言うなら」

 まだ納得していないような顔でジャックは渋々頷いた。頭のてっぺんにある耳がぺたりと伏せられていて、まるでしょぼくれた犬の様だ。いや、狼なんだけど。

 「よ~しよしジャック。心配してくれてありがとな~」

 手を伸ばしてジャックの髪をかき混ぜるように撫でるてやる。新感覚だ。グリムのふわもこな手触りともフロイドのさらっといた手触りとも違う。

 「なっ……おい、止めろ! ガキ扱いすんじゃねぇ!」

 「かといって~~満更でもないんじゃないッスか~? ジャックくんってば、尻尾揺れてるッスよ~?」

 「ラッ、ラギー先輩!」

 マジフト大会後に何があったかは知らないけれど、どうやらジャックはラギーに頭が上がらないというか、あまり強く出れないようだ。……ジャクラギ、か……!? 強面後輩×童顔先輩はよく見るカップリング傾向だな。ほんと、サバナクローの商業BLみの高さなんなの? 最高じゃん……。

 「オイ! アズールが目を覚ましたみたいなんだゾ!」

 グリムの声にオクタヴィネル3人組の方を見れば、言う通りアズールが起き上がって、ぼんやりと周囲を見回していた。ほぅ、と安堵の息を吐く。よかった。血色も良くなってるみたいだし、遠目から見る限り後遺症とかもなさそうだ。

 「文句言ってくるんだゾ!」

 「あっおいグリム!」

 腕の中からぴょんとグリムが飛び出して、アズール達の方へと向かって行く。追いかけようとして、足を止める。どんな顔して声を掛ければいいんだろうとか、そもそもアズールは俺の顔なんか見たくないんじゃないかとかがぐるぐる頭の中を回る。だって、アズールの契約書を、関係のないものまで全部台無しにしたのは、俺だ。

 「いって……!?」

 迷って立ち止まっている俺の背中を、レオナが平手で思いっきり叩いた。びりびりと痛みが駆け巡る。

 「何すんだよレオナ!」

 「シケた面してんじゃねぇ」

 「……だってさぁ……」

 「テメェ、俺の時には能天気に話しかけてきただろうが」

 「いや、まぁ、うん……」

 「アイツにゃ腫れモノ扱いした方がよっぽど気に障るだろうよ」

 「それはそうかもしれないけど」

 「ならごちゃごちゃ余計な事は考えるな。お前みたいなのは何も考えないくらいが丁度いい」

 「レオナ…………もしかして、励ましてくれてるのか……?」

 「……あ゛?」

 グルゥ、とレオナの喉が不機嫌そうに鳴る。照れ隠しのつもりか? いやでもこういうのは俺じゃなくて他の奴にやってくれって何回も言ってるだろ。俺は攻略対象にも主人公にもなる気はない。ただのモブA、それが俺の立ち位置に相応しい。

 レオナに後押しされ、そろりとアズール達の方へと近付く。アズールは自分がオーバーブロットで暴走したことが信じられないようだ。

 「ま、コツコツ集めてきたモンを台無しにされたらそりゃ怒るッスよね。オレだって、ずと貯めてる貯金箱を他人に割られたら絶対許せないと思うし」

 驚愕して震えているアズールに、ラギーがフォローを入れる。大事なものを壊されて怒らない人間なんていない。その通りだ。

 「でも、やっぱ悪徳商法はダメなんだゾ。反省しろ」

 「その前に、お前らは他人の作った対策ノートで楽しようとしたことを反省しろ!」

 「ジャックの言う通りだな。グリム、次やったら流石にもう助けないからな」

 エースもデュースもだぞ、と睨みをきかせれば、2人とも気まずそうに目を逸らした。……マジでこれで同じことをやったら、俺がオーバーブロットするわ。魔力ないけど。

 「……アズール」

 「……なんですか」

 返事の声音は固い。そりゃそうだろうな。アズールにとって俺は加害者みたいなもの……というより、加害者そのものだ。わかってる。散々考えてきた。もう前みたいな気安い関係には戻れないってことくらい。……そもそも、俺が一方的に思い込んでいただけで、元々アズール達はオンボロ寮が目当てで近付いて来たんだろうし……あっやべ、思い出したら泣きそうだ。でも、俺は楽しかったし、今でも3人のことは大切な友達だと思ってる。これからも、ずっと。

 「……お前はすごいよ」

 「……え?」

 何を話せばいいかわからなくて、つい口をついて出た言葉がそれだった。

 「あの対策ノートもさ、自分で過去分分析してまとめたんだろ? 普通、そこまで自分の力で出来ないよ。それに……契約書だって。あそこまで集めるのに、時間も掛かっただろうし、願いを叶えるために色々努力だってしてきたんだろ? だから……うん、やっぱりアズールはすごいよ。よく、頑張ったな」

 「…………。フン。貴方にそんなことを言われても……。そんな慰め、嬉しくもなんともありませんよ」

 「……そうだよな。ごめんな?」

 やっぱりだめだ。上手く話せない。俺、そこまでコミュ障じゃなかったと思うんだけど、どうにも上手くいかないな。うぅんと考え込んでいる間にアズールがなにやらフロイドとジェイドに揶揄われていた。ああ、よかったな。身体を張った甲斐があった。この、3人が仲良さそうな光景を取り戻せただけで、怪我なんて安いもんだ。

 「ああ、そうだ。アズール、これ」

 柱の陰に置いておいた写真をアズールへと差し出す。リエーレ王子の来館記念の写真だ。せっかくここまで持ってきたんだし、詫びとまではいかないけれど欲しい奴が持っていた方がいいだろ。

 「なんだ、この写真? ……人魚の稚魚どもがわらわら写ってるだけじゃねぇか」

 「エレメンタリースクールの集合写真……ッスかね? なんでこんなのが欲しかったんスか?」

 俺が差し出した写真を、左右からレオナとラギーが覗き込んでくる。……距離、近くね? 2人ともネコ科とネコ科に近い獣人だからパーソナルスペースバグってんのか?

 「俺もわからんけど……アズール写ってるし、思い出に欲しかったとかじゃねぇの?」

 「えっ」

 ぎょっとしたようなアズールと面白そうなものを見た顔をしたジェイドとフロイド。それぞれの視線が俺に突き刺さる。……え。なんか変なこと言ったか。

 「よくわかったね小エビちゃん。うっわ懐かしい。これ、オレ達が遠足の時に撮った写真なんだよね」

 「そうなのか。ってか王子とクラスメイトだったのか?」

 「そうだよ~。えっとぉ……あ、ココにオレとジェイドが写ってる。そんで……一番隅っこに写ってるのが、昔のアズール!」

 「「えっ!?」」

 「やっぱりそうだよな」

 写真を覗き込んでいたラギーがのけ反る。どれどれと覗き込んできたデュースとグリムもフロイドが指し示した場所に写っている人魚の稚魚を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべた。

 「うわあああああああ! やめろ!!! 見るな! 見ないでください!」

 慌てて写真をもぎ取ろうとするアズールを。ジェイドがニコニコと笑いながら押さえつけた。完全に面白がってるだろ。

 「どれどれ?」

 「隅って……」

 デュースとラギーの反応に興味を引かれたのか、エースとレオナもきょろりと写真の上に視線を這わす。

 「もしかして、控えめに見ても他の人魚の2倍くらい横幅がありそうなタコ足の子供……」

 「アズール、オメー昔こんなに丸々と太ってたのか!」

 「シッ! グリム! 丸々とか言うなよな!」

 アズールが呻きながらべしゃりと崩れ落ちた。うーんこれはちょっと……だいぶかわいそうだ。太っていた昔の自分の写真をこの世から抹消したいっていうのはよく聞くしな。

 「くそぉ……! モストロ・ラウンジの店舗拡大と、黒歴史抹消を同時に叶える……完璧な計画だと思ったのに~~~っ!」

 うーん、やっぱり俺というかオンボロ寮最初から狙われてたっぽいな。テスト前にフロイドが「アズールに相談してみれば?」とか持ちかけてきたのも、俺に契約を結ばせる為だったんだろう。思い返してみれば、目が合っただけで必死にボドゲ部に引き込んできたのも、そう言うことだったのかなぁ……。

 じわり、と滲みそうなになった涙を皆に見えないように拭い、”いつも通り”の表情を浮かべる。これは俺の勝手な感傷だから。他に見せる必要はない。

 「それにしても……ユウさんよくこれがアズールだとわかりましたね」

 「わかるだろ。髪の色だって同じだし……それに、この目だな。綺麗な目の色なのに、『お前ら絶対見てろよ』みたいな感じがアズールだなって……」

 「……わかるか?」

 「全然……」

 エースとデュースがひそひそと囁き合って、信じられないものを見るような目で俺を見てくる。えっ……いや、わかるだろ……?

 

:  :  :

 

 ……アズールのオーバーブロット事件から、数日後。

 俺達はもう2度と訪れることはないと思っていたアトランティカ記念博物館にやってきていた。きっかけは騒動のあとジャックが「盗みはしたくない」と言ったこと。アズールを説得し、あの時の面子(レオナとラギーは除く)で遠足がてら写真を返すために遥々珊瑚の海へとやってきた。

 ちなみにこの遠足、出席をつけてもらっていたりする。今回の騒動で経緯は違えど学園長のお願い通りに生徒を無事解放したご褒美として脅……強請ったら快くOKをもらえた。サンキュークッロ。この調子で教科書とか運動着もよろしくな!

 ジェイドとフロイドが朝迎えに来た時は少し身構えてしまったが、こうして無事に、今度は真正面から博物館に足を踏み入れることが出来た。

 「うわー、すげぇ。中はこんな風になってんだ」

 「伝説の海の王の像か……海の魔女以外にも海底にはいろんな偉人がいたんだな」

 「この王様、なかなか鍛えてるじゃねぇか」

 前に来た時は玄関で警備員を引き付けていたエースが感心したように声を上げ、デュースはふむ、と海底の偉人が列挙された表を見つめている。ジャックは……なんでお前像の筋肉見て感心してんだよ……。

 でもこうして見るとホント、まだまだ子供だなこいつら。

 「みなさん、ようこそアトランティカ記念博物館へ」

 受付でなにやら手続きをしていたアズールが、俺達に気付いて近付いて来た。元の人魚姿に戻っているジェイドとフロイドとは違い、今日もアズールは人間の姿のままだ。

 アズールの話では、今日はモストロ・ラウンジの研修旅行という名目で博物館を貸し切っているらしい。勝手に持って行った写真をこっそり戻しに来たんだし、他の客の目を無くすためだろう。

 自由に館内を見て回っていい、と言う言葉に、グリム達は物珍しそうに歩き出した。ジェイドとフロイドがガイドの代わりで色々と説明しながら進んでいく。

 「……貴方は行かないんですか?」

 俺は、その場に残った。見て回るのも楽しそうだったんだけれど……アズールと2人きりになるには、もう、このタイミングしかないだろうから。

 「まぁ、な。アズールがちゃんと戻すか心配でな」

 「疑り深いですね。ちゃんと戻しますよ」

 やれやれと肩を竦めて、アズールはその手に持った写真を元あった場所へと掛け直した。これで、なにもかも元通りだ。

 「……昔の写真を全て消去すれば。僕がクズでノロマなタコ野郎と馬鹿にされていた過去も消えるような気がしていたんです」

 「…………うん」

 「海の魔女は、悪行を働いていた過去を隠すことはせずその評判を覆す働きをして人々に認められた。僕は、彼女の様になりたいと言いながら……」

 ぐ、とアズールが拳を握り、俯く。身長も体躯も俺とそう変わらないのに、

その背中は小さく見えた。

 「結局、過去の自分を認められず、否定し続けていただけだった」

 「……そんなもんだろ、普通。誰だってそうだ。過去の辛い記憶を肯定的に受け入れられる奴のが少ないよ。……でも」

 「?」

 「それでも、さ。否定していたとしても、お前は過去に負けないように努力していただろ?」

 「努力……僕が?」

 「なんだ、自覚ないのかよ。……馬鹿なイソギンチャク共を見てればわかると思うけど、努力し続けるって結構難しいんだぜ。上手く結果が出ないと気持ちは萎えるし、先が見えないと不安になってやめたくなる。お前はそれを乗り越えて、今までずっと頑張り続けてきたんだろ? ……すごいよ、ほんと」

 自分の求める結果を得るためにひたすらに努力をする奴は、好きだ。ほんの3ヶ月くらいしか交流は無かったけど、俺は知ってる。アズールがいつだって苦手なものを努力で克服しようとする姿を。……運ゲーで確実に勝つためにダイスの目を自在に出せるようになろうとするのまでは、ちょっと笑ってしまったけど。

 「……ふっ。勝手に美談にするのはやめていただけますか? 僕はただ、僕をバカにした奴らを見返してやりたかっただけですから」

 アズールは困ったような、それでいて満更でもないような笑みを浮かべる。その澄んだ空の青のような目は、あの写真に写っていた頃と変わらない。綺麗だと、好ましいと強く感じた、目だ。

 ……やっぱり、これっきりだなんて、嫌だ。アズールだけじゃない。ジェイドもフロイドも、もっと一緒に居たい。これからも、俺が元の世界に帰る時が来るまでずっと、一緒に働きたい。例えオンボロ寮が目的だろうが、利用されていようが、俺が気にしなければいい話だ。

 フロイドと話して、アズールとジェイドを誤解させてしまっていたことはもうわかっている。今回の契約書の件と合わせて謝って、謝り倒して、許しを乞えば、もしかしたら戻れるかもしれない。元の場所に。

 「アズール、あのさ……ッ!」

 ヒュッと喉が鳴る。口から出かけていた言葉は体内へと押し返された。

 アズールの、後ろ。離れた位置に人がいる。ナイトレイブンカレッジの制服ではない、季節にそぐわない夏服の、女。

 その顔は黒いクレヨンでグチャグチャに塗りつぶされたかのように見えない。

 すっとその白魚のような指が持ち上がり、真っ直ぐに俺を指さす。なんで、どうして、誰だ、なんでここにいるんだ、違う、俺の、俺のせいじゃ……!

 

 ”――――――お前のせいだ。”

 

 頭の中に声が響いた。いつのかの夢の様に、その声は、アズールの声だった。

 いや違う、これはアズールじゃない、だってアズールは、俺の目の前にいる。何かを言いかけて動きを止めた俺を見て、不思議そうな顔をしている。だから、違う。

 「ぅ……」

 「ユウさん? ……どうかしたんですか?」

 口元を押さえて蹲った俺を見て、アズールが慌てたように膝をつき、俺の肩に手を置いた。落ちた前髪の隙間から見えたアズールの顔は、焦っていて、その表情が、あの日を思い出して。

 「……ああ……」

 ずっと目を逸らし続けていることに、向き合ってしまった。レオナが月夜の晩酌で言っていた意味を、ようやっと、自覚した。

 「……ちょっと、眩暈がして」

 「大丈夫なんです? それ」

 「実は遠足ってやつは久々だから楽しみで、恥ずかしながら昨日あんまり寝れてなくてな。……さ、写真も戻したことだし俺達も館内回ろうぜ。案内してくれるだろ?」

 震える足を押さえて立ち上がる。俺はいまきちんと笑えているだろうか。アズールが何も言ってこないってことは、ちゃんと笑えているんだろうな。よかった。

 ……こんな気持ち、アズールだけには知られたくない。

 「いいですが、僕の案内は高くつきますよ?」

 「出世払いで頼むよ」

 「おや、出世する予定でも?」

 「ひっどいな」

 軽口を叩き合いながら、順路へ進む。……もう、わかったから。今だけは。

 

:  :  :

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(暗転)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

:  :  :

 

※この先嘔吐表現あり。

 

 

 

 オンボロ寮に帰り着いた直後、グリムとゴーストのおやっさん達を言いくるめてみんなで購買へと買い物に行かせた。こんな姿、誰にも見せたくない。

 「ぅ、ぉえ……ァ、ぐぅ……ッ、あッ……」

 むかむかとした不快な感覚がせり上がってくる。トイレに転がり込んだところで耐え切れず、胃の中身を便器の中へとぶちまけた。喉が胃酸で焼ける。口の中いっぱいに広がった酸っぱさが、吐き気を増長させる。

 吐き出されていく消化物に、もったいないとどこか他人事のように思った。せっかく気が向いたフロイドが作ってくれた飯だったのに。せっかくジェイドが振舞ってくれた紅茶なのに。そのすべてを吐き出してもまだ吐き気が収まらず、胃液を延々と吐き続けた。

 「うう゛~~~~ッ……くそッ……」

 ゴン、と便器に頭を打ち付ける。気付きたくなかった。でも、思い返してみれば、ジェイドとフロイドと相対した時からずっと抱えていた。いや、その前からだ。

 俺は、悔しかったんだ。理不尽に奪われたことが。だから、奪いたかったんだ。本当は、きっと、ずっと。

 ジェイドとフロイドが罠に掛かった時。アズールが暴走しているのを見た時。

 俺は、「ざまあみろ」って、思ったんだ。俺から理不尽に奪おうとするからこうなるんだって、俺は悪くないのに裏切るような真似をするからこうなるんだって、思っていたんだ。

 レオナは言った。理由をはっきりさせろってじゃないと簡単に潰れるって。

 こういうことだったんだ。俺は、俺の中の怒りの感情に向き合ってなかった。目を逸らして、あくまで『グリム達のために』って他人を言い訳にしていた。

 違う。そうじゃない。俺だ。俺は、自分の中の怒りを鎮めるために、あの3人を、アズールを貶めたかったんだ。

 「ぅ……ぐ、ぅ……」

 どの面下げて、まだ一緒にいたいとかほざける。俺が選んで精神的な苦痛を与えたんだろう。俺が、俺の、せいで。アズールはオーバーブロットした。

 もしかして、を夢想する。あのタイミングでモストロ・ラウンジを辞めさせられてなかったら。俺はグリム達じゃなくてアズール達の味方をしただろう。今回のことなんて企てなかった。もしかしたら、グリムの自由を盾にオンボロ寮の使用権を求められたかもしれないけど……その時には、こちらからも条件を出して、積極的に関わったかもしれない。

 でもそうはならなかった。俺は自分の言葉足らずが原因で辞めさせられて。それに無自覚な怒りを抱いてアズール達に刃を向けて。

 ぎしり、と軋む音がする。

 「全部……俺が悪いんじゃん……」

 

 ”――――――そうだよ。ゆうくんが悪いんだよ。”

 

 背後から囁き声が聞こえてきた。

 そうだな、わかってるよ、×××。

 




ユウ
すごいナチュラルに嘘を吐く。自分の悪性感情に気付いて嘔吐した。
様々なトラウマやストレスが積み重なった結果、不定の狂気:幻覚を付与された。

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