果てしなく広がっている宇宙の中、太陽系の惑星の中で生命が息づいている地球。そんな地球の新しい暦における新西暦185年11月、月面に本社を置く兵器メーカー・マオインダストリー社は2機の新型のパーソナルトルーパーをロールアウトする。
 これまでの間、いくつかのパーソナルトルーパーが開発されてきたが、それぞれRTX-008RとRTX-008Lの形式番号が与えられた2機のパーソナルトルーパー。そんな両機にはこれまでに開発されたパーソナルトルーパーを参考に新しい技術が搭載されることになった。
 その最たる例がブラックホールエンジンである。両機の心臓部とも呼べるブラックホールエンジンには、地球圏外からもたらされた技術が用いられており、具体的には重力フィールド内に発生させたマイクロブラックホールのエネルギーを動力などに転化するという代物である。
 こうして既存の技術の積み重ねと地球外技術が融合したことで誕生したRTX-008XとRTX-008Lの両機。そんな両機にはヒュッケバインと名付けられ、特にRTX-008Rの方は機動実験が行われることが決定した。
 時間は経過して新西暦185年12月、月面のテクネチウム基地において、RTX-008Rの機動実験が行われる。誰もが新しい機動兵器の誕生を期待していたことは言うまでもない。
 ところが、機動実験中にRTX-008Rの心臓部であるブラックホールエンジンが暴走し、機体はテクネチウム基地を巻き込んで消滅してしまった上、生存者はテストパイロットを務めていたライディース・F・ブランシュタイン少尉を含めた僅か3名だけであった。
 この事件の結果、テストパイロットのライディース・F・ブランシュタイン少尉は左手を失い、ヒュッケバインはバニシング・トルーパーと呼ばれ恐れられるようになる。
 そして、残った同型機のRTX-008Lもまた、動力炉を換装された後、封印処分を受けることになったのである。
 以上がバニシング・トルーパーと呼ばれたRTX-008Rに関する公式の記録である。その後、RTX-008Rが歴史の表舞台に記録されることはなかった。

 以上が新西暦におけるRTX-008Rに関する顛末である。これ以上、新西暦の記録に登場することはないだろう。
……だが、RTX-008Rの物語はこれで終わりでなかった。消失したRTX-008Rは思わぬ場所で再び出現することになるのであった。

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以前、別サイトで投稿した短編小説です。
「スーパーロボット大戦α」に登場したヒュッケバインが幻想入りしたら?という設定で創作しました。


東方凶鳥録 ~ヒュッケバインが幻想入り~

 ありとあらゆるものから隔絶されており、人間と妖怪が共存している幻想郷。そんな幻想郷は人類の文明の進歩の埒外にある世界と呼んでも過言ではなかった。

 幻想郷に存在する博麗神社。ここは幻想郷を他の世界から隔離する結界・博麗大結界を管理する場所であり、幻想郷にとって要とも呼べる場所でもあった。

「今日も幻想郷は平和ね」

 そんな言葉と共に神社の縁側で少女がお茶を啜っている。巫女を思わせる紅白の衣装に身を包んだ上、頭につけた赤い大きなリボンが印象的な少女の名前は博麗霊夢。この博麗神社の当主を務める巫女であった。

 お茶を啜りながら外の景色を眺めている霊夢。緑豊かな自然、澄み切った空、まさにいつもと変わらぬ幻想郷の風景そのものだ。

 その時、景色を眺めている霊夢の目にあるものが留まる。まるで流れ星のように何かが落下しているのだ。この速度だと地面と衝突するのも時間の問題だろう。

 そして、幻想郷の空から落下してきた物が地面に衝突した瞬間、大地を割るような轟音が鳴り響く。その衝撃音の勢いは凄まじく、遠く離れた博麗神社にまで届いてくるほどであった。

「まさか、何かの異変?」

 そんな言葉と共に座っていた場所から立ち上がる霊夢。そうした時であった。何者かが霊夢のことを呼び止める。

「お待ちなさい」

 現場に向かおうとする霊夢の背後から女性の声が聞こえてくる。霊夢がすぐさま振り返ると、そこには赤いリボンがついた帽子を被った上、東洋の道士が用いた装束のような服装に身を包み、流れるような金色の長い髪が印象的な女性が立っていた。

 この女性の名前は八雲紫、見た目こそ年若い人間のように見えるが、その正体は妖怪の賢者の異名を取り、幻想郷の管理者を担う大妖怪であった。

「悪いけど、後にしてくれる?」

「残念だけど、霊夢には博麗神社でやってもらうことがあるわ」

 霊夢の言葉にいつになく真剣な表情で言い返す紫。いつも余裕に満ちた紫がこのような表情をすることは珍しかった。

「それ、どういうこと?」

「さっきのが幻想郷に落下してきた際、博麗大結界が破損したみたいなの」

「何ですって?」

 紫の口から告げられる事実に驚きを隠せない霊夢。もし、紫の言葉どおりだとすれば、先程、落下してきたものは幻想郷の外のものということになる。

 だが、それ以上に博麗大結界が破損したことの方が問題であった。博麗大結界が破損したともなれば、外の世界と幻想郷との仕切りがなくなることになり、外の世界のものが大量に幻想郷に流入してくる危険性があるからだ。

「幻想郷に何が落下したかは私が調べるから、貴方は破損した結界の修復を行いなさい」

「っ!わ、分かったわよ!」

 厳しい表情で的確な指示をする紫に対し、渋々ながらも従うことにする霊夢。こうして、幻想郷に起こった異変に対処するため、博麗霊夢と八雲紫はそれぞれ行動を開始するのであった。

 

 博麗大結界を破って謎の物体が落下した場所。そこは人の手が加えられていない荒地であった。人の手が加えられていない荒地であるために幸いにも人的な被害はなかったが、謎の物体が落下した場所には小規模のクレーターが発生していた。

 そのような場所に数人の少女達が集まっていた。それぞれ個性的な恰好をしている4人の少女。

 白と黒を基調とした魔法使いのような格好をした長い金髪の少女。少女の名前は霧雨魔理沙と言い、魔法の森と呼ばれる場所で魔法使いとして生活を営んでいた。

 三日月のデザインをしたアクセサリーのついた帽子を被った長髪の少女、少女の名前はパチュリー・ノーレッジ。パチュリーは魔法使いと呼ばれる存在であり、普段は吸血鬼が住む紅魔館で読書に耽っていることが多い。

 青と白を基調としたお洒落な格好をした金髪の少女、少女の名前はアリス・マーガトロイド。アリスはパチュリーと同じように魔法使いと同じ存在であり、魔理沙と同様に魔法の森に住居を構えている。特に人形製作や人形を操る魔法に長けている。

 背負ったリュックと大きな帽子が印象的なツインテールの少女、少女の名前は河城にとり。にとりは河童と呼ばれる妖怪であり、妖怪の山と呼ばれる場所を拠点として、機械工作に励む毎日を過ごしていた。

 博識の魔法使いのパチュリー、随一の人形師であるアリス、幻想郷でも指折りのエンジニアのにとり。彼女達がこの場所に集まっていることは単なる偶然ではなかった。

幻想郷に何かが落下した際、それぞれの場所で各々の時間を過ごしていたパチュリー、アリス、にとり。そんな3人の前に八雲紫が現れ、幻想郷に落下したものを調べて欲しいと依頼されたのだ。言うなれば、パチュリー、アリス、にとりの3人は八雲紫から選任された現地調査員と言っても過言ではなかった。

 但し、霧雨魔理沙だけは例外である。外出している途中、パチュリーとアリスの魔力を感じ取り、彼女達の居る場所に顔を出してきたのだ。

 現場に到着した少女達の目の前に存在するもの、それは尋常ならざる者であった。全身を水色で塗装された巨大人形とも呼ぶべきものであった。鎧を固めた騎士のようなデザインをしており、さらに背中には鳥を思わせる大きな翼のようなものが見える。また、巨大人形の傍らには大筒を思わせる巨大な黒い筒状の物が横たわっていた。

 目の前に聳えるようにして立っている巨大人形、これは少なくとも幻想郷に存在するものではない。その場にいる誰もが抱いた感想であった。

 早速、パチュリー、アリス、にとりはそれぞれの専門的な知見をもって目の前の巨大人形の調査を開始する。そうした中、魔理沙はパチュリーのいる場所に足を運んだかと思うと、今度はアリスのいる場所に赴き、さらにはにとりのいる場所に向かう等、自身の興味のままに仲間達の調査の様子を眺めていた。

 やがて、どれぐらいの時間が経過したのだろうか。パチュリー、アリス、にとりはそれぞれ調査を終えていた。

「どうやら、この巨大な人形には魔法は使われていないようね。魔力が感じられないわ」

 目の前の巨大人形が魔法とは無関係であることを判断するパチュリー。この巨大人形からは魔力が全く感じられない。従って巨大人形に何らかの魔法が用いられていることはなかった。

「確かに魔法は使われていないようだけど、それにしても、この巨大人形……随分と精巧な造りをしているわね。私でもこんなに上手くはいかないわよ」

 率直な感想を漏らすアリス。パチュリーと同様、アリスもまた魔法使いであるが、立派な人形遣いになるという目標があるためか、人形の製作と運用にその重きが置かれている。

 幻想郷の人形師であるアリスからすれば、目前に立っている巨大人形は驚くべきものであった。外見こそ禍々しさを覚えるデザインであるが、人間を動作の再現を可能とした内部構造、まさに精巧なる人造人形と呼んでも過言ではなかった。

「う~ん、これはなかなかの代物だね」

 いつになく真剣な表情で巨大人形を分析するにとり。どうやら、目の前の巨大人形は機械工学等を中心とした科学技術を応用して製作されており、言ってみれば幻想郷の技術屋である河童の専門分野と言っても過言ではなかった。

 但し、にとり自身、目の前の巨大人形の全てを把握できた訳ではなかった。それと同時にこれだけの科学技術の塊が幻想郷に出現したことに疑問を抱いていた。

「それでこれからどうすんだ?あのデカブツをこのまま放っておくわけにはいかないぜ」

 そんな言葉と共に質問する魔理沙。一見すると部外者ならではの無責任な発言であるが、魔理沙の発言はある意味において的を得ていた。確かにこのような不気味な巨大人形をこのまま放置する訳にはいかない。

「確かにそうね。このままにしておけないわ」

 魔理沙の言葉に何やら考え込んでいる様子のパチュリー。確かに調査対象の巨大人形からは魔力は感じられなかったが、何かしらの秘密を抱え込んでいることは間違いなかった。

「もう少し詳しく調べてみる必要がありそうね」

 パチュリーの意見に同調するアリス。一体何のためにこの巨大人形は製作されたのか。もう少し、巨大人形のことをじっくりと考察してみる必要がある。

「それじゃあ、一旦、自分達の所に戻って調べたことをまとめようよ」

 そして、にとりがパチュリーとアリスに提案する。この巨大人形に投入されている技術、外の世界でも容易に開発できる代物であるとは到底思えなかった。

 これからの行うべき行動が決まった。後はそれぞれの元の場所に戻るため、スキマ妖怪の八雲紫が現れるのを待つばかりである。

 そうした時であった。それまで光を失っていたはずの巨大人形の両目に光が宿る。それと同時に巨大人形からは言い様のない気配が発せられる。

 反射的に気配がした方向に視線を向ける魔理沙、パチュリー、アリス、にとり。そんな少女達の前には驚くべき光景が広がっていた。

 これまで物言わぬブロンズ像のように立っていた謎の巨大人形。だが、今の巨大人形はまるで生命が宿ったかのように両目に光を宿し、機械が駆動する音と共に少しずつ動き始めている。

「(ココハドコダ……ドコナンダ……)」

 魔理沙、パチュリー、アリス、にとりの脳裏に響いてくる声。同時に巨大人形の両目が点滅している。

 普通の人間であれば、巨大人形から発せられる声を聞き取ることはできなかった。だが、魔法使いである魔理沙とパチュリーとアリス、河童の妖怪であるにとりは機械人形から発せられる声を聞き取ることができた。

「な、何だ……こいつ?」

 突然の事態に焦りを覚える魔理沙。急に起動した巨大人形、魔理沙は何か嫌な予感がして仕方がなかった。

「この巨大人形……意志を……?」

 内心驚きながらも務めて冷静に振舞うパチュリー。理由は定かではないが、今の巨大人形には明確な意志が宿っていた。

「そんな、まさか……」

 完全自律の人形の製作を目標にしていたアリスであるが、まさか、未だに不明な点の多い巨大人形に自我が芽生えるとは思っても見なかった。

「一体どうなるんだい?」

 そんな言葉と共に巨大人形の様子を監視しているにとり。それと同時に巨大人形は自分達に対して、あまり好印象を抱いていないことを感じ取っていた。

 それぞれ巨大人形と向かい合う魔理沙、パチュリー、アリス、にとり。先程まで物言わぬ石像も同然であった巨大人形が自我を持っている。この事実に幻想郷の少女達は危機感を抱かずにはいられなかった。

「(マサカ、ヤル気ナノカ?)」

 警戒しているのは巨大人形も同じであった。自我を持った巨大人形は目の前の少女達の自身に対する敵意を敏感に感じ取っていた。

 次の瞬間、巨大人形の頭部が火を噴く。それと同時に無数の弾が荒々しく発射される。機械人形の頭部には機関砲が内蔵されているのだ。

「うおっ!」

「くっ!」

「うっ!?」

「危ない!」

 素早い動きで巨大人形の機関砲を回避する魔理沙、パチュリー、アリス、にとり。相手は牽制目的で機関砲を発射したのだろうが、その威力は人間を十分に殺傷できるほどの危険な代物であった。また、先程の牽制攻撃にしても、スペルカードの弾幕戦闘に慣れた彼女達でなければ、対処することは難しかったであろう。

「(避ケタ……?)」

 驚きと共に両目を点滅させている巨大人形。先程の牽制をいとも簡単に回避してみせた魔理沙、パチュリー、アリス、魔理沙。目の前の女の子達がただの人間の女の子ではないことは間違いなかった。

 そして、少女達の正体が分からない以上、自分は目の前の相手を迎撃しなければならない。ここがどこなのか分からない。従って自分の身は自分で守らなければならない。

 巨大人形を止めようとする幻想郷の少女達と自衛のための行動を開始した巨大人形。対話とお互いの理解不足により、本来であれば戦い必要のない両者は戦闘を開始するのであった。

 

 周囲に無数の不気味な目玉が浮かび上がっている禍々しい空間。この空間はスキマ空間と呼ばれており、スキマ妖怪である八雲紫が空間の主を務めていた。

 常人であれば発狂しかねないスキマ空間の中、八雲紫は瞼を閉じて眠っていた。否、眠っているというのは正確ではない。これまで収集してきた膨大な量の情報を整理しているのだ。

 境界を操る程度の能力を持つ紫。そんな神にも似た力を持つ紫は幻想郷に落下してきたものがどこからきたのか、自身の能力を最大限に活用することでその足跡を追いかけ、ついにはどこの世界からやってきたのかを突きとめることに成功したのだ。

「っは!!」

 急に瞼を開いて意識を取り戻す紫。幻想郷に落下してきたものの正体についての情報、幻想郷に落下する以前にいた世界についての情報、様々な情報の整理が終わったのだ。

 目を覚ました紫の傍には1人の少女が控えていた。頭に帽子を被った上、東洋の道士が用いた装束のような服装に身を包み、腰からは9本の狐の尻尾を伸ばした少女。

少女の名前は八雲藍、元々は九尾の狐と呼ばれる強大な妖怪であるが、現在では八雲紫の忠実かつ有能な式神であった。

「紫様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ……」

 藍の呼びかけに対してそのように答える紫。だが、そのような言葉とは裏腹に紫からは夥しい寝汗が流れており、明らかに無理をしているのが見てとれた。

「ゼ・バルマリィ帝国、ミケーネ帝国、ジュピトリアン、バイストンウェル、ゼントラーディ、宇宙怪獣、使徒……何て滅茶苦茶で出鱈目な世界なの……」

 誰に語る訳でもなく、まるで独り言のように呟く紫。幻想郷に落下してきたものが元々いた世界、それは普通では考えられないありとあらゆるものの坩堝とも言うべき場所であった。

「紫様、一体……」

 声を小さくして紫に話しかける藍。紫が情報整理をする中で何を見たのか分からないが、余程のものをみた目にしていたのだろう。

「それよりも藍、貴方は博麗神社に行って、霊夢の結界の修復を手伝いなさい。私は幻想郷に落下した場所に向かうわ」

 凛々しい表情で藍に指示を送る紫。自分が見た情報で一時的に錯乱しかけたものの、今はそれどころではない。一刻も早くこの異変を解決しなければならない。そして、紫は空間の境界を操作することで現場に向かうのであった。

「お気をつけて」

 心配そうな表情で紫の姿を見送る藍。主人である紫のことが心配であったが、今は主人から与えられた任務に専念することが先決であった。

 

 幻想郷の人里から遠く離れた場所。ここでは魔理沙・パチュリー・アリス・にとりと謎の巨大人形による戦闘が行われていた。

「……」

 頭部から機関砲を発射する巨大人形。目標は自分よりも遥かに小さい上に動きも機敏である。従って、小回りが利く上に弾足も速い機関砲で攻撃するのが有効だと判断したのだ。

「当たるかよ!そんなもん!」

 挑発的な言動と共に巨大人形の攻撃を回避する魔理沙。挑発的な言動で相手の注意を向けさせることにより、仲間達が攻撃をしやすい状況を作り出すためであった。

 そうした中、魔法の呪文を詠唱するアリス。気がつけば、アリスの周囲には無数の人間の少女を模した人形が整列していた。

「行って!」

 冷静な表情を崩すことなく人形を操作するアリス。アリスの魔力によって操作された無数の人形は一斉に巨大人形を取り囲む。そんな人形の動きはまるで訓練された軍隊のようでもあった。

「これでも受けなさい!」

 無数の人形に自分の魔力を送り込むアリス。次の瞬間、巨大人形を取り囲んでいる人形からは色鮮やかな光弾が次々と発射される。

 四方八方を取り囲んだアリスの攻撃。誰もが巨大人形のアリスの攻撃の直撃を確信していた。ところが、次の瞬間、誰も予想していなかったことが起こる。

 人形が発射した弾幕が巨大人形の近くまで近づいた瞬間、不思議なことに次々と砕け散ってしまったのだ。

「攻撃が効かない?まさか、バリア……?」

 目の前で起こった出来事に驚きながらも冷静に理解するアリス。恐らくであるが、あの巨大人形には何らかのバリアが展開されており、その影響で攻撃が無力化されているのだと考えていた。

「ええ、そうね。あの巨大人形の周辺には重力で形成されたバリアが展開されている」

 アリスの疑問に答えるようにパチュリーが口を開く。パチュリー、そのためか様々な力を持った魔法の扱いに長けていた。そして、パチュリーは巨大人形から重力の力を感じ取った。

「くそっ!バリアが使えるのかよ!」

 悔しそうな表情をする魔理沙。魔理沙を始めとして幻想郷の人妖はスペルカードルールと呼ばれる弾幕決闘、一種の射撃戦で様々なトラブルを解決してきた。従って、一定の攻撃を無効化するバリアは射撃戦を主体とする魔理沙達にとって厄介な存在であった。

「いや、重力のバリアを展開できるだけじゃない。恐らく、あの巨大人形には一定範囲で重力を自由に操作できるんじゃないのかな」

 仲間達にエンジニアとしての見解を言うにとり。目の前の巨大人形の動作や戦い方を見る限り、相手には一定範囲で重力をコントロールできるシステムが搭載されていると予想していた。

「ということはあいつの能力はさしずめ重力を操る程度の能力ってことか?」

 驚きの声を上げながら、そんな言葉を口にする魔理沙。

 幻想郷の少女達が驚いている間、自身の身体の中から何かを引き抜く巨大人形。巨大人形が引き抜いた物、それは刀剣の柄を思わせる短い棒状の物であった。

 すると、巨大人形が引き抜いた棒状の物から桃色の光の剣身が出現する。そう、巨大人形は光の剣を引き抜いてみせたのだ。

「あいつ、あんな物まで持っていやがったのか!?」

 巨大人形の装備する光の剣を目の当たりにして、そのように叫んでいる魔理沙。機関砲や重力のバリアだけでも厄介であるのに、このような武器まで持っているとは思わなかったからだ。

 勢いよく光の剣を振う巨大人形。巨大人形の光の剣の起動が生み出した光の奔流に次々と呑み込まれていくアリスの人形達。巨大人形にしてみれば、光の剣は格闘戦用の武装に過ぎないが、幻想郷の少女達にしてみれば、大口径のレーザーを周囲に展開されたのと同じことであった。

「しまった!」

 自分の操る人形を失ってしまったアリスはそう叫ぶ。それと同時にアリスのみならず、その場にいる全員が並大抵の攻撃は通じないこと、迂闊な攻撃をすれば手痛い反撃を受けることを認識した。

「ち、畜生!どうすれば……」

 苦い表情をする魔理沙。目の前に立ちはだかる巨大人形。ただのこれは巨大人形などではない。人の形をした戦闘兵器だ。

「魔理沙のマスタースパーク、パチュリーのロイヤルフレアで相手の関節部を攻撃するんだ。マスタースパークやロイヤルフレアだったら攻撃が通るかもしれない」

 魔理沙とパチュリーに向かって、助言を送っているにとり。にとりは機械技術に精通しているため、機械人形の急所となりそうな場所について、一定の見当がついているのであった。

「そうか……分かったぜ」

「分かったわ」

 にとりからのアドバイスを受けてそのように返事をする魔理沙とパチュリー。早速、巨大人形に向けて愛用の八卦炉を構える魔理沙、自身の頭上に太陽のような熱球を発生・収束させるパチュリー、それぞれ必殺の攻撃を発動させるための準備を始める。

「マスタースパーク!!」

 構えた八卦炉から極太のレーザーを発射する魔理沙。発射されたマスタースパークは巨大人形の頭部を目掛けて襲いかかる。

「ロイヤルフレア!!」

 パチュリーの頭上にある熱球から無数の赤い光弾が発射される。熱球から発射された無数の赤い弾は曲線の起動を描きながらも、巨大人形のあらゆる関節部分を確実に捉えていた。

「(当タルカ!)」

 そんな言葉と共に機敏な動作でマスタースパークとロイヤルフレアを回避する巨大人形。また、完全に避け切れないロイヤルフレアの一部に対して、巨大人形は装備している光の剣で切り払う。

「こ、こいつ!」

「私達の攻撃を避けた?」

 自分達の渾身の攻撃を凌がれて呆然としている魔理沙とパチュリー。まさか、あんな図体のでかい人形にあのような素早く敏感な動きができると思わなかったからだ。

 驚いているのは魔理沙とパチュリーだけではなかった。様子を見守っていたアリスとにとりもまた、目の前の巨大人形の底知れない実力に驚いていた。

「(受ケテミロ!)」

 すると、巨大人形の身体から何かが射出される。そして、巨大人形から射出されたものは1つに合わさり、目にも止まらぬ速さで高速回転をすることで回転カッターと化す。そして、回転カッターはそのあまりの速度のためか、途中で忽然と姿を消してしまう。

「どこだ!どこに消えたんだ?」

 消えた回転カッターを見つけようと周囲を見回す魔理沙。だが、どこを探しても回転カッターは見当たらない。そして、消えた回転カッターは思わぬ場所に出現する。

「はっ!?」

 気がつけば、にとりの目の前には巨大人形の射出した回転カッターの姿があった。今からでは回避することも防御することもできない。

 最早、これまでなのか。にとりは恐怖のあまり目を閉じてしまう。そして、すぐ目の前まで迫っている死を覚悟する。

 ところが、回転カッターが自分を襲う気配がない。否、回転カッターの気配そのものがいつの間にか消えていた。恐る恐る閉じていた瞼を開いてみることにするにとり。

 すると、にとりの目の前には空間の裂け目のようなものが生じていた。そして、空間の裂け目には無数の目玉のようなものが見えた。恐らく、先程の回転カッターはこの空間の裂け目の中に飲み込まれてしまったのだろう。

「大丈夫かしら?」

 そんな言葉と共に何者かがにとりの前に姿を現す。それはこの幻想郷の管理者であり、妖怪の賢者とも呼ばれる八雲紫であった。紫は幻想郷の少女達と巨大人形の戦闘を知り、急いでこの場に駆けつけたのだ。

「(オ前ハ……?)」

 そんな言葉と共に両目を点滅させている巨大人形。突然、空間の裂け目から現れた謎の女性。巨大人形はこの女性が只者ではないことに気がついていた。

「私は八雲紫、この幻想郷の管理者を務めるスキマ妖怪ですわ」

 余裕を持った態度で巨大人形に自己紹介をする紫。あまりにも余裕に溢れた紫の態度、それは紫を知る者は勿論のこと、初めて対面した者にも胡散臭さを感じさせた。

 だが、相手に胡散臭さを感じさせること、これこそが紫の最大の狙いであった。幻想郷の管理者として、人妖が共存する楽園を守る者として、そう簡単に自身の思考を相手に読まれる訳にはいかなかったのだ。

「俺ニ何ノ用ダ……」

「ようこそ幻想郷へ……形式番号・RTX-008R、パーソナルトルーパー・ヒュッケバイン」

「言っておくけれど、このヒュッケバインは外の世界のものではないわ。私達が住んでいる次元とは異なる次元、その次元において開発されたパーソナルトルーパーと呼ばれる機動兵器なのよ」

 魔理沙の問いにすらすらと回答してみせる紫。紫の回答にその場にいる誰もが言葉を失ってしまう。だが、同時に幻想郷の少女達は納得もできた。この巨大人形が機動兵器だと仮定すれば、高い機動力、強力な武装群、重力を操作する特殊なシステムの搭載、全ての謎に説明がつくからだ。

「でも、何であんな凄い兵器が幻想郷に落ちてきたんだ?不思議で仕方がないぜ」

 パチュリー、アリス、にとりを代表して紫に疑問を投げかける魔理沙。実際に戦ってみて実感したことだが、こんなにも高性能な機動兵器が何故、幻想郷に迷い込んできたのか。

「それはね。あの子の次元であの子そのものが消滅してしまったからよ」

 魔理沙の疑問にそう答えた後、詳しい事情を説明する紫。地球外技術を用いて開発されたブラックホールエンジンを始めとして、様々な地球外の技術を活用して完成した機動兵器ヒュッケバイン。ところが、ヒュッケバインは起動実験の際、ブラックホールエンジンの暴走により、元の世界から消失する結果となってしまった。

 ブラックホールエンジンの暴走した結果、消失したはずのRTX-008R・ヒュッケバインは博麗大結界を破ってこの幻想郷に出現したのだ。

「ちなみにあのヒュッケバインが意志を持っている理由だけど、ヒュッケバインは実験に関わった人達を巻き込んで消失したわ。多くの残留思念が1つになって、ヒュッケバインの機体に宿ったのでしょう」

 ただの兵器に過ぎないヒュッケバインが自我を持った理由について推察する紫。残留思念の集合体がヒュッケバインの機体に宿ることにより、一種の付喪神に近い存在と化してしまったのだろう。

「(言イタイコトハソレダケカ?)」

 そう言った後、ヒュッケバインは自身の足元に転がっている筒状の物を拾い上げた上、自身の下半身と接続させる。

 そして、自身の身体に内蔵されたブラックホールエンジンのエネルギーを筒状の物に送り込むヒュッケバイン。同時にヒュッケバインと接続された筒状の物の先端からは黒い球体のようなものが生成される。

「いけない……」

 ヒュッケバインの行動に表情を強張らせる紫。紫自身はいつもの平静を振舞っているようだが、ヒュッケバインの攻撃に対する危機感が見てとれた。

「一体何が起ころうとしてるんだ?」

「ヒュッケバインにはブラックホールのエネルギーを応用したエンジンが搭載されていると言ってたわ。恐らく、今からヒュッケバインがしようとしている攻撃はブラックホールの力を転用した攻撃よ」

 魔理沙の疑問に対して今度はパチュリーが答える。相手の正体がブラックホールエンジンを搭載した兵器であれば、そのエンジンのエネルギーを活用した攻撃をしてくることは容易に予測できることだ。そして、ブラックホールの持つエネルギーは計り知れなかった。

 恐らく、ヒュッケバインの攻撃は幻想郷に多大なる被害を与えることになるだろう。そうなる前に何とかしてヒュッケバインの攻撃を無効化させなければならなかった。

「くそ!」

「やめなさい。そんなことをしても焼け石に水よ」

 そう言って八卦炉を構えようとしている魔理沙を制止するパチュリー。確かに魔理沙のマスタースパークは幻想郷の中でも指折りの破壊力を持っているが、ヒュッケバインのブラックホールキャノンを相殺することは到底困難であろう。

「くそ!ここまできて……どうにかできないのかよ!」

 そんな言葉と共に嘆く魔理沙。そして、パチュリー、アリス、にとりも同じ気持であった。

「私を呼んだかい?」

 不意にそんな声が聞こえた。その声は年若い少女の声のようであり、成熟した女性の声のようでもあった。

 そして、いつの間にか魔理沙、パチュリー、アリス、にとりの前には1人の女性が現れていた。

 突然、魔理沙達の前に現れた女性。青い衣装とマントを着用している上、黄色い太陽が描かれた帽子を被っており、翡翠にも似た緑色の長い髪が印象的である。

 そして何よりも、下半身は透けていて尖っており、この女性が人間ではないことは誰の目から見ても明らかであった。

「し、師匠……!」

「おや、魔理沙、久ぶりだねぇ」

 驚く魔理沙に対してにこやかな表情を浮かべている女性。この女性は魅魔と呼ばれている悪霊であり、かつては幻想郷で異変を起こしたものの、博麗の巫女に退治され、今では自由気ままな生活を送っている。

 そして、魅魔は魔理沙の魔法の師匠でもあった。その昔、家から勘当されて魔法の森を彷徨っていた魔理沙。そんな中、魅魔と出会い、魔法の師匠として師事するようになったのだ。但し、自立を促すためか、魅魔は魔理沙に最低限のことを教えると、そのままどこかに姿を消してしまったのだ。

「師匠、どうしてここに?」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ。今はあの攻撃を何とかしないとねぇ」

 狼狽する魔理沙をそのように諭す魅魔。既にヒュッケバインはエネルギーがチャージを完了しており、いつでも攻撃ができる態勢を整えていた。

「マキシマムシュート!」

 自身と接続した筒状の物から何かを発射するヒュッケバイン。ヒュッケバインに接続された筒状の物から発射されたもの、それは漆黒色の球体で小型ブラックホールと呼ぶに相応しいものであった。なお、この攻撃は元の世界においては、ブラックホールキャノンと呼称されている武装であった。

「ふふん」

 ヒュッケバインのブラックホールキャノンを目前にして、不敵な笑みを浮かべている魅魔。やがて、魅魔の背中には黒い禍々しい翼が展開されたかと思うと、その背後には莫大な量の熱と光が集まっていく。その量は魔理沙のマスタースパークやパチュリーのロイヤルフレアとは比較にならなかった。

「これが現世を統べる力……終焉……黄昏の閃光!!」

 そう宣言した魅魔は指を鳴らす。次の瞬間、魅魔の背中に集まっていた光と熱は膨大な光の奔流と化して、ヒュッケバインのブラックホールキャノンに向かっていく。この技はトワイライトスパークと呼ばれており、魅魔の奥義にして魔理沙のマスタースパークの原型ともなった技である。

 激突する魅魔のトワイライトスパーク、ヒュッケバインのブラックホールキャノン。トワイライトスパークの光はブラックホールキャノンの進行を押し留め、ブラックホールキャノンの闇は行く手を遮る光を確実に飲み込んでいく。まさに両者の攻撃は拮抗していると言っても過言ではない状況であった。

 やがて、トワイライトスパークの光は全て飲み込まれ、同時にブラックホールキャノンもまた跡形もなく消滅する。魅魔とヒュッケバインの最大攻撃の打ち合いは相打ちという形で終わりを告げた。

「バ、馬鹿ナ……」

 奥の手であるブラックホールキャノンを魅魔に相殺されて愕然とするヒュッケバイン。同時にヒュッケバインは戦意を喪失していった。

「もう十分に暴れただろ?そろそろ、話を聞いてやっても良いじゃないのかい?」

 そう言った後、魔理沙、パチュリー、アリス、紫のいる方に視線を向ける魅魔。同じようにヒュッケバインもまた、魔理沙、パチュリー、アリス、紫のいる方に視線を向ける。お互いに矛を収めて対話の時間が始まったのだ。

 幻想郷の面々とヒュッケバインの間に続いている気まずい沈黙。そうした中、幻想郷の少女達の1人が口を開いた。

「なあ、あんた。あんたはこの幻想郷を破壊する気なのか?」

 そう言って話を切り出したのは魔理沙の方だった。幻想郷に対して悪意を持っているのか、それとも持っていないのか、それだけを確かめたかったのだ。

「イヤ、ソンナツモリハナイ」

 両目を点滅させながら魔理沙の質問に答えるヒュッケバイン。幻想郷を破壊する意志など元からない。できることであれば、元の世界に戻りたいぐらいである。

 しかし、自分が元の世界で消滅してしまった存在である以上、元の世界に戻ることは不可能であろう。言い換えれば、今のヒュッケバインは生まれながらにしての迷い子であった。

「それでは、この幻想郷に留まってはどう?」

 そんな言葉と共に話を切り出したのは紫であった。当然、ヒュッケバインの意識は紫の方に向けられる。

「幻想郷は全てを受け入れるわ。貴方のような機動兵器であってもね」

 淡々とした口調で告げる紫。紫は人間の勝手な都合で生み出され、暴走による消滅という末路を辿ったヒュッケバインに憐みを抱いていた。そして、生まれながらにして帰る場所のない今のヒュッケバインの境遇に深く同情していた。

「それじゃあ、あんたも幻想郷の住人だな」

「よろしく」

「これから、よろしくお願するわ」

「よろしくね」

 満面の笑みを浮かべる魔理沙とにとり、恥ずかしそうな表情をしているパチュリーとアリス。先程まで生命の奪い合いの戦闘をしていたのが嘘のような光景であった。そんな少女達の姿がヒュッケバインの頑なになっていた心を和らげていく。

「有リ難ウ……」

 不意にヒュッケバインから感謝の言葉が出る。同時にヒュッケバインは元の世界に戻ることを諦め、幻想郷の一員として生きていくことを決意する。

「ダガ、コノ身体デハ……」

 ある事実に気がつくヒュッケバイン。元々、人が搭乗する機動兵器として開発されたため、そのサイズは幻想郷に存在する並みの建物よりも大きい。そんな自分が幻想郷で生活することなど不可能に思えたからだ。

「あら?自分の大きさが心配?それなら何とかなるわよ」

 そんな言葉と共にヒュッケバインの不安を払拭する紫。キョトンとしているヒュッケバインを尻目に紫はにとりの方に目を遣る。

「そこの河童に幻想郷で生活するための代替ボディを製作してもらうのよ。後は私の境界を操る能力で貴方の魂を移せば問題ないわ。にとり、代替ボディの製作はできるわね?」

「勿論!」

 紫の呼びかけに満面の笑みを浮かべて返事をするにとり。にとりにしてみれば、幻想郷随一の技術屋として腕の見せ所であった。

「スマナイ……」

「但し、幻想郷への移住、代替ボディの用意に当たって条件があるわ」

「条件……?」

「代替ボディへの交換後、貴方の本当の身体はこちらで管理・封印させて貰うわ。」

 ヒュッケバインに条件を提示する紫。様々な科学技術が用いられたヒュッケバインの本来の身体、さらに地球外技術が投入されたブラックホールエンジン、これらは幻想郷にとって過ぎた代物であった。幻想郷の管理者として、これらを厳重に管理する必要がある。

「分カッタ……」

 紫の要求に素直に応じるヒュッケバイン。幻想郷で生活できる身体を供与して貰える以上、ヒュッケバインにとって断る理由がなかった。それにそもそも、ヒュッケバインにとっても、暴走の原因となったブラックホールエンジンは忌まわしい存在であった。

「それじゃ、決まりだな!」

 そう言って話を締め括ろうとする魔理沙。別次元で開発された機動兵器が幻想郷に転移することによって起こった異変。この異変は双方の和解という形で幕を閉じるのであった。

 

 幻想郷の少女達とヒュッケバインが和解した頃の博麗神社の縁側。そこでは博麗大結界の修復を終えた霊夢が藍と一緒に緑茶を飲んでいた。

 そうした時であった。霊夢達の目の前の空間が裂けて、その中から異変を解決した紫が現れる。

「どうかしら?そちらの方は?」

「ええ、結界の修復は無事に終わったわ」

 紫の問いに対して淡白に結界の修復が完了したことを報告する霊夢。同時に霊夢は紫達が無事に異変を解決したことを感じ取っていた。

「今回の異変は幻想郷の存続に関わるものだったわ。今回は何とか解決できたけれど……」

「……何が言いたいの?」

「次もまた同じように異変が解決できるとは限らないということ。くれぐれも自身を腐らせないようにね」

 それだけ言い残した後、紫は無数の目玉のある空間の裂け目に入っていく。式神の藍が帰れるようにしてあるためか、紫が去った後も空間の裂け目は存続している状態である。

「……一体どういうことよ?」

「きっと紫様は貴方に期待しているんだと思います」

 怪訝そうな表情をしている霊夢に対し、くすりと笑うと主が残した空間の裂け目に入る藍。博麗神社の縁側には霊夢だけが残される形となる。

「(くれぐれも自身を腐らせないようにね)」

 残された霊夢には紫の残した言葉が引っかかっていた。それと同時に今後も何か大きな事態が幻想郷で起きる。霊夢は漠然とではあるが、そのような予感がしていた。

 

 幻想郷にある妖怪の山。妖怪の山にある滝の付近に河城にとりの工房は建っていた。そんなにとりの工房の野外には、ヒュッケバイン、魔理沙、パチュリー、アリス、にとり、紫の姿があった。これから、ヒュッケバインの意識を本来の身体から代替の身体に移行することになっていた。

 なお、魅魔についてであるが、この異変が終わった後、忽然と姿を消してしまっていた。自由気ままな魅魔らしいと言えば魅魔らしいと言えた。

 今、ヒュッケバインはこれから自分の身体となる代替ボディと向き合っていた。新しくにとりが製作した代替ボディ、大きさが成人男性と同じ程度になっていることを除けば、外見的には本来の身体と全く同じであった。

 但し、最近の技術がふんだんに投入されている本来の身体に対し、にとりが用意した代替の身体は河童の技術で製作した代物である。従って、外見は同じであっても性能面では本来の身体に及ばない面もあった。

「それじゃ、始めるわよ」

「アア」

 紫からの合図を聞いた後、そのように返事をするヒュッケバイン。今までの身体を捨てることになるためか、ヒュッケバインの声には喜びと寂しさが入り交じっていた。

すると次の瞬間、ヒュッケバインの身体からは水色の光の玉のようなものが出現する。これが現在のヒュッケバインの本体なのだろう。

 本来の機体から離れた後、ヒュッケバインの本体はゆらゆらとした動きで代替の機体に漂着した上、時間の経過と共に徐々に一体化していく。そして、ヒュッケバインの本体は完全に代替のボディに定着した。

「どうかしら?新しい身体の心地は?」

「悪くない」

 紫の問いに新しい身体を軽く動かしながら答えるヒュッケバイン。確かに反応速度や追随性は本来の身体に劣るものの、全体的な性能は申し分なかった。幻想郷で生活するには十分だろう。

「新しい身体を気に入ってくれて何よりだよ」

「ああ、ありがとう」

喜んでいるにとりにお礼を言うヒュッケバイン。にとりに製作して貰った代替ボディ。これから、にとりとは長い付き合いになることだろう。

「へへ、よろしくな」

「こちらこそ」

 そんな言葉と共に握手を交わす魔理沙とヒュッケバイン。人間の魔理沙と元が機動兵器であったヒュッケバイン、そんな2人は種族の壁を越えて既に友情を育み始めていた。

「私の図書館に来たら歓迎するわよ」

「また今度、訪問させて貰おう」

 パチュリーがいる図書館に訪問することを約束するヒュッケバイン。幻想郷に訪れて間もないヒュッケバインからすれば、色々なことが教えて貰えるので有り難いことであった。

「ねえ、もし良かったら私の家に遊びに来てくれる?」

「分かった……必ず行く」

 パチュリーと同様、アリスに遊びに行くことを約束するヒュッケバイン。人形遣いを目指しているアリスにとって、ヒュッケバインの存在は色々と学べることができそうだと考えていた。

「ようこそ、幻想郷へ……私達は貴方のことを心から歓迎します」

「こちらこそ、幻想郷の住人として、今後ともよろしくお願いします」

 格式張った挨拶を交わした後、お互いに笑みを浮かべている紫とヒュッケバイン。改めて紫はヒュッケバインを幻想郷の一員として受け入れたのであった。

 ブラックホールエンジンの暴走で消滅し、公式の記録から抹消されたRTX-008R・ヒュッケバイン。だが、幻想の記録によれば、ヒュッケバインは次元を超えて幻想の楽園に出現し、自らの意思を獲得した上で幻想の楽園の一員として生きていくことになったと言う。

 

                                          了




皆様、お世話になります。疾風のナイトです。
この度はヒュッケバインの幻想入りを読んでいただき、本当にありがとうございます。
ヒュッケバインはお気に入りのキャラでして、設定的にも、メタ的にも、幻想入りしてもおかしくないと思い、今回の話を創作するに至りました。
以前、この作品は別サイトでも投稿したことがあるのですが、ハーメルンの皆様にも読んでいただきたいと思い、投稿に踏み切ることにしました。
今後も別サイトで投稿した作品を投稿することがあると思いますが、その時はどうぞよろしくお願いします。
今後とも頑張っていきたいと思います!


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