We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life. 作:Towelie
ちりんちりん。
可憐な鈴の音と足音が夜のアスファルトで切ないハーモニーを奏でていた。
彼女は一人で行ってしまった。
暗がりの中、何かに急き立てられるように。
もしかしたら一度ぐらいはこちらを振り返ったのかもしれない。
様子を窺うように瞳だけを子細に傾けて。
けれども夜のカーテンに覆われた中ではそれを確認するだけの術はなかった。
(後を追えば良いだけなのに、なんでわたしは……)
ただ、呆然と見送っているんだろう。
自分でもわけが分からず、自問自答を繰り返す。
──何で? どうして、と。
それこそ意味がない、答えなど当に出ていた。
足が動かない。
それだけのこと。
そんな
あの時と同じように。
けれどあの時とはさすがに事情がちょっと異なっていた。
あの、全てが終わった後のことは……。
──青い空。
初夏の太陽がじりじりと肌を焼いて、白い雲が山脈のように生い茂っていた。
何もかもが夢のように眩しくて、全てが完璧だったあの夏の日。
悪夢から覚めた日。
その最後の日のこと。
わたしは彼女の手を引いてあげたかった。
立ちすくむ彼女の手を握って促してあげたかった。
長く続く線路のその先へと。
でも。
それができないでいた。
だって、体が動かなかったのだから仕様がなかった。
正確には。
その身体そのものがなかった。
──だからすぐ傍に居るのに気付いてもらえなかったんだと。
それが分かった。
彼女はわたしのすぐ隣で空ばかり見上げていた、こんなに近くにいるのに。
すぐ傍にいたのに。
青い空にも白い雲の向こうにもわたしはいない。
あなたのすぐ傍にいるのに。
わたしは彼女を安心させようと声を掛ける。
「……」
けれども言葉は形を作ってくれない。
だったら、怯えたように震えている彼女を元気づけようと、そっと肩に手をのせた。
気持ちではそうだったのだが、”手”だけじゃなく、”腕”そのものがなかった。
わたしはどうやら完全に輪郭を失っていた。
そうとしか言いようがなかった。
立っているのかどうかすらも自分で分からない。
傍から見るとふわふわと漂っているだけかもしれない。
でも隣にいる彼女が認識出来てないと言うことは、客観視できるものは居ないと言うことになる。
何故ならわたしは彼女を認識できるから。
彼女が涙を流しているのが分かるから。
だが、それを見てもわたしの心は何故か揺らがなかった。
心が冷たくなってしまったんだろうか、そんな暢気な考えを巡らせていると、不意に視界に何かが割り込んできた。
(紙ヒコーキ……?)
スローモーションのようなゆったりとした動きで滑空してくるそれを目で追った。
しかもどうやらそれはわたしの身体を貫通して下りてくるようだった(体そのものはなかったけど、そんな感じに見えた)
それがぽとりと枕木の下に落ちた時、わたしはにわかに色づくことが出来た。
この奇妙で不条理な状況を打開する何らかの
彼女はそれを掴もうと足を一歩踏み出した。
わたしも一歩前に出る。
わたしと彼女は互いに手を伸ばした。
風車の上で二人で投げた紙飛行機に。
ノートの切れ端で折った紙飛行機に。
わたしの手は消えてしまったが、気持ちで、想いでそれを拾い上げることがなぜか出来ると思ったから。
……根拠は当然ないけど。
細い指がそれを掴んだ。
もちろんわたしじゃない。
彼女がそれを拾い上げていた。
わたしの必死な想いは無機物には届かなかった。
それは彼女にも届かなかったのだけれど。
彼女は折れない様に注意深くしながら、それを胸元で抱きしめると、思い詰めた空気を吐き出すように空を見上げていた。
わたしは直ぐに中身を確認したかったから、その様子をヤキモキしながら見ていた。
中に何か書いているか知りたかったから。
もしかしたらヒントのようなものがあるかもしれない。
藁にも縋る思いだった。
彼女はしばらくそうしていたが、はぁと息を吐くと、意を決したように紙飛行機の中を開く。
わたしも彼女の肩越しにそれを覗き見た。
ちょっと罪悪感もあったが背に腹は代えられない。
だが、そんな軽々しい思いなど簡単に吹き飛んでしまった。
まっしろ。
まっしろだった。
紙飛行機は紙飛行機のままで、まっしろなノートの切れ端で折られたものだったから。
だから当然なんだけど真っ白だった。
彼女も納得いかないようで、何度もそれを見返していた。
縦にしたり横にしたり、裏返してみたりしていた。
だが──何も記されていない。
書きやすいように罫線が引いてあるだけの大学ノートの切れ端。
その白い紙に滴が落ちる。
この時期にありがちなにわか雨ではなく。
彼女の、蛍ちゃんの。
絶望からの涙、そうだと思った。
彼女はそれを止めることなく、紙に小さな染みを作っていく。
その為に涙を零しているかのように。
けれどもわたしにはどうすることも出来ない。
彼女を慰めることも、一緒になって泣いてあげることも出来なかった。
わたしは何一つできなかった。
出来ることはただ──傍にいるだけ。
それだけ。
あの時のサトくんがしてくれたこと。
抱き合って泣いているわたし達に、ただ黙って見守ってくれていたこと。
ただ見守る優しさ。
彼の、お兄ちゃんの優しさが。
失って分かること。
それはあまりにも多すぎて。
わたしがこんな姿になってから今頃後悔しているとき、彼女は人目も憚らず泣き続けていた。
だが実際、誰も通りがかるものはいなかったし、幸いにして列車も来なかった。
それは良かったことだと思う。
(ローカル線のダイヤなんてこんなものだね。早く乗りたいときほどなかなか来なくて、どうでもいい時ほどすぐ来てるんだよね)
まあ、今は体がないから電車には乗れないと思うんだけど。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか、彼女は感情の波が収まったのか、自分の身体をかき抱いていた手を解くと、緩慢な動きで立ち上がった。
膝についた泥を払おうともせず、焦点の合わない瞳を赤くしたままで。
涙の痕がとても痛々しかった。
少し虚ろな感じで彼女はよたよたと歩き出した、手にはあの紙飛行機を携えて。
きっと彼女は分かっていた、あんなものに最初から意味なんてないことを。
それでも縋ってみたかった、持っていきたかったんだと思う。
わたしも同じ思いだったから。
鼻をすすりながら拳で何度も目を擦ると、彼女はこちらを振り返った。
まるで
その顔は泣き笑いのような、曖昧な表情で。
それでも涙を堪えるように目を見開き、唇を噛んで、しっかりとこちらを見据えている。
彼女は分かっているだけじゃない。
ここにわたしがいることが分かっていながらどうすることも出来ない自分が悔しいのだと、それがやっと分かった。
彼女の頬からまた涙がこぼれていた。
とめどなく流れでる涙をもう拭おうともせず、じっとこちらを見ている。
わたしは、自分がしたことを理解し、そして……後悔した。
彼女は諦めたように小さく手を振ると、それでも名残惜しいのか後ろ向きのまま一歩ずつ歩き出した。
駅舎の待つその先へと。
後ろ向きのままで。
今にも崩れ出しそうな微笑みを作ったまま声も出さずに泣いている。
わたしも一緒に泣きたかった。
でも、もうそんなこともさえ出来ない。
ただ、窓の外から眺めることだけしかできないのだ。
そして彼女は翻った。
青空の下、きらきらと光の陰影を纏いながら。
そして──その先へと駆け出して行った。
腕を振って、なにもかも断ち切るような力強さで。
その顔は二度とこちらを振り返らなかった。
青い、青い空。
空は高く、雲がそびえていた。
その先へと。
完璧な世界の先へと。
彼女は走っていく。
息を大きく弾ませて。
誰よりも遠くへ。
ただその走り方はあまりにもぎこちなく、今にもよろけてしまいそうなほど脆くみえた。
無理矢理足を動かしているのが分かる、
彼女の苦しさ、辛さが見て取れた。
周りの景色はバケツをひっくり返したように水浸しになっていて、枕木も砂利もその隙間に水溜まりを作っている。
そんなところで単純に走り出せばすぐに靴は泥まみれになり、跳ねた水萍は黒いストッキングを無情に濡らすだけなのに。
(だからレールの上を歩くように教えたのにな……)
結局、わたしが彼女にしてあげられたことはそれぐらいだった。
彼女からは色々気付かせてもらったり助けてもらったりしてくれたのに、わたしができたことはそれだけだった。
でも、それすらもやってくれなかったので、結局何も成しえてはなかった。
けれどもその事で罪悪感を覚えることも、後悔することはきっともうない。
もう終わってしまったこと、だった。
彼女は何かを求めて駆け出した。
わたし一人を置き去りにして。
だから……
ただ、あの時と違ってわたしは輪郭を保っていて、凍てついた空気の中で白い息を何度も吐きだしている。
でも。
(耳鳴りが、止まない……)
髪を流して片手を耳に当てた。
ちゃんと手が動くことに滑稽ながらも安堵する。
ついちょっと前まで何の問題もなく動かしていたはずなのに。
けれどももう片方の手には空しく、冷たくなったスマホが意味もなく握られている。
思わず手放してしまいたいほどに凝り固まっている無機質の塊は。
今のわたしを象徴しているかのように酷く空しく、そして冷たかった。
わたしが握っていたかったのは。
彼女の柔らかい温もり、その思い。
そして、彼女自身だった。
「ごめんくださいー」
燐は雑木林と崖に囲まれた大きな家の門まで来ていた。
凍り付いた通用口の横にあるインターホンを3回ほど鳴らした。
もちろん3回とも有効な返事は返ってこない。
凍っているのは門扉だけでなく、家全体にも及んでいるかのように真っ暗で静まり返っていた。
それでも家に居ると思う。
携帯の呼びかけにも、送ったメッセージに既読も付いてないけどそれは何故か確信できた。
勝手な思い込みかもしれないけど。
そこまで酷い別れ方をしていない、と思っている。
それもやはり勝手な思い込みだろうか?
部活の仲間なんて、それこそ絶交する勢いで喧嘩をしておきながら、次の日には何食わぬ顔で挨拶するような、良く言えば大らかな連中だった。
(まあ、蛍ちゃんは”そういう”のとは違うと思ってるけどね)
だからこそ今日中に仲直りしておきたい、燐はそう決めてここへ来た。
真夜中の友達のとこに、蛍の家に。
最悪、柵を飛び越えて中に入ることも出来るが、そこまではしたくない。
燐はもう再度、いや四度インターホンに手を伸ばす……その前に通用口の門を試しに押してみた。
ぎいいぃぃぃ。
錆びついた音が寝静まった夜の住宅地にいななきのように響き渡る。
労せずしてあっけなく門が開いた。
「ちゃんと”戸締りをしたほうが良いよ”って、毎回のように言っているのにぃ」
燐は、ため息の混ざった長い息を吐いた。
ハウスキーパーの人が来なくなってから、蛍の言えは以前にも増してくたびれてきた気がする。
悪く言えば荒れてきた、そんな退廃的な感じが似合うようになっていた。
手入れする人がいないわけだから当然といえば当然なのだけれど。
でも、冬になれば草むしりする必要がなくなると本人は無邪気に喜んでいたが、枯れ葉や枯れ枝を放置するのは何か違う。
そんなことを蛍に言っていたら。
「じゃあ、一緒にやらない?」
なぜか家政婦の代わりを燐が務めることになってしまった。
(別に蛍ちゃんちを掃除するのはそこまで嫌じゃないけど、さ……)
物覚えは良いしなんでもテキパキこなせて、細かい所にも気を配れる……そういう意味で燐は、打って付けではあった。
でもそのせいで蛍がだらしなくなってるとしたら……。
今だってこうして戸締りせずにいるわけだし。
燐は、色々やってあげるのも考え物だなと、合点が言ったように一人で頷いていた。
「もしもーし、蛍ちゃーん、家にいるんでしょ?」
暗い中庭を通って、母屋の玄関越しに呼びかける。
ここにもインターホンが付いているが、燐は先に戸口で呼びかけることにした。
1分ほど待ってみてもやはり応答がなかったので、脇にあるインターホンを鳴らす。
ピンポーン。
ちゃんとチャイムの音は鳴るが、蛍が出てくる気配はない。
まだ、怒っているのだろうか。
「はあ……」
燐はがっくりとした白い息を吐く。
それに追い打ちを掛けるように冷たい風が何度も通り過ぎて、その度に燐は身震いした。
それでもすぐには帰ろうとは思わなかった燐は、もう一度呼び鈴を鳴らすべく、身体を玄関に近づけた。
小さな軒先だが、それでもそのまま外に身を晒しているよりかはマシだったから。
だが、近づきすぎたせいでチャイムが押し辛かったので、燐はバランスを取るために無意識で玄関扉の出っ張りに手を掛けていた。
すると。
がらがらと、大きな音がして玄関扉が横に開いてしまった。
(なんで!? 開いちゃったよぉ!)
予想だにしない出来事に、パニックになった燐は脱兎のごとくその場から逃げ出して、暗い木の影に身を隠しながら、きょろきょろと周囲に目を配っていた。
(な、なに? なんで玄関も鍵が掛かってないの? まさかの泥棒がいる、とか?)
燐はしばらく玄関先の様子を窺っていたが、人影も物音も明かりさえも付かなかった。
そのことは異常であるにもかかわらず、燐は枯れ木にもたれながら息を零す。
それは安堵の為のものか、それとも。
どちらにしても一息つくことで、燐は少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
泥棒の線はないと思う。
これといった根拠はやはりないが、わざわざこんな田舎町まで来て窃盗を働く輩はそうそういないとは思っている。
狭い地域だからそういった噂は直ぐに広まるし、それに。
(蛍ちゃん家は広すぎて、何の知識もなしに入ったら出られそうにないもんね)
燐だってあの時初めて奥の方まで入ったけど、それでも家の全体までは把握しきれてない。
庭の掃除を手伝うだけでも一苦労なのに、家の中も全てやることになったら……。
(蛍ちゃんが手放したくなる気持ち分かるなあ……広すぎるんだよねこの家)
蛍に対する同情の念を燐は胸中でそっと呟くと、そろそろと玄関の方に引き返した。
開け広げられたままの玄関は、外と寸分変わらない色をもって沈み込んでいた。
真っ暗い玄関の先には真っ暗い廊下が続いている。
二階へ続く階段も何もかも、黒という世界の波に飲まれたように色づいて、淀んでいた。
あの時のように電気が付かない、ということではないだろう。
燐は蛍がしていたように、玄関の照明のスイッチを入れる。
カチッ。
小さな音がして、黒だまりだった玄関に柔らかい色の照明がぱっと降り注ぐ。
それは緊張して強張った燐の表情をを少し和らげた。
廊下の先はそれでも暗いままだが、少しだけ状況が分かってきた。
玄関には靴が一足だけあり、それは蛍の履いていたトレッキングシューズで間違いなかった。
相変わらずヒモ靴が苦手なようで、苦心してヒモを解いたのが丸まった靴紐の弛み加減で見て取れた。
燐はそれが微笑ましくて、本人のいないところでくすりと笑った。
(さてさて、どうしようかな)
いざ入ったものの、そこからが問題だった。
直近で浮かぶ言葉はあるけれど、それを言いに来たわけじゃない。
確かに心配ではあるけれども。
ちょっと不器用で不用心な友達はやはり自室だろうか?
とりあえず燐はもう一度玄関前の呼び鈴を鳴らしてみる。
ピンポーン、ピンポーン。
ちょっとうるさいぐらいに聞こえる音に、燐は自分で鳴らしておいて胸をドキドキとさせていた。
「………」
高鳴る気持ちを抑えながら待っていた。
「……」
それでもこの静寂を破る者もなにもない。
広い家のどこかの部屋にあるのだろう、振り子時計の音がかちかちと遠くで鳴っていた。
「蛍ちゃ~ん……」
その音に薄ら寒さを覚えた燐が、トーンを抑えた声で暗がりの中に呼びかける。
家に居るのは間違いないのだが、勝手に踏み込んで確かめるだけの勇気はまだなかった。
(返事はないなぁ……もう寝ちゃったとかは、流石にないよね)
鍵もかけずに寝てしまったのならさすがに大問題だった。
いくら田舎の辺鄙な町だからって、年頃の少女が一人で住んで更にそこに鍵もかけないなんて。
(”そういう習慣”はさすがにないはずだよ、さすがに……)
燐はそれほどこの町のことに詳しくはないが、そういった前時代的な風習は小平口町にはないと思っている。
その代わり別の風習、儀式があることは知っていたから。
さすがにあれ以上の奇祭はないはず。
文献にも残されていない謎の儀式、幸運をもたらす為とは言え、代々して行われていた非道な儀式。
わたし達はそれを知り、探して、そして選択の果てに戻ってきた。
色々なものを失って、そして壊れてしまったけど。
それでもここに来ている。
足はしっかりと地についているし、手には……。
燐は家から持ってきた平たい段ボールを片手に苦笑いした。
このまま玄関先に”これ”を置いて帰ってもいいが、それだとなんのために来たのかわからない。
わたしは彼女と──蛍ちゃんと話をするために来たんだから。
ただ届けるだけなら、配達の人だって出来ることだしね。
「蛍ちゃんー、燐だよー。蛍ちゃんにお届け物があってきたんだけど、ちょっとだけ下りてきて欲しいなぁ」
燐は蛍が籠城してるであろう暗い階段の先にある、二階の自室に首を伸ばして呼びかけた。
ドアの隙間から零れる光もなく、二階からの返事もない。
(これは相当怒ってるね。蛍ちゃんとこんなこと滅多にないから難しいなあ)
燐としては早く仲直りしたかったので、ここはなりふり構わずに声をだした。
「本当ごめん! ちゃんと謝るからちょっとだけ降りてきてよぉー」
燐の必死の懇願も空しく、蛍からの返答はなかった。
(んもぅ! 蛍ちゃんの頑固者っ)
燐はぷんすかと頬を膨らますと、持ってきたものを猫をかたどった玄関マットの上に、とすっと置いた。
「蛍ちゃーん! プレゼントここに置いておくからねー。後で食べてねー」
自室でふさぎ込んでいるであろう、蛍に向かって最後通告とも言える声をかけた。
耳をそばだてるも返事はない、なしのつぶてだった。
燐は肩をすくめてため息をつくと、もう一度階下からそっと覗き込んでみた。
玄関の照明も、月明りさえも届かない暗い階段の先は、時が止まったように静かで、氷の棺のような感じを思わせるような冷たさがあった。
燐は複雑な顔でそれを見送ると、帰る前に玄関の灯りを落とそうかと迷っていた時のことだった。
「………?」
いつからそこに居たのだろう。
黒い廊下の先でそれは髪をだらんと前に垂らしていた。
白い服のようなもの着ているが、それは服というよりもタオルのような布を当てているだけ。
「あ……」
ぼんやりとした声は誰のものだったのだろうか。
ぽたぽたと水のようなものを床にこぼしながらそいつが近づいてくる。
右手には小さなランタンをぶら下げて。
それは素足のまま、ペタペタと張り付いた音を立てながら廊下の奥から光ある方へと現れようとしていた。
ゆらゆらとおぼつかない足取りで向かってくるそれを見た燐は。
「ひっ……!」
たじろいだ燐は。
「いやああああぁぁぁ!!!」
耳をつんざくような悲鳴を惜しげもなく披露していた。
寝静まった夜。
その声は家の玄関を突き抜けて、黒い空まで大きく鳴り響いた。
────
────
────
「んくっ、んくっ、ふあぁぁぁ……」
湯気の出る空色のマグカップを両手で持って、それをゆっくりと飲むことで燐はようやく落ち着くことが出来た。
「ごめんね燐。お待たせちゃって」
そのタイミングで、蛍が済まなさそうな顔でキッチンへと入ってきた。
ピンクのネコが可愛らしい、いつものパジャマに少し薄手のベージュのカーディガンを羽織って。
ドライヤーだけでは不十分なのか、まだ水気のある長い黒髪を一生懸命タオルで拭っていた。
髪を下すと床に届きそうなぐらい長かった蛍の髪は、腰骨程度までには短くなっていた。
これでも断腸の思いで散髪したようだったが、まだまだ長髪の部類ではあった。
「大丈夫だよ”蛍ちゃん”。わたしが勝手に押しかけちゃっただけだし」
喉を通り抜ける柔らかい暖かさにほっこりしながら、燐が苦笑して答える。
「燐、それなんなの? ホットミルク?」
蛍は今気付いたように燐が持っているマグカップを指さした。
「うん。レンジに専用のボタンがあるから簡単に作れるんだよ。あ、牛乳とか勝手に使っちゃってごめんね」
「ううん」
蛍は小さく首を振ると、燐の向かい側の椅子に斜めに座った。
毛先のダメージが気になるのか、手に取ってじっと見つめていた。
燐が両手で持っているマグカップは甘い香りを漂わせている。
蛍がキッチンに入ったとき香ってきたものの正体はこれだろう、そう思った。
「わたしもホットミルクは好きだよ。甘いし」
本日の髪質にいまいちな反応を見せると、蛍は半乾きのまま長い髪を手で持って二つにすると、一つずつ丁寧にゴムで止めた。
「はい、これ蛍ちゃんの分。さっき作ったばかりだから、まだ温かいと思うよ」
燐はピンク色のマグカップを蛍の前に置いた。
白い湯気を立てるカップは熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどの温度を保っていた。
蛍はマグカップを取ると、そっと両手で包み込んでそのかぐわしい香りを楽しんだ。
甘い香りを堪能しながら、ややおっかなびっくりに舌を近づける蛍。
舌先からくる熱さはさほどでもなかったので、そのまま口をすぼめて啜ってみる。
「………っ」
思ってたよりも熱くなかったけど、それよりも予想以上の甘さの方に驚いた。
「これちょっと変わっているよね。何か入れたの?」
「なんか、砂糖をひとさじ入れるだけで美味しくなって、ついでに膜が張らないんだって。ネットに書いてあったよ」
膜というのは牛乳を温める時に出来るたんぱく質の薄い膜のことで、鍋で温める時は鍋底からゆっくりとかき混ぜるといいらしいと、燐はネットの豆知識を自慢げに語った。
「へぇー、どうりで飲みやすいと思ったよ。わたしも今度やってみるよ」
「きな粉とかはちみつを入れても美味しいみたいだよ」
「ただ温めるだけじゃないんだね」
「うん。あとねココアにコーヒーを混ぜたものってカフェモカって言うんだけどね。それはね……」
弾むような調子の燐のマメ知識をバックに聴きながら蛍はもう一口ホットミルクを飲んでみる。
暖かみのある甘みと、可愛らしい燐の声。
それが一体となって蛍の五感を楽しませた。
それはなんだか小さい頃に戻ったような、そんなやさしい気持ちにさせた。
「そういえばさ、燐は寒くないの? そんな恰好して」
今の燐の格好は否応なしにも目についてしまう、蛍は燐の話が一区切りしたタイミングでおずおずとそれを尋ねた。
「うー、すっごく寒かったよ~。全身にカイロ貼りつけたいぐらいだったしぃ」
さっきまでは冗談が言えないぐらいの寒さだったことを表すように、燐は大げさに身体を揺さぶってみせる。
「ひょっとしてそれがお店で着るサンタの格好なの? ちょっと薄手っぽいね」
それは生地の厚さのことだけではなく、見た目的な意味合いも含まれていた。
なぜなら蛍が考えていたよりもずっと短かったからだった、主にスカートが。
(あんなに丈が短いの履くんだ……燐は似合ってるけどわたしには無理っぽいなあ)
「まぁね。お母さんが蛍ちゃんとこに行くなら折角だから着ていきなさいって。夜にこんな服でウロウロしてたら変なお店の人と勘違いされるのにねぇ」
燐の言葉のニュアンスには少し諦めが滲んでいるように聞こえた。
ちょっとしたやり取りがあったに違いない、そう蛍はにらんでいた。
「わざわざ何処かで買ってきたのかな。こーゆーのってあんまり売ってないよね」
蛍は感心するように燐の紅白のサンタの格好をまざまざと見つめる。
学校のある駅前の大型ディスカウントストアのものとはちょっと違う気がする。
もしかしたらハンドメイドなのかもしれない。
蛍にじっと見られてると思うと、それまでなかった羞恥心が急に込み上げてきて燐は顔を赤くして隠すように体を屈めた。
「あ、あんまり見ないで欲しいなー。これって着るの結構恥ずかしいんだよね。今更なんだけど」
「あ、ごめん燐。でもまぁ、そうだよね」
燐の照れた表情が可愛くて蛍はにこっと微笑んだ。
さらに蛍が笑っていることはそれだけではない、自身は気づいていないのか、ミルクで口の周りを白くさせた燐は、まさしくサンタのようであった。
(そんなところまでなりきらなくてもいいのに)
蛍は燐が気付いていないのがおかしくてくすくすと笑い続けた。
燐は何がそんなにおかしいのか首を傾げる。
でも蛍の笑みが純粋なものだったので胸中で安堵した。
(蛍ちゃん、機嫌直してくれたのかな?)
あんな風に別れてしまったから、燐は気をもんでいたのだが、楽しそうに笑う蛍にほっと胸をなでおろした。
でも、燐はもう一度謝罪の言葉を口にする。
蛍は良くとも燐はまだ納得できなかったから。
「蛍ちゃん、本当ごめんね。わたし、すっごく無神経だったよ。だから本当にごめんね」
両手を合わせて平謝りする燐を蛍は優しい表情で返す。
「燐。それはもう何度も聞いたよ。だからもう気にしなくていいよ」
「でも」
「ううん」
尚も食い下がる燐に、蛍は小さく首を振った。
柔らかい瞳の奥に、申し訳なさそうな顔の親友が写っていた。
「それに、燐だけが悪いわけじゃないよ。わたしだって我儘言っちゃったんだから」
「そんな、蛍ちゃんは悪くないよ。わたしが蛍ちゃんを放っておいて、ずっと電話してたのが悪いんだよ」
「わたしだって、燐の話もろくに聞かないで帰っちゃったんだから同罪だよ。だからお互いがちょっとすれ違っただけ。それでいいでしょ」
「でもさぁ……」
燐は明らかに自分の方に非があることを認めさせようと、ちょっと不満げな顔を向けた。
「ね。燐」
蛍は燐にそっと手を添える。
マグカップを弄んでいた燐の手に蛍の柔らかい手が乗せられて、燐ははっとなってこちらを真っ直ぐに見つめた。
「わたしね、多分嫉妬してたんだと思うの。だって燐がホッケー部の人と楽しそうに話しているのをみたらなんか急に寂しくなってきちゃって。ああ、やっぱりわたしは燐と釣り合わないんだなーって思ったらなんか一緒に居ちゃいけない思ったの。ごめんね燐」
わたしって思ってた以上に寂しがり屋だったみたい、と蛍は一言付け加えて顔を赤くした。
「蛍ちゃん……」
蛍が困ったような顔でこちらを上目づかいで見てくることに、燐は罪悪感と嬉しさを同時に覚えた。
無垢で純粋な友達にわだかまりを与えてしまったことへの罪悪感と、同じような思いで好きでもらえることの嬉しさで、燐の気持ちは複雑に揺れ動いた。
「蛍ちゃんは弱くないよ、わたしがいけなかったんだ。わたしにとって何よりも大事な友達なのに」
(燐……)
大事という言葉は何気ないものだったが、蛍にとってそれは何にも代えがたいものだった。
それは蛍も同じだったから。
大事なのは自分だけじゃない。
一番近くに居てくれて、ずっと見守ってくれている人も同じように大事にしたい。
それは壊れやすくてとても綺麗なもの。
それはきっと……目の前の人。
同じ気持ちだと思っているから。
だから素直に嬉しかった。
「だったら、おあいこでいいんじゃないかな」
「おあいこって……蛍ちゃんは、それでいいの? わたしの事許してくれるの?」
「許すもなにもないよ。燐とわたしの仲だって言ったでしょ」
蛍は燐の顔を真っ直ぐに見つめる。
燐も目を逸らさずにそれを受け止めた。
「じゃあ蛍ちゃん、わたしと仲直り……して、くれますか?」
「それはわたしのセリフだよ燐。ワガママなわたしだけど良かったら仲直りしてほしいな……」
「ワガママなんて一度も思ったことないよ。蛍ちゃんはいつだって真っすぐで純粋だし。わたしのほうがずっとワガママだよ」
「わたしの方が燐の事、ずっと純粋で一途だと思ってたんだけどな」
二人はこのことで何故か一歩も譲らなかった。
「なんか、お互いに気を使っちゃってなかなか上手くいかないね」
困った顔で笑みを作る蛍。
「うん。わたしもそう思ってた」
燐も同じように苦笑した。
「じゃあどうする?」
「そうだね……」
顔を見合わせる燐と蛍。
二人の答えは決まっていた。
「じゃあ、はい」
「うん」
どちらともなく差し出された手をしっかりと繋ぐ。
蛍と燐、二人の両手には、惑いも衒いもなかったから。
だから二人とも自然な笑顔になった。
「なんか、いつもこういうことやってるねわたし達。癖になってるとか?」
キッチンに置いてあるファンヒーターのせいなのか、ピンク色の頬で燐が照れた笑いを見せる。
「うん。でも、握手って仲直りの定番な気がするし。それに、燐と手を繋ぐのって嫌いじゃないから」
蛍も上気した顔で、はにかんだ笑みを燐に返した。
「あ、わたしも。なんか手を繋ぐと安心するっていうか、でもそれって蛍ちゃんとの時だけかも」
「わたしは燐ぐらいしか繋ぐ相手、いないから分からないけど」
「もー、蛍ちゃん、わたしはそういう意味で言ったんじゃないってばー」
からかうような燐の口調に蛍は安心したように微笑む。
何かあっても分かってくれる友がいることが嬉しかったから。
「ごめん、分かってるよ燐の事なら。全部」
意味ありげな言葉を紡ぐ蛍に、燐は一瞬だけ呆気に取られた。
「え。あ、そうだね……えっと、わたし達にはこれで十分だよね。これ以上はなんかまだ早い気もするし」
「早いって?」
意味が分からないように首を傾げる蛍を見て燐は、ちょっとだけ目を丸くするも、直ぐに疑いの眼差しで見つめた。
「蛍ちゃん……意味わかって言ってるよね……」
「そんなことないけど」
「どーだか」
しれっと呟く蛍と、少し呆れ顔の燐。
しばらく見つめ合った二人は、どちらともなく吹き出していた。
暗く冷たい家の中で、二人のいるこの一室だけが、温かな情景を作り出していた。
………
………
………
「そういえばさ、蛍ちゃんって、お風呂入ってたんだよね? 真っ暗な中で」
「うん。そうだよ」
燐が店から持ってきたピザを二人で囲みながら、夜更かしすることを決めたとき、燐が何気に呟いたことだった。
「でも、真っ暗なお風呂って怖くない? 停電してたわけじゃなかったし」
燐はその後、風呂上がりの蛍に代わって通用口と玄関の戸締りをして、ついでに戸口の照明を付けたままにしておいた。
「停電なんてあの時ぐらいだったしね」
蛍がマルゲリータから伸びる細長いチーズを眺めながら答える。
燐の母が作ったと思われる円形のピザは宅配業者のものとさほど変わらないクォリティーで、まだ香ばしい匂いをあげていた。
だが、最後の一つは……まあ、これも定番と言えば定番なのだが。
「わたしはやっぱりこれがいいな」
蛍がマルゲリータの1ピースを珍しい早さで胃に収めると、これが本命とばかりにそれに手を伸ばす。
下のチョコレートソースが見えないほどマシュマロが乗っかった、チョコレートチャンクピザに。
蛍が幸せそうな顔でマシュマロピザを食べる様子を、燐は少し口角を引きつらせながら眺めていた。
やっぱりと言うか、そうだろうなとは思っていた。
代わりに辛口のハラペーニョ味には一切手を付けていない。
これは燐が食べるしかないのだろう、なんたって蛍は甘党なのだから。
燐は今から明日のトイレの心配をしなければならなかった。
「ちょっと恥ずかしいんだけどさ……」
デザート系のピザをまずは一切れ完食した蛍が、その味を口内に残したまま、ゆっくりとホットミルクを傾ける。
マシュマロとミルクの組み合わせは見てる燐の口内までも甘ったるくなりそうだった。
ミルクを飲み干した蛍は、ほっと一息つくと、膝をもじもじとさせながら最近の趣味、というか少し奇妙なルーティーンの事を話し始めた。
「あのさ。最近ね、わざと電気点けないでお風呂に入るのがちょっと気に入ってるんだ。でも流石に真っ暗はわたしも怖いからランタンだけは置いてたけど」
蛍が使っていた小さなランタンはテーブルの隅で鎮座していた。
シンプルな外観のLEDランタンだが、生活防水と充電機能がついてあるため、アウトドアだけでなく、普段の生活にも使える割と便利なものだった。
「明かりも音もない浴室で風の音だけ聞いて
蛍は少しうっとりしたように自身の風変りな入浴法をとつとつと語った。
普通の人なら到底理解しがたいことであったが、燐だけは違った。
蛍と一緒の想いを共有できるのは燐だけだったから。
「ああ、あの時のことね。わたしもあの時はすごく気持ちよかったよね。星の海の中を泳いでるみたいだった」
銀河鉄道に乗ってるみたいだったね、と微笑む燐。
「うん。わたしもおんなじ気持ちだった。だからあの時の事をしてみたかったんだと、思う」
「そっか……」
その気持ちはよくわかる。
あれは、あの世界における一時の安らぎだったから。
充足した時間。
燐と蛍、二人の意識が空と水の間で一体となって混ざり合っていた僅かな時のこと。
想いのすべてもなにもかも。
お互いを意識することなく、混ざり合ったあの時間は過去と呼ぶにはまだ近すぎる出来事だった。
「でもさ、さっきも言ったけど戸締りぐらいはちゃんとしなきゃダメだよ。何かあってからじゃ遅いんだし」
「うん、そうする。今度からはちゃんとするよ」
「蛍ちゃん、前にもそう言ってたでしょ。信用できないなあ~」
燐がにやにやと口を緩ませながら指摘する。
「だったらさ、燐が一緒に住んでくれればいいよ。そうすれば防犯ばっちりだし」
妙案とばかりに手を叩く蛍。
「また、それぇ。もー、蛍ちゃんは一等地のマンションにわたしと一緒に住むんでしょ? もう自分で言って忘れちゃったのぉ?」
肩をすくめる燐を見て蛍は目をぱちくりとさせた。
「え、燐。一緒に住んでくれるの!? だって……」
「蛍ちゃんは危なっかしいからね。わたしが傍でついててあげないと心配で夜、寝られなくなっちゃうよ」
「そうなんだ、ごめんね。でも、嬉しい、かも」
燐の言葉を素直に受け取った蛍は、困ったようにしながらもぱっと顔を明るくさせた。
「あはは、気が早いなあ蛍ちゃんは。でも一緒に住むなら色々と用意しなくちゃね」
「うん、不束者ですがよろしくお願いします」
蛍はテーブルに手を揃えて、燐に向かって恭しく頭を下げた。
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」
燐も慌てて頭を下げる。
「なんかさ、新婚さんっていうかおままごとしてるみたい……」
「あ、わたしもそう思った」
二人は顔を見合わせて笑い合うと、ピザの残りに手をつけることにした。
…
……
………
「クリスマスだからピザを持ってくるのは何となく分かるんだけど……これはいつもの?」
「うん、そう。いつものやつ、だよ」
燐は意味深に言葉を区切りにながら、諦めの混じったため息をついた。
「失敗作も混ざってると思う」
燐が家から持ってきたものは大きなピザだけではなかった。
ノンアルコールのシャンパン風飲み物とサンタの衣装。
それと二切れのケーキと、あと、いつものビニール袋。
中には袋いっぱいにパンが入っていた。
大小さまざま色とりどりのパンの山が。
焦げ目が大きくついたもの、中のクリームがはみ出しているものなど”いかにもなパン”がぎゅうぎゅうに詰まっている。
「あ、でもちゃんと食べられるものだけを選んでるから安心してね」
「う、うん」
さらっと怖いことを言う燐に、蛍は複雑な笑みで答えた。
燐がこうして失敗したり、売れ残ったパンを持ってくるのは、定番と化していたから、蛍はさほど驚かなかったが、実のところ、それほど嬉しいわけでもなかった。
売れ残りが出ると言うことは燐の店”青いドアのパン屋さん”、通称”青パン”が繁盛していないと言う証になるのだから。
「イブだからちょっとはマシかなと思ってたんだけどね」
パン屋の書き入れ時なんて季節ごとのイベントかの何かの記念日ぐらいなのに。
その最大のイベントの一つでこれでは……母がボヤきたくなる気持ちも分かる。
言ってもまだ無名のパン屋だし、開店して一年も経っていないのだからこんなものなのかもしれないけど。
「いつになったら売れ残りってなくなるのかな……」
蛍が袋の中身を指で確認しながらぽつりと零した。
「うーん、せめて店が連日満員にならないと無理かもね」
作り笑いをする燐からは諦めの色が濃くでている。
「それってどれぐらいで達成しそう?」
「そーだねぇ、例えば小平口町が”市”になって、店がSNSやテレビで大人気になって、そこから全国にチェーン店が出来て……あ、あと! わたしと蛍ちゃんがアイドルデビューして武道館でリリイベする頃にはなんとか──」
「つまり、それって絶対無理ってこと?」
「そ、現実は厳しいってことだね」
燐がその厳しい現実の象徴たるパンの袋をテーブルクロスの真ん中に置いた。
バランスを保ってしっかりと立つビニール袋は、それだけ売り物にならなかったパンがつまっているということだった。
「理想だけじゃお金は稼げないもんね」
「だねー」
白いテーブルクロスのちょうど真ん中に置かれたパンの袋の中は、潰れたり焦げたりもしているが中身はパンであることには変わりはない。
形がちょっと崩れていたり、中の
それでも客は色、形のいいパン、人気のパンばかりを選んで買っていく。
売れ残ったパンにはもう価値などないのだろうか。
蛍はあの、青いドアの家での一件を思い出していた。
二人で手で持ったテーブルクロスに毬を押し当てた奇妙な実験、というか幸運の流れの解説を。
(
結局幸運とはわたし達の世界において、立体的かつ歪みを作るほどの質量を持っているということなのだろうか。
なんでそんなものを欲しがったんだろう。
あれからもう一度、中学校の図書室まで行ってみたが、やはり手掛かりらしきものは何もなかった。
幸運は人の手には余るもの。
ましてやそれを意図的にコントロールすることなんてことは土台無理な事だったのだと。
そんな今更な事しか分からなかった。
それともう一つ、蛍がどうしても気になっていることがあった。
それは蛍がテーブルクロスの毬のことをブラックホール現象との類似性を指摘したときのことだった。
”確かにのみ込みの早い子”、あの時わたしを見てそう言った、オオモト様は。
(あれは燐に言ったんじゃないよね、多分。燐はわたしよりも全然のみ込みが早いけど……)
”確かに”と言うことは以前から知っていたということになる。
オオモト様は蛍の出生やその生い立ち、そして自分の過去については一切語ってくれなかったけど。
(だったら、やっぱり”わたしのお母さん”ということになるのかな。でも、わたしの前にはあれから出て来てはくれないんだよね)
理由は知りたいような、知りたくないような……。
蛍は消化しきれないもやもやとした気持ちを抱えながら、テーブルクロスの上のパンの山を皿のように眺めていた。
一方の燐は、蛍とは全く別な事を考えていた。
蛍と一緒に暮らすとなったら何が要りものだろうかとか、どうやって母を言いくるめたらいいだろうかとか、そんな些細な事で頭を悩ませていた。
だが、本質は別のところにあった。
燐はビニール袋一杯のパンの山に一本の木、大木を見ていた。
大木は風車であり、風車は燐にとっての孤独のイメージだった。
つまり白ではなく。
はいいろ。
風車が動いて見えないのは灰色のせいだと思った。
燐は風車を手で持って横にずらしてみる。
その先にはこちらをみる親友の顔があった。
目を合わせた二人は何気なく微笑み合う。
幸運も質量も最初からなかった。
あるのはただ、偶然。
偶然こそがこの世界の全てだった。
………
………
………
先日、アイスコーヒーを嗜もうと一口飲んでみたら……なんか酸っぱいぃぃ! まさかカビが発生してるんじゃ……と不審に思っていたら、どうやらガムシロップとビネガーを間違って注ぎ込んでしまっただけでしたw
飲めないことはなかったですけど、ふつーに美味しくはなかったです……珈琲の風味もコクも全部ビネガーに染まってしまいますからねぇー。でも、勿体ないから全部飲んだんですけどね──。
でも、体に良さそうかもも? とちょっと調べてみましたらば……むう、酢コーヒー!? そーゆーのもあるのかぁ? しかもスプーン一杯のお酢で肥満予防にもなるらしいですぅ?? うーん、二度と試したいとは思わなかったんですけど、たまには飲んだ方が良いでしょうか? 酢コーヒー……。
★ドラキャン△ 2。
\ ここをキャンプ地とするっ!! /
と、実はそこまで詳しくない水曜どうでしょうネタ。
で、第10話~12話は、なでしこのソロキャンエピソードでしたけれども、やはり実写は食べ物が美味しそうですよねぇー。荏胡麻チーズケーキ、しぐれ焼きと良い感じの飯テロだったです。ホイル焼きは……実写だとかなりのボリューミーですねぇ。食材を丸ごとホイル焼きして、オリーブオイルをだばぁとかける絵面の豪快さは実写ならではかも……それでも雰囲気は良かったですねえ。
ただ、リンもなでしこも覗き見が近すぎて気付かない方がおかしいレベルになってますね。特にカップルが食べている富士宮焼きそばをなでしこが羨ましがるシーンが凄く近くて、見てる方が恥ずかしくなるのががが。
あと、周りに聞こえるほどの独り言を言いながらテントを設営したり、準備するなでしこに何故かわかりみが深いんですけどももも。案の定つっこまれていましたが。
と色々頑張っていたドラマ版ゆるキャン△ 2ですが、次の13話が最終話……つまり! 伊豆キャン無しが確定してしまいました……。
まあ……何となくそんな気はしてましたけどねー、ペースが緩やかでしたし。
それに、この時勢で伊豆の観光地を巡ってロケするのはちょっと難しいですもんねぇ。伊豆編のクライマックスとも言える堂ヶ島のトンボロのシーンはどうするのかなーってちょっと期待してたんですけどもー。
あるかどうかはまだ分かりませんが続編、三期に期待ですねー。
ではではー。