We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life. 作:Towelie
あお。
優しいあお。
癒しのあお。
それは空のいろ。
水のいろ。
青と青が積み重なって、絵の具のように交じり合って違う青ができる。
澄みきった青にレジンのような透明な揺らぎが差し込まれて、異なる世界の情景を描き出す。
わたしはその絶妙なさじ加減の空を遠くから仰ぎ見ている。
もうずっと深い水の底から。
青と青、その狭間に見える白い小さな光。
雲以外は浮かんでいないけど、それでも光は頭上から降り注いでいる。
燦々と。
とめどなく、降り注いでいる。
小さな気泡がこぼれ出て、遥か上を目指して上って行った。
ぽこぽこ、ぽこぽこと。
まるで炭酸ソーダの水の中にいるみたいだった。
「まだ……起きないの」
しゃがみ込んで見上げるわたしの傍には一人の少女。
「……」
返事はなく、胸を小さく上下させているだけ。
呼吸に合わせて小さな泡がぽこぽこと、小さく閉じられた口の端からこぼれていく。
規則的なリズムでひとつずつ、光の屈折で揺らめきながら。
わたしはそれを指でちょんとついた。
気泡はぱっと姿を消し、水と簡単に同化した。
それを見てくすっとして、静かに横たわる彼女の髪を優しくなでる。
まだ温かい。
でも少し傷んでいるかな?
急に切なくなって、ことさら丁寧に髪を梳いてあげた。
手ぐしで失礼だけど。
「もう、朝だよ。このままだと学校に遅刻しちゃうよ……」
学校から徒歩圏内のマンションに越してきばかりなのにこれじゃあ意味がない。
まあ……今は違う場所、世界に居るのだから関係がないけれど。
(ここから学校まではどれぐらい掛かるんだろう……)
安らかに呼吸する親友の髪を撫でつけながら、今考えなくてもいいことに頭を巡らせた。
それは穏やかだったから。
例えようもなく、それこそ水のように。
「ここは涼しいからクーラー要らないね。でも洗濯物も乾きそうにないね」
両方ともここでは役に立たない。
むしろここで役に立つ電化製品は極々一部だった。
「そもそも電気がないか……周りが水だから電気を通したら感電しちゃうかもだけどね」
微笑んだ口元も手の動きも、二人の髪が揺らぐ様子でさえもスローモーション。
ぜんぶが重いイメージ。
ちょっと気怠くもあった。
吐き出す音だって相当おかしい。
セロファンの紙を一枚通して喋っているみたいで、なにかの冗談のように聞こえてきて、くすくすとまた笑ってしまった。
「ふふっ、なんかずっと夢の中だね」
声だけじゃなく話す内容もおかしかった。
──自分じゃないみたいに。
笑うたびに空気が零れでてて、上へと逃げて行く。
でも息苦しさを覚えることはない。
始まる前の世界とは違って、恐怖も閉塞感もない。
むしろ心地いい。
ずっと、ずっとここに居たいほどに。
きっと、ふたりだからかな。
ひとりぼっちじゃないから。
好きな人といるから。
どんな世界でも楽しいんだとおもう。
たとえ世界が味方してくれなくとも、二人だったらそれで。
だけどこの状況は。
「やっぱり、ちょっとおかしいよね」
「……」
ぽこっ。
返事の代わりに泡がちょんとでた。
けれどその小さな泡はシャボン玉のように薄く壊れやすいものではなく、真っ直ぐに空を目指して伸びていく。
まるで空に帰ることを切望するかのように。
空に戻ったって辛いことが待っている、それなのに。
泳ぐよりも断然早い速度で上がっていくそれは、どうやっても追いつけない時間の流れを例えているようで。
わたしはこの場所で一人取り残されていくような気持ちになった。
けど──。
(どうしてこんなことになったんだっけ?)
前後の記憶がイマイチなのは、脳に酸素が上手くいきわたらないからだ。
水の中、その底にいる弊害、そのせいだと思った。
蛍はゼリーのような透明な布に纏わりつかれる感覚に身もだえしながら、酸素がそこまで届いていないであろう脳みそを懸命に巡らせた。
…………
………
……
カチッ。
窓のような大きなテレビの電源を入れてみる。
画面に現れたのは砂嵐、もしくはカラーバー。
横殴りの雨の様に画面の中は土砂降りのノイズをだしている。
それはどのチャンネルをまわしても同じ結果だった。
前のように車窓からの景色を映すことも、
つまりこれは──。
「もう、電車は来ないってことだよね」
「そう言うことになるよね」
燐と蛍は、テレビの前の細長いソファの上に並んで座り、納得したように頷いていた。
二人が向かい合わせに座るだけの椅子の数は十分にあるのだが、そうしたいとは思わなかった。
燐は諦めたようにリモコンを放り出すと、両手を枕にして白いソファの背もたれにもたれかかった。
「ふう……」
ぼんやりと天井を眺める。
前の青いドアの家との決定的が違いを挙げるとすればリビングからの天井が真っ先に浮かぶことだろう。
それは燐の今の家、古民家よりもずっと高い吹き抜けの天井になっていた。
その奥の木目調の天板には白い羽を広げたシーリングファンが時計回りにくるくると廻っていた。
止めるためのスイッチが何処にあるのかは分からない。
風車にも似た扇風機は二人が部屋に入ってた時から回っていたのだから。
でも、と思う。
この扇風機と風車は同じ存在なのではないかと。
それはどちらも意味もなく回っているからだ。
実際の所このシーリングファンは空気を循環させる役割があるので、意味がないわけではない。
それは風車も同じで、その大きな羽根で電力を発生させることができるのだから無意味なものではなかった。
(でも、誰にも見てもらえなかったらやっぱり意味がないよね)
夜鷹が綺麗なのは誰かに見てもらえるから。
だれも見てなければそれは光っていないのと同じ。
風車だって誰も見ていなかったらそれは存在していないのと同義だった。
けど、誰かは必ず見る。
それは光っていたり、回ってたり、巨大だったりするからだ。
それらの要素を兼ね備えてなくても見ることはあるだろう。
そういう意味ではこの世に無意味なものなどひとつもないんだろうけど。
堂々巡りしてる燐の隣で、蛍が代わりにチャンネルを回していた。
だが、あの窓の時の様にノイズの先に偶然何かの映像が差し込むようなこともなく。
分かっていたことだけど、期待していたようなものは最後まで映らなかった。
ひとりで一生懸命やっていた蛍もようやく諦めがついたのか、テーブルの上にリモコンを静かに置いた。
色々やってみたが、結局何のためのリモコンとテレビなのかは分からなかった。
(普通にテレビ番組を楽しむこともできないし。本当になんなのかなこれ)
蛍は、はぁっ、とため息をついた。
「でも……線路も駅舎もあるよね。いつかは電車が来るのかな」
電車が来ないなら存在すら要らないものだったから。
「なにかきっかけがあれば来るようになってるのかもね」
(きっかけ……?)
蛍は自問自答したとき、ある覚えの様なものがあった。
きっとそれは燐にも。
けど、お互いそのことで議論を交わすようなことはしたいとは思わなかった。
もう終わったことだったし。
それなりに解決済みの様な気もしたから。
「その時は誰を迎えに来るのかな?」
「あ、うん……でも、わたしはきっと列車には乗らない……ううん、
「どうして?」
燐は無為にノイズを発しているテレビのスイッチを切ると、ソファの背もたれに手を掛けて、食い入るように蛍の顔を覗き込んだ。
燐の瞳には、不安げに揺れている蛍の顔が映りこんでいた。
「あ。そうか、蛍ちゃんは切符、持ってなかったんだよね……まあ、わたしの切符だってもうないんだけど」
燐は以前と同じようにポケットの中を広げて探すような素振りをみせる。
当然何も入っていなかったので、両手を蛍の前に広げておどけてみせた。
その仕草に蛍は小さく笑みをみせると。
「燐の切符はまだ使えるよ」
はっきりとそう告げた。
「え。そう、なの?」
燐はぱちくりと二回瞬きをして、蛍の方を見つめ直す。
その根拠が知りたかった。
「ジョバンニの持っていた切符と同じだよ。燐の持っている切符はどこへでも行ける乗り降り自由な切符だから。決して無くなることはないんだよ……」
蛍は実際にあるものであるかのように言っているが、あの時も今も燐は切符の様なものを一度も持ったことがない。
実感だってない。
だから、銀河鉄道の夜の事を言われてもやっぱりピンとは来なかった。
それに全てが御伽噺のように進んでくれるのなら悲しい思いなんてするわけがないのだし。
話しの結末は、分かっているのだから。
「だったら、蛍ちゃんの切符だって」
あるはずだと思う。
あの時の電車は一人乗りにしては大きすぎると思ったし。
「わたしは最初から切符を持ってなかったんだよ、きっと。だってわたしは最初から求めていなかったんだから」
ただ、流されるままに生きてきただけ。
だから燐のように先の事柄に何も見出すことができなかった。
”選び取るものがない”。
あれから一年が経っても何も変わってないのかもしれない。
色々なものに興味を惹かれるまま手を出してみたのだが、本当に欲しいものは結局見つからなかった。
(それはそうなんだよね。だってもう、最初から持っていたんだし……)
「ねっ」
「ふぇっ?」
蛍は燐を見つめてにこっとした。
それが何のことか直ぐにはわからず、燐は曖昧な瞳のまま微笑み返す。
きっと、この関係性こそが大切なものなのだろうと思う。
近すぎて気付かない、かけがえのない大切な人。
このまま欲望の赴くままのことをしたらあなたはどう思うのかな。
拒絶?
それとも……嫌悪?
蛍にはどちらの表情も魅力的に感じる、きっと間違いなく。
別に嫌われたいわけではなく。
ただ、あなたの──燐の違う表情が見てみたいだけ。
もう多分最後なんだし、これぐらいの贅沢があっていい、よね?
蛍がにこっと微笑んでこちらを見ている。
(いつもと変わらない蛍ちゃんなのに……)
なぜだか悪寒のようなものを背筋に感じてしまった。
……
……
……
「ねぇ、燐は座敷童ってなんだと思う? こんなこと今になって聞くのもなんだけど」
「えっと、うーん」
不意に訊ねられて頭を捻る。
あの時は町の異変を解くために座敷童の事を調べていたのだけれど、今や自分の身に降りかかる事案になってしまった。
(他人事と思って流していたけど)
もう少し、ちゃんと考えた方がいいのかもしれない。
あの時は、興奮しててとても酷い事を口走りそうになってしまったけど。
結局、そのことが自分に返ってくるとは露ほども思わなかった。
でも、蛍だけでなく自分まで座敷童になってしまうなんて。
荒唐無稽と言うか……この世界でそんなことを思うこと自体がおかしいんだけど。
(そういえば……)
燐は指で唇をなぞると、聡から借りた本の知識を幾つか思い出した。
何かの書籍で書いてあった気がする。
人は食事、つまり摂取する”栄養素”が育まれる人格に影響を及ぼしてくると。
(要するに……わたしは座敷童の家で食事をしたから、同じ仲間──座敷童になっちゃったってこと、なのかな……?)
蛍ははっきりとは明言しなかったし、自分としてもそうかなと漠然と思っただけで。
なんていうか、決定的なものが見当たらなかった。
自身が座敷童であるというパズルのピースが抜け落ちている。
”同じ釜の飯を食う”なんていう表現があるけど、それがわたししか食べていない場合はどうなんだろう。
「あっ、そっか」
「どうしたの、燐」
難しい顔で考え事をしていると思った燐が急に声を上げたので、蛍は少し心配そうに尋ねる。
(だからなんだ……わたしの家にオオモト様が来てパンを焼いてほしいって言ったのは。あれはつまりわたしと”同類”って意味だったんだ……)
「燐」
蛍が顔を覗き込んでいた。
怯えたような瞳。
きっとわたしも同じ瞳の色をしているんだと思った。
「あはは……蛍ちゃんとはずっと友達でいたいなって思って」
「? そんなの当たり前じゃない。燐が嫌っていうまでわたし達友達だよ」
「そっか、じゃあずっと友達のままだね」
「……うん」
ちょっと間が出来た。
燐は気持ちを紛らわそうとテーブルの下を覗き込んだり、戸棚を開いたりしていた。
蛍もどこか落ち着かないのか、空っぽのコップを手にキッチンへと戻っていく。
それぞれの時間。
それぞれの思いがあった。
「燐とオオモト様ってどこか似てるよね」
備えてあったクロスで手を拭きながら、蛍が唐突な事を言った。
燐は驚いて立ち上がる際、テーブルに頭をぶつけそうになったが。
「それって蛍ちゃんの方でしょ? 二人とも綺麗だし。わたしとオオモト様は全然似てないと思うよ」
あんな柔和で優雅な佇まいは到底出せそうにないし。
燐はかがんだ態勢から立ち上がると、またソファの上に鎮座した。
蛍もその横に腰を下ろす。
「容姿じゃなくて、境遇が似てるのかも? 上手くいえないけど、燐もオオモト様も一途……あ、クドい感じみたいだし」
蛍が首を捻って言い直したが、それはあまり良い言葉ではなかった。
「わざわざ悪く言い直さなくてもいいのっ。ふつーに一途でいいじゃん……わたしはともかくオオモト様に悪いよ」
蛍との付き合いが燐でも蛍がたまにする変な言い回しには参ってしまうことがあった。
そこが誤解を生む原因になることがあるから、他の人が居る時は燐がフォローに回ることさえもあった。
「ごめんごめん。でも、オオモト様はわたし達のことずっと見ていた気はするんだ。どういう方法は分からないけど」
「ずっとって、それって蛍ちゃんと友達になる前からのこと?」
もしそうだとしたら偶然よりももっと強いもの。
運命だったと言えなくもない。
蛍と友達になったのだって或いは……とか。
「その辺りのことはよく分からないけど。もしかしたら、そうなのかもしれないよ。
困ったように蛍は眉を寄せる。
「うーん、それってストーカー、だよね。映画のSADAKOみたいにずっと前から目を付けられてたのかなぁ……」
縁起でもないことを想像して、燐は少しげんなりとした気持ちになった。
「呪いとかそういうオカルトはないってオオモト様が言ってたじゃない。燐がそうなったのはやっぱり偶然だと思う」
蛍はそう言うが、蛍のそもそもの出生がオカルトじみていると言うことをすっかり忘れているようだった。
「それにオオモト様だって何か自分なりの考えがあったんだと思うよ。”どんなことをしても”町の歪みを止めたかったみたいだったし」
オオモト様の気持ちを代弁するように、珍しく少し熱の入った口調で蛍はそう推論した。
蛍がムキになるのにはやっぱり血縁関係だからではないかと燐は思っていたが、あえて黙っていた。
「それはなんとなく分かるけど、結局歪みは起こっちゃったよね。町の人達は
燐は小さく肩をすくめた。
結果がどうであれだなんて、上手くいなかったことへの言い訳でしかないわけなんだし。
生死に関わる重大なことなら、責められはしても労ってくれるものは殆ど居ないわけだしね。
それに、オオモト様が色々考えていたのはノートに書かれていた事柄からある程度予測をつけることができた。
けれどその方法は
むしろ、そのせいで悪化、もしくは異変が起こる時間を早めてしまったとも言えた。
(けど、そのおかげでおにいちゃんと蛍ちゃんがあんなことにならなかったわけだし)
そのことだけ見れば上手くいってくれたと思う。
でもそれだって偶然なのだろう。
意図したものではなかったから、彼女だってやり方を変えざるを得なかったのだろうし。
(仕方ないのかな……あの人はずっと小さい頃から町の人達にひどい目に遭わされてきたわけだし……)
”最初の儀式”と言っていた以上、あれで終わりではないことは容易に窺える。
その辺りもノートに記載されていた通りだとは思うけど。
「オオモト様ってさ、小平口町の人達に恨みとかそういう感情を持たなかったのかな? もしわたしだったらすぐに心を閉ざしちゃうと思うけどね」
あんな酷いことをずっとさせられたら誰だってなるとは思う。
それどころか自ら命を絶ったって不思議ではないぐらいの非道な行為だったから。
「そこは……謎だよね。わたしだって大川さん、とか関わった町の人達の顔をまともに見ることがまだちょっと出来ないし……」
相手は何も覚えていないのだから理不尽ではあるのだけれど、疑う事すら知らなかった蛍だからこそ、その辺りの折り合いをつけるには思っていた以上の時間が掛かっていた。
知らぬが仏でいられればどんなに良いことか。
知ってしまった以上はもう戻れない。
例え表面上は平穏であったとしても。
同じ時間は二度と帰ってはこないのだから。
「あのね、燐。わたし、ちょっとやってみたいことがあるんだけど。少し付き合ってもらっていい? これが最後かもしれないから」
蛍はおずおずと、でもはっきりとした意思でもって切り出した。
少し唐突だったが。
燐はにこり、と笑みを見せると蛍の手をぱっと取る。
自然な流れ。
いつもの燐、だった。
「蛍ちゃん、お願いに、最初も最後もないんだよ。それに、わたしは蛍ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうんだからね」
「そっか、燐はそうだったもんね。ありがとう、燐」
蛍は透明な笑みを浮かべてお礼を言うと、繋がり合った手を愛おしい何かのように口元まで持ち上げ、それぞれの指の間にそっと唇をあてた。
「あ……」
燐は呆気に取られたようにその光景を見送っていた。
瞳を伏せた蛍の横顔がとても綺麗だったから。
唇が触れた指がとてもあたたかい。
白いレースで包まれているかの様な心地よさがいつまでも残っているかのように。
燐は恥ずかしそうに笑顔を送ると、蛍と同じように口元に持っていき、その可憐な指を小さな唇で挟んだ。
ちゅっ。
と、燐は唇を押し当てる。
思いを込めるように強く。
蛍からは与えられてばかりだったから、その思いを少しでも応えてあげるように。
「……燐」
二人は衝動的に瞬間的な幸福と想いを同時に与え合った。
「それで、ええっと……蛍ちゃん。やってみたいことって」
恥ずかしそうにしながらも手を離すことはしなかった。
「うん……ねぇ、燐。ちょっと外へ出てみない?」
「家の中じゃできないことなの?」
「うん」
燐はなんとなく察したようにふむふむと顎に手を当てて何度か頷いて見せた。
蛍もそれにつられてうんうんと頷く。
そのまま濡れ縁から外に出ても良かったが、なんともはしたない気がしたし何より靴は玄関に置き去りのままだった。
二人は連れ立ってリビングを後にする。
蛍はふと立ち止まってもう一度リビングの部屋の中を見渡した。
家具も調度品にも以前の面影はない。
けれど。
(あの人の残り香がまだどこかにある気がする……)
テーブルにもソファにも何の痕跡もない。
あるのは静かなキッチンの冷蔵庫と、音もなく回る天井のプロペラ。
柔らかな光を受け入れる透明なガラス窓。
青いドア。
それらが組み合わさって”青いドアの家”だった。
あの人は、現れなかった。
理由は分かっているけどそれでもやっぱり寂しい。
止まったように静まり返ったリビングの中身は、あの人の心を映したように、清潔で穏やかだった。
「お邪魔しましたー」
燐は誰もいないリビングに声を掛ける。
静かな室内に燐の元気な声が響く。
「お、おじゃましました……」
蛍も空っぽの部屋に声を投げた。
声を返してくれる人はもう居ない。
もっとも、前の家でも最初からいなかったのかもしれない。
あの人はそんな自分の事すら気に掛けるような人ではなかったから。
でも。
蛍はもう一度だけちらりと目線を送ると。
「また、来ます……」
それだけを残して、ガラスに区切られたリビングのドアをそっと閉めた。
───
───
───
「んーーー」
青いドアの家から出ると、燐は溜息と一緒に息を吐ききった。
額が少し汗ばんでいた。
この場所では暑さなんて感じないはずだったが。
「にしてもぉ、わたしが座敷童かぁ……蛍ちゃんもだけど、やっぱりショックはショックなんだよね」
動揺からくる火照りを覚ますように、燐は手で自分の顔を仰ぐ。
「それは仕方ないよ」
困り顔で蛍は微笑むしかなかった。
青い空に広がる大きな雲が二人の頭上に柔らかい影を落とす。
それだけでも少し涼しい気持ちになった。
自覚が全くないわけではなかった。
それはあの消える直前に突然わかったことだったし。
ただそれを指摘されるのはやっぱりショックだった。
言われたからってどうにかなるようなことでもなかったし。
何より一番の友達に言われるのは、自分で思っていた以上の衝撃があった。
しかも
あまりな言い方をあえてするならば、二人とも、もう人とは純粋に呼べそうにはなかった。
「蛍ちゃんもさ、
「あ、うん……何を基準にしたらいいか分からないけど、やっぱりすごくショックだったと思うよ。もう大分前のことなんだけどね」
蛍も全く思い当たる節がなかったわけでないが、後にして思うとその事を言う人に恵まれなかったことのほうがショックが大きかった。
(燐もわたしと同じで、真実よりもその真実を隠されていた方のが辛いんだね……ごめんね、燐)
蛍は胸中でそっと涙をこぼした。
もっとちゃんとした言葉で伝えてあげるべきだったのに。
「でも、あの時ほどじゃなかったかな。ショックの割合は」
「あの時って?」
燐が首を傾げるのを見て、蛍はふふっと微笑んだ。
「……さ、行こう。燐はわたしのお願い何でも叶えてくれるんでしょ」
少し強引に燐の手を掴むと、今度も蛍が先行して歩き出した。
「
蛍に引かれながら、燐は自分の頬を指で掻く。
「別に変なお願いじゃないからだいじょうぶだよ」
”大丈夫”がいちばん”大丈夫じゃない”のはお約束だけど。
ここに来てからの蛍はなんとなく浮足立ってみえる。
本人は否定するだろうが、やっぱりこの世界と波長が合うのかもしれない。
だってこの世界は”オオモト様の世界”、だったのだから。
(それってわたしも含まれるんだよね。別に嫌悪感とかそう言うのはないけど)
今更、駄々をこねるなんてことはしない。
蛍だって自分の身体を多分、呪ったりもしたんだろうし。
ただ、どうしてこうなったんだろうとは思ってしまう。
普通とか平凡だとの事がこんなに難しいことだとは微塵にも思わなかったから。
……
……
「──で。ここで何をするの、蛍ちゃん」
燐は足元を指さしながら蛍に問いかける。
まさか釣り、なんてことはないと思うけど。
二人は大きな水たまりの縁の所に並んで立っていた。
僅かに覗いている白い大地は、まるで
これで潮風が流れてくれば大海と見間違ってもおかしくはないけれど。
この世界で風を感じたことなどこれまで一度たりともなかった。
蛍はしゃがみ込むと、透明な液体(水?)を手で掬ってみた。
零れ落ちる水は一見ただの水にしかみえない、泡のように溶けてなくなることもなかった。
普通に蛍の手から零れ落ちる。
雨水なのかどこからの湧き水かは分からないが、それは空との間に境界線を作り、彼方まで広がっているようだった。
「燐はさ、気にならない? この水溜まりってどうしてできたのかなって」
なんとも言えない表情の蛍が波紋の上に浮かんでいた。
「そこまでは……気にならないかな。まだ、線路の先とか電車の方が気になるかも。でも蛍ちゃんは気になるんでしょ、池っていうかこの大きな水たまりのこと」
「うん、この世界の水かさが増したのと、被害が起きなかった小平口町の様相と何か関係があるのかなって……」
蛍がぱしゃ、っと水を弄びながらつぶやく。
燐は息を吐くと、蛍の隣でしゃがみ込んで同じようにその水を手で掬ってみた。
「ここの水、別に冷たくはないね」
不思議そうに首を傾げる。
「燐も、そうだったの? それ、わたしだけかと思ってた」
蛍はほっと息をつくと、指でつまむように水をすくった。
確かに温度は感じない。
そのせいか、ちょっと怖い気もする。
”別の液体”と形容するのが正しい気がした。
「指が溶ける……とかはなってないよね?」
慌てて蛍の手を自分の手を見比べた。
燐は漫画か映画で見た硫酸の海を思い出していたのだった。
蛍は困ったように頷くと、何でもないように掌を広げてみせる。
「良かったあ。でも液体って色々あるからね。わたし達だけじゃ全然判断付かないし」
燐はほっと胸を撫で下ろした。
「何かの実験道具があればいいのにね。成分とか調べたらこの世界のことがちょっとは分かるかもしれないよ」
「”青いドアの家”の研究か。誰も信じてくれなさそうだよね、それ」
「でも、燐だけは信じてくれるじゃない。それだけでも研究する価値はあるよ。それにわたし、少し前までそうしようと思っていた時期もあったし」
「座敷童とか、町の事?」
「うん。途中で止めちゃったけどね」
「そうなんだ、ちょっと勿体ないね」
蛍が未知のものに触れた時の様な感嘆とした表情で触り続けていた。
「これ。パン作りの修業に使えるかもね」
座敷童や小平口町の事を調べたのは結局自分の為だったから。
燐が居なくなったこと。
その一点を知りたいが為に図書室の資料を漁ったり、町を彷徨ってみたけれど。
(全部、意味がなくなったもんね。燐は自分で戻ってきたし、わたしは……)
徒労だったと思う。
一応ノートには纏めたけども。
去年の夏はそれだけで全て消えてしまったし。
でも──こうして振り返ることは良いことだと思う。
それに、燐と今でも一緒だから。
こんな研究なんて最初からどうでもよかったんだ。
燐さえいてくれたら他には何もひつようないから。
「蛍ちゃん?」
蛍は急に立ち上がると、成分の良くわかっていない液体の海の中に一歩、足を前に踏み出す。
ぱちゃ、と小さな音を立てて蛍が靴ごと足を入れているのを見て、燐は現実のことなのか直ぐには見分けがつかなかったのだが。
「ちょ、ちょっと……蛍ちゃんっ!!」
焦燥感に駆られた燐は慌てて立ち上がると、当然のように水の中に入って行く蛍の手を掴んだ。
その手は思っていたよりもずっと冷たかったので、燐は一瞬、ひやりとしたのだったが、手を離すような真似は絶対にしなかった。
この手を離したらもう二度と会えない。
そんな気がしたからだった。
「どうしたの蛍ちゃん!? 危ないよっ!」
叫ぶような声を上げる燐。
それでも、手を無理矢理引っ張ろうとはせずに、あくまで蛍の隣に寄り添ってその腕をしっかりと抱きとめた。
ばしゃばしゃと水しぶきが跳ね上がって二人の少女の制服を濡らす。
……そのはずだった。
「燐、ほら、濡れてないよ。靴も制服も」
くるぶしまで水に浸かりながら、蛍が濡れたはずのスカートをパタパタとさせて、燐に向かってそう言った。
「あ、本当だね。って、やっぱり危ないよ蛍ちゃんっ。これ水じゃなくて変な液体だって」
確かに蛍の制服の上着もフリルの付いたスカートも全く濡れていない。
それは蛍だけが特別というわけではなく、燐も制服も同様に染み一つ付かなかった。
「変な液体って?」
何のことか分からず首をかしげる蛍に、燐は顔を真っ赤にしてつぶやいた。
「へ、変な液体は、変な液体……だよ」
「ふぅーん」
ばしゃっ。
蛍は水に浸かったままおもむろに手で掬って、あろうことか燐に水を振りかけた。
びちゃ、という濡れたときの音がするが、燐の身体も髪も滴ることはなかった。
「……」
燐は声も上げずに、立ちすくんだ様子で自分の状態を確認する。
「濡れてない……ね」
確かに服も何も濡れてないので、キッと睨むことも叫び声をあげる要素もない。
それはまっとうな水の場合なのだが。
「濡れないってことは水分じゃない、の? 科学苦手だから全然わからないよ~」
燐は困ったように蛍を見つめ返す。
「ごめん、燐。わたしも化学は苦手だから」
蛍は片目を下げてそう謝罪した。
「それなのに、水を掛けたりしたの?」
「なんか、楽しそうかなあって」
ほらもうすぐ夏だし、去年は海にも行けなかったから。
と、蛍は取ってつけたように夏を言い訳にした。
「そんな、いたずらっ子の蛍ちゃんにお返しだあっ! えいっ」
燐はお返しとばかりに蛍にも透明な、水の様なものを浴びせかけた。
「きゃぁっ!」
約束事のように声上げた蛍。
得体の知れない水を掛けられたのにどこか楽しそうだった。
頭からずぶ濡れになったはずなのに、二つに結わいた長い髪は一滴の滴さえも纏わりつかせてない。
まるで水滴が蛍の身体をすり抜けているかのように。
「じゃあ燐にももう一回、えいっ」
「やったなぁ、それっ!」
蛍と燐は童心に返ったように水を掛け合った。
本来だったらずぶ濡れになるのが必然なのに、水は何かの膜が貼っているかように二人の身体を濡らすことも、また冷たさを感じさせることもなかった。
それは人工的に作られた砂や雪のように、後腐れなく元の水たまりへと戻っていく。
人工的という言葉はある意味適切な気はする。
もしこの水が”ダム湖から溢れるはずの水”だったとするならば、それは何かの力を借りないとあり得ないことだし。
人の手、もしくはそれ以上の力がないと成しえないことだった。
オオモト様の力だったなら、それは
「どういう理屈なんだろうね」
「うん……やっぱり水じゃないのかもね。水っぽい”別の何か”しか言いようがないよ」
燐は笑いながらそう言ったが、それは不安を隠すための笑顔だった。
水じゃなかったら?
それを深く掘り下げるのはなんとなく危険な感じがした。
さっきコップで飲んだ水もそうなのだったが、この世界は燐にも波長があっていた。
それは蛍よりもずっと。
それは少し怖いことだったから。
(……祭りのあとみたいな感じ)
心の奥にそれがずっと付きまとっている気がする。
綺麗な夕焼けの後の、夜の帳が降りるその境の曖昧な時間のように。
自覚はない、でもどこかで意識してしまう。
何かの終わりを。
ただでさえわたしは寂しさから一度、飲まれてしまったのだから。
「きゃあっ!!!」
蛍の叫び声……なんだろうか。
考えを打ち消して、燐は声の方を振り返った。
「ほ、蛍ちゃん、どうして!?」
隣にいるはずの蛍だったが、いつの間にか燐から離れて、水たまりの中心の方までひとりで行ってしまっていた。
空を映し込む水鏡の中に蛍が上半身だけを出して、ばしゃばしゃと水しぶきを上げている。
考える間もなかった。
明らかに溺れている。
そう思った燐は、体に纏わりつく水流をかき分けながら蛍の下へと駆け寄る。
水の深さとかそう言う重要な事はこの時、頭に入ってなかった。
「蛍ちゃん!!」
ただ蛍を助けること、それが最も重要なことで、後の事は考えてない。
足を入れたとき、
すり鉢状の池になっているのかもしれない。
水の重さで思うように動かせない足をもどかしく思いながら、助けを求める蛍の下へと足を進めた。
「燐っ!!」
蛍の声に焦りが混じったことを感じた燐は、水が腰の高さまで来たところで、一度軽く深呼吸をすると、水面に顔をつけて泳ぎ出した。
青一色の水の中は吸い込まれそうなほど美しく、奥の世界まで見ていたいほどだった。
だが、そんなことは後でも出来る。
今は蛍のことを最優先にした。
濡れることのない怪しい水に顔をつけることはかなりの抵抗があったけど、そんな事を気にしている場合じゃなかった。
かけがえのない友達が自分の名を呼んで助けを求めている以上、それに全力で応えるのが自分の目的、生きている意味だと思っていたから。
手と足を懸命に動かして泳ぐ。
もしタイムを計ったら相当な結果が出そうだが、それすら意味がなかった。
そこは全く重要じゃなかったから。
「蛍ちゃんっ! もうすぐ、だからっ、待ってて!」
「……燐っ!」
燐が蛍の傍までようやく近づいたとき、ほんのわずかな違和感があった。
今までの場所との違いというか、水の広がりのようなものがあった。
水の色、青さが違う気がした。
けれでもそんな事を気に掛けるよりも、まずは蛍の救出。
それを優先する。
燐は蛍が足がつったんだと思ったので、まずは落ち着かせることにした。
そして二人でゆっくり陸地へと戻ればいい、それで大丈夫だと思った。
──だから、傍まで寄って蛍の手を取ったとき安心しきってしまっていた。
「えっ!?」
いくら水を含んでいたとしてもそこまで重くはないはずだった。
ましてやこの水は濡れないはず、だからそういった物理法則とは無縁だと。
「燐っ! 手を離してっ!! このままだと二人ともっ……きゃっ!」
「蛍ちゃん!!!」
絶対に離すつもりなんてない。
もう、あんな辛い思いはしたくなかった。
「うわっ!」
引っ張られる。
もの強い力で引き寄せられていくように。
磁石がくっつくような、これまで経験したことのない強い力で。
引っ張られていく、水中へと。
深い、深い水の中に
二人いっしょに。
「がふっ!!」
激しく水を飲んでしまった。
一体なにが引っ張っているのか、燐は水中で目を凝らす。
「……!!」
助けを求めるように手を伸ばした蛍の脚に何かが巻き付いているような気がする。
でもそれはほんの一瞬そう見えただけで。
ごぽごぽごぽ。
それを確認する間もなく。
どんどんと、どんどんとひきこまれていく。
真っ青な水のその奥へと。
体の至る所からぽこぽこと気泡が零れていく。
二人の鼻や口、制服のポケットの隙間からすらも。
とめどなく流れていった。
(……蛍ちゃん!?)
燐は驚愕に目を見開いた。
繋がれた手、それを蛍が外そうとしていた。
溺れかかりそうなのに、懸命に指を手の隙間にねじ込むようにして。
(せめて、燐だけでもっ……)
あの時と逆だった。
電車での時も線路の上を歩いていたときも、手を離したのは燐の方だった。
でも、今は手を離してはくれない。
(だったら、今度はわたしが外すしか……っ!)
空気が激しく漏れ出す。
でも外すしか、それしか燐が助かる方法がなかった。
こんなことになってしまったのは自分の不注意だったから。
その責任を取りたかった。
それにしても、水溜まりの中央部分がこんなに深くなっているとは思わなかった。
なんで歩こうと思ったのだろう。
けど、今はそんなことはもうどうでもよくて。
(燐っ!! お願いだからこの手を離してっ!)
蛍は目で訴えかける。
けれど、燐は困惑の表情のままぎゅっと手を握りしめたままだった。
その瞳はずっと綺麗な色のままだったから。
「……燐」
言葉と引き換えに大量の水が口内に流れ込んでくる。
得体の知れないこの水を飲むなんて考えもしなかったはずなのに。
きっともう、戻れない。
そんな重苦しい予感がふと頭をよぎる。
「蛍、ちゃん……」
燐は引っ張りあげるどころか、手を握ったまま蛍の傍まで泳いで行く。
なにかを決断したような柔らかい瞳を向けて。
(燐……どうして?)
燐の瞳に見初められると何も抵抗することが出来ない。
自分にはその権利がない、そう思っていたから。
愛おしい気持ちが心の中でどんどん膨らんでいくようだった。
燐が決めた以上、蛍はもう何も言うつもりはなかった。
だって蛍にとって燐こそが世界で。
燐にとっても蛍が唯一の希望、それだったのだから。
蛍と燐は水の中、至近距離で見つめ合った。
無理して喋る必要なんてなかった。
視線も想いもつねに同じ方向だったから。
(蛍ちゃん……大丈夫だよ。わたしは……蛍ちゃんを絶対に幸せにしてあげるから。だから一緒に行こう、どこまでもどこまでも、ね……)
もう遠い遠い記憶の欠片。
けれどもまだ一番大切な場所に残っていた。
それは自分だけの思いじゃない、蛍にも聡の中にもまだ残っている。
あれだけの体験をしても人の肝心なところは変わらない、変わりようがなかった。
一番大事な人が居た。
その人の為なら何でもしてあげたいと思った。
だけど。
本当に大事な人は、どんな時でも寄り添ってくれる人。
それは──友達だった。
走馬灯のように、想いがぐるぐると螺旋を描いて頭の中をかき回す。
空からの光がどんどん弱くなり、水面から遠く離れて行くのを肌で感じる。
けれどそれに比例するように大事な何かを思い出していく、そんな錯覚もあった。
テレビのリモコンを回すように頭の中でモノクローム映像が何度も切り返っていく。
ときにノイズであったりもするけれど。
それは写実的な想いを一つづつアルバムの中に収めていくような。
そんな地道な作業だった。
(そっか、蛍ちゃんはきっと……)
燐は蛍の両手を繋ぎ合わせると、自身の胸の中でぎゅっと抱きしめた。
(り、ん……)
蛍は驚いたが抵抗はなかった。
ただ、涙でぐちゃぐちゃの顔を燐に見られなかったことに安堵した。
すでに水の奥深くまでいるのに。
二人の泡が混ざり合う。
泡のビスチェに包まれた二人は、そのまま消えてしまいそうなほど綺麗だった。
──本当に、きれいだった。
「ねぇ……蛍ちゃん」
彼女の耳元で想いを寄せる。
もう声も思いも届かなくなる、そう思ったけれど。
「なぁに、燐……」
囁くような声で蛍はちゃんと答えた。
「ごめんね……蛍ちゃん」
「燐?」
蛍は口を開いていた。
これ以上水を飲んだら余計苦しくなるはずなのに、そんなことには気にも留めず。
(わたしの方が悪いんだよ……だからそんなこと言わないで)
蛍は罪悪感で押しつぶされそうになって、燐の背中を掻き抱いた。
どくんどくん。
二人の鼓動が音叉のように高鳴り合って身体の内側を刺激する。
「まだ、あったかいね……」
「うん……ごめんね、燐」
彼女が謝る必要なんてないと思う。
だって本当に悪いのは自分だったから。
わたしが彼女の心を砕いてしまったんだ。
──悪いのはわたし、それはずっとそうだった。
彼女だけじゃない、両親も従兄も友達との関係も。
悪いのは全部、わたしなんだ。
だってわたしはすごく弱いから。
弱いから……だからもう、彼女の思いには答えられそうになかったから……。
「蛍ちゃんが謝ることなんてないよ……わたしこそゴメン……」
わたしは謝るしかなかった。
目の前の友達にもあの人にも。
わたしは自分の心はもう壊れてしまったと思い込んでいた。
もう元には戻らないものだと。
けど、そうじゃなかった。
壊れていたのは精々半分程度で、しかもまだ直すだけの欠片も残っていた。
きっと臆病になり過ぎていたんだと思う。
憧れを抱きすぎて、本当の色を見ていなかったんだ。
瞼がゆっくりと重くなっていく。
水圧によるものなのか、疲労からか。
ともかく目が閉じようとしていた。
でも、不思議と心地いい。
好きな人と一緒だから。
きっとそう、だよね。
わたしが”本当に”オオモト様だったら、空と水とも一体になれるのだろう。
そして彼女とも。
半分ほどの視界がどんどん暗くなっていく。
日が沈んで夜になっていくような必然性。
夜が来ないと思っていた世界で夜の陰りを見ることができた。
でも天からは日がさしている。
いつものように燦々と。
少女たちは昼と夜の狭間にいた。
空と水。
昼と夜。
全てが混ざり合っていく。
薄れていく意識の最後に見たのは、ほんとうに大切な友達と、月のない夜空に降り落ちた、青と黒のスクリーン。
燐の瞳には夢の中の
蛍もいつの間にか燐のすぐ隣でその情景を一緒に眺めていた。
二人は同じ景色をみて、同じように胸をときめかせた。
もう地上には戻ることができないのに。
だから綺麗なのかもしれない。
もう二度と戻れないから綺麗なんだと思う。
だから大切にしないといけないのだけれど……。
意識が、想いが落ちていく。
水泡のように儚い音を立てて。
(このまま水に溶けたら綺麗な泡になるのかな……)
口元がほんの少しだけゆるんだ気がした。
────
───
──
コトン。
小さく音がした。
きっと底についたんだろうと思った。
思ってたよりも苦しくなかったのはあの変な水のせいなのかもしれない。
けれど、もう終わり。
溺れてしぬのはもっとも苦しいって聞いたことがあったから、そういう意味ではラッキーだったと思う。
それによく言う、
この世界では他に人が来るはずもないからその心配も無用。
他の人に嫌な思いをさせないで済むし。
それに好きなひとと一緒に最後の時を迎えるのは一番の幸せと言っても差し支えはない。
それこそが人の生きる意味。
幸せな最後だと思っているから。
良かった……ほんとうに。
戻ってきて、良かった。
「……だからあなたは自分を捨てたのね。自分を蔑ろにすることで最後に残った大切なものを守ろうとした。彼と同じように……」
……内側から声がする。
懐かしさを感じる柔らかい声。
その声には聞き覚えがあったが、今はそんなことはどうでもよかった。
「自分を大切になさい。あなたは我慢をしすぎるわ。もっと肩の力を抜いて……」
──そんなこと、言われなくなってわかってる。
でも、それしか方法を知らないから。
「だったら寄り添えばいいのよ。それは自分だけじゃなく、相手にも。
でも、もう終わっちゃったし。
だから、もう無理……です。
「終わりはないわ」
意思のこもった声。
耳朶を打つ強い声。
「だってあなたは座敷童なのだから」
──
───
────
「ねぇ……蛍ちゃん……? 何を、しようとしてたの……?」
燐がふいに目覚めたので、蛍は思わず顔を離していた。
「えっと、人工呼吸……かな」
蛍は恍けたように横を向いた。
「……」
燐は蛍の顔、ではなくその後ろを見ていた。
(青い、景色……?)
空の色とは違う青が広がっていた。
とめどなく揺らぐ景色は、人工呼吸と言った蛍の言葉を裏付けるかのように現実感が薄かった。
天井からは細い光の柱が何本も差し込んでいた。
けれどそれはとても遠くて。
見えない天井に阻まれたみたいに、途中から切れてしまっていた。
「……もう、死んでるのにぃ?」
燐は小さく微笑む。
その笑顔には少し皮肉が混ざっていたが、それは死人のものとは思えないほど血色がすこぶる良かった。
「大丈夫、燐は
死亡に正式や略式のようなものがあるのだろうか。
燐は訝し気に眉をひそめたが、周りの景色を見ることが出来るので、少なくともまだ意識は残っているとは思った。
どれだけ続くかは分からないけれども。
「燐、ウソだと思ってるでしょ?」
「そんなことは……思ってないけど……でも、わたしたちが今いるのってさっきの水の中でしょ。やっぱりしんでる方が普通なんじゃない?」
「そう、かもしれないけど……でも、生きている実感はあるよ」
ほら、と蛍に手を差し伸べられて燐は上体を起こす。
蛍の手のひらからは確かな温もりを感じた。
「なるほどね」
腑に落ちない所はまだあるけれど。
燐はようやくちゃんとにっこりとした。
……
………
…………
頭上には緩やかな波紋を広げた空が広がっている。
ファインダー越しに見ているような透明な青いヴェールが幾つもの筋を作っていた。
それが遥か遠くの先まで広がっている。
泳いで戻るにしてもかなり遠い、そこまで息が続くのだろうか。
そんな事を考えている時点で、すでに手遅れだったと気づく。
「もう地上には戻れないんだね……」
それが今の答えだった。
「この砂、さらっとしてるね。まるで星くずが落ちてきたみたいだよ」
蛍は暢気に足元の砂を拾い上げて、感嘆するように指で触っていた。
光は奥まで届いていないのに、その砂はきらきらと綺麗な色を放ちながら、蛍の指をすり抜けていく。
蛍の言う通り星くずを散りばめたような砂粒は別の意思を持っているかのように、水中で広がりもせずにそのままベージュ色の砂漠へと還っていった。
浮力もなければ、水圧のようなものもない?
じゃあ酸素は?
この水のような液体は一体……?
考えることが多すぎて頭が割れそうに痛くなってしまった。
「全部が偽物だから大丈夫なのかも」
水の中で手を洗うかのように、蛍が手をはたきながらそう呟いた。
不思議で不条理な世界だったけど、結局その理屈で片付いてしまう、そんな気はする。
この世界は”青いドアの世界”という別世界なんだから。
常識の枠から多少外れたことが合っても不思議ではない。
何よりここには悪意も善意もないのだから。
ただ、オカルトはないって言っていたあの人。
その言葉をどこまで信じていいかは分からかった。
「わたしと燐はお魚になっちゃった……とかは?」
突然種族が変わるとか、異世界ものの小説でもそうそうないだろう。
「蛍ちゃんはどう見てもお魚になってないよ。いつもの可愛いまんまの蛍ちゃん、だよ」
燐はくすくすと笑いながら、蛍を指さした。
蛍は顔を赤くすると、照れ隠しをするように髪の毛を回す。
長い髪は風とは違うなびきかたをしていた。
ゆらゆらと、深海にすむ生き物のように。
「そういえば……目が痛くないね。わたし、目が弱くて長時間水に漬けてるとすぐ痛くなっちゃうから……だからこれは水じゃないよ」
「えー、今更そんなこと言っちゃうの、蛍ちゃん。もっと他に重要なことがあるでしょー」
燐にそう指摘されたが、当の蛍は気にするような素振りも見せなかった。
「他のことは気にしても仕方ないよ。今はこの景色を楽しまないと」
蛍は水中でも普通に目を開けられることがよほど嬉しいのか、物珍しそうに周囲を飛び回りながら、この不思議な光景を記憶するように、何度も瞬きを繰り返していた。
燐はそんな蛍の様子を呆然と座り込んだまま眺めていた。
(確かに景色は綺麗なんだけど……)
それこそ童話の様な世界。
ここにも他の生物はなく、青と白、それだけで構成されている。
けど、ここはやっぱり水の中だった。
それは間違いない。
だって──。
ぽこぽこっ。
(喋るたびにこうやって空気が漏れるんだから、水の中で間違いはないよね。だけど……どこから空気を取り込んでるんだろう)
さっきまで普通に喋っていた燐だったが、水の中だと認識したら急に口を開けるのが怖くなった。
蛍の言うように魚、というのは流石に現実的ではないので。
間を取って人魚にでもなった……のだろうか?
燐は恐る恐る立ち上がると、自分の身体を一度くるりと見回した。
起き上がった時点である程度予想はついてはいたが、ヒレの足にはなっていないし、手にもエラのような突起物は出来ていない。
(まあ、蛍ちゃんが何ともなかったんだから、わたしだけ人魚なんておかしいんだけどね)
むしろそんなものになったりしたら、気が狂いそうになるだろうけども。
(でも……座敷童だってそうだよね。見た目は普通の人と同じだけど)
人成らざるものになる不安と恐怖。
そして孤独。
無意識だろうけど、蛍ちゃんはずっとその思いに睨まれてきたんだ。
蛍の言うショックがようやくわかった気がする。
そう思うと無邪気に振舞う蛍がとても愛おしくみえた。
「お魚とかの水の生物は、エラで水中の溶存酸素を取り込んでいるんだって」
蛍は両手をひらひらと魚の様にしながら、生物の授業で習ったことを燐に話した。
やはり魚の真似をしているのだろうか、口を無意味にぱくぱくと開けてもいる。
その度に真珠のように丸い泡が天へと昇って行った。
「まさかと思うけど、座敷童はカッパの要素は持っていないよね?」
燐は自分でそう言って頭のてっぺんを触っていた。
一瞬、固いものが手に触れて、びくっと身震いしてしまうが、それは自分が身に着けているカチューシャだと分かるとため息をついた。
こぽぽぽっ。
その度に気泡が上る。
鬱陶しくもあり恥ずかしさもあった。
カッパではない別の妖怪に変化したとか?
だとしたらわたしたちは進化……いや、退化したのだろうと思う。
命は水から生まれてきたから。
それに今更適応するのは進化ではなく退化と考える方が妥当だった。
「口からこぼれていくのは酸素じゃなくてその人の記憶、なのかも」
蛍は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。
「じゃあ、全部吐ききったら何もかも忘れちゃうってこと……?」
燐は先ほど上がって行った泡を眺めてながら、また別の泡を吐き出していた。
まったくもってきりの無い行為だった。
「嫌な記憶だけ無くなっていくとかは……さすがに都合よすぎるよね」
「そんなことないよ。わたし、蛍ちゃんとの楽しい記憶だけがあればそれで十分だと思っているし」
「ほんと? わたしも同じだから嬉しいな」
屈託のない笑みを浮かべる蛍に、燐は照れ隠しするように両手を後ろに回した。
それを見て蛍は唇に手を添えて微笑むと、空気の球が次第に小さくなっていく様子を憂いを帯びた瞳で眺めていた。
「燐は……嫌なことってずっと覚えている方、かな。わたしはどっちかっていうと一晩経つと忘れちゃうんだけど」
「自分では蛍ちゃんと同じだと思ってるんだけどね」
そう、嫌なことは一秒だって持っていたくないし、明日以降になんて持ち込みたくはない。
それが事物ならまだ解決はしやすい方だけど、人が、ましてや良く知っている人が関わることだと話が複雑になってしまう。
顔を合わせるたびに微妙な、おおよそ耐え難い嫌な空気が流れてしまうから。
だからこそお互いに愛想笑いをしてやり過ごしていたのだけれど。
(それが歪み……だった?)
あの歪んだ世界が出来た原因はノートにも書かれていたし、”オオモト様”も自身もそう言っていた。
もうずっと遠い出来事なのに、今だに脳裏に焼き付いて離れないのは”嫌な記憶”だから?
忘れようとしても忘れられない”嫌な出来事”。
どんなに逃げても追いついてくるし、すごく楽しいことがあった後でも、ふと振り返ってしまうこともある。
まるであの猿──ヒヒのように。
あのヒヒは嫌な事、嫌な感情を具現化したような存在だった。
そういう意味ではあの夜がなくとも、例えおにいちゃんが居なくとも存在していたのかもしれない。
お兄ちゃんの秘めた想い……だけじゃなく、もしかしたらわたしの中にも居た、のかもしれない。
でも、わたしの場合は動物の形をしていなかった。
捨てられた作業場で偶然拾ったあの鉄パイプ。
わたしの中の”ヒヒ”とはあれだった可能性もある。
最後まで持っていたし、何より。
(
「……燐のなんでも背負っちゃうところ、全然変わってないよね」
「え?」
いつの間にか傍まで来ていた蛍に背中合わせに囁かれた。
同じように後ろ手に握られた手をちょんちょんと触られる。
まるで何かを手探りに求めるように。
「うん。こればっかりは変わりようがないみたい」
燐も後ろを向いたまま手さぐりに蛍の手に触れた。
柔らかくて細い蛍の指先は少し力を込めただけで簡単に折れそうなほど、華奢な手触りをしている。
とてもまどろっこしいスキンシップだけど、今はそれで良かったと思う。
もし抱き着いたりしたら、それはもうここから帰ってはこれそうにないから。
二人しかいない水の底がそのまま二人だけの世界になってしまう。
それは悪くないけど、まだほんの少しだけ早い気がした。
「別に息苦しくはないけどさ、そろそろ行かない? ずっとここにいると先祖返りしちゃいそうだし」
燐は背中合わせの蛍の手をぎゅっと握ると、青と青が重ね合わさった天井を見ながら自虐気味に笑いかけた。
「燐の先祖ってタコ、だったっけ?」
「えー、わたしタコじゃないよぉ。それだったら蛍ちゃんはクラゲっぽいよ」
「あ、わたしクラゲにはちょっと憧れるんだよね。水中でゆらゆら揺れてるのを見ているだけで癒されるんだよね」
タコと言われて皮肉のように言ったのだが、蛍には届いていなかった。
「そういえば蛍ちゃん、前に一緒に水族館に行ったとき、クラゲのコーナーにずっと居たもんね。なんかクラゲのグッズも買ってたよね」
「クラゲの”クラちゃん”。今だってちゃんとベッドの上に置いてあるよ」
”クラちゃん”は、ミズクラゲをモチーフにしたキャラクターで、触手が異常に伸びるのがチャームポイントのぬいぐるみだった。
「わたし、あの触手にくるまれながら寝るのが落ち着くんだ……」
蛍はうっとりとした目線で青と白の天井を眺める。
その視線の先にクラゲを浮かべているのだろうか、はぁー、とため息音が泡と一緒に浮かんでいた。
「クラゲってさ、なんか怖くない? 毒とか持ってるのもいるでしょ。特に夏は大量発生するみたいだし」
「あれは、人間が不用意に近づくからいけないんだよ。もっとクラゲに優しくしないと。昔、タコを飼おうとした燐だって分かるでしょ?」
蛍があまりに意外過ぎることを言うので、燐はフジツボのように固まってしてしまった。
「あ、えっと、もしかしてお母さんから聞いた? でも、わたしその時の事、全然覚えてないんだよね」
蛍の期待とは裏腹に、燐は困ったように首を横に振った。
「そうなんだ。大泣きしたって聞いてたから覚えていると思ったよ」
燐の母親──咲良から聞いた話とは幾つか違うようで、蛍も首を傾げた。
「それは盛りすぎ。だって、確かみんなでそのタコ食べちゃったもん」
「うーん、ロマンもなにもないね」
「タコにロマンを求めるほうが可笑しいんだって。お母さんはすぐなんでも大げさにするんだから……」
「あははっ、でもいい人だよ。わたし燐のお母さんがあんな楽しい人だとは思わなかった」
「そう? 前からあんなだったよ。まあ……離婚寸前の時は別人かと思うほどだったけどね」
「そっか……じゃあ、別れて良かったんだね。燐の家は」
「結果だけ見ると……そう、なのかもね。でもよりにもよってパン屋とはねぇ」
「燐には良い経験になってるんでしょ?」
「まぁ、ね」
確かにこんなこと、そうそう出来るものではないけど。
スキューバだってやったことないのに。
潮の流れのようなものがないからずっと落ち着いたままの水中は、プールの底に居ることとそれほど大差はない。
ただ、流れがあった方がもっと楽に進めるし、何かあればそのせいにだってできる。
止まってしまうことはとても怖い。
みんなが上手く流れに乗っていると思えばそう思うほどに。
だから無理してでも泳ごうとするんだけど。
「でもね」
囁くような小さな声だったけど。
水の中は地上よりもよく音が聞こえてしまう。
それは水の音波が簡単に伝えてしまうから。
「タコの身体って柔らかいんだよ。だから燐だってきっと折り合いをつけられるよ。何事も柔軟に受け止められるよ。だってわたしの好きな燐だから」
告白、のつもりだろうか。
誤魔化すように微笑んでいるけど、その想いも簡単に伝わってくる。
水が何もかも教えてくれるようだった。
秘めた想いでさえも。
「クラゲだってそうだよ」
さっきより強く手をぎゅっと握る。
「クラゲだって柔らかそうに見えて芯は固いんだから。だから蛍ちゃんは流されたりしないんだよ。わたしの好きな蛍ちゃんは頑張り屋で、とっても強い子なんだから」
ぎゅっ。
指の動きは繊細過ぎて水中では音が届かない。
だから今の音はきっと、心が動いた音。
わたしの心が動いた音だ。
「わたし、蛍ちゃんが好きだよ。きっと誰よりも」
「大丈夫だよ燐」
「わたしを好きでいてくれる人なんて燐ぐらいだから。でも、燐はライバルが多いからちょっと心配だけどね」
「それこそ大丈夫だよ」
また、ぎゅっとした。
それは指が絡まる音でもあったし、心が気持ちが暖かくなる音かもしれない。
どちらも重要じゃない。
「ねぇ、蛍ちゃん」
「なぁに、燐」
すぐ後ろで親友の声。
同時に頭にコツっとしたものが当たる。
頭をもたせかけたのだろうと思った。
「泳ぐんじゃなくて、水の中を歩いてみようか。どこまで続いているかはわからないけど」
「わたしもそれがいいかなって思ってたんだ。燐と一緒だったら、どこまでも行けるから」
蛍は笑顔で振り返る。
蛍が一緒にいてくれて本当に良かったと思った瞬間だった。
「くすっ、蛍ちゃん。泳ぎ苦手だもんね。ついでにレクチャーしてあげよっか? もう溺れたりしないように」
あはは、と笑い合うたびに泡がこぼれていく。
それは空気なのか、記憶なのか。
けどそこは重要じゃなかった。
重要なのは二人でいること。
ふたりだから楽しくて、ふたりだから寂しかった。
少女達は手を取り合って、海ともしれない深い水の底を歩く。
音のない世界。
風も当然ないが、水流のような強いうねりもなく、これといった起伏もない平面の世界が広がっていた。
星屑の大地は何の生物の痕跡もなく、青い宇宙の別の惑星のように静かだった。
その惑星の砂地を踏みしめる。
ざくっざくっと音がして燐と蛍、二人の足跡がその後につづいた。
それはただ無意味に靴の形を残していくだけ。
けれど、その軌跡は何かに繋がるような、そんな余韻もあった。
────
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────
★100円ボールペン。
最近、プライベートでボールペンを使う機会が増えたので色々なメーカのものを試しているのですが、どうもしっくりくるのがないんですよねー。
その中でもSARASAというジェルボールペンがまぁまぁ気に入って使ってますね。ただ、替え芯を買うほどでもないんですよねー、何かが足りない?? 個体差があるのか、たまにインキの出が悪いこともあるし、何より直ぐインキがなくなってしまうのがちょっと難点です。でもコンビニなんかでも売っているのでつい買ってしまうんですけどねー。
そんな時、本屋さんで新製品との触れ込みでUNI-BALLONEとかいうSARASAよりもほんの少し高めのペンを買ってみたら……すごく軽い書き味で良かったですよー。ちょっとグリップの所が滑りやすい気もしますが、この加速度は堪らないですねー。
ただ、これもインクがすぐ無くなりそうなのがぁぁ……それに少しだけペン自体が短いのも気になってしまったり……でも、インキがなくなるまで使い続けるとは思いますけどねー。当然の事なんでしょうが。
☆500円のカメ、さん?
少し前の頃、いつの間にか家のトイレにカメが鎮座しておりました。
と、言っても生き物のカメではなくていわゆるガチャガチャの景品のカメのフィギュアなんですけどねー。噂には聞いていたんですが、まさか自分の家にも連れられてくるとは……この亀ってガチャガチャのカプセルに入れることが出来なくて甲羅のままで出てくるとか聞いたことがありますねー。わたしが実際に回したわけじゃないから分からないんですけど。
で、流石に500円だけあってリアルに出来ておりますし、可動部分もやたらと多いです。口も動きますしね。このモデルの売りは甲羅に全身を収められることらしいですが、最初から甲羅に入った状態で出てくるみたいなので、むしろ引っ張りだすことが出来る方が正しい……のかな? マニュアルの様なものがなかったので詳細は分かりませんでしたが、ネットで調べたところハコガメシリーズの中でも、もっともポピュラーな? セマルハコガメのキットだったみたいです。
トイレが住処なので入るたびに愛でていますが、手触り良きーー。でも、今のところ金運アップなどの効果はなさそうです……。
それではではでは。