We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

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 あまりにもざっくりとした地図を頼りに山へやって来た事までは良かったけれど。

 実際に本当にそれが分かるのだろうか。

 お宝というか、”何か”がある所まで。

 何か、視覚的に分かりやすい目印でもでも置いてあればいいのだろうが、何の変哲もない地面や草むら等では判断がつかないだろうから。

 この地図の状態から見て、年月は経ってるようにもみえるし。
 今と昔とでは様相が一変している事だって十分に考えられる。

 ここまで来て言うのもなんだけど、無謀──だったのかも。

 それは蛍だけでなく燐も内心ではそう感じていた。

 ワクワクするような高揚感もないわけではないが、情報量の少なさと、少女二人での探索ということもあって、無謀極まりないと揶揄されてもおかしくはなかった。

 それでも気になる事柄だったのは確かだったので、好奇心に引かれてここまでやってきてしまったのだけれど。

「はっ、はっ、はっ」
 
 暑いような涼しいような。
 どちらともつかない曖昧な感覚が肌に伝わってくる。

 汗でべたべただから暑いと言うことには変わりはない。
 けど、山裾を伝わってくる風は涼しいというよりも肌寒く感じる時だってある。

 周りは崖、もしくは明らかに危ない角度で広がっている雑木林だからちょっと足を踏み外してしまえば大変な事になるだろうけど……。

 標識もなければ当然手すりもない、目印になるようなものすらなかったから。

 山の上でありながら、何もない海を渡っているのと同じ感覚があった。

 けれども、ここから見る景色は明らかに違って、雲と同じ目線で歩くことがこんなに気持ちいいとは思っていなかった。

 高所から吹く風は気まぐれに流れる街中の風とも、辺鄙な田舎に吹くのどかな風とも違う。
 空と緑の入り混じった新鮮な風の息吹をつぶさに感じさせていた。

 その生まれたばかりの風に吹かれていると、汗ばんできた身体がちょっとだけ癒されていくようだった。

 心地よい風に吹かれながら、現実感の薄い細々とした山道をひたすらに歩く。

 縦走なんて言っても結局は山歩きだからまた疲れるだろうなぁって思っていたけど。

 目線が雲と同じだからか、空も山もずっと近い場所に思わせる。
 それは思っていたよりも楽しく、むしろ感動すら覚えた。

 こうしてはしゃいでいるのも、”また”最初の内だけかもしれないけど。

「あっ、だいぶいい感じ(ペース)になってるよ。さっきよりも全然歩けてるね」

 担いでいるバックパックが大きすぎてカバンが声を出しているみたいに見えるけど、横目で振り返った燐が励ましてくれていた。

「そう、かなぁ? 自分じゃ全然、分からないけど」

 呼吸を一定のリズムに保つのが大事だと言われたから実践してはいるけど。
 自分じゃリズム感はないと思っているからこれで合っているかは分からない。

 吐くことよりも吸う方に集中した方が楽だと言われたが。

「はぁ、はぁ、ふっ、ふっ」

 テンポよく、吐いては吸うの繰り返し。
 足もそれに合わせて前へ前へと出していく。

 学校とかでよくやる行進なんていうものは本来こういう綺麗な息づかいをする為の所作を学ぶためのものなのかもと、蛍は今更に思ったりした。

 でも蛍がちゃんと歩けているのは、もちろんそれだけじゃなく。

(燐が引っ張っててくれてるから、だよね)

 蛍の両手には再びトレッキングポールが握られていた。
 その少し前を燐が歩いている。

 だから二人の手は繋がれていない。
 けれど、それは安全の為であって、突き放されたとかではなかった。

 それでも燐はなるべくペースを蛍に合わせているので、二人の距離はそれほど離れてはいなかった。

 これだとペースが落ちてしまうけど、無理して遭難とかの方がよっぽど危なかったから。

「富士山、良く見えるね」

 ふと立ち止まった蛍が前を行く燐に話しかける。
 さっきから視界を捉えて離さない日本一の霊峰の姿に嘆息の声を上げた。

 あの頂に立てるとは流石に思っていないけど、こうして高い目線から眺めているともしかしたらという気持ちになってしまう。

 富士山はきちんと登山道が整備されているから見た目より楽なんだと、燐に言われていたから余計に尚更だった。

「今日は雲も少ないし、夏にしては空気も澄んでいるからくっきり見えるよね」

 蛍の隣に立った燐も同じ方向に目を向ける。

 夏の富士山は緑の服をすっぽりと被ったようにしゅっととしていて、少しスリムに見える。

 割と見慣れている景色なのに、今日は一段とその姿が目に焼き付いていた。

 やけにはっきりと目に浮かんでくるので、十数キロ先の山に登っている人の姿までもがここから確認できそうなぐらい。

 ──手が届きそうで届かない場所。

 それはあの澄み渡った青と白の世界みたいだった。

「やっぱりいいよね、富士山。とっても高くて大きいんだけど、登りやすいっていうかちょっとだけ優しいんだよね。なんか……もう一度行ってみたくなっちゃったなぁ」

 日本一高い山を望む燐の横顔は夏色を思わせる爽やかな少女から、どこまでもありのままでいる女性への転身を遂げたみたいにちょっとだけ大人びて見えた。

「燐なら直ぐにでも行けると思うよ。前に登ったことあるんでしょ」

「まぁね、でもあの時は……あ、そうだ! 今度は蛍ちゃんも一緒に登ろうよ! だいぶ山にも慣れてきたみたいだし!」

「え、わたしは……多分まだ無理かな。慣れたって言ってもまだ全然苦しいし」

「大丈夫、いざとなったらおぶってあげるからっ」

 胸をドンと叩く燐を見て蛍は小さく笑みを浮かべる。

「燐は、今でも色々背負ってるんだから……これ以上は本当に潰れちゃうよ」

 本人の性格だけじゃないとは思ってるけど。

 それにしたって燐は他人の事を自分の事のように考えてしまうから。
 やっぱり心配ではあった。

「んー、そう、かなぁ? これぐらいの荷物だったらまだまだ余裕あるんだけど」

 燐は首を傾げながら、担いだバックパックの紐を背負い直す仕草を見せた。
 
(そういう意味で言ったんじゃないんだけど……)

 蛍は何とも微笑ましいような困ったようなそんな複雑な顔で眺めていた。

「でもさ、燐。重くはないの? そんなにいっぱいの荷物なのに」

「まあ、これぐらいならわたしでも持つこと出来るよ。本格的な登山家(クライマー)なら自分の体重ぐらいの荷物を背負うのは普通みたいだし。その点じゃわたしはまだまだ楽してるのかもね」

「そうなんだ……やっぱり登山って大変なんだね。わたしには絶対に無理だなぁ」

 一緒に家を出た時、やけに荷物の多い燐がちょっと心配になったけど、それでも燐の方が歩くのが早かったから蛍は何も言えなかったのだ。

 燐はいざという時の野宿まで考えていたので、テントや調理器具などの諸々一式を詰め込んでいたから、荷物の総重量は優に数十キロを超えていた。

 テント泊まで想定するなら割と平均的な重量だが、蛍にしてみれば重くて動けないのではと思うほどの大きさであったから。

「わたしはまあ……本当は、持てる持てない以前にそんなに荷物、持ちたくないんだよね。必要最低限の装備だけでいいと思ってるし」

「燐はそう言う所、無駄がないもんね。ミニマリストって言うんだっけ? そういうの。わたしは、むしろ燐と逆かな。あれこれ持っていきたくなっちゃう」

「でも、重い荷物に慣れておくのも悪い事じゃないよ。体力つくからね」

「そういうもん、かなぁ」

「うんうん。トレッキングは体力勝負だからね。鍛えておくに越したことはないよ」

 燐にそう言ってもらえると鬱陶しい重さの荷物にも意味があるような気がしてくる。

 体力がついている実感はさすがにまだ湧かないけど、こうして燐に褒められるのならそこまで悪い気はしなかった。

「えっとさ、蛍ちゃん。話の腰を折るようで悪いけど、もうちょっとだけ急げる? あんまり遅いと着く前にテントで寝ることになっちゃうから」

「あ、ごめん。頑張ってみるよ」

 蛍は少し自信なさげに、でもはっきり返事を返した。

「急かせちゃってごめんね。でも日が暮れると山は本当に危ないから」

「大丈夫、分かってるから」

 二人は微笑み合うと、進むべき山の方角へと向き直す。

 スマホの地図上ではまだまだ先のようで、このままだと本当に泊まりになりそうだった。

 蛍はトレッキングポールのグリップを握りやすく調整する。
 両方の手で馴染むように握り直すと、再び歩き出そうとして燐の方を見る。

 燐はどこか楽しそうにしていた。

「そう言う割にはなんだか楽しそうだよね。燐はやっぱりキャンプしてみたいの?」

「あ、あははっ、やっぱりバレちゃうのかな。わたしって直ぐに顔に出ちゃうなぁ」

 ごしごしと燐は顔を擦る。

 少し照れながらも隠すことなく笑顔を向ける燐。
 その顔は本当に楽しみたいできらきらとしてた。

「それもあるけど、ちゃんと準備までしてきてるから。やっぱり使ってみたいなぁって」

「燐とはいつも一緒なんだからキャンプでも同じなんじゃない? 二人でいることが当たり前になってるところあるし……」

 そう言って、蛍は少し俯いた。

 周りの人からも認知されていると言っても、やっぱり面と向かって言うのはちょっぴり恥ずかしかったから。

「確かにね。でもキャンプって結構面白いから。きっと蛍ちゃんも気に入ると思うよ」

 当然のように燐が言うので、蛍は目を瞬かせて呟く。

「そ、そっかな」

 確かに今はキャンプブームにはなっているけど、それを自分が楽しめるかはまだ分からない。

 アウトドアだって燐の真似をして始めたようなものだし、燐の言う様に果たしてそこまでのめり込むものなのか。

 まだ半信半疑の蛍だった。

「まあ、キャンプするにしてもやっぱり早めの方がいいからね。暗くなってからだと色々面倒になっちゃうし。下山かキャンプか……その見極めが肝心なんだよね」

「それはそうだよね。辺りが暗くなってから迷うのは危ないと思うし」

「とりあえず、行けるところまでは行ってみよ。いちおう保険もあることだし」

「うん」

 こういったこまめな意思の確認は面倒だけどやっぱり必要だと思う。
 地上と違う山ならば尚のことらしい。

 少しの判断ミスが命取りになると燐は教わったらしく、それはあの歪んだ夜の時でも発揮されたみたいだったから。

「今日は天気が崩れそうにないから精々5時がピークだね。それ以降はどっちか方針を決めないと」

「5時、か……」

 蛍は赤いバンドの腕時計に目を落とす。
 後、三時間程度あるが、その時間で蛍がどこまで歩けるかが問題だった。

(燐の足を引っ張りたくはないけど……果たして行けるのかな、わたしは……)

 縦走と聞いて顔を曇らせたけど、今のところは思っていたほどではなかった。
 この先どうなるかは分からないけど。

「大丈夫だよ、燐。きっと」

 これ以上は気を遣わせたくはなかったから。
 蛍は精一杯の笑顔で答えた。

「分かった。でも辛くなったらいつでも言ってね。無理は禁物、なんだから!」

 燐は元気よく答えて、再び先頭を歩いた。

 さっきの山から先は行ったことがないと燐は言っていたから、今歩いているのはまさしく未知の場所だった。

 それでも臆することなく先を行ってくれる燐。

 お膳立てしているみたいでちょっと嫌だったけど。
 それでも燐の気遣いには素直に感謝した。

(このまま二人でどこまでも行けたらいいのにね)

 そんな事を胸中で思いながら、燐の後ろに蛍も続いた。



 雲がちらちらと流れていた。

 雨の降る様子はなさそうだが、思っていたよりも早く日が暮れそうな気がして。
 二人は自ずと足早になっていた。

 山肌まで伸びる二本の影はふらふらと揺れていた。

 それでも、少女たちは何が待ち受けているのか分からないその地を目指して道なき道を進む。

 無謀とも好奇心ともとれる行動でもって。




── SIREN ──

「ねぇ燐、やっぱりわたしも手伝うよ」

 

 手持ち無沙汰に耐えかねた蛍がおずおずと口を開ける。

 

 さっきから燐がひとりで色々やってくれていて、蛍は背もたれのあるアウトドアチェアにちょこんと座り込んでそれを眺めているだけだったのだから。

 

 自分も何か手伝わなければと思って、堪らず声を掛けたのだった。

 

「大丈夫だよ蛍ちゃん。ほらこのテント……あ、凄いね! 広げるだけで簡単に設営できちゃたよ。後はペグを打つだけ……初めてみたけど簡単だぁ、これ!」

 

 燐は前からそうだが、蛍もアウトドアショップに行くことが増えたのでこういった”お手軽なテント”があること自体は知ってはいたけど、実際にテントが勝手に出来上がるのを見るのは初めてだった。

 

 なので、燐は自分でやった事なのにびっくりしていた。

 蛍も予想とは違ったお手軽さに目を丸くした。

 

「テントって案外楽ちんなんだね。もっと大変なものじゃなかったっけ」

 

「本当はもっと面倒なんだけど……でも、これは簡単だったね。前から使ってるテントしか持ってなかったから、こんなに楽だと思わなかったよ」

 

 重くてかさばるキャンプを想像すること事態がもう古いのだろう。

 最近のキャンプギアの急速な進化を見るとそれが頷けた。

 

 設営も片付けも全てがスマート。

 それが今のキャンプだった。

 

「でも、重いテントを頑張って立てるのもキャンプの醍醐味みたいなところもあるから」

 

 燐は手ごろな石でペグを打ちつけながらキャンプに対する持論を語っていた。

 

「そうなんだ。わたし、キャンプの経験ないからちょっと楽しみなんだ」

 

 お嬢様然とした蛍の言葉に燐は苦笑する。

 実際にお屋敷のお嬢様なのだから間違っていないけど。

 

「学校の課外授業でもやったこと無いの?」

 

「わたしの学校ではなかったね。都会の町に行ったり工場見学してたから」

 

 蛍の通っていた学校は周りが山に囲まれている田舎町だからか、行事の際は専ら都会に行くことが多かった。

 

「そっか、じゃあ素敵な思い出に残るようなキャンプにしてあげないとね」

 

 燐は自らハードルを上げるようにそう言うと、バックパックから厚めのシートを引っ張り出してそれをテントの中に引いた。

 

「あ、それ。さっき座った時に引いたものだよね。ふかふかのシート」

 

 ランチの際、石のベンチの上に引いたシートを燐はテントの中に広げていた。

 

「これは寝る時にもいいんだよ。上に掛けるブランケットは持ってきたけど、下に引く布団はもってないから。あ、蛍ちゃんは先に中に入って休んでいいからね」

 

 燐はテントの中の荷物をずらして、蛍の為のスペースを確保しておいた。

 

「燐は、これから夕食の準備もするんでしょ? やっぱり手伝うよ」

 

「夕食って言っても大したものじゃないから大丈夫だよ。調理するような食材は持ってきてないし」

 

「でも、燐に全部やらせちゃってるよね」

 

「気にしなくてもいいよ。ちょっと忙しくしてる方がわたしに合ってるみたいだから」

 

「だけど……」

 

 燐の性格上を知っているからそれは分かるんだけど、それと蛍が手伝わないのは別だと思っている。

 

 だからか燐が頑なに手伝う事を拒むのを寂しく思った。

 やっぱり自分が足手まといになっている、と。

 

「あはははっ」

 

「燐っ?」

 

 突然、燐が笑いだしたので、蛍は素っ頓狂な声を上げた。

 

 疲れが限界までくると意味もなく笑い出すことが稀にあるらしいが。

 燐はずっと気遣いしてくれていたし、相応に疲れているのかもしれない。

 

 今日は燐に頼り切りだった蛍は、申し訳ない気持ちになった。

 

 けれど燐はあっけらかんとした表情でこう言った。

 

「あ……ごめん。何だか楽しいなぁって思って。やっぱり一人でするアウトドアよりも誰か居た方が楽しいなぁって思って」

 

「あっ、でもでも、誰でもいいって言ってるわけじゃないからね。蛍ちゃんと一緒だからこんなに楽しいんだよ。それに今日の蛍ちゃん、いっぱい頑張ってくれたからすごく嬉しいな」

 

「わたし、何もしていないよ」

 

 今だってそう、ただ後ろを着いていっただけ。

 流されるままなのは何も変わっていない。

 

 やっぱり燐は、そんなわたしに……。

 

「そんな事、ないよ」

 

 燐は真っ直ぐに見つめながら蛍の手を取った。

 

「辛くても一生懸命に前へ進んでいく、そんな頑張り屋さんの為に何かしてあげたいの。ただそれだけ」

 

(燐……)

 

 蛍は何か言いかけたが、その口をつぐんた。

 代わりににこっと笑顔を向けた。

 

「燐の、その言いたいこと、分かったよ。でも、わたしも何かしてあげたいんだ。自分の事よりも他人を優先するもう一人の頑張り屋さんの為に」

 

 不意打ちのような蛍の言葉に燐は口をポカンと開けて一瞬立ち尽くした。

 

「ね?」

 

 口を小さく開けて微笑む蛍。

 それを見て察した燐も微笑む。

 

 他愛ない事だけど、それこそが今の二人に大切な事の様な気がしていた。

 

「くすっ、そうだね。うーん、じゃあ……」

 

 燐はう~ん、と考え込む仕草を見せる。

 何か蛍に出来そうな簡単な用事はないものかと思案する。

 

「じゃあさ、蛍ちゃん。火おこしするから薪になりそうな小さい枝とか集めてもらってもいいかなぁ? あっ、でも、見つからなくても全然いいからね。無理して遠くまで探しに行かなくてもいいから」

 

(無理して焚き火しなくてもいいけど、ちょっとぐらいなら……ね)

 

「うん。分かった」

 

 蛍は分かりやすく顔をぱあっと明るくすると、了承したように小さな手をパンと合わせた。

 

 ちょっと心配だったが、これ以上蛍に気兼ねさせるのも流石に悪いし、本人がそれで満足してくれるならそれで良いと思ったから。

 

「ん、じゃあ、行ってくるね」

 

 蛍は自分の荷物からヘッドライトを取り出して頭に通すと、テントの周りの木々から探し始めた。

 

 まだ肉眼で周囲を確認することが出来るが、夏だからと油断してると直ぐに暗くなってしまう。

 

 テントを設営した場所は見通しは良いが、ちょっと進むと岩だらけの断崖絶壁な場所だったから。

 

 蛍は軍手をはめた手を心細げに胸元で組みながら、注意深く周辺を探した。

 

(この辺りにはあんまりないみたい……やっぱりもう少し奥の方へ行った方がいい?)

 

 顔を上げた蛍は燐に向かって手を振りながら、少し頑張って声を上げた。

 

「燐ー、この辺にはなさそうだから、ちょっとだけ奥まで行ってみるー」

 

「分かったー。でも、本当に無理しなくていいからねー」

 

「うんー」

 

 燐はもう一度同じことを蛍に言うと、ぶんぶんと大きく手を振って合図した。

 

 蛍も真似して手を少し大げさに振って応えた。

 

(燐にはああ言ったけど、出来ればいっぱい見つけて驚かせたいな)

 

 蛍は怯むことなく暗い森の中を進んで行く。

 燐に頼まれたこと以上の事をしてあげたかった。

 

 まだ夕方なのに森の中はすでに夜と変わりなかった。

 それでも蛍はヘッドライトを灯しながら探し続ける。

 

 怖いのは確かにあったが、燐の期待を裏切りたくはなかったから。

 

 蛍は燐の喜ぶ姿を思い描きながら黒い森の方々を探し回った。

 

 ……

 ……

 ……

 

「………」

 

 燐は、後ろ髪を引かれる思いで蛍の後姿を眺めていた。

 

 黒い木々のその合間にその姿が消えるまでずっと。

 複雑な思いを顔に浮かべながら。

 

(蛍ちゃん、大丈夫かな……無理してないといいんだけど……)

 

 自分で頼んだこととはいえ少し後悔していた。

 もっと簡単な用事の方が良かったかもと。

 

(こういうの依存っていうんだよね。もっと蛍ちゃんの事を信じてあげないとね……!)

 

 ぱんぱん。

 燐は自分の両頬を叩いて気持ちを落ち着かせると、自分のやるべき作業へと意識を無理矢理戻した。

 

 蛍が戻ってくるまでに全部済ませて驚かせたかった。

 

「ん、じゃあ、夜ごはん……って今更そんなに改まるものでもないなぁ」

 

 大したものは出来ないと言ったけどそれは何一つ間違っていない。

 

 とりあえずテントと一式は持ってきたけど、それを本当に使うことになるとは思ってはいなかったから。

 

 それ以外の物、例えば夕食などは本当に大したものは用意していなくて。

 

「わたしが持ってきたのはこれだけで、蛍ちゃんが持ってきたものは、これかぁ」

 

 二人が持ってきた食料を見比べながら燐はむむむと首を捻る。

 

 そこには、インスタント食品やレトルト、後は行動食やお菓子などの出来合いの、しかも簡素なものしか並んでいなかったから。

 

「こんなことなら家で何か作って持ってくればよかったかぁ。気が回らないなあ、わたし」

 

 サンドウィッチだけは作ってきたが、それはもう二人で全部食べてしまった。

 お菓子ならそれこそ余るほどあるのに。

 

 ちゃんとした食材ではなく簡易的なものしか持ってこなかった詰めの甘さに燐は我ながら、がっくりきてしまった。

 

(ちゃんとしたキャンプをしたことないって蛍ちゃん言ってたから、流行りのキャンプ飯でも作ってあげたかったんだけど……)

 

 これではキャンプ飯というよりも所謂”ズボラ飯”しか作れそうになかった。

 

 まあ、日頃の二人の食事も大体こんな感じだったから慣れてはいるだろうけど。

 

「ご飯と……まあ、レトルトのカレーがあるから、今日はカレーだね、やっぱり。なんだか……いつもと変わらない気もするけど」

 

 燐も蛍もある程度の料理なら出来る。

 けれど別に料理が好きという訳ではなかったから。

 

 食にこだわりがない事が、燐と蛍の意外な共通点だった。

 

「とりあえず、ごっはん~。ごはん~から、作るよ~」

 

 謎の歌詞を口ずさみながら、燐は青いマットを引いた石の上にコッヘルとバーナーのセット、後、メスティンと呼ばれる最近流行りの小型の飯盒を並べた。

 

 ご飯と言ってもお米を水で洗って、とかではなくお湯を沸かせたメスティンの中に持ってきたパックご飯をそのまま入れて待つだけの簡単なもの。

 

 しかもこの方が飯盒炊飯で良くある失敗もなければ普通に美味しいという、お手軽かつメリットだらけだった。

 

 それにはまずお湯がないと話にならないので、燐はまずミネラルウォーターでお湯を作ることにする。

 

「水は……これぐらい、かな」

 

 内側のメモリに合わせて水を注ぐ。

 

 安価なものにはついていない事があるが、燐が最近買った物には計量カップの様な目盛りが付いて、用途に合わせた使い方が出来るようになっていた。

 

 本来推奨されるやり方ではないのだが、こっちの方がメスティンも汚れないし、何より楽だったから。

 

 線の所まで水を入れると、燐は小さなバーナーのコックを捻った。

 

 カチン、という鈍い金属音と共に、青白い炎が一瞬に揺らめきだした。

 

 水が沸騰する間、燐は他の献立をどうしたものかと並べたものをつぶさに凝視する。

 登山で減ったカロリーを戻すにはもう少し量のあるものが欲しかった。

 

(あれっ、これって……?)

 

 何故かパンパンに膨らんでいたスナック菓子の後ろに隠れるようにして、あるもの姿が燐の目に飛び込んできた。

 

 燐が自分で持ってきた覚えは無い。

 だとすると、蛍が持ってきたということになる。

 

 けれど、これは……燐は目を瞬かせてそれを手に取ってみる。

 間違いなく、スーパーでも良く見かける、あの”食べ物”だった。

 

(これを山に持ってくる人っているかなぁ。まあ、食べられないわけではないけど)

 

 ただ、蛍が()()を好物だったとかは聞いたことがない。

 好きな人はいるとは思うけど。

 

 燐はまあ、そこまで好んで食べるものではないと思ってる。

 出されたら食べるけれど。

 

「折角だから、これも調理にしようかな。お腹の足しにはなると思うし」

 

 ちょっと変わった付け合わせにしかならないだろうけど。

 

 ぽこぽこと気泡が沸き立つような音を合図に、燐はパックも開けずにご飯をそのままメスティンの中に投入して蓋を被せた。

 

「後は待つだけ、だね。それにしても……蛍ちゃん、どこまで行ったんだろ、ちょっと遅いかなぁ?」

 

 蛍はまだ戻ってこなかった。

 ライトも持ってるし、スマホもあるから何かあっても大丈夫とは思うけど。

 

 つい、スマホを覗き込んでしまう。

 まだ大して時間が経っていないことに燐は安堵した。

 

「ふぅ……」

 

 ため息一つついて、空を見上げる燐。

 

 日が暮れて完全に沈んだ後に広がる茜色のヴェールが、空を焦がさんと燃え盛っていた。

 

 月はもう既に姿を現している。

 まだぼんやりとした光を放っているだけだけど。

 

(んんー、わたしって本当にダメだなぁ……なんで蛍ちゃんの事を信じられないんだろ。笑顔で送り出したばかりなのに)

 

 あの笑顔は嘘ではないのに。

 なぜ、余計な事まで考えてしまうのか。

 

「はあーぁ……」

 

 燐は肺の奥から絞り出すように嘆息する。

 

 そしてスマホをぎゅっと握りしめた。

 募る思いを表すかのようにとても強く。

 

「わたしは蛍ちゃんの事を信じたから、なんだよね……?」

 

 燐は自問自答する。

 蛍は一人でも大丈夫だと思ったから。

 

 もう自分は必要ないからと思ったから、その前から消えたのだと。

 

 現世でも常世でもない世界。

 

 ”お兄ちゃん”がいってしまったところに。

 

 確かに自分の意思はあった。

 けれど、全て望み通りというわけではなかったが。

 

 ”わたし”はそこに魂だけが残されていて、意味もなく漂っているだけだった。

 

 もっとちゃんとしたモノ。

 変化した彼らのように穢れの無い純粋な存在になりたかっただけなのに。

 

 わたしの心はもうボロボロになってしまったから。

 

 それが不幸とか不運だったとかは思っていない。

 きっと、自分で望んだこと。

 

 そう、全ては偶然。

 

 たまたま偶然が重なり合っただけ。

 それ以上でも以下でもない。

 

 確然たる理由なんてものはなかった。

 

(でも、だけど……)

 

 あれほどの目にあってもまだ心の奥底で何かを否定している自分もいる。

 

 全ての事柄を偶然で結び付けてしまうのは何かこう……少し乱暴な気もするのだと。

 

 今だって偶然にこの山までやってきたわけじゃない。

 何かの見落としがまだあるのではと、思っている。

 

 それが何かまでは掴めてはないけど。

 

(けど、なんでだろう? さっきから胸騒ぎが収まらない)

 

 胸のドキドキがさっきから強くなっている気がする。

 

 こんな事を今更考えてしまうのは、何かの予感がするからなのか。

 

 たまに時間の流れが早かったり、遅かったり感じることもあるけど。

 

(やっぱり普通じゃないのかな、わたし……何も意識なんか出来てないのに)

 

 山にだって二人で無事に登りきることも出来たし、目的の場所にも一応、”辿り着くことが出来た”というのに。

 

 暗くなってから下山するのは危険だからと、テントで一泊してから下山することに二人で決めた事は間違ってないはずなのに。

 

 どこか不安な気持ちが収まらない。

 

(失う事が怖いんだね。きっと)

 

 大事な、とても大事な友達を失うことが。

 

 自分から離れて行ったのに、やっぱり戻ってきてしまったのはきっと未練からだけじゃない。

 

 本当に大切なもの。

 本当の想いを知ったからだと思う。

 

 あんな不器用な方法でしか本当の事が分からなかったなんてあまりにも滑稽で笑えるほどだけど。

 

 だからこそもう二度と失いたくはない。

 

 輪郭がなくなって心まで凍り付いてしまったわたしを救ってくれたのは。

 

 きっと、彼女の純粋な想いだと思っているから。

 

「──っ!」

 

 身体の奥から湧きあがる良く分からない焦燥感に煽られて燐は、もう一度スマホのスイッチを入れようとした。

 

 何か明確なビジョンが見えたわけではないが、どうしても心が落ち着かなかった。

 

 このままだと居ても立っても居られなくなり、燐はもつれそうになる指を蠢かせて、蛍のスマホにダイヤルしようとしたその時。

 

 背後から声がした。

 

「燐、何してるの?」

 

「うひゃあぁぁあ!!」

 

「あわわっ?!」

 

 脅かそうとしたつもりではなかったので、急に叫び声を上げた燐に蛍はびくっと身を縮こませてしまった。

 

「あっ、ご、ごめん蛍ちゃん。い、いつ戻ってきた、の?」

 

「えっ、う、うん。ちょうど今だよ。ほら、見て燐。何か枝がいっぱい落ちてる場所があったの」

 

 持ってきた袋一杯の枝を見せて微笑む蛍。

 よほど張り切っていたのか、服だけでなく綺麗な黒髪にも汚れがついていた。

 

「ほら、蛍ちゃん、汚れてるよ。枝はその辺に投げちゃってていいから」

 

 あしらうような感じで燐はタオルを投げた。

 その様子に蛍はきょとんとする。

 

 まるで母親に放って置かれた幼い子供みたいだな、と思った蛍は。

 

 がばっ。

 

「わっ! な、何!?」

 

 急に蛍が抱き付いてきたので、燐は上擦った声を上げてしまっていた。

 

 泥だらけになるまで探してきた小枝は、ぞんざいに投げ捨てられ、ばらばらと地面に転がっていった。

 

「燐。寂しかったんでしょ? わたしが戻ってこないから」

 

「そ、そんな事は……ないよ。多分」

 

 蛍の胸の中に抱かれながら燐は消えかかりそうに言葉をこぼす。

 

「燐は寂しがりやだもんね。わたしが傍についててあげないと」

 

 子供をあやすようにぽんぽんと背中を擦る蛍。

 この行為に既視感を覚えたが、それはむしろ良い事だった。

 

「またそうやって子ども扱いするぅ。わたし蛍ちゃんと同い年なんだよ?」

 

「それは分かってるけど、でも、事実だから」

 

 蛍は燐と言う少女を良く知っていた。

 

 明るくて、何でも出来て、頼まれごとは何でも引き受けてくれる、か弱い少女。

 それが燐だった。

 

「も、もぅ、大丈夫だからっ。ほら、身体を拭いたほうが良いよ蛍ちゃん。ちょっと……汗臭いし」

 

 外だと流石に恥ずかしいのか、燐は耳まで赤くなりながらも首を横に振った。

 

「燐だって、汗臭いよ。でも、燐のこの臭いわたし結構好きだよ。頑張ってるのよく分かるし」

 

 例えば部活の後なんかがそうだった。

 燐は誰よりも一生懸命で頑張ってる。

 

 一緒の洗濯機で洗う様になってからそれが良く分かるようになった。

 

 ……決して匂いフェチなどではないと思う、多分。

 

「そーゆーのは後でいいからっ。はい! さっさと顔を拭くっ」

 

 少しからかいすぎたのか、燐は顔を真っ赤にして暖かみのある濡れタオルを蛍の顔に押し付けた。

 

「ふふ、じゃあ後のお楽しみにとっておくね」

 

「何よもう、それぇ……」

 

 意味ありげに微笑む蛍に燐は訝し気に眉をひそめた。

 

「そういえばさ。あそこが秘湯の温泉だったら良かったのにね。それならさっぱり出来たのに」

 

 燐から受け取ったタオルで髪を拭いながら、蛍はあの印のあった場所の事を話し出した。

 

「確かに、()()だったら……ね」

 

 燐は少し曖昧に微笑み返す。

 

 それは燐がというより、あの場所での蛍のとった行動が気に掛かっていたせいだった。

 

 

 ──

 ───

 ────

 

 

 ──目的の場所は確かにあった。

 

 合ったと言うか、割と簡単に見つけることが出来た。

 

 目印の様なものはなかったが、そこだけはそれなりに整備されてあったからだった。

 

「ここ、だよね?」

 

「多分……」

 

 蛍と燐は思わず顔を見合わせて深いため息をついた。

 

 そこまで期待はしていなかったけど、苦労してきた割には大したものではないように見えたから。

 

 そこには温泉もお宝もなく、ただ一つの物体が有っただけの呆気ないものだった。

 

(何これ……石の、柱? 何も書かれてはないけど……?)

 

 そこまで高さの無い石の柱の様なものが立っているだけ。

 

 偶然に出来たように見えるほどボロボロの石だったけど、周りが切り払われているので、意図的に立てたものだろう。

 

 でも、他の何かが辺りにあるわけではなく、たったこれだけしかなかった。

 

(これって、何かの石碑(せきひ)かなぁ?)

 

 一目見た時に燐はそう感じ取った。

 

 しかし石の四方には文字や絵の様なものは描かれてはいない。

 だから何の為に建てられた石碑なのかは分からない。

 

 少し荒唐無稽な考えが頭に浮かんだが、まだこの時はそれを口にはしなかった。

 

 それは蛍が燐が予想だにしないことを口にしたからだった。

 

(でも……人形と一緒に合ったんだよね。あの地図)

 

 蛍はその石碑に正面から向かい合うと、何を思ったのか後ろを振り返る。

 

 後ろには何もいない。

 ただ鬱蒼とした木々が広がっているだけ。

 

 蛍が見ているのはそこではなく、木々の隙間から見える遠くの山。

 そこには……。

 

「……っ!?」

 

 蛍は口元を押さえながら再び石碑をつぶさに見つめる。

 その顔には驚愕と言葉にできない空虚さが浮かんでいた。

 

 自身が座敷童であると言われた時とは違った、複雑な表情で蛍は石碑に近寄ると、その手でそっと石に触れる。

 

 何か特別な儀式みたいに見えたのか、燐は蛍を制止するどころか息をすることすらも忘れたようにただ呆然と眺めていた。

 

 蛍は石碑に対して何をするのか。

 燐は固唾を飲んで見守る。

 

 これはきっと、蛍の──三間坂家の問題だろうから自分が口出しするような事ではないとは思っているのだが、何かを言わずにはいられなかった。

 

 怨恨とは違うけど、そういった負の感情の様な想いが伝わってきたような感じがしたから。

 

 何か提案したほうが良いのかと、燐は口を動かそうとする。

 けれど喉が干からびたみたいに乾いていて適切な言葉が出てこない。

 

 何か言ってあげた方が、寄り添ってあげたほうが良いはずなのに。

 

「──ねえ、燐」

 

 声は確かに自分の名を呼んだが、一瞬、誰の声だかわからなかった。

 

「ほ、蛍ちゃん……」

 

 だからか燐は聞き返す。

 蛍は目の前にいるのに遥か遠くにいるような感じがしたから。

 

「戻ろう」

 

「えっ?」

 

「もういいよここは」

 

「で、でもっ」

 

 蛍があっさりと言い放つので燐は戸惑ってしまう。

 あんなに苦労してきたのに何も調べないなんて。

 

 そんな燐の心情を察したように蛍は手をとってそっと微笑む。

 

「ここには特に何もなかった、それでいいんだよ。わたしは燐と一緒にトレッキングしに来ただけ」

 

「蛍、ちゃん」

 

 もう一度蛍は石碑を見やる。

 表情からは何も窺い知ることができなかった。

 

「さ、暗くなる前にテントを立てるんでしょ? さっき奥の方に少し開けてる場所があったの。そこでキャンプしてみようよ。わたしテントで寝るの初めてだからちょっと楽しみ」

 

 蛍はこれまで聞いたことがない早口で言うと、燐の手を握ったまま先行して歩き出した。

 

「ちょ、蛍ちゃん!?」

 

 急な蛍の切り替えの早さに燐は戸惑いつつもその後をついていく。

 

 二人とももう後ろを振り返らなかった。

 

 ……

 ………

 …………

 

 ぽつんと残された石の柱。

 あれには本当は何が印されていたのだろう。

 

 石を削り取ったような痕もあったし……。

 

(やっぱり、あの下は……)

 

 その事を示すように、石碑の周りには草や花の一本でさえ生えてはおらず、生まれでてくることを避けられているみたいだったから。

 

 そうなると……やはりそうなのだろうか。

 

 確信出来るだけのものはないけど、そう考えてしまう。

 

(蛍ちゃんは、あれで良かったの、かな……)

 

 どうしてもその事でもやもやとしてしまう。

 

 友達として何をしてあげればよかったのか。

 ただ、慰めるだけでは何かが違う気がして……。

 

 ぴぴっ、ぴぴっ。

 

「何の音?」

 

 場違いな電子音が薄暗がりに鳴り響いた事に、蛍は疑問の声を上げた。

 

 燐はすぐさま思い出す。

 アラームをしていたのだった。

 

「そうだった!」

 

 その音が鳴ったと言うことはパックのご飯が出来上がったと言うことだった。

 

 燐は反射的にメスティンの蓋を開けると中からご飯を取り出し、入れ替わるようにレトルトのカレーを中に入れた。

 

 今度は蓋をすることなく、タイマーをセットするとそのまま待つことにした。

 

 その一部始終を見ていた蛍は直ぐに気が付いた。

 

(カレーなんだ……それもレトルトの……けど、外だとどんな感じになるんだろ)

 

 野外で食べるカレーは何か違うと聞いたことがあったので。

 まだ体験したことのない蛍はその事を想像しただけで胸が高鳴っていた。

 

「何か、他にやることある?」

 

 少し声を弾ませて蛍が訊ねてくる。

 

 無垢な瞳は初めて会った時から何も変わっていない。

 どんな事があっても蛍だけは何も変わっていなかった。

 

 いい意味でも、悪い意味でも。

 

「じゃあちょっとした焚き火を作ってもらおうかなあ。あ、あんまり大掛かりなものじゃなくて本当にちょっとしたもので。やっぱり焚火があった方がキャンプって感じがするから」

 

「分かった。でも燐、どうやって火を起こすの? わたしやったことなくて」

 

「うん。今から教えるね。でもちょっとだけ待って……」

 

「どうしたの燐、何か困りごと?」

 

 燐は急に言葉を詰まらせた。

 何事かと蛍が顔を覗き込んでくる。

 

「いやぁ、この山一帯って蛍ちゃんちの所有物でしょ。ちゃんと許可とってからじゃないといけないかなって」

 

 この辺りに連なる山や畑は確かに三間坂家所有の土地だったけど。

 

「別にいいよそんな事。それにわたしが自分で焚き火するんだから問題ないでしょ」

 

「まぁ、そうだけど一応ね」

 

 燐はそう言うと、改まった声色で蛍に尋ねてきた。

 

「地主様。この山で焚き火をしてもよろしいでしょうか?」

 

 呆気に取られた蛍だったが。

 

「うむ、良きに計らえ、じゃ」

 

 少女たちは顔を見合わせて笑っていた。

 

 燐は笑いながらもテキパキとした動きで食事の準備を進めた。

 

 そんな燐を蛍は微笑ましく思いながら、マッチ棒のパズルみたいに小枝を段々に積み上げていた。

 

 ────

 ────

 ────

 

 バーナーの火よりも大きい、本物の炎が夜空の下で小さな星々を巻き上げる。

 

 星が降って来そうなほど空に近い場所で、一条の光の様な白い煙が遥か上の月を目指すみたいに真っ直ぐ伸びていた。

 

 赤い炎が少女たちのその姿を煌々と照らしだしていた。

 

 すっかり後片付けをし終えた燐と蛍は、小さな椅子に腰かけながら、今は食後のお茶を楽しんでいる。

 

 ステンレスのカップには夜空みたいな漆黒色の珈琲が小さな湯気を立てていた。

 

 少しづつ口に運びながら、今日一日の事を振り返っていた。

 

「今日は、いっぱい燐に迷惑かけちゃった」

 

 蛍はそっとカップから口を離すと、遠くを見るようにしてそっと呟いた。

 その言葉は隣にいる燐をこそばゆくさせる。

 

「迷惑だなんて、そんなこと。一緒に来れただけで嬉しかったんだし」

 

 燐はコーヒーの香りの楽しみながら、やんわりと否定する。

 まだ口をつけるのをためらっているようだった。

 

「燐がそう思ってくれるならちょっと嬉しい。そういえば、さっき食べたカレー、レトルトでも美味しかったね」

 

「うんうん。意外なほど美味しかったよね。外で食べると何でも美味しくなるんだから不思議だよね」

 

 ご飯もカレーも一人分しかなかったので二人で仲良く分け合って食べた。

 それが美味しくなる秘訣だったのかもしれないと蛍は思っていた。

 

「でも燐、なんでカレーの上にお豆腐が乗っていたの? そんなの今まで見たことなかったよ。でもカレー味のお豆腐も悪くないね」

 

 小さなお豆腐は水を切ったものを半分こして、そのままカレーの上に乗せただけ。

 料理でもなんでもなかった。

 

 蛍に黙って出してみたけど思ってたよりも好評だったので、燐はほっ、と胸を撫で下ろした。

 

「でもだって、蛍ちゃんが持ってきたんでしょ、お豆腐。お味噌汁とかなかったからカレーに入れちゃおうって思ったの」

 

「わたし、そんなもの入れた記憶ないなぁ……」

 

「蛍ちゃんも? わたしだってそうだよ。豆腐だけ持ってくるなんてないし」

 

 二人とも同じように首を傾げる。

 

 漆黒が辺りを覆い尽くす中、小首を傾げ続ける少女たちの細い影が、赤く照らされた大地に奇妙な影絵を作っていた。

 

 遠くに見えていた山々も今は黒い背景と同化してその縁さえも見えない。

 

 山陰に光を灯すのは燃え盛る炎と、青白く光る月だけ。

 

 遥か先に小さく光る町の明かりは、違う世界の、まるで異世界のように遠く現実感がまるでなかった。

 

 時折聞こえる低い声の主は火を恐れているのか、ここまで近寄ってはこない。

 

 楽しそうに笑う少女たちを遠巻きに見守っているかのようだった。

 

(蛍ちゃんでもないなら……もしかしてお母さん!? ……あり得ない話ではないけど……)

 

 燐の母親は見た目と違って割と悪戯好きなので、燐の予想はあながち間違いとも言えない。

 

 けど……。

 

(何でお豆腐なわけ? パン屋さんなんだからパンでいいじゃん! あ、そういや前に……)

 

 燐は唐突に思いだした。

 少し前に母が奇妙な事を口走っていた事を。

 

(なんか、最初はパン屋か豆腐屋のどっちかで商売を始めたかったって話だったけど、まさかねぇ)

 

 母もああ見えて、自分の進路に迷っていたらしい。

 確かに女手一つになるのだから、大変だったのだろうけど。

 

 結局、パン一本に絞ったようだったが。

 

(そういえば、あのお豆腐、”何も商品名とか書いてなかった”んだよね。まさかだとは思うけど、豆腐屋がどうしても諦めきれなくて自分で造った、とか? 流石にそれはない……よねぇ……?)

 

 妄想とは言え妙にしっくりきてしてしまうのは、やると言ったら意地でもやる母親だったから。

 

 そして自分が妥協できないのも多分、親譲り。

 

 両親が離婚にまで至ったのもそのせいだろうと思っている。

 

 そんな事を母に言ったら仮に事実だとしても怒るだろうとは思うけどね。

 

(ともかく、変な事しないでよね……おかあさん。パン屋だってやっと軌道に乗ってきたばかりなんだから)

 

 これが妄想だけで済みますように、と燐は胸中をため息をついた。

 

「どうしたの、燐。さっきから難しい顔をしてるけど……」

 

「あっ! えっと、な、なんでもないぃぃ!!」

 

「?」

 

 急に慌てふためいたように両手を振る燐を見て、蛍は小動物がするみたいにきょとんとして首を傾げた。

 

 …………

 ………

 ……

 

「山の上だと本当の色で星が見る感じがするよね。もうちょっとしたら手が届きそうだね」

 

 掬い上げるような仕草で蛍は空に向かって手を伸ばす。

 

 流石に届きそうにない星空だけど、指の隙間から今にもこぼれてきそうなほど蛍は近くに感じていた。

 

「うん。銀河鉄道が走っててもおかしくないぐらいのきれいな星空だよね」

 

 あの時ホームに現れた無人の列車、あれこそが銀河鉄道?

 燐は夜空を仰ぎ見るたびそんな事を考えていた。

 

「あれって夏のお話なんだっけ」

 

「え?」

 

 何を指しているのか分からず燐が聞き返すと。

 

「”銀河鉄道の夜”」

 

 蛍は小さく微笑みながらぽつりとつぶやいた。

 

「あぁ、それか。でも、どーなんだろう。やっぱりさあの物語の舞台って夏なのかな?」

 

「うーん、ケンタウルのお祭りって書いてあったから多分夏だとは思うよ。ジョバンニは、丘の上からこんな星空を眺めていたのかな」

 

「うん。きっとそうだよ」

 

 燐は椅子にもたれながら黒い空を全部吸い込むように眺めた。

 

 もしあの列車がそれだったのなら、何で自分は乗らなかったのだろう。

 何故あの時、ホームから列車を見送っていたのか。

 

(わたしはあの時、何を諦めたんだろう……生きる意味? それとも……)

 

 燐はカップの中に広がる夜を飲む。

 口いっぱいに広がるほろ苦い大人の味。

 

 分かったようで分かっていない、そんな感情の曖昧さを飲んでいるみたいで飲み終わりは複雑だった。

 

 でも、安堵する暖かかさもあった。

 

「燐。ありがとう。燐がここまで連れて来てくれたからこんな素敵な景色を見ることが出来たんだよ。マンションとも前の家とも違う、空に近い場所の星空を」

 

 改まった声で蛍は言った。

 

 燐は振り返る。

 そこには頬を赤くした柔らかい笑顔の蛍がこちらを見つめていた。

 

「それは……蛍ちゃんが頑張ったからだよ。わたしはただ一緒になって歩いていただけ」

 

「けど、燐が居なかったら多分無理だったと思うから」

 

 どこまでも一途な蛍に燐は泣き笑いのような笑顔を浮かべる。

 

「何度も山に登っていれば慣れてくるよ、きっと。わたしも最初の頃は全然だったし。でも、蛍ちゃんと一緒に富士山に登るのもその内、夢じゃなくなるのかもね」

 

「燐に言われるとちょっとだけ、本気にしちゃうよ」

 

「してもいいよ。蛍ちゃんはやれば何でもできるってわたし、思ってるから」

 

 顔を見合わせて微笑み合う。

 

 そんなふたりを月明りが優しく照らす。

 少し冷たく、けれど透明で柔らかい光で。

 

「……ねぇ、蛍ちゃん。ちょっと変な事聞くけど……いい?」

 

 何も聞かずにいても良かったけど、燐は床につく前にやっぱり聞いてみる事にした。

 

 このままだと明日、どんな顔をして蛍と言葉を交わしたらいいか分からなかったからだった。

 

 友達……ううん、それ以上だったからだと思う。

 聞いてあげることで何か、蛍の気持ちが楽になればいいなと思ったから。

 

 廃墟での蛍もこんなもやもやとした気持ちだったんだろうな、と燐は思った。

 

「うん。エッチな事じゃなければいいよ」

 

「エッチな事は流石に聞かないけど……」

 

 眉をひそめる燐に蛍は意外そうな顔をした。

 

「そうなの? こういう時はエッチな事を話し合うのかと思ってた」

 

「どーゆー時よぉ。それにエッチな話し合いってどんな内容なの?」

 

「それは内緒」

 

 慣れないウィンクをする蛍。

 燐は疲れたように肩をすくめた。

 

「で、何が聞きたいの、燐」

 

「あ、うん。あのさ……」

 

 改まって聞くのが少し照れ臭かったのか、燐はコホンと咳ばらいを一つしてから口を開けた。

 

 それを見て蛍は口元を両手で押さえながらくすっと微笑んだ。

 

「あの、あのさ……何であの時の蛍ちゃん、あんな事を言ったのかな……って」

 

 少し緊張していたのか燐は声が上ずってしまっていた。

 

「あの時って……もしかして()()での事?」

 

「うん。そう」

 

 あぁ、その事か、と蛍は今思い出したようにぼそっと呟く。

 自分としてはそこまで気にしてはいなかった。

 

 けれど、燐が真剣にこちらを見つめてくるので蛍は少し緊張して口を開いた。

 

「あはは、あれはね……」

 

「うん」

 

「あんまり深い意味なんてないんだ。ただ何となくそう思っただけで」

 

「そう、なの?」

 

 真意を確かめるように蛍の顔を覗き込む。

 蛍は少し戸惑いながらも笑顔のまま話を続けた。

 

「うん。もう、必要のない事なんじゃないかって思ったの。だってわたしはもう特別な力なんてないわけなんだし。知ったって特にいい事なんてないでしょ」

 

「それは……うーん、わたしにはちょっと分からない事だけど……でも、折角来たのに」

 

「ごめんね、燐。変な事につき合わせちゃって」

 

 両手を胸元に合わせて謝る蛍に燐は首を横に振った。

 

「わたしから行きたいって言ったんだから全然気にしてないよ。あ……ねえ、蛍ちゃん。あの石碑みたいなのに何か覚えってあるの?」

 

「ううん。わたしも初めてみたよ」

 

「そっか……そういえばさ、あの辺ってちょっと窪んでたよね。何でだろう?」

 

 それなりな考えが燐にはあったが、憶測で話す前に蛍に聞いてみる。

 

「さぁ、わたしにはちょっとわからないかも……」

 

 蛍がそう言うと、燐は口を結んで何やら考え込むようにじっと焚き火を眺めていた。

 

(燐………)

 

 蛍もそれ以上は何も聞かず、燐と同じように燃え盛る炎の中を凝視するように見つめた。

 

 背の高い木の上の方でがさっと何かが動く音がしても、二人は特に気も留めずに焚き火の火を見つめ続けていた。

 

 ……

 ……

 

 どのぐらい時間が経ったのだろう。

 

 ぱちぱちと香ばしい音を立てていた焚き火も小さくなっていた。

 あらかた燃やし尽くしたのか、その下には灰が砂山を作っていた。

 

「あの時のわたし、ちょっとおかしかったかな?」

 

 素直に頭を下げる蛍。

 謝られるいわれなんかないと困惑したように燐は首を横に振った。

 

「おかしいなんて……ただちょっと、驚いちゃっただけで」

 

 燐は何故か弁明するように言葉を走らせると、赤く照らされた蛍の顔を眺めながらぽつりとつぶやいた。

 

「それにさ」

 

「うん」

 

「わたしにも蛍ちゃんの気持ち、ちょっとだけ理解できるから」

 

「それは……」

 

 座敷童だから? 

 とは聞けなかった。

 

 もうその概念すらも意味を持っていないから。

 

 多分、あの場所から幸運な事が始まって、後に歪みも起きた。

 

 だから、もういらないと言う事。

 幸運も不幸ももう欲しくはなかったから。

 

「もうすぐ火が消えちゃいそうだね」

 

「うん」

 

 小枝の上で小さく踊る火柱を並んで眺めている。

 

 火は消えそうで消えない、絶妙ともいえる加減で燃えていた。

 実際は相当な温度があるから触ったら重度の火傷になってしまうけど。

 

 それでも触れてみたいだけの儚さがあった。

 

 まるで二人の心の様に脆くて弱々しく見えたから。

 共感しているような気持ちになったからだった。

 

「前にさ、オオモト様が火が消えたら灰が残るって言ってたけど、アレってどういう意味だったんだろ……」

 

 ぽつりと燐が呟く。

 あの人の発した言葉は今でもしこりのように胸の中に残っていた。

 

「わからない。でも、誰しもいつかはそうなるから」

 

 蛍も燐と同じく一言一句、忘れたことなどなかった。

 

 それは自分との繋がりだけじゃなく、一人の()()としての彼女を記憶していたからだった。

 

「だから、生きるだけの意味なんてないって、そう言いたかったのかも」

 

「そういうのって、生きがいって、言うのかなぁ」

 

「そうだよね、多分」

 

 今は煙も殆ど出ておらず、後は消えるのを待つだけになった。

 

 そして何かの前触れのように炎は、ぱちっと一度大きな音を立てたと思うと、白い灰に溶け込むようにして静かに消えていった。

 

 ……

 ………

 …………

 

「なんかさ、テントの中だと余計に静けさを感じるよね」

 

「夜だから余計に、ね。それにさ、なんか今日って虫の声ってあんまりしなくない? このテントって流石に防音効果まではないと思ったけど」

 

「世界中でわたしたち二人だけみたいだね」

 

 火が完全に消えてしまったのを合図に、燐と蛍はテントの中に潜り込んでいた。

 

 薄い布一枚で区切られただけの頼りない部屋(テント)

 

 けど二人だったから。

 思っていたほどそんなに悪いものじゃなかった。

 

「さっきから、遠くで電車の音がしない? 気のせいかな」

 

 テント越しに蛍は耳を澄ました。

 

 幻聴にしてははっきりと聞こえている気がする。

 流石に銀河鉄道の音じゃないとは思うけど。

 

「わたしにも聞こえてるよ。周りが静かだからここまで音が流れてくるのかもね」

 

 だとしたらわたし達が良く使っているローカル線の鉄道の音か。

 それで蛍は納得した。

 

「何かさ、既視感ない? ホラー映画とかで見た事があるんだけど」

 

 蛍のその口ぶりだけで燐は察することが出来た。

 

「あ、分かるー、映画とかでは定番のシチュエーションだよねー。夜にキャンプしてたら突然ゾンビに襲われるやつって」

 

「ねぇ、燐。何か武器になりそうもの持ってきてる?」

 

 からかって言った言葉を本気にとらえたのか、急に蛍が声を潜めて聞いてくるので、燐は思わずきょとんとしまっていた。

 

「蛍ちゃん流石に武器は……それにあんな事、もうそうそう起きないと思うよ」

 

 サバイバルナイフと言われるものなら一応持ってきてはいるが、あまりにも小さすぎてとても武器になるような代物ではない。

 

 プレハブ小屋で拾った鉄パイプは実家の自分の部屋に置いてある。

 これは何なのかと母に聞かれた時、”守り神”だからと言っておいた。

 

 やっぱりまだ休んでいた方がいいと母に疑われてしまったが。

 

 それに、もうあんな目に遭うのは懲り懲りだった。

 

(武器何て持っててもいい事なんてないし、持ちたくもないよ、もう。でも、もし蛍ちゃんに何かあったらわたしはどうやって蛍ちゃんを守るんだろう……)

 

 燐は困惑した顔で逡巡する。

 どうすれば蛍を納得させられるのか、と。

 

「くすくすっ、もう燐ってば」

 

 蛍は堪えきれず噴き出していた。

 当惑した燐は再びきょとんとしてしまった。

 

「ごめん、燐がそこまで本気にするとは思わなかったから。それにホラー映画みたいに静かな夜って言いたかっただけ」

 

「なぁんだ、もう……けど、ホラー映画みたいな夜って誉め言葉じゃないと思うよ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよー」

 

 特別な環境がそうさせるのか、今日の二人は特別はしゃいでいるようにみえた。

 

 そういう意味ではあの時の夜の時ととても似ていた。

 

「そういえば、どう、蛍ちゃん。狭苦しくない? ちゃんと寝れそう?」

 

「うーん、まだ何とも言えないけど。十分寝床は確保できてると思う」

 

「そっか、ならまずまずといった感じだね」

 

 火が消えてしまうと、急に闇が牙をむいてくる気がしてくる。

 妙に静かすぎる事が返って不安を煽ってくるようだった。

 

 だからか燐は手持ちのLEDランタンやライトを寝る寸前まで灯しておくことにした。

 

 最近のものは電池もちも良いし、ソーラー発電のもの持ってきているので、朝まで点けっぱなしにでもまた使うことが出来るから。

 

「テントの中って涼しいかと思ってたんだけど、案外そうでもないんだね。むしろ蒸し暑いね」

 

 外よりも暑く感じる。

 蛍はもう一枚服を脱ごうかなと思案した。

 

「夏のキャンプは、まあ、結構蒸し暑いんだよねー。でも夜は結構冷えるから脱がない方がいいよ。風邪引いちゃったら。あっ、蛍ちゃん、背中痛くなってない?」

 

「背中? んー……」

 

 燐に言われて蛍はマットレスの上でごろごろと体を左右に振ってみた。

 

 平らな場所で設営したおかげか、直接地面に寝っ転るような石の様なごつごつ感は感じられなかった。

 

「割と快適みたいかも。これならだいじょうぶっぽい」

 

 満足気にごろごろ転がる蛍を見て燐はほっと安堵した。

 

「初めてのキャンプみたいだから。寝心地悪くないかちょっぴり不安だったんだ。ちょうどいいキャンプ地があって良かったよ。蛍ちゃんに感謝だね」

 

「でも、後は燐が殆どやってくれたから」

 

「キャンプは場所決めが肝心だから、設営場所は結構気を遣うんだよ。その点ここは見晴らしも良いし静かだしで、最高のロケーションだよね」

 

「燐が喜んでくれてわたしも嬉しいな」

 

 ほほえむ燐につられて蛍も笑顔になる。

 

 このままいつまでも話していたかったけど、やはり疲れているのかそんなに長くは持たなかった。

 

 お菓子を食べながらお喋りしていた燐と蛍だったが、蛍が大きな欠伸を一つ浮かべると、それを終身の合図にするようにして横になった。

 

 確かに狭いテントだけど、達成感からかぐっすりと眠れそうな気がした。

 

 …………

 …………

 

「ねぇ、燐。まだ……起きてる」

 

「う、うん。やっぱり……眠れない?」

 

「いつも寝る時間からすれば早い時間だしね。それに、まだちょっと落ち着かないのかも……」

 

 朝から登山をして、下山せずにテントで一夜を明かす。

 蛍にとっては何もかもが初めての経験だったから。

 

 興奮して眠れなくても無理はなかった。

 

 身体は限界まで疲れているはずなのに、意識だけが覚醒している感じ。

 

 寝てしまうのが勿体ないというよりも少し怖くも感じる。

 

 日常と非日常の狭間にいるようなふわふわとした感覚にまだ慣れていなかったから。

 

 蛍は天井に向けていた視線を燐の方に向けると、暗がりの中、小さく微笑む。

 

 ただそれだけの事なのに目が覚めたように燐は胸をどきっとさせた。

 

「あの時さ、燐と一緒に寝たんだよね。廃墟で」

 

「……なんだか誤解されそうだよね、その言い方だと。けど、そうだったね。ボロボロだったから寝心地悪いと思ったけど案外寝れるもんだよね」

 

「燐はほら、あの時だって凄く疲れてたから……」

 

 あの夜で初めて燐は車を無免許で運転していた。

 けれど、燐の疲労感はそれだけではなかったのだが。

 

「蛍ちゃんだってあの時へとへとだったでしょ。今日だって、途中で倒れるんじゃないかって一応心配したんだよ」

 

 蛍はあの”青いドアの世界”で衝撃的な告白をされていた。

 

 人じゃないと言われたことで、ある意味納得できたことはあったけど、それ以上に葛藤が大きく、きっと燐が一緒じゃなかったら輪郭さえ失っただろうと思っていた。

 

 あの時の疲れと今日の疲れは性質は違うけど、感覚的な所でどこか似ていた。

 

「そうだったっけ。なんか、ちゃんと目的地に着いちゃうとそういう辛かったのって忘れちゃうよね」

 

「辛かった分、達成感が凄いもんね。そういうのも山の醍醐味なんだよ」

 

 指をくるっと回しながら燐が少し得意げに解説していると、蛍がくすくす笑い出した。

 

「ご、ごめん。ちょっと調子に乗っちゃったかなぁ」

 

「ううん、そんな事ないよ。ただ、今日は燐に色々教えられちゃったなぁって思っただけ」

 

「そっかぁ……」

 

 夜行性の鳥だろうか、少し奇妙な鳴き声がテントの外の世界を響かせる。

 

 蛍が一瞬、体をびくっと強張らせる。

 燐は蛍の小さな手をぎゅっと握った。

 

「今夜は手を繋いで寝る?」

 

()()()でしょ?」

 

 燐は何となく訊ねただけだったが、蛍は目を丸くして少し意味ありげな台詞でいった。

 

「なんだか付き合っているみたいな言い方だよね、それ」

 

「え、実際付き合ってるんじゃないの、わたしと燐って。野外で開放的だからもっと大胆なことするのかなーと思って、ちょっと期待してるんだけど」

 

 ドキドキと、胸の高鳴りを隠すことなく、蛍は少し艶のある唇をひらく。

 

 期待のこもった瞳で見つめる蛍に、燐はため息交じりの息を吐いた。

 

「蛍ちゃんは……キャンプを誤解してるよ、きっと」

 

「そうかなぁ。ここなら奥手な燐も大胆になってくれると思ったんだけど」

 

「わたしはそんな事……」

 

 するわけないと燐は言うつもりだったが、山小屋での一件を急に思い出してしまった。

 

 あれもいわゆる”開放的に”なったせい、のものなのか。

 

(山は人を素直にさせるっていうけど……わたしってそんなに性欲強いのかなぁ……うー、なんだかすごく恥ずかしい)

 

 今更な事とは言え、意識してしまった燐はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

(……??)

 

 急に顔を真っ赤にして乙女のように俯く燐に蛍は見当も付かず、小首を傾げざるを得なかった。

 

「からかったりしてごめんね、燐。手、つなごうよ。わたしが寝てる間なら何してもいいから」 

 

「もう、蛍ちゃんってば……そんな事ばっかり。でも、ありがと」

 

 なんだか逆になってしまったが、ようやく二人は手を繋ぐことが出来た。

 

 白くて細い指が何かを求めるように握られる。

 

 もう離したくないと言ってるように見えて、燐は少し寂しそうに繋がれた手の動きを見つめていた。

 

「あの──」

 

「あのさ」

 

 同じタイミングで声を掛け合ったことは、嬉しくもあり恥ずかしくもあったから。

 

 蛍も燐も顔を見合わせたまま、出方を窺うみたいに膠着してしまった。

 

「あ、えっとぉ……」

 

 堪らず燐が先に声を出した。

 

「燐から言っていいよ」

 

「蛍ちゃんが先でいいよ。わたしは後でいいから」

 

 他愛もない言葉の譲り合い。

 そんな事ですら今夜は特別感があった。

 

 多分きっと二人とも無意味に浮かれている、そう蛍は思った。

 

 マンションに引っ越し来た時もそうだった。

 

 ベッドはもう置いてあったのに意味なく床に一緒に寝たりして、二人で一緒の特別感を五感で味わっていたのだ。

 

「……」

 

「……」

 

(このまま、燐と見つめ合っているのも悪くないのかも)

 

 そんな思いを蛍は胸中で温めていたのだったが。

 

「じゃあ、わたしから、先に話すね」

 

 燐は深いため息を漏らすと、観念したように先に話し出すことにした。

 

 蛍は少し寂しい思いもあったが、今は燐の声に耳を傾ける。

 

 愛しい人の声を一言でも聞き漏らさないよう、可愛らしい唇が動き出すのを静かにじっと待っていた。

 

「えーと、その……っと……」

 

 けれどその可愛らしい口は途端にしどろもどろになり、適切な言葉の形を作らなくなってしまった。

 

「どうしたの」

 

 囁くように蛍は尋ねる。

 気を使いすぎかなと思ったが、考えるよりも言葉が先だって出ていた。

 

「あ、うん」

 

 絆された燐は頬に赤味を作って足をもぞもぞと動かす。

 

「何言おうとしたのか忘れちゃった」

 

 燐は子供っぽく舌を出した。

 それに蛍は柔らかく笑みを作る。

 

「燐って変なところで気を回すよね。本当はもっと大事な事が言いたかったんじゃないの」

 

「そんな事ないよ。わたしなんて大したこと言えないし」

 

「そうかなぁ、じゃあ、例えば?」

 

 話しをふられて燐は首を捻る。

 

「……明日の、天気のこと、とか?」

 

 蛍は目の前で噴き出しそうになった。

 

「じゃ、燐。明日はどう。ちゃんと晴れそうかな?」

 

「もちろん明日は快晴だよ。だから普通に下山できるよ思うよ」

 

「わたしも晴れだと思ってた。だってスマホで確認したし」

 

 蛍はくすくす笑い出す。

 燐と少し的外れな会話をするのも楽しかった。

 

「そーゆーと思った。でも山の天気って結構変わりやすいから完全には当てにならないんだよね」

 

「なるほどね。わたしはどうしてもスマホを当てにしちゃうなあ」

 

「今は誰だってそうだよ。やっぱりスマホの充電が一番気になるしね」

 

 スマホはそれぞれ丸い形の充電器に繋がれている。

 二人とも、ぎりぎりまで充電させておくつもりではいた。

 

「ねぇ、燐。明日下山したらお風呂に入ろう? 汗でべたべただと燐だって嫌でしょ」

 

「それはもちろん。けど……小平口町って旅館やホテルはあっても温泉はないんだね。せめて温泉でも出れば観光地として盛り上がったのに」

 

 この問題は今も続いてた。

 

 色々町おこしのプランを立てている小平口町だったが、どうにも長続きしない。

 やはり根本たる解決が必要だと、毎月、町内会で話し合ってはいるようだが。

 

「うん、だから幸運が必要だったのかもね。あんな事を続けててまでも」

 

 手を軽く握りながら自虐気味に微笑む蛍。

 燐もその手を優しく握り返した。

 

「わたし達って運によって生かされてるのかな。だったら……」

 

「生きている意味なんてない。燐はあの時、そう思ったの?」

 

 燐は唇を開くかわりに見つめ返した。

 

 蛍もただ黙って燐を見つめる。

 

 密室というには頼りない布一枚で区切られただけの部屋の中で。

 二人だけの静謐な時間が流れていた。

 

 新築のマンションとも、青いドアの家とも違う、ちょっとした異世界感。

 

 現実であるのに異世界を感じとれるのは、オリーブ色の天井に月がうっすらと映り込んでいるせいからだろうか。

 

 こんなに近くにいるのに何の緊張感も感じない。

 

「蛍ちゃんは……何のために生きているの?」

 

「わたしは……」

 

 蛍は軽く口元を緩めるとつないだ手と手を重ね合わせた。

 それだけで燐は理解してくれると知っていたから。

 

 燐は微睡むように目元を細めると、一つ息を吐いた。

 

「なんか、上手く誤魔化された気がするね。でも……ありがとう」

 

 確かめたかったわけじゃないけど、好きな人の好意を受けるのは素直に嬉しかったから。

 

 それだけで。

 

(戻ってきた意味があるんだよ、蛍ちゃん)

 

「もうちょっとちゃんとした答えが欲しいの? じゃあ燐、さっきの続きでもする?」

 

「だから、そう言うことじゃなくて。もう、蛍ちゃんのせいで今夜は寝苦しくなりそう。ちょっとラジオでもつけるね」

 

 すっかり目が覚めてしまった燐は、表情を隠すようにスマホを操作し始めた。

 

 どこからでも全国のラジオが聞けると言うアプリを起動しようとしたのだが。

 

「ん、あれれ? なんか……圏外になってる」

 

 燐は驚きの声をあげる。

 その言葉に蛍も身を乗り出して覗き込んだ。

 

「なんか、山の上って電波が届かないことがあるってよく聞くよね」

 

「確かにそういう山もあるけど。でも、さっきまで普通に使えてたんだけどなぁ」

 

 充電は十分にしてあるから壊れてはいないはず。

 試しに蛍のスマホの電源も入れてみたが、やはり圏外だった。

 

 だから、機種やキャリアは関係ないと思う。

 

 他に考えられる原因は……。

 

「夜は電波が山の上まで届きにくい、とか?」

 

「そんな事ってあるのかなぁ? まあ、別でラジオを持ってきてるからいいけど」

 

 スマホを諦めると、燐は自分のバックパックから小型のラジオを引っ張り出して自身の枕元にことんと置いた。

 

 アウトドアでは非常用のラジオは必須だったから。

 そう、聡から教わったので燐は今度も持ってきたのだが。

 

「燐、そのラジオって」

 

 蛍は思わず指をさす。

 確かに見覚えのあるラジオだったから。

 

「うん、そうだよ。また、持ってきたの。古いけどまだ使えるから。こんなのでも緊急時には役に立つからね」

 

 燐の持ち物にしては地味な黒色のラジオ。

 それは聡からのお下がりの品だった。

 

 そこまで思い入れがある物ではなかったが、あの一件からは少し大事に使おうという気になった。

 

(このラジオが何かしたわけじゃないとは思ってるけど。でも)

 

「ねぇ、燐……」

 

 改まってたずねる蛍に燐は小さく肩をすくめて笑いかける。

 

 蛍が何を言わんとしているか良く分かっているから。

 

「分かってるよ、蛍ちゃん。あのちょっと不思議なラジオがかかるか試してみて欲しいんでしょ?」

 

「あ、うん」

 

 蛍の目を向いて頷くと燐はラジオのスイッチを入れようとする。

 

 蛍にそう言われると少し意識してしまう。

 

 一瞬躊躇した後、燐は意を決したようにスイッチをONに入れた。

 

 ザー、と砂嵐のような音が流れる。

 

 燐はすぐさまラジオのチューナーを弄った。

 

 ぎゅるぎゅるぎゅる。

 

 あのヘンテコなDJ放送の周波数は覚えていなかったので、燐は適当にダイヤルを回した。

 

 当然つながるはずもなく。

 

 ザー、ザー。 

 

 それどころか、定番の、普通のラジオ放送すらつながらなかった。

 

「壊れちゃった?」

 

 残念そうにラジオを見る蛍。

 

 見た目では分からないが、蛍の言う通りこのラジオはもうダメなのかもしれない。

 

 電池だって新しくしたばかりだったし。

 

「うーん、みたいだねぇ。やっぱりこれもダメかぁ」

 

 割と古いものだから急に壊れても仕方がないとは思う。

 残念ではあるけど。

 

「やっぱり、そのラジオ、もしかして聡さんから?」

 

「うん……まぁね」

 

「じゃあ、勿体なかったね」

 

 ウェアやシューズは自分で買ったものだけど、以前はアウトドアの様々なものを燐は聡から譲り受けたりしていた。

 

 大体が古いものばかりだったが、ちゃんと手入れを続けていれば長く使えるものばかりだったので重宝したのだが。

 

 もしかしたら良いものだけを選んで渡してくれていたのかもしれない。

 今思うと、彼の不器用な愛情表現の一つだったのかもと、燐は思った。

 

「仕方ないよ。形あるものはいつかは壊れる、ってお兄ちゃんも言っていたし」

 

 ”ゴドー”と名乗っていたあのDJと聡はどこか似ていると燐は思っていた。

 

 軽い口調だけど口調が哲学的というか、変に理屈っぽい所が似ていると少なからず思っていた。

 

 だからか、蛍とは少し違った思いでDJの放送を待っていたのだが。

 

「仕方ないよね。ダメなものはダメなんだし」

 

 別にこのラジオでなくとも、機会があれば”彼”とつながるとは思うが、なんとなく何かが終わった感じがあった。

 

 始まりなのかもしれないけど。

 

「ねぇ、燐。このままラジオをつけっぱなしにしておこうよ」

 

「え、でも壊れたんだから何の放送も掛からないよ。おまけにうるさいだけだし」

 

 ノイズしか出さないので燐はスイッチを切っていた。

 

「こういう”ノイズ系”って安眠できるって聞いたことがあるよ。泣いていた赤ちゃんが泣き止んだって話もあるし」

 

 あくまで話だけで実際に見たことはないけど。

 

 そういう例もあるみたいだから、と蛍は付け加えた。

 

「わたしも聞いたことがある。静かすぎて眠れないって声もあるもんね。実際、トモなんて逆に五月蠅くしないと寝れないって前に言ってたなぁ」

 

「トモちゃんもそうなんだ……」

 

 意外そうというよりもキャラにあっているような気もする。

 

(しかもデスメタルじゃないと眠れないって言ってたよね、トモ。それは流石に冗談だと思うけど)

 

 冗談であったとしても、トモと一緒に寝るのは多分無理だろうと燐は思った。

 

「ん、じゃあ、つけっぱなしにしてみるね。ボリュームは抑えるけど」

 

 燐は再びスイッチをいれる。

 相変わらずノイズしか出してはくれなかった。

 

「ありがと。これで枕を高くして眠れるね」

 

「そういう意味だったっけ? でも、蛍ちゃんこういう音が無くてもいつも安眠しているでしょ」

 

「それは燐も、でしょ。目を閉じたと思ったらすぐに寝息立てちゃってるし」

 

「蛍ちゃんだって、一度寝たら中々起きないよね」

 

 二人はくすくすと笑い合った。

 

「おやすみ、蛍ちゃん。明日はそんなに早くしなくていいからね」

 

「うん……じゃあ、おやすみ、燐」

 

 何かを期待されているような気がしたが、特には触れずに燐は目をそっと閉じた。

 

 蛍の言っているようにすぐに寝息が聞こえるようになる。

 小さく可愛らしい寝息はくすぐられるほど無邪気なものだった。

 

 蛍は少し寂しく笑みを作ると、燐の頭をそっと撫でる。

 燐の髪はひよこの産毛のようにぽわぽわとしていて、ずっとこうしていたいぐらいだった。

 

「おやすみ、燐」

 

 蛍はもう一度囁くと、そっと額に唇をつける。

 

 もう既に気付かれているかもしれないが、燐からは何も言ってこないので続けていた。

 少なくともマンションで一緒に住むようになってからは毎晩のようにしている。

 

 この事に意味があるとは思っていない。

 どうにかして欲しいというわけでもない。

 

 ただ、綺麗だから。

 守ってあげたいから、そうしているだけ。

 

 それに頬や唇ではないのでそう言った意味合い(ノーカウント)とは違うと思っている。

 蛍の一方的な思い込みかもしれないのだが。

 

(わたしもやっぱり寂しいのかな。燐……あなたが居ない夜なんて考えたくないよ)

 

 近くだからという意味だけじゃない。

 例え離れていてもきっとそう感じることだろう。

 

 燐が世界に居ない事。

 それは蛍にとって何よりも耐え難いものだと分かってしまったから。

 

(でも今日は抱き付いたりしないよ。燐だって疲れてるって分かってるし、わたしだって、今日はもう……)

 

 安堵したら急に睡魔が襲ってきた。

 

 蛍は燐の手を包み込むように握りながら、無垢な寝顔に微笑む。

 そして何やら小さく呟くと、蛍も瞼をそっと閉じた。

 

 小さなテントの中で、二人の少女の寝息に混じって無機質なノイズが流れていく。

 

 それは奇妙なハーモニーとなって燐と蛍を深い眠りへと誘っていった。

 

 …………

 …………

 …………

 

 月影に紛れた木の上で梟に似た鳴き声が木々の隙間を縫って森全体に響いていた。

 

 頼りないテントで健気に手を握り合って眠っている少女たちにはその声は届かず、また起きる理由にすらならなかった。

 

 ラジオから流れるノイズはずっと同じ音階を出し続けている。

 まるでその為に作られた機械であるかのようにひたすらに。

 

 じじっ、じっ……。

 

 何か別のスイッチが入ったみたいに、ノイズが急に変化を見せ始めた。

 

 変化というよりも、何らかの電波が回線を遮断して乗っ取っているみたいに、ぶつ切りになった音が流れ始めた。

 

 それは音楽だった。

 

 聞き覚えのあるような、ないような。

 そんな懐かしさを覚えるサウンドがノイズしか発しなかった古いラジオから流れている。

 

 変化はそれだけじゃなく。  

 

「………は………うけど……が………」

 

 ”声”も流れてきていた。

 

 けれども、ノイズが強くて何事かは聞き取れない。

 もっとも蛍も燐もこの事に気付かなかったので、その声も内容も分からなかった。

 

「……く……方が………また……」

 

 誰も耳を傍立てない放送をDJは続けていた。

 何かを知らせたいのか、声色は次第に早口になっていく。

 

「……だと、キミ達は──」

 

 放送の途中だったラジオが急に切れた。

 

 何かの糸が切れたようにプツンと聞こえなくなる。

 

 その後にはザーザーと無機質なノイズに戻っていってしまった。

 

 奇跡と言ってもいい不可思議な出来事が誰にも知られず終わった。

 

 その事を悔やむものはなく、また、静かな夜が一匙のノイズ音と朝まで同化していく……そう思われていた時だった。

 

 ウーーッ! ウーーッ!

 

 黒く切り取られた山の向こう、その更に先の山の陰から耳障りな音が山肌を伝わってこの地域全体に流れてきたのだ。

 

 災害時に流れる防災サイレンの音がこんな山の上まで流れてきていた。

 

 これも聞いたことのある音。

 

 ()()はまだ二人とも聞かなかったけど、去年の大雨の時には小平口町全域に流れた非常警報の音だった。

 

 けど今は、まだ雨は降っていない。

 あの時だってそうだった。

 

 雨が降る前に流れてくる警報。

 

 それは何を意味していたのか。

 

 もしこの時、蛍か燐のどちらが目を覚ませば何かが分かったのかもしれない。

 

 分かったところでどうしようもないのかもしれないけど。

 

 それすらも意味を持たない。

 何故なら二人とも深い眠りの海に沈み込んでいるのだから。

 

 ウーーッ、ウーーッ!

 

 けたたましく鳴るサイレンはまだ続いていた。

 

 誰が鳴らしているのか、何を伝えようとしているのか。

 

 ”何が”聞かせようとしているのか。

 

 スヤスヤと寝息を立てる二人には恐らく無意識で分かっていたのだろう。

 

 それは、耳を塞いでも流れ込んできたから。

 

 明けない夜が始まる時の合図。

 それがまた繰り返されようとしていた。

 

 

 

 ── Despair no matter what.

 

 

 

 ────

 ────

 ────

 

 

 




■ IKEA

この前久しぶりにIKEAに行きましたよー。って言っても買ったのは靴ベラとかネットとかの細々としたものばかりでしたけどねー。

で、折角なのでフードコートでベジドッグを食べてきましたよー。っていうかいつの間にかホットドッグが値上がりしてて、ベジドッグが一番安くなっていましたねぇ。
で、ベジドッグ初体験──んむー、フェイクミートらしいのでソーセージの肉々しさは全くなく、むしろ少し苦みがあって……ちょっと身体に良さそう? 嫌いではないですけども。

公式を見ると材料にケールやレンズ豆などの植物性のもので作られているみたいですねー。ヴィーガン向けなのかな? でもお手軽に野菜を味わってみたい方にもいいのかもしれないですね。


■ トゥームレイダー

某サイトで期間限定の無料DLがあったので、欲張って三本全てDLしてみました~~。
とりあえず一番容量の大きいのから初めてみましたけど……ボリュームあるなぁこれ。結構やってるのにまだ半分ぐらいしか進んでないのかー。
っていうかトゥームレイダーシリーズって初めてプレイしましたけど、こんな崖をよじ登るゲームだったのかー。地上波で流れている映画をちょっとだけ見た程度の知識しかなかったんですけど、まさかこんな岩壁に貼り憑いたり、崖をよじ登るゲームだったなんて……更に弓や銃で人や動物をバンバン殺して剥ぎ取るハンティングゲームだとも思わなかったですよ。

謎解きゲーだと思ったんですけどねー。まあ、他のシリーズはまだやってないから分からないですけどー。

そしてばんばん死ぬ、死に死にゲーだし。
高い所から落ちても死ぬ。罠にかかっても死ぬ。流れが急な川に落ちても死ぬ。獣や敵に襲われても死ぬ。ムービーシーンだと思って見てたら実は動かせるシーンで津波に飲まれて死ぬ。等、色々なパターンの死が見れる楽しいゲームです。

サブクエストも多くて楽しいけど、割と時間泥棒だなぁ。
っていうかまだ二本も残ってる……これは、半年は遊べそうかもかも……。


あ、最近、著しく更新が遅いのはゲームで遊んでいるせいじゃないからねっ!
ただ、やる気がないだけなんだから勘違いしないでよねっ! (最低の言い訳)


すみませんごめんなさい、やる気出します。多分、いやきっと。

そう言いながら二年近くも続けているのが恐ろしい~。
凄い勢いで時が過ぎていくのも恐ろしい~。

鵺の鳴く夜は……いや、そもそも鵺って何て声で鳴くんですかねぇ。ぐぎゃーとかぴぎゃーでしょうか。

元ネタは”悪霊島”、ですね。映画を見たことがないので今度小説でも借りてみます。


それではでは~~。



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