We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

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「ねぇ、”蛍”。あなたは好きなものを最初に選び取る方かしら? それとも最後にとっておくほう?」

「えっ、と……?」

 確かに──不思議な夜だったのだと思う。
 
 眠れないほど暑くも寒くもない。

 ちょっと不気味ともいえる夜だったのに、なぜわざわざ外へと出たのか。

 その答えが、これだったのと言うのなら。

 何か納得してしまう。

 柔和な笑みを湛えたその人の、長い長い黒髪に(いざな)われただけなのだと。

 ──宵闇が辺りを包むその中において。
 
 まるで絵画のように月光を受けて佇んでいた女性がふいに自分の名を呼んで、不思議な問いかけをしてきた。

 蛍は動揺を隠しきれず、唇を震わせてか細い音を出すので精一杯だった。

 ()()()()()()()()は白い月が輝く真下でこの公園で偶然出会うことになってしまった。

 周りには誰の人影も、いつも一緒にいる友達(りん)すらも居ない。

 この時は、まるで世界全体が急に凍り付いたみたいに、静かで、暗くて、けれどどこか落ちつき払った夜。

 この人はここに来ることを待っていたように静かにただ佇んでいた。

 あの町でも、青と白の世界でもない。

 ()()ですらない所で。

(やっぱり綺麗だなぁ。オオモト様)

 白い月よりもそう見える。

 むしろ月光が当たっているからよりそう見えるのかもしれないけど。

 オオモト様はこの世界とどこか馴染んていないみたいで、長い黒髪を湛えた輪郭が夜に浮かんだ幻燈のようにぼんやりと光って見えていた。

 他の人とは違うと言うことを表しているかのように。

 オオモト様に最初に出会った頃からそんな感じを抱いていたのだけれど。

 夜の闇がそうさせているのだろうか。

 あの”青いドアの世界”で会ったときよりも強く感じとってしまう。

 蛍はその感情に何故か懐かしさのようなものを感じていたのだったが。

 けれど、それは本当に一瞬の事だったので、顔には出さずにオオモト様の問いかけの意味を必死に考えていた。

(好きなもの……例えば、ドーナツとかのスイーツだったら、好きなのは最後に食べるのかなぁ……選ぶのは最初なんだけど)

 真っ先に思いついたのが甘味なあたり、ちょっとアレなのだけど。
 何だか矛盾のようなものを感じてしまう。

 最初に目に入るのはいちばんすきなもの。
 でも、選び取るのはさいご。

「………」

 その辺りの事をオオモト様は聞きたいのかもしれない。

 優先順位とかそう言った指針みたいなものを。

(けど、それに何の意味があるんだろう?)

 とりあえず蛍は浮かんだ答えを口にした。
 考えたってよく分からないことだし。

「えと、後に取っておくほうです。やっぱり」

「そう」

(あれ、それだけなんだ)

 少し拍子抜けしてしまう。
 オオモト様はのことだから何か深い意味とか、謎かけとかがあるのかと思ったから。

 そう言ったキリオオモト様はまた夜空の星に視線を移していた。

 まるで、蛍の単純な答えどころか自分が投げた質問にすら興味がなくなったみたいに。

 蛍は少しの気まずさと気恥ずかしさを感じて無意識に、きゅうっと被っていたパーカーの紐を握りしめた。

 今思えば自分にしては随分とラフな格好で外へと出てしまったが、それは直ぐに帰るつもりだったから。

 ──こんな所で人に会うとは思わなかった。

 それも全く予想どころか”この世界に存在しうるとは思わなかった人”に。

 居るはずのないオオモト様にこんな形でまた再会できるだなんてそれこそ夢すら思わなかった。

 懐かしむように夜空を見上げているオオモト様に、こうして会えたのだから格好なんて関係ない。

(何も言ってこなかったしね)

 単純に興味が無いのだと思う。

 オオモト様自身だって、時代にそぐわない恰好なのに気にするような素振りを全くみせなかったし。

 けど、これは”青いドアの家の世界”の中でも、夢でもない。

 ”現実”に今この人は今、傍に立っている。

 闇夜と同じ色の長い黒髪をなびかせ、月を一心に見つめながら。

 蛍はその横顔を少し不安そうに眺め続けていた。

 オオモト様がまた話しかけてくれる時まで静かに見守っていた。

 ……
 ……

「え? ──嘘、ですか?」

 どれだけの時が経った頃だろうか。

 あれだけ感じなかった眠気を急に覚えた蛍がその場を離れるかどうするか、迷っていた時だった。

 オオモト様がこちらを振り向き、また口を開いたのは。

「ええ、そうよ。蛍、あなたは自分に嘘をついている。本当に好きなものは最後になんかしたりしないはずよ」

 その辺りは好みの問題だと思うが、何故だか強く否定されてしまった。
 
「好きなものを最後に取っておくのは別にいいの。けれどあなたは、()()()()()()()()()()()()手放してしまう。自分には幸福を手にする権利などないと手を下げてしまう。そうでしょ?」

「それは……」

 その先の言葉が蛍の唇からは出なかった。
 代わりに桜色の唇が細かく揺れる。

 何か胸にぽっかりと穴が開いたみたいに、空虚な喪失感が胸に突き刺さった。

 蛍はただ立ち竦む。
 それだけだった。

「蛍。あなたは」

 オオモト様は言葉を止めて蛍の方を見た。

 この時蛍はオオモト様をと向かい合っていることに初めて気付いた。

 深い黒。
 黒檀の瞳。

 髪と同じ色の黒檀の瞳に見据えられた。

 でも、悪い気はしない。
 むしろもっと見られたいと思う程だった。

()()、大事なものを失ってしまう。一度手に入れたものを再び失うのは、とても耐え難いもの。痛みと苦しみがまたあなたを襲う」

(痛みと苦しみ……)

 ずぅんと蛍の胸に重いものが横切る。

 目の前が暗くなる感覚。

 しぬことよりも辛い事がこの世界にあるなんて、あの時は思わなかった。

 蛍にとって大事なものとはたったひとつだけ。

 それは燐。
 燐の存在こそが蛍にとって最も大事でそして、最も好きなもの。

 蛍はあの日の()()()()()()()を思い出して、カタカタと身を震わせた。

 けれど瞳は真っすぐにオオモト様の方を向いていた。

 知っていたから蛍は。

 この人はそんな怖がらせる為だけにこんな話をしない。

 何か意味のあること。
 例えば助言なんかを投げかけるために口を開く。

 それを良く知っていたから。

 けれど。

「だから……その、嘘、ですか?」

 その言葉を受けて顔を強張らせる蛍に、オオモト様は静かに首を横に振った。

 その仕草が清楚な見た目のギャップで少し可愛らしかったので、蛍はほんの少し表情を和らげる。

 問いの答えにすらなってはいないのだが。

「そうね」

 思慮深い。
 少し憂いの目をしてオオモト様はこういった。

「”嘘”は手段よ。別に強制するつもりはないわ。けれど、何らかの事をしないと自分の元から離れて行ってしまう」

「流れているばかりでは何も手にできない。そう思っているのではないのかしら、あなたは。今の燐に対して」

 言葉に詰まった蛍は、羞恥と焦燥感の入り混じった言葉をオオモト様に投げた。

「えっと、じゃ、じゃあ、わたしは一体どうすればいいんですか? その、嘘をついてでも燐のを引き留めれば、それでいいんでしょうか!?」

「やりようはいくらでもあるわ。あなたはもっと意思をハッキリとしないといけない。本人はそれで良くとも周りからはそうとってはもらえないのよ」

 真っ直ぐに言葉が返ってくる。

(やっぱり、学校の先生と話してるみたいだ)

 素直に蛍はそう思った。

 この人が口にしたことは何でも真実になる。
 そう思わせるほどの言葉の重みというか妙な説得力をオオモト様に感じてしまう。

 けれどその言葉は、まるで何かの責務を果たしているかのように淡々としたもので、これまで言いそびれたことをまとめてくれているようだった。

 難しい定理を分かりやすく丁寧に噛み砕いて教えるように。

「明日という日は来ない」

「えっ!?」

「そう思った方がいいわ。あなたにはその意味が分かるはずよ」

 オオモト様はそういうとまた白い満月の方へと顔を向けた。

「………」

 確かに分かる。

 それはあの終わらない夜の一件で嫌という程分からされた。

 明日がくればなんてそんな甘いものはなく、ただひたすら不条理から逃げ回っていただけ。

 望んだ明日は来ない。
 きっとこれからも。

「だから今を全力で生きなさい。あなたは今日という日に最良の結果を出せるはずよ」

「わたしが、そんなこと……」

「月だって同じなのよ。一定の軌道を描いて動いているけど、同じ月は二度と現れない。ここからだと何百年も同じ様に見えるけど、実際には同じ月は一つとしてないのよ」

「少しづつずれていっていると言うことなんですか?」

「ズレているのではないのよ……ただ月の方が」

 そう言ってオオモト様は白い月を見やる。
 蛍もその視線を追った。

「月は遠ざかっていくみたいなの。この世界から離れようとしているのかもしれないわね」

 それは即ち、滅びに近づいていると言う事だろうか。

 世界と言うか現実の終わりに。

 わたし達にはどうすることも出来ないから、仕方のないことなんだろうけど。
 
「オオモト様」

 蛍は思い切って聞いてみることにした。
 これは直接本人やその母親にも聞いてみることが出来ないことだったから。

 この人になら話せるだろうと思った。

 きっと唯一の根源(ルーツ)だろうと思っているから。

「わたしは、燐と──」

 その声色に感情の震えのようなものを感じ取ったのか、オオモト様は月から目を逸らし、蛍の方を振り返った。

 夜よりもなお暗い、黒檀色の二つの瞳を真っ直ぐに向けて。

 ──
 ──
 ──




représentation

 

「あっ、あれだよね。ほら、駅のホームからでも見えてたよね、”あの”お城」

 

 燐は弾むような声を上げてそちらを指さした。

 

「うん。そうだったね」

 

「近くまで来るとさ、結構おっきいよねぇ。わたしお城とかあんまり間近でみたことないからちょっと迫力かも」

 

「わたしも。それに海も近いし気持ちいい場所だよね」

 

「本当だよね! このまま海に飛び込みたいきぶんー、かも!」

 

「そうだね」

 

 ことさら感心するように首を上げ下げさせている燐に蛍は小さく相づちを打った。

 

 結局、駅から降りたのはいいのだが、特に行先も何もプランが決まっていなかったのでとりあえず目に付いた場所まで燐と蛍は足を進めていたのだった。

 

「あ、ねぇ、蛍ちゃん。あのお城の天守閣まで登ってみる? なんか絶景が見れそうな感じみたいだよ」

 

「あぁ、うん。そうだね……」

 

 蛍はつい困った感じの返事を出していた。

 

 あまり元気のない返事しかしない蛍に、燐は一瞬ぽかんとした顔になっていた。

 蛍はそのことに気付くと、慌てて取り繕ったような笑みをうかべた。

 

「ごめん、でも大丈夫だから」

 

 とてもそうには見えない。

 そう思った燐は少し言葉を選んだ。

 

「やっぱり、まだ気分が落ち着かないかな。ごめんね。戻ったほうがいいかな?」

 

 心配そうな目で質問を投げかけてくる燐に、より頑張った笑みと言葉を蛍は作る。

 

「そこまで気を遣わなくても本当に大丈夫だから。ただ、来たこと無い場所だったから。違った景色を見て、ちょっとぼーっとしてただけ」

 

「本当の、ホントに?」

 

 そう言って燐に目を覗き込まれる。

 

 秘めた胸の内まで探られているみたいで、思わず視線を逸らしたくなった。

 

 後ろめたいことは……確かに、ちょっとはあるけれども。

 

「うん。それに薬が効いてきたみたいだから気持ち悪くはもうないよ。ありがと燐。心配してくれて」

 

「蛍ちゃんがそう言うなら、良いんだけどさ。でも辛くなったらすぐに言ってね」

 

「分かった」

 

 蛍自身が言ってる様に顔色に問題はなかったことを確認した燐は、ほっと胸をなでおろす。

 

 そしていつもの表情に戻ると少し控えめに蛍に笑ってみせた。

 

「顔色は良さそうだけど、城の近くまで無理に行かなくてもいいよね。ここからでも十分絶景だしね」

 

 そう言った燐は、さっきから何枚も撮っている城をバックにした写真をまた一枚パチリとスマホで撮った。

 

 お城の白い城壁は青空によく映えて、雲を吸い込んだみたいに空との奇妙なコンストラクトを造っていた。

 

 蛍は燐とは違いスマホを持つこともなく、どこか上の空のようにただ漠然と眺めていた。

 

 一時期カメラを持っていたこともあったが、今では部屋の片隅で埃をかぶっていた。

 

 飽きたとかそういうのではなく、単純に取りたい風景とか対象物が見当たらなかっただけ。

 

 この城のようにいいなと思う景色はあってもカメラを構えてシャッタを切る気にはならなかった。

 

 もし今の蛍に撮りたいものがあるとするならば、それは。

 

「ん、どうしたの蛍ちゃん。わたしの事じっと見て」

 

「何か燐、凄く楽しそうだなって」

 

「んー、まぁね。やっぱり知らない場所って何かテンションが上がるよね。そう言うのって分かっちゃうものかな?」

 

 燐は顔に出ていると思ったのか、つい自分の顔を手で覆っていた。

 

「燐じゃなくてもそう思うのは当たり前だよ。せっかく駅から降りたんだし。それに嫌でも目に付くから、あのお城」

 

 駅の近くだけでなく、もう少し遠くからでも十分に見渡せるほど、城は圧倒的な存在感を放っていた。

 

 城の周りは公園となっており木々も生い茂ってはいたが、樹に埋もれるようなことはなく、堅牢そうな石垣を構えた天守閣をそびえ立たせている。

 

「一応、名勝だしねえ。人もいっぱいだし」

 

「見てるだけで何か疲れてきそうだよね」

 

「あはっ、何それ~。蛍ちゃんちょっと年寄りっぽい発言だよ、それはっ」

 

 ……口にしてみて自分でもそうだと思った。

 

 夏の休みの終わり際だからなのか、観光地である事を除いても溢れるぐらいに人がごった返していた。

 

 それは駅のホームでも同じで、乗降する人の波が幾度も繰り返していた。

 

「もう夏も終わりだからねー。最後の思い出に何処かに行きたくなるんだよ、きっと」

 

 人の群れを眺めながら、燐は達観したようにしみじみとそう呟く。

 

 燐の言う様に確かに人混みは多かった。

 

 お城に行くまでの参道は最近整備されたものらしく、城下町風の町並みの新しい店が軒を連ねている。

 

 その事がただでさえ人の多い観光地に余計に人気を呼んでいた。

 

 燐は持ってきた大きな荷物の一部を駅のロッカーに預けており、残っているのは背中のバックパック一つだけ。

 

 結局、燐のいつものカジュアルだけどアウトドア風な装いとなっていた。

 

 本人にしてみれば、装備(ギア)はちゃんとしたものばかりで揃えてるんだからと反論するだろうが。

 

 こういった、いつもの服装にアウトドアを取り入れるスタイルは最近の流行りだったから、そこまで物珍しいものではなくなっていた。

 

 燐はその定番の軽装スタイルが落ち着くのか、成り行きから行き当たりばったりとなってしまったこの途中下車の旅を楽しんでいるようだった。

 

 対して蛍はどこか不安そうにソワソワと足元を揺らしてる。

 

 燐も蛍も普通に観光を楽しんでいるようにみえるのだが。

 

 胸中の想いはそれぞれ違うようだった。

 

 特に蛍の悩みは時が経つにつれ、どんどんと深刻なものになっていった。

 

 ただ自分で自分を追い詰めているだけなのだが。

 

(燐は、本当に帰っちゃうつもりなの? 会うのをずっと楽しみにしてたのに)

 

 楽しそうな燐の声を聞くたびに、胸の奥がチリチリと痛む。

 小さな棘が消えることのない痛みを全身に突き刺すみたいに。

 

 もう癒えたと思った蛍の心に新しい引っ搔き傷を少しづつ付けていく。

 

 こんな切ない思いをするのなら()()()()()なんか言わなければ良かった。

 

 けど、もうどうしようもない。

 

 後悔が渦となってどこまでも纏わりついてくる。

 だから、燐の様に今を心から楽しむことがどうしてもできなかった。

 

 騙したいとかそんな事。

 全然思ったことなんか一度もない。

 

 けれど、何であんなことを言ってしまったのだろうと。

 

 蛍は何度も胸中に問いかけた。

 

「わたしも初めて来たけど、こんな素敵な場所なんて思わなかった。これも蛍ちゃんのお陰だね」

 

「えっ」

 

 蛍は素っ頓狂な声を上げる。

 何か燐にバレてしまったのかと、心臓がバクバクといっていた。

 

「もし蛍ちゃんが居なかったら、こんな所で降りようなんて思わなかったし。だから蛍ちゃんが一緒で本当に良かった、って思ってね」

 

「燐……」

 

 燐と二人きりで旅行するなんてとても楽しいことのはずなのに、蛍の心は澄み切った空とは真逆の、どんよりとした曇り空を描いていた。

 

 青く澄み渡った空にわざわざ黒い雲を描き足すみたいに。

 

 少し遠くに広がる穏やかな午後の海のように凪いだ気持ちになれない。

 何をしていても心の空が晴れなかった。

 

(──けど、言ったのはわたしなんだし)

 

 これは自業自得、自分で選んだ結果の上のことなんだ。

 そう自分のやった事を蛍が受け入れようとした、そのとき。

 

 思いもがけないことが唐突に、蛍の身におきた。

 

「きゃあっ!?」

 

 突然の事に蛍は裏返った声をあげる。

 

 まだ蒸し暑い夏空に蛍の声が響き渡った。

 

 それは……冷たいものを感じたせい。

 

 それもまさか額だなんて。

 

 街中で変な声を上げて恥ずかしいとかそう思う以前に疑問に対する方が大きく、蛍は額を手で押さえながら周りを見渡したのだったが……。

 

 なんてことはなかった。

 

 よく考えるまでもなく、そんなことをするのは一人しかいないのだから。

 

「ビックリした?」

 

 悪びれることなく、何かを手にしていた燐が笑みを浮かべて立っていた。

 それを蛍のおでこにぴったりとくっつけていただけ。

 

 けどそれは、冷たいペットボトルではなく。

 

 透明な液体の入った瓶を両手に持って、夏の日差しを受けながら燐はくすくすと笑っていた。

 

 とても自然な、心からの笑顔で蛍を見つめながら。

 

「はい、蛍ちゃん。お飲み物。くすっ、でもそんな可愛い声を出せるんだったら、もう本当に大丈夫そうだね」

 

 その冷たさに驚いたよりも、燐の笑顔に蛍は目を奪われていた。

 

 なんて綺麗なんだと思う。

 どんな夏の情景よりも、目の前にいる燐の方が素敵で、とても綺麗だった。

 

 蛍はちょっとの間、茫然としていたが。

 

 燐がいつの間にそんなものを持ってきたのかと、ややあってから聞いてみた。

 

「さっきからそう言ったよね。えっと……燐。それって、ラムネ?」

 

 燐は返事の代わりに、はいと蛍に手渡す。

 

 蛍はまだ状況が良く呑み込めていないのか、受け取った冷えた瓶を見ながら何度も目を瞬かせた。

 

 瓶のラベルには”みかんサイダー”と記してある。

 あまり見たことがないものだったので、どうやら”ご当地サイダー”というやつみたい。

 

 そもそもラムネとサイダーの違いって何だったっけ?

 ビー玉が入っている方がラムネ……だったのかなぁ。

 

 言い間違いをしてしまったことに蛍は少し恥ずかしくなったが、燐は別段気にしていないみたいで、サイダーの蓋をぽこんと開けるとごくごくと飲みだしていた。

 

 それを見て蛍は思う。

 

(炭酸、そんなにきつくないのかな?)

 

 蛍はこの手の炭酸飲料が少し苦手だったからちょっと臆していた。

 

 飲むと喉がチクチクとするし、何より飲み終わった後にどうしても出てしまう、恥ずかしい溜息(ゲップ)が好きではなかったから。

 

「うん、美味しいっ! やっぱりさ水分は多くとっておいたほうがいいよ、蛍ちゃん。今ぐらいがもっとも暑い時間だし」

 

 燐は半分ほど一気に飲んで爽快にそう言い放った。

 

 蛍は呆気に取られたように惚けてしまう。

 

 燐のその姿を見て蛍は感嘆していた。

 もし手にカメラを持っていたら、今この瞬間を切り取っておくだろうと。

 

 まるで作り物みたいに夏空によく映える情景そのものだったから。

 

 と、蛍は思わず喉をごくっと鳴らす。

 

 燐の飲み方が本当に美味しそうだったし、今ちょうど甘いものが欲しかったのも事実だったから。

 

 それに何より、大切な──ともだち。

 

 その友達が勧めてくれたのだから。

 美味しいに間違いないと思う。

 

 燐と初めて出会った時もそうだった。

 何をするにも引っ込み思案だった燐が話しかけてくれたんだった。

 

 幽霊みたいに存在感のなかった、わたしに。

 

 ”その本、ちょっと難しいけど読みだすと結構止まらないよね”と。

 

 言い表しづらいけど──風が吹いた気持ちになった。

 

 淀んだ空気を吹き飛ばすように、わたしの中で爽やかな風が吹き出したんだ。

 あの時から。

 

 それからは世界が変わったように楽しいことばかりが続いたんだけど。

 そんな時にあの不条理な歪みが起きて……。

 

 まあ……今はそんな事どうでもいいか。

 

 それよりもこのサイダーを飲むことに集中しよう。

 

 その素敵な友達に炭酸の強さは聞けなかったけれど。

 

 きっと大丈夫。

 

(よし……飲むぞ……!)

 

 蛍は妙に力の入った顔をしながら燐と同じように瓶の蓋を開ける。

 

 プシュっと炭酸の気の抜ける音が夏の空に響き渡った。

 

 何故か意気込んだ顔を見せる蛍に燐はちょっと驚いていたが、でも楽しそうにその様子を見守っていた。

 

 何か燐にまざまざと見られていることに少しの疑問を蛍は抱くも、覚悟を決めたように瓶の縁に唇を寄せ、ミカン味というにはちょっと薄めの金色の液体をそっと喉に入れた。

 

 何ていうか普通の、蛍が危惧したほど炭酸の強くない普通の蜜柑味のサイダーだった。

 

「ん……冷たくてしゅわしゅわしてるね」

 

「まあ、そうだよね。炭酸って大抵はそんなもんだからね」

 

 味とかよりも先に、何てことない普通の感想の方が口から出てしまった。

 

 ミカン味だからそこまで変わった味でもなかったわけだし。

 確かに酸味はあったけど、そこまで酸っぱくはない。

 

 けど、その普通っぽさが炭酸系の飲み物が少し苦手な蛍にはちょうど飲みやすい。

 

 安心した蛍は少し勢いをつけてもうちょっとごくっと喉に入れた。

 

「なんだか、蛍ちゃんらしいね」

 

 飾りっ気のない蛍のシンプルな感想に燐はまたくすくすと笑いだしていた。

 

 燐にからかわれた、そう思った蛍は瓶を手にしたまま顔を赤くした。

 

 滴る汗を柔らかく拭うように、湿り気のまざった温い海風が二人の少女の頬を撫で下ろしていた。

 

「あと、さ。()()()()()あるんだよ。折角だから一緒に食べない?」

 

 燐は背負っていたバックパックから、色どりの良いストライプの包み紙にくるまれた小さな袋を一つ取りだして、それを手に乗せて差し出した。

 

 自信のない少し寂しそうな笑顔を見せながら。

 

 蛍はそれに見覚えがあったので目を丸くして燐に尋ねる。

 

 確か本当に目のように丸いものが中に入っていたことを知っていたから。

 

「これって”ドーナツ”、だったよね? 燐が一生懸命作ったっていう」

 

 まんまるとした、手のひらサイズのコロンとした丸いかたちの小さなドーナツが入っているはず。

 

「あたり。でも、そんな一生懸命ってほどじゃないけどじゃないけどね」

 

 燐は小さく笑うと自分でその包み紙のリボンをほどく。

 

 そこにはちょっと大き目のキャンディーみたいに可愛らしい色の紙に包まれたドーナツが、コルクの栓で塞がれた瓶の中で宝石みたいな綺麗な姿で幾つか入っていた。

 

「でも、これ聡さんに渡す為に作ったんでしょ。だったら」

 

 蛍はそこで言葉を止めた。

 それ以上は燐に聞く必要はない、そう思ったからだった。

 

「確かにね。でももういいんだよ」

 

 燐は意外にもあっけらかんと口にする。

 

 けれど、それでも蛍は躊躇してしまう。

 

(燐、あんなに心を込めて作ってたのに)

 

 燐が行くと決めてから、このお菓子を作っていることをよく蛍は知っていたから。

 

 もっとも燐が自ら見せていたのだけど。

 

 ”お兄ちゃんに渡したいものがあるんだ”と、楽しそうに。

 

 始めは燐の母親と同じく自分で焼いたパンを渡そうと思ったのだが。

 

 何かそれじゃあ女の子っぽくなく、なんだか味気ないとのことで結局ドーナツになったのだ。

 

 それも良くあるリング状のドーナツではなく、片手で食べられる一口サイズの丸いものに。

 

 きっと、重く見られたくはなかったのだろうと思う。

 

 手作りと言うだけでも結構ハードルは高いと思うし、それに今や燐は実質パン屋の(看板)娘となっているのだから。

 

 店を構えている以上、変なものは渡せないし、あまりに本格的すぎるのも何か違う気もしていたようで。

 

 だからこのドーナツは燐にとって一種の妥協案だった。

 

 これから簡単に食べられるし、そこまで重く受け止められないだろうとの燐のほのかな思いを閉じ込めたものだった。

 

 それに、良くあるドーナツ(小麦)色だけでなく、色とりどりに溢れていて、燐のセンスらしいビビットな色遣いと、ちょっとのリリカルさ含んだ見た目になっている。

 

 ブルーのドーナツはブルーベリーのソースで、ブラウンは普通にプレーン。

 ホワイトはミルクのクリームが練り込んであってて、緑は抹茶の粉を入れて焼いたものだった。

 

 一つとして同じ色、味がないのは、調和を気にする燐らしいとも言えた。

 

 それだけでなく、包装紙を解くまで中に何が入っているのか分からない、ゲーム感覚を盛り込んでいるのもとても可愛らしい。

 

 そしてそんなに日持ちしない事を知ってるから、行く前日の夜遅くに作ったものだった。

 

 この小さなお菓子ひとつづつに彼に対する燐の思いが見え隠れしているようで。

 

 だからか蛍は気軽に受け取ることが出来なかった。

 

(それなのに……わたしが食べちゃってもいいわけないよね)

 

 蛍は何か気の利いた断り文句を探そうとしたのだが。

 

「さ、蛍ちゃん、食べてみて」

 

 燐ににこっとした笑顔を向けられると蛍にはもう断るすべがない。

 

 蛍はふぅと息を吐くと、燐の手のひらごと思いのつまった袋を恭しく受け取った。

 

 そして小さな声でもう一度尋ねる。

 とても優しい、少し大人みたいな落ち着いた声色で。

 

 あの人みたいな柔和な目を向けて。

 

「燐、本当にいいの?」

 

 ドーナツはまた作ればいいが、この想いはきっと今だけのものだから。

 

 燐は一瞬だけ躊躇うような素振りをみせるも、小さく首をふり、少しぎこちない顔で笑みを作った。

 

「それ、あんまり上手に出来てないでしょ、急いで作っちゃったし。だからちょっと失敗作なんだけどね」

 

「そうかな? 全然可愛く出来てると思うよ。青パン(りんのいえ)で新作として出してもいいぐらいには」

 

 蛍は素直に言葉を返す。

 

 無理に繕った言葉を重ねるよりも、その方がきっと燐にはいいのだろうと分かっていたから。

 

「流石にそれはないかなあ。結構コストが掛かっちゃったし。これでもちょっとは手間がかかってるんだよ。でも、蛍ちゃんにそう言ってもらえるのはすごく嬉しいなあ。それだけでも作った甲斐があるよ。あ、見た目だけじゃなくちゃんと食べてもみてね」

 

「あ、うん……」

 

 無理して微笑む燐を見て、蛍は胸の締め付けられる思いがしたが、その表情に誰かの面影を垣間見た気がしてつい了承の返事をしてしまった。

 

 自分でそう言った手前、今更否定するのも何かぎこちない気もする……。

 

「じゃあ、燐、食べるね。頂きます」

 

 迷った挙句、蛍は燐の好意を受けることにした。

 

 これ以上言って燐を困らせたくはなかったし、何よりカラフルで小さなドーナツがとても可愛かったから。

 

 その中の一つを摘まんでキラキラとした銀の包み紙をくるりと剥がす。

 中には色どりが綺麗に出ているピンク色のドーナツが入っていた。

 

 蛍はちょんと指でつまんでピンク色の小さな舌にのせる。

 

 それは見た目通りコロリンと口の中で転がった。

 ソースは生地に練り込んであるので、歯で噛んでも中には何もつまってはいないが。

 

 それでも、これは。

 

(甘くて……美味しい……)

 

 謙遜するみたいに燐は言っていたけど、ひび割れるような型崩れもなく、味もしっかりとついている。

 

 何より、この小さなドーナツから、愛情というか何か秘めた想いみたいなのが伝わってくる感じがして、ミカン味のサイダーなんかよりもずっと甘酸っぱい。

 

 蛍にはまだはっきりと分からない、”恋心”。

 そのものを口に入れた気がした。

 

「どうかな? 変な味になってなんかない? 例えばそう、酸っぱい感じがするとか……」

 

 燐も自分でひとつ食べて蛍に尋ねる。

 

 やはり夏場だから、そう言った衛生的なものを気にした、燐にしてみれば当たり前のことを聞いたのだったのだが、それに蛍は首を大げさに振って否定した。

 

「ちゃんと美味しかったから、大丈夫だよ。でも何か……燐、そのものを食べちゃってるみたいで……」

 

「うん?」

 

 ややピントのズレた蛍の感想に燐は思わず首をかしげる。

 

「ちょっと、気恥ずかしかった」

 

 何故か頬を染めて俯く蛍に、燐は面食らったような表情を浮かべて苦笑いする。

 

「え? そ、それって誉め言葉と受け取ってもいいの? けど……なんかちょっと怖いよ蛍ちゃん」

 

 口ではそう言っていたが、燐の顔はそれ程まんざらでもなかった。

 

 ……

 ……

 

「ねえ、燐。少し落ち着いたと思うから、やっぱりお城まで行ってみようか」

 

 ドーナツを食べ終えた蛍が不意にベンチから立ち上がると、燐に手を差し伸べる。

 蛍からそう言ってくるとは思わなかったので、燐は少し戸惑った表情でその顔を見返した。

 

「でも、蛍ちゃん……」

 

「わたしはもう大丈夫。それにさっき約束したじゃない」

 

 蛍が真っ直ぐに綺麗な目を向けていたので燐はそれ以上何も言わなかった。

 

 燐はうんと、大きく頷く。

 蛍はふわっと柔らかく微笑んだ。

 

「じゃあ行こうっか」

 

 そう言った蛍は燐の手をぱっと取ると、屈託のない笑みを浮かべたまま、急かすように城の入り口の方へと燐に手をひっぱる。

 

 燐はちょっと驚いた表情を見せたが。

 

「くすっ、相変わらずだねえ。蛍ちゃんは」

 

 燐は笑みを見せながらも蛍の後に素直ついて行く。

 いざという時の蛍の大胆さが燐は好きだった。

 

 東から流れてくる潮風に夏の終わりの様なものを感じ取ったが。

 

 燐は特にそちらの方を振り返るようなことはしなかった。

 

 きっといつかはそうなるだろうと思っていたし、今は目の前で張り切って手を引いてくれる友達の方がはるかに気になるものだったから。

 

 燐はその一生懸命に歩く人の暖かい手に包まれながら、歩幅を合わせるようにゆっくりと後を追った。

 

 ──

 ──

 ──

 

「何かさ、ちょっと意外……だったよね? 上まで登ってそれだけかなって最初は思ってたんだけど」

 

 小さく肩をすくめて、燐は戻ってくるなりそう口をこぼした。

 

「わたしもだよ。お城の中って結構広かったんだね。展示品なんかも色々してあったし」

 

 蛍も同じ感想を持っていたようで、先ほどまでとは少し目線で、燐と一緒に登った城を下から振り仰いでいた。

 

「それにしてもさ、蛍ちゃん」

 

「ん?」

 

 急に燐が顔を近づけてきたので、焦った蛍は少し顔を引いた。

 

 この距離感はそんなに嫌じゃない筈なのに。

 

「本当にさ、切符。買ってないなんて、ね」

 

 ややぶっきらぼうに燐は言葉を投げる。

 

 二人きりで城の周りの公園を散歩してるだけだし、周りには誰もいないからいいけど。

 

 何となく他の人に聞かれたくはない話だったから、蛍はそっと燐に耳打ちをする。

 

「あれは、その急いでいたからつい。ごめんね。燐にも謝らせちゃって」

 

 二人は改札を抜ける際、駅員にその旨の事情を話して何とか対応してもらったのだった。

 もちろん、蛍のここまでの分の運賃は払った上でのことなのだが。

 

「それはもういいってぇ。それにわたしも、切符代払い戻ししてもらったわけだし」

 

「本当に良かったの燐。その切符って途中下車しても問題ないって言われたよね」

 

「そう、みたいだね。わたしも言われてみて初めて知ったよ」

 

 片道100㌔以上の区間の切符なら途中下車しても問題ないらしい、と。

 

 駅の人にそう提案されても、燐は小さく首を振った。

 

「お兄ちゃんの所にはまだ全然遠いけど、今のわたしはここまででもう十分だからこれでいいんだ」

 

「燐……」

 

「あっ、蛍ちゃん。別に気にしなくていいんだよ。さっきも言ったけど、わたしが蛍ちゃんが一緒に来てくれて本当に嬉しかったんだから。それよりさ、ごめんね」

 

 燐に急に頭を下げられて蛍は目をぱちくりとさせた。

 

「ど、どうして燐が謝るの? わたしがいけない事をしたんだし」

 

「だって蛍ちゃん。本当は一緒に来る気なかったんだよね。でもわたしがホームであんな、”変な事”しちゃったから……蛍ちゃんのこと変に動揺させちゃったのかなって」

 

「あ……!」

 

 燐に言われるまですっかり忘れていた。

 とても衝撃的で恥ずかしいことだったはずなのに。

 

(そういえばわたし、燐とホームであんなことしたんだった……)

 

 あのことを思い返すとかぁっと顔が熱を帯びてくる。

 特に、左頬の辺りはまだ感触が残っているみたいで、他の場所よりもより熱く感じられた。

 

「その、ごめんね、ほんと。何か、その感情が昂っちゃってさ……こんな言いかけがましいこと今更言っても信じてもらえないよね」

 

「そんなことないよ。燐の気持ち、ちゃんとわたしに届いたから。だから一緒にいるんだと思う」

 

「蛍、ちゃん」

 

 二人とも顔を真っ赤にして俯きあっていた。

 

 燐も蛍もお互いの顔がまともに見れなくなったようで、互いに視線を逸らしてそれぞれ違う方向に首を向けている。

 

 少し気まずい空気が二人の間に流れているようにみえたが。

 

 けれど、二人の手は、ずっと握られたままだった。

 むしろさっきよりも強く、しっかり握られているようにも見える。

 

 思いをつなぎとめるかのように。

 互いの指の隙間を埋め合っていた。

 

「あのね、燐。その、わたし燐にどうしても言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」

 

 やや、思い詰めた表情の蛍がそう切り出す。

 

 少し真剣に燐の事を見つめながら。

 

 いきなりの事だったので燐は少し驚いていた。

 

 けれど顔を赤くしたまま、すぐにぱっと表情を和らげた。

 

「何? もしかして、告白……とか?」

 

 この状況だったらそうなったとしてもそんなにおかしくはない。

 

 燐の予想外の言葉に蛍は更に顔を赤くしたが、ふるふると首を振った。

 

「ちょっと違うけど……でも」

 

 蛍は一旦言葉を休めてから、小さく微笑む。

 

 朱色に染まった頬は、何かのときめきを予感させるような期待感を燐にもたらしていたのだったが。

 

 実際は──そうではなく。

 

「わたし、その、燐に嘘を吐いていたことがあるの」

 

 蛍のその言葉を聞いてすぐに、燐は驚いた表情をみせる。

 その反動で蛍の手をぎゅっと握りしめた。

 

「やっぱり、幻滅する、よね?」

 

 ちょっと小首を傾げて蛍は尋ねる。

 

 投げやりというよりも、諦めの色の濃い瞳を燐に向けながら。

 

 だってそうだろうと思う、どんな形だって嘘は嘘なのだし。

 

 友達だって、流石に冷めてしまうだろうと思っているから。

 

 けれど、燐は首を横に振っていた。

 

 それは、仕方がないという感じではなく、むしろにこりと笑みを浮かべながら軽口を言ってきたのだ。

 

「ううん、別にそんなことはないよ。どんな嘘かは知らないけどそんな事ぐらいで蛍ちゃんのこと嫌いなんてならないよ!」

 

「だって、わたし燐に嘘をついていたんだよ。友達だからって許されることじゃない」

 

 何てことないみたいに微笑む燐に、蛍は直ぐに言葉を返した。

 

「そんな、嘘なんて良くあることだよ。それにさ」

 

「?」

 

 そう言って燐は片手だけでなく、蛍の両手をその上から握った。

 

 それぞれの手が重なり合い、一つの線を描く。

 

 少女たちの身体を起点として、伸ばされた手が二人のちょうど中心の高さで繋がっていた。

 

 互いの輪郭を紡ぎ合わせるみたいに、燐と蛍は今確かにひとつとなっていた。

 混ざり気のない純粋な気持ちで。

 

「蛍ちゃんがわたしにそう言ってくれたってことは、話してくれるんでしょ。だからもう別にいいのかなって思う」

 

「本当? 燐はそれでいいの?」

 

「うん、もちろんだよ。だって蛍ちゃん、わたしのこと騙したりなんかする人じゃないことは知ってるし」

 

「騙す気は無かったの、ただ、その……」

 

「やっぱり嘘つくの辛かった?」

 

 蛍が言い終わる前に燐が言葉を差し入れる。

 

 一瞬面食らった顔になる蛍。

 けれど苦笑して頷いた。

 

「うん。そうだね。燐の言う様に辛かったのかもしれない。ずっと嘘をつきとおすのって、案外難しいことなのかもね。わたしにとっては」

 

「わたしだってそうだよ~。嘘とか秘密とかずっと秘めて置くのって案外疲れるものだしね」

 

「燐もそうなんだ」

 

 蛍の問いに燐はうんうんと首を振った。

 

「わたしもそーゆーの得意じゃないからね。すぐに顔に出ちゃう」

 

「あはは、わたしもだよ」

 

 よほど苦手だったのか、燐の言葉に同意を示すよう蛍はくすっと笑った。

 

「で、話してくれるんだよね。ここまで言ってやっぱりダメって言われたら、それこそ蛇の生殺し状態だよ~」

 

 顔の火照りを冷ますように、燐はぱたぱたと手で仰いだ。

 

「うん。でもわたし、燐にいっぱい嘘ついちゃってるから、何から話せばいいのかな」

 

 蛍はちょっと目線を上にしながら、少し恍けた風にそう言った。

 

「そ、そんなにあるのぉ? むむむっ。で、出来れば全部話して欲しいな……」

 

 探偵の真似事でもしているのか、燐はわざとらしく口元を片手で覆いながらドラマみたいな台詞を蛍に投げかけた。

 

 あまりにも芝居がかりすぎて、ちょっとアレだが、これもいつもの燐のことなので、蛍は困った顔を燐に向けていた。

 

「全部話すつもりだけど……燐、怒っちゃうかなやっぱり……」

 

「わたしは蛍ちゃんになら何をされても怒らないよ」

 

「そうだったっけ?」

 

「うー、時と場合にはよるけど、基本は怒らないからっ」

 

「そうだね。だって、燐はすごく優しいから」

 

 蛍は長い髪を生暖かい海からの風に晒しながら、澱みのない澄んだ顔でそう言った。

 

 だから燐は安心する。

 

 こんな綺麗で澄んだ目をした子が騙す目的で嘘なんかついたりしないのだと。

 

 きっと何か事情がある。

 それも多分。

 

 蛍にとってはとても重要なことなのかもしれないが、燐にとってみれば割と些細なことで嘘をついてしまったのだと。

 

(考えてなさそうで、ちゃんと考えてるタイプだからなぁ、蛍ちゃん)

 

 表情から察するに切羽詰まったという感じではない。

 

 その罪悪感に耐え切れずにとうとう言ってしまったという感じが燐には見て取れたから。

 

 蛍の、その吐露を聞いても、そこまで燐は困惑することもなかった。

 

(それにわたしだって蛍ちゃんのこととやかく言う権利なんてないし)

 

 細かい嘘なんてしょっちゅうついているし、とても大事な事だって話さないことあるし……。

 

(うー、何かわたしって実は結構嘘つきなのかも??)

 

「はうううぅ……」

 

 急に打ちひしがれたように肩を小さくする燐に、蛍は不思議そうな顔を向けた。

 

 と、何故かそのとき、燐は受験勉強でよく分からなかった十二の方程式のことを急に思い出して、忘れないようにと頭の片隅でメモを取った。

 

 結局、先へ進むにせよ、戻るにしても、まだ勉強は必要なものだし。

 

 何かを知ったり覚えたりするのは嫌いじゃないけれども。

 面倒なことは確かだったわけだから。

 

 今のこの状況にそれが何の意味があるのかは分からないけど。

 

「あ。そうだ。ねぇ蛍ちゃん知ってる?」

 

 少し恍けた声を出した燐が急に手をパンと叩く。

 

「え、何のこと?」

 

 突然出た音に驚いた蛍だったが、燐は気にせず蛍の手を再び握りながら話し続けた。

 

「お城に向かう途中の、さっき通った城下町の施設の屋上に”足湯”があるんだよ。そこからでもお城とか海が見渡せるんだ」

 

「へぇ、それは知らなかった。でも何でそんなこと急に?」

 

 さっきそのお城に登ったばかりなのに。

 蛍はそう思わずにはいられなかった。

 

 燐もそれを知っているのか、軽く中指を立てて横に振った。

 

「うん。そこにさ、今からちょっと行ってみない? 何か無料で入れるみたいだし」

 

「えっ? でも……」

 

 蛍は小首をかしげならそこのところを燐に尋ねた。

 

「足湯って、美容と健康に良いらしいんだよ。何か血行が刺激されるっていうかぁ」

 

 そう言った燐はまだ足湯に入ってもいないのに、何というかぽわんとしたゆるい顔になっていた。

 

 蛍はため息を一つこぼすと。

 

「あ、わたしもそういうのテレビか何かで聞いたことあるよ。冷え性にもいいんだって」

 

 蛍の指摘に燐は苦笑いするも否定することは無いみたいで。

 それどころか、むしろ蛍に更に詰め寄った。

 

 鼻先が触れ合いそうなぐらい顔を近づけながら。

 

「実は冷え性でしょ、蛍ちゃんって。だからさ、ちょっとだけ入りに行こ。ね、ね。ね。どうかな、蛍ちゃん~。サウナとはちょっと違った”プチととのう体験”一緒にしよっ」

 

 そう言った燐は抱き付く様に蛍の腕に手を絡めた。

 

「もう、燐~」

 

 プチ整うとか初めて聞いた言葉だし、さらっと失礼なこともついでに言われた気もするが燐の指摘に間違いはなかった。

 

(冷え性なのは確かだよ。でも……)

 

 蛍は困り顔で思案する。

 

 実際は考えるまでもなく、最初から答えは決まっているのだけれど。

 ちょっと気後れみたいなものがあった。

 

(燐に、気を遣われてるよね……確実に)

 

 少し大げさに言ってしまったせいなのかもしれない。

 嘘と言ってもそんな大したものじゃないのに。

 

 けれど。

 

 蛍は横目でちらっと燐の顔を見た。

 

 とても心配そうな顔で見つめている。

 繋がれた燐の手が少し汗ばんでいるのは、多分この暑さのせいだけじゃないはずだ。

 

 けれど蛍にはその手を振り解くだけの勇気はない。

 それどころかそんな気すら一片も脳裏に浮かんでこなかったから。

 

 蛍は小さくこくんと頷いた。

 

「燐が、そこまで言うのなら」

 

「じゃあ、決まりね。あ、タオルは有料みたいだけどわたしが持ってるからね。もちろん蛍ちゃんの分も」

 

 燐は列車を降りた時からずっと持っているオレンジ色のトラベルケースをバンと叩いた。

 

「え? そうなの?」

 

 こうなることを想定していたみたいに、きっちり用意をしてあるのは燐らしいなと蛍は思った。

 

(でも、もしかして)

 

「最初からそのつもりだった、とかはないよね、燐?」

 

「さぁ~て、何のことかなぁ~。あ、蛍ちゃん。足湯って結構のど乾くらしいから何かまた飲み物買ってから行こうね」

 

 燐はそう言うと先にばたばたと駆け出して行ってしまった。

 

「……誤魔化された」

 

 燐の背中を追いかけながら蛍は、まだ季節が夏である事に少し感謝した。

 

 …

 ……

 ………

 

「……外が暑いから、足湯ってどうなのかもって思ったんだけど……」

 

「確かにね。こういうのも悪くないよね。あんまり入ってるとのぼせちゃいそうだけど」

 

「うん。ほんとに。燐の言う様に夏の足湯も結構いいものなんだね」

 

 燐と蛍は足湯用のベンチに並んで腰かけながら、折れそうに細長い両足を半透明の足湯の中にちゃぷんと入れながら話をしていた。

 

 時間帯の関係なのか、同じように足湯を楽しんでいる人はそれほどいない。

 

 もし大勢いたとしてもきっとそれほど気にしないだろう。

 今の二人にはお互いの存在以外目に入っていないと言えたのだから。

 

「足しか入れてないのに何か全身がポカポカしてくるよね? やっぱり温泉だから?」

 

「かもねぇ~。わたしなんかもうすっかり全身汗かいちゃってるよぉ」

 

「わたしも。でも悪い感じの汗じゃないね。サウナとかに入ったときみたいな感じがするね」

 

 じめっとした重い汗ではなく、からりとした涼やかな感じ。

 

 汗をかいているのに気持ちいいなんて。

 

 これなら確かに血行が良くなりそう。

 蛍は額を軽くタオルで拭きながら感心するように小さく笑った。

 

 ……

 ……

 ……

 

「ふぅん、オオモト様とちゃんとお話したんだ。でも変な事も言われたみたいだね」

 

「ごめんね。黙っておくこと必要なんかなかったんだと思ったんだけど。燐を困惑させちゃうのかなって思って。でも、うん。ちょっと意外だったかも」

 

 そう言った具体的なアドバイスなんかするような人ではなかったような気がしていたから。

 

 足湯に浸かりながら大体の事を蛍は燐に話した。

 

 流石に全部というわけではないけど、それでも会話の内容なんかは事細かに話していた。

 蛍が恥ずかしいと思う部分については、やっぱりちょっとぼかしていたけど。

 

「でもさ、何でオオモト様と話したことを言ってくれなかったの? 別に嘘吐くようなことでもなかったわけじゃない」

 

 ちょっと拗ねたように燐が口を尖らせて言った。

 

「それは、ごめん。だって燐は夏休み最後のお出かけだったわけでしょ。余計な心配をさせたくないなって思って」

 

「本当にそれだけ~? 何か他にあるんじゃないのぉ」

 

「えっ、それだけ、だよ」

 

「ふーん」

 

 ニヤニヤしながら顔を覗き込む燐に、蛍は顔を赤くして耐えるしかなかった。

 

「ま、いいけどね」

 

 そう言って燐はぱっと顔を放す。

 

「燐。許してくれるの?」

 

「許すも何も。別に怒ってるとかそう言うのじゃないしね」

 

「でも、わたし……」

 

「それぐらい嘘って程じゃないでしょ。っていうか安心した。わたしてっきり蛍ちゃんが新幹線に酔っちゃったことが嘘かと思った」

 

 燐は安堵の溜息をついたのだが。

 蛍は驚いたよう表情で燐のことを見つめ返していた。

 

「燐、やっぱり気付いてたの? わたし結構頑張った方なんだけど」

 

「えっ、頑張ったって……アレって嘘なのぉ!?」

 

 あれが演技だったのなら蛍はそうとうな演技力の持ち主と言うことになる。

 

 燐はゆくゆくは蛍は女優にでもなるのではないかと想像した。

 可愛いしスタイルもすごくいいしと申し分ない。

 

 ちょっと引っ込み思案なところはあるけど、そういうのは後で改善されることもあるし。

 

(蛍ちゃん、女優かぁ。意外と合ってるのかもね)

 

 と燐が勝手に蛍の将来を妄想していたのだったが。

 

「あれって半分だけ嘘なの。初めは嘘吐いて燐にそう言ったんだけど、本当に気持ち悪くなっちゃって」

 

「……」

 

 恥ずかしそうに言う蛍に燐は絶句して暫く固まっていた。

 

 ……

 ……

 

「ねぇ、燐」

 

 蛍は微笑んでいる燐の手をそっと握る。

 

「わたし、まだ嘘ついていることがあるの。聞いてもらえる、かな」

 

「もう。ずるいなあ蛍ちゃんは。そんな頼み方されたらわたし絶対に断れないよ。でも、今度こそちゃんとした嘘の話にしてね」

 

「うん。がんばるよ」

 

 何だか変な会話をしていた。

 

 けれど蛍が縋りつくように手を握ってきたから燐も手を握り返す。

 

 立ち上る湯気だけじゃない、少し汗ばんだお互いの指が優しく絡みついた。

 何かに吸い寄せられるように。

 

「ありがと、燐」

 

「どう致しまして」

 

 ぺこりとお互いに小さくお辞儀を返す。

 傍から見ると不思議な光景だが、二人にはそれが心地よかった。

 

 お互いのことを良く分かっているから。

 

「それで今度はどんな嘘をついていたの? もしかしてオオモト様と、エッチは話をしてたとかぁ」

 

 燐はにひひと可愛らしい顔に似合わない笑みを作った。

 蛍はそれに首をぶんぶんと振って否定する。

 

「流石にそれはないよ~。オオモト様がそんな人じゃないことは燐も良く知ってるでしょ」

 

「それはまあ……そう、だね」

 

(うん?)

 

 燐のニュアンスが少しおかしかったことに蛍は内心首を傾げた。

 

 けれど些細な疑問だったので特に言及はしなかった。

 燐がいつもの顔で話を振ってきたから。

 

「じゃあ、どんな嘘のお話をしたの。わたし聞きたいなー」

 

「人聞きの悪い言い方しないでよ。あ、でも嘘っていうか、嘘じゃないっていうか……」

 

 蛍は自問自答をしながら表情を複雑にかえていた。

 

 その様子が子供みたいにみえて、燐はくすくすと笑う。

 

 我に返ったように気づいた蛍は恥ずかしそうに姿勢を正すと、本当に少し前の夜のことに意識を戻す。

 

 母親なのか、そうではないのかまだよく分からないあの人との偶然の逢瀬へと。

 

(それにしても……何で、分かったんだろう)

 

 一緒にいる燐どころか自分でもよく分かっていないことだったのに。

 

 ────

 ───

 ──

 

「──自分でも分かっていたんでしょう?」

 

「それって、何のことなんですか」

 

 蛍はオオモト様に質問を投げたのだったが、返ってきた答えはこれだった。

 

 燐と自分はこれからどうした方がいいのかと、その道筋を訊ねようとしただけだったのに。

 

 質問に質問を返されたことで、蛍は一瞬思考停止に陥ったのだったが、立ち直った蛍がそう聞き返すと、オオモト様は口を閉めて蛍をじっと見つめた。

 

 黒い瞳が見透かすように蛍を捉える。

 

(なんだか、裸にされた気分……)

 

 ただ、見つめられているだけなのに。

 

 すごく恥ずかしい気持ちになる。

 それは見られていることへの気恥ずかしさとは違うもの。

 

 心の奥底に大切にとっておいた大事なものを見透かされているような息苦しさを蛍に覚えださせるものだった。

 

「ねぇ、蛍」

 

「はっ、はい!!」

 

 優しい声で自分の名を呼ばれたことに、蛍はつい大きな声で返事をしてしまった。

 

 急に答えを指名された生徒みたいに慌てながら。

 

「あなたはまだ”普通の人間”には、なってはいない。どちらかというとまだ座敷童の方が近いままよ」

 

「えっ!?」

 

 蛍は自分の耳を疑った。

 ハンマーで頭を殴られたみたいな衝撃が蛍の脳裏を走る。

 

 ここまでの衝撃を受けたのは二度目だった。

 

 一回目は自分が座敷童であると告げられた時。

 

 その時だって目の前が真っ暗になるような強いショックを感じたものだけど。

 

(しかもそれをまたオオモト様に言われるだなんて)

 

 座敷童の件も今回も事も()()()()()()()()、蛍は二重の意味でショックを受けた。

 

 ただ、心のどこかではもしかするとそうではないかと思っていたから、そこまでの動揺は感じなかったけど。

 

 でも愕然としてしまった。

 

 自分から燐にそうだと言ってしまったことだし。

 

 それに、オオモト様の言う様にまだ普通の女の子に何てなっていないのなら、それは燐に嘘をついていたことになる。

 

 意図せずにして罪悪感を伴うこととなった。

 

(だったら、あの身体の内側から響いたような音は一体……?)

 

 蛍がいくら頭を捻ってもその答えには至りそうにないので、求めるようにオオモト様を見つめた。

 

 それに気づいたのか、オオモト様は小さな息をつく。

 

 少し艶めかしくみえるその行為に蛍はふいにドキリとさせられた。

 

「そうね。()()は恐らくその段階が進んでいるという類のものなんだと思うわ。普通の人間には確かに近づいているの。見た目には分からないでしょうけど」

 

「そう、ですか……」

 

 蛍は落胆した表情のまま、力なく頷き返した。

 

 何というか自分が情けなかった。

 

 普通の女の子になったと喜んでいた自分と、燐をぬか喜びさせてしまったこと。

 

 そのことで一番喜んでくれたのは燐、だったから余計に辛い。

 

 もっとも、燐以外に誰にも話してないことだけど。

 

 さらに申し訳なく思うのは、二人だけのささやかなパーティーを開いたあとだったから。

 

 燐は蛍と一緒に喜んでくれて、そして泣いてもくれた。

 それなのにそれが全部嘘だったなんて。

 

(なんて燐に言えばいいんだろう)

 

 ちょっとでも自分を理解できたと思った事に憤りすら感じてしまう。

 

 なんて無知なのだろうと。

 

 幸運を呼ぶ力が薄れていくことにだって、何一つ実感が湧かなったのに、普通の女の子になったことなんて分かるはずもない。

 

 何の根拠もないことは自分でも分かっていたはずなのに。

 

 見た目に変化が起きない以上、あの奇妙な音が何かのサインだと思ったからそう勘違いしてしまったのだけれど。

 

 オオモト様の言い分だと、それでもまだその”初期段階”らしい。

 

 それだって自覚とか予兆みたいなものは一向に感じない。

 

 でも、この人がそう言うのならば、きっとそうなんだろう。

 少なくとも誰かに言われるよりかはずっと信用できる。

 

 自分よりもずっと色々と知っている人だったから。

 

 まあ、座敷童の相談何て誰に出来るものではないと思うけれど。

 

 蛍は思い悩んだ。

 

(このことは燐に話すべき、だよね? 燐だったらきっと受け止めてくれるとは思うけど……)

 

 幻滅はされるだろうと思う。

 もしかしたら絶交、何てことも。

 

 最悪の事を想像した蛍は急に恐れを感じて、たまらず目の前の黒髪の人にすがりついた。

 

「その、やっぱり燐に話した方がいいんでしょうか?」

 

 オオモト様は小さくため息をついて口を開いた。

 

「それはわたしから言うことではないわ。あなたが自分で決める事なのよ。生き方も何もかもね」

 

 やや突き放した言い方をされてしまったが、確かにその通りだと思う。

 

 これは自分と燐の問題なのだし。

 この人は関係ない。

 

 だったら、わたしの答えは……。

 

 …………

 ………

 ……

 

「蛍ちゃん、平気? さっきからぼーっとなってるよ。もしかして湯あたりしちゃった?」

 

「あ……ううん。大丈夫。ちゃんとお水も飲んでるから」

 

 いろいろと衝撃的だった夜の記憶から、ちゃぷちゃぷとした少し熱めの現実へと蛍は意識を戻した。

 

 足湯と言っても一応温泉だから、さっき飲み干したサイダーではなく普通のミネラルウォーターを飲んでいた。

 

「ん、なら、いいんだけど。足湯って結構長く入れちゃうから知らずにのぼせちゃうことって割とあるみたいだからね」

 

 そう言って燐もスポーツドリンクを一口飲む。

 

 それはやはり燐の元の父親が好きだった銘柄のものだった。

 

「何かさ、あの時以来すっかりハマっちゃってね」

 

 燐の言う”あの時”とは、あの三日間の夜の時のこと。

 

 燐と蛍はあの夜、町の中で一台だけ稼働していた自販機で飲み物を買い、語らい合っていた。

 

 燐はカフェオレを押したのに出てきたのはスポーツドリンクで、その事に燐は不思議がっていたけど。

 

「そのおかげで縁、みたいなものが出来たのかもね。燐のお父さんの間に」

 

「まあ、ぎりぎりの縁みたいなものだけどね」

 

 燐はやや呆れたように言うが、その割には嬉しそうだった。

 

 実際、月に一度はその”前のお父さん”と面会しているみたいだし。

 

「けど、お母さんに新しい、男の人がもし出来たら、そういうのも無くなっていっちゃうのかな。仕方ないことなんだろうけど」

 

 燐はぽつりとつぶやく。

 

 寂しさを含んだその言葉に突き動かされたのか、蛍はペットボトルを脇に置き、反射的に燐の手をとった。

 

「!! 蛍ちゃ……」

 

「大丈夫だよ。わたしが燐の傍にずっといるから。燐が嫌だって言うまでずっと」

 

 真剣な目を向けてそう言い切る蛍に、燐は目を見開きぽかんと口を開けていたが。

 

「あはっ! なにそれ? それって、まるで恋人同士の会話じゃん」

 

「くすっ、そうだね」

 

 蛍はそれを否定することなく、顔を赤くしたまま微笑んだ。

 

 足元の水面が日差しを受けてきらきらと反射して、その無垢な笑顔を一層引き立たせる。

 

 本当に綺麗な子だなあ。

 燐は素直にそう思った。

 

「ねぇ、燐。もしわたしがまだ沢山の嘘をついているって言ったら流石に怒るよね」

 

「んー、別にぃ」

 

「そうなの??」

 

 蛍は少し大きな声で尋ねる。

 流石に今度は嫌な顔のひとつでもされるだろうと思ってたから。

 

 燐は涼しい顔で小さく笑う。

 

「あのね、蛍ちゃん。さっきも言ったけれど、わたしだって蛍ちゃんに色々隠し事してたわけだし。そういうのってお互い様だと思ってるよ」

 

「それって、友達だから?」

 

「ん──」

 

 そう言いながら手を引いてくれている燐の横顔は意外にも楽しそうにみえた。

 背中だけでなく、片手にも重い荷物を持っているというのに。

 

「蛍ちゃんだから」

 

「えっ」

 

「それじゃあ理由にならないかなぁ。でも、別に気を使っているとかじゃないよ」

 

「だったら」

 

「好きな人に優しくするのは当然何じゃない? 特に今一番好きな人には、ね」

 

 そう言って燐は照れたように笑った。

 顔を少し赤くしていたが、きっとそれは暑さのせいだけではなかった。

 

 そんな燐を見て蛍はくすっと笑う。

 

「わたしはちょっと違うかも。好きな人にはちょっと意地悪したくなっちゃう方だなぁ」

 

「あー、何かわかるかも。蛍ちゃんって割とそーゆーとこあるよね」

 

 屈託なく笑う燐に蛍はにこっとしながらも胸の中で謝罪した。

 

(ごめんね、燐。色々わがまま言っちゃって)

 

「そういえば、燐。飛行機のチケットってキャンセルするの? 今からだと流石にキャンセル料が掛かっちゃうんじゃ……」

 

 蛍はその代金を支払うつもりだった。

 

 結果として燐を振り回してしまったわけだし、自分にできる事なんて精々このぐらいしかなかったから。

 

 けれど、燐は小さく首をふって否定する。

 

「大丈夫だよ。蛍ちゃんが責任感じる必要ないから。それにキャンセル料とかそういうのは全然かからないの」

 

「どうして?」

 

 不思議そうに問いかける蛍に燐は苦笑いを浮かべた。

 

「だって、元から予約してないんだもの。新幹線の切符は買ったけど、飛行機はその予約すらしてないんだ」

 

「飛行機の、自由席で乗るつもりだった、ってこと?」

 

 今はそう言った方法で乗れるらしいのは小耳にはさんだことはあるけど。

 

 いつも入念に計画してる燐にしては珍しく適当なんだと蛍は思ったのだが。

 

「そうじゃなくってね」

 

 燐は蛍の手を振りながらくすくすと笑う。

 まるで足湯の中でダンスをしているみたいにふわふわとさせながら。

 

 いまいち要領の得ない言葉を出す燐に蛍は苦笑いしながら、内心では胸をヤキモキとさせていた。

 

 それが分かったのか、燐はすこし姿勢を正すと真っ直ぐに蛍と向かい合う。

 

 ふたりの視線がぴったりと重なり合った。

 

「”こうなるんじゃないのかなって”思ってたの。薄々なんだけどね。だから最初から飛行機なんて乗る気なかったんだよ」

 

「それじゃあ……どうやって行くつもりだったの? 聡さんの所へ」

 

 船で行く方法だってあるけれども。

 

 けどそれだって随分と時間がかかってしまうし、それにこの時間だともう今日の便には間に合いそうにないはずだ。

 

(まさか車で行くってことはないよね? だって燐はまだ免許持ってないし)

 

 たまにこっそりと運転しているから勘違いしてしまいそうだけど。

 まだ燐は運転免許をもっていなかった。

 

 取得するつもりはあるようだけど。

 

「まあ、疑問はもっともだよね」

 

 悩む蛍に、勿体ぶった言い方をする燐の目が合う。

 

 とても綺麗な瞳。

 

 心が砕けてしまったなんて、とても思えない。

 迷いも憂いもない、そんな燐に真っ直ぐに見つめられる。

 

「うーん、蛍ちゃん、分からないのかなぁ」

 

「分からないって何を?」

 

「ほら、あの山でのこと、もう忘れちゃったのぉ」

 

「山って、あの、”ナナシ山”でのことだよね。あれが一体??」

 

「そこで何か石碑みたいなのがあったよね。そこでのことまだ覚えてる?」

 

「うん。一応覚えてはいるよ」

 

 そんなに前の話でもないし。

 けど、あまり良いことが無かったからそんなに思い出したくはないんだけど。

 

 確か、麓のあたりに白い石碑があって、そこでわたし達は……。

 

 蛍は何か思い当たるようなそうではないような、何とも煮え切らない歯がゆさのようなものを感じていた。

 

(そうだ! 確か燐はあの時──)

 

 あの時、燐にからかわれたんだった。

 

 本気かどうか試す為に。

 

「えっと、じゃあ、もしかして……わたしまた燐に、化かされた?」

 

 予想とは違った言葉を投げかけられて、燐は脱力したように肩を落とした。

 

「”化かされた”、はちょっと心外かなー。別に蛍ちゃんを騙そうとかしたつもりはないしねぇ。それに……これで”おあいこ”なんじゃないかな」

 

 燐は意味ありげに言葉を投げると、指を立てて顔を作ると上下にぱくぱくとさせた。

 

 まるでキツネがコンコンと鳴いているみたいに。

 

「ま、まさか燐って」

 

「そう、実はわたしはキツネの妖怪に助けれて、狐憑きになった……って、わたしは妖怪でも何でもないんだからねっ!!」

 

 燐は自分でそう名乗っておいて、ぷんぷんと頬を膨らませていた。

 

 燐のやり取りに、頭が全く追いつかない蛍は、しばらくきょとんとしていたが、ややあってため息をついた。

 

 そこには呆れが多く含まれていたが、別の思いもちょっとは混じってはいた。

 

 要するに、燐の旅行計画は──白紙だったというか途中までということ?

 

「ねぇ、燐。いつからなの、それ」

 

 蛍は呆れた声を出す。

 

 何というか多分、燐にまた試されたんだろうと思う。

 覚悟というか、思いの強さみたいなものを。

 

 こういうのは別に嫌いというわけじゃないけど。

 

 やっぱり理由は知りたいから。

 

「流石に最初からってことはないよ。お兄ちゃんのとこに行く気はあったんだもの」

 

「だったらどうして? それにもし、わたしが乗らなかったら、燐はどうするつもりだったの?」

 

 蛍は燐に質問をぶつける。

 自信の恥ずかしさを隠遁するかのように。

 

「そうだねぇ」

 

 ふと燐は考え込む素振りを見せる。

 けれど、すぐにぱっとした顔になった。

 

「その時は、その時……かな。実はあんまり深く考えてなかったり」

 

「そうなの? ……燐のことだからてっきり計算ずくのことだと思ってた」

 

 蛍はなぜか感嘆するような声色でそう呟く。

 行き当たりばったりなんて、それこそ自分みたいな考えなのにと。

 

「わたしはそこまで計画的でもないし、頭も良くないから。それに多分、お兄ちゃんに会ってもそんないい事はないと思う」

 

「どうして? だって燐は今でも聡さんの事、好き……なんでしょ?」

 

(あれ、わたし……なんで? もしかして、嫉妬とかしてるの?)

 

 蛍は内心でびっくりしていた。

 

 二人の中を揶揄した罪悪感、というか心苦しさで胸が痛んだから。

 

 けど、何故そんな感情が自分の中にあるのか、それが良く分からなかった。

 

「それは、どうかなぁ」

 

「そう言うのとは違う?」

 

「うーん、まあこの話は追い追いするよ。今度”ちゃんと行くことにしたとき”にでもね」

 

「……うん」

 

 ちょっと寂しそうに笑う燐に蛍は少しの違和感があったが、燐が後で話すと言ってくれた以上、その先までは追求しなかった。

 

「あ、でもぉ、ちょっと予感めいたものはあったかも。蛍ちゃんならきっと来てくれるだろうって、なんか思ってた」

 

 そう言って、燐が真っ直ぐな目を向けてきたから、蛍はほっとしたように息を吐く。

 

「そっか、なら安心したよ」

 

「ん、何が?」

 

 今度は燐が首をかしげる。

 

「だって、燐も”普通の女の子”だったってことでしょ? だから。わたしはまだ違うみたいだったけど……」

 

 蛍は不意に寂しそうな顔になった。

 

 その顔は幼い頃の蛍、一人だったころの蛍とよく似ていた。

 

 ”かごめかごめ”で一人取り残された時と同じ、感情が乏しかったころの蛍の表情とそっくりだった。

 

(わたしはこのままずっと一人なのかもしれない……燐が、みんなが普通に生きる中、わたしだけがいつまでも”座敷童”のままなんだ)

 

 そんなにこの”力”というのは特別なんだろうか。

 普通になる事さえも、普通に許されないほどに。

 

 哀しいとかいうより、心底呆れかえってしまう。

 

 座敷童の生命なんかよりも幸運を繋いでいくほうが大事だったなんて。

 

 そんな習慣に囚われていた町の人達と何も分かっていないでのうのうと暮らしていた自分に呆れかえった。

 

 けど、と思う。

 

(わたしは普通の女の子になったら何をしたらいいんだろう)

 

 座敷童じゃなくなったのなら、燐と違って唯一の取り柄さえもなくなるわけだし。

 

(そのことをオオモト様に聞きたかったのだけれど……)

 

 蛍は湯の中で足を軽く回す。

 

 小さな螺旋の渦は蛍の心の迷いを表しているようで、少し濁りを帯びた水面に映る少女の顔は今にも泣きだしそうに目を曇らせていた。

 

 空はこんなに晴れているのに。

 

「蛍ちゃん!!」

 

 燐が急な勢いで蛍の手をとる。

 蛍は驚いて口をぱくぱくと開けていた。

 

「ずっとわたしが傍にいるからっ」

 

「……燐」

 

「蛍ちゃんが普通の女の子になるまでわたしがずっと傍にいるっ! そしてゆくゆくは女優デビュー! そうでしょ!? 蛍ちゃん」

 

「え、女優? 燐、何のこと?」

 

 何の脈絡のない言葉に蛍は目をぱちくりとさせた。

 

「わたしは蛍ちゃんの演技力高くかってるからね。だから初めはどこかの劇団に所属するか……あ、養成所なんかもいいかもね。変な所じゃないかわたしがちゃんとチェックするから」

 

 燐は何の話をしているんだろう、と蛍は訝しく思ったが、燐があまりに必死だったのでつい可笑しくなってしまった。

 

「あははっ、何それ、燐、変なの。それじゃあまるで……」

 

 蛍は片手で軽く目元を擦ると、あははと楽しそうに笑った。

 

「わたし、ずっと一緒だよ。それに、蛍ちゃんを大好きって気持ちは永遠に変わらないから」

 

(永遠だなんて……燐、そんな簡単に口にしてもいいの……?)

 

 突き抜けるように青い空。

 沸き立つほど白くそびえる雲。

 

 足元には暖かい水が揺れていて、そこに素足をいれて楽しんでる。

 

 夏の終わり際なのに、もっとも夏らしい午後のひと時。

 

 あの日とそれほど遜色のない情景だけど。

 やっぱりどこか違う。

 

 同じ日はもう二度とこないから。

 

 だからわたしは。

 

「うん。いつまでも、永遠にね」

 

 いつまでも色褪せることのない約束を口にした。

 

 ずっと大好きな人の前で。

 

 想いは、情報は、ずっと残るものだって。

 

 あなたが言ってくれたこと。

 それを信じているから。

 

 永遠に。

 

 ──

 ──

 ──

 

「燐。あともう一つ、とっても大事な話があるんだけど……」

 

「んー? なーにー、蛍ちゃん~。蛍ちゃんのお話なら何でもじゃんじゃん聞くよ~」

 

 大分足湯に長く浸かり過ぎた影響なのか、燐は頬を緩ませて今にも寝入りそうになっていた。

 

 それは蛍も例外ではなく、さっきから何度も生あくびをしそれをかみ殺している。

 

 ととのうどころかゆるゆるになってる。

 微睡んだ思考で蛍はそう思った。

 

 このままだと本当に寝てしまいそうになる、そう思った蛍は眠い目を擦りながらなんとか話をつづけた。

 

「とっても……大事な話があるの。その、わたし達二人に関わることで」

 

 蛍はそう言った後、少しうつむく。

 

 ちょろちょろと流れる源泉の音がどこか浮世離れした音に聞こえた。

 

「蛍ちゃん……」

 

 軽く瞼を閉じようとした燐もそれに気づいたのか、ぱっと目を見開く。

 

(蛍ちゃん。何か深刻そうな顔してる。これってもしかして)

 

「それってやっぱり、Black&White!!??」

 

「……何、それ?」

 

 歯磨き粉みたいな単語に、蛍は思いがけず目が点になってしまった。

 

「あっ、”愛の告白”って意味だよ。ほら”こく”って、(こく)だけじゃなく、(こく)でも表現できるでしょ。だからブラック。白はそのまんまね」

 

「はぁ」

 

 さっきまでのゆるさはどこに行ったのか、意味不明なことを熱心に解説する燐に、蛍はぼんやりとした声で返事を返した。

 

 ゆるいという意味合いでは変わってないのかもしれないが。

 

「ホッケー部の中で流行ってるの。卒業までに”告白(ブラック&ホワイト)されたい~”って!」

 

「そ、そうなんだ」

 

 燐は何故だか楽しそうにその事を語っていた。

 

 蛍はあははと小さく相槌を打っていたが、やや口元を引き締めて話の本題に戻った。

 

「ごめん、燐。そう言うのじゃなくて、ちょっと真面目な話なんだ。わたし達の根幹に関わることっていうか」

 

「根幹? 何だか、壮大な話になりそうだねぇ」

 

 少し眉をひそめる燐に蛍は苦笑いする。

 

「けど、まだ全然仮定の域を脱してはいないんだけどね」

 

 話の本筋を言う前から自信がないということを蛍は事前に告げた後で、再度燐に尋ねる。

 

「それでも、話してもいいかな?」

 

「それはもちろんだよ。さっき何でもお話聞くっていったしー」

 

「そうだよね。燐はいつでもわたしの話を聞いてくれるもんね」

 

「蛍ちゃんだって、わたしの話どころか、どっか行くにしてもいつも付き合ってくれるじゃない」

 

「それは当たり前だよ。わたしにとっては」

 

「わたしも、同じ。蛍ちゃんの頼みだったら何でも聞いちゃう。あ、もちろん出来る範囲でのことね」

 

「ほんと、わたし達って同じだよね」

 

 蛍と燐は顔を見合わせる。

 

 どんなに辛い出来事があっても、たとえ輪郭が消え去ったとしても。

 

 それでもこの世界でたった二人の存在だったから。

 

 概念という枠組みから外れても、またこうして一緒にいる。

 

 ”二人一緒でいる意味”。

 

 今この瞬間がこそがそうなのではないのかとお互いに、そう思った。

 

「あのさ、蛍ちゃん」

 

 改まった声で燐が訊ねる。

 蛍は何事かなと頬に手を添えて首をかしげた。

 

「とりあえず、足湯から出ない? ずっとここにいてもいいけどわたしクラゲみたいになっちゃう~」

 

 すっかり空となったペットボトルを振りながら、倒れ込むように燐は蛍に寄りかかる。

 

 むぎゅっと柔らかい感触が燐の頬に当たっていた。

 

「ちょっと、燐。みんな見てるから」

 

「えー、いいじゃん別にぃ。このまま蛍ちゃんに膝枕して欲しいなあー」

 

 蛍は顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげるも、燐はくっつくことを止めずより身体をもたせ掛けてくる。

 

 蛍も長湯のせいで顔がふわふわになっていたのか。

 

「もう……」

 

 と小さく呟くだけで、燐を押し返すようなことはしなかった。

 

 蛍と燐は、しばらくぐだぐだと抱き合いあっていた。

 

 ……

 ……

 

「燐のせいで恥ずかしい目にあった」

 

 濡れた足をタオルで拭き取りながら蛍はまだ顔を赤くしていた。

 

「あははは、ごめんねぇ。でも蛍ちゃんもいけないんだよ」

 

「わたしが? どうして」

 

「だって、あんな真っ白でふわふわもちもちの太ももをしているんだもん。あれじゃあ誰だって触ったり撫でたりしたくなるよ~」

 

 その感触が忘れられないのか、燐は脚を拭く手を止めて虚空で手をわきわきと蠢かせた。

 

「燐、それ、普通にセクハラだから」

 

 蛍は燐の顔を見ずにやや冷たく言い放った。

 

「あれっ!?」

 

「ん? 蛍ちゃん、どうかしたの」

 

 小さく声を上げた蛍に燐が顔を覗き込む。

 

「あ。ううん、何でもない……かな」

 

「???」

 

 手をぱたぱたと振って蛍はちょっと焦ったように愛想笑いを浮かべた。

 

 燐は不思議そうな顔でまざまざと見るも、確かに何もなさそうだったので、持ってきたタオルで足を拭く行為に戻った。

 

(もしかして、これが……!?)

 

 まだ火照っている脚を黒いタイツに通したとき、蛍は確かに感じたのだ。

 

 繊維がぴたっと素肌に張り付くこの、何とも言えない高揚感みたいなものを。

 

(これが燐の言う、”プチととのう”ってこと、なの!?)

 

 未体験の心地よさに感嘆したのか、蛍は自分のふくらはぎを擦りながらひとりで楽しそうにくすくすと微笑んでいた。

 

「………」

 

 何事かと少し心配そうに燐は蛍を見つめていたが、何だか楽しそうに笑みを浮かべていたので、声を掛けずに黙ってその様子を見守っていた。

 

 良くある、勘違い(プラセポ)かもしれない。

 

 けれど蛍は、確かに身も心も整った気分になった。

 

 

 ────

 ───

 ──

 

 

 





★アニメゆるキャン△ 三期決定おめでとうございま~す!!!

何時かはやるだろうと思ってはいたのですが、映画の公開終わってすぐの早い決定だったですねー。それでも放送するのは二年後ぐらいでしょうかす。流石に来年はない……はずです。そして、どこまでアニメ化するかが楽しみですねー。
大井川鉄道沿いのキャンプは当然やるみたいですし、その後の妄想キャンプ? はやるでしょうし……例の新一年生との出会いまでですかねえ……原作のストックから言っても。
何にしても楽しみっすねぇぇぇぇー!!
そして出来ればドラマの方の三期もあるといいなぁー。まあ、こっちは流石に難しいとは思いますけどももも。

☆ヤマノススメNextSummit
遂にヤマノススメの四期も来たわけだーーーーーー!!! ヤッター!! のですが……前半新規映像で後半総集編の折衷案構成は正直もにょってしまいますーー!! TOKYO MXで再放送を見てたから余計にもにょもちょしてしまいますねえ。まあこれも4話までみたいですけどー。
5話からからは完全新規映像みたいなので、楽しみっすー。

そういえば何かエンディングが話題になっているみたいで、何でもほぼ一人の人がエンディングの絵を全部書いているらしい? それも毎回違う映像だとかだとか。3話は2NDの谷川岳エンディングだったからアレでしたけどそれ以外の話では全部違うエンディングでしたねぇ。この先も、毎回違うエンディングなんでしょうか……?? その辺りもちょっと気になるところですねぇ。
それにオープニングやたらと気合入ってましたねー。でもなんかバトルアニメみたいな謎のスピード感がありましたけどー。ヤマノススメってそういう作品だったでしょうか? でもまあ毎回楽しみに見させておりますー。


あ、最近は粉コーヒーを嗜んでおりますよー。
良くあるインスタントの方ではなく、一般的な中挽きコーヒーの方なんですよねー。何でそんなものがあるのかと言いますと……インスタントの詰め替え用と間違えたーー!? パッケージにインスタント用じゃないって書いてあるやんーーー後から気付いたのですけどね……。
で、コーヒーメーカーは持ってなかったので紙のフィルターを使って飲もうとしたのですが、ドリッパーも持ってなかったので百均の品を購入して使ってます。チャントニホンセイダヨ……。
で、流石にインスタント珈琲と比べると色々とめんどいのですが……何だか妙に美味しく感じる。しかもインスタントよりも!!
手間がかかる分、味に深みが出るとか何とか。でもこれ”アイスコーヒー用”って書いてあるんですよねー。アイスは嫌いじゃないですけど流石に今の時期は……なので普通にお湯で作ってホットで飲んでますよー。アイスでもホットでも普通に美味しいですー。この分だとその内、珈琲豆を挽くところから始めてしまいそうかも。

更に今、COMIC FUZでゆるキャン△ の作者の人が書いている”mono”がほぼ毎日更新されているのですが、その中のエピソードの一つに左手デバイス用のキーボードを自作するっていう話しがあったんですけど、それに触発されたわけではないのですが、私もPC用のキーボードを新しくしましたよーーーー!!!!まあ、キーボードが壊れただけなんですけどねー。
壊れたと言っても全然きかないわけではなく、特定のキーが反応しないと言うやつですねー。
しかし、きかなくなったキーが、”D”何ですけど……ゲームのやりすぎではないと思います。きっと、多分……確かに最近FPSに目覚めつつありますけどもーー! しかしゲームのお陰でキーが効かないことが分かったと言う謎の副次効果もーー!! ってやっぱりゲームやってるんやないかい!! まあ、やりすぎには注意ですね、はい……。
それにしても……新しいキーボードは何か新鮮でいい!! ですね。けど、まだ慣れないからか微妙に使いづらいです。ずっと使ってればその内慣れるとは思うのですけどねー。
前のは結構古いタイプのものだったから気月無かったけど、キーを押したときの感触がいいですなぁ。前のは無駄にかちゃかちゃ鳴るやつだったから、今のはすごく静か……こかこかって感じ。
そういう意味では少し重みがあるのかもしれないですねー。こかこか音は。

今回のお話は新しいキーボードをこかこか言わせながら書きました。


それではではでは。
こかこか。

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