We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

37 / 75

「ふぁ~っ、燐、凄いね」

 列車が駅に到着するなり蛍は、口を楕円形に開きながらちょっと気の抜けたような声上げた。

 けど蛍はさっきからずっとこんな調子だったので、もう燐は驚かなかった。

 少し恥ずかしいとは思っているけど。

 まるで異世界に辿り着いたみたいに、蛍の胸はずっと高鳴ったままだった。
 特に憧れていたわけじゃない、けれど。

 凄いという言葉しか蛍の口からはでてこなかった。

 小田原のお城を初めて見た時はそんなに驚かなかった蛍がここまで驚嘆するだなんて……。
 流石の燐もそこまでは思わなかった。

(まあ、箱入りのお嬢様、みたいなものだったから仕方がないんだろうけどね。色々)

 燐は小さく息を落とす。
 左手にはSサイズのピンクのスーツケースの柄が握られている。

(それにしても、まさか本当に来ちゃうなんて、ね?)

 本当に不思議だと思う。
 こんな事になるだなんて。

 小平口町の歪みに比べたら微々たるものなんだろうけれど。

「ねぇ、燐。本当にもうここって空港の中なの? モノレールから降りたばっかりだよね」

「ん、そうだよ。よく言う、”空港直結”ってやつだね」

「へぇ、楽でいいね」

 蛍は言ってる意味が良く分かってないのか小首をかしげるも、燐の説明にいたく感心したようで、驚嘆の声をあげた。

 さっきから蛍は驚きっぱなしだった。
 その度に隣で説明する燐が苦笑してしまうほど。

 そびえ立つビルディング。
 どこまでも続く町並みや道路、鉄道、そして人の群れ……。

 その全てが蛍の範疇を超えていた。

 映像や本では知っていたけど、実際に目で見て体験するのとでは桁違い。

 もし燐が一緒でなければ、都会の海に一人投げ出された異邦人だったことだろう。

 ──蛍と燐は東京にいた。

 燐はもういいからと頑なに断っているのに蛍がどうしてもと言って聞かなかったので、結局燐が折れる形となった。

 また新幹線の切符を取り直し、電車を乗り継ぎ、そして燐が行く予定だった東京の、羽田空港までやってきたのだった。

 その予定と言っても、燐の話だと所謂机上の空論だったようだが。

「蛍ちゃん。本当にお金大丈夫なの? わたし一応持ち合わせあるんだよ」

「うん、へーきなんだよ。ほら、このカードで支払ってるから」

 蛍は、一般的にあまり馴染みの無い、黒いカードをひらひらとさせた。
 それだけ見ると、確かにお嬢様みたいだった。

 由緒正しいかどうかは別として。

 まあ……本物なんだけど。

(でもやっぱり、ちょっと気になるんだよね)

 燐は眉をひそめてそう思った。

(何でもカード払いが一番危ないってよく聞くよね? やっぱり蛍ちゃんってちょっと金銭感覚が違う気がする)

 マンションの件もそうだったが、やはり蛍と燐とでは金銭感覚のずれがある。
 そう常々思っていた。

 二人で暮らすようになってからはそれは顕著に分かってしまう。
 だけれど、燐もどこか当てにしてしまう所があるから強くは言えなかったけど。

(……口座覗いたら殆ど残ってなかった。とかは流石にないよね、蛍ちゃんに限って)

 でも、普段おっとりとしてる蛍だからこそ危ないのかもしれない。

 三間坂家のお金があると言っても、無尽蔵に使えるだけの額は流石に持ってないだろうし。

(やっぱりわたしがお財布の紐を握ってあげないとっ)

「? どうしたの燐、じっと見つめて」

 少し訝しそうに見つめる燐に蛍は首を傾げて尋ねた。

「あっ、えっとぉ。そんなに珍しく見えるのかな~、って」

「うん? もしかしてわたしのこと?」

「さっきから蛍ちゃん、ずっと口開けっ放しだし」

 まるでお上りさんみたいだよ、とは流石に言えなかったけど、自覚はあるのか燐の指摘に蛍は顔を赤くして恥ずかしそうに弁解を並べた。

「あのね。東京って何でも大きくてすごく密集してるなぁって思って……わたしたちの学校の方(浜松駅前)だって大分都会の方だと思ったけど、やっぱり全然違うなぁって」

 こちらの全てを知ってるわけではないが、きっと比較すらならないと思う。
 特に人や建物の数なんかは雲泥の差だった。

「まあ、首都圏だからね。でも奥の方には村なんかも一応あるんだよ……って、あれ? でも蛍ちゃん、確か前に一人で高尾山に行ったって言ってなかったっけ? あそこも東京だよ」

「でも、あの辺りって東京ってカンジしなかったから。違う県なのかなって思ってた」

 土地勘がないとはいえ、隣県である山梨あたりとごっちゃになった……と言うことなのか。

 蛍の言いようだと上まで登っただけでもうくたくたになり、すぐに帰ってしまったようだけど。

(都心部の方にはあまり行かなかったってことかな? う~ん)

 燐はちょっと考え込むと、少し声を潜めて蛍にこういった。

「蛍ちゃん、はぐれないようにしてね。まあスマホがあるから大丈夫だとは思うけど。離れ離れになると中々会えないってこと、あるみたいだから」

「う、うん。燐とは絶対に離れないようにするよ」

 都会で迷子なんて考えただけでも身震いする。

 蛍は、燐にぴたっと寄り添うように並ぶとその手をぎゅっと握った。

「あはは、まあ、これで安心だよね」

 燐は手を握り返しながら、そっとため息をついた。

(それにしてもだよ、まさか本当に空港まで来ちゃうなんて……しかも蛍ちゃんと一緒に)

 流石にここまでは想定してなかった。

 かと言って行くつもりがなかったわけじゃない。

 けれど、一度途中下車した後にまた新幹線に乗って来るなんて。
 そんな事は全く考えたことなかった。

 思わず頭を抱えたくほどパニックになりそうになったが。

(けど、まあ……これはこれでいいのかもね)

 何でも予定通りに行けばいいという訳でもないし。
 むしろそんなちっぽけな事に拘るから大事なことを見落としてしまうんだろう。

 想いとか、願いとか。
 そう言った目に見えないもの全部。

 結果として背中を押してもらったことなんだし。

 開き直ったことで安堵が生まれたのか、燐は無性に可笑しくなり、くすくすと笑っていた。

「どうかしたの?」

 燐が隣で急に笑みを作っていたので、蛍は不思議そうな顔で問いかけた。

「んーん、何でもないよ。ただちょっと、可笑しかったってだけ」

「あ、そう……」

(かなわないなぁ、蛍ちゃんには)

 強引に押し切られたわけではないけど、でもその純粋さが何とも愛おしい。
 大胆だけど、どこか消極的な立ち振る舞いというか。

 けれど、別に嫌な感じはしなかったから、燐は蛍の意見に従ってここまでやってきたんだ。

「あ、こっちって国内線のターミナルになるんでしょ? もし燐が乗るんだったらここから搭乗することになるんだね。ねえ、燐、ちょっと近くまで行ってみようよ」

 そう言って蛍の方から燐の手を引っ張る。

 右も左も分からなそうにしていたのに、ここに来た途端、何かに触れたみたいに蛍のテンションが上がったようで、積極的に色々な所に行こうとしていた。

 もしかしたら蛍はこういった場所が好みなのかもしれない、燐はそう思った。

(言われてみれば、ちょっと似てるのかも)

 その時、燐の脳裏に浮かんだのは、あの青いドアの家の世界のことだった。

 静謐そうな雰囲気といい。
 青と白で彩られたあの不思議な世界と。

 あそこが還る場所ではないと思っているけど、何となく落ち着く場所なのは一緒だった。

 ただ、空港は飛行機の離着陸の影響で騒音が出るから、同じというが真逆な場所なのに、何故か一緒のように感じてしまうことが不思議というか奇妙ではあった。

「燐、早く行ってみようよ。空港の中ってショッピングモールみたいに色んなショップも入ってるんでしょ。せっかく来たんだから何か美味しいものとか、お土産とか買っておこうよ」

 小田原のときには結局何も残るようなものを買わなかったから気にしているんだろうか。
 いつの間にか手にしていた小さなパンフレットを片手に、蛍が急かすように手を引っ張る。

 燐は少し呆れたように小さく笑った。

「まあ確かにそうだけど。でも、わたし達、別にフライトを待ってるわけじゃないんだからね。そんなに急かさなくとも大丈夫なんだよ」

「それは分かってるよ。でもね……燐」

「何か、あるの?」

 急に蛍が声を低くして呟いたので燐はおそるおそる尋ねた。

「何っていうか……ちょっと楽しくなってきちゃって」

 自分で言って良く分かってないのか、困った顔で微笑む蛍。

「やれやれ、でも迷子にだけはならないでね」
 
 燐は愚痴をひとつこぼすと、その無垢な笑顔につられたように口元をほころばせた。

(でも蛍ちゃん、楽しそうで良かった)

 蛍から大事な話があるからと言った時は少し身構えてしまったけど。

 こういう事だったんだって。

(色々考えすぎなんだろうなぁ、お互いに)

 過去のこととかこの先のこととか。

 パンクしそうになる頭をぎりぎりの所で保っているんだろう。
 あの三日間のことは価値観どころか世界観すらも揺らがせるものだったし。

 ちゃんとした休養が必要、なのかもね。
 時間は待ってくれないけど。

 燐は蛍の手をしっかりと握り直す。

 さっきから互いの手は握られているが、あえて強く握った。

「燐がしっかりついてるから大丈夫なんでしょ? お互いが手を離したりしなければね。それに仮に迷子になったらすぐに燐のことを放送で呼び出してもらうから」

 蛍は少し意味ありげに微笑むと絡みつかせるように手を握り返した。
 
 楽しそうにくるっと一瞬振り返った後、白く磨かれたように綺麗な床をまるでスキップでも踏むかのようにたんたんとテンポよく先へと進んで行く。

 燐は一瞬呆然とした表情になるも、また小さく息をついた。

「そんな恥ずかしいこと絶対にしないでよねっ。本当にもう、わたし達子供じゃないんだから……」

 冗談じゃないと言わんばかりに燐は首を横に振ると、自然と早歩きになっている蛍の後ろをトコトコとついて行った。

 けれど怒っているような顔ではなく、むしろ顔をほころばせている。

 小さなスーツケースを後ろ手にコロコロと引きながら。

 ……
 ……
 ……




At the Airport Cafe

「ほら、燐。また降りてきたよ」

 

「あー、うん、そうだね」

 

 ここに来た始めは目の前を横切るたびに顔を少ししかめていた蛍だったのだが、低い音にももう慣れたのか普段と変わりない様子で燐に話しかけていた。

 

「何かさ、飛び立つよりも降りてくる方が多くない? 空港ってどこもこうなのかな」

 

「たまたまじゃないのかな。もしかすると午前の方が離陸する便の方が多いとか」

 

「そういうものなの?」

 

「良くわかんないけどね」

 

 明らかに適当に答えている燐に、蛍はちょっと困った顔をしたが、降りてくる別の飛行機を見つけると素晴らしいものでも発見したみたいに燐の方を叩いた。

 

 空港には三か所の展望デッキがあり、それぞれから滑走路を行き交う飛行機を見渡すことができた。

 

 燐と蛍はその内の真ん中のターミナルの屋上から飛行機がそれなりに行き交う様子をベンチに座り込んで眺めていた。

 

 まだ熱い夏の午後。

 

 うだるような暑さという訳ではないけれど、それでもまだ日は高く、細長の滑走路には陽炎がいくつも立ち上っていた。

 

 デッキには二人以外にも複数の人がおり、それぞれがそれなりに午後の一時を楽しんでいるようだった。

 

 滑走路からは見た目以上に距離が離れているから、耳を塞ぐような轟音ではないにしろ、結構な低い音がするので本物であることは間違いないが、それでも模型みたいな大きさの飛行機が飛び交う様子はどこか現実のものとはどこか違ってみえた。

 

 この空港自体がどこか現実から切り取られたような、そんな錯覚を思い起こさせるほどに。

 

「夏に食べるアイスってさ、何でこんなに美味しいんだろうね? まあ、冬に食べるのも悪くはなかったけど」

 

 蛍はさきほど買ったジェラートを頬張りながら暢気な感想を述べた。

 

「やっぱりさ、夏だからじゃない? もしくは、温泉の後だからかも」

 

 燐もふんわりとした言葉を返す。

 

 二人共もう、滑走路の状況をそこまで気にしてはおらず、顔を向かい合わせながら、空港のアイスショップで購入したジェラートを楽しんでいた。

 

「温泉って……あれって”足湯”だったでしょ。もうすっかり体は冷めちゃってるけど」

 

 肩まで浸かるちゃんとした温泉ならともかく、外での足湯ではそこまで温まった気はしない。

 

 夏だから汗はいっぱいかいてしまったが。

 

 燐は分かってないなぁと言ってるみたいに小さく首を振る。

 

「イヤイヤ、蛍ちゃん。足湯でも全身の血行が良くなるみたいだから、温泉に浸かるのとそれほど変わらないんだって。だからね、アイスが美味しく感じるのは足湯の副次効果みたいなものなんだって」

 

 何かの資料を見たみたいにすらすらと説明する燐に、蛍は少し圧倒されてしまったのだが。

 

「そうなんだ……まあ、美味しいのなら特に問題はないよね」

 

 ぺろりとアイスをスプーンですくいとると笑顔でそう燐に言った。 

 

「そうそう、美味しいスイーツの前でうだうだ言いっこなし、ってことね!」

 

 燐も自分のアイスをパクっと口に入れる。

 

 効能とか効果とかのどうでもいい理屈が、口の中のアイスのように頭の中から溶けてなくなった。

 

「もう、燐がそれを言っちゃうの?」

 

 子供みたいに目を輝かせる燐を見て蛍はくすりと小さく微笑んだ。

 

 遥か遠くに飛び去って行く音を聞きながら、燐と蛍はアイスを手に他愛もない会話を楽しんでいた。

 

 何だか贅沢な、時間の使い方だと蛍は思った。

 

「そういえば、燐。”ととのう”ってあの時、言ってたけど、あれってサウナの時に言うやつなんでしょ? 流石に足湯とは違うと思うな」

 

 蛍は今更な事を口にしていた。

 

「それはまあ……そう何だけどね。でもととのった感じしない? わたしまだふくらはぎがポカポカとしてるよ」

 

 燐は自分のふくらはぎを軽く触りながら、まだ足湯に浸かっているみたいに頬を紅くして笑った。

 

「わたしもまだそんな感じちょっとするよ」

 

 燐の言い分に蛍は曖昧な言葉で頷くと、柄の長い小さなスプーンでチョコミントとピスタチオのダブルを一匙掬って食べた。

 

「でも、足湯でもサウナでもどっちでもよくない? こうしてジェラート食べてると何かもうどうでもよくなっちゃう。蛍ちゃんは?」

 

「わたしも自分で言ってなんだけどどっちでもいいと思う。結局、美味しければなんでもいいのかも」

 

 そう言ってアイスをもう一口食べる。

 

 たったそれだけで蛍も燐も頬を蕩けさせていた。

 

 二人とも色々な話を咲かせてはいるが、どんな固い話であったとしてもアイスを頬張るだけで表情は緩くなるのだから。

 

 難しい議論なんか何もなかった。

 

「でもさあ、蛍ちゃんがそこまで言うならちゃんとした温泉に行かない? 帰りにさちょっと寄って行こうよ。東京でも温泉ってあるんだよ。あ、もちろんちゃんとしたサウナのある所で」

 

 燐はスマホの画面に目を通しながらマンゴー味のソフトクリームをパクリと口に入れた。

 

「確かにそうみたいだね。わたしもさっきスマホで見たよ。わたし達の県も結構温泉湧いてるけどこっちの方でも湧いてるんだね」

 

 蛍もぱくっとジェラートを頬張る。

 明らかに蛍の注文したジェラートの方が多いのだが、もう半分以下の量になっていた。

 

「行くならどこの温泉がいい? 蛍ちゃんの好きな所選んでいいよ。テーマパークみたいなところでもいいしね」

 

 その場合水着が必要になるが。

 最近はレンタルも充実してるので手ぶらでも問題ない。

 

「ねぇ、燐。もしかして泊るつもり?」

 

 蛍はスマホから目を離して燐に尋ねる。

 

「せっかくここまで来たんだしね。一泊ぐらいいいんじゃないかな? 予定は一応開けてあるしね。あ、お店の手伝いの件はわたしの方から断り入れとくから」

 

 燐はひとりでさっさと決めると、もうどこかに予約する気でいるのか、スマホを操作し始めた。

 

 蛍は慌てて口を挟む。

 

「ちょ、ちょっと燐。わたしまだ行くって言ってないから」

 

「あれ、蛍ちゃん嫌だった?」

 

「別に嫌ってわけじゃないけど」

 

 てっきり喜んでくれると思ったのだが、急に蛍に指摘されたので、燐はきょとんとした顔で訊き返した。

 

 蛍は一言呟いた後、そのまま押し黙ってしまった。

 

「どうかしたの? あっ、もし予算が足りないのだったら、って蛍ちゃんに限ってそれはないか」

 

 燐よりもお金を持っているのは間違く事実だし。

 

 それに今日だって、明らかに”必要以上”のお金をもっていたから。

 

「……ねぇ、燐」

 

 蛍が真っ直ぐにこちらを見ながら口を開く。

 

 改まった口調に燐はつい唾を呑み込んでいた。

 

「何、蛍ちゃん」

 

 その緊張感が伝わったのか、燐も真面目な声で返す。

 

「その、わたし達さ」

 

「……うん」

 

 蛍は明らかに戸惑っていた。

 

 思案するような顔をすると、そのまま俯いてしまう。

 

 喋り方を忘れたというわけではなく、むしろ言いたいことは沢山あるのに上手く言葉の作り方が分からなくて悩んでいる、そんな顔だった。

 

 燐は続きを促そうがどうか迷っていたのだが。

 

(そういえば、何か大事な話があるって言ってたけど……もしかしてコレがそうなのかな)

 

 蛍が何を言い淀んでいるのか、思い当たる節が見たらなかった燐は、つい無意識にアイスをぺろりと一口舐めていた。

 

 こういうときに手元に何かあるとどうしても弄ってしまいたくなる。

 

 自分でも嫌な癖だなぁとは思った。

 

「燐、あのね。その、わたし達……別れない?」

 

 一瞬何を言われているのか分からなかった。

 燐は反芻するように言葉を繰り返す。

 

「わかれる……ってぇ!?」

 

「…………っ」

 

 思いかげない蛍の言葉に、燐はただでさえ大きい瞳を限界近くまで見開いて思わず声をあげていた。

 

 ただ、それっきり燐が言葉を発することはなく、口を半開きにしながら彫像のように固まり続けていた。

 

 それ以上の続きはなく、燐も返す言葉が見当たらかった。

 

 しばらくの間お互い何と言葉をかけあっていいのかと探り合いの状態が続いたのだった、が。

 

 我に返ったように蛍があっ、と小さく声を出すと、おずおずとした様子で燐に囁きかけた。

 

「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて……っ」

 

 先ほどの発言を訂正するように口を紡いだ蛍だったが、やはり先の言葉の節が見当たらないのか、貝の様に口を閉ざすと、何かを探すように視線を虚空に彷徨わせていた。

 

(ちゃんと燐に言いたいのに……わたしって肝心な時に言葉が足りなくなるな)

 

 自分から言って置いて適切な言葉が浮かばないなんて。

 

 我ながら間抜けすぎる。

 本心からそう思った。

 

 本当にどうでもいい話しなんかは口からぽんぽんと溢れるほど出てくるのに。

 

 肝心なことになるとすぐに言葉が詰まってしまう。

 

 それが誤解を生んでいる。

 あの人にもそう言われたばかりなのに。

 

「……」

 

「…………」

 

 少女達の間で少しの沈黙が続いた。

 

 外気との温度差でジェラートは徐々に溶けだしていた。

 

 けれど、二人ともそれに手を付けることはせずに、時折唇を動かしてはいるが、かすれ声にすらならなかった。

 

 外の気温と同じぐらいの淀んだ空気が流れていたせいだったから。

 

 ずっと思案していた燐だったが、急にある考えに思い当たった。

 

(よくよく考えたら別れるもなにも、わたし達ってそういう関係ではないよね……多分)

 

 胸の内の動揺を抑えるように燐は何度も瞬きをしていたが、お互いに黙りこくってしまったことで心の余裕が生まれたのか、今の二人の状況を客観的に見つめ直す。

 

(わたしと蛍ちゃんは……仲のいい友達、なんだよね)

 

 確かに今は一緒に住んでるけど、そう言うのって割と良くあることみたいだし。

 

 これと言った、変な関係にはなってないと思う。

 

(”変な関係”っていう事自体が何かおかしい気もするけど……)

 

 だから、まだ──ふたりは友達(しんゆう)のままだ。

 

 そんな友達同士が分かれるということは何を意味しているのだろう。

 

 決別、もしくは別離。

 あるいは卒業とか。

 

(卒業、かぁ)

 

 まだ遠いものだと思ってたのに、こんなにも早くくるものだとは。

 

 将来のことはそこまで積極的には話し合っていないけど、卒業したら多分、お互い違う道を行くとは思っている。

 

 それがちょっと早くなっただけ。

 

 そういう事が言いたいのだろうか?

 

 いや、多分違う。

 

 根幹に関わることって言ってたから、もっと深刻なことなんだ。

 

 でも、わたしの気持ちは変わってない。

 それはずっと前から。

 

 きっとお互いに気にし過ぎただけなんだと思う。

 

 周りがからかうから、ついそんな気になってしまっただけで。

 

 本質は何も変わっていない。

 

 あの時みたいに世界が歪んで、常識も人も崩れてしまったとしても。

 

 大事なところは何一つ変わっていない。

 どこまでもそれを信じているから。

 

 きっと、ずっと。

 

 燐は大きく深呼吸をするように息を吐く。

 

 そして、微かに唇を震わせて口を開いた。

 

「ええっとぉ……つまりあれかなぁ、蛍ちゃん」

 

「えっ?」

 

 ずっと黙っていた燐に急に話しかけられて蛍が燐の方を振り向く。

 その顔はまるで打ちひしがれたみたいに酷く痛々しくみえた。

 

 その表情を見た時、一瞬胸がドキリとしたが、燐は軽く笑うととりあえず今思いついたことを舌にのせて蛍の耳朶に届けた。

 

「よーするに、わたしにお兄ちゃんのとこへ行けっていいたいんでしょ? 今からでも」

 

 熱射で溶けだしたアイスをぺろりと舐めとりながら、燐はコロっと微笑んだ。

 

 蛍は少し眉根を寄せて、憂鬱そうに口を開く。

 

「聡さんの所じゃなくてもいいの。燐には出来るだけあの町から遠ざかって欲しい。出来ればその……わたしからも」

 

 それを聞いた燐は更に胸をどきどきとさせた。

 体中から嫌な感じの汗が吹き出してくるようで、思わず頬を拭った。

 

「小平口町はまあ、分かるけど、何で蛍ちゃんまで? それに何で今になってそんな事……」

 

 燐はそこまで言って口をつぐむ。

 

 どうしてかは自分でも分かっていた。

 

 それは多分、蛍があの人(オオモト様)に会ったせいなんだろうと。

 

 蛍もそれを理解しているらしく、小さく頷いて話を続けた。

 

「だって、わたしがまだ座敷童みたいだから。わたしと一緒だと燐に迷惑がかかっちゃうよ」

 

「そんな……それこそ今更だよ。わたしは蛍ちゃんとずっと一緒にいるって言ったじゃない」

 

「………」

 

 真意を問いただそうとした燐だったのだが、蛍がまた口を引き結んでしまったので、それ以上はもう何も言えなかった。

 

 蛍は俯いて、手元のカップの中で個体が液体へゆらゆらと融けていく様子を、ただ黙って見ていた。

 

 ──

 ──

 ──

 

「ねぇ、蛍ちゃん。やっぱり気にしてるの? その、座敷童のこと」

 

 少し時間が開いた後、燐は改めて蛍に声を掛けた。

 

 また何も答えてくれないのかなと少し気を揉んだが、どうやらそれは杞憂ですんだ。

 

「……うん。どうしてもね、座敷童が実在してるってことはまたあの”歪みが起きる”可能性があるってことでしょ」

 

「まぁ、そうなっちゃうのかなあ」

 

「きっと、そうだよ」

 

 頑なな表情の蛍に、燐はくすっと微笑んだ。

 

「そうかなぁ……わたしはそうはならないと思ってるよ。だって小平口町って無くなっちゃうんでしょ」

 

 その言葉に蛍ははっとしたが、すぐに表情を曇らせて小さく唇を動かした。

 

「うん、確か再来年辺りを目処に”合併”するみたいだね。でも名前が変わったってそれで解決するとは思わないの。座敷童はまだ”この世界”にいるんだし」

 

 蛍は自分自身に指をさす。

 自虐しているかのように。

 

「そっか、そう考えてるんだね、蛍ちゃんは」

 

「うん……」

 

 町おこしの為にいろいろ画策したのだったが、結局、隣の町や村と合併することに小平口町は合意していた。

 

 幸運自体はもう殆ど無くなっていたから、ある意味当然のことなのだろうが、それにしたって早い決断であった。

 

 座敷童の概念そのものが町から消えてしまった結果がこれだった。

 

 それなりに経済は安定していたが、長期を見据えての決断であった。

 

 今あの町の座敷童を概念として理解できているのは、燐という名の少女と、蛍だけ。

 

 その蛍が座敷童として実存をまだ保っているというのならば、それはまた歪みが起きると言う証明になってしまう。

 

 その事を何より蛍自身が危惧していたから。

 

「でもさあ、座敷童ってそんなに凄い存在なのかな。実はわたし、まだよく分かってないんだ。あれだけオオモト様に説明とか受けたのにね」

 

 そう言って燐は少し風をよむような仕草で空を見上げた。

 

 薄紫色の空にうろこ状の雲が波形のようにたなびいていた。

 

「わたしだってそうだよ、燐、未だによく分かってないんだ。自分が座敷童であることもそれが終わってしまうことも……」

 

「まあ、分かれって方が難しいのかもね」

 

 うららかな午後の一時。

 

 振り返った蛍も空と同じように頬をピンク色に染めていた。

 

 一切の穢れも知らぬ、自身が人外だと知ってもそれを乗り越えられるだけの強い視線を真っ直ぐに向けて。

 

「もし、自分がいなくなった後でもそれを覚えてくれている人がいるから安心、とか思ってる?」

 

「何か、具体的な例だね、それ。わたしちょっと心当たりあるかも」

 

 蛍は燐を見ながら苦笑して返す。

 

「あはは、それってわたしのこと? でも、お互い同じことを思ってたりして」

 

 燐は右手の人差し指を頬に当てて恍けた振りをした。

 

「まあ……当たらずと雖も遠からずってところだね」

 

「もう素直じゃないなあ、蛍ちゃんは。見かけによらず意外に頑固な所あるもんね」

 

「それは燐だってそうでしょ。自分でそう言ってたぐらいなんだし」

 

「うぐっ、そうズバッと言われちゃうと……むぐぅ」

 

 燐はぐうの音も出ないようで、断末魔のような呻き声をあげた。

 

 二人は顔を見合わせて笑う。

 

 お互いの事を否定するなんてことはしない。

 

 だって二人だけだったから。

 

 この世界で二人っきり。

 周りに誰がいようとも。

 

 世界が二人ということでもなく、二人が世界というわけではない。

 

 二人にしか見えない世界の有り様が確かにある。

 

 ただそれだけの事。

 

 特別なことは何一つない。

 

 均衡こそがこの世界の有り様だというのなら。

 それに従うだけだ。

 

 壊そうだとか、何かを変えようだとか、そんなことは考えていない。

 

 お互いの存在が、実存的な形で近くに感じることが出来れば。

 

 それがきっとお互いに幸せなんだと思う。

 

 ……

 ……

 

「ねぇ、燐。ここから飛行機に乗ってさ、北海道じゃなくて、もっと遠くまで行っちゃおう? 良く知らない別の国とか……そういうとこに。ちょっと怖いけど燐と一緒ならきっと大丈夫だと思うから」

 

 蛍は複雑な顔して燐にそう言った。

 

 そこには諦めとか悲壮感といったものは微塵も感じられない。

 

 ただ純粋にそう言っているんだろうとわかる。

 

 衒いのない澄んだ瞳をしていたから。

 

「蛍ちゃん……」

 

 蛍の表情を読み取ろうとした燐だったが、それこそ意味のない行為だと気づいたので、すぐに打ち消して軽く苦笑いで答えた。

 

 言葉を選ぶこと無く、ありのままの言葉で紡いで。

 

「うん。いいよ。実はわたし、前からフランスに行ってみたいって思ってたんだ」

 

「あ、それわたしも。女の子ってヨーロッパの方になんか憧れを持っちゃうよね」

 

 蛍もそう思っているらしく顔を高揚させて何度も頷いた。

 

「うーん、やっぱりお洒落で可愛いからじゃないかな? 街並みとか雑貨とか、暮らす人の服装なんかもすっごく可愛いもんね」

 

「それと、言葉も可愛く聞こえない? わたしはフランス語好きだよ」

 

「蛍ちゃんもそう思う? 大学に進学できたらフランス語習いたいなって思ってるの」

 

「燐ならきっとすぐだよ。要領すごくいいから」

 

「それは、蛍ちゃんだって。そういえばね、英語覚えたらフランス語なんて割とすぐに習得できるみたいだよ」

 

「それじゃあ、わたしは英語から頑張らないとだね」

 

 溜息を吐く蛍に燐は苦笑いを浮かべた。

 

 呆れているわけでも、からかっているつもりもない。

 蛍の笑顔や考えかた、思考の大胆さが好きだったから。

 

 何より蛍が、大好きだったから。

 

 少しでもその悩みを軽くしてあげたかった。

 

 二人で一緒に飛ばしたあの、紙飛行機のように。

 

「それはいいけどさ、蛍ちゃん? パスポートって持ってる?」

 

 素朴な疑問を燐にぶつけられて、蛍は一瞬考えたのち、口を開く。

 

「パスポート……わたし持ってない。燐は?」

 

 意外な答えに燐は目を丸くした。

 蛍は一応お金持ちだから、てっきり持っているものかと。

 

「わたしは、持ってるよ。前にバリ島にも行った事あるし、それに確かまだ失効してないと思った」

 

 今は持ってきていないが、実家(パン屋)には置いてあると思う。

 

 父親と家族三人で海外に行くときに取得したものだった。

 

 最近は使っていないけれど。

 

「燐って、そういうとこ抜け目ないよね。わたしね、よく考えたらパスポートどころか外国にすら行ったことないの」

 

 少し寂しそうに蛍はつぶやく。

 

 そう言った知識は主にテレビや本から得ているだけで、実際にはどこにも行ってみたことはなかった。

 

 今にして思えば行かせてくれなかったのだろうと思う。

 

 知らなかった事とはいえ、座敷童だったのだから(町の住民としては)当然なんだろうけど。

 

「じゃあさ、無事に卒業できたら一緒に行こうよ、よく言う卒業旅行でさ。それまでに蛍ちゃんはパスポート取っておけばいいし」

 

 燐はくるりと表情を明るくしてそう提案する。

 けれど蛍は小さく首を横に振った。

 

「燐、ごめん。出来れば、今すぐがいいの」

 

 蛍は敢えて何とは言わなかった。

 燐もその事を追及したりせず、少し無理した明るい声で言葉を続けた。

 

「それって時間とか、そういうこと?」

 

「…………」

 

 蛍は燐から少し視線を逸らすと、小さくこくんと頷いた。

 

 我儘を言っているのは自分でも分かっているから。

 

 けど思いが、言葉が止められなかった。

 

 子供じみていると分かっていても尚、そうしたかった。

 例え嫌われたとしても。

 

(わたし、きっと怖いんだ。やっぱりまだ普通の人間じゃないから……)

 

 オオモト様に指摘されたような、分かりやすい兆候みたいなものは最初にあったきり出てはきていない。

 

 それでもやっぱり不安にはなってきている。

 

 知ってしまったから。

 知らないままであったならば、普通に笑い合うことができるのに。

 

 まだ死ぬとハッキリ決まったわけじゃない。

 だからこその怖さがあった。

 

 今、座敷童であるかどうかというよりも、単純に、生命が終わることへの恐怖を感じている。

 

 光が永遠に閉ざされること。

 そしていかなる感情も、想いも紡げないことが怖いんだ。

 

 ──分からないから怖いのだと。

 

 視界や想い。

 それらが冷たく閉ざされてしまうその事実が、こわいんだ。

 

 いつか誰にだって必ず訪れること。

 それがこんなにも心を暗く、辛くさせるなんて……!

 

 その事よりも、それに怯えてしまっている自分が嫌だった。

 

 この身を引き裂いてしまいたいぐらいに。

 

「蛍ちゃん」

 

 名を呼ばれて伏せていた目をあける。

 

「燐」

 

 そこには柔らかい笑顔を見せる友達がいた。

 

 まだ、友達でいてくれている。

 それはこのままずっと変わらない関係だと思っていた。

 

 依存とかそういった概念のない、純粋な関係なんだと。

 

「いいよ。今すぐにいっても。蛍ちゃんと一緒ならどこだって、それで蛍ちゃんの気が済むならどこへだって行くよ」

 

「燐、わたし……」

 

 蛍は肯定することも否定することも出来なかった。

 

 優しい燐の言葉に胸が──苦しくなったから。

 

 それはささくれだった鋭い痛みではなく、どこか甘ったるい。

 例えるのなら小さな羽虫に刺された時のような軽く甘い痛みが蛍の胸を刺していた。

 

 痒みがないから刺されたことにすら気付かないほどの小さな痛みの棘がちくちくと胸を刺してくる。

 

 痛みで苦しいのではなく、優しすぎて苦しいのだ。

 

「燐っ」

 

 蛍は目の前で微笑んでくれている友達の名をもう一度呼んだ。

 

 愛おしく感じる。

 とても。

 

 誰にも渡したくないほどに。

 

 そう、自分の中にもあの醜い姿のヒヒが心の奥底に棲み付いていたんだ。

 

 彼女の全てを──独占したい、と。

 

 そう欲しているもう一人の自分がいる。

 

 視線だけでなく、身も心も何もかも。

 

 だからって、彼のように憎しみを抱くようなことはない。

 

 自分ではそうしているつもりだし、過剰な期待なんかも持たないようにしている。

 

(でも、このままだと)

 

 蛍は唇を少し噛んで、無理して笑顔を作った。

 

「ごめん、燐。わたし、変なこと言っちゃったよね。その、気にしないでいいから」

 

「気にしないでいいって……そういう事じゃないんでしょ」

 

「それは……」

 

「大丈夫だよ蛍ちゃん。わたしにだってそういう感情はないわけじゃないから」

 

「燐も? そうなんだ」

 

「うん」

 

 目を赤くしたまま首を傾げる蛍に、燐は小さく頷いた。

 

「わたしだって良く分かってないよ。自分のこと。本当に何なのかなって時々思っちゃう」

 

 そして蛍の手を正面から握ると、困った顔でくすりと笑う。

 まるで自嘲しているように。

 

「それって……」

 

「うん、例えばさ」

 

 そう言って燐はくるりと身を翻す。

 手を繋いだままなので、燐の動きに合わせるように蛍もそちらの方を振り向いていた。

 

 二人のちょうど真後ろにある、ガラス張りの窓の方へ。

 燐と蛍は正面から映り込んだ自分たちの姿と目を合わせていた。

 

「こうやってガラスとか鏡に映る姿って本当の自分の姿なのかなって思っちゃうの。本当の自分はもうなくて、今、こうやって映ってる姿は過去のもう無くなった自分の姿なんじゃないのかなって」

 

「何かそう、感じちゃうことがあるんだ。やっぱりわたしも()()()()になっちゃったのかなって」

 

 寂しそうに笑う燐に、蛍は何も声をかけられなかった。

 

 適切な言葉が思いつかなかった。

 燐の気持ちが良く分かるから。

 

 先とか後とか関係なく、やっぱりあの時の出来事は二人に確実な痛み、”引っ掻き傷”をつけてしまったのだとそう思ったから。

 

 慰めとか同情などと言った感情は湧いてこない。

 それを望んでいるわけではないことも分かっていた。

 

 互いにただ認識したいだけだと。

 

 夢か現実。

 

 生か、死。

 

 そう言った概念で自分たちの存在を繋ぎとめるのではなく。

 

 ただ今をそのままの姿で受け入れているその実存を認め合いたいだけなんだと。

 

「わたしね。蛍ちゃん」

 

「……燐?」

 

 普段の燐と変わらない声だった。

 けれど何かが違う、そんな気がしたので、蛍はつい戸惑ったような声をだしていた。

 

 何かの胸騒ぎのような底知れぬ焦燥感を覚えたせいなのかもしれない。

 

「やっぱりわたし──って、えっ!?」

 

 燐が小さな唇から続きの言葉を紡ぎ出そうとしたその、ほんの少し前に、蛍の身体は自然と動き。

 

 その口は塞がれていた。

 

 突然の事だったので、燐は思わず舌を蠢かしてそれを味わってしまう。

 

 甘くて、柔らかい、けど……。

 

(ちょっと生ぬるい……)

 

 何てことはない──。

 

 それは蛍の食べかけのアイスだった。

 

 ──

 ───

 ────

 

「はぁ……」

 

 期間限定のほうじ茶味のフラペチーノを一口飲んで燐は、ほっとしたような溜息をもらしていた。

 

 その横で蛍は同じく期間限定のトールサイズのチョコと葡萄のフラペチーノを啜りながら、申し訳なさそうに眉根を下げていた。

 

「燐。ちょっとは落ち着いた?」

 

「うん……って、元はと言えば蛍ちゃんのせいでしょー。もぉー。全く、ビックリしすぎちゃってそのまま吐き出しちゃうところだったよぉ」

 

「えっ、そうだったの」

 

 蛍は少し心配そうに問いかける。

 

「でも、まあ全部呑み込んだからもう大丈夫だよ。こうやってお口直しさせてもらっちゃったしね」

 

 そう言って燐は中身が見えるカップを片手に持ち、首を傾げてウィンクをした。

 

「ごめんね」

 

「いいよ。こうして蛍ちゃんに奢ってもらったら何もかも許しちゃう。でも、蛍ちゃんにお金出してもらってばかりで何か悪いよ」

 

 お詫びのコーヒー代だけじゃなく、東京行きの追加の料金も蛍が払ってくれた。

 自分が言い出したことだからと、燐の分も一緒にカードで支払ってくれていたのだ。

 

「それぐらい安いものだよ。どうせわたしが持ってたって碌な使い方しないんだし」

 

「そんなこと言ってるとお金、全部無くなっちゃうよ~?」

 

 茶化すような燐の指摘に、蛍は小さく微笑んだ。

 

「その時はその時だから。それに……」

 

「ん?」

 

「あのお金は全部無くなった方がいいの。どうせ元々わたしのお金じゃないんだしね」

 

 少し寂しそうに笑う蛍を見て、燐は蛍の意外な一面を垣間見た気がした。

 

 ついさっき、展望デッキでとった蛍の大胆な行動も、こういった()()な面がさせていたのかもしれないと。

 

 そう、燐は思った。

 

 蛍はスプーンごと残りのアイスを燐の口に突っ込んだあと、そのまま逃げるように展望台を後にしていた。

 

 その間、燐は目をぱちくりとさせたまま、蛍の手にずるずると引きずられてきたのだった。

 

 蛍は自分から燐を引っ張っておいて特に行先がなかったので、どうしようと思案した挙句、ちょうどその時目に入ったのは、見たことのある看板が目印のコーヒーショップだった。

 

 良く知っている店が空港にもあったので、とりあえず燐と二人で入ってみたのだったが。

 

「やっぱりこのお店、こっちでも結構混んでるんだね」

 

 少し声を潜めて尋ねる。

 燐も混雑する店内を気遣うようにひそひそ声で蛍に話した。

 

「そう、みたいだね。東京だと結構どこにでもあるような感じなのにね」

 

 首都圏だと様々なコーヒーショップがあるが、やはりこの店は別格のようで、二人が店内に入って注文を受けるまである程度の時間、列に並ぶ必要があった。

 

「やっぱりそうなんだ、地元(浜松)の方だと駅前とかの都市部ぐらいしか見掛けないんだけど。やっぱりこっちは多いんだね」

 

 それでも客が多いのは人気だけではなく、単純に関東に人が多いというのことなのか。

 

 蛍は少し疲れたような溜息をついて、また中身を啜った。

 

 二人が注文したのは、スイーツそのものを飲んでいるような甘みの強いフレーバーであり、店内にいる客の大半(もっぱら女性客かカップルしかいないが)は、この甘味の強いフラペチーノを好んで頼んでいた。

 

 ステータスであり、ルーティーンでもある。

 そうすることが当たり前であるかのように。

 

「まあ、もう定番ってところはあるよね。わたし達も部活とかの待ち合わせでよく使ってるから」

 

「確かにね。燐と待ち合わせするのもこのコーヒーショップの前が多いよね。なんか目印としてちょうどいいっていうか」

 

「時間潰しにはちょうどいい場所だよね。美味しいコーヒーも飲めるし」

 

「うんうん。種類も豊富だし、内装とかロゴも可愛いもんね」

 

 蛍たち学生は駅前にあるコーヒーショップに集まる傾向があった。

 

「あ、そういえばさ……さっきはありがとう、蛍ちゃん」

 

「えっ?」

 

 てっきり燐に怒られるのかと思っていたから、蛍は拍子ぬけしたような声を出した。

 

 燐は小さく笑うと、ちょっと背を丸くして紙製のストローを口に入れた。

 

「だって、あのまま話を続けてたら変なことになりそうだったのかもって思ってさ」

 

「……? 変な事って」

 

 蛍もカップを両手に持ち、音を立てずにストローを吸い込んだ。

 

「何ていうか、周りに誤解を受けそうな話になっちゃうかもって……あ、修羅場ってわけじゃないよ。でも、蛍ちゃんに話の腰を折ってもらってよかったなって」

 

「そうなの? 変なことしちゃったから燐に嫌われたかと思った」

 

「そんなことはないよ。わたしもしょっちゅう蛍ちゃんに変なこと……もとい、からかうことがあるしね」

 

 そう言って、燐は軽く笑みを作った。

 

「もう……」

 

 燐は具体的なことは何も言わなかったけれど、何となくだが蛍は理解することが出来た。

 

 燐にだって色々思う所はあるのだろうし。

 だから今だってこうしてここにいるのだろうと。

 

「ねぇ、蛍ちゃん。もう少し空港の中見て歩かない? ここだと何か少し落ち着かないっていうか……」

 

 そう言って燐は軽く周囲を見渡す。

 

 そこそこ広い店内はどこも込み合っていて、ほぼ満席の状態だった。

 

「うん、そうだね。ちょっと騒がしいかも」

 

 二人は円柱型の透明なコーヒーカップを手に立ち上がると雑然とした店内からそそくさと離れた。

 

 注文を待つ行列が店外にまで伸びていて、二人は意外な表情をしたあと、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

 

「……何かさ、燐とこうしてるといつもの放課後みたいだね」

 

「確かにね。前は学校帰りに買い食いしながら帰ることって結構多かったもんね」

 

「長い時間、電車で揺られるからね。燐は途中でお腹空いちゃってたでしょ」

 

「蛍ちゃんだってそーでしょー? 終点だったから特別長かったし」

 

 食いしん坊だと暗に言われたことに、燐はふてくされた声をあげた。

 

 蛍はあははと声を出して笑った。

 

「あはは、ごめん。そう言うつもりじゃなかったの。でも……うん、確かにわたしもそうだったね」

 

 蛍は一旦言葉を区切ると、少し遠くをみるような目をした。

 

 大きな窓ガラス越しに見える空は朱色に燃えていた。

 まるで燃え盛る火のように。

 

 赤々としていた。

 

「何かさ、夢みたいに思えることあるんだ。だってさ、ほんの少し前までそれが普通だと思って生活をしていたんだよ。それこそ何の疑問も持たずに」

 

 燐は蛍の横顔を見ながらくすりと笑う。

 

「それは、そうだよ。何か特別なことでもない限り、今の生活(ルーティーン)に普通は疑問を持たないんじゃないのかな」

 

「それにさ、わたしなんて、何かもう全ての歯車が狂っちゃったみたいに感じちゃって、いろいろ諦めてたぐらいなんだし」

 

 当時の事を振り返っているのか、燐は感慨深そうにんうんと頷いていた。

 

 確かにそう、全てが変わってしまった。

 

 もうどうしようもない事ばかりが続いて自暴自棄になっていたの確かだった。

 

 両親の離婚や、従兄とのすれ違い。

 友達との距離感なんかもそう。

 

 結局は些細な人間関係で悩んでたんだと思う。

 他人からみれば割とどうでもいい事なのかもしれないけど。

 

 でもあの頃はそれを解決する術がないのかと、躍起にもなっていた。

 

 盲目だったんだと思う。

 

 でも、それは今だって。

 そんなに変わってはいないのかと思う。

 

 人はそう簡単に変わらないものだし。

 

 あんな事があっても。

 

「それはわたしだってそうだよ。ただ知らなかったと言うだけで」

 

 蛍に軽く手を握られる。

 

 その暖かさから伝わる蛍の奥ゆかしさみたいな、とても大事な柔らかいものを感じて、燐はちょっと鼻の奥が痛くなった。

 

「わたしも色々絶望してたんだと思うの、変わり映えのない日常に。でも燐が一緒だったから」

 

 蛍が何気なく言った言葉から燐はある言葉を脳裏に思い浮かべた。

 

「あ、それってあれでしょ? ”絶望そのものよりも、絶望に慣れてしまっている方が悪い”とかいうやつ──」

 

「あ、うん。そういえばそんなこと、あの()()()()()が言ってたね。燐も覚えてたんだ」

 

 意外だったというように口を大きく開ける蛍。

 

「うん。何か覚えてた。確かあれって小説か何かの一節だったんだっけ?」

 

「そう、カミュの。燐はさ、あれから読んでみた?」

 

「カミュの本のこと? ううん、何かさ、読む機会がないっていうか、まだ読む気しなくって」

 

 燐は首を横に振ると、ちょっと気まずそうにカップの中身をストローで吸った。

 

「そうなの? 燐はてっきりもう読んじゃったのかなって思った」

 

「一応、手には取ってみたんだけどさ。別に1ページも開けないっていう訳じゃないんだよ。ただ、何か指が動かなくて」

 

 しょうがなさそうに笑いながら、手をわきわきと蠢かす燐。

 

 蛍は何とも困った笑みを浮かべた。

 

 燐が読まないのは何か別の理由があるのではと蛍は思っていた。

 とくに指摘はしないだけで。

 

「でもまあ、別に無理に読まなくてもいいんじゃないかな。読みたいときに読むのが一番良いと思うし、それにカミュの本だいたい読んだけど、何としても読んだ方がいい! と、までとは思わなかったよ」

 

 蛍の、明らかに気を使った言葉に燐は苦笑いする。

 

「そんなわざわざフォローとかしなくっても……でも、ありがとう蛍ちゃん。まあ、いつかは読むとは思うよ」

 

 他人事のような燐の言葉に蛍は小さく噴き出す。

 

「ふふっ、燐。もし、読めたら忌憚のない感想、聞かせてね」

 

「またもう、蛍ちゃんは涼しい顔でプレッシャーをかけるぅ。何か……是が非でも読まなきゃいけないみたいじゃない!?」

 

「あはははっ、流石の燐でもバレた?」

 

 燐と蛍は他愛もない会話を続けながら空港の中をぐるりと一周していた。

 

 二人とも疲れた様子を見せなかったが、そうこうしているうちに陽も少し傾き始め、空の高い所にある薄い雲が紫色に染まっていた。

 

「もうじき、今日も終わるね」

 

 ガラス越しに空をみながら蛍がそっと呟く。

 燐もそちらを見やった。

 

 今日一日は何の為のものだったのかと、薄紫の空を見ながら燐はぼんやりと考え込む。

 

 楽しかったけどどこか心の奥に不安を残している。

 

 黄昏時の空が、少し目に沁みる感じがした。

 

「ねぇ、燐。これからどうする?」

 

「あっ、うん……どうしようか」

 

 蛍にそう尋ねられられた燐だったが、曖昧な答えを返すだけで口ごもってしまった。

 

 ここまで来ることはある程度の予想は立てていたが、先のことまでは考えてなかった。

 

(ずっとこのままでいたいっていったら、多分……)

 

 蛍は黙って頷いてくれるだろう。

 

 それではダメな気がする。

 

 行くにせよ戻るにせよ何かちゃんとした理由がいる。

 

 そう思っていたんだけど。

 

「わたしは燐と一緒だったらどこでもいいよ」

 

「蛍ちゃん……」

 

 先に蛍にそう言われてしまったら、燐としては何らかの決断をしなければならない。

 

 もう蛍を傷つけることは絶対にしない、そう約束したから。

 それは自分自身と。

 

「できれば、今日は帰りたくないな……」

 

 ぼそっと零した蛍の言葉に燐は思わず目を大きく見開いていた。

 

「そ、それって……!? ねぇ、蛍ちゃん!」

 

 急に肩を揺さぶられて何事かと蛍は口をぽかんと開けた。

 

「あれ、ただ単に今日は帰りたくないなって思っただけだけど?」

 

「本当にそうなの? 蛍ちゃん、意味わかって言ってる?」

 

 明らかに動揺している燐に蛍は不思議そうに首を傾げた。

 

「意味って……? 何か別の意味でもあるの?」

 

「えっ! いや、まあ、そのぉ……」

 

 蛍に真顔で尋ねられて、燐は急に恥ずかしくなってしまった。

 

(とぼけてる……わけじゃないよね? 蛍ちゃんだってそこまで知らないわけないと思ったんだけど……)

 

「???」

 

 ちょっと訝し気に燐に見つめられていることに気付いた蛍は、不思議そうな顔で首を傾げていた。

 

「あはは、何でもない~。それよりさ、今日は帰りたくないならやっぱりどこかに泊って行こうね」

 

 燐は蛍の手をとってそう声をかけた。

 

 蛍の手は何だかいつもよりも暖かく感じた。

 

「あ、うん、そのさ、さっきは変なこと言って本当にごめんね。燐だって聡さんのとこに行きたかったはずなのにね」

 

 繕うような笑みを見せる燐を見て、蛍は少し困り顔で微笑み返す。

 

「だからそんなに気を遣わなくっていいんだよ。それにこっちだって、わたし達の町から結構離れてるんだから」

 

「うん、そうだね。意外と遠くまで来ちゃったんだね、わたし達」

 

「だからさ、今回はここまでで良いよね? その代わり東京で一泊しちゃおうかぁ」

 

「……そうだね。燐がそういうのなら」

 

 蛍が反対する理由はなかった。

 

 どこか遠くじゃなくとも燐が一緒ならそれでいいのだから。

 

「じゃあ燐。どこのホテルにする?」

 

 何気なく蛍が聞いたことに、また燐は動揺をした。

 

「──ホテルかぁ、って!!??」

 

 燐は今度こそ飛び上がるつもりで蛍に問いかけた。

 

「ほ、蛍ちゃん! それって本気の本気で本気なのっ!?」

 

 また燐が詰めよってきたので、蛍は思わず口元を隠して尋ねる。

 

「どうかしたの? 燐はもしかして旅館の方が良かった?」

 

(あれっ?)

 

 予想とは全く違う答えを蛍に返されて、体が急に覚める思いがした。

 

「そ、そっちの意味なのね」

 

 ちいさくぼそっと呟くと恥ずかしそうに口をつむぐ。

 

(何でだろう、さっきからわたし”意識”してるのかな。蛍ちゃんはそんな気ないみたいなのに)

 

 別にそう言った、”恋人同士が泊るホテル”に泊まる気はなんかはないけど。

 何だか妙にドキッとしてしまった。

 

 ちょっと儚げな、蛍の声色のせいなんだろうか。

 

 燐はまだよく分かっていない顔をしている蛍をちらりと横目で見た。

 

「えっと、空港の周りにもホテルってあるんでしょ? そこでもいいねって意味だったんだけど……」

 

 何だかよく分からないが燐を困惑させてしまったことは間違いない。

 蛍はそう思ったらしく、気遣うように丁寧な言葉を続けた。

 

 燐はますます恥ずかしくなり、更に顔を赤くしたのだったが、このまま黙っているのも何か嫌だったので無理やりに笑顔でこたえた。

 

「あはは、そう言う意味だったんだね。ごめんね早とちりしちゃって。空港のホテルでもいいけど、せっかくならもうちょっとにぎやかな所にしてみない、遊ぶ場所がありそうな所とか」

 

「うん、それでいいよ。あっ……」

 

「何? どうかしたの蛍ちゃん」

 

「えっと、本当に大したことじゃないんだけど……」

 

 口ごもる蛍に、燐はそっと頭に手を乗せる。

 

「それでも話してほしいな。今日はわたし、蛍ちゃんのことずいぶん振り回しちゃったから、何か希望があるなら何でも聞いちゃうよ。お財布に優しい希望だと尚、良いんだけどね」

 

 燐はまた顔を赤くして笑った。

 

 その言葉に安堵したのか、蛍は顔をあげた。

 

「燐にお金を出させるようなことじゃないよ。ただ、”地下鉄”に乗った事ないなって思っただけ」

 

「え、それ本気(マジ )っ!? 蛍ちゃんって一度も乗った事ないんだっけ」

 

「うん。地元にはないし、修学旅行とかでもあんまり使わなかったでしょ」

 

 蛍は自分の長い髪をくるくると回しながら、少し恥ずかしそうに呟いた。

 

「確かにそうだね」

 

 空港に来るときには在来線とモノレールだけだったし。

 言われてみればまだ地下鉄には乗っていなかった。

 

 それだけのスペースが地下のどこにあるのかと思う程、東京の地下鉄は入り組んでいるのに。

 

(確かに、せっかく来たんだから蛍ちゃんに色々体験させてあげないと、だね)

 

「ん、じゃあ、蛍ちゃん。”地下鉄”、初体験してみる?」

 

 燐はにこりとしながら尋ねる

 蛍はこくんと小さく頷いた。

 

「うん。ちょっとだけ怖い気はするけど燐と一緒なら大丈夫だと思うから」 

 

「ジェットコースターに乗るわけじゃないんだから」

 

「それは分かってるんだけどね」

 

 ただ電車が地下を通っているだけのことなのだが、それだって知らないと怖いものにみえるのかもしれない。

 

 車の運転を最初にしたときだってそうだったことだし。

 

(そういえば免許もいつかはとらないといけないのかぁ。でも在学中は色々面倒だし。卒業してからの方がいいよね?)

 

 母親からはいつでもいいとは言われてるけど、このまま無免許運転を続けるのは流石に問題あるだろうし。

 

 いつでも良いは、今すぐに、の意味なのかもしれない。

 

 こうやって回り道をしても時間だけはどうあがいても動いていくものだから。

 

 本当に残酷だと思う。

 

 今考える必要のない母親の顔を思い浮かべて、燐はついため息をついた。

 

「何か心配事でもあるの?」

 

 知らず知らずのうちにため息をついていたらしく、蛍が少し不安そうに顔を覗き込んでいた。

 

「あ、ごめん。そういう訳じゃないよ。えっと、それじゃあ地下鉄に乗りに行こう!」

 

 燐は慌てて笑顔を見せると、少し勢いよく蛍の手を取って歩き出す。

 

「うふふ、お手柔らかに、ね」

 

 蛍は一瞬不思議そうな顔を見せたが、すぐに元の顔で微笑むと燐と一緒に上りのプラットフォームの方へ足を向けた。

 

「そうだ。ねえ、蛍ちゃん、今晩(ディナー)は何を食べたい? こっちは店がいっぱいあるから色んなのが食べられるよ。色々ありすぎて目移りしちゃうんだよねぇ」

 

「そうなんだ……だったら」

 

 まるで地元の子みたいな燐の提案に蛍は頭の中で考えを巡らせた。

 

 これと言って好きなのは甘いスイーツなのだが、それだけだと夕ご飯にはならない。

 

(あっ、それなら)

 

 蛍は不意に脳裏に浮かびあがったものを口に出して言った。

 

「あのね、燐。わたし焼肉なんかいいかも。こっちの方って美味しいお店がいっぱいあるんでしょ」

 

「あっ、いいね。焼肉! 考えてみたら今日のわたし達って、軽めのものばかり食べてたから、夜は少しがっつりでもいいのかもね」

 

 賛成とばかりに燐は指をぱちんと弾いた。

 

「燐ならそう言ってくれると思った」

 

 いつもそう。

 わたしの他愛もない意見でも燐はちゃんと汲み取ってくれる。

 

 頭ごなしに否定することなんか絶対にしないし、もし意見が割れたときはさりげなく譲ってくれることだってある。

 

 燐は、自分で思っているよりもずっと柔軟に物事に対応できる。

 場合によっては妥協だって出来る事も知ってる。

 

 自分では気づいてないみたいだけど。

 

「あ、でもぉ、ちょーっと意外かな、蛍ちゃんが焼肉食べたいっていうの」

 

 二人暮らしになってからも数える程度しか行ったことがない。

 もっとも外食はお互いに出来るだけ控えているんだけど。

 

「えっ、そうかな? それじゃあ、燐は何が食べたいの?」

 

「あー、そうだなぁ……わたしはねぇ」

 

(有名店のカレーでもいいし、ちょっと予算は掛かるけどおしゃれなお店で豪華にフレンチとかもいいなぁ。あっ、ホテルに泊まるならその中のビュッフェでもいいかもね。う~ん、迷うなぁ……)

 

 子供みたいに目線を上にして考え込む燐を見て、蛍はくすっと苦笑いした。

 

 蛍が何に笑っているのか分からず、燐は困った顔で抗議の声を上げていた。

 

 ……

 ……

 

 大きな窓の向こうには、黒い滑走路が光の橋を伸ばしていた。

 

 どこまでも続いているみたいに見えるそれは、物語に出てくる、星を渡る列車の為の光の橋脚みたいだった。

 

 二人とも何故か気付かなかったが、きっと一目見れば見とれてしまうだろう。

 

 それぐらい綺麗だった。

 

 まるで死者を導いている光の柱のようで。

 

 

 ───

 ──

 ─

 

 

 





うー、四回目のワクチン接種したのですけど、今回も全然無事じゃなかった……。
それでもこれまでみたいに三日あれば回復するんだろうと思ったのですけど、オミクロン株のワクチンもセットになっていたせいなのでしょうか、発熱に続き下痢と嘔吐を繰り返してしまって、結局一週間はグロッキーになってましたねぇ……しかも何か今でも少し調子悪い感じが残ってまして、何かいまいち本調子に戻らないです。
何かもう、今から五回目のワクチン打つのが怖くなってしまったりたりですー。

☆ヤマノススメ、はやっと完全新規映像に──で、山岳部部長の小春の声が意外なほど違和感がないなぁ。むしろ可愛すぎるぐらいかも。
そして相変わらず先の展開が読めない……これはいいことではあるんですけど、少し不安もあったり、特に三期でのストーリー展開は結構面食らった人も多かったんだろうと思いますし、いっそのことそこまでストーリーには拘らなくてもいいかなって個人的には思ってます。
楽しく山登り出来ればそれでいいんじゃないのなって。単純すぎるのかもしれないですけど。

★艦これの新作アニメも始まりました……ですが、何かもう制作に遅れが!? 6話だか8話だかしかないアニメなのに、まだ3話の時点でもう再放送になってしまうなんて……。コロナの影響で色々ごたごたしてるんですかねぇ。

そういえば、Kohada先生はお怪我からご復活なされた──のでしょうか!? ちょっと判断が難しい……けど、もしそうでしたらお帰りなさい!! お待ちしておりましたよー。でもどうか無理をなさらないで欲しいです。アーティストやクリエイターの人は唯一無二なところがありますし、やっぱり身体を直す方を優先して欲しいです。

もちろん私も体調には十分気を付けたいとおもいます。万年冷え性なところがありますからこれからの時期は特に辛いですしねぇ……なるべく暖かくして過ごしたいと思います。

とかとか言ってる間に今年も後一ヶ月……やっぱり早いなぁ、いろいろと


それではではー。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。