We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life. 作:Towelie
「さあ、中へどうぞ」
「えっと……」
オオモト様に手を引かれ、青いドアの扉を開けたその先の光景に燐は絶句して立ち止まっていた。
言葉を信じていなかったわけではない。
もしかしたらと思う所もあった。
ただ、こういった現実離れしたような変な出来事にはもう十分慣れている。
そのはずだったから、それが現実になったときのショックが大きかっただけだった。
「言うまでもないことだろうけれど、足元には一応気を付けておいてね」
念を押すようににっこりと微笑む
(どうなっているの、これ……)
頭の中であれこれと考えてみても、具体的なものが何にも浮かんでこない。
ただ漠然と眺める事しかできないでいる。
それこそ普通の、何も知らない乗客にでもなってしまったみたいに。
「お、お邪魔します……で、いいのかな、これ……?」
燐はオオモト様に促される形でそろそろと脚を中へと入れる。
がくがくと震えてしまってどうにもおぼつかない。
それは身体だけでなく、胸の内側もだろうか。
どう考えてもおかしな状況ではあったが、そうするしか他はないそんな気がした。
何かに、追い立てられているとかではないのだが。
青いドアの先はきっと真っ暗だろうと燐は思っていた。
けれどそれは全く違うものだった。
まるで、そこだけが切り取られたように真っ白い光が差し込んでいたのだ。
しかもそれは強い照明なんかではなく、窓からの陽光。
ドアを開ける前は夜だったはずなのに。
(何……これ……わたし、なにかのトリックにでもかかったのかな)
全ての力を失ったように燐はぽかんと口を開けている。
燐の腕の中で抱きかかえられていたサトくんは、手のあいだをするりと抜けると、四つの足をたんと床につけた。
白い犬は鼻を少し持ち上げ、くんくんと匂いを嗅ぐ素振りを見せる。
オオモト様はそれをみてくすりと透明な笑みをこぼしていた。
「あら」
オオモト様はちょっと驚いたように辺りを見渡す。
予想と違っていたのか、不思議そうに首をかしげていた。
(何か、予定外の事があったんだろうなぁって、思うんだけど)
燐としてはそれどころではない。
森にあったはすの古い家屋の扉の先で何故”こんなこと”になっているのか。
その方が大問題だった。
「まあ、いないものは仕方がないわね。でも、どこへ行ったとしても辿るべき道は一緒なのだから、きっとまた会えるわ」
オオモト様は意味深な言葉を呟きながらこくんと頷いていた。
「……」
一方の燐は心細さというか、上手く言葉にできないもやっとした罪悪感に心を囚われていた。
きょろきょろと窺いながら身を固くして手を握り合わせている。
見れば見るほど摩訶不思議な状況としか思えない。
自分のよく知っている
ぷしゅー。
突然、空気の抜ける音とともに後ろのドアが閉まる。
「あっ!?」
燐が慌てて振り向くもそれはもう遅く、扉はぴしゃりと固く閉ざされてしまった。
困惑したように大きく目を見開きながら扉の隙間に指を入れるも、金属製のドアはちょっとやそっとの力ではびくともしそうにない。
勝手に閉じてしまったドアを前に、言葉もでないのか燐は呆然と立ち尽くつくす。
だが、これはそれほどおかしいことではない。
だって、
ボロボロの廃屋の部屋の中なんかではなくて。
むしろ、あれよりかはずっとマシなぐらい。
中には何もないけど。
それにしても──ドアを開けてみた先が、電車の中だったなんて。
しかも自分がよく知っている、ローカル線とよく似た列車の車両と繋がっていたのだ。
けど、良く似た情景を燐は知っていた。
燐は自分の胸元にぎゅうっと手を当てた。
もし、今回もそれと同じだとするのならば、やっぱり唐突的過ぎるし、あまりにも呆気なさすぎるのだけれど。
しかし、それが問題だというわけではない。
むしろこんなに簡単にこっちに行けていいものだろうかという、諦めみたいなものを覚えてしまう。
そっちの方が問題だった。
この状況に慣れきっている自分という存在そのものが。
「あ、あのっ!」
燐は微かに唇をふるわせながら尋ねる。
確信はあるけれど、それを証明するものが欲しかった。
目の前の人を今だ完全には信用しているわけではないけれど。
自分以外の言動が欲しかった。
どんなかたちのものでもいいから。
「ここって、やっぱり”あの世界”なんですか? わたし、あそこの古い家に入ったはずなのに、こんな電車の中と繋がっているなんて、そんなこと……」
終わりの方の言葉は小さくなっていた。
とても想像すらしていないことだったから。
だって、あの町とは随分と離れた場所にいたわけだし。
それなのに繋がっていただなんて。
もう随分と前から人が住んでいないような古い屋敷がぽつんと立っていただけで、こんなことになっているはずはない。
もし仮に入れ替わったとしても、もっと分かりやすい”ネタ”があるはずだ。
そう、こんな”別の世界”に来れるはずがないんだ。
だが──現実に自分はここに存在している。
概念なんかではなく実存として、列車の中で立っていた。
自分達以外は誰も人が乗っていないと思われる、列車の中に。
ガランとした列車の天井にはレトロな感じの手摺りがいくつかぶら下がってあり、シートも少し古めだけど向かい合わせのものがきちんと備えてある。
ただ、それ以外は何もない。
広告なんかもなければ、人気も感じられない。
燐は、前に水底で沈んでいた車両みたいだなと思った。
あまりにも空虚すぎていて。
「そうね。ここはあなたの言う、”違う世界”だわ」
オオモト様はそう言葉を返すと、手近なシートにちょこんと腰を下ろした。
サトくんもその横の座席にぴょんと飛び乗ると、しっぽを振りながら座り込んでしまった。
燐一人だけが手すりもポールも使わずに車内で呆然と立っている。
瞳に映るものを信じられないみたいに大きく見開いて。
「やっぱり、青い空なんだ……」
ドアの上にあったちいさなガラス戸に手を触れながら燐はぽつりとつぶやいた。
列車の窓からは抜けるような青空が広がり、その下で白い雲がゆっくり流れている。
もう行くことなどできないと思っていた世界が、窓の向こう側で広がっていた。
扉一枚を隔てた先が全く違う世界だなんて。
(そんな事が……でも)
それこそもう随分と前のことになるが、異変があった夜の中学校での時もそうだった。
あの時は図書室の壁をすり抜けてこっちの世界へ来たのだったが。
あれとは違い今は何も思ったりも、念じてたりもしていない。
じゃあ、一体何が原因で?
がくん!
「……っ!?」
燐はそれをオオモト様に訊ねようとしたとき。
車体ががくんと揺れた。
燐は慌ててポールを掴む。
がたん……、ごとん……。
低いモーター音を響かせながらゆっくりと列車が前へと動き出していく。
「おっ、とと……」
燐は両手で手すりを持ち替えたりしながら、ようやくオオモト様とサトくんとの合間の座席にとすんと腰を下ろした。
それを見てオオモト様は微笑むだけで何も言わなかった。
柔和な顔でこちらを見つめるだけで。
がたんごとん。
列車が本格的に動き出すと、それに合わせて三人の身体が横に揺れる。
見上げた車窓からは、突き抜ける夏の日のような情景がどこまでも広がっていた。
──青い空と白いプラットフォーム。
そして誰も乗っていない列車。
つまりここは。
「そう、ここは”青いドアの家の世界”……あなたも良く知っている
オオモト様が小さな唇を動かしてその言葉を歌のように紡いだ。
燐はその言葉が耳に届いていないみたいに、ただ真っ直ぐに窓の外を眺めていた。
(青と白、だけ……)
どんなに目を見開いてみてもそれしか見えない。
限りなく遠くて、もっとも近い場所。
望んでいたわけでもないのに。
今ここに来ていて、そして。
不思議な列車に揺られていた。
前から三両目の列車の座席で。
──
──
──
「あれ……わたし、寝てた……?」
つい、うとうととしてしまったみたい。
一瞬ここがどこか分からなかったみたいに燐は頭を横に振る。
線路から伝わる心地のよい揺れが、燐を微睡みへと誘ってしまったようだった。
まだ、
湧いてきた欠伸をむにゅむにゅと噛み砕くと、今一度周囲を見渡してみた。
車内は静かだったが、列車はまだ動いているみたいだ。
どこまで走り続けるかは知らないが、全く乗客が増えていないところをみると、まだどの駅にも停車していないのだろう。
もっともこの不思議な世界で、列車を待つものなど自分たち以外にいるとは思えないけど。
「ふあぁぁ~、まだ眠いんだにゃあぁ~~」
あくびと一緒に大きく口を開ける。
燐は両手を上にあげて背筋をぐっと伸ばした。
それでも眠気はまだまだ全然取れていない。
むしろ睡魔はいつでもぶり返してきそうで、心地よい微睡みの中にまたその身を委ねそうになってしまいそうになる。
なんか久しぶりによく眠れたような感じがする。
普段からそんなに寝ていないというわけでないのだが。
それか、よほど疲れているのか。
まあ、どっちでもいいかなと、燐が半ば投げやり気味に瞼を再び閉じようとしたときだった。
「あっ……!」
ちょうど、真正面にいた人と目が合ってしまった。
それにより燐はばっと眠気が覚める。
こちらを見る視線が刺すように痛い、というわけではないが。
「どうやら、よく寝れていたみたいね」
赤い着物を着た黒髪の少女は柔和な笑みを燐に向けた。
「あ、あはは……お、おはようございます」
燐は天井に向けて上げた手を素早く下ろすと、顔を紅くしたまま笑みをつくる。
間抜けな寝ぼけ姿をばっちりと見られてしまった。
オオモト様は小さく頷くと、”おはよう”と笑みを返した。
……
……
……
砂漠のような白い大地を真っ直ぐに、この列車は進んでいた。
方角も方向も示すものがないから、どこに何のために向かっているかは分からない。
やれることといったら座席に腰かけてその時が来るのをただ大人しく待っているだけ。
(けど……これでいいのかなぁ)
確か前にもこうしてこの奇妙な列車にぼーっと乗っていたことがあったけど。
その時だって何もしようとはしなかった。
ただ乗っていたというだけで。
今だってなにも変わりない。
それは外の景色も同じで。
空も大地も同じ色合いのまま、ただ直線的に流れていっている。
それが、どこまでもどこまでも続いている。
呆れてかえってしまうぐらいに単調に。
規則的なリズムで線路を渡る音すらもとても退屈なものに聞こえた。
ずっとこうしている感じすらする。
何もない世界を何もない列車が走っているだけだから。
車体が古いわりにはちょっと速いぐらいのスピードで走っているように思えるが、車窓から見える景色はつねに一定であり続けたせいか、中にいる燐たちがそれほどの速さを感じることはなかった。
むしろ止まっているかと思えるぐらいに景色に変わり映えがない。
あまりに景色が切り替わらないので、つい辟易としてしまう。
(わたしがつい寝ちゃったのはそのせいだよね、うん)
もっともらしい言い訳を燐は内心で呟くと、まだ少し恥ずかしそうに正面に座るオオモト様を見つめた。
オオモト様はまるで退屈などしていないように、こちらをじっと見つめている。
見た目相応のあどけなさがその表情に見て取れる。
そのせいなのか、さっきまであった緊張感がどこにも無くなっていた。
でも。
(やっぱり、聞いてみた方がいいんだろうね)
とりあえず現状を把握しておかなければならない。
列車はもう動き出してしまったのだから。
今更逃げ隠れ出来る場所なんか、この中のどこにも存在などしなかった。
腹をくくるしかない。
この人の正体が何であれ。
燐は意を決して、真正面に座る”オオモト様”に真相を問いかけることにした。
話を聞いてからだって何かできる事はあると思うから。
だが、もう手遅れかもしれないし、楽観的すぎるのかもしれないが。
「え、えっと……さっき聞いた話の続きなんですけど、二人とも乗っていたっていうんですか? その、蛍ちゃんと、くまちゃんも……」
「ええ、そうよ」
はっきりと答える。
「そうだったと思ったのだけれど、どうやらここには本当にいないみたいね」
確かにオオモト様の言うように他の車両にも人の気配なんかはなかった。
四両編成でありながら、その乗客は
そのせいか燐は気兼ねする必要がないと思ったのか、席を移動してちょうどオオモト様の真正面に座りなおしていた。
(そのせいで、恥ずかしい姿をばっちり見られちゃったわけけどね)
深いため息を燐はついた。
「正確には”いたはずだった”と言うべきかしらね。この場合は」
どういう意味で言っているのだろう。
燐は内心首を傾げる。
「つまり、蛍ちゃん達はどこかの駅で降りた、ということなんでしょうか?」
電車なのだからそういう事になるのだと思う。
「そういう事ではないのよ」
オオモト様は軽く首を横に振る。
「多分、あの子達とは繋がる位置が違っていただけだと思うの。少し座標がずれただけでもそれは全く違う物事を指し示すことはあるから」
確かに、自分達の場合だとプラットフォームもなくいきなり列車内に入り込んでたのだから、その考えは正しいのかもしれない。
だけど。
「そう、ですか」
燐はちょっと曖昧に頷く。
オオモト様の言っていることは何となく分かるが、やっぱり全部を理解するのにはまだちょっと難しい。
全くコミュニケーションが取れてないというわけではないのだが。
燐は視線を少し外して違う方へと向けた。
視線の先には白い犬──サトくんがいる。
サトくんはオオモト様の座席にずっと座り込んでいた……とわけではなく、ついさっきまで観察するかのようにうろうろと車内を行き来をしていた。
特に何も得るものがなかったのか、ふて腐れたみたいにまだ同じ場所でしっぽを丸めていたのだ。
「ねぇ、サトくん……サトくんってばぁ」
燐はサトくんを懸命に呼びかけてみたのだったが。
相手にしたくないのか、白い犬は耳も貸さずに目をぱっちりと閉じている。
(も~、わたしだけじゃ分からないんだよっ。サトくん!)
燐が縋る思いでじっと見つめていても、犬は時折耳をぴくっとさせるだけで、身体を動かす素振りすらしなかった。
「もう、肝心な時に動かなくなっちゃうんだからぁ……犬じゃなくてウシになっちゃうよっ」
そう言って燐は唇を尖らせた。
そのやり取りにオオモト様はくすっと微笑んでいた。
……
……
がたんごとん。
「はぁ……」
燐はもう窓の方は見ないで、膝の上で握りこぶしをつくって俯いていた。
いつまでこうしていればいいのだろうか。
何かしたいのだけれど、この列車と同じく衣服以外のものは何も持ってはいなかった。
焦燥感だけが募っていくばかりで。
周りの景色は絶え間なく動いてはいるけど、そこに自分は全くついていけていない。
体も心もどこかに置き去りのまま流されているだけ。
手掛かりがないまま、暗い森の中を延々と彷徨いつづけているような、どこか曖昧な不安が染みのようにこびりついて、いくら拭っても消え去らない。
電車なんて言うもっともらしいものに乗ってはいるけれど、その理由も目的も何一つ掴めてはいないのだから。
「ねえ、オオモト様、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ええ、何かしら」
燐が正面からじっと見つめても、幼い姿のオオモト様は一切表情を変えていない。
濡れたようにしっとりとした黒い瞳を真っ直ぐに向けたまま、静かにこちらを見つめている。
まるで、世界の全てを知っているみたいに。
実際、燐はそうだと思っている。
前に蛍と別の結論を出したことがあったが、その時と今では何かが決定的に違うような気がするのだ。
「その、この電車の終点はどこなんですか」
何となくは分かっている。
これが初めてのことではなかったし、それに燐だって、きっとそうだろうとは思っていた。
けれど、聞かないでおく意味も別になかった。
オオモト様もそれが分かっていたようで、眉をひそめることもなく優しい顔を向けて答えた。
「それは、燐も良く知っているところよ」
何処とは明言しなかったが、やっぱりそうだった。
けれど、と燐は思う。
(”オオモト様”って、わたしと出会うときは子供の頃の姿なんだよね……)
それはどうしてなのだろう。
こうして、この人と向かい合うたびにその疑問がどうしてもぽかりと頭に湧きあがってしまう。
初めて会った時もその次も、ずっと大人の女性の姿だったのに。
蛍の家の幻で見た時のような幼い頃のままになっているのは何故なんだろう。
自分だけが見える幻覚かと思ってた時もあったが。
それだって、燐の中では大人のオオモト様の姿の方がイメージとしてはっきりと残っていたはずなのに。
こうして”少女のオオモト様”にばかり出会ってしまうと、こちらの方に強く印象が残ってしまう。
別に大人の姿が良かったとかではなく、単純な疑問としての話だった。
燐としてはもう随分と大人の時の姿を見ていなかったこともあったわけだし。
(けど、あの”変なの”は大人のオオモト様に見えた……)
それだって未だ不明だった。
二人のオオモト様がいるとは思えないし。
まあ、この少女姿の方がいわゆる”座敷童”っぽくて可愛いとは思うけれど。
(とても本人には言えないことだけど、ね)
燐はただ動いているだけの電車の正面の窓に目をやった。
運転席には誰も乗っていない。
なのに列車は何の問題もなく規則的に動いている。
きっと考えたって仕方がないことなのだろう。
この世界のことも、オオモト様のことも、ぜんぶ。
……
……
どこの窓からも同じ景色が流れている。
空はどこまでも青く、白い大地はどこまで行っても同じ色を映し出していた。
小山はおろかわずかな起伏すらもみえない。
ずっとずっと平坦なまま、列車は銀色のレールの上を進みながら青と白の情景の間を走り続けている。
「燐、どうかしたの」
オオモト様にそう話しかけられた。
線路を渡る音で少しうるさかったが、オオモト様の小さな声は不思議とはっきりと燐の耳に届いていた。
「何か、忘れものでも?」
さっきから服の中を探すような素振りを見せている燐に、オオモト様が少し心配そうに尋ねていたのだ。
「そう、なんです……けどぉ」
どうやら見つからなかったのか、溜息をついて肩をすくめる燐。
「よっぽど大事なものなのね」
燐は苦笑いをした。
「その、切符って、今も持ってないなぁって思って……」
多分、必要のないものだろうが、それでも燐は確かめてみたかった。
何かの可能性というか、本当に大事なものなのはそれではないかと思ったから。
”どの世界へと行ける切符”かは分からないのだとしても。
「あなたはもう持っているわ。それはもうずっと前から」
「それって何処に?」
オオモト様は軽く息をつくと、すっと白い指を前に差し出した。
「燐……あなたという存在そのものがそうなの。資格とはではなく、それをあなたがずっと求めていたものだから。でもそれは、悪い意味とかではないのよ」
「……そうですか」
前にも同じようなことを言われたからなのか、燐は目を見開いてはいたものの、それほどの驚きはその表情からは見て取れなかった。
それっきり少女たちは言葉を交わすことなく列車に揺られたままになった。
着いてみて見ればはっきり分かることだから。
──
──
──
それは突然に終わりを告げた。
軋んだブレーキ音が終点の合図だった。
丸みを帯びた緑色の列車はそこで停車した。
──白いプラットフォーム。
列車を待つ人も、乗り込む人もいない。
何のためにあるのかは分からない小さなベンチがあるだけ。
他には何もない。
ただ、ちょっとだけ違うのは、青いドアのついた家がその横に建っていること。
つまり”青いドアの家”がここにあった。
ここが終点であり、そして始まりでもあった。
三人がホームに降りると、列車のドアはまた音もなく閉じて、何も告げずに線路のその先へと、ひとりでに行ってしまった。
勝手に運んで、勝手にいなくなってしまうなんてと、燐は少し訝しく思ったが、別に何かを期待していたとかではなかった。
この不思議な世界では常識など通用しないことだし。
むしろ渡り鳥を見送るみたいにその後姿に軽く手を振ってさえもいた。
ここまで一緒に来てくれたのだし、と。
──ここも静かな世界だった。
列車が駅に到着しても誰もホームにいなかったのだから当然なのだろうけど、きっとそれだけじゃない。
何処を見渡しても、人の気配どころか他の生物の存在すらも感じられることは無いからだろう。
鳥や昆虫だけでなく、一本の木や花もこの世界には生えてはいないのだから。
寂しいというよりも悲しい景色だった。
色彩はこんなにも綺麗だと言うのに。
「──蛍ちゃんっ!!」
あまりの静けさに、燐は何か予感めいたものを感じ取ったのか、一人で青いドアの家の方へと走って行ってしまった。
そして、すぐさま青いドアの家の玄関の前に着くと、ドアの横にある小さな呼び鈴を急いで押した。
ピンポーン。
ピンポーン。
チャイムの鳴る音が玄関越しに流れる。
けれどいくら待っても青いドアが内側から開かれることはなかった。
怖いぐらいに静まり返っていることに危機を覚えたのか、燐はがちゃりとドアを開けた。
「蛍ちゃん! ここにいるのっ!?」
燐は玄関で靴を脱ぎ散らかしながら、即座に家の中へと入った。
リビングのドアは閉ざされている。
人がいる気配などは到底感じられなかったが。
「誰も……いない!?」
リビングの中も外と同様に静かなものだった。
家の中の調度品は一度も使われていないみたいにきちんと整えられている。
シーリングファンの付いた照明は点けっぱなしのまま、くるくると回り続けていたが、それ以外は何のスイッチは入ってはいなかった。
「蛍ちゃん? くまちゃん? いないのー!?」
燐は誰もいないリビングに大声で呼びかける。
誰からの返事も返ってこない。
もしかしたら別の部屋にいて気付いていないのかもと、燐がリビングから移動しようとしたその時だった。
不意に声がしたのは。
「どうやら、ちょっと前まで誰かがここに居たみたいね」
それはオオモト様の声だった。
サトくんと一緒に青いドアの家に来たようで、サトくんはリビングを通り過ぎて他の部屋に行ってしまった。
燐は、オオモト様が眉をひそめて手を乗せているソファのすぐ横に慌てて自身の掌を当てた。
「まだ暖かい……?」
微かだが温もりのようなものを手のひら越しに感じ取れる。
それが誰のものなのかはまだ分からないけれど。
オオモト様の言うように確かに誰かが座っていたと思われる痕跡がそこにあった。
「やっぱり、蛍ちゃん達が!?」
「そう考えるのが妥当でしょうね。もっとも今は誰もいないようだけれど……」
玄関には鍵などは掛かっていなかったが、少なくともリビングには他の人の存在を感じられない。
そんな時、サトくんが二階の階段からリビングへと戻ってくる。
「くぅ~ん」
その様子から、他の部屋にも誰もいなかったようで、サトくんは燐の前にぺたんと座ると耳を下げて項を垂れてしまった。
燐はサトくんの頭を軽く撫でてあげた。
「ねぇ、もしかして、別の列車に乗って行ってしまったとかは」
この世界での移動手段と言えばそれぐらいしかない。
徒歩で行くことも一応できるだろうけど。
「多分、その可能性はないわね」
きっぱりとそう言われた。
「あの列車は決まった時間に来るとは限らないものよ。燐、あなただってそれは知っているでしょう?」
そう問われて燐は押し黙るしかない。
ついさっきだって誰も乗っていないのに勝手に行ってしまったわけだし。
鉄道を計画的に運行する目的のダイヤなどというものはこの世界にはないのだろう。
つまり──予測不能、ということなのだ。
この”青いドアの家の世界”というものは。
「で、でもっ!」
燐は少し口調を強めて反論をする。
「まだその辺りにいる可能性だってあると思うんです!」
そうだ、見つけてあげるんだわたしが。
もう絶対にあんな思いをさせたりしないって約束したんだから!!。
「……燐」
「わたし、ちょっと探しに行ってきますっ!!」
こうして喋っている時間すらも惜しいのか、燐はオオモト様の方を見ないで、そのまま外へと行こうとしていた。
数える程度のものしかない世界だけど。
探すだけの余地はまだある。
息をすることが出来た深い水溜まりの中や、終わりの廃墟みたいな場所、風車だけが林のように立ち並ぶ世界だってあった。
そして、これは自分の直感に過ぎないことだが、もし蛍ちゃん達が本当にこの世界に来ているのなら、多分、帰り道を探しているんだと思う。
元の世界へと通じる、ただ一つのかえりみちを。
「待ちなさい、燐」
すぐさま出て行こうとした燐をオオモト様が静かな声で呼び止める。
無視しようと思えば簡単に無視できるものだったはずだが。
何故か燐は足を止めてしまった。
その声色は少女のものというよりも相応の女性の口から発したものように感じられたからだった。
「ここで……待っていましょう」
そう一言だけ言うと、オオモト様はさっき温もりが感じられたソファのすぐ隣でそっと腰を下ろす。
燐はちょっと苛立ったように問いかけた。
「な、何でですか? だってここに蛍ちゃん達が戻ってくる保証なんてどこにも──」
「確かに、そうね。けど……闇雲に探しに行くよりはまだ効率がいいと思うわ。燐だって特に当てがあるわけではないのでしょう?」
「そ、それは、まあ、そうですけどぉ」
そう問われて燐は痛い所をつかれたようにうっと声を漏らす。
確かにそれらは可能性であって、確信があってのものではなかった。
「それに、あなたが考えているほど、この世界は単純な構造ではないのよ」
「それって?」
オオモト様は一つ息をついた。
「さまざまな思いや願いが集まって出来た世界だからかしらね。一見繋がっているように見えるものでも、実際は全く異なる性質を持っているの」
オオモト様は自身の膝の上で丸くなるサトくんの体を柔らかく撫でながら話を続ける。
「それぞれが違う世界を形作っているの。空に浮かぶ星のように」
「星?」
「そうね。例えるのなら、ここが恒星だとして、その周りで形も性質も異なる星が回っているようなものね。そしてそれは無数にあるの」
「無数って……!」
「そして、この世界で迷ってしまった人は元の世界に戻ることが出来ない。それこそ永遠に彷徨い続けてしまうことになる。現実とは違うこの世界では、経験や知識なんてものは何の役にも立たないのだから」
オオモト様の静かな声だけが白いリビングの中で響いていた。
(そっか、じゃああのテーブルクロスの時の説明は……)
何となくだが、燐はこの世界のことが少しだけ理解できた気がした。
前に言っていた”窓”とはそういう事だったのだと。
「ごめんなさい」
「えっ?」
オオモト様に頭を下げられて燐は困惑した顔になる。
「心配なんでしょう、蛍のことが」
「はい、もちろんです」
燐は真っすぐに目を見てそう答えた。
「そうよね。わたしが代わりに探しに行けたらいいのだけれど、そんな力は初めからもってないのよ」
「だったら……」
言いかけた燐を遮るように静かに首を横にふるオオモト様。
燐は自分の手を強く握った。
「あの子達のことを信じるしかないわ。それがこの世界で唯一出来ることなのだから」
そう呟くとオオモト様は瞼を伏せた。
燐は何と声を掛けたら良いのかその言葉が見つからず、代わりにリビングの窓から空を見上げた。
──
──
「ねぇ、燐……してはダメなことなんか何もないのよ」
「えっ」
ソファから身を乗り出すようにして燐はそう聞き返した。
結局燐は、家の外には行かずにオオモト様と一緒にリビングの中にいた。
「あなたが思うように行動していいの。こっちの世界でも向こうの世界でも、ね」
「じゃ、じゃあ何でさっきはあんなことを」
まるで違う事を突然言われて燐は戸惑った声をあげる。
オオモト様はそっと唇に指を寄せた。
「分かっているわ、燐。けれど、その前にやることがあるわね。あなたには」
「やること? わたしが?」
思い当たる節がすぐには見当たらないのか、燐は困惑した様子で自分のことを指でさしている。
「そうね、正確には、身体の方が、かしらね」
「わたしの……からだ……???」
一体、自分の何が問題なのだろう。
燐は自分の顔や、お腹の辺りに手を当てて考えていた。
「そういうことよ」
そう言ってオオモト様は小さく微笑む。
燐は何のことかすぐには分からなかったが。
(うん? もしかして……! でもわたしはそんなこと、気付いてなんかないのに……!)
燐は耳まで赤くしながらも不思議そうに首を捻る。
どうやら燐のお腹の虫をオオモト様に聞かれてしまったようだった。
「今、お茶を淹れてあげるわ。それと、冷蔵庫に何か入っているかもしれないわね」
微笑みながらそう言葉を付け加えると、オオモト様はすっとソファから立ち上がりキッチンの方へと向かってしまった。
「うー、やっぱり聞かれていたんだー」
その言葉に確信を持った燐はさらに顔を赤くする。
だが、このまま待っていても恥ずかしさが募る一方になりそうだったので、同じくキッチンの方へと行こうと重くなった腰を上げた、そのときだった。
ぐいっ。
スカートの裾が何かに引っ張られたのは。
燐は慌てて振り返る。
「サトくん? どうかしたの」
サトくんが燐を引き留めるように端の方を噛んで引っ張っていた。
「もしかして、サトくんもお腹が空いちゃったとか?」
自分の事は棚に上げて燐はそう白い犬にたずねた。
けれどサトくんはそうではないようで、燐をどこかに案内しようとしているみたいに更にぐいぐいと引っ張ってくる。
「もう、外にはいかないから大丈夫だよ」
諦めたように言う燐だったが、サトくんが尚も引っ張り続けるので、ソファから立ち上がると、ひとまずそちらの方へと行ってみることにした。
「窓の方に何かがあるの?」
「わん!」
そこでようやくサトくんが口を離す。
燐は何かがあるのかと見渡してみた。
「あれ? これって何だろう? 何かのメモみたいにみえるけど」
リビングの窓の近くに落ちていた小さな紙きれを燐は拾い上げる。
どうやらサトくんはこれを燐に知らせたいみたいだった。
「よしよーし、偉いぞー、サトくん。よく見つけたねー」
いつもよりもわしゃわしゃと強く頭を撫でてあげると、サトくんは目を糸のように細めて喜んでいた。
(けど、さっき見た時はここに何もなかったような……まあいいか)
常識の通用しない世界ってさっき言われたばっかりだし。
今更なことだから燐は特には気にはしなかった。
「じゃあ、ちょっと失礼して……中を見ちゃうからね」
燐はそう言って、綺麗に四つ折りに畳んであった紙きれを開いてみることにした。
(もしかしたら蛍ちゃん達の手掛かりかもしれないし……!)
はやる気持ちを抑えながら、丁寧にその紙を開く。
どうやら何かのノートの切れ端らしいのだが……。
「……」
紙を開いたまま何も言わない燐をサトくんが心配そうに見上げる。
「はぁ」
ややあって燐は大きなため息をついた。
複雑な表情のまま、燐は紙の裏側を覗いてみたりもしたのだったが。
「何も書いてなかったよ、ほらっ」
そう言って燐は白紙の紙をサトくんに見せた。
確かに何も書かれていない。
筆跡をおこなった痕跡すらも残っていなかった。
「温もりみたいなのも感じなかったしね。まあ紙だから。でも……どうしようかこれ」
燐は指でぶらーんとそれを摘まみ上げると、首を捻る。
オオモト様に知らせた方が良いのだろうかと一瞬迷いの表情を見せたが。
「うーん、見つけてくれたサトくんには悪いと思うけど、これは捨てた方がいいよね」
何も書いていない紙なら、ただのゴミなんだし。
それに折角の綺麗なリビングなのだから。
塵一つでも落ちていたら何かとても勿体ない気がする。
燐は納得したように大きく頷くと、リビングの隅にあったゴミ箱にその紙きれをぽいと投げ入れた。
「……」
何となく、後ろ髪を引かれるようなモヤっとしたものはあったが、また拾おうとまではしなかった。
燐はサトくんの頭をもう一度撫でると、もう振り返ることなくキッチンの方へと行ってしまった。
リビングに残されたサトくんは燐の方を一瞬だけ振り返ったが、すぐにゴミ箱の方に視線を戻していた。
……
……
……
白く清潔そうなキッチンでは、オオモト様がお湯を沸かす準備をしているようだった。
どこからか持ってきたのか、裾の短い着物の上にフリルの付いた可愛らしい白のエプロンを身に付けている。
何だか和装の少女の給仕みたいに思えて、燐はその姿に一瞬見とれてしまった。
「あら、燐。何か料理でもするつもりなの?」
不意打ち気味にそう問われる。
「え、えっとぉ、まだそこまでは考えてなかったというか……」
燐は本当にそうするつもりはなかったようで、もごもごと口内で言葉を濁していた。
オオモト様は口元に笑みを湛えながらくるりと振り返ると。
「もし、あなたがパンを焼いてくれるのと言うのなら、お茶ではなく、紅茶を淹れた方がいいのかしらね」
まるで期待されているみたいに、先にそう言われてしまう。
まだ燐は何もいっていないのに。
オオモト様に気を使われている……んだろうなぁ、多分。
(さっきから、顔に出ちゃっている、のかも?)
やっぱり気になってしまうことだし。
いなくなった二人のことは。
燐は気持ちを切り替えるように少し大きな声をあげた。
「けど流石に材料が……って、もしかしてあるんですか? ここに」
オオモト様に気を遣われている以上、それに乗ってあげるぐらいはしてあげないと。
「わたしには分からないわ。でも……きっとそれはあなた次第ね」
そう言ってそっと笑った。
オオモト様は本当に紅茶を淹れるつもりなのか、キッチンの上のほうを何やら探しているようだった。
やれやれ、と燐は軽く息を吐く。
こんなところでパンを焼くことになるとか、考えたこともなかった。
ただ、キッチンは割としっかりとしているから、本格的なパンは無理でも家庭でできそうな簡単なものぐらいは出来ないことはないとは思うが。
けれど、どういうつもりで言っているのだろうオオモト様は。
気を遣われているのは確かなのだろうが、その辺りがもやもやとしてしまう。
(多分だけど……”急がば回れ”みたいなことが言いたいのかなぁ)
つまり、一旦落ち着いて周りを見渡せということなのだろうか。
動くことも待つことも、同じように大事なことだと。
(そうだよね、ゴドーだってずっと待ち続けてたんだもんね)
何となく思いを理解したように感じた燐は、きゅっとスリッパを滑らせながら冷蔵庫の方へと目を向ける。
オオモト様に指摘されたような空腹はそれほど感じていないつもりだけど。
そこに興味があるのは確かだった。
青いドアの家に来るたびに、中を確認していた時もあったし。
隠されているものに興味が湧くのは本能的なものだと思うから。
それに抗うのはある種の苦痛を伴うものであった。
燐は冷蔵庫のドアに手を掛ける。
オオモト様の許可も一応もらっていたことだし。
がちゃり。
「これは……」
燐は目を丸くした。
知っていたのだろうか、やっぱり。
多分、何もないだろうと思った冷蔵庫の中にはあるものが入っていた。
しかも一つではなく複数のものがきちんとした形で中に入っていたのだ。
「パックの卵と、これは薄力粉……そして、これはベーキングパウダーか……」
それとご丁寧にヨーグルトなんかも器に盛られて入っていた。
「どう? これで何か出来そう」
呆気に取られながらも冷蔵庫から取り出していた燐のすぐ横でオオモトが顔を覗き込む。
興味津々と言った感じで、子供の様に瞳を輝かせている。
まあ、今のオオモト様は子供のようにみえるのだけれど。
全てを見通すような黒い瞳に見つめられ、燐は一瞬言葉を失ったように立ちすくんでしまったが。
「えっと……そうだねぇ」
動揺を隠すみたいにちょっと考えるような仕草をみせる燐。
その横でオオモト様は黙って見ていた。
しばらく考えた後、燐は口を開いた。
「これで、パンっていうか……パンケーキなんかが作れそうかなぁ。まあ、ちょっとした器でもあれば、だけど」
燐が言っているのは、フライパンで作るパンケーキではなく、”スフレ”を加えたパンケーキ。
それには材料を入れる手ごろな大きさの器が必要だった。
他にも砂糖や油なんかも必要なものだが、紅茶はあるみたいだから、その辺を探せば普通にありそうな気はする。
もし、マフィン用のカップがあるならそっちに変えることもできそうだが。
「じゃあ、これなんかはどうかしら」
オオモト様は手に持っていた小ぶりの丸いお皿を燐に見せる。
最初から用意していたのだろうか、それを見た燐は目を大きく開いた。
「これって……”ココット”みたいだね。うん! このぐらいの大きさのカップでならこのキッチンのオーブンで作れそうではあるね」
陶器で出来た小ぶりの器だが、厚みはありそうだから耐熱に優れていそうな感じはする。
スリットも入っていることから、ココット皿に間違いないだろう。
ケーキでもパンでも技術や材料だけでなく、それを入れる器だって立派なレシピの一つなのだと思っているから。
(まあ、そう教わったのだけどさ……お母さんに)
何故か燐はちょっと複雑な顔をとった。
それにしても。
燐はそのココットとオオモト様を交互にみる。
(もしかして、それはわたしの方じゃなくて……)
まさかだとは思うが。
だが、澄ましたようににこりとしているオオモト様をみるともう、そうとしか思えなくなる。
上手いこと誘導されてしまったのかもしれない。
そんなことをする人ではないとは思っていたのだけれど。
オオモト様の表情からは感じ取れないが、何かを待ちわびているように感じ取ってしまうのは気のせいなのだろうか。
燐はオオモト様の頭にぽんと手を置くと、その頭を柔らかく撫でた。
「……」
ちょっと失礼すぎるかもと思ったが、オオモト様は何も言わず燐のその行為を受け入れてくれているようだった。
……
……
……
「うん。後はこれをオーブンで焼くだけだね」
予め余熱をしておいたオーブンに、材料を入れた器を一つづつ中へと入れた。
「それにしても、何とか材料が足りたみたいで良かったぁ」
そう言って燐はようやく笑顔を見せる。
ただ、ちょうど4皿分の材料とココットがあったのは偶然なのだろうか。
まあ、考えたところでそこに意味なんかないだろうけど。
「そうね。
(作品って……そんな大層なのじゃないけどは思うけどなぁ……)
そこまでの工夫を凝らしたものではない。
ごく普通の材料で普通に作っただけだった。
けれど、オオモト様に褒められたことは満更でもないのか、燐は顔を赤くして鼻をかいていた。
「まあ、上手く出来たかはまだ分からないけれど……オオモト様が手伝ってくれたおかげですぐにできました。ありがとうございます」
燐はぺこりと頭を下げた。
オオモト様は小さく首を横に振って否定する。
「別に気にしないでいいのよ。わたしに出来る事なんて本当にたかが知れているのだから」
「そんなことは全然思ってないですけど……」
本当にそう思っていた。
燐としてはとても助かったことだと思っているし、それに何よりオオモト様と一緒にケーキを作るのは本当に楽しかったことだから。
考えてみたらこんな風にオオモト様と何かを一緒にやったことはこれまで一度もなかった。
それなのにだ。
(何でだろう……何か、初めてのことじゃないみたいな気がするのは……)
何か懐かしい、既視感みたいなものを覚える。
誰かと勘違いしている?
それとも、このパンケーキの芳しい香りがそうさせているのだろうか。
まだ焼いてすらもいないというのに。
「ねぇ、燐。後は、焼き上がるのを待つだけなのでしょう? だったらそれまで、ちょっと休憩でもしてましょうか」
そう言ってオオモト様はティーカップを乗せたトレイを持つ。
リビングではサトくんが尻尾を振ってお出迎えをしていた。
「あっ、はーい」
振り返って返事をする燐。
だが、元気な声とは違ってその表情は複雑なものになっていた。
(結局、来なかったよね……蛍ちゃんと、くまちゃん……)
燐は玄関の方を見つめる。
ケーキを作っている最中にも気にしてはいたのだが、チャイムが鳴ることも、青いドアが開かれることもなかった。
二人は一体、何処に行ってしまったのだろうか。
手を動かしていても、そのことだけが気がかりだった。
ただ、まだケーキが焼き上がるまで30分程度ある。
それまでに戻ってきてくれればいいのだけれど。
(蛍ちゃん……)
燐はオーブンのタイマーをセットすると、オオモト様とサトくんが待っているリビングへと戻ろうとした。
その時だった。
燐のスリッパの先がこつんと当たったのは。
「な、何?」
そんなに重い感触ではなかったが。
燐は腰を屈めてそれを確かめようとした。
どうやらそれは丸い物体のようであったが。
「これって、オオモト様の”毬”だよね?」
鮮やかな色彩の糸でかがられた手毬は、オオモト様がいつも持っていた毬に違いなかった。
けど、何故こんなところに?
ころころと転がってきたみたいに思えるけど、サトくんがじゃれて蹴とばした、とか。
まあ、あり得ない話ではない。
サトくんはずっとひとりで退屈していたようだし、二人が料理をしている間、キッチンには一度も来ていなかったから。
燐は軽く微笑むと、持ち主に返そうと毬を手で拾う。
あれっ?
「この毬って、こんなに大きかったっけ……?」
燐の手のひらですっぽりと収まる程度だと思ったんだけど。
両手でしっかりと持っていないと掌から滑り落ちそうになる。
何かちょっとサイズが大きくなったような気がする。
毬が成長した、とか。
流石にそれはないか。
燐は不思議そうに首を傾げながら、毬をしっかりと両手で抱えてリビングの方へと向かった。
そこで声が掛けられる。
「燐、どうかしたの。呼んでから随分と時間が掛かっていたようだけど」
そう小言を言われてしまったので、燐はさっき転がってきた毬を言い訳にしようとした。
「あはは、ごめんなさい。だって、この手毬が急に……」
燐は我が目を疑うこととなった。
だってそこは、青いドアの家のリビングなどではなかったのだから。
むしろとても見慣れた家での光景が燐の目の前に広がっていた。
「燐。それはどこで拾ってきたの? 今からご飯なんだから自分の部屋に置いてきなさい」
一人のおとなの女性がそう言った。
「まあまあ、良いじゃないか。そんなに目くじら立てなくても。それにしても綺麗な毬だね。ちゃんとした職人のものだよこれ」
もうひとりのおとなの男性が場を和ませるみたいに、そう軽口をたたく。
男性のグラスにはちょっと濃い目のスポーツドリンクが注がれていた。
いつもの
──だったはず。
けれど。
それはいつの話?
いつまでの話?
(何、これ……ここは一体……)
どこなのか。
狭いリビングの中はテレビから流れてくる大きな音と、ふたりの大人の話声でとても騒がしかった。
ただ、燐の周りだけが、纏わりつくような白い静寂に包まれていた。
これも一つの、”星”なの……?
──
───
────
─────
──────
アニメゆるキャン△ SEASON3
いつの間にか、もう第4話まで放送されちゃいましたねえ。
ここまで見てもやっぱりキャラデザが可愛いなぁ、と思ったり。とくに綾乃ちゃんは力がはいっているように見えますねぇ。オリジナル展開は今のところ第2話の前半パートで終わっちゃったようですけど、先の話でもオリジナル要素はあるのでしょうか。その辺りも気になるところですねー。もちろんいい意味で。
第3話では、”青い空のカミュ”の聖地でもある千頭駅がアニメで再現されておりましたねぇー。そういえば千頭駅のすぐ近くにある道の駅にはゆるキャン△のパネルが飾ってあったと思いますねえ。そういえば去年も大井川鐡道とコラボしてたようですから、今年もやるのかもしれないですねぇ。
第4話のアプト式列車が
ただ、ああいったSE的なものなんかでも許諾みたいなものがあるのでしょうか? どっちかっていうと某ガンダム系で良く聞いていた音ですしねぇ、”ブッピガン”は。
それにしても、最近は急に暑くなったりしているので、何を着たらいいのか分からなくなります……もう夏なのかな?
なので、カジュアルなセットアップなんかを好んで身に付けてます。この方がコーディネートがとても楽……というか、脱ぎ着しやすいような気がします。夕方以降で気温が随分と変わるときがありますし、天気もいまいち安定しない感じしますからねえ。基本、着やすさ重視なのはファッションに物臭だからではない、と信じたいです、自分の事ながら。
それではではでは~。