We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

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 ──おわる。

 それも、せかいが?

 そんなの一体どうやって。

 どういうやり方で終わらせるのというのだろうか?

 小説とか、映画とか、漫画とか。

 世界のおわりかたは色々それぞれ方法があった。

 すべて架空の話のことだけれど。

 例えば──。

 治療困難な病が世界的に蔓延しちゃうとか。

 何らかの理由で大規模な戦争が起こって、人間たちの手で終わらせてしまう、とか。

 あとは。

 外敵による要因なんかも良くあった。

 頼みもしないのにそれらは現れたりやってきたりして、何だかんだと理由を付けて世界を征服しようとする話とかなんかは割と多かった。

 不満とか不平とかそういう世界に対する不条理さを抱えながら。

 まあ、この場合は、大体失敗する展開が多いみたいだけど。
 
 過去の人達が現代に蘇って、今の文明を破壊するとかいう迷惑そのものみたいなのもあったし、預言や助言を鵜呑みにして世界に対して最終戦争をする、なんていうのもあった。

 そんな中でも、よく使われるのは”空からくる”もの。

 空のさらにその上の、こんな辺鄙な星にまでやってきた宇宙からの来訪者は、未知の存在でありながらも、世界を脅かす敵としてフィクションの題材などで度々使われていた。

 ほぼ、レギュラー扱いといってもいいぐらい、多種多様な作品に今でも飽きることなく使われている。
 
 何かと便利で扱いやすいのか、実際に誰も実物を見たことがないはずなのに、その種類の豊富さといったら相当なものだった。

 そういう意味では怪物とか妖怪なんかの類のものと同じ存在なのだと言える。

 ただ、それだけ世界を終わらせるという行為はとても大変で、大きなエネルギーを伴うものだと思われているのだろうけど。

 人知を超えた力が。

 誰も成し遂げたことがないからこその妄想、憶測なのと言えた。

 ──じゃあ、アレは。

 ”アレ”はどうやって、世界を終わらせるつもりなのだろう。

 真っ先に頭に思い描いたのは、小平口町でおきた異変のこと。

 あんなのがあの山間の狭い地域だけでなく、周りの町や市どころか近隣の県にまで広がっていったら?

 そして、それが世界にまで広がってしまったらどうなるのだろうか。

 それこそが、せかいのおわり?

 そんな事が可能なの???

 近年ありがちな終末世界の話なんかは、もっぱらゾンビとかの化け物に住民が変貌してしまい、それが勝手に世界を終わらせてしまうっていうのをよく見るけれど。

(そんなのが、実際に起こるものなの? それがたった一つの願いだけで……)

 あり得るのだろうかそんな事が。

 そんな事が、どうして。

「…………」

 おんなじことが頭の中でぐるぐるとループしている。

 どんなに考えてもその理由が分からない、ということではなく。
 むしろ逆で。

 一つしかないと思っているから。

 だからこそ悩んでしまっているのだとおもう。

 具体的に何をするかまでは流石に分からないけれど、でも、想いの行きつく先は一つしかないのだから。

 そう、たった一つだけ。

 ……
 ……

 きっとそれはスイッチ。

 あの時と同じように世界を切り替えるのだろう。

 何処にあるのか分からないそれを作動して。

 それを止めるには対峙……対話をするしかないのだろうと思う。

 誰というか、もう一人の自分と。

 言うなれば、自分の内面と向かい合う事と同じなのだろうけど。

 それが──少し怖い。

 自分の……本当の思いを知るのが怖かった。

 多分、一番知られたくない人にも見せなくちゃいけないことになるだろうし。

(きっと、嫌われるのが怖いんだ……燐に)

 多分それは好きだから。

 大好きだからこそ、もう、失いたくはない。

 どんな手段を使ってでも、どんな犠牲を払ったとしてもわたしは。

 二度と失いたくはない。

 あなたを。

 その為だったら世界を終わらせてもいいのかな?

 それが本当のわたしの望み?

 分からない。
 分からないけれど。

 逆恨みで世界を壊そうとしているのは()()()なのだから。

 何か、しなくちゃいけない。

 何をしたら良いのかまだ分からないけれど。

 目を逸らしておくことはもう、できないみたいだし。

 ──
 ──
 ──


「んっ……」

 片方のほっぺたが冷たい。

 何か、湿ったものが触れているからだと思った。

 ぺろぺろ。

 これって、まさか舌で嘗め回されている?

 そんなこと誰に?

(もし、燐だったら……)

 どうするべきだろうか。

 きっとそんなことは無いと思うけど。

 何か期待をしているわけではないけれど、蛍はそっと片目を開けてそこを見てみた。

「あ……サトくん」

 予想と違ってたので少し驚いてしまったけど。

 どうやら、サトくんが頬を舐めて蛍を起こしてくれていたようだった。

「えっと……ここは?」
 
 天井は夜のように真っ暗だった。

 なのに下からぼんやりとした明かりが照らしている。

 まるで天地が逆さまにでもなったみたいに。

 ぼんやりとした思考を戻そうと蛍が軽く頭を振ろうとしたのだが。

「どう、少しは眠れたかしら?」

 すぐそばで柔らかい声がして蛍は首をそちらに向けた。

 こちらを見つめるオオモト様の顔を見て蛍は安心したようにうなずくと。

「はい。やっぱりちょっと疲れてたみたいです」

「そうね」

 オオモト様は頬に手を添えて微笑む。

 とても、綺麗な人だぁと思った。
 今更だけど。

 蛍は上体をゆっくりと起こしてみる。

(あれっ?)

 確か、オオモト様の膝に乗せられていたと思ったのだが。

 蛍の頭は、ふかっとした枕の上に乗せられていた。

 そして寝ていた場所も固い床なんかではなく、ちゃんとしたベッドの上だった。

 体には薄いシーツのようなものが掛けてあったが、服装はやはり元のままのようだった。

 枕の横には、うさみみのカチューシャが置いてあった。

 蛍は体の線がわかるほどぴっちりとしたバニー服に未だ身を包んでいる自分自身にため息をついた。

 それにしても。

 いつの間にそうなっていたのだろう。

 よく見ると周りの調度品の数が少し増えているような。
 こんなベッドなんて置いてなかったはずだし。

 寝ている間に何かあったのだろうか。

「お水でも持ってきましょうか?」

 そう言ってにこりと微笑むオオモト様。

 気遣うような口ぶりに蛍は一瞬迷いを見せたが。

「じゃあ、一杯だけお水を頂けますか」

 蛍は顔を赤くしながらオオモト様にそう頼み込むことにした。

 オオモト様は軽く微笑み返すと、すっと立ち上がってどこかへと行ってしまった。

 キッチンのようなものはここには見当たらないけれど。

 そんなことよりももっと考えるべきことがあったので、蛍はまた頭を枕の上にぽすっと落とした。

「はあ……」

 自然とため息がこぼれた。

(やっぱり、良くなかったことなんだろうなぁ、きっと)

 考えれば考えるほど、そうとしか思えない。

 もう、やらなくても良いんだよって言って、すぐに消えてくれるようなものではないだろうなあ、多分。

 それがもしそうならとっくに居なくなっているだろうし。

 にしてもだ。

「何で、まだこんな服を着ているんだろう」

 改めてまざまざとみると、とても恥ずかしい格好をしている自分に気が付いてしまう。

 自分だけが、こんなふざけたような格好(バニー服)でいるという事実に。

 サトくんはいつものサトくんのままだし、オオモト様の方だって。

 まあ、いつもとは少し格好というか、着ている着物の柄が違うようだけど……それでもよく似合っているとは思う。

 ちょっと大胆な感じにところどころ透けてみえているけれど、本人は至って気にしていないみたいだし。

 こちらもいつも通りというか、着物の隙間から見える白い陶器のような素肌に、いやらしさとかよりも、優雅さの方を感じさせていた。

 対して自分の方はというと。

「本当に、これは何の格好なんだろ。確か……(ゲームの)カジノとかだっけ? そういうコンパニオンさん? が着てたような気はしたけど」

 けど、可愛いとかそういうのはあんまり感じない。
 セクシーとも何か違うような気がする。

 こういう恰好を、主に男性とかは喜ぶのだろうか。

 特に胸の辺りなんか簡単にずり落ちてしまいそうだし。

 それとも、”バニー”という言葉通りの意味の方で着させられているのだろうか。 

 今、置かれている立場からすればそんなには間違ってないのかもしれないけれど。

「けど、やっぱり恥ずかしいよ、これは」

 前にやった、サンタの格好のほうがまだましなほう。

 あれはまだちょっとは可愛げみたいなもを感じたけど、これは何というか羞恥しか感じ取れない。

 オオモト様の格好よりもこっちの方がずっとずっと恥ずかしく感じるほど。

「今すぐにでも脱ぎたいぐらいだけど……」

 ぐるりと周囲を見渡してみても代わりの服なんかは見当たらない。

 まるで自分の肌と一体となって張り付いているみたいに、ぴっちりとしたバニー服を苦々しく感じながら、蛍は自分の額に手を乗せた。

 実際、頭が少し重い気がするし、疲れているのは間違いないと思う。

 体ではなく心の方だろうか。

 納得とかする以前に、何一つ頭の中で整理できていない。

 思い浮かぶものといったら、あの真っ黒い巨大な影の存在ぐらい。

 怪物だか妖怪だったかの存在ことを考えるたびに、全身がまさぐられているような、とても不快な感覚を覚えてしまう。

 あの、ヒヒとはまた違った嫌悪すべき存在として。

 それがもう一人の自分だというの?
 あんな不気味で不快なものが?

 それがどうしても信じ難い。

 表面的な問題などではなく、事象としての事柄が。

「さあ、どうぞ」

 いつ戻ってきたのだろう、オオモト様が透明なコップを小さなお盆にのせて、蛍に差し出した。

「あ、ありがとうございます、いただきますっ」

 慌てたようにがばっと上体を起こすと、蛍は出されたコップを両手で持って急いで口へと運んだ。

 普通に、冷たくて美味しかった。

 いっきに飲んでしまったせいで、頭がきーんとしてしまったけれど。

 でも、これはそう感じてもいいものなのだろうか。

 オオモト様が自分のためにわざわざ淹れて持ってきてくれたものなのに、こうして疑ってしまうのは良くないことなんだろうけど。

 蛍はコップの中身をぐっと飲み干すと、オオモト様にお礼を言った。

「そんなに急いで飲まなくてもいいのよ」

「はい。でも」

 蛍はシーツから足を出すと、オオモト様と向かい合う形でベッドの上で座り直した。

「あの、オオモト様」

 蛍はオオモト様をまっすぐに見ながらそう言葉を切り出すと。

「その、全部わたしが、その原因なんですよね? ここ何年で起きたこととか」

 蛍は心の中で浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。

 だが、オオモト様は小さく微笑むだけで、何の言葉も言わなかった。

 サトくんは空気をよんだように、二人の間から離れると、テーブルの下に潜り込んで欠伸を噛み殺している。

 きっと、パンをいっぱい食べたせいだろう。瞼を薄く開けたまま首を上下させていた。

 蛍が寝ている間にサトくんが食べていたのは、骨の形をした小さなパンだった。

 サトくんの為だけに用意されたものなのだろう、それをオオモト様がお皿に盛りつけて床に置いていた。

 目の前に差し出されたパンを見て、白い犬は一瞬臭いを嗅ぐそぶりを見せると、瞬く間にすべて平らげてしまった。

 その速さにオオモト様も口を開けて見てしまうほどだった。


「これも、燐が作ったものなんですか?」

 そのことを尋ねられて、オオモト様はこくりと頷く。

「美味しかったみたいね」

 空になったお皿をみながらオオモト様はやんわりとした口調でつぶやく。

 蛍もサトくんの顔を覗き込んで微笑んでいた。

(でも、肝心の燐は何処に行ってしまったんだろう?)

 オオモト様にそれを訊ねてみても首を振るばかりで。

 だったらどうして彼女が作ったパンやケーキがここにあったのだろうか。
 他の痕跡のようなものはどこにもないのに。

 青いドアの家のキッチンならば、このぐらいのことは出来そうな気はするけれど。

「それで、さっきの蛍の質問のことだけれど」

 とても静かな声でそう言ったので蛍は一瞬反応できずにいた。

 しばらくの沈黙の後、小さな唇が微かに動く。
 蛍はそれをじいっと見つめていた。

「それは、あなたの身の回りのこと? それとも、”燐だけ”のこと?」

「その……どっちもです」

 胸中では迷いはあったが、蛍は思いのままをそのまま口にした。

「わたしが二つに分かれたせいで燐が戻ってこれたんでしょうか?」

 大事なことが抜け落ちたような問いかけではあった。

 それでも、オオモト様は何も答えない。

 意を決したような問いであったことは分かっていただろうとしても。

(何も答えてくれないってことは、きっと、()()()()()()なんだろうな)

 蛍はテーブルの上で空になった透明なコップを見つめながらそっと息を吐いた。

(でも、オオモト様ってそのまま言っちゃうっていうか)

 しとやかな見た目と違って、わりとすぱっと口にするっていうか、そんなに胸に溜めておく方ではないと思っていた。

 それなのに今はきっぱりと口を閉じている。

 わざわざ言う必要がないのか、それとも別の理由が?

 多分。
 なかったことにしたせいなのだろう。

 自身から生まれた感情にちゃんと向き合わなかったせいで、もう一つの存在が生まれてしまったということ。

 それも概念ではなく実存として。

 それが異変となって、世界を終わらせようとしている。

 でも何も実感が湧かないのはなぜなんだろう。
 自分の中から切り離れたものみたいなのに。

 例えるのなら、自分の姿を鏡の外から見ているみたいな。

 俯瞰してみている”わたし”がいる。

 もう一人の自分もこういう感覚で世界や”わたし”を見ていたんだろうか。

 夜が完全に開け切る前の凪いだ海を眺めているような。

 とても不思議な感覚として。

「ねぇ、蛍」

「あ、はい」

「あなたに、渡したいものがあるの」

「わたしに……渡したいもの、ですか?」

 待っていた答えなんかではなく、唐突にオオモト様にそう言われて、蛍はその確認するようにその言葉を反芻させた。

「ええ、とても大事なものよ」

 オオモト様は静かに微笑む。

「……」

 何だろう……これ。

 空気が少し重くなったように感じられるのは。

 見た感じ周囲は何も変わっていないように思えるのに。
 なんで?
 
「前に、幸運を呼ぶ力を無くした座敷童は人間に戻るって、言ったことがあったでしょう?」

「はい」

「それを、()()()()渡したいの。多分、してあげられる最後のことだと思うから」

「最後、の?」

 ……
 ……
 ……

(……最後ってことは……おわりっていうことだよね?)

 だから、なんだ。

 オオモト様はいつもの柔和な表情なのに、どことなく真剣さを感じ取れるのは。

 眼差しも、口調も。

 一間の揺らぎを感じさせない。

 いつもと同じに見えるのに、何かが違うように捉えてしまうのは、そのせいだったみたいだ。

 蛍は胸中で納得する。

 でも。

 それって結局。

 何が?

 どうも上手く納得できないというか、胸の引っ掛かりのようなものを覚えてしまうのはどうしてだろう。

 自分だって、世界のおわりを望んでいたはずなのに、最後と言われてこんなに動揺しているなんて。

「あ」

 急に分かったことがあった。

 それは。

「そっか、おわりって……()()()()()()()()なんだ」





ANYWAY,ANYMORE

 

 よくよく考えて見ればおかしなことだったって後から気づくのは結構良くあることで。

 

 真っ暗な山の中で雨なんかが降ってくれば、さらに視界は悪くなってしまうのは当然のことなのに。

 

 雨が降り始めた途端、霧と夜とが入り混って、視界の全部が灰色になってしまった。

 

 幽かに浮かび上がったシルエットが樹や草があることを教えてくれているけれど、それだって普通では起こらないというか、普通の人には見えないはずだった。

 

 辺りに明かりがあるわけでもないし、月も星もなくなってしまっている。

 

 なのにそれが当然の景色であるかのように見えてしまっている。

 

 この、子供に戻ってしまった身体と、変な耳としっぽのせいかもしれないが。

 

 それにしたって異様な光景ではあった。

 

 夜でも昼間でもない、その中間のような情景。

 不思議と恐怖は感じないけど、安心できるようなものでもない。

 

 黒と白の狭間の世界にいた。

 

 それでも、雨が降りやむことはない。

 

 ざあざあと黒い雨が降りしきる中、その下の地面が何かの前触れのように真っ赤に染まっていた。

 

 

「じゃあ、これは”何かの血”がここまで流れてきているっていうの? それがこんなになるなんてことは……」

 

 それは、ただ事ではない。

 

 燐は、張り裂けそうなほど目を見開いて肩をすくめた。

 

 もしこれがくまの言うように本物の何かの血、だとするのならば大変なこととになる。

 

 ちょっとだけならまだしも辺りの地面の殆どが赤くなっているのだから。

 

 小さな水溜まり程度だったものが、どんどんとその規模が大きくなり、二人がいる木の周りを取り囲むほどにまでなっている。

 

 色の量を考えたら、燐がそう思ってしまうのも無理のないことであった。

 

(確かに、変な匂いはするんだけど……)

 

 血の匂いというか、鉄が錆びたような匂い?

 

 どちらも同じものと考えてもいいのだろうか?

 

 匂いが強烈すぎて鼻が馬鹿になりそうだけど。

 

(そんなに嗅いでいたい臭いではないないよね、これ……)

 

 吐き気を催しそうというか、いやな記憶を思い起こさせる。

 

 確かに燐は覚えていた、鼻を付くような強烈な臭いがあったときのことを。

 

 そこには”凄惨な光景”があった事を覚えている。

 それは今でもはっきりと。

 

 あの終わらないと思われた、歪んだ夜の世界で起こったことは、燐も蛍もほとんど記憶していた。

 

 例え、忘れていたとしても、微かな匂いだけで思い出す記憶もあることを知ってるから。

 

 それはきっと誰よりも。

 

 ……

 ……

 ……

 

 ぴちょん。ぴちょん。

 

 緑の葉に雨粒がぶつかって、透明で不規則な旋律を奏でている。

 

 それは癒しとかではなく、少女たち緊張感と不安を呼び起こすものとなっていた。

 

 全裸であるということを忘れるほど、今というこの空間がとても息苦しいものに感じられた。

 

「はうっ」

 

 くまは燐の手に腕を絡めながら、苦しそうに口元を手で押さえる。

 

「くまちゃん大丈夫?」

 

 少し顔色が悪い気がする。

 

 だが、もしこれが本物の血液だとするならば、こんなにどくどくと流れてくる様子を見て平気な人はそうそういないだろうと思うけれど。

 

 燐はくまの背中をさする。

 

 しばらくそうしているとくまは落ち着いてきたのか、手を小さく挙げた。

 

「もう、大丈夫」

 

「う、うん」

 

 くまは小さく返事をした後で軽く深呼吸をした。

 

 燐もその赤く染まってしまった水溜まりをまともに見ていられず、くまの方を向いた。

 

 くまと燐は互いの吐息がかかるぐらいの距離で顔を見合わせる。

 

「あのね、ボク……赤い血を見るのが苦手なんだ」

 

「それは、わたしも同じだよ」

 

「そっか、そうだよね」

 

 くまと燐は苦笑いした。

 

 むしろ得意な人なんかそんなにいないと思う。

 少なくとも自分の周りになんかはいなかったようだし。

 

(それなのに、なんであんな事しちゃったんだろうね? わたし達)

 

 意味のない自傷行為に走ってしまったときがあった。

 

 偶然にも燐も蛍も互いに自分の体を傷つけあっていた。

 

 痛いのは誰だって嫌なはずなのに、どうして自分からあんな無意味なことをしていたのだろう。

 

 それこそ意味のない傷が増えていくだけだったのに。

 

「森の奥深くとかでね、稀によくある事なんだクマ」

 

「?」

 

 急にくまが脈絡のない話をしだしたので、燐はつい戸惑った表情をみせたが、すぐに戻して黙って話を聴くことにした。

 

 くまはぶるりと身を震わせて話をつづけた。

 

「たまにね、人が一人で山に来て奥の方にまでふらふらと入って行くことがあるんだクマ。もちろん登山とかじゃなくてね。それは何でだと思う? 山菜を採りにきたとかでもないんだよ」

 

 謎かけみたいなことをくまは燐に聞いてきた。

 

 話を振られて燐は逡巡すように軽く首をひねる。

 

「ねぇ、もしかしてだけど、それって……あんまり良い話じゃないよね?」

 

 前置きをしてから燐はくまにそう返すと。

 

「まあ、そうかもね」

 

「それって──」

 

 思いついたまま言葉を投げてしまいそうだったが、燐は途中で言葉をのみ込んだ。

 

「キミだって、きっと知っているんじゃないかな。山に入ったきり戻らなくなった人の噂とか……」

 

(じゃあ、やっぱり”そういう話”か)

 

 確かに、くまの言うようにそう言った類の噂を一つか、二つは聞いたことがある。

 

 でも、何でそんなことを今言うんだろう。

 

 燐は何も答えなかった。

 

 くまは寂しそうに小さく笑うとささやくように言葉を紡いだ。

 

「人間も()()()()()()()だからね。中にはそういうことをする人もいるってことだよね」

 

 とてもふわっとした物言いだったが、何となく言いたいことはわかった。

 

(多分、くまちゃんが言いたいのって、山とかの、人気のないところでたまに見かけることがあるっていう”あれのこと”だよね?)

 

 人気のない山や森とかでそういったことがあるというのを、燐だって知らないわけではない。

 

 アウトドアにはそれこそちょうど今のこの背丈ぐらい幼い頃からやっているのだから。

 

 ただ、耳にしたことはあっても自分の目で見たことはなかったから、そこまで気にしていなかったというだけで、多分実際にはあることなのだろう。

 

 この少女の口ぶりからすると。

 

 登山道でもない山の奥の方にまでいかないようにと強く言われてきたのは、そこに危険があることも当てはまるのだろうけれど。

 

 それだけではないんだと思う。

 

 中には()()()()()()()()()()()()も、きっとあったのだろう。

 

 良く聞く、首を吊る。

 とかだけでなく。

 

 ただそこでじっと待ってるだけとか、薬とかの中毒で横たわっているだけのものとか。

 

 よく一緒に山に行っていた従兄は、そう言うのがあることを一切口にはしなかったけど、内心では気にしていたんだろう。

 

 神経質というわけではないと思うけど、彼が口酸っぱく言っていたことを燐はふと思い返して複雑な気持ちになっていた。

 

「ねぇ、燐はアイツ等が怖いクマか」

 

「えっ」

 

 考えていたことと違う事を聞かれて、燐はきょとんとなる。

 

 すぐに考えるような仕草を取ると、ややあって燐はこくんと頷いた。

 

「それは、やっぱりそうだよ。アイツらのことを知ってるからって、怖いものは怖いんだから」

 

 それは見た目が不気味だからとか、集団で来て強い暴力性を秘めているからとかだけではない。

 

 歪み切った欲望というか、強い執着が、異様にひび割れた白い体から溢れ出ているのがはっきりと分かるから。

 

 もう遭うことは無いと思っていた対象が前触れもなくまた現れたのだから恐怖に慄くのは当然だと思う。

 

 マンション内で対峙した燐がすぐに動けなかったのも仕方のないことだった。

 

「まあね。ボクもアイツらは苦手だよ……どんなに傷ついても向かってくるみたいだし、ほとんどゾンビなんかじゃないクマか、あれって」

 

 ゾンビと彼らの区別をつけようとは思わないが。

 

「まあ、ね」

 

 くまの指摘は概ね間違いではなかったが、燐は困った顔であいまいに苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 そう。

 

 知らないから怖いのではなく、知っているからこそ怖いものなのだと思う。

 

 それを燐だけでなく、今一緒にいない蛍も良く知っていることだから。

 

(そういえば、蛍ちゃんは大丈夫なのかな……? オオモト様やサトくんと一緒だったらいいんだけど)

 

 青いドアの家の世界に来てからというもの、蛍とは一度も会っていない。

 それはどういうことなのだろうか。

 

 燐は心の奥底がざわつくような、ずぅんと重い感じに囚われていた。

 

 

「……ッ!!」

 

「ど、どうかしたのくまちゃん」

 

 くまがぎゅうっと歯を噛みしめると同時に鋭い目つきで睨みつけてきたので、燐はなるべく小声でくまに問いかけた。

 

「あっちに……何か、いた」

 

「えっ」

 

 神妙な面持ちでくまは呟くとその方角に指をさす。

 

 燐は振り向くと、くまが指し示す方を凝視した。

 

 その方向は赤い水がいまだに流れてくる、森の方角なのだが。

 

 だが燐がどんなに目を凝らしてみても、その先を見通すことは出来ない。

 

 相変わらず視界は黒い雨と霧に遮られている。

 

 ただ、辺りに漂う臭いはどんどんと強くなってきている気はする。

 

 血と錆と土が入り混じったような不快な匂いで、くまでなくとも吐き気を催そうになる。

 

 思わず燐は鼻と口を手で押さえていた。

 

 どくん、どくん。

 

 裸のまま身を寄せ合っているからか、互いの鼓動がどんどんと早くなっていくのが否応なしに分かってしまう。

 

 このままここに居てもいいのだろうか。

 

 そんな疑問が頭を過る。

 

 もし、そっちに何かがいて、こちらを見ているのだったら。

 

(襲い掛かってくる……!?)

 

 それは、あの”何か”か、それとも別の存在か。

 

 燐とくまの中で不安と焦燥感が渦を巻いて同時に襲ってくる。

 

「燐」

 

 表情を固くしたくまが囁き声で燐に呼びかけた。

 

「ボクが、ここで見てるから、キミは早く服を着てくるクマ」

 

「あ、う、うん」

 

 燐は戸惑った表情で頷くと、くまからそっと体を離して、服が掛けてある方へとなるべく音を立てずに戻っていた。

 

 一人残ったくまは握りこぶしを作って、何かがいたと思われた方をじっと見つめていた。

 

 まだ何がいるのかは分からないが、すぐさま襲ってくるようなことはないとだろうけど。

 

(もしかして、あれが例の”ヒヒ”なのか? それにしたって……)

 

 巨大な大猿だと聞いていたけど。

 

 目線からは獣や人のような、何らかの()()()()が見ているような感じはしなかった。

 

 じゃあ──あれは、やっぱり、あの白く顔のない連中だろうか。

 

 そっちの方が信ぴょう性がありそうだけど、

 

「とりあえず、ボクも服を……って、うーん」

 

 くまはもやもやしたものを胸の内で抱えながら、背伸びをして枝にかけておいた自身の服と下着を同時に引っ掴んだ。

 

 まだ全然湿ってはいたが、それでも無理矢理に着て、素足のままスニーカーを履く。

 

 くまが持っている靴はこれ一足ではあったけど、解れてしまった箇所なんかは自分で直していた。

 

 このシューズはある日訪れた山の奥の方に、きちんと揃えて置いてあったものだった。

 

 靴の近くには一枚の紙が置いてあり、風で飛ばされないよう小石が置いてあった。

 

 走り書きで文字のようなものが書いてあったが、雨でも降ったせいか文字は滲んでしまって読み取ることはできなかった。

 

 書いた本人の下にはビニールシートのようなものが広げられていて。

 

 女性というかその少女の真上にはここと同じような太い木の枝が生えており、そこに括られていた紐で首ごとぶら下がっていたというだけで。

 

 特に──何もなかった。

 

 ビニールシートを真下に引くのは、地面を汚さない為のものだというのを後から知ったというだけ。

 

 ただ、妙なところで気を使うんだなぁと、ちょっと不思議に思ったけれど。

 

 苦しかったんだろうなとは思う。

 

 首を圧迫されていたせいで顔がひどく歪んでいたけれど、それだけではないみたいだった。

 

 シューズの横に置いてあったカバンのようなものは酷くボロボロで、落書きのようなものもみっちりと書いてあったみたいだし。

 

 見た目若そうだから多分学生だったんだろう。

 制服のようなのも着てたし。

 

(まあ、ボクには関係のないことだけどね)

 

 くまは泣き笑いのような表情で靴紐をぎゅっと結んだ。

 

「お待たせっ、どう? 何、か動きとかあった」

 

 そろそろとしゃがみ歩きをしながら燐が小声で近況を尋ねた。

 

 燐もくまと同じように生乾き以前の問題だったが、そんなのは気にしてはいられない状況だったので、ぴっちりと肌に服を張り付かせたまま、くまの傍に寄るとその手をぎゅっと握った。

 

「まだ、何もない……クマ」

 

「そう?」

 

 さっきとはくまの表情が少し変わった感じがして、燐は内心不思議そうに首を傾げた。

 

「うん」

 

 くまは燐の方を見ないで短く返事をした。

 

 降り続く雨が地面を激しく叩きつけていても、そのどろどろの赤い水は一向に薄まるような気配はない。

 

 それどころか、二人のいる大木の周りの地面全てが、赤い水の溜まりとなっていた。

 

 本能的な危険を察知したのか、くまと燐は顔を見合わせると同時に立ち上がると、太い木の幹にもたれ掛かるように背中越しにしがみついていた。

 

「ねぇ、くまちゃん」

 

「何、クマか」

 

「あのさ、この、血みたいのが流れてくる方に、行ってみない?」

 

 燐は言いづらそうにたどたどしく言葉を紡ぐ。

 

 きっと正気を疑われるだろうと思ったが、ここでこうしていたって何も変わることはないだろうとも思っていた。

 

 なので燐は、くまに呆れられるのを承知でそう提案してみたのだった。

 

「まあ、それでもいいかもね」

 

 くまは小さく笑いながらそう言うと。

 

「”熊の寝床に入らずんば熊の子を得ず”って言うからね。何があるのか視てみるのも一興ってものクマよ!」

 

 また訳の分からないことを言っていると燐は少し呆れたが。

 

(さっきよりかは顔色もいいみたいだし。裸で抱き合っていたせいかもね)

 

 雪山登山でのことを燐は思い出していた。

 

 その証拠にくまは両手で握りこぶしをつくって正面にしゅっと振っている。

 

 これなら大丈夫だろう。

 

「くまちゃんならそう言うと思ってたよ。ありがと」

 

 燐はほっとしたように笑みを作ると。

 

「じゃ、行くよ」

 

 先だってそろそろと歩き出す。

 

 木の根に沿うようにゆっくりと、そしてできるだけ足音を立てずに一歩ずつ進む。

 

 くまも同じような足取りで燐の後についてはいたが、何故か四つん這いの態勢で歩いていた。

 

 ちゃんと木の根っこの部分だけを選んでいるようだから、問題はなさそうだけど。

 

(やっぱりくまちゃんって、野性的っていうか……わたしはさすがに真似するつもりはないけど)

 

 いくらこんな変てこな獣の耳や尾っぽを付けていたって、クマやキツネと同じことをするつもりは毛頭ない。

 

 燐は固執するように二本の足を動かして、赤い水を避けるようにして進んだ。

 

 ……

 ……

 

 しばらく進むと川が流れている崖のような所に差し掛かった。

 

 赤い水はこの川にまで広がっていて、先に行くにはそれを飛び越えないといけない。

 

 雨がしとしとと降り続いたせいなのか、二人の前には色の混ざった不気味な感じのする川ができていた。

 

「うむぅぅー、ここを渡るクマかー?」

 

 これではさすがに四つん這いでは歩けなくなって、木に手をついたくまは不満の混じった低い唸り声をあげた。

 

「でも、そんなに深くはないみたいだから」

 

 橋のようなものは辺りには見当たらないから、歩いて渡るしかない。

 

 幸い水かさはそれほどでもないようだったし。

 

 それにもし仮にこれがその血や毒のあるものだったとしても、二人ともちゃんと靴を履いているのだから、そこまでの脅威ではないとは思う。

 

 それでもこの赤と黒と茶色が混ざった色の川は、躊躇してしまうほどのとても危険なもののように感じた。

 

 形容しがたい水の色味がそうさせているのだろうか。

 

 二人は無言で頷くと、川の中をじゃぶじゃぶと歩いて行く。なるべく靴が濡れないように慎重に足を進めた。

 

 川とはいっても燐の言った通り浅かったから、足首まで水につかることはなさそうだが。

 

 ぱしゃり。ぱしゃり。

 

 歩くたびにぱしゃりと飛沫が上がる。

 色のせいか血しぶきが上がっているみたいに見えた。

 

 気を付けて静かに歩いているつもりでもどうしても水音が鳴ってしまう。

 

 雨音に混じって殆ど聞こえないようなか細い音だったが、燐にはそれがやけに大きな音に感じられたのか、不意に立ち止まるとびくりと首を竦めた。

 

「どうした? 何か、いたクマか」

 

 背後から燐の耳元でくまが聞いてくる。

 

「ええっと」

 

 燐はもう一度首をぐるりと回して周囲を確認すると。

 

「ごめん、気のせいだったみたい」

 

 そう言って顔を赤くして小さく舌をだした。

 

 ……

 ……

 ……

 

 歩幅を狭くして歩いていたせいか、やっとの思いで赤い色の川を越えることができた。

 

 赤い水は霧で覆われた森のずっと奥の方から流れてきているのか、その本元は見えてこない。

 

 そこまで何とも出会わなかったし、何かがあるようなこともなかったから。

 

 何かの死がいのようなものも見あたらなかったわけだし、ひとまずは安心だったといえた。

 

 ただ、雨が少し小降りになってきてもその赤い水の跡は続いていたのだから。

 

 流れを辿っていくたびに、その濃さも匂いも強くなってきているから、もう少し進めば何がが分かるはず。

 

 そう思ってくまも燐もここまで来たのだけれど。

 

「これは……ちょっとおかしいクマねぇ」

 

 訳あり風にそう言ってくまは息を吐いた。

 

 この先に絶対に何かあるだろうとくまは言っていたが、その予想はどうやら外れだったみたいで、匂いを嗅ぐ仕草をみせながら不思議そうに首を傾げていた。

 

「わたしも、何かあるとは思ってたよ」

 

「でも、何もないクマだねぇ」

 

 燐とくまは顔を見合わせた。

 

 ふたりともそれなりに覚悟を決めてここまでやってきたのに、それは空振りに終わってしまった。

 

 白い人影に追い回され続けたせいで、その不安からの妄想というか。

 

 てっきり何かがこちらを待ち構えているものとばかりと思っていたのに。

 

「やれやれ、ボク達は何をしにここにまでやって来たのかねぇ」

 

 くま呆れかえった声でそう苦笑した。

 

 それは燐ではなく自分に対してのものだろう。

 

 当てにできなくなった鼻を指でむずむずと書きながらため息を点いている。

 

「でも、これは続いているんだから、もうちょっと行ってみればきっとわかるんじゃない」

 

 つまらなさそうにしているくまに燐はそう言った。

 

 実際にその血みたいなものはまだ流れてきている。

 

 ただそれが徐々に細くなっていって、ちょろちょろとしたか細い流れになっていた。

 

 もしかしたら粗方出尽くしたのではないかとは思ったのだが。

 

「別にこれが何なのかを知るのが目的じゃないから、このまま無視してもいいとは思うけど」

 

 燐はそう言って辺りを見渡しながらくまにそう促した。

 

 こんな山に入った目的はそれなんかではない。

 風車を見つけるためだ。

 

 燐はそれを忘れていなかったからくまにそう言ったのだけれど。

 

「まあ、燐がそこまで言うのなら行ってみてもいいけど」

 

「ええっ、どうしてそうなるのぉ! わたしは先に行こうって意味で」

 

 すぐさま反論しようとした燐にくまは手を横に振ると。

 

「まあまあ、もしかしたらキミの探している風車も近くにあるかもしれないじゃん。それで、肝心の風車はどうなったクマか?」

 

 以外にもくまも忘れていなかったようで、その所在を見ることの出来る燐に聞いた。

 

「う~ん、やっぱり見えなくなっちゃったままだけど……多分大丈夫だと思うよ」

 

 普通なら燐の言葉には根拠がなく、とても頼りなさげに聞こえるものだったが。

 

「キミがそういうのなら、きっとそうなんだろうね」

 

 何故かくまはその一言だけ言うと、また赤い水の後をたどり始める。

 

 あっさりとしたくまの態度に燐はぽかんと口を開けていた。

 

(それだけ信じられているってことなのかな……わたしの事を)

 

 それは多分。

 

 燐はくまの方ではなく、自分の頭の上の方に視線を向けた。

 

 雨に濡れてしおれていた頭の耳が渇きを取り戻したのか、ふさふさとした毛並みでぴょこんと立っていた。

 

 ……

 ……

 

「ねぇ、ここって何クマか? なんかの工事現場みたいだけど」

 

「普通にそのまんまだと思うよ。工事をするためにここに建てたんじゃないのかなぁ」

 

「ふ~ん、じゃあそれがあんな事に?」

 

 くまは指ではなく首の動きだけでそれを指している。

 

 大き目のドラム缶が置いてあり、それが横倒しで倒れていた。

 

 その衝撃で栓が抜けたのだろうか、丸い口からだらだらと液体を垂れ流している。

 

 その液体は濃い赤色をしていて、それは燐たちがやって来た方角へとまっすぐに流れていた。

 

 つまり、これは。

 

「まあ、そうだとしか思えないよね、これって。ずっとこうだったかは分からないけど、さ」

 

 燐も肩を竦める。

 

「これで、赤い事件は解決なのクマかぁ? なんだかしょぼい結果だよね~」

 

「そんな事、わたしに言われてもねぇ」

 

 獣の耳としっぽをつけた幼い少女たちは、ここまで来た無為な徒労からの呆れた息を吐いた。

 

 ぼやき続けるくまを宥めすかしながらもうちょっとだけ歩いた先の森にそれはあった。

 

 そこだけが開かれた場所となっていて、森を円形に切り開いた所にあったのは幾つかのプレハブ小屋と仮設用のトイレが置いてあるぐらいだった。

 

 後は、工事でつかうものだろうか、何かの道具や資材なんかが雑然と並べられていた。

 

 その中にある円柱のドラム缶からこぼれている液体こそが、ここまで追ってきた赤い水の正体だった。

 

 どれぐらいここに放置されていたのものだろうか、ドラム缶の表面は錆で腐食したみたいに茶色く変色しており、ところどころには苔も生えている。

 

 ドラム缶の真ん中あたりが何かでぶつけられたみたいに大きくへこんでいて、その拍子で横倒しとなっていた。

 

 そのせいでドラム缶の上部の栓が抜けて、中の液体が外に漏れだしてしまったのだろう。

 

 結構な量が入っていたのか、その流れは未だ完全には止まっておらず。流血でもしたかのようにだらだらと赤い液体が垂れ流しとなっていた。

 

 それがさっきの大木の所まで流れてきて、不気味な赤い水たまりを少女達の目の前でつくる原因となったわけだと。

 

「よーするに、取るに足らない理由だったというクマねぇ」

 

 くまはそう結論付けた。

 

 燐もそれには同意をするが。

 

「でも、まあ……あの人影とかがいなくてよかったじゃない」

 

「いたところで今度こそボクが……って、あっ!」

 

「どうかしたの?」

 

 くまがぶるんと手を振り上げると同時に叫び声をあげた。

 

 ぴたりと膠着したくまに燐は近寄って声を掛ける。

 

「そう言えば、ボク……この変な水に触っちゃったんだったよっ!! ひぃーっ!」

 

 くまは目を見開いてバタバタと手を振り回してひとりで悶えていた。

 

 呆気に取られた燐は傍でぽかんと口を開けていた。

 

「あぁ、そういえばそうだったよね。くまちゃん大丈夫なの?」

 

「だいじょうぶって……キミねぇ」

 

 他人事のように呟く燐にくまは怪訝そうな目を向けて口を尖らせた。

 

 実際に、他人事なのだが。

 

「だってさぁ、”何かの血”みたいってだーっていったのはくまちゃんの方だったでしょ。それに自分から触っちゃってみたいだし」

 

「うむむむぅー」

 

 だが、燐の言う通りだったのでくまはそれ以上の声が出せず、今更のように自身の指先を見つめた。

 

 人差し指の先はまだちょっとは赤くなっているようだったが。

 

「念のためその辺の水溜まりで指を洗っておいてみたら? 痒みとか痛みとかないみたいなんでしょ?」

 

「そういうのはないみたいだけど……あーあ、何か面白い事にでもなると思ったのになぁ」

 

 指を立てて暢気なことを言うくまに燐はちょっと訝しく思ったが。

 

「あ、ほらー、あそこの水溜まりなんか良いんじゃない? 変なこと言ってないで早く手を洗ってきなよー」

 

「はいはい。分かったクマクマ」

 

 くまはめんどくさそうに頷くと、少し先にあった水溜まりに赤くなった指だけでなく、両手ごとばしゃっと入れていた。

 

 それを見て燐は軽く息をついた。

 

(そういえば、わたしもくまちゃんと手を握ったりしたよね?)

 

 うーんと燐は考え込むと、足元の近くにあった小さな水溜まりで両手を洗った。

 

 手をぶらぶらとさせながら改めて辺りを見渡してみる。

 

 本当に、ここは何のための場所なのだろう。

 

 こんな変な世界でも工事をするようなところがあるとでもいうのだろうか。

 

 人気はなく、建物と備品だけが野ざらしとなっているけれど。

 

(何か、ここにもちょっと覚えがあるっていうか……)

 

 燐はそのドラム缶の中に一体何が入っていたのかを調べようとしたのだが、大きな缶の表面には何の記載などもされてはいなかった。

 

「工事で使うもののようだし、赤い塗料が入ってただけなのかもね」

 

 それが妥当だと思う。

 

 強い臭いは缶に付着した錆とその液体が、何らかの化学反応でもして出していたとも考えられるし。

 

 変なことでも言って余計な心配させることもないわけだから。

 それ以上のことを燐はもう調べる気はなかった。

 

「……プレハブ小屋……これにも」

 

 小平口町で起こった異変の時に立ち寄った山の中のプレハブ小屋。それと今のこれも酷似している。

 

 その時も雨が降っていたけれど、それらも偶然なのだろうか。

 

 そもそも山の工事現場なんてものは、どこもこんなものではないのだろうかと思うけど。

 

 見たところそこまで特別な感じはない。

 だからこそ疑わしくみえてしまうのだが。

 

 雨霧の中に静かに佇んでいる小屋と資材の残骸に、燐は表情を硬くした。

 

 人の気配がまるで感じられないこともあり、だいぶ前からここはこんな感じで放置されていたの可能性がある。

 

(けれど、もし、あの時と同じ場所だったのなら……)

 

 無言のプレハブ小屋の一つに燐はそっと近づくと、ひび割れた窓ガラスの隙間から中を覗き込んでみた。

 

(やっぱり、誰もいない……)

 

 燐はそれを目視で確認すると、くまが戻ってくるのを待たずにプレハブ小屋へと入ろうとドアに近づいた。

 

「うわっ!!」

 

 そう思って足を踏み出した瞬間、地面が抜けた感覚があった。

 

 落ちるというか滑るような感じで、燐は転げ落ちそうになる。

 

「わっ、とっとっと……!」

 

 まさかの事態にばたばたと無様に足をもがいてはいた燐だったが、すんでのところで立ち止まり何とか地面に転ばずにいた。

 

 雨で地面がぬかるんでいたせいで滑ったのだと、燐は始めそう思っていたのだが。

 

「ここだけ、大きな穴が開いている?」

 

 何かの爆発でもおきたみたいに、プレハブ小屋のドア付近の地面にぽっかりと大きな穴が開いていた。

 

 落とし穴というよりも、何かの衝撃でそこの地面がえぐられたみたいに、大きなすり鉢状となっている。

 

「これって、爆発したっていうよりも、何かが踏んづけていった、とか……」

 

 不思議そうに首を傾げながら燐はそんな呑気な妄想を考えていた。

 

 でも、そんなことができるものがいるとしたら。

 

 燐がそれを頭の中で思い描こうとしたときだった。

 

「燐ー! どうしたクマかー!!」

 

 両手を振りあげながらくまがこちらに向かって走ってきていた。

 

「あっ、そこらへんから低くなってるから危ないよー」

 

「お、おおっ、おー!」

 

 燐の指摘が間に合ったようで、くまは段差の手前できゅっと急ブレーキを掛けて止まる。

 

 くまは少し上の所から辺りを見下ろして小さく口を開けた。

 

「確かに、なんかこの辺からへっこんでいるみたいだねぇ。キミ、もしかして変なことでもしたクマかぁ」

 

 くまは意地悪そうにそう言った。

 

「何もするはずがないでしょ。こんなのわたし一人で出来るはずないし」

 

 抗議する燐にくまは苦笑いをすると。

 

「じゃあ、誰がしたんだクマ?」

 

 そう言って小首をかしげる。

 

「もしかしたら、何かがここに来て荒らしたりしたのかも。くまちゃんが見たのもそれだったんじゃないかなって」

 

「まさか、怪獣でも出たとか言うわけではないクマだよねぇ?」

 

「それはないよ。まだ妖怪のほうがありそうかも」

 

「ふ~む」

 

 燐のその言葉にくまは考え込むそぶりを見せていた。

 

 よく見るとほかにもプレハブ小屋はまだあったようだが、何か重いものにでも潰されたみたいにバラバラになっていた。

 

 中に入っていた資材や工具なんかも、辺りに散乱している。

 

 あの白い何かがここにまでやってきて、荒らしまわった可能性は十分にありそうだけど。

 

(でも、この大きな穴は? こんなのアイツらでもそう簡単にはできそうにないと思うんだけど)

 

 連中でなければ、一体誰がこんなことを。

 

 それこそくまの言う怪獣でもなければ……。

 

「じゃあ、これもあの”のっぺらぼうたち”の仕業なんじゃないの?」

 

「多分、違うと思うよ。あの人影達ならもっとぐちゃぐちゃにしていると思うし」

 

 昔の蛍の家や電車の中でもそうだった。

 

 アイツらは手あたり次第に壊し回っていた。

 それこそ食い尽くす勢いで。

 

「じゃあ、何がいたクマか?」

 

「それは……まだよくわからないけど」

 

 燐は曖昧に頷くと正直にそう言った。

 

 けど、あの白い人影たち以外に一体何がこの山にいるんだろうか。

 

 蛍やオオモト様ともまだ再会をしていないというのに。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいんだけどっ」

 

 くまはぱっと下に飛び降りると燐の手を取る。

 

 その手のひらはまだ少し湿っていた。

 

「ねえ、プレハブ小屋の中を見るつもりなんでしょ? 何かお宝があるかもしれないクマねぇ! ドーナツとかお菓子とかとか」

 

 くまはくるりと表情を変えると元気な声で燐にそう言った。

 

 ……

 ……

 

(……くまちゃんって自由だよなぁ。でも、わたしも昔はこんなものだったのかもね)

 

 勝手気ままに動き回るくまの挙動に燐は呆れ返ると同時にうらやましくも思っていた。

 

 何も考えずに好奇心のまま走り回っていた頃があったんだと思う。

 

 迷惑をかけるとかなんて何も気にしていないで。

 

 それこそ本能のままに行動していたんだと思う。

 

 いつから、周りの目やその空気を気にするようになってしまったんだろう。

 

 いつだって自由なんだと思っていたはずなのに。

 

(何かが、ちょっとづつ切り取られていくって、こういう事なのかも)

 

 大人に近づくたびに大事なものを少しづつ失っていく。

 

 それは仕方のないことなんだろうけど。

 

「でも、わたしは」

 

「おーい、燐!! 早く来るクマ~!」

 

 くまがドアの前で手を振って待っている。

 

「あ、うん!」

 

 本当に子どもの頃に戻ったような気持ちで燐は微笑むと、低く窪んだ坂を駆けあがっていった。

 

 

「じゃあ、燐、開けてみるクマよ」

 

 くまは率先してプレハブ小屋のドアを開けた。

 

 よほど中が気になるのだろうか、大きな瞳が好奇心できらきらと輝いてみえる。

 

 燐は苦笑いしながらくまの隣でその様子を窺っていた。

 

「おっ。鍵は掛かってないみたいだよ」

 

 くまはゆっくりとドアノブを回してみる。

 

 がちゃり。

 

 思っていた以上に大きな音が出てしまい、燐は思わず息をのんだ。

 

 あの変な臭いも人影も見えなかったから一応大丈夫だとは思っているけれど。

 

 流石のくまも少し驚いた顔をみせていたが、構わずにそのままドアを開いた。

 

「んー」

 

 見渡してみたが、プレハブ小屋の中はやはりもぬけの殻だった。 

 

 くまが求めていたものも無ければ、これといって目ぼしいものもない。

 

 あるのは精々、薄汚れている何かの資料や、特に役に立たないガラクタ等が転がっているというだけで。

 

「クマ~」

 

 心底残念そうにくまはため息をつくと、小さな肩を落として即刻、外へと出ようとする。

 

 中を粗方みた燐もくまについてプレハブ小屋から出ようとしたのだったが。

 

(えっ、何?)

 

 閃光のようなものが突然目の中に飛び込んできて、燐は目を手で覆って足を止めた。

 

 外からの光が反射して目に入ったとかではないと思う。

 

 相変わらず雨はふっているわけだし。

 

 何かが部屋の暗がりの中で光っているように燐には見えていた。

 

 ──どうしようか。

 

 燐は迷いの表情をみせるも、その一瞬光った暗闇のさらに奥の方にへと目を見開いた。

 

 何か、見落としでもあったのかもしれない。

 

(こんなとき、ペンライトでも持っていればいいんだろうけど)

 

 強請ったって、ないものはないんだから仕方がない。

 

 いま頼れるのは自分の瞳だけなのだから。

 

「燐ー、さっきから、何をしてるクマか? もしかしてドーナツでも見つけたとかっ!?」

 

 プレハブ小屋から中々出てこない燐が気になったのか、くまがまた中に入ってくる。

 

「だから、そんなのあるわけ……って、あ、ねぇっ、ちょっとぉ!」

 

 空腹で見境がなくなったのか、くまは小屋の中をひっくり返し始めてしまった。

 

 机の引き出しや古い段ボール箱の中身なんかを全部取り出していた。

 

 プレハブ小屋の中がくまがぶちまけたものでいっぱいとなってしまったた。

 

 入ったときよりも散らかってしまい、燐はあきれ果ててしまったが。

 

 からん。

 

 くまが投げたものの中にそれはあった。

 

 燐は疑念よりも先にそれに手を伸ばして拾い上げる。

 

「これって、同じもの!?」

 

 燐が手にしたのはどこにでもありそうな鉄パイプだった。

 

 先端の部分が折れ曲がっていたが、それとは別にパイプのちょうど半分ほどの所がぐにゃりと曲げられている。

 

 故意かどうかは分からないけれど、人の手で簡単に直せるようなものなんかではなかった。

 

 燐は何の気なしにぶんぶんとそれを振ってみる。

 

 長さといい重さといい、燐の手にしっくりと馴染んでくる。

 

(だけど、これはもう……)

 

 使い物になんかならない。

 

 それはよく知っていた。知っていたからこそ、あの時に。

 

(捨てたんだよね……確か)

 

 ダム湖での一件の後のことだった。

 

 やはりこのまま持っていても意味がないだろうと思ったので、他のゴミと一緒に、燃えないゴミの日に捨てた……はずだった。

 

 折角だから取って置けばいいのに。そう蛍は言っていたが、燐はそんな未練がましいものでもないからとあっさりと捨ててしまっていた。

 

 それが、今なぜかこんな所にあった。

 

 特に()()()などは付けていないから、それと同一なものなのかはまだ分からないけれど。

 

「こんな風になった鉄パイプなんかそうそうないんだけど?」

 

 折れた鉄パイプをまざまざと見ながら、燐はもの言わぬそれに話しかけるようにそう言っていた。

 

「……まあ、いいけどさ」

 

 燐はそう言い放つと、その鉄パイプを持って外に出た。

 

 もちろん傘代わりになんかなるはずもない。

 

 折れた鉄パイプになんかなんの価値なんてないことは分かり切っているのに。

 

(何でだろう、またこうして持っているのは)

 

 多分、自分と似ているからだと思う。

 

 折れてしまったのは、固い鉄なんかではないけれど。

 

 ……

 ……

 

 もう一つのプレハブ小屋の中も燐は覗いてみたが、こっちにもめぼしいものは何もなかった。

 

 中を一通り確認し終えるとぱたんとドアを閉じた。

 

「ちょっと燐、いつの間にそっちに行っていたんだクマか? 行くなら行くって言ってくれないと困るクマ~~」

 

 まだ最初の小屋の中を探していたらしく、疲れた表情のくまが声を掛けてきた。

 

「それで、何かあったクマか?」

 

「別に何にも」

 

「ん? それは?」

 

 くまが不思議そうに燐が手に持っているものを指さしていた。

 

「これは……まあ、お守りみたいなものかな」

 

 少し困った顔でそう答える燐。

 

「確かにそんなんじゃ、武器にはなりそうにないクマねぇ。すぐにぽっきりと折れちゃいそうだし」

 

 うんうんとくまは同意をしめす。

 

「そうだね。でもこれって、こっちじゃなくてさっきの小屋の中で見つけたんだよ。実質、くまちゃんが見つけてくれたものなんだけど?」

 

 そう言って燐は呆れたように肩を少しすくめた。

 

「そうだった……クマか?」

 

 どうやらくまの眼中には入っていなかったらしい。

 

「そんな事よりも何か食べるものとか、もしくは傘とかはなかったクマか? おなかが空いてきたのもあるけど、また大降りになりそうな予感もするクマよ~」

 

 どちらの方を優先したいのか、くまはぶるっと身を震わせた。

 

 その拍子でぱしゃっと水しぶきが宙に飛び散って、驚いた燐はその場から一歩飛びのいた。

 

 燐は顔を手でごしごしと拭うと。

 

「確かに、このまんまじゃまたずぶ濡れになっちゃう」

 

 雨が止むまでプレハブ小屋の中でじっとしているのもありかもと思ったが、それはそれで怖いような気もした。

 

 何時また、あの白い顔の奴らが徒党を組んで現れるやもしれないわけだし。

 

 この山の中では姿を一度も見かけてはいないけれど、迂闊な事をしたくはないのが本音だったから。

 

「ねぇ、燐! あれって使えないクマか!?」

 

 くまがやわらに燐の手を引っ張ってぶんぶんと振り回す。

 

 まだ騒ぐだけの元気は十分にありそうだった。

 

「あれって?」

 

 別の考え事をしていた燐はちょっと鬱陶しそうにしながらくまの騒ぐ方へと目を向けた。

 

 その方向には鬱蒼とした深い森があり、その中で一台の重機が蹲るような形でプレハブ小屋と同じように放棄されていた。

 

 これは確か──。

 

「ブルドーザーだよね。って、まさかこれを?」

 

 くまに手を引かれるまま燐はその重機の傍に近づくと、誰も乗っていない重機をまじまじと見つめた。

 

 ”建設”の部分だけは辛うじて読めるが、そこから先の文字は消えていて、どの会社で何のために使われていたものかは分からなかった。

 

 ただ、山中で使うことを考えてのものなのか、そこまで大きくはない。

 

 人ひとり運転する為の操縦席がついているだけで。

 

「これでさ、風車まで行けば安全クマだよ。一人乗りみたいだけどボク達はスリムだから何となかなるんじゃないかな」

 

 そう言ってくまは燐の隣で背伸びをしてみせる。

 

 どうやら互いの身長を比較しているみたいのようだが。

 本気で乗るつもりなのだろうか。

 

 第一これは動くものなのだろうか。

 

 所々が錆びついていて、()も生えているようだけれど。

 

「まあ、くっついて乗れば何とかなるっしょ! さあ、燐これを動かすんだクマっ!!」

 

「ええっ、嘘でしょっ!? だってわたしっ」

 

 くまは燐の手を取って嬉しそうにそう言った。

 だが、燐は困惑した顔のまま固まっている。

 

 いくら何でもこれは大げさすぎるというか、回りくどすぎる気がする。

 

 確かに、何か乗り物にでも乗っていったほうがいろいろと楽なのはわかるけれど。

 

「普通にさ、歩いて登って行った方がいいんじゃないかな。ほら、ここの山道って多分山頂の方にまで続いているような気がするんだ。きっとその間に風車が見えるような気はするし」

 

(多分、そうなんだろうなぁ。だってここは……)

 

 あの山なのだろう。

 

 ナナシ山ではなく、現実の、風車があった山の方。

 

 かつて聡が風車のための測量で訪れた山でもあった。

 

 そしてそれは。

 

(あのノートが置いてあった場所でもあったよね。それに蛍ちゃんも……)

 

 ──青いドアの家の風景から見えたものが、あの白い風車だった。

 

 それに何の意味があるのか最初は分からなかったけれど、今はよく分かる。

 

 未来ではなくて選択肢の一つなのだと、あの人は言った。

 

 それは多分今も変わらない。

 なのにこうしてまた見えているってことは。

 

「でもさぁ、燐は、ちゃんと免許を持ってるんでしょ、これだって動かせるんでしょ?」

 

「いやぁ、無理だって」

 

 確かに免許はちゃんと取ったけど、それは”普通”のものだけだ。

 

 これを動かすには何か”特殊”なものがいるはず。

 それも一個や二個ではないものが。

 

「どーして、どーして、どーしてぇ」

 

 燐の手を掴んで駄々をこねるくまに、燐もとうとう我慢ができなくなったのか。

 

「こんなのわたしが運転できるはずないでしょ! だって、操縦の仕方とか全然知らないもん!」

 

 ざっと運転席の中をガラス越しに覗いてみたが、車と同じようなハンドルとペダルのようなものは一応付いていた。

 

 シフトレバーみたいなものも見えていたから、普通車を運転するのとそんなに大差なさそうにも思える。

 

 でも、よく分からない()()()()()なんかも幾つかあって、燐の素人目線で見てもそこまで単純なものではないように思えた。

 

 どこをどう動かしたらいいのか、流石にちんぷんかんぷんだった。

 

「あ、ふーん、そうクマかー。どうやら、ボクの見込み違いだったクマねー」

 

 からかっているように聞こえるが、何故か落胆したように呟くくまに燐はむうっと頬を膨らませる。

 

「もうっ、無理なものはむーりーなのーっ!! それに大体、こういうのって”鍵”がついているものでしょ?」

 

 燐は手にした鉄パイプを振るって抗議した。

 

 そんなことの為に持ってきたものではなかったのはずなのだが。

 

 だが実際、運転席のドアを開けようとしたけど鍵が掛かって動かなかった。

 

 つまりまず鍵を見つけないとお話にならない。

 そんなのが、どこにあると言うのか。

 

 だが燐は、自分の言った言葉に少しの疑いをもっていた。

 

 ただ、もしかしたら──というのもある。

 

 これとは少し違うことだが、異変の時も放置されていた軽自動車を動かそうとしたときには鍵は掛かっていなかった。

 

 とても都合の良いことだとは思ったが、今にして思えばあれは幸運の力がそうさせていただけだろう。

 

 本人には、言っていなかったことだけど。

 

(でもまた、こんなことになっているよね、これってやっぱり……)

 

 燐が呆然と見送る方向には風車の影すらも見えていない。

 

 だが方向は間違っていない気はした。

 

 コンパスは持っていなくとも、直感というか。

 

「わたしのことを誰かが呼んでいる?」

 

 

 それはこの山というか世界に来た時から感じていたことだった。

 

 一番よく知っている彼女かもしれないし、まったく違うものかもしれない。

 

 それでも行くしかなかった。

 

 耳からではなく、体の内側から響く声のする方へと。

 

 

 ──

 ──

 ── 

 

 





ようやく最近になってマウスを買い替えました。
Logicoolの5ボタンワイヤレスマウスにしましたけど、初めてのワイヤレスかつ電池式だったのでちょっと不安でしたが、今のところは普通に動いてますねー。サイドボタンが楽しすぎるなぁー。
今まで黒っぽいマウスばかり使ってきたので思い切ってオフホワイトにしてみましたけど、ちょっと汚れが目立つかも? この辺は使い方次第ですかねえ。
レギュラーサイズだと小さいかなって思って値段の変わらないLサイズにしてみました。でも、そこまで大きくないし重さもちょうどよい感じですねー。あとは、長く使えればってところですねー。

☆終末トレインどこへいく?

ゆるキャン△3期とほぼ同時期に始まったオリジナルアニメ作品なのは知っていまして、ちょっと気になっていたのは確かだったんですけど、何かその時は見ませんでしたねー。
最終話だけ後から視聴しましたけれど、大まかだけどあらすじだけは知っていたので、終わり方にはある程度納得はいきました。
その後、何となーくまた一話から見だして、結局全話視聴することができましたねー。

で、感想なのですけど……放送当時は(といってもほんの数か月前のことですけど)作品の内容よりも、スケジュール上の遅れで? 過去の話を放送したこととか、最終回目前で急遽総集編が組まれてしまったとかとかのトラブルの方が話題になっていた印象でしたねー。

まあ、だからと言って感想がないほど酷い作品というわけではないのです。
各駅ごとの特徴を捉えた異変が起きているみたいでしたし、90年代のレトロ風味な世界観になっているのも結構好みですしねー。

多分、この作品についての感想なり考察する方も多々いるのでしょうが、私の場合はちょっと違うというか、何か間違い探しみたいになっちゃう? 自分でもよく分かってはいませんが。

でも、最後まで見れてよかった作品だと思っています。
結末よりもそこ行くまでの過程を楽しむアニメだと感じましたー。


ではではー。


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