We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

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 それは、うららかな春の日のことだっただろうか。それとも新緑の眩しい初夏の季節の時だったろうか。

 ともかく。

 ぽかぽかと暖かな陽気に包まれていた日だったことをいまでも覚えている。

 長く続いた雨の影響で碌な食べ物が手元にはなかったので、川で釣りをしようと久しぶりに下山をしたのだった。

 大雨のせいで川は濁っているかと思われたのだが、意外にも水面はきらきらと輝いていて何かが起こりそうな、そんな予感めいたものを感じていた。

 確かに予感は的中していた。

 とても衝撃的というわけではないけれど、一種のターニングポイントのようなものがそこにはあったから。

 あまり関わり合いになりたい相手と、事柄だったのは流石に想定外だったのだけれど。

「やあやあ、絶好の釣り日和ってとこだね。何もかもが輝いてみえるぐらいだよ」

 お目当ての魚よりも先に、変なのに出くわしてしまう。

 そ(・)い(・)つ(・)は聞いてもいないことを早口でべらべらと喋り続けている。

「おおっと大丈夫だよ。川へ入ったりなんかはしないさっ。せっかくの釣りの邪魔をするつもりは全然ないからね!」

「…………」

 いつものことだが、何でコイツはこんなにテンションが高いのか。

 何か変なものでも口にしているのではと危惧してしまうほど。

 容姿も含めて割と目立つ感じではある。
 会うたびに違う衣装を着ているようだが。

 口調が軽いからか、手や足も軽そうな感じがしてしまう。

 偏見かもしれないけれど。

 視界にすら入れたくないので、露骨に無視して通り過ぎようとしたのだが。

「ちょっとぉ、無視しないでおくれよぉ。すっごく寂しいじゃないか。あんなに愛し合った仲なのに」

 後ろから肩を掴むと、よよよと泣きまねをしてくる。

 何でそんな簡単に嘘を吐くことができるのだろう。
 やはり変な奴。

「……何の台詞なんだよそれ、気持ち悪いって」

 そういって手を振りほどいた。

 愛想だけはやたらと良いけれど、実際のところは方々に出向いては小さな悪戯や変な噂を流したりする厄介ものだった。

「またまた~、ちょっとドキッとしたでしょ?」

「別に」

 本心からそう言っているのに、ひょこひょこと後をついてくる。

 そういう時は決まってろくでもない事を言ってくることが多かった。

 何かをするように仕向けてくるとか。
 自分の手は汚さずに。

 要領が良いというか。

「単に、ずる賢いだけだよ」

「何のこと」

 まあ、とにかく。
 まともに関わるとろくなことにならない。
 
 なので軽くあしらう程度にするつもりだった。

「ねぇねぇ、最近仕入れたとっておきの話(ねた)があるんだけどぉ」

「別に聞きたくはないよ」

 言い終わる前に素っ気なく返事をする。

「まだ、何も言ってない……」

「今、忙しいから」

 構うことなく持ってきた釣り竿に餌を付けて、川へと投げ込んだ。

 雨のせいで川は増水していて茶色く濁っていたが、この方が魚を捕るのにはうってつけだった。

 変なのがいなければだけど。

 ちらりと横を見る。

「えっとー?」

 ソイツは懲りずに話し出すタイミングを窺っているようだった。

 ちょっとかわいそうな気もするけど。

 正直、コイツは油断ならない。

 この前だって”最新のすまほ”とか言うのを拾ったと言って見せびらかしに来たのだが、こちらの位置が向こうに特定できるらしく、物々しい姿の人間が山の奥にまで立ち入ってきたことがあったのだ。

 いつものねぐらとは遠い場所に置いてきたから、居場所はバレなかったけど。

 とにかく、危なっかしいやつなのだ。

 そいつはへらへらと笑いながらも、話を続けるつもりのようで。

「ねぇ、知ってるかい? 山間の小さな町の中で”百鬼夜行”が起きたんだってさ」

「ふーん」

「沢山の魑魅魍魎が一斉に蠢きだして、町は壊滅状態になったんだって」

「それは大変だねぇ」

 何を言いだすのかと思ったら……まったく馬鹿馬鹿しい。

 こんな事をしれっと言いだすやつがいるから、魚だって逃げてしまうんだろう。

 一向にかからない釣り竿をじっと睨みつけながら、そんなことを考えていると。

 まだ話には続きがあるようで、こっちの気も知らずに平然としゃべり続けていた。

「それでさ、その町はどうなったんだと思う?」

 よほどその、|四方山よもやま》話の顛末を語りたいのか、肩を揺すってまで話かけてくる。

「むぅー」

 とても鬱陶しい。

 他に話す相手はいないのだろうか。

 いくら肩を揺すられてもこちらは最初から聞き耳などもっていないというのに。

 来るものだって来なくなってしまう。
 
 こんなにうるさくしたら。

 今、何をしているのかが分からないのだろうか、コイツは。

「ねぇねぇ、どう思うどう思う」

 ゆさゆさゆさ。

 これでは埒が明かない。
 
 大げさに息をついて、仕方なくそいつの方を振り向いた。

「どうなったって……壊滅したんでしょ? その町とやらが」

 具体的なことを聞くつもりはない。

 そうだろうと思ったことだけを簡潔に言った。

 でも、これでも精いっぱい答えたつもりだ。

 口をきくことすら面倒くさいのだから。

(コイツ、ホラ話ばっかりだからなぁ……まともな話なんてまともにあったためしがないし)

 そこまで相手をしたつもりはないけれど、碌な話しか持ってこないことは事実だ。

「失礼な。ちゃんとした話もあるんだってば!」

「どーだかねぇ」

「何、その態度。もうお前と口なんか聞いてやらないからなっ」

 そう言ってぷいと横を向いてしまう。

「そうして欲しいよ。こっちだって散々迷惑をこうむっているんだから」

 実際釣りの邪魔をしているんだからどっかに行って欲しいのだけど。

「だからぁ、本当の話ばっかりなんだって! まあちょっと盛った話もあるかもしれないけどさ」

(ちょっとじゃなくて、全部そうじゃないか!)

 直接そう言ってやりたいが、前みたいに喧嘩になっても困る。

 自分ほどではないが、まあまあ腕の立つやつだし。

 仕方ない、そう自分に言い聞かせながら、もう少しだけこの事に付き合うことにした。

「やれやれ……で、妖怪が出たのってどこの町なのよ。もしかして退治にでも行けってこと?」

 単刀直入に聞いてみる。

 どうせぐだぐだとまどろっこしく喋るだけだから、すぱっと真意を尋ねる方が話がはやい。

 所詮、妖怪退治なんてものは何の得にもならないことだけど、動物や山が荒らされる事態となることは放っておけないことだから。

 人間の方はまあ……ちょっとぐらいは減ってもいいのではと思っている。

 数だけはやたらと多いのだから少しぐらい数が減ったって影響はそんなにないというか、むしろその方が良いまでありそう。

 こういった騒ぎは大概、自分勝手で欲深い人間が関与していることが多かったし。

 これは予感だが、この事柄も多分そうではないかと思う。

 犠牲となった人には悪いけど、いい薬になったのではないかと思うんだ。

 人間とは、とかく傲慢な生き物なのだから。

「いや、そうじゃなくて」

「?」

 急に歯切れが悪くなったので何事かと首を傾げる。

 大方、町の住民が妖怪に食べられてしまったとかで、その後始末をしたらどうかと言ってくるかと思ったのに。

 何で、自分がそんなことをする羽目になってしまうのだろうかという疑問はあるが。

 他の皆よりもちょっとだけ力が強いという理由だけで面倒事に駆り出されることが割とある。

 責任とかそんなことは知ったこっちゃあないのだが。

(っていうか、何に対しての責任なんだか……)

 自分でも本当によくわからない。

 人間の言う義務とか責任とかが、こんな自然の山中においてもあるというのだろうか。

 でも、別に好き勝手しているというつもりはないし、割と分別はわきまえているつもりなんだけど。

 魚を捕るのだって、いきなり川の中に入ったりはせずに、ちゃんと釣り竿で釣ろうとしているのだし。

「その町の住人の殆どが屍人(しびと)になったみたいなんだけど……」

 ほら、やっぱり。

 そんな事ではないかと思った。

 だが、予想が当たったわりには、喜びはせずにむしろ呆れてかえってしまう。

 そんなことになったのはおそらく人間が変な事をしでかしたせいからだろう。

 所謂”ツケが回った”というやつだ。

(つくづくしょうがないなぁ、人間というやつは)

 ひとりでうんうんと納得をしていると。

「でもさ、町も人も何ともなっていなかったんだ。本当に変な話なんだけど」

「何ともって?」

「何ともは何ともだよ」

 さも当然のことのように指を立ててそいつはしょうもないことを言い放つ。

 つくづく癇に障るやつだとは思うが。

「つまり、全て元通りになったってこと。化け物も全部居なくなってたし、町の住人も家も一つも減ってなかったって話なんだ」

 身振り手振りを交えてそう話す。

 それは何というか。

「それじゃあ、何でそんなことが起きたっていうのさ」

 わけが分からなくて、つい食って掛かりそうになった。

 ソイツは首を横に振ると。

「分からないよ。ヒヒもそこに居たっていうんだけどなあ」

(ふうん、”ヒヒ”ねぇ……)

 とても大きな化け猿の噂はこっちにも届いていた。
 
 相当な悪さをする大猿のようだが、随分と前に退治されたらしい。

 噂とは違い、生きていたのだろうか。

「で、そのヒヒの行方は?」

「それも良く分からないよ。でも、化け物みたいなものは全部消えてしまったって話だからヒヒも居なくなっちゃったんだろ」

「何だかいい加減だなあ」

「そんな事言ってもねえ。わたしだって実際良く知らないんだよ。伝わってるのはほんの一握りの微かな情報だけなんでね」

「だったら、言いふらさなきゃいいことじゃん」

「まあまあ、そういうのが面白いんだって」

 そう言って含み笑いを浮かべている。
 
 ほんとうに嫌なやつというのはコイツのようなのを指すのだろう。

「じゃあ結局、元の木阿弥(もくあみ)になってるじゃないか。何の意味があったんだそれ?」

 散々勿体ぶった話の割に、何の意味のない内容だった。
 
 心底疲れた顔で息をまた吐き出してしまう。

 一向に魚が釣れないから、暇つぶし程度に話を振ってみたのだが。
 その暇つぶしにすらもならなかった。

「でも、ちょっとはその町も変わったみたいなんだよね、見た目には変わってないみたいだけど」

 それでは何が変わったというのだろうか。
 人も家も変わってないというのに。

「流れが変わったとかはどうだろう? ちょっと詩的すぎるかねぇ」

「何を言っているやら」

 もはやどうでもいい事だった。
 そこまで興味を惹かれるものではなかったのだから。

 結論を出すとするのなら。

「無意味だった、マジで」

 何一つ掛からない釣り竿を戻す。

 案の定、餌だけが綺麗になくなっていた。

 もうため息を吐くことすらも疲れて、無言のまま立ち上がる。

 まだ日は高かったけれど、もう気が乗りそうにない。

 多分、今日は時化(しけ)なんだろう。

 唯一の釣果といえば、無駄話にほいほいと釣られてしまった間抜けな自分だけだ。
 
「ちょ、ちょっと待てってば」

 帰り支度をし始めたのを見て、慌てて声を掛けてくる。

「まだ何かあるの」

 これ以上変な話を聞かされたら、自分の方から喧嘩を売ってしまいそうになる。

 こちらが睨みをきかせていることに気付いたのか、たどたどしい口調で話す。

「どうやら、町に妖怪が溢れることになったのは、全部”座敷童”の仕業らしいんだよ」

「座敷童……?」

 どこからそれが出てきたんだろう。
 訝しげに眉をひそめる。

 座敷童のことも少しは知っている。
 
 上げた家に幸運を呼ぶ妖怪だったような。

 でも、そんなのに百鬼夜行のような大それた事ができるとは到底思えないが。

「それに、別の妖怪もいたみたいなんだ そっちは良く知らないけど」

「不確かなことばかり並べられてもねぇ」

 ヒヒや座敷童の他にも別の何か化け物がいたとしてもそれがいったい何なのだろう。

 そんなに珍しいものでもないし、コイツの相手だけでも面倒なのにもう勘弁してほしい。

「どーせ、いつものガセネタだろう? そんなのもう聞き飽きたよ」

 実際にそうだったのだから肩をすくめて呆れ返る。

「これは、有力筋からの情報なんだよ。本来なら見返りに何か欲しいぐらいさ」

「どうせ他の妖怪からの情報じゃん。妖怪の言うことなんか9割方嘘みたいなものじゃないか」

 その言葉に眉をぴくりとさせると、急に声色を変えた。

「むうっ、それは聞き捨てならないことだよ……これで食っていってる身としてはさぁ」

 どうやら怒らせてしまったみたいだ。

 こんなのでもプライドを傷つけられたと思うのか、唇を尖らせて抗議してくる。

 やれやれと少(・)女(・)は頭を掻くと。

「まあ、暇だったら話ぐらいは聞いてあげるよ。”仲間”としてね」

 それだけを言うと踵を返してその場を後にした。

 まだ後ろでぎゃあぎゃあと喚いているようだけれど、もう視線を送ることすらもしなかった。

(まったく……何を言いだすかと思えば、あの”河童”……いつもの与太話かよ)

 所詮、噂好きの河童(かっぱ)が言っていることだから。

 真に受けるどころか、話に長い尾ひれがつくことなんてザラなことだ。

 話半分でも聞いてあげるだけ優しい方だろう。

 それに。
 そんな胡散臭いことになっていたとしても。

 わざわざ近づかなければいいことだ。

 とりあえず、この山の近辺ならばひとまずは安心だろう。

 その騒ぎのあった町はここよりもずっと遠いところにあるみたいだし。

 山の奥にまで人間が来ることだってたまにあるけど。
 それだってまあ、死なない程度に脅かしてやればいいわけなのだから。

 す(・)ま(・)ほ(・)なんてものがあろうがなかろうが、人間が恐れるものはずっと変わってはいないのだから。

 この靴を置いていったあの子だって。

(しかし、座敷童にヒヒ、それと……なんかよくわからない妖怪風情か……)

 それぞれが同士討ちでもしてくれたら良いのだけれど。

 そう簡単にはいかないんだろうなあ。
 何せみんな化け物だろうだから。

「ふぅん」

 自分のねぐらへと帰ろうとしたその足がぴたりと止まる。
 
 まあ、そういうのもありっちゃあアリか。

 力なんていつでも有り余ってはいるし、最近はずっと退屈していたから。

 ぬるいっていうか、ずっと平坦すぎて。

 でも、わざわざ山を下りてまで力試しに行くなんて、それこそ、おとぎ話の”クマ”じゃないけれど。

 まあ、ちょっとぐらいは楽しめるかもしれない。

 人間や動物たちとは違ってそう簡単には壊れたりはしないだろうし。

(見掛け倒しじゃなければ、ね)

 それに、最近山がざわついている事と何か関係があるのかもしれない。

 おかしな兆候も度々垣間見えるし、流行り病のように伝播していくものもあるから。

(とりあえず、腕試しがてら見にいってみっか)

 決して、物見遊山とは違う……はず。
 
 そうと決まれば。

「お~い、その話もう少し詳しく、そして分かりやすくボクに聞かせろクマ~!!」

 くまはくるりと身を翻すと、あたまの耳をひょこひょこと揺らしながら、さっきの河童がいたところまで足早に戻っていった。

 ……
 ……
 ……




Forgotten Fairy Tales.

 

 ──全く、何だってんだよぉ。

 

 良く分からない妖怪こそが”ダイダラボッチ”だったわけなんだけど。

 

 何が”あんなのはただデカいだけの木偶の坊”なんだか。

 

 そもそも、巨人ですらないし。

 

 いくら姿かたちを自由に変えられるからって、あんなのはもう妖怪ですらない。

 

 ただのクラゲと言うにはいろいろと規格外すぎるし。

 

(結局……アイツはなんなんだろう……)

 

 ク(・)ラ(・)ゲ(・)だったら大人しく水の中でぷかぷかと浮いてろって話だよっ。

 

 あんなに馬鹿でかくて、空に浮くこともできるなんて。

 そしてあんな攻撃も。

 

 恐怖するというより、馬鹿馬鹿しさの方がこみあげてしまう。

 

 本当に……バカみたい。

 

(そもそもボクは、何をしにこんな所までやってきたんだっけ……)

 

 こんな変てこな世界になんか。

 

 微睡んだ思考で考える。

 

 確か最初はそうじゃなかった。

 

 でもいつの間にか巻き込まれてしまって、そして。

 

(どうなったんだっけ……)

 

 イマイチよく分からない。

 

 自分が今どこに居るのかさえ、定かになっていない。

 

 それこそプカプカと浮いているみたいにすら思える。

 

 何か肝心なものが抜け落ちてしまったような喪失感と、包まれるような暖かな安堵を同時に感じた。

 

 どちらがほんものの感覚かは分からない。

 

 けど、今はどっちだってよかった。

 

 夢でも、現実でも。

 

(そういえば、自分と同じような姿をしていた彼女はどうなったんだろう……?)

 

 世界を変えるスイッチがどーたらとか言ってたようだけど。ちゃんと見つけられたのだろうか。

 

(ダメだったのかなぁ、やっぱり)

 

 その可能性のほうが強い。

 

 多分、無理だったのだろう。

 

 そう──自分のように。

 

 ……

 ……

 ……

 

「わあっ!」

 

 急に息苦しい所から解放されたみたいに大きな声をだして飛び起きた。

 

「何だ、ここ!? それに……何となく見覚えがあるような……そうではないような?」

 

 どこかの部屋の中だろうか、自分以外誰の姿もない。

 

 軽く周囲を見渡してみる。

 

 部屋の中にはどこにでもありそうなテーブルやテレビなんかが置いてあるだけ。

 

 これと言って特に気になるようなものもなく、普通の特徴のない部屋といった様相だった。

 

 こんな普通の所なんかは、見覚えなんてそれこそ幾らでもありそうな気はする。

 

 特別なものなんか見当たりそうにない。

 

「このソファで、寝てたみたい……」

 

 少し大きめのソファの上で寝かされていたようだった。

 

 ソファも普通のものだし、枕代わりに置かれたこのクッションだって、別に変わりのない無地のものだ。

 

 体の上に乗せられていた薄めのシーツも異常とかは見られない。

 洗い立ての洗濯の匂いが微かにするだけで。

 

「痛たぁ!!?」

 

 また叫んでいた。

 

 何にもぶつかってなどいないはずなのに、なんだか体がすっごく痛い。

 

 ともすれば頭がおかしくなりそうなほど、体のどこかしらが激しい痛みを訴えている。

 

 思わず肩口を手で押さえていた。

 こうしていた方が少し楽な気がする。

 

 ずきずきと酷く痛む肩を睨みつけながら、軽く手でさすってみる。

 

 骨が折れたりとかはしていないみたいだがまだ痛みが治まるような感じはない。

 

「はあっ」

 

 痛くて苦しくって、ついため息がでてしまう。

 

 その瞬間、眩暈と気だるさを同時に感じとって、”くま”はまたソファへと倒れ込んでいた。

 

 思っていたよりも柔らかいソファのようで、ふわふわとした感触が心地良い。

 

 雲の上にいるみたい、とまではないが。

 このまま、またちょっとだけ眠っていたい気分になった。

 

 何もかも忘れて、心地よい微睡みに身を任せて本能のままに。

 

(これってまた冬眠……? でも、ちょっと違うような……)

 

 くまがそれを認知したとき。

 胸にさっと黒い影がよぎる。

 

 物理的なものなんかではなく、もっと深い、真っ黒な……死への予兆。

 

 それが訪れる瞬間、体も心も多幸感に包まれると聞いたことがあるが。

 

(これが、そうなのか……?)

 

 もしかしたら、相当ヤバイ状況なのかもしれない。

 

 走馬灯みたいなものはまだ見えないけれど、目の前が真っ暗なのにさっきから瞼の奥にちかちかと何かが瞬いてみえている。

 

 光というか星みたいなものが。

 

 これと似たようなものをずっと昔に一度経験したことがあった。

 

 木に縛りつけられて鉛を浴びせ続けられたあの時と似たような感覚が、奥底の方から這い上がってくる。

 

(あの時は瀕死だった……じゃあ今は……?)

 

 どくんどくんと鼓動が激しく耳に聞こえてくるようになる。

 

 内側から聞こえてくる暗い音が、足や手の先からぐねぐねと響き、這いまわってくるように感じられるようになる。

 

 言いようのないおぞましさが全体にまで、どくどくと広がっていく。

 

 手も足も目も口も。心臓すらも重く固くなっていくような感覚が止まってくれない。

 

 鼓動だけがすべてを埋め尽くしていく。

 

 もう戻れない階段を一歩づつ登って行くように、着実にそこへと向かっていく。

 

 刃を受けてしまったんだろう。

 

 致命傷となるような深い刃を。死神の大鎌で切り付けられて。

 

 自分で気づいていないだけで、すでに体は真っ二つになってしまっているのかもしれない。

 

 自分の輪郭が分からなくなった。

 

 両手で握りこぶしをつくってみる。

 

 軽くじゃなくてぎゅっと握る。

 

「……っ」

 

 いたいのも苦しいのもずっとこのままなのだろうか。

 

 ならばいっそのこと、とか思ってしまう。

 

 それでも後悔はない。

 

 なるべくしてなってしまったんだろうし、それに。

 

(次は、ちゃんとした人間か、それとも熊なのか……)

 

 このまま身を任せるしかない。

 

 泣きわめく気力も沸いてこない。

 

 やれることと言ったら、だまって蹲ってることだけ。

 

 何物にもならずにこのまま無様にソファで沈んだとしてもそれはそれで仕方がないことなんだろう。

 

 そうなる運命だっただけのことだ。

 

(それにきっと、あの子だって……)

 

 頭に浮かんだのは、最近出会った少女達……ではなくて。

 

 靴をもらったあ(・)の(・)女(・)の(・)子(・)のことだった。

 

 てるてる坊主みたいに、ぶらんと木に吊るされていたあの少女の姿が。

 

 最後にぽわんと脳裡に浮かんだ。

 

 ……

 ………

 …………

 

 ぺろぺろぺろ。

 

 なんだか頬がちめたい。

 

 気のせいかとおもったけれど、このざらっとした感触はそうではないといっていた。

 

 何かが自分の頬を舐めている?

 動物か、それとも別のものか?

 

 海月は舐めたりしないから大丈夫だと思うが。

 

(大丈夫って、なにがさ)

 

 意味のない自問自答をしていると、不意に耳元で声がした。

 

「くぅん」

 

 鳴き声と一緒にせわしない鼻息のようなのも聞こえる。

 

 すんすんと気ぜわしい音が顔中を這いまわっている。

 

 その間もずっと舐められているようだが。

 

 頬だけならまだしも、首筋や耳にまでも舌を這わせてくるのにはさすがに。

 

(コイツ……まさかボクを食べる気か……!)

 

 犬か狼か、自分を食べようとしている?

 

 それはクマだから?

 いや、厳密にはクマではないが?

 

 自分でも何を言っているのか分からなくなる。

 

 そもそも熊が犬や狼に後れを取るようなことはない。

 

 例え群れで襲われたとしても。

 

 ともかく瞼を開けようとした。

 

 不快と言うか、食べられたりする前にべとべとになる気がするから。

 

(せっかく気持ちよくしてたのに)

 

 無理やり覚醒するといきなり上体を起こそうとする。

 

 その瞬間、ぬるんとしたものが、自分の鼻と唇にべちゃりと押し当った。

 

「きゃあっ!?」

 

 甲高い声をあげてぱっと跳ね起きる。

 

 勢い余ってソファから転がり落ちてしまうも、一瞬の判断でくまは身体を横に捻ると、ふらつきながらもつま先で床に着地した。

 

 自分でもびっくりしたのか、しばし呆然となる。

 

「あら、大丈夫?」

 

 何に対してのことなのか。

 

 半開きの目で声のした方に視線を向ける。

 

 そこで目に飛び込んできたのは。

 

「やっぱり、キミらか」

 

「わんわんっ!」

 

 何となくそんな予感はしていたが、自分の顔を舐めていたのは案の定サトくんだった。

 

 そしてその横に立っているのは。

 

「目が覚めたのね」

 

「ざっきぃ……じゃあもしかしてここは……?」

 

 静かで優しい声が投げかけられた。

 

 黒髪のおかっぱ頭の少女──座敷童に。

 

 すり寄ってきたサトくんの顔を手でもみくちゃにしながら、くまは改めて周囲を見渡す。

 

「青いドアの家の中よ」

 

 オオモト様は自分からその名を言った。

 

 何もない世界で一軒だけぽつんと立っているその家の名前を。

 

 名付けたのは別の少女だったけど、その名前をオオモト様も気に入っていたのだ。

 

「なぁ、キミは……ほんものの”ざっきぃ”なのか?」

 

 くまは何よりも先にそんなことを聞いていた。

 

 こくり。

 

 ”オオモト様”は静かに頷く。

 

「ええ、そうよ。その呼び方にはあまり慣れていないけれど。これでは納得できないかしら?」

 

 何故かオオモト様は自身の着物の帯を解こうとしていた。

 

 まるで何か証拠のようなものがあるみたいに躊躇いもせずに。

 

「ちょっ、何をする気なんだよ!」

 

「だって……」

 

「も、もう分かったからっ」

 

 そう言ってくまは掌を向けた。

 

 そう、と言ってオオモト様は少し残念そうに手の動きを止める。

 

「全くもう……」

 

 くまは深い息を吐きだしていた。

 

 ようやく落ち着くことができたという感じで、胸を撫でおろしているようだった。

 

「キミ達今まで一体どこに居たんだよぉ。ずっと探していたのに」

 

「ごめんなさいね。でも、わたし達はあなたのすぐ近くで見ていたのよ」

 

「わうん!」

 

 サトくんもそう言っているようだった。

 

「近くって……? 全然姿なんか見えなかったけどぉ」

 

 これでも人よりかは大分視力は良い方だから、見落とすようなことはないはずだ。

 

 どこかで隠れて見ていたとかなら別だが。

 

「すぐ近くだけど、辿り着くには少し遠いところなの」

 

「それって、なぞなぞか何かクマか?」

 

(まだ起き抜けだからかな……ざっきいが何言ってるのかさっぱり分からないや)

 

 くまは指先で軽く額を押さえると、とりあえず今知りたいことを聞いてみることにした。

 

「それでさ、ボクって結局どうなったわけ? 確か……雪山にいたはずなんだけど」

 

 変な質問になってしまったが、今はどうみても違う所にいる。

 

 それまでの経緯が知りたいのだ。

 この二人は何か知ってるようだし。

 

 すると、オオモト様は可愛らしい顔立ちを少し曇らせて言った。

 

「あなたは、倒れていたのよ。だからここに連れてきたの」

 

「倒れていたって……!?」

 

 その言葉に少しづつ記憶がよみがえってくる。

 

(あの雪山で、変なクラゲに襲われて、それで……)

 

 そこからの記憶がなかった。

 

 だが、倒れていたということは。

 

「もしかして、負けたとか……そういう感じ、だったクマか?」

 

 くまは恐る恐る尋ねる。

 

 薄々分かっていたことだったが、それでも聞かずにはいられないことだった。

 

「ええ。そんな感じだったわ。くまにも思い当たる節があるのでしょう?」

 

 そう言って、オオモト様は先程と同じように静かに頷く。

 

「やっぱり……そうだった、んだ……」

 

 躱せたと思ったのに。

 

 やっぱり、あの化け物に負けてしまったんだ。

 

 それはくまにとってとても我慢ならないことだった。

 

 しかも同じ相手に一度ならず二度も敗北を期するなんて。

 

 屈辱以外何物でもない。

 

「うがうううっーーー!!」

 

 くまは掻き毟らん勢いで咆哮をあげていた。

 

 それは怒りと悔しさの混じった鳴き声のような声で。

 

 耳をつんざくほどの雄叫びだったのだが、オオモト様は微動だにしない。

 

 むしろ見守るように見つめているだけだけで。

 

「はぁ、はぁ、畜生!! もう……!」

 

 一通り叫び終えたくまが、目を赤く腫らしながら荒い息をついている。

 

 まだ体はぎしぎしと痛む。

 

 けれど敗北をしたという事実の方がくまには辛かったのだ。

 

「でも、あなたはこうして生きているわ。それは悪いことじゃないのよ」

 

 くまの手の上に白い手がそっと重ねられる。

 

 雪のように真っ白な手のひらだったけど、確かな温もりを感じた。

 

 頑なだった心が絆されていくように、くまの表情も落ち着いたものになっていく。

 

(確かに、それはそうだけど……)

 

 負けはしたようだけど、こうして生きているのも事実。

 

 恥をさらしてまでとか、そういうのはないけど。

 

「ね、ねぇ、ざっきぃ。ちょっと頼みごとがあるんだけど」

 

「何かしら」

 

 落ち着きを取り戻したくまにオオモト様は笑顔でこたえる。

 

「あの二人……”燐”と”蛍”はここにはまだ来ていないよね?」

 

「ええ、それが?」

 

 オオモト様が言い終わる前にくまは口を開く。

 

「だったら、またボクをダイダラボッチの所に連れて行ってほしいんだ。きっと二人の所にいると思うから」

 

 くまは確信をもってそう言った。

 

「もう、知ってるんだろう? あの化け物みたいなクラゲのことは」

 

 くまにそう聞かれてもサトくんもオオモト様も返事をしない。

 

 知らないから返事をしないのではなく、知っているからこそ答えないのだと、くまはそう思っていた。

 

「どうして、そう思うの」

 

「くまの勘がそう言っている。それに……彼女たちとアレは何か関係がある気がするんだ。例えば、あの町の異変。ヒヒの時みたいに」

 

「ヒヒ……そうね」

 

 オオモト様は少し眉を寄せる。

 

 サトくんもしおらしく耳をぺたんとさせていた。

 

「ボクは、あの二人を助けなくっちゃならない……!! これはボクのせいでもあるのだから。ねぇ、お願い。あそこへの行き方を教えてほしいクマっ!!」

 

 手を握り合わせてくまはそう懇願する。

 

 ここまで何かを願ったことなんてない。

 

 だけどそれしかもう方法がなかった。

 

「……」

 

 オオモト様はしばらく黙っていた。

 

 なにかを考えているというよりも、ただ時間が過ぎるのを待っているみたいに、じっと瞼を閉じている。

 

「ざっきぃ!!」

 

 堪えかねたのかくまが大声で呼びかける。

 

 オオモト様は静かに目をあけると閉じていた唇をほどく。

 

 そして静かな声でくまに言った。

 

「その必要はないわ」

 

「なっ……!」

 

 くまは唖然となってそれ以上の言葉が出てこない。

 

 つまり──見捨てられた?

 

 この座敷童に。

 

「……っ!!」

 

 くまはオオモト様を睨むように見つめる。

 

 そのオオモト様はまた目を伏せてしまう。

 

 それを拒絶と感じとったくまは。

 

「あはははっ、やっぱりそうか。座敷童はそうやって人間を裏切るやつだったクマねっ!」

 

「…………」

 

 何も答えないオオモト様にくまはさらに捲し立てる。

 

「だってそうでしょう。幸運を与えるのに、それが歪みとなってあんな大規模な異変を起こしてしまった。人に一時の夢を与えておきながら最後はそうやって人を裏切るんだ!」

 

(座敷童……いや、妖怪なんてみんなそんなもんじゃないか!)

 

 人や町を混乱させるだけで、大体が碌なことをしていない。

 

 世間や人々を混ぜっ返したあげく、結局は何の意味がなかったってことばかりしでかす。

 

 ──人間にとって迷惑な存在。

 

 それが妖怪の正体ってやつなんだろう。

 

 何の為に生まれたんだろうなんて思ってしまう……ボクたちは。

 

 一体、何をするための存在として。

 

「くま、わたしは」

 

「もういいよ! ボクはひとりでも向こうへ行く方法を探し出してみせる。確か、あの時はテレビからあっちに行けたから、これを壊せば……もしかして」

 

 くまは前に向こうの世界に行ったことを思い出すと、リビングの壁に掛けてある液晶テレビに狙いを定めた。

 

「あの時はでたらめにチャンネルを押してたけど、そんなまどろっこしい事はもうしてはいられない! こんなの叩き壊すまでクマっ!!」

 

 くまはテーブルの上に立つと、電源の入っていない真っ黒な液晶テレビに向かって拳を構える。

 

「南無三(なむさん)っ!!!」

 

 吠えたくまが拳を思いっきり振り上げようとしたその時だった。

 

 不意に白いものが飛び込んできて、くまは素早く身を翻した。

 

「わうっ!!」

 

「サトくん!?」

 

 サトくんがテレビの前のテーブルの上に飛び乗って、牙をむいてくまを牽制する。

 

 くまは一瞬怯んだ様子を見せたが。

 

「いつか、こうなるんじゃないかって思っていたクマよ……キミと決着をつけるときがねっ!」

 

 敵対するサトくんにくまはむしろ迎え撃つ構えをとっていた。

 

「うーっ」

 

 低い唸り声をあげるサトくん。

 くまも両手をあげて威嚇のポーズをとる。

 

 二匹の獣による一触即発の状態が続くかと思われたのだが。

 

「待って」

 

 サトくんとくまとの間に、ずっと黙っていたオオモト様が割って入ってきていた。

 

「むうっ、今更何をしに来たクマっ」

 

 くまはあからさまに不満そうな顔になる。

 

 オオモト様は困った顔で軽く微笑むと。

 

「ごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないのよ」

 

 そう言ってオオモト様はくまに頭を下げた。

 

「でも、ボクは──」

 

 くまは聞き耳を持とうとしないのか視線を逸らしたままだった。

 

「だったら、くま。わたしと勝負をしましょう」

 

「勝負って……キミと?」

 

「勝てたらあなたの望むようにしてあげるわ。でもここは狭いから家の外で」

 

(うーん、ざっきぃと勝負ねぇ……)

 

 サトくんならともかく座敷童とじゃ、ねぇ。

 

 きょろきょろとくまは周りを見渡す。

 

(そんなにこのテレビが大事? いや、この家がそうなのか?)

 

 一瞬考え込むような仕草をみせると。

 

「分かった! その勝負受けてたつクマ! でもボクが勝ったら約束を守ってもらうクマよ!」

 

「ええ。分かったわ」

 

 オオモト様はためらうことなく頷いてみせた。

 

 サトくんはまだ威嚇するように低い声を出していたが。

 

「あなたは何も気にしなくていいのよ」

 

 囁くようにそういって白い犬の頭を撫でる。

 

「くまの言う通りだと思うわ。でも、座敷童は何のためにいるのかなんてわたしもに分からないことなのよ」

 

 オオモト様はくまの方を向き直して微笑んだ。

 

 衒いのない純粋な少女の顔を見て、何故かくまは顔を赤くさせる。

 

「どうしたの、くま?」

 

 急におとなしくなったくまを見て、サトくんも牙を剥くのをやめると、くぅんと甘えた声をあげていた。

 

 二人から心配されるような目で見られていることが恥ずかしくなったのか。

 

「と、とにかくボクは先に外に出てるからっ! 待ってるクマよっ」

 

 それだけを言うと、誰とも目を合わせずにそそくさとリビングから出て行ってしまう。

 

 脱兎のごとく逃げだしてしまったくまに二人は顔を見合わせる。

 

「どうかしたのかしらね?」

 

「わうん」

 

 一時、嵐のようだったリビングに、白い静寂が戻っていた。

 

 ……

 ……

 ……

 

 玄関を開けて外に出ると、不敵な笑みを浮かべたくまが待ちかねたように突っ立っていた。

 

「逃げずにやってきたことだけは褒めてやるクマ!!」

 

「そう、ありがとう」

 

 逃げるもなにも玄関の前で待ち構えていたのだから。

 

 くまの方が来るのを待っていただけだった。

 

「まあ、でも単純な力の勝負だとボクが圧倒しちゃうだろうしなぁ」

 

 指をぱきぱきと鳴らしながらくまが嘲るように笑っている。

 

 それに対してオオモト様は、そうねと一言だけをいった。

 

「せっかくだから、ざっきぃの得意な事で相手をしてあげるクマ。そのぐらいのハンディがないと勝負にすらならないだろうし。さぁ、何でもいいクマよ」

 

 我ながら妙案とばかりにくまはオオモト様にそう提案をした。

 

 オオモト様はそっと瞼を閉じる。

 

「くま。本当に何でもいいの?」

 

 オオモト様は静かな口調でそう聞き返す。

 

 くまは感触を確かめるようにぐるりと片手を回すと。

 

「もちろん! くまに二言はないクマ!」

 

 くまは何故か得意げにピースサインを出していた。

 

 呆れたような目でサトくんがくまを見ていたのは言うまでもないことなのだが。

 

「じゃあ、これでも良いのかしら? 得意なものってこれしか思いつかないから」

 

 オオモト様の白く小さな手で持っているのは色とりどりの糸でかがられた、あの手毬だった。

 

 それをくまに見せるようにして両手で持っている。

 

「そ、それクマか……?」

 

 さすがのくまもそれは思っていなかったから、呆然と口と開けている。

 

「ええ」

 

 そう即答をする。

 

 くまは眉を寄せて頭をかかえていた。

 

「もしかして、くまはやったことがないのかしら」

 

 オオモト様はそれが当然のように言ってくる。

 

「そ、そんなわけないじゃないかっ。ただボクは毬をもっていないから……」

 

 わざとらしく両手を広げたくまがそう弁明をするも。

 

「ちゃんとあなたの分もあるわよ」

 

 どこから取り出して来たのかオオモト様はもう一つ毬を手に持つとはいとくまに手渡をする。

 

「これならあなたとできるわね」

 

 にっこりと微笑むオオモト様。

 

 だがくまは受け取った手毬を見つめながら、困ったような表情で立ちつくしていた。

 

 ……

 ……

 

「それで、どうするクマか」

 

「どうするって?」

 

「勝負のやり方クマよっ!」

 

「やり方……?」

 

「もしかして、考えてなかったとか」

 

「ええっと」

 

 くまとオオモト様は互いに首を傾げている。

 

 手毬を持ってはいるものの、まだ何も始めてはいない。

 

(得意とか言っていたから、てっきり何か言ってくるかと思ったんだけど)

 

 目の前の座敷童は毬を手に取ったまま何もしようとはしなかったので、くまは眉をひそめていた。

 

「つまり毬の遊び方クマよっ! 何かこう、一つぐらいは知ってるでしょ?」

 

 なんで勝負を挑まれたこっちの方からそんなことを言わなくはならないのか。

 

 くまは理不尽な思いを抱えてながらそうオオモト様に提案をした。

 

「ええ、そうね」

 

 今気付いたようにオオモト様はそういうと、自身の手の中を毬を見つめた。

 

 くまに渡し手毬も同じように毬の表面は様々な彩の糸でかがられていた。

 

 だからと言って完全に同じものではない。

 

 それは作った場所とか人とかが違うという意味ではなかった。

 

「わたしはいつもこうやって毬で遊んでいたのよ」

 

 不意にオオモト様は毬を上に放り投げる。

 

 ぽんという小気味良い音と共に舞い上がる球体。

 

 青い空に浮き上がった毬はくるくると回転する。

 

 変化する模様。

 その様子をくまは口を開けてみていた。

 

 そしてオオモト様の手の中にすっと帰っていく。

 

 オオモト様はすぐさま毬をまた放りなげる。

 

 それを数度繰り返す。

 

 何度目かの事の後で毬を手でしっかりと押さえると満足したのかそこで動きをやめた。

 

「ええっと……」

 

 戸惑った表情でくまはオオモト様を見つめていた。

 

 開いた口が塞がらないとでも言うように、手の中の毬と交互に見比べている。

 

 こんなのが勝負でいいのかと言いたげに。

 

「……」

 

 オオモト様は無言でくまを見返すと、また毬をぽぉんと上に投げていた。

 

「本当にそれでいいクマか? ただ上に放り投げてそれをキャッチするだけなんて、それこそお茶の子さいさいだよ」

 

 そう言ってやや大げさにくまはため息をつく。

 

 あまりにも楽勝すぎるというか、むしろつまらなさすぎて欠伸が出そうになった。

 

 両手どころか指一本だけの力でも高く放りなげる自信がある。

 

 あの偽物の青い天井すらぶち破りそうなほどの高さにまで。

 

 それに、落ちてくる毬を取るのだって簡単すぎることだ。

 むしろ逆立ちをして足で取ってやろうかすらくまは思っていた。

 

(でも、それぐらいは見せないと、折れてくれそうにないだろうしなぁ)

 

 自分でもちょっと意地悪いなあとは思うけれど。

 

 力の差を見せれば簡単にすむことだし。

 別に喧嘩をしたいというわけでもないから。

 

「ざっきぃ、良く見てるクマよ! ボクの華麗な毬捌きを!!」

 

(って言っても、ただ上に放り投げるだけなんだよねえ……)

 

 くまは胸中で自分につっこみを入れると、ぽんと毬を上へと投げた。

 

「まあ」

 

 まるでロケットみたいに一直線に空へと舞いあがった毬をみたオオモト様は、珍しく目を丸くさせていた。

 

 サトくんも興奮したのか、わんわんと吠えながらぐるぐると回り続けている。

 

 手頸だけで何気なくくまが投げたものだったが、その軽い挙動の割には毬は雲と同じ高さにまで上がっていく。

 

(まあ、こんなもんで良いか)

 

 消えてしまうのではないかと思うほどの高さにまであがった手毬だったが、やがて動きを失うと、少女達の遥か頭上から真っ逆さまに落ちてくる。

 

 あまりにも高くにまで上がったせいで、弾丸のような速さで毬が落ちてくる。

 

 普通だったら戸惑うものだっただろうが。

 

 くまは素早く着地点を見極めると、毬を手のひらではなく、立てた人差し指だけでぴたりと受け止めてみせた。

 

 受け止められた毬はくまの指の先でくるくると回り続けている。

 

「どーだい、ざっきぃ。これでボクの勝ちだね」

 

 にひひと笑うくまに。

 

「そうね」

 

 オオモト様は敗北宣言ともいえる言葉を発していた。

 

「じゃあ──」

 

 くまはぱあっと顔を明るくすると、さっそくオオモト様に詰め寄ろうとしたのだったが。

 

「でも、わたしはそれで勝負をするとは言っていないわ」

 

 抑揚のない声でそう言われてしまった。

 

「そんなっ、クマっ!?」

 

 思わず肩から崩れそうになるくまだったが。

 

「た、確かに」

 

 悔しそうにぐぬぬと歯ぎしりしていた。

 

「ごめんなさいね、早合点させて」

 

 小さく微笑みながらそう謝罪をするオオモト様。

 

 サトくんもその隣で楽しそうに吠えていた。

 

「じゃ、じゃあ何でやるつもりクマか」

 

 何だかどっと疲れてしまったが、こんなことで諦めきれることでもないので、オオモト様に話を促した。

 

「そうね、他にやれそうなことといったら」

 

 オオモト様は考えるように口元に手を当てて俯いていたが。

 

 とん、とん。

 

 オオモト様は掌を使って毬をついてみせる。

 

 毬は地面で反射して少女の掌へと返っていく。

 そのくりかえし。

 

 これも毬を使った割とポピュラーな遊びだとは思うが。

 

(この毬ってゴム製だったの?)

 

 しっかりと糸でかがられているし、どうみてもそんな感じはしないのだけれど。

 

 地面で跳ねた後、ちゃんと手元に戻ってきているみたいだから、大丈夫そうではあるが。

 

「うーんと」

 

 くまは指を頬にあてて考え込むように上を向くと。

 

「よーするに、それを長く続けられた方が勝ちってこと?」

 

 今度は念を押すように尋ねる。

 

 こくり。

 オオモト様は毬をつきながら頷いた。

 

 なるほど。

 

(これはさっきみたいではダメということか)

 

 力任せに毬を叩けば、どこに行くか分からなくなる。ましてやくまの馬鹿力では毬自体が壊れてしまう可能性だって十分あった。

 

 これも毬を使った単純な遊びなんだろうが、さっきよりも慎重かつ、テンポよく毬を叩く必要があった。

 

「まあ、確かにこれなら対等の条件かもね」

 

 くまがそう呟くとオオモト様は同意するようにうなずいていた。

 

 さっきからずっと毬をついているところを見ると、自信満々のようらしい。

 

(案外、やる気ってことか)

 

 くまの闘争心に少し火が付く。

 

 こういう遊びの勝負も案外悪いものではないのかもしれない。

 

 命のやり取りなんてそれこそ不毛なことなのだから。

 

「じゃあ、いっせーのせ、で行くクマよっ!!」

 

「いいわよ」

 

 オオモト様は毬をつく手を一旦止めると、くまの方を向き直る。

 

 二人の間にゆるやかな沈黙が流れる。

 

「じゃあ行くクマよ! いっせーのー!」

 

 そこまでくまが言ったときだった。

 

 オオモト様がすっと手を挙げていた。

 

「……? 怖気づいたというわけではなさそうだけど?」

 

 呆気に取られたくまが尋ねる。

 

 何かあったのかと思ったのだが。

 

「ねぇ、くま」

 

「な、何クマか」

 

 何故かくまは少し緊張していた。

 

「あなた、その」

 

 オオモト様はそこで口ごもると、なぜか手を上下させた。

 

 もちろん毬はついていない。

 ただ意味もなく手を動かしているというだけ。

 

「何のつもりクマか? エア毬つきとでも言うつもりぃ」

 

 くまは訝しそうに眉を寄せて聞く。

 

 オオモト様は首をふるふると横に振ると。

 

「その……くまは毬をつく時の唄って何か知ってる?」

 

 急にそんなことを言ってきてくまは目を大きく開かせた。

 

「ま、毬の時に歌う唄クマか!?」

 

「ええ、どうかしら。わたしは知らないのだけれど、勝負ならそういう唄みたいなのがいるんじゃないかって」

 

「あっ」

 

 オオモト様の言葉にくまははっとなる。

 

(本来、毬つきとはそういう遊びだったねえ)

 

 自分もあまりやったことがないのでおぼろげにしか覚えていないが。

 

 歌を歌いながら毬をついて最後に決めポーズを取る、とかだった気がする。

 

 そうなるとこの勝敗の決め手は、”歌が終わるまで毬を落とすことなく最後に難しいポーズをとれた方が勝ち”ということになのか。

 

「”手毬唄”ねぇ……ボクもそんなに詳しくはないよ」

 

 まるで思ってもなかったことを聞かれて流石のくまも動揺してしまった。

 

 でも、毬を持っているのにそんなことを聞くなんて。

 

 もしかしたらと思うが。

 

「キミはどうやって今まで毬で遊んできたわけ?」

 

「どうって言われても……えっと」

 

 くまの問いにオオモト様は細い指を折って数える。

 

「毬を挙げたり、ついたりはしたことはあるのよ。でも、くまの言う手毬唄を口ずさんだりして遊んだことってないの」

 

 そして、オオモト様は薄紅色の唇をきゅっと噤むと。

 

「誰かと一緒にやったことってないから」

 

 寂しそうにそう呟いていた。

 

「そうだったクマか」

 

 くまがそう言うとオオモト様は気恥ずかしそうに頬を赤くさせて少し俯き加減となった。 

 

 どうやらずっと一人で手毬で遊んでいたらしい。

 

 そう思うと少し不憫な気持ちになってしまうが。

 

「何か思い出さないかしら? 簡単な歌でいいから」

 

 オオモト様にそう懇願されてしまう。

 

 くまは仕方なく頭を巡らせることにした。

 

「うた、歌ねぇ……ちょっと待つクマよ」

 

 どこかで聴いたような気はする。

 

 ちゃんと覚えていないだけだとは思うが、一つのフレーズでも聞けば思い出せるかもしれない。

 

(こういうのって河童の奴が詳しいんだよなぁ……アイツなんか言ってたっけ?)

 

 くだらない話ばっかりしていたことを思い出してしまう。

 そのことに少しもやっとなったが。

 

(そういえば、狸がどうとかって言ってたような……)

 

 何か思い出せそうな気がするのだが、肝心なところがでてこない。

 

 むむーっとくまが唸っていると。

 

「ワン!」

 

 黙っていたサトくんが急に吠え声をあげる。

 

 何かの折に触れたように一声だけ上げると、後はすんと黙ってしまう。

 

「……」

 

 考え事をしていたくまは頭の中が真っ白となって固まってしまった。

 

 何を考えていたことすら忘れてしまったように。

 

 だが、その鉄砲のような不意をつく吠え声を聞いて、あることを思い出すことができた。

 

「そうだっ」

 

 くまはぱちんと指を鳴らすと。

 

「タヌキだ!」

 

「狸がどうかしたの?」

 

 はしゃぐように叫びだしたくまにオオモト様は不思議そうに首を傾げて尋ねる。

 

「歌だよ! 手毬唄っ。タヌキが鉄砲で撃たれて、煮て焼いて食われちゃうっていうやつのことっ! よーやく思い出したクマっ」

 

 それがよほど嬉しかったのか、くまは小さなオオモト様に抱きついていた。

 

「まあ」

 

 流石のオオモト様もびっくりしたのか目を丸くさせていたが、抱き着いたくまの頭を軽く撫でた。

 

「そうね。わたしもどこかでそれを聴いたことがあった。ずっと忘れていたみたいだったけど。ありがとう思い出させてくれて」

 

 最初に誰が話してくれたものかはもう分からないが。

 幽かに耳に覚えがあった。

 

 ちょっと残酷な歌詞だとは思うけど、小気味よいリズムではあったと思う。

 

 今の今まで忘れていたことは少し恥ずかしいことだけれど。

 

 とても大切なものをようやく見つけたような淡い喜び。

 

 黒髪の少女はそれを感じ取っていた。

 

「おおっと、ごめんよ、つい嬉しくって」

 

 我に返ったようにそう言うと、くまは手を慌てて解く。

 

「いいのよ、あなたなら」

 

 オオモト様は本当にそう思っているらしく、くまの事を見つめて微笑んでいる。

 

「へ、変なことを言うなクマ……と、ともかく始めるクマよ」

 

「いいけど、くまが歌ってくれる? わたしはうろ覚えでしかないのよ」

 

 くまはうーと不満そうな顔を一瞬みせたが。

 

「分かったよ」

 

 諦めたようにそう言った。

 

「でも、音痴でも笑わないでくれよ? ボクだって歌はそんなに得意ではないから」

 

「大丈夫よ」

 

 恥ずかしそうにぼやくくまにオオモト様はそう言って微笑む。

 

(何が大丈夫なんだか……)

 

 相変わらずどうも会話がかみ合っていない。

 

 山で出会ったときから思っていたことだけど。

 

 まあ、いいか。

 

「じゃあ、今度こそ始めるぞー!」

 

「ええ」

 

「じゃあ、いっせーのっ!!」

 

 ……

 ……

 ……

 

「ああっ!」

 

 つい力が入ってしまったのか、くまのついた毬があらぬ方向へと飛んでいった。

 

 手毬はくまの足の間をすり抜けて転がっていき、そして。

 

「わぅん!」

 

 サトくんが口で咥えていた。

 

「また、わたしの勝ちね」

 

 オオモト様は裾の短い和服でくるっと一回転すると、弾んだ毬を両手でキャッチしていた。

 

「くっそー、何で上手くいかないんだクマー!!」

 

 憤慨したくまはその場で地団駄を踏んでいた。

 

 これで三戦三敗。

 くまは一度もオオモト様に勝てなかった。

 

「歌いながらだとどうも調子が狂うなぁ。ボクは同時に二つのことができない熊だからなぁ」

 

 そう言い訳を零すくま。

 

 歌うことに集中しているのか、毬をつくくまの手の動きは終始乱れていた。

 

 それが敗北の要因の一つではあった。

 

 逆にオオモト様の方はずっと安定していて、さっきよりも足も手も軽やかだったのだ。

 

 誰かと一緒に毬をつくのがよほど楽しかったのだろうか。

 ずっと笑顔だったし。

 

(だからまあ、負けたとしても仕様がないんだろうけど)

 

「でも、悔しいクマ!! うおーー!!」

 

 負けたくまは、駄々をこねる子供のように喚き散らしながら地面を転がっていた。

 

 ここの地面は芝生のように柔らかかったから痛くはなかったが。

 

「はあ、これでここから出ることはできないのかなあ」

 

 仰向けになってくまはため息をついていた。

 

「そんなことは無いわよ」

 

 オオモト様はくまの横でちょこんと腰掛けると小さく笑みをこぼす。

 

 とても柔らかい表情をしていた。

 

「でも、キミを毬で負かすことはできなかったわけだし」

 

「そうね、でも」

 

 ちらりとオオモト様はくまの方をみる。

 

「あなたの歌、とっても素敵だった。それに別の唄も知っていたのね」

 

「まあ、たまたまね」

 

 くまは恥ずかしそうに顔を横へと逸らす。

 

「毬をついている音で思い出したんだ。”てんてん”っていう出だしから始まる歌もそういえばあったなって」

 

「そうなのね」

 

 そう言うとオオモト様はくまの頭を後ろからそっと撫でていた。

 

「ねぇ、一つ聞いてもいい」

 

「なにかしら」

 

「どうして、助けに行く必要はないって言ったの? あの二人が心配じゃないの」

 

「心配……そうね。でも芯の強い子たちなのよ。蛍も燐も」

 

「それは、大体知ってる。でも物事には限度ってものがあるじゃない? あんなの……手に余るものだよ」

 

「自分が負けてしまったから?」

 

「そんなんじゃない!」

 

 がばっと起き上がるくま。

 

「だけど……勝てっこないよ。相手はとびっきりの化け物なんだ。放っておいたら無駄死になるだけ」

 

 言うだけ言ったくまは、ふんぞり返って押し黙ってしまう。

 

「あなたが言った、ヒヒの時もそうだった」

 

「ヒヒ?」

 

 訝しげに呟くくまの方を向くのではなく、オオモト様は白い犬の方へと視線を向ける。

 

 犬はどこか遠い目で家の傍にあるプラットフォームを眺めていた。

 

 まるでホームに誰かが立っているみたいにそこだけをじっと見つめている。

 

「あの子がね、ひとりで大変だった時も二人は迎えに行ったのよ。勝ち目とかそういうのとは関係なく。ただ心が動かされるままだったんでしょうね」

 

「だったら、ボクだって」

 

 くまはそう言って立ち上がろうとする。

 

 オオモト様は静かに首を振った。

 

「わたしの事をころしたいのなら好きにしたらいいわ」

 

「そこまでは言ってない! ボクだって力になりたいだけなんだ……意地もあるのかもしれないけど」

 

「あなたのその気持ちだけで十分よ。あの子たちならきっと大丈夫だと思うから……ひとりではないのだし」

 

 そう言ってオオモト様は薄い笑みをつくる。

 

「……ちょっと、意外だったかも。キミがそんな婆臭いことを言うなんて」

 

 軽口を言うくまにオオモト様はきょとんした目でみつめる。

 

「あなただって、見た目通りってわけでもないんでしょう?」

 

「そうクマね。歳のことなんかもうずいぶんと前に忘れたよ」

 

「そうね。もう意味のないことだわ」

 

「……」

 

 何かまだくまは言いたいことがあるようだったがそれは胸の内に抑えて、青いドアの家の外観を見つめた。

 

「何ていうか、この家って普通の家って感じだね」

 

「そうね」

 

 これといって特別な感じはない。

 

 家の中も外も特徴という特徴はほぼなかった。

 

 名前の通りの”青いドア”が玄関についているというだけで。

 

「想像で出来たものだとしても、何でこんなふつーのにしたんだろう。もっとでっかいお城とか、先の見えないビルとかにした方が良かったんじゃないクマか」

 

「どうしてそう思うの」

 

「だってここは夢じゃない。夢だったらそうそう叶えられないものとかにした方が良かった気がするけどねぇ」

 

 自分ならそうするだろう。

 

 空飛ぶお城とか、宇宙まで続く巨大な塔とか。

 

 あり得ないものを想像した方が面白いと思う。

 どうせ夢なのだから。

 

 だが、オオモト様の言ったことはくまとは真逆のものだった。

 

「それは夢だからよ」

 

「夢だからって……?」

 

 だからこそ、現実にはないものを創(・)造(・)するのが夢だからではないのか。

 

「そんな大それた夢をもっていないのよ、燐も蛍も」

 

「そんなもんかねぇ」

 

 まだ学生みたいなのに、そんな細やかな夢で大丈夫なものかとくまは危惧してしまうが。

 

「だからこそなのよ。本当に大事なものがどこにあるのかをあの子たちは分かっている。だからここを残しておきたいの。帰ってくる場所として」

 

「帰るって……普通に現実の世界の方に帰るんじゃないの?」

 

 自分たちもだが。

 

 それに、この青いドアの家だって無くなってしまうような気がする。

 

「それは、どうかしらね」

 

 何かの意味があるようにそうつぶやくと、オオモト様はすっと立ち上がってくまの目を覗き込んだ。

 

「何、クマ?」

 

「いいえ、何でもないわ、ただ」

 

「……?」

 

「もし、何かあったらあの子たちのことはくまにお願いするわ」

 

「ねぇ、それってどういう──」

 

 聞き返そうとするくまから視線を外すと、オオモト様は青いドアの家の玄関の方へと行ってしまう。

 

 残されたくまはしばしぼーっとなっていた。

 

「何を言っているんだ、まったく。ざっきぃがあの子達の保護者みたいなもんなんでしょ」

 

 小さな背中にそう呼びかけても、オオモト様はこちらを振りかえらない。

 

 急に重い荷物を背負わされたみたいに感じて、くまははぁと息を吐いて腰に手を当てていた。

 

(ボクに、何をさせようって言うんだい? あの”民子”は)

 

 座敷童(ようかい)の考えていることは本当に理解できない。

 

 河童だってそうだが、あんな顔で腹に一物でも持っているのだろうか。

 

 どす黒いなにかを。

 

 まあ、自分も似たようなものではあるが。

 

「ん?」

 

 ふと下を見ると、白い犬がこちらを見ていた。

 

「サトくんは、一緒に行かないのかい?」

 

 無邪気に寄ってきたサトくんは、難しい顔をしているくまの事を見つめながらしっぽを振っている。

 

 まるで、お前はどうするんだと言っているように、ふたつの黒い目でじっと見つめていた。

 

「まったく、どいつもこいつも」

 

 深いため息を吐き出す。

 

 住んでいた山を出てからというもの、どうも勝手が違うというか。

 

 変な気にでも中(あ)てられてしまったみたいだ。

 

 本当、迂闊に外に出るもんじゃないな。

 

「”好奇心は熊をもころす”ってことだね。まあ、ホント、いい勉強になったよ」

 

 白い犬の頭をごしごしと撫でつける。

 

 サトくんはくまに撫でられたまま黙って目を細めていた。

 

 まあ──とりあえず。

 

「何か食べようか。さっきからボクお腹ペコペコなんだよね。二、三日何も食べてない気がするぐらいクマ~」

 

 そう言ってくまはお腹を手で押さえる。

 

 呼応したようにぐーとお腹の虫がなっていた。

 

「ワンワンワン」

 

 サトくんが嬉しそうな声をあげる。

 

 くまは一瞬むっとなるも。

 

「キミは何か食べてたんでしょ? こっちはマジでなーんにも食べてないのっ。雪なんて歯ごたえが無さ過ぎて水と変わりなかったしねぇ」

 

 雪の食感を思い出してくまはげんなりとなる。

 

 それをサトくんが不思議そうに眺めていた。

 

「行くぞっ、サトくん! あの家まで競争クマっ!」

 

 くまはそう言って指を差す。

 

 そちらには青いドアの家があって、鮮やかな青の玄関ドアの前には赤い和服の少女がこちらを見ながら佇んでいた。

 

 まだ家には入らずに待っていてくれたようだった。

 

 熊耳の少女か、白い犬かは分からないが。

 

「さあ、いらっしゃい。お茶とお菓子が用意してあるのよ」

 

 そうオオモト様が声を掛けると。

 

「わんっ!」

 

 サトくんは一声鳴くと、くまを置き去りにしてまっすぐにオオモト様の下へとぴゅーと駆け出して行く。

 

 目をぱちぱちとさせるくま。

 

「ちょっとぉ! サトくん、食べ物に釣られるなんて、ステイするクマー!!」

 

 完全に出鼻をくじかれてしまったくまは、両手を上に挙げながら慌てて犬の後を追った。

 

 

 ──空は青く、白い雲がゆったりと流れていた。

 

 誰もいないプラットフォームの先にはどこまでも続く線路が銀色に光っていた。

 

 すべてが完璧にみえる世界なのに。

 

 どうしてこんなにも淡く、儚いものにみえるのだろう。

 

(それはきっと……消えてしまうものだから)

 

 今すぐかもしれないし、何十年先かもしれない。

 

 でも、いつかは無くなってしまうだろう。

 

 それは無意味なことかもしれないが、だからこそ綺麗に見えるのだと思う。

 

(ボクは……)

 

 くまは走りながらある思いを紡ぐ。

 

 届くはずのない思いだったけど。

 それでも伝えておきたかった。

 

(ボクたちは、ずっと待っている……)

 

 燐と蛍が帰ってくるのを、ずっとずっと。

 

 この家(マヨヒガ)で。

 

 ここには何もないけれど。

 

 それでも待っている。

 ずっと。

 

 

 少女達が青いドアを開けて家の中へと入ってゆく。

 

 不意に何かの気配を感じ取ったように外の方を一瞬だけ振り向くが。

 

「……」

 

 やがてばたんとドアは閉じられた。

 

 ──

 ──

 ──

 

 

 





暖かくなったり寒くなったりでいまいち落ち着かない感じですが、久しぶりに天覧山に登りに行ってみたり~~。もうだいぶ慣れてきたかと思ったけど割としんどいよねぇやっぱり。

初めて天覧山に来たと思われる二人連れが、額に汗かく感じだったとかちょっと足湯に浸かったみたいに軽く言っていましたけれど、私はサウナから出たばかりみたいに汗だくだったのですががががーーしかも急いで登ったせいで途中で足ががくがくに……滑落とかしなくて良かったですけれども。

登山口から山頂までは二つのルートがあるんですけど、その一つが倒木の為に使えなくなってたので、割と人の多かった登りとは違ったルートで下山することにしたのですが……道を間違えたのではないかと思うほど人気がなくてちょっと怖かったりしましたよ。無事に下山することはできたのですが。

というのも最近、飯能の山中でクマの目撃情報が相次いで寄せられているようでして、そのせいか熊除けの鈴を付けている方が結構いたのですよ。
あんな低山でと思うかもしれませんが、正規ルートから一歩外れると結構山深い感じになるんですよね。それに最近のクマは冬眠をしないとか言われていますし、これからトレッキングに行く方は例え低山であっても、用心するに越したことはないと思いますねー。
登山の基本条項だとは思いますが。

ちなみに千葉の山にはクマは居ないらしいです……イノシシとか猿とか、話題のキョンなんかとは遭遇することがあるようですが。

ただ登って帰るだけなのも味気ないかと思い、”天覧山珈琲”とか言うのを買ってみました!
豆や粉のものもあったんですけど、手間とか保存の問題で今回はティーバックのものに。
ティーバック式の珈琲は結構珍しいのかな? 登山向きのような感じはしますねえ。でも、何か飲むのがちょっともったいない感じが……今度どこかの山に登るときに持っていくのも良いかもしれないですねー。


monoのアニメ。

そういえばこんな最初は設定だったなーって思った人はけっこう多かったのではないでしょうか? もちろん自分もそうだったのですが。

原作が四コマ漫画だからゆるキャン△よりも進むペースが速い感じがしますねぇ。

主人公、雨宮さつきのお団子頭やOPでのキャンプシーンなんかを見ちゃうと、これってゆるキャン△だったっけ? ってちょっと思ってしまったり……ゆるキャン△の外伝と思う人がいてもそんなに間違いではないかも? メインとなる舞台は同じ山梨県ですしねー。
特に3話なんて、向こうのキャラがさり気なく? 出ていましたしね~。

そういうのを探しながら視るのも面白いかもしれないですねー。


それではではでは~~。

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