We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life. 作:Towelie
「ん……」
首の痛みを感じて重い瞼を開けてみる。
見慣れない天井、景色が動かされている感覚、そして芳しい香り……情報が多すぎて精査できない。
「ふああぁぁぁ~」
口に手を当てて欠伸を噛みころす。
目覚める気は特にないので、無意識に寝やすい体勢をとった。
まだ寝たりない、それを体現するかのように、即座に瞼を閉じた。
誰にも邪魔されたくない至福の時間……寝ることに意味など求めないが、それ故に必要なことでもあった。
(なんか白いものが……)
瞼の奥に白く張り付くものがある。
長い棒状のもの、それが黒い背景を切り取るように伸びている、そんなイメージ。
半目を開けてみる。
動く景色の中にそれが立っていた。
ぼーっとした白い柱、見覚えがあった、けれどそれだけだった。
山の上に風車が立っているだけ、それだけ。
そのことは
(なんだ、まだここなんだ)
睡眠していたという概念は理解出来ていたが、それがまだこの程度だったことは残念だった。
すごく寝ていたという感覚があったから、とっくに山を下りて市街地まで来てると思ってたのだった。
(だったらまだ寝ててもいいよね)
誰に断りを入れるわけでもなく、蛍は再び瞼を閉じた。
まだ夢のなかで揺蕩っていたい、そう自己主張するように体の力を抜いて楽な姿勢をとる。
考えるのも面倒くさい。
このままずっと寝ていたらダメなのかな? もういいよね、だってもう疲れちゃったし。
蛍は眠りの中に身を委ねるべく、眠ることだけに意識を集中した。
…………
………
……
(……なんか、もう寝れそうないや)
途中で起きても割とすぐ眠ることが出来るのが、ちょっとした自慢だったのに。
今はこれ以上寝ることが出来そうになかった。
蛍はしぶしぶ、もう一度だけ瞼を開けてみる……。
重く瞼を開けたその先に、黒い山々に囲まれるように白い風車がまだ視界の中に残っていた。
なんどか瞬きをしてみても、それは目の前に悠然と立っていたので蛍はある結論を導き出す。
(あれ、もしかして車、止まってる?)
車に乗っているはずなのに、さっきから景色が動いていない。
暗い世界にぽつんと投げ出されたような不安感が、蛍に嫌な感じの胸騒ぎを覚えさせた。
状況を確認すべく、蛍は重い身を起こそうとぼんやりと微睡んでいたその時、誰かの喋り声が耳に入ってきた。
遠くから聞こえてくるようだが、そこまで離れてもいない感じもする。
例えるなら隣の家の窓から薄っすらと聞こえてくるような、そんな微妙な距離感があった。
蛍は、まだ完全に覚醒していない頭を揺らしながら、好奇心の赴くまま、音に導かれるように身を起こしてみた。
「ふぁあ……あれ、これ何だろう」
蛍の体にはいつの間にかタータンチェック柄の薄いブランケットのようなものが掛けられていた。
それを律義にたたみながら、辺りを見回してみる。
間違えなくあの軽自動車の中だが、運転席は誰も座っておらず、蛍以外もぬけの殻だった。
人の気配は当然感じられないが、車のエンジンはまだ掛かったままのようで、重低音のような微かな振動と、涼しさを運ぶエアコンの駆動音が車内を細かく震わせていた。
停車の合図を促すハザード音が少し耳障りに聞こえる。
(
まさかとは思ったが、一応後部座席も覗いてみたけれど、やはり誰もいない。
そこまで大きくはない軽自動車の車内だったが、一人だとなぜだか広く感じてしまう。
蛍はこの車の中に一人でいることに例えようのない孤独感を感じていた。
家でも、自室でも一人だったし、今日の行動だって全部一人でしたことだった。
それでも寂しいとか、不安だとかはそれほど感じることなく、全部自己責任でやってきたつもりだった。
なのに、なぜ今になって一人でいることに寂しさを覚えるのだろう。
燐に会えなかったから……? だけではない気がする。
「燐……」
蛍は静かに呟いた。
友達の名前はまだ忘れてはない。
でも、その声は遥か先の山の向こう、その頂よりもずっと遠い、空の彼方にまでは到底届きそうになかった。
終わったと思った話し声がまた聞こえてきていた。
カーステレオは点けていないので、音は車外からだろう。
蛍はシートベルトを外して運転席側にのろのろと四つん這いで移動すると、
助手席とは違った景色に新鮮さを感じるが、同時に罪悪感もあった。
思わずハンドルを触ってみたい衝動に駆られるが、変なことをしてトラブルになることを恐れて、その衝動的な好奇心を心の中で飲み込んだ。
やけに興味をそそられるダッシュボードから目を離すと、蛍は運転席側の窓を覗き込んでみた。
そこには同じような黒い背景があった。
その黒の中に白い板がみえる、多分、道路沿いのガードレールだろう。
そこにもたれかかるようにして、誰かが立っていた。
その人物は話をしているらしく、携帯電話のようなものを耳に手を当てながら、もう片方の手を所在無げにひらひらとさせていた。
暗くて顔まではわからないが、多分あの女性だろう。
でも、それ以外の人物だったら……?
蛍は最悪の事態を想定して、女性の動向を注意深く見守った。
聞こえてくる声は女性の声だったので少しほっとした。
だが、誰と何の話をしているのかまでは分からない。
言い争いをしているような勢いはないみたいだし、かといって重要な話をしているような真剣な感じもなかった。
むしろ和やかに話しているように見える。
更にときおり、相手の理解に頷くような仕草を何度も見せていた。
(仲良さそうに喋っている感じがするけど……親子、かな? それとも友達?)
女性との関係性を会話から察してみる。
”二人”の楽し気な会話がガラス越しに伝わってくるようで、蛍は自然と笑みを作っていた。
親子の場合、蛍には到底わからないことだったけど、でも親子だったらきっといい間柄だと思った。
(でも、親子だったらもうすごく遅い時間だよね。怒らないのかな?)
蛍の思惑とは違って、女性が怒鳴り声等をあげることはなかった
何かの確認をしているのか、はいはい、と女性はちょっと呆れ気味の返事を返している。
その声は明るく、ちょっと嬉しそうだった。
会話が一段落付いたのか、女性はスマートフォンを上着のポケットに仕舞うと、ふぅ、と小さくため息を付く仕草をみせる。
その後、一瞬だけ月を見上げると、何事もなかったかように小走りでこちらに近づいてきた。
蛍はなんとなく気まずさを覚えて窓から視線を外すと、急いで助手席まで戻って、シートベルトを適当につけると畳んでおいたブランケットを強引に頭まで被って横になった。
別に覗き見をしたかったわけでもなかったのだが、女性のプライベートを見てしまったことが何故だか恥ずかしかった。
ブランケットに包まれながら、そんなことを悶々と考えていると、不意にドアが開く音がして、女性が車に戻ってきていた。
少し息を切らして戻ってきた女性はなにも疑うことなく、運転席に乗り込む。
蛍はブランケットを被りながら、起きていることを悟られないように目と共に口も閉めた。
それは不器用な蛍らしいミスだった。
わざとらしく寝息でも立ててればいいだけのことなのに、ブランケットを目深に被って丸くなっている様は、冷房が効いているとはいえ、夏の車内では不自然な行為になってしまった。
「ごめんごめん。ちょっと電話が入っちゃって、起こしちゃったかしら?」
黒いショートカットの髪を軽くかき上げながら、女性は助手席で横たわる丸くなったブランケットに笑みを見せながら言い訳の言葉を口にした
「……」
蚕のように丸くなったブランケットからの返事はなかった。
蛍は今更のように寝息をたてるわけもいかず、ただ口を結んで黙っていることにした。
「あら……まだ、寝てるみたいね」
女性は蛍に気を使って声のトーンを落とすと、安堵したように呟いた。
蛍は女性の気遣いに罪悪感を感じていたが、起きるタイミングがわからず、ブランケットの下でもぞもぞと手を擦り合わせていた。
(どうしよう……なんか、いいタイミングはないかな)
どうでもいい時ほど睡魔に襲われやすいのに、こういう”寝た方がいい”時に限って眠ることが出来ない。
高ぶった神経は蛍の心と体に熱を持たせ、ブランケットの内側は熱くなっていった。
制服が汗で張り付いて鬱陶しい。
蛍は呼吸を荒くしながら、なぜ自分がこんなことをしてるのだろうと、些細な疑問を感じていた。
「それにしても、この子、やっぱり
蛍は心臓が飛び出す程に驚いた。
女性は間違いなく蛍のことで何かを言おうとしている。
きっとあまりいい言い感じではない、そんな気がする。
やはりこの女性には全てお見通しなんだ。
(どうしよう、やっぱり家出とか思われちゃってるかな……まあ間違ってはないんだけど。それにさっきの電話だって警察かもしれない……どうしよう、正直に言った方がいいのかな)
でも──。
(なんて言って起きればいいんだろう……寝たふりなんかするんじゃなかった)
親切な人を裏切るような真似をするつもりはなかったのに。
きっと軽蔑される……。
蛍は後悔の渦の中で翻弄されていた。
少し前まではこの女性から逃げようとしていたはずなのに。
飾り気のない人柄と見た目とは違う思慮深さのギャップに、この人に嫌われたくない気持ちのほうが蛍の中で強くなっていた。
(もう、こうなったら言われる前に言うしかない!)
蛍は考えるのを放棄して即決した。
その勢いのまま、身体を覆っていたブランケットを勢いよく剥ぎ取って、がばっと身を上げる。
「ご、ごめんなさいっ! わたし、起きてましたっ!!」
あまりの突然な事に、女性は瞬きすることも忘れて蛍の方を見ながら目を白黒させていた。
一方の蛍は、ぜいぜいと息を荒くしながら、子犬の様に目を潤ませながら女性を見つめていた。
状況がさっぱり飲み込めなかったので、女性は抑揚のない声で言った。
「あ、えっと、おはよう……?」
夜が明けるにはまだ早い、暗闇が覆いつくす時刻で。
この日二人は最初の朝の挨拶をした。
「どう、少し落ち着いた?」
「はい……驚かせちゃってごめんなさい」
「こっちこそごめんなさい。うるさくて寝られなかったんでしょ」
月明りが届かない、微妙に薄暗い車のなかで、二人の女性はお互いに頭を下げた。
地上から遠ざかる月明りはだいぶ薄くなっていったが、変わりに空全体がゆっくりとした動きで青白さをちらちらと増してきていた。
その為、明かりのない車内でもお互いの顔がだいぶ見えるようになってきた。
「いえ、寝ることはできました。ありがとうございます」
蛍はペットボトルのお茶で口を洗いながら女性に再度お礼をいった。
「そう、ならよかったわ。でも穏やかに眠っていたから、ちょっと心配だったのよね。わたし……」
女性はそこまで言って口をつぐんだ。
悪い言葉を言うつもりはないのだが、この少女には適切ではない気がしたから。
割と思い付きで喋ってしまうことがあるのは自分でもわかっていた。
だからこそトラブルも多かったのだが。
「? どうしたんですか?」
言葉を区切ったことに疑問を感じたのか、蛍はつい女性に訊ねてしまっていた。
それだけこの人に興味が湧いたのか、自分でもよくわからない部分もあったが、なんとなく聞いてみたくなった。
蛍の質問を受けて、女性は顎に手を当てて、考え込むような仕草をとる。
曇りのない目で見つめる蛍の視線に、女性は絆されるように自身が思っていたことを口にした。
それはあまりにも突飛で蛍の範疇を超えた言葉だった。
「その……ちょっと、触ってもいいかしら?」
「えっ?! 触るですか?」
予想だにしなかった言葉に今度は蛍は思わず聞き返してしまった。
”触る”その意味がわからないわけではない、問題はその意味だった。
真意を分かりかねるその質問に、蛍は困惑の顔を隠すことなく向けてくる。
女性は慌てて補足した。
「あっ! 勘違いしないでね。ちょっと手を触ってみたいだけだから。他意はないのよ。一応調べておきたいの」
女性は弁解するように言葉をつなげた。
その言葉は蛍をより困惑させる。
同性だからって、何をしてもいいわけではない。
ましてや蛍のように多感な時期の少女にこんなことを言えば、蛍でなくても困惑するだろう。
ただ、女性は真剣な目で蛍を見つめているので、その真意のほどは分からないが、変なことはしないだろうとは思っていた。
「あ、はい、それだったら……いいですよ」
蛍は調べるという言葉に引っ掛かりを覚えたが、あえて詮索はしなかった。
ただ、良いと言った手前どうしていいかわからず、蛍は顔色を窺うようにおずおずと右手を差し出した。
この行為は自然なものだった。
蛍は右利きであったわけだし、それに運転席側に近い右手を出すのは普通な行為だと思っていた。
──だが。
もし右手ではなく左手を見せてほしいと言われたら……少し考えたかもしれない。
疚しさはないと言われたら嘘になってしまう。
でも、そういった目的で女性は言ったのではないとは思う。
根拠はないけど。
余計な事を考えたせいか、蛍は掌に汗をかいてしまっていた。
それに気づいて慌てて手を引っ込めようとしたが、その前に女性に手を握られてしまっていた。
汗をかいていることへの嫌悪感と恥ずかしさから、一旦手を引っ込めたかったのだが、思いのほか女性の力は強く、蛍の力では到底振りほどけるものではないように感じられた。
二の句が継ぐ間も与えないほど早さで手を握られてしまったせいかは知らないが。
蛍は何も言わず観念したように俯きながらそのまま手を触られ続けていた。
蛍の緊張からくる湿った手とは違い、女性の手は驚くほど滑らかで細く、指は雪のように白かった。
その白魚のような指先は製造の仕事をやっているはずなのに、驚くほどきめ細かで、艶があった。
ピンクの貝殻を思わせる薄い爪はパン職人の為、マニキュアを付けていないが、それが必要ないほどに綺麗で健康そうな色をしていた。
そんな綺麗な手で熱心に手を握られるものだから、蛍はとても恥ずかしくなってきた。
「あ、あのっ……!!」
羞恥から来る困惑からか、蛍は強く言葉を発した。
「あ、ごめんなさい。流石にしつこかったわね」
女性が気付いたように蛍から手を離すと、蛍は即座に手をハンドタオルで拭いた。
その行為に女性は一瞬驚いてしまうが、すぐに顔を緩めて謝った。
「ごめんさい。気を悪くしたんでしょ、もうしないから、ね」
「あ、これは。そうじゃなくて、汗で濡れちゃったから。それだけ、です」
蛍は慌てて釈明した。
「いいのよ。触りすぎたわたしが悪いんだから。でもあなたの手、そんなに汗ばんでなかったわよ。むしろずっと触っていたいぐらい……あ、ごめんね。また変なこと言ってるわね」
女性は無邪気に舌を出しながら自身の頭を軽く小突いていた。
「そ、そうですか……」
どう答えたらいいかわからず蛍は一言だけ呟くと、恥ずかしさを隠す様にハンドタオルで何度も手を拭いていた。
「あぁ、えっとね。こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど。あなたがあまりに綺麗な顔で寝ていたから、ひょっとして幽霊じゃないかと思ったのよ。そういう話って聞いたことない? ほら、真夜中に車で走ってると一人の女性が乗せてって頼み込むあの怪談話! わたしこの手の話って信じてないんだけど……」
女性は笑いながらわりと失礼なことを言いだした。
そのまま一人で定番の怪談話に対する考察を喋りだしていた。
(この人が一度喋りだしたら止まらないのは分かっているつもりだけど……それにしても幽霊か……)
普通なら、嫌悪感を示してもおかしくないことだったが、蛍は違っていた。
”幽霊”……。
蛍はその曖昧で不安定な物質の名称、その概念的な要素に複雑な想いがあった。
それは親友が唐突に投げかけてきた質問だった。
そして彼女がわたしと交わした最後の話題でもあったから。
だから、ずっと心に残っていた。
彼女の言う量子力学の考え方によると、人の想いは幽霊ような形になって残ると言っていた。
それは物質でなく、情報と言う目に見えない形で残留すると。
だからこの世は幽霊でいっぱいだとの話だった。
燐がなぜあの時、あんなことを言ったのかは今だにわからない。
幽霊になりたかったのか、それとも色々あって疲れてしまったのか……でもそれにしたって唐突すぎるとは思う。
わたしは彼女の姿を白い雲が浮かぶ青い空に探し求めた。
情報、視覚、そして想い、隠された本心をも追い求めたが、その欠片すら見当たらなかった。
だから燐は幽霊になったのではない、そうずっと信じている。
ずっと、信じていたんだけど。
燐の代わりに落ちてきたのはあの時の紙飛行機。
何も書かれていないノートの切れ端が落ちてきただけだった。
(燐……わたしこう見えて、燐以上にしつこいんだよ? だからこうやってあなたを探しに来たんだけど……結局わたしのしてきたことって意味なかったみたいだよね……)
だって結局あなたの姿を見ることが出来なかったし、会いに行くことだって出来なかった。
今だって結局何もしないまま戻ろうとしてる。
前に峠の頂上に行ったときと同じように。
なんだろう、自分って結局何なんなんだろう?
ただ惰性で生きているだけだ。
燐に会う前のすべてに無関心の人間……そうじゃなくて、ただ使い捨てられる運命の座敷童に戻っただけ。
その座敷童の力ももう失われているみたいだし……もうわたしに価値なんてない、価値なんてないんだよ燐……。
──だからわたしが消えればいいだけのことだったのに、どうして? どうしてわたしはこの世界にいるんだろう。
燐。
わたし、もう生きていくの辛いんだよ……。
(やっぱり、わたしこのままじゃ終われない気がする……)
蛍は何かに取り憑かれたような、機敏な動きで再びシートベルトを外そうとする。
「あらっ、どうかしたの?」
しばらく黙り込んでいた蛍が急に活発な動きを見せたので、一人で喋っていた女性が心配そうな顔で蛍に声をかけてきた。
「あ、あのっ! わたし、やっぱり行かなくちゃ、いけないんですっ!」
蛍は説明するのもまどろっこしいようで女性の顔も見ず、シートベルトを外すことだけに集中していた。
焦りからか上手く外れてくれない、さっきは簡単に外れたのに。
がちゃがちゃと耳障りな音が蛍を余計に焦らせた。
「行くってどこへ? あ、ちょっと、あなた……」
女性が蛍に問いかけようとしたとき、不意に口が止まった。
よほど気になったのか、女性の視線は蛍の左手付近に注がれていた。
「ちょっとごめんなさい」
女性は蛍の是非も聞かず、その左手をおもむろに掴んだ。
「あっ……!」
蛍は女性がまさかそうするとは思わなかったのでつい油断してしまっていた。
蛍の左手首は長袖のアンダーシャツで隠れていて、手首から先がどうなっているかわからなくなっている。
だが夏で長袖シャツを着ている不自然さは、余計に目立たせてしまうこともある。
一目でアウトドア用のシャツとわかるものはあまりいない、むしろその黒い長袖の下を揶揄してくるほうが多いぐらいであった。
自分一人なら特に気にならないことも他人からみればおかしなことだって普通にあるのだ。
むしろ後ろめたいことほど、バレやすいのが人の心理だった。
(あ……でも。バレてしまった方がいいのかもしれない。そうすれば変な子だって思ってこれ以上関わらないでくれるかも)
蛍はこの期に及んでもまだそういう考えを持っていた。
それは人でなしというわけではなく、それだけ燐への想いが強まったということだろう。
結局何の成果もないまま、下山しようとしている自分と、燐への想いを果たすべく、この世界からの脱出をきめてきたはずの自分。
二つの想いの葛藤に蛍は苦しんでいた。
もう帰る場所はない、そう決めたのに、いざ帰れることなるとほっとしている自分がいる。
その精神の弱さが気に入らなかった。
「ここ、蚊に刺されたんでしょ。ぷっくりと膨れてるわよ」
蛍の忸怩たる思いなど汲み取る気はないかのように、女性は暢気に虫刺されの痣を指摘してきた。
女性の私的にすっかり忘れていた左手の痒みがぶり返してきて、蛍は無意識に左手の甲に手を伸ばす。
「まって! 無理に掻かないほうがいいわ。余計に痒みが増してくるわよ。ちょっと待ってなさい確か……」
女性は後部座席からのバッグを取り出すと、そこからまた何かを取り出した。
「あ、やっぱりあったわね。はい、これを塗ってしばらくすればきっと治るわよ」
女性は小さなプラスチック製の水筒のようなものを取り出すと、キャップを外して、朱肉のようなスポンジを蛍の赤く膨らんだ患部に何度か刷り込んた。
「うんっ……」
擦られたことによる刺激と、すっとしたミントのような爽やかさが同時に来て、思わず声を出してしまった。
蛍は変な声を上げてしまったことに恥ずかしくて膝をむずむずとすり合わせていたが、女性は特に気にする様子も見せていなかった。
「これで大丈夫と思うけど。それにしても……ホント、用意周到よねぇ……霊的なものにでも目覚めたのかしら?」
もう用はないとばかりにバッグを後部座席に投げ込むと、女性は腕を組んで何やら考え込んでいる。
蛍はさっきまでの勢いを完全に削がれてしまったようで、大人しく座席に座り、まだ僅かに痒みを訴えてくる左手の盛り上がりを触れるか触れないかのところのぎりぎりで擦っていた。
……少しの間車内は静かになっていた。
まだ鳴き続ける虫の声は軽自動車のガラスをすり抜けるほど高い声ではなかった。
代わりにハザードランプの規則的な音が、メトロノームのように延々とテンポを刻んでいた。
「どう? 少しは痒み、治まったかしら」
蛍は呆けたような顔を女性に向けるが、それが自分に言われたことだと気づくまで少し時間が掛かった。
「あ……はい、少し、良くなったみたい、です」
蛍は患部を見ながらそう答えた。
「そう、だったら良かったわ。そういえばさっき何処かへ行きたかったみたいだけど……? もしトイレに行きたかったらここで待ってるわ。あ、ちゃんとティッシュは持ってる? ないなら貸すけど?」
あっけらかんとした女性の口ぶりに、蛍は毒気を抜かれたように一瞬きょとんとしていたが、何かがツボにきたのか蛍は噴き出してしまった。
「あはは、大丈夫ですよ。もう行く気なくなっちゃいましたから」
「そう? でも我慢はダメよ、行きたくなったらちゃんと言ってね」
一人で笑い続ける蛍に少し怪訝な顔を浮かべるが、屈託のない顔で笑う蛍を見て、その疑念を打ち消した。
「でも、あなたが
「そ、そうですか……」
女性が真顔でそう言うので、蛍は急に現実感を感じしまい、照れ隠しの返事をした。
これは本当の気持ちだった。
「そういえば、さっき窓の外から何かを見てなかった? 珍しい動物でも見つけたとか?」
女性は突然話を変えると助手席側の窓にかぶりつくように身を乗り出してきた。
上品な感じの香水が蛍の鼻をくすぐって、少しだけドキリとした。
「あ、ここだとちょうど良く見えるんです。ほら、あの山の上の風車が……」
蛍は黒い窓ガラスに指を差す。
白い風車が、ロウソクよりも少し大きい姿で黒いガラスに映り込んでいた。
「……風車?」
女性は顔を窓に密着させるほど近づきながら、何度か目を擦ったり瞬きを繰り返していたが、埒が明かないのか一旦見るのを止めていた。
そして助手席と運転席の間にあるひじ掛けを開いて、中から銀の細い眼鏡を取り出して掛けると、再び窓の外を見る。
蛍は女性の様子に不可解なものを感じて首を傾げた。
だがそれ以上は気にはせず、黙って風車を見ていた。
「う~ん、何か棒状のようなものは見えるけど……あれが風車なのかしら? あなた視力はいくつなの? わたしそんなに視力低いつもりはなかったんだけど……まさか、老眼かしらねぇ。まだ若いとは思ってるんだけど。それとも自分で気付いてないだけで本当は鳥目だったのかしら」
女性は眼鏡を忙しなく前後左右に動かしながら、自分の視覚状況を説明していた。
「ここに越してきてまだ日は浅いけど、最近はずっとこの峠を車で往復してるのよ。でも、風車なんて初めて知ったわ。日中だって走ることもあるのに気が付かないなんて……」
蛍は女性が嘘をついているとは思わなかったが、ちょっと大げさすぎると思った。
蛍にしてみれば何も特別なことはなく、普通に風車はずっとあったし、それはこの町の住人なら誰でも知っているはずのことだから。
それに風車の辺りを測量に来た聡や、燐だって見ることが出来たのだから、なおさらだった。
(あ、でも……もしかしたら)
蛍も窓ガラスに額を近づけるほど近づいて風車を眺める。
風車には特に変化は見られない、でもそれはおかしいことだった。
風力発電の風車である以上、幾日かに一度は回さなくてはならないのに、蛍は一度も回ったことを見たことがない。
代わりなのかはわからないが、薄っすらと白く発光しているように見える。
それはあの時から変わってない気がする。
だからこそ違和感がなかったのだ。
「やっぱり、回っていない」
蛍は雨雫のようにぽつりと呟いた。
「回っていないって風車が?」
蛍の方を向かずに風車を見ながら話しかける。
女性の目にも風車は回っているようには見えなかった。
「はい。わたし一度も風車が回ったところを見たことがないんです」
蛍も女性の方を向かずに答えた。
「だったら、まだ工事中とか?」
女性はもっともな意見を口にした。
「でも、もう三か月以上もこのままなんです。それに動力はあるみたいなんです。薄っすらと発光してますし」
「発光? してる、かしら……確かにちょっと光ってるように見えるわね。でも照明装置なんてついているようには見えないけど」
眼鏡のレンズを窓ガラスに押し当てるようにして見ても、風車を照らしているような光の線はどこにも見えない。
それどころか彼女から見た風車は消えかけの蝋燭のように儚く点滅しているように見えていた。
少しでも目を離せば風景と同化してしまいかねないほどに淡く光っていた。
「いえ、そうじゃなくて。その……風車は本当は誰にも見られたくなかったんだと思います。でも、夜は月明りで影が出来ちゃうから。だから自分で光ることで影を消していた、そんな気がするんです」
メルヘンチックな蛍の考察に女性は素直に可愛らしいと思っていた。
自分にもそんなころがあったのかもしれないと。
だからちゃんとその想いを受け止めてあげようと思った。
「そうなの? でも、風車は見られた方がいいんじゃないの? 大きな風車があるだけでも絵になるし。複数立っている場所では観光名所になっていることもあるぐらいよ」
蛍の問に女性はいささか現実的な答えを出してしまっていた。
きっと自分が学生の頃はメルヘン的なことがあまり好きではなかったのだろうと思った。
「だから、だと、思います。風車は”ある”だけでいいって前に”友達”が言ってました」
「友達が?」
それまで風車しか見ていなかった女性が蛍の方に向き直る。
その表情には少し切なさ含まれているように感じた。
「はい、風車で賄える電力はそれほど多くないけれど、それでも風を受けて回っているのがいいってそう言ってました……今は回っていないけど、それでもあるだけでいいと思うんです」
「だったら、なんで見えないほうがいいのかしら?」
女性は生徒に質問するような口調で柔らかく話しかける。
学校の教師になった気になって、女性は少しむずがゆくなった。
教職には密かに憧れていた時期があったから。
「それは……多分、灯台と同じだと思うんです」
「灯台……」
女性は分かったような分からないような曖昧な感情を顔に浮かべていた。
蛍はそんな女性を気にすることなく、俯きながら話し続けた。
「昼間は普通過ぎて誰も気にしないけど、夜は月明りでここにあることがわかってしまう。だから自分で光るしかないんです。風車はきっとそっとしておいてほしいんです。それはきっと……幸運と同じで……」
最後の方はぼそぼそと言っているので何かは分からなかったが、蛍の考察だとあの風車が目的をもって存在を消しているのはわかった。
でも、それじゃあまるで……。
(あの風車が意思を持っているとでも言いたいのかしら? 空想が好きそうな感じの子に見えるけれど、でも……なぜだかわからないけど説得力があるのよね。そういった純粋な心が風車を見るのに必要なのかしら? 風車の幽霊なんて怪談聞いたことがないけれど……)
女性は腕を組んで頭を巡らせる。
蛍の話が空想の産物だとしても、別に悪いことがあるわけでもない。
むしろ観光名所の少ない小平口町の噂話としては上出来の部類だった。
だったら訊ねることは一つだった。
「あの風車ここから見ても結構大きいわよね。あなたは近くまで行ったことあるの?」
「あ、はい。少し前まで風車の下で寝てたんです」
「寝てたって、本当? 何かあそこにあるの?」
女性は三度窓の外に目をやった。
「えっと、友達に会えるかなって思って行ったんですけど……」
蛍は正直に目的を口にした。
秘密にしても良かったのだが、なぜかあっさりと言ってしまっていた。
「友達って、さっき言ってた友達?」
「はい。でも、ここには居なかったみたいなんです」
蛍は寂しそうに窓の外の白い風車に瞳を向けた。
月明りを吸収するかのように淡い光を出している白い風車。
儚く光を放つ風車の姿は、一輪の花の様に可憐でうつくしかった。
(多分、こうやって光る風車が見えるのはわたしだけなんだ、きっと)
蛍はそれこそが真理であると思った。
白い風車は灯台でもあって、十字架でもあり、花でもあるのだ。
恐らく風車がこの小平口町に建てられたとき、すでに幸運の力はなくなっていたのだと思う。
幸運が終わることはすなわち町が元に戻ることだ。
そう、町は一度死んだのだ。
でも死んだはずの町は以前と何も変わらないまま残っていた。
家屋も、人も、経済さえも。
あのDJが言っていたのはこういうことなのだろう。
ダムの水が洗い流したのは町や人ではなく、考え方や、価値観、そして幸運を吸いすぎた土壌なのではないかと思っていた。
土の性質を変えたことで、幸運による概念を実存に置き換えたのだ。
例えば、砂で出来た城をその形のまま、材質だけ石のレンガに変えたように。
そんな超常的なことはそうそう出来るものではない。
でも、この町に染み付いた幸運、人の想い、そして
(そう、あの空に浮かんでいった光の球はそんな感じだった。みんな、何かの役に立ちたかっただけなんだ)
その想いの落としどころが今の町の姿ではないかと蛍は思っていた。
そして風車は十字架の役割を終えて、灯台となることに決めたのだろう。
町が人が間違った方向に行かない様に、回ることを忘れてみまもっているだけの存在に。
それがたとえ自分の姿が見えなくなったとしても。
(そうか、じゃあ、あの風車が沢山ある世界はオオモト様……つまりは、わたしの世界だったんだ……)
燐が思い描いたとばかり思っていた風車だけの世界。
とても綺麗な場所だったけど、あれは座敷童が行きつく世界だったんだ。
それは蛍が燐の為に”初めて”幸運を与えたことだった。
(そうか、だからわたしには見えなかったんだ。あの時はまだ、燐が心から願っていなかったから)
蛍はそれが一番しっくりくる気がした。
常闇の世界で、何度も危険な目にあったのに一向に幸運が訪れなかったのが不思議だったけど、それがやっとわかった。
本気で願っていなかったからだ、わたしじゃなくて……燐が。
だからあの時の燐は本当に悲しかったんだ。
”ここじゃない世界に行きたい”、それは彼女の本当の、心の奥からの悲しみだったんだ。
燐はずっと悲しみをもっていたんだ。
その悲しさは蛍が考えていたよりもずっと深く、ずっと辛いものだった。
(燐は、きっと自分を取り巻く環境が嫌だったんだね。だからこそ、あの世界を望んでいたんだね)
だから分かる。
あの場所に燐はいない。
燐は蛍の手の届かない世界に一人で行ってしまったんだ。
それがようやく理解できた。
本当の意味での親友との別れ。
それは認めざる負えない現実なのだから。
「……泣いて、るの?」
いつの間にか女性の顔が蛍の目の前に来ていた。
レンズに映り込む自分の顔は鼻を真っ赤にして、顔をくしゃくしゃにしながら、今にも零れ落ちそうなほど涙を目に浮かべていた。
蛍は自分の顔を初めてみたような驚きがあった。
「えっと、そうじゃなくて、その……」
蛍が慌てて弁解しようとすると、涙が零れ落ちそうになった。
その雫を急いで指でふき取ると、誤魔化す様な笑みを無理やりつくった。
「いいの、いいの、よくわかってるつもりだから。泣きたいときは我慢せずに泣いた方がいいわよ、スッキリするから」
身を乗り出したままの女性が腕を伸ばして蛍を柔らかく抱き寄せてくる。
蛍が腕の間から戸惑い気味に女性を見上げると、穏やかな表情で微笑みながら頭を撫でてくれた。
その自然な行為に蛍は声を出すことも忘れてなすがままになっていた。
背中に回された手が蛍の背中を優しくとんとんと叩く。
幼い子があやされているみたいで少し恥ずかしかったが、そこまで悪い気はしなかった。
むしろ知ったことのない母の温もりに触れたみたいで。
蛍は懐かしさと安堵を同時に感じていた。
蛍の思い描く母親とは少しイメージが違っていたが、この女性の持つ独特な母性と都会的な香水の香り、そして車内を包み込む粉っぽい香りは、蛍に別の物語を母親像を作り上げていて、これはこれで良い感じだと思っていた。
背負われていた時も香っていた洗練された大人の女性の臭い、パン屋さんとは言っていたけど、まだこの女性は都会的なものを宿していた。
そのプライドの高さを映したような香りが成熟した女性的なうなじや、母性の強い胸の谷間や、お腹の下から体温と共に流れ出てくる。
どこかのブランドの香水だろう蛍は思った。
だが、蛍には香水に関する知識も、それをつける習慣もなかったのでよくはわからなかった。
ただ、上品で透明感のある香りは今のこの女性にぴったりだと思った。
女性は何も言わず、ただ蛍の髪を撫で続けている。
二人は本当の親子のようにお互いをしっかり抱き合っていた。
この行為に蛍は僅かな既視感を覚えたが、これ以上深く考えることはしなかった。
今はただ、この女性の手の中に沈み込みたかった。
悲しいことへの少しの癒しになる気がして、ただ黙って甘えていた。
白い月が山の峰の向こうに消え去るまでのわずかな時間、蛍はそっと静かに涙をこぼした。
一度出た涙はなかなか止まることはなかった。
…………
………
……
低いエンジン音が暗い森に覆われた山道を響かせる。
あれほど苦労した夜の単独行は、自動車の中から見る客観的な視線から見れば実はそれほどの距離ではことがわかった。
それは最初からわかっていたことだけど、それでも車で下るのは思っていた以上に快適で、罪悪感を覚えるほどに楽だった。
それでもこの日はスピードを抑えていたらしく、普段よりも二割ほどアクセルを緩めて走行していた。
早く走ることがここまでアドレナリンに直結するとは思わなかった。
と、それは女性の弁。
スピードに快楽を求めるなんて馬鹿みたいと、冷めた目でみていたこともあったのに。
今は真逆の、同じ穴の狢となってしまった。
スピードを出すのは危ないことはわかっている、山の峠道では最悪の場合ガードレールを突き破って谷底に落ちることだってあるのだから。
それでもなお止められない。
特に車は弄っていないし、競い合う相手もいない、それでも楽しかったのだ。
まだ寝静まった夜の峠を限界ギリギリのスピード(精々80㌔前後)で、コーナーをクリアしていく。
貯め込んだストレスを下りの道でスピードと共にいっきに吐き出す、そのカタルシスがたまらなく快感だった。
もちろん無茶したり、毎夜同じことをやってれば近隣住民から苦情が出たり、警察が出張ることになるから、こういったことをするのは週末だけと決めている。
ブランドもののパンプスではアクセルワークはシビアになるが、”遊び”だからそれでもいいのだ。
ただ一時の快楽を求めるためだけに走る。
不倫関係に走るよりかはよっぽどましだとは思う。
こっちは何があっても自己責任だし、田舎だから夜はめったに人も車もこないしね。
でも、今夜は人がいた。
人形のように綺麗で幼さを残した少女だった。
あどけない顔立ちとアンバランスなほど見事な女の体系は、男ならば二度目してしまうほどに魅力的に見えただろう。
女のわたしだってはっとしてしまったほどだ。
でも、どこか儚さを持っていた。
少女特有のというよりももっと深い悲しみを宿していた。
裏切られた悲しみか耐え難い絶望か、それとも予期せぬ別離か……様々な感情が体の隙間から覗いているようにみえる。
だからわたしは──幽霊かと思ったのだ。
もしくは人の姿をした別のもの……それぐらい神秘性があった。
だからこそ興味を惹かれて、今一緒に車に乗っているのだけれど……。
その少女は窓の外を見ている。
ミラー越しには何故か映らない、白い風車。
さっきからそれをじっと見ているように思える。
(友達と会えなかったって言ってたけど、”誰か”は言わなかったわね。まあ、知ってどうなるわけでもないけど)
彼女とわたしは偶然あった、ただの他人なのだからこれ以上干渉するつもりはない。
本人だってきっと望んではいないだろう。
でも、四角い窓の外をじっと見つめているその背中をみると、なぜか悲しくなってくる。
理由はわからないけど、同じような悲しさを抱いてしまうのだ。
「ごめんね……」
少女がそっと呟いていた。
ここにいる誰にも聞かせることのない呟き。
恐らくはここにいない友達に聞かせるものであろう、謝罪の言葉。
言っても意味はないはずだとわかっているのにそれでも口にしたかったのだろう。
それだけの強い想いが彼女と友達の間にあったのだと思う。
やるせない気持ちが伝わってきて、思わず少女に声を掛けたくなった。
でも、適切な言葉が見当たらない。
わたしはこの少女の何も知らないのだから。
少し前、ラジオでも付けようかと提案したけど、やんわりと拒否されてしまった。
きっと今少女は別れを惜しんでいるんだ。
誰にも理解できない想いを秘めたままで。
だから邪魔しちゃいけない。
今夜はさらにゆっくりと走ることにした。
あまりにゆっくりだと気を使いすぎると思い、一定の速度を保つようにアクセルを調整する。
これが意外にも難しい。
何かの本で読んだことだが、早く走る為にはただがむしゃらにアクセルを開けるのではなく、きまったコースできちんとタイムを調整して走るのがいいらしい。
微妙なアクセルワークが思いのか難しかった。
それでも、出来るだけさり気ないスマートな走行をしないと。
人に気を使って走るのは窮屈な気がして好みではなかったが、今日はそんなに悪い気はしなかった。
(そういえば、パンにもなるだけ気を使ってほしいと言われったっけ)
口を尖らせて膨れた顔で言う、あの子のことを思い出すと、唇が自然な笑みの形になった。
元気になったのはいいけど……ちょっと口うるさい気もする、まぁ良いことなんだけど。
そういえば、うちの子と同じ歳だったような……?
(何か忘れている? なにかしら……)
女性がつい物思いにふけっていると、目の前に急にカーブが現れた。
それは当然最初からあったのだが、考えていたために反応が遅れてしまったのだ。
「ま、前っ!!」
少女の切羽詰まったような叫び声で我に返ると、慌てて反射的にハンドルを切った。
タイヤの悲鳴とブレーキ音が暗い峠の道に悲鳴のように木霊する。
「ヤバっ!」
ブレーキペダルを半歩踏み込みながら、最悪の事態を想定した。
軋む音が聞こえるほどに奥歯をぎゅっと噛みしめながら懸命のハンドルさばきを見せる、大人の女性。
だが遠心力によって車のタイヤが一瞬浮かび上がる感覚が確かにあった。
蛍も、ステアリングを握る女性も、その刹那に嫌なことを想像していた。
その前に一瞬早く現実に戻ると、尚も思いっきりステアリングを切っていた。
タイヤが焦げるような匂いを嗅いだ気がしたが、すんでのところでガードレールとの激突は避けられたようだ。
怖くてサイドミラーを見ることが出来なかったので、音だけでそれを感知した。
高鳴る心臓を落ちつけながら、軽自動車はさらに速度を落としながら平静を装うように走行を続けていた。
しばらく押し黙っていた二人だが、どうにも気まずい空気が流れていたので、女性は声が震えないように気をつけながら正面を向いたまま、声を出した。
「あははは、ごめんね……ついぼーっとしてた」
片手で髪をかき上げながら、女性は自らの不注意運転の弁明をした。
「あ、いえ……事故がなくてなにより、です」
蛍はまだ両手を胸の前で組みながら、困った顔で微笑み返した。
「ごめんね、怖かったでしょ? 初心者なのに、油断って怖いわね。まだまだ爪が甘いわね、わたし」
自信に満ちた顔とは一変して、女性はしょげ返ってしまった。
その様子に蛍は慌てたように言葉を口にする。
「あ、本当に大丈夫ですよ。こういうの慣れてますし。前にもこういうことあったから……」
蛍はつるっとしたシートベルトを軽く握ってみた。
あの時の同じような車で同じような目に合う……偶然という言葉で片づけていいものなのだろうか?
この女性が現れたときから何かが変わった気がする。
蛍は思いつめた表情で、流れる景色に身を委ねていた。
蛍がそう言ってくれたことで女性は幾分気持ちが楽になった。
同乗者を危険な目に合わせるのはあまりにも不本意だったからだ。
女性は軽く胸を撫でおろすと、微かな疑問を蛍に投げかけることにした。
だが、今度は油断しないように視線は正面に向いたままで。
「前にって、この場所で同じようなことにあったの?」
「はい……」
「それってあなたが運転していたわけじゃないわよね? やっぱりその……友達?」
「あ、えっと……」
蛍はどう返答していいものか迷った。
それにあのことは二人だけの秘密と共に誓い合ったのだから。
(だったら、なんて言えばいいのかな)
蛍がどうしたらいいか思案気な顔をしているのを横目で確認すると、女性は肩の力を抜いた接し方で話し続けた。
「ごめんなさい。変な質問して、嫌なら無理に言わなくてもいいから。”こういうこと”ってことは、やっぱりさっきみたいな危ない目にあったの? まあ、わたしが言うのもなんなんだけどね」
小さく舌を出して、自虐気味に笑っていた。
蛍はその顔に似合わない子供っぽい仕草に、くすくすと笑っていた。
そして思いついたようにこう話した。
「そうですね……初めの内は怖かったです、運転に慣れてなかったから。でも一生懸命になってれたからすぐに運転に慣れてしまって、それからは安心して乗ってられました」
「へぇー、頑張り屋さんだったのね」
「はい。呑み込みが早いのにいつも真っすぐで一生懸命で」
「ふふっ、だったら負けてられないわけ。わたしもちゃんと運転しないとね」
片手を口に当てて女性は小さく笑った。
蛍はあの時の悪夢のような出来事をこんな風に気軽に話せたことに不思議がっていた。
(なんでだろう、この人といると不思議と気持ちが落ち着いていく。なんでも話せる気がする。でもそれって)
蛍は自分の心に生まれた感情に戸惑っていた。
自分の気持ちに正直に、そして一緒にいることになんの違和感もないのは、この世界でただ一人と思っていたから。
だからこそ自分の今の気持ちの揺らぎが信じられなかった。
この人に母親的な母性を感じるのは確かだ。
でも、この感情はそれだけではない、暖かくて明るくて、それでいて芯の強さを感じる。
それは彼女の性格と良く似ていたから。
……蛍は小さく息を吐くと、窓の外に視線を映した。
サイドミラーから見える景色にもう風車の姿はなかった。
山道も終わり、木々が少なくなってくる。
代わりに茶畑が道路沿いに広がるようになった。
それは山の斜面にまで広がっていて、さながら黒い水面が波紋を広げているように、壮大で悠然とした光景だった。
ところどころに小さな風車が立っていて、それがひとりでに回っていた。
それは風車ではなく防霜ファンというもので、霜から畑を守るためのスプリンクラーの役割を果たしていた。
”お茶を美味しくするための扇風機”、そう呼んでいた時期があったことを蛍は思い出していた。
(あの風車も……いつか回ってくれるのかな)
蛍はそんなことを考えながらぼんやりとしたままで車に背を預けていた。
茶畑の海の中を抜けるように軽自動車はゆっくりと走る。
蛍は不意にお茶の香りを嗅いだように感じて、その清涼な匂いに淹れたてのお茶をイメージした。
(ああ、これってオオモト様が淹れてくれたお茶と同じ香りなんだ)
蛍の嗅覚にあの時感知できなかった青い匂いと、清涼感のあるお茶の風味が今やっとわかった気がした。
それで分かったことがあった。
”青いドアの家”は最初からここにあったんだと。
特別なことはない。
最初からすべてあったのだと。
だからこそ、夢でも現実でもなかったのだと。
ようやく蛍は理解出来た。
蛍がまた黙ってしまったことに、女性は少し気を病んでいた。
先ほどの無茶な走行をまだ気にしているのかもしれない。
こういった寡黙な子ほど、いつまでも根に持つものだと経験上知っていたから。
お互いに遺恨を残したままだと別れづらい。
最後は笑って別れたいと、思っているから。
彼の時のように喧嘩別れなんて御免だった。
「……ねぇ、あなた、ペットとか飼ったことある?」
女性からの予期せぬ質問に蛍は目を丸くした。
なんでそんなことを聞くんだろうと蛍は小首をかしげる。
蛍はなんとなくステアリングを握る女性の手を見てみた。
気をもんでいるのか、何度も人差し指でハンドルを弾いていた。
それを見て気を使われていることに気付いた蛍は、フロントガラスに映る一面の茶畑を見ながら女性の質問に答えた。
「いえ、ペットは一度も飼ったことないんです。でも、近所に懐いてくる犬がいて……あ、多分、地域犬だと思うんですけど。その子、とても頭がいいんですよ」
まるで人みたいにとはさすがに言えなかった。
実際、あの時のサトくんと、今のサトくん……つまり”シロ”は同じ犬なのかはわからない。
ただ、今のあの犬に聡の影を見ることはなかった。
聡は自分なりの幸せをもっているのだから、もう犬の体に頼ることはないはずだから。
だから、あの白い犬はシロになったんだと思う。
「そう、犬ねぇ……実はだいぶ前に犬を飼いたいって言われたことがあったのよ」
「……お子さんにですか?」
蛍は少し言葉を選んだ。
「ええ、そうよ。まだ小さかった頃にね。でもね、うちその当時、ペット不可の賃貸マンションにいたのよ。だから諦めなさいっていったんだけど。誰に似たのか頑固でねえ……」
当時のことを思い出したのか、女性はため息交じりの言葉を出した。
蛍は軽く苦笑いすると、黙って話の続きを促した。
「わたしが呆れていると、アイツ……その、夫が話に参加してきてね。犬はダメだけど別の生き物なら飼ってもいいぞ、って無責任に言ってくるのよ。わたしそれを聞いてほとほと呆れたわよ……ねぇ、アイツ、いや彼はなんて言ったと思う? 直感で答えてみて」
塾の講師のような質問に蛍は愛想笑いを浮かべていた。
でも、ちょっと気になる。
犬がダメだとしたら……?
「やっぱり猫ですか?」
蛍はあまり深く考えないで答えた。
こういった質問は大抵予想を大きく上回ることが多い。
それに、無理に捻った答えを出さなくても向こうから喋ってくれるに違いない。
蛍は話を聞かせてくれる母親を待つ気持ちで、女性からの答えを待った。
「う~ん、それならまだマシなんだろうけど、ね」
さすがに分かるわけないか、と小声で言うと、女性は蛍の思惑通りに事の顛末を語り始めた。
「そしたらね、犬の代わりにタコを飼えばいいっていうのよ
「だからね。わたしはこう言ったのよ」
当時の思いをぶつける様にエンジンが回転数をあげていた。
強めに踏んだアクセルが過敏な反応を示し、エンジン音が唸りを上げる。
蛍は突然のスピード感に堪らずシートベルトにしがみ付いた。
「あ、ごめんなさい。ついあの時のことを思い出しちゃって」
「いえ、それでなんて言ったんですか、その、旦那さんに……」
旦那と言う言葉に反応するように、女性は一瞬だけ眉を吊り上げた。
その事から、関係はあまり良くないことが蛍にも分かった。
「だからね。言ってやったのよ」
ちょっとぶっきらぼうな口調で話す女性。
「タコなら食べられるからいいんじゃない。ってね」
「あはは……」
なんとなく予想していた答えに蛍は抑揚のない声で笑っていた。
「そしたらね。アイツは突然怒りだすし、子供は泣きだすしで、もう家じゅうパニックになったのよ。結局、家でペットの話題を出すことは禁止になったんだけどね……ねぇ、わたし間違ったこと言ってないわよね?」
蛍は無理やり目線を合わせてくる女性の顔をまともに見ることが出来なかった。
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ネット上で心理テスト的なものを見かけるとやらずにはいられない質ですが、最近は占いも試してみたりしてます。
占いといってもメジャーな星占いだけでなく、生年月日で診断するものや、姓名判断、手相、比数術、血液型に、九星気学等、様々なものがあるんですねえ。
そんな中最近面白いと思ったのが、本格的な”ネット”の占いです。いわゆる個別的な占いと言いますか、コロナ禍によって以前のように占い師のところへ出向くことが減ったのか、先行きの見えない世相に不安を感じたのか、このネット占いは最近ちょっとしたブームになっているようです。
まあショッピングモールとかで占いの人とか見かけても基本スルーしてましたからねえ私は。そういう意味ではネットだとお手軽に自宅で占ってもらえるから便利ですよねー。コロナ禍だと余計にそう思います。
さてさて、この占い何が面白いかと言いますと、どこから出てきたのでしょうか思うぐらいに占い師が沢山いるわけなんですよー。
某サイトの占いコーナーなんてみましても、実に個性的な方が多くて、色んな意味で目移りしてしまいますよ。
私は基本無料か、一部無料しか試していないのですけど、結構凝った作りになっていて、見てるだけで面白いと言いますか、下手なブラウザゲームやスマホゲームよりも面白いかもしれないです。むしろそう言ったゲームが飽きた方のほうがのめり込みやすいかもですね。
そして一部無料で鑑定してもらうと、極一部を除いて結果がモザイクになるんですよー。もし鑑定結果が全部見たいのなら、”相応の”お金払ってね☆ というなかなか理に適った? サービスとなっています。
有料サービスには運命の人と出会う日時やそのイニシャル、中には似顔絵まで書いてくれるのもあったりして、ちょっとそそられる内容もあったりします。
やっぱり占いはどちらかというと女性向けのコンテンツなのか、恋愛関係が多いですね……片思いや、結婚関係は定番だとしても、不倫や略奪愛等とちょっと物騒なのもあるのが気になりますけど。
ただ、この有料サービス結構問題になってるらしく、多額のお金を要求されたと社会問題化しているようです。
お金を払うと鑑定結果のメールが届くやつとか、個別での電話での鑑定とかは、場合によっては結構えげつない額を要求をされるようですねえ。
上記のブラウザを使った占いも、個別的な文章ではなくいくつかの定型文から成り立っているみたいですし……。
まあ、過剰な期待はしないほうがいいと言うことですねぇー、所詮占いですし。バーナム効果と言われたら、私は否定できませんしねぇ。
でも、ほどほどに当たるんですよね~どんな占いでも。全部じゃないですけど一部該当する部分があるから、気になって色々試して見てしまいたくなるんですよねー。
中にはいい鑑定結果ばかりじゃないんですよね……まあそこが面白いんですけど……。
私が体験したケースですと、”あなたにとても大事な話があります”とか書いてあって、指示通りに変な巻物っぽいのをクリックしたら……。
”近い将来、あなたに辛辣な事を言ってくる人がいます。でもそれはあなたを嫌いで言ってるのではなく、あなたに愛されたいから言ってくるのです。どうか大らかな心で受け止めてあげてください……”
と、書いてあるんですよーーー!! なにそれ怖い!!! 愛されたいなら素直にそういって下さい!! 近い将来に会うかもしれない良くわからないお方!!
正直、下手なホラー映画やゲームよりもよっぽど怖かったです。真っ黒な背景に白の文字でコワイことを書くのは反則ですよー。
あ、そういえば今度は別の鬼滅の刃占いをやってみましたよ~。これは生年月日で占うやつで、前に試したものと比べると本格的な感じがしますね。さて、今回は……。
──
……すみませんニワカなもので誰だか分かりませんでした……。ただこの人は中二病っぽく見えますね。ギルティギアで見かけたような気もする……。
私見ですが、この鬼滅の刃占いは動物占いをベースに作っている感じがしますね。
ちなみに私は動物占いですと羊でした、めぇぇぇ~。
さてさて、ついでに同じサイトにあったキングダム占いも試してみたのですがっ。
──
……実はキングダムも全く知らないので何に相当するキャラなのか見当もつかないのです。ただ説明文を見ると……女子キャラ、なのかな? 良くわからない、謎ですね……。
どうしよう、わからないキャラばかり該当してしまったので、何の感情も湧いてきませんでした……ファンの方すみません。
あと、最近なって出てきたと思われる電車でGO!! の駅診断占い? を最後に試してみます……。
──【池袋駅】タイプ!?
う~ん、私はあんまり池袋には行かないんですけど……でも、合ってるような合ってないような……私はてっきり秋葉原か神田かと思ったんですけどねぇ……ヲタクですし……。
ではでは、それでは~。