We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life. 作:Towelie
「あのさ、こんな時に言うことじゃないんだろうけど、わたしなりにこの姿になったことについて考えてたことがあるんだけど。蛍ちゃん、話してもみてもいいかなぁ?」
「うん、いいよ燐」
不意に投げてきた燐の言葉に蛍は少し疑問を抱くも、今は足元が気になってしまって顔をあげることが出来ず、反射的に返事をしていた。
真っ暗な世界だから足元を気にしていないと、躓きやすい線路の上では簡単に転んでしまう。
なので、今の蛍は燐の話よりもそっちの方ばかり気にしていた。
燐も蛍の方を気にすることなく、舌先を軽く転がしてそのまましゃべり続ける。
「多分ね、お兄ちゃんのことを忘れられないから、こんな格好になっちゃったのかなって……」
「聡さん? でも、聡さんって……」
蛍は一応そう答えてはみるものの、とてもじゃないが顔を燐の方へ向けることなどできなかった。
やはりこの細いヒールの靴では線路の上を歩くのはローファー以上に無謀すぎることなのだろう。
それは自分でもよく分かっている。
転ばないのが不思議なぐらいに危なっかしいとは思っているし。
でも、砂利や枕木の上を歩くよりかは良いだろうと思う。
もしもそんなところを歩いたら、こんな細いヒールなんかすぐに折れてしまっていることだろう。
それならまだ金属の棒の上を歩く方が幾分ましだ。
非常にタイトで、ずっと綱渡りをしているみたいだけど。
足元ばかり見ている蛍を、燐は横目で見ながら軽く微笑んだ。
「あの人、割と好きなんだよねキツネのこと。もうずっと前に、北海道の山に登ったときに偶然野生のキツネと遭遇したのがきっかけなんだって」
「へぇ、そうなんだ」
彼の意外な一面を聞かされて内心感心する蛍だったがそれどころではなく。
よいしょ、よいしょ。
蛍は小声でそう呟きながら両手を伸ばしてちょこちょこと歩く。
やはり前を向いて歩くなんてことはまだできそうにない。
「すっごく可愛かったよってそう言ってた。わたしも見てみたかったんだけど、蛍ちゃんと一緒に行ったときには見れなかったよねぇ」
「そういえばそうだったね。きつねが発見しやすい時期とかってあるのかも」
燐と蛍は一緒に北海道へ旅行に行った時に、彼に会いに行ったことがある。
燐の従兄である高森聡は、小平口町で起きた異変の後、勤めていた会社を突然辞めて、遠く離れた北海道で農業の仕事をしていた。
親戚が北海道で牧場を経営していたこともあり、短期での手伝いのものだったものが、いつの間にかそこに定職することになったらしい。
そこは広大な敷地に牧草と牛がいるだけ。
いかにも北海道の酪農農家と言った感じだった。
普通に彼には会うことができたけれど、野性のキツネには会えずじまいだった。
「北海道ならそこらじゅうでキツネを見かけるって言ってたけど……そんな上手くいくはずもないよね」
そう言って燐は軽く笑う。
それに苦笑いする蛍だったが、不意にある事が気になって口を開く。
「ねぇ、燐はまだ、聡さんのことって好き?」
放たれた言葉に燐は一瞬びくりと身を竦ませたが、すぐに首を横にふる。
「多分ね。お兄ちゃんのことを意識し始めたのが、この頃だったんじゃないかなって思うの。自覚はなかったけど、きっとその時から変わってないのかもね」
燐は複雑な顔で笑う。
蛍にはその表情は良く見えなかった。
「ごめんね。未練がましい面倒な女で」
「そんなこと」
燐はそう言って寂しそうに笑う。
蛍はすぐさま否定の言葉を述べるも。
(燐は、そんな前から聡さんのことを想ってたんだ……)
知り合った頃から彼の話を良くしていたから、ある程度の事は知っていたけれど。
そんなずっと前から思い続けていた人と別れたのだから、そう簡単には忘れられないものなんだろう。
自分には今でもあまり良く分からないことだけど。
燐は泣き笑いのような表情で線路の上をひとりで歩いている。
それはあの時の燐の姿と二重に見えた蛍は。
「……っ、蛍ちゃん?」
不意に蛍に手を掴まれて、燐は驚いた顔でこちらを振り向いた。
向かい合う二人の姿を背の高い街灯が照らしていた。
伸びた二つの影がぴったりと交わっている。
「大丈夫だよ。わたし、燐の良いところ誰よりもいっぱい知ってるつもりだから」
「蛍ちゃん」
燐も同じ強さで手を握り返す。
繋がれた手から互いの温もりが伝わり合って、とても心地よかった。
いまだに残っている引っ掻き傷が消えてなくなるほどではなかったけれど。
それでも今は、何よりも嬉しかったことだから。
……
……
……
青い排水管の横で、その線路はまだ続いていた。
数少ない街灯が、線路の上を歩く二人を照らし出す。
その影はとても細くて、すぐに闇へと溶け込んでいってしまう。それでも少女たちは先を目指して歩く。
この先に何が待っていようかなど考えもなくて、線路の上を歩き続けていた。
そのうちの一人、蛍は急に立ち止まっていた。
線路から足を踏み外してしまっただとか、歩き疲れて脚が痛くなったというわけではない。
なのに、眉を寄せて立ちつくしていた。
(何か、聞こえてくるような……これってわたしの気のせいなのかな?)
止まない耳鳴りがそうさせているのかもしれない。
蛍は頭を振って、ちりちりと聞こえてくる幻聴のようなものを振り払おうとしたのだったが。
「蛍ちゃん、どうかしたの?」
立ち止まってしまった蛍を気にして燐が声を掛ける。
「えっと、何か、聞こえないかなって……」
燐の方がきっと耳が良いだろうとは言えず、蛍は事象だけ口にする。
「何か、か……まさか!? 電車が来るとかじゃないよね?」
「それとは、違うとは思うけど」
燐にそう言われて蛍は不安げな表情となる。
「ちょっと待っててね。えっと……」
慌てて燐はぴくぴくと、頭のきつねの耳を動かす。
無論、人の耳の方は全く動いていない。
蛍は黙って軽く目をつむっていた。
それでも耳鳴りと音は治まる様子はない。
暫くそうして黙ったまま固まっていた二人だったのだが。
先に口を開いたのは燐だった。
「わたしの耳には聞こえてないみたいだけど、蛍ちゃんは何かが聞こえるんだよね?」
「その……」
そう燐に問われて、蛍は一瞬迷いをみせるも。
「うん……でも、電車の走行音とかじゃなくて、地鳴りっぽいのが聞こえるんだけど」
「どんな感じのものなの、それ」
「ごごごごって。低い感じの音なんだけど。燐が聞こえないのなら、わたしの気のせいなのかもね。耳鳴りもなおってないし」
蛍はそう言葉を付け加えた。
「えっと、ごごごか……それなら電車じゃないみたいだけど。でも、わたしには何で聞こえないんだろ?」
そう言って小首を傾げる燐だったが。
「あ、そうだ!」
そう言って燐は急にしゃがみ込むと、キツネの耳を線路の片方にぴたっとくっつけていた。
「ちょ、ちょっと燐!?」
驚く蛍だったが、その意図にすぐに気づくと余計な物音を立てないようにする。
線路越しにその音を聞こうと燐は瞼を閉じた。
すると。
(んっ? この音って……!?)
蛍が聞いたという音と違った音色が、頭の方から聞こえてきて燐は眉を寄せて唸っていた。
「どう? 何か聞こえた?」
すぐに蛍が尋ねてくる。
燐はゆっくりと顔をあげると、スカートの裾を手で払い落とす。
「うん……でも」
「?」
立ち上がった燐は煮え切らないような複雑な表情を浮かべていた。
「一応聞こえはしたんだけどさ」
「うん……」
「蛍ちゃんの言う、”ごごごご”って感じじゃなくて、何か乾いたような音だったよ。カラカラカラって」
「からから……?」
燐は自分が聞こえた音をそう表現していた。
蛍は頬に手を当てて、不思議そうに首を傾げる。
「わたしと燐で違う音が聞こえてるのかな」
「結論から言うとそうみたいだね。でも、それってどうしてなんだろう」
変な世界線にいるからって、人によって聞こえる音が違ってくるとか。そんな事があり得るものなんだろうか。
まあ、自分達の世界の法則なんて、ここでは意味などないんだろうけど。
「ねぇ、燐。どこから聞こえてきたものなの」
「えーっと、あっちの方から、かな」
燐は細い指で、線路のその先を指差していた。
燐の場合、直接線路に耳を当てていたのだから、音の方角はこの先か後にしかないわけなのだが。
「それ、わたしもだ。燐も線路の先の方から聞こえてきたんだね」
蛍はなぜか感心したように手を叩く。
燐と一緒だったのが嬉しいようだった。
「蛍ちゃんも? じゃあ、音は違っててもその方向は同じみたいなのかな……」
「そうかもね」
音をだす対象も同じということ。
二人は、まだ見ぬ線路先に目を向けた。
青いパイプも、線路も、まだ先にまで続いている。
暗闇の中でも線路わきの街燈がついているから、道に迷うようなことはないけれど。
この暗闇の先に、さっきの灯篭を流した人がいるというのだろうか。
他にもパイプはあったが。
(このパイプがある方が正解ならいいんだけど)
それを燐も蛍も、勘だけで決めてしまっていた。
根拠なんかは当然何もってないけど。
「このまま行けば分かるのかもね」
「どの道それしかないからね」
二人は苦笑いしながら顔を見合わせる。
さっきの音の事と言い、あれこれと言ってみたところで、この先へと進むほかなかった。
この世界では、行ってみなければ何も分からないのだから。
……
……
「ねぇ、凄いね蛍ちゃん!! ほらっ、これ滝だよー! すっごく大きいよねぇ」
両腕と目をいっぱいに広げた燐が、その滝の轟音に負けないほどの大きな声を張りあげて言った。
「本当に凄いよね。こんなの初めて見たよ」
「わたしもー。こんなの現実の景色じゃないみたいだよね」
「夢でも滅多に見ないものかもね」
驚嘆の声をあげる二人の前で、ごうごうと水が流れ落ちていた。
蛍が聞いた地鳴りのような音はきっとこれなんだ。
燐はそう納得した。
「ひゃっ、冷っ!」
水しぶきが頬に当たって、蛍が小さく叫ぶ。
「でも、シャワーみたいでちょっと気持ちいいかも~。もっと降ってきてもいいぐらい」
燐はその水を浴びようと手を伸ばしている。
「確かに、そう思ったらそんなに嫌じゃないかもね」
(全然お風呂に入ってなかったから、燐の言うようにちょうどいいのかもね)
蛍としてはあの山での温泉の時以来、身体を洗うようなことがなかったから。
むしろ滝の下で水浴びをしたいぐらい。
恥ずかしいから流石にやらないと思うけども。
「そういえばさ、マイナスイオンって実はあんまり意味ないんだっけ?」
「でも、見ているだけでも涼しい感じはするから」
滝とともに遥か上の方から降り注いでくる小さな水の飛沫に、二人はきゃあきゃあとはしゃいでいた。
線路の先にあったのは、テーマパークのような所だった。
もう使われていないのか、そこは廃墟のようになっていて、ゲートの看板には”PARK”のガタついた文字だけが確認できた。
顔を見合わせる二人だったが、迷った挙句に中へと入ってみることにした。
係員もいないから入口から容易に中へと入り込むことはできたけど。
パーク内にも人がいないのは当然なのだろうが、施設のほとんども使い物にならないほどの酷い有様であった。
ただ、誰かに荒らされたとかではなく、とても長い間放置されていたみたいに、アトラクション等が朽ちてしまっていた。
少し警戒しながらパーク内をぐるぐると歩き回ってはみたものの、二人以外の誰の人影もなく、園内は静かで閑散としていた。
気になったものと言えば、あの青い色のパイプがこの施設内にまで伸びていて、その先に少し変わった滝があったという事だけ。
滝を見るための展望台もあり、しかもライトアップまでされていて、そこで眺めていたわけなのだが。
全ての色彩がなくなってしまった世界で、この滝の周りだけが宝石のようにキラキラとしていた。
荒廃した世界でただ一つだけ残った楽園のように。
明らかに人工で作られたスポットなのに、なぜか自然と言うか脈打っている感じがする。
蛍と燐が立ち止まって目を奪われてしまうのは仕方ないことだった。
「ほんとうに凄い情景なんだろうけど……でも、なんていったらいいんだろう?」
蛍は困った顔で本当に言いづらそうに苦笑いする。
「何なんだろうね、これ。もしかして……”滝つぼ”のつもりでこんなのを置いてあるのかな」
「でも、こんなのおかしいよね? わたしは結構好きだけど」
「わたしもまあ、面白い試みだとは思うけど……」
最初見つけた時は、面白がっていた二人だったが。
やはりその構造のおかしさが気になってしまう。
ちゃんと水が流れているから、これは滝なんだろうが。
その下というか……
「これじゃ滝つぼじゃなくて、”滝ビン”って感じだよね」
「上手いこと言うね蛍ちゃん」
その呼び名がしっくりきたのか、燐はうんうんと頷いている。
とても大きな透明な瓶が滝の下に置かれていたのだ。
例えるのなら、サイフォン式のコーヒーメーカーのように。
瓶は透明であったが、規格外の大きさのものだった。
そのおかげで落ちていく水の流れをはっきりと見ることができてはいるけれど。
それにしても誰がこんなものを作ったというのだろう。
廃墟と化したテーマパークの中でも、なぜかこの滝だけは割と綺麗なままだった。
普通なら、滝の下には水の勢いで出来たくぼみがあって、そこからさらに川に流れたりしているのだろうが。
水槽のようではあったけれど、それにしたってこれは何というか。
「滝にしてはさ、ちょっとその……奇妙な感じあるよね?」
燐は自分の目が信じられないのか、目の前にあるものに対してそう尋ねてくる。
蛍は複雑な顔で頷く。
「うん……別に無くてもいいとは思うけど、あるんだよね」
二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「これってセンスの問題なのかなぁ? 可愛いとはおもうけど」
それには蛍も同意するらしく。
「可愛いのはそうだね。でもそのせいで金魚鉢みたいに見えるよ」
「でも、いるのは金魚じゃないよね?」
その指摘に蛍は苦笑いしてしまう。
確かにこれは金魚なんかではなくて。
「……」
黄色い大きなそれが、ぷかりと水に浮かびながらこちらをじっと見つめている。
それは。
「おっきなアヒル、だよね。それも”おもちゃ”の」
お風呂等で浮かべるようなビニール製の
のどかでとても可愛らしい光景に見えるけれど、滝もその下の金魚鉢も、もちろんそのアヒルだって、やたらと大きいものだったから、やはり異様としか思えない光景ではあった。
「でもさ、普通におっきいアヒルって可愛くない? わたしはやっぱり好きだなぁ」
蛍はしみじみと笑顔でそう言った。
燐もまんざらではないようで苦笑いで頷く。
「まあ、変な世界だからこーゆーのもありなのかもね」
そのスケールと非現実的さに圧倒されてしまったのか、二人は滝と可愛らしい人工物とが織りなす奇妙な情景にしばし言葉を忘れて見入っていた。
どのぐらいそうしていただろうか。
ぽつりと蛍が呟く。
「滝はまだ続いてるみたいだけど、ここからどこに流れていってるんだろうね」
滝の下の瓶には注ぎ口のようなものがちゃんとついていて、上から落ちてきた水を下へと流していた。
やはり”滝つぼ”だからだろうか、そのおかげで滝の勢いが少し弱まっているようにも見える。
「その下は川みたいだけど」
展望台の真下を通る川に滝の水は流れているようだった。
その先はまだよくわからない。
もしかしたら、さっき見た巨大な穴の方にまで流れて行ってるのかもしれない。
それにしても、こんな大きなアヒルと鉢なんて誰かが作らないとできないものだろう。
だからここには誰かいるということになるのだが。
あの灯篭だってそうだし。
「誰もいなかったよね。ちゃんとした展望台だってあるのに」
ここまで歩いてきた線路も、このテーマパークにも誰も居なかった。
駅と呼ぶには簡素な、青い屋根のプラットフォームがあったけれど。
そこもこの遊園地と同じく、無人の捨てられた場所のようだった。
「一応自販機なんかもあるけど」
燐は展望台の横に立つ四角い自販機の前に立つ。
「多分、使えないよね」
飲み物が買えるらしいが、見たことのない商品がウィンドウに並んでいる。
試しに蛍がボタンを押してみたのだが、やはり反応はなかった。
これも、あの時みたいな意味のないオブジェなんだろうか。
「もし……世界の端っこみたいなものがあるんだとしたら、こういう場所になるのかな」
滝を眺めていた燐がふいにそんな事を言った。
蛍は少し困ったような顔になる。
「そうだね。何もかもが歪んてて奇妙だけど、どこか安心できるっていうか」
知っているもののはずなのに、どこか違っている。
その言葉に該当するものを二人は知っていた。
それは──”青いドアの家”。
この世界のどこか奇妙な感じは、あの家と似ている。
夢か現実かが分からなくなるようなそんな不条理を詰め込んだような、あの家のある世界と。
地球がかつて平面であると言われていたときでは、世界はひとつの大きな大陸であり、その端っこでは海が滝のように流れていると言い伝えられていたときがあったが。
それと同じことなのだろうか。
分からないことをそのまま具現化したような、この世界の在り様は。
「でもやっぱり凄い景色だよね。スマホでも持っていれば良かったんだけど」
「わたしも、カメラがあればすぐにでも撮ってるんだけどね」
そうすれば、この絶景を持ち帰れるのにと思ったが、同時にそれは無理だろうとも思っていた。
「わたし達の方にも、ここみたいなちょっと変わったものがあっても良いよね」
「確かにー。どこかのテーマパークなんかにはありそうだけど」
大きなアヒルは動画なんかでは見たことがあったけど、この変てこな滝は流石に初めてのことだった。
「ねぇ、滝の下ってどうなってるのかな」
「なんか、崖になってるみたいだからその下の川に水が流れてると思うけど」
燐と蛍は落ちないように固く手を握って滝のその下を覗き込む。
手すりがあるから大丈夫だとは思うが。
思っていた以上に深いのだろうか、崖下に何があるのかを確認することができなかった。
「全然見えないね。どのぐらいの深さがあるんだろう?」
「ここって岩山っぽい所だから、もしかすると峡谷みたいになってるのかもね」
「見た目よりも落差があるもんなんだね」
暗闇の中に消えていく一本の白い線。
それを見守る少女二人。
見えている一段目の滝よりも、二段目の滝の方がずっと長く落ちて行くようだった。
「前にダムの放水を見たことがあったけど、それと少し似てるかも」
蛍は、住んでいた町の隣県のダムの放水を見たことを思い出していた。
あれだって結構な迫力があったものだったけど、こっちは流れは緩やかだが水量はずっと上だった。
「そう言われてみると、滝っていうよりも、噴水に近いものの方なのかもね」
そう言って燐は上を見上げる。
どれほどの水量があるのか分からないが、こうして見ている間にも次々に水は流れ落ちてくる。
滝の上には大きな川か何かがあるのだろうが。
こうして展望台になっているしパーク内にあることから、アトラクションとしてのものの可能性もある。
水を巡廻させて、ずっと滝が落ちてくるように見せているとかのように。
滝つぼがガラス張りの鉢になっていたり、大きなアヒルも置いてあることだから。
ぱあっと。
滝から溢れた水の雫が、二人の頭上から細い雨を降らす。
「ずっとここにいたらさすがに服が濡れちゃいそう」
「それでも良いんじゃない。汗かいててべとべとだったし」
「まあ、それはそうなんだけど」
あっけらかんと言い放つ燐に、蛍はくすりと笑う。
「でも、服は脱がないけどね」
「どーしてぇ?」
そう言い放つ蛍に燐は問いかける。
「だってこの”バニーの服”って、脱ぎ方が良く分からないし……燐は知ってる?」
「わたしも良く分からない。着たことってないから」
「だよねぇ」
ちょっとだけ着てみたいとは思うけど、今の燐の姿ではどうしようもない。
(元の姿に戻ったって、絶対に着たいとは思わないけど、さ)
蛍には言えないことだが、やっぱり大胆すぎる格好だとはおもう。
胸元なんかは簡単に捲りあがりそうに見えるし。
燐に見られていることに気付いたのか、蛍は顔赤くさせた。
「こんな変なのじゃなくて、せっかくなら燐とおそろいのほうがまだ良かったなぁ」
「わたしとお揃いって?」
何だろう?
まさかだとは思うけれど。
(まあ、蛍ちゃんなら何着ても似合うだろうから)
ただ、
むしろ付いているというか。
意識したのか、燐の頭の耳としっぽがぴくぴくと動いていた。
「じゃあ、もしかして”タヌキ”が良かったってこと?」
「えっ」
キツネの仲間と言ったらタヌキだし。
そう燐は何気なく聞いたつもりだったのだが。
蛍は何故か唖然とした顔となっていた。
「ええっと、わたしが狐のしっぽとか付いてるから、蛍ちゃんは狸が良いのかなって思ったんだけど……」
同じ狐になりたかったって意味だったんだろうか。
そんな事を考えていた燐が難しい顔になっていると。
「あぁ、なるほど、そっちのほうか」
理解できたように蛍はぽんと手を叩いていた。
それはどっちのことだろう?
「そっちって、蛍ちゃんはいったい何だと思ったの?」
少し眉を寄せた燐が蛍に問いただす。
それ以外にはないと思ったぐらいだったから。
「わたしは……ネコが良いかなって」
「え、猫ぉ!?」
「うん。にゃんにゃんの方だよ」
わざわざ言い直さなくても分かることなのだが。
そう言って蛍は、猫招きをするようなポーズをバニーガールの服でとっている。
燐は唖然として口を開けたままとなっていた。
「えっと、どうしてネコなわけぇ? わたし、わけわかんないよぉ」
狸よりも猫の方が可愛いから?
それはまあそうと言うか。
どっちもそれぞれ愛嬌があるから、甲乙つけがたい感じではあるが。
「えっとね、ほら……燐は”キツネ”なわけでしょ? だから”ネコ”かなって」
「それってもしかして……しりとり!?」
「うん、正解」
そう言って蛍は困った顔ではにかんでいた。
燐は内心ため息をつく。
いつの間にか、なぞなぞとなっていたようだった。
「にゃにゃー」
蛍は暢気にそう鳴いてみせる。
燐はもうため息すらもでなくて。
「にゃー、じゃなくて」
「じゃあ、ふにゃにゃにゃー?」
「……」
それでも蛍は楽しそうに何度も鳴いていた。
……
……
「やれやれ。急にルールを変更するんだもん、蛍ちゃんって」
「ごめんね。あ、でもタヌキでもわたしは良いと思うよ。可愛いから」
「そんな取ってつけたようなこと言わなくてもいいよ」
「あはははっ」
呆れた口調で燐は口を少しとがらせる。
蛍は声をあげて笑っていた。
ぽつん。
その時、蛍の額にしずくがぽつんと落ちてきた。
「……ねぇ、燐。ひとつ提案があるんだけど」
「なぁに? 今度はたぬきの鳴きまねでもするつもりなのぉ」
からかうように燐はそう言う。
蛍は困った顔になって軽く苦笑いを浮かべた。
「それはもういいよ。そうじゃなくてさ、ここまで来たのなら下の方にも行ってみないかなって」
「この下って?」
燐は展望台の下を覗き込む。
滝の水は川となって流れてはいるが、その片方がどこか底へと落ちていってるようだった。
先は真っ暗でここからでは良く見えない。
「どこかにさ、降りれるようなところがあるのかもしれない。ほら、あの青色のパイプだって」
「本当だ」
二人がここまで辿ってきた下水用と思われる青色の太いパイプは、その川が落ちる方向へと続いているようだった。
「滝から落ちた水を、さっきの所に流しているのかなぁ?」
「分からないけど」
どちらにしてもそれを確かめるためにここまでやってきたのだから、行かない理由などは特になかった。
「あのさ、行ってみるのはいいんだけどさ」
「うん」
「なんか、あのアヒルがちょっとかわいそうかなって」
燐は、あの黄色い
「かわいそうだけどこのまま置いていくしかないよね、わたし達が持っていけるようなものでもないし」
どう見ても、二人よりもアヒルの方が数倍も大きい。
そのひとりぼっちのアヒルが、物も言わず丸い瞳で二人をじっと見つめていた。
「まあ、そうだよね」
特に思い入れなんかがあったわけではないけれど。
ひとときの癒しのようなものをあの子から感じ取ることができていたから。
……
……
「蛍ちゃん、ほらここにあるよ」
燐は滝つぼの裏側に金属製のドアを発見し、すぐさま蛍を呼んだ。
「もしかして、ここから下に降りられるのかな」
「多分ね」
このパーク内の施設を管理する為のものなのだろう、ドアはあっけなく開き、その中にはコンクリート製のしっかりとした階段が下へと伸びていた。
「燐。ここに何かあるけど」
蛍はすぐ横の壁にあったものを指差す。
棒状のものが壁にかかっていた。
自分たちの知っている懐中電灯のようだけど。
「ちゃんと点いてくれるかなぁ……」
蛍から受け取った細いライトを、燐は手でぶんぶんと振ってみる。
かちっ。
軽い音と共に暗闇にぱっと明かりが灯る。
「あっ、ちゃんとついたね」
喜んだ蛍が思わず手を叩く。
「うん、これなら大丈夫そうだね」
燐はほっと息を吐いた。
「じゃあ、行こうか蛍ちゃん」
「うん」
二人は階段を下りていく前に一度外を振り返る。
「ごめんね、バイバイ」
「アヒルさんも元気でね」
二人はビニール製の大きなアヒルに手を振って別れを告げると、ライトをかざしてゆっくりと階段を降りていく。
水面にひとり取り残された黄色のアヒルは、視界から消えていく2人の少女を何も言わずに見送っていた。
……
……
……
「蛍ちゃん気を付けてね。足元がちょっとぬかるんでるみたいだから」
「それってやっぱり、この下に水が流れてるってことなのかな」
「それはまだ分からないけど」
二人は手をとり合って階段を下りていく。
手すりなどなかったから、足元を確かめながら一段ずつ慎重に降りることにした。
狭い上にとても急な階段だったから、なんだか不安になってしまう。
もしこんな所で転んだりなんかしたら。
余計なことを想像してしまい蛍は肝が冷える思いをしていた。
「このライトがあって本当に良かったよ。蛍ちゃんのおかげだね」
「そんなこと」
急に燐に褒められて蛍は顔を真っ赤にする。
念のためにと、入ってきたドアは開け放しにしていたが、滝の照明の明かりはもうここまで届かなくなってしまった。
透明な鉢の周りには、ライトアップ用の照明が置いてあって、時間で色が変わるしくみとなっているようだった。
そのせいで、滝の色や落ちてくる水滴が色とりどりの星みたいにきらきらとしていたが。
だけど、ここは死んだように真っ暗で。しかも狭くて息苦しい。
燐の言うように、もしこのライトでもなかったから完全な暗闇となっていただろう。
(でも、階段を登ってここまで来たのに、今度は降りていくことになるなんて)
どういう構造となっているんだろう。
この世界は。
ただ振り回されているだけなんだろうか?
異世界みたいなところで。
意味も理由もなく。
(とにかく今は行くしかないよね。燐が一緒なんだし)
それだけが唯一の望みであった。
燐と一緒にいるという事は、蛍にとって何よりも代えがたい大切なものなのだから。
とんっ。
普通に足をついたつもりだった。
階段を降りる方が上るよりも全然楽だろうと。
そう思っていたのだが。
そこに油断があったようで──。
ぼきっ。
何か嫌な感じの音がして、その瞬間、蛍は膝から崩れ落ちた。
「わああっ!! 燐、避けてええっ!」
「ええっ!?」
むぎゅっ。
急に蛍に抱きつかれた。
というか、すごい勢いでタックルを食らった気分だった。
「くっ!」
燐は足を踏ん張って不意の衝撃に堪える。
両手が塞がっているので下半身の力だけが頼りで。
覚悟を決めたように燐は歯を食いしばった。
「はあはあ、何とかぁ……」
燐のつま先は殆ど垂直となってはいたが、二人一緒に階段を転げ落ちる事だけは何とか避けられることできていた。
だがまだ足はがくがくとしている。
それでも燐は振り返った。
「ど、どうしたの蛍ちゃん!?」
よほど怖かったのだろう。
蛍は燐に抱き着いたまま荒い息を吐いている。
「よく分からないけど、なんか急にがくってなって」
「足が躓いちゃった?」
「……みたいかも」
そう言ってごめんと蛍は燐に謝罪をする。
つい、考え事をしていたせいだろうか。
そう思ったのだが。
「何か足に違和感が……あっ!」
「どうかしたの?」
「ヒールがなくなってる……」
燐が懐中電灯で蛍の足元を照らすと、右の靴のヒールがぽっきりと折れてしまっていた。
「蛍ちゃん、怪我とかしてない? 痛みとかは」
「それは大丈夫。でも、脱ぐしかないよね。片方だけじゃ歩きにくいし」
そういって蛍は両方の靴を脱いで片手に持つ。
まだ階段は続いていて、ストッキング越しにひやりとしたコンクリートの感覚があった。
「このまま降りれそう?」
燐が心配そうな顔で覗き込む。
「うん」
蛍はすぐにそう返事をすると。
「燐、わたしの事は気にしないでいいよ。階段ぐらいなら降りられると思うから」
「本当に大丈夫?」
「何とかね」
「う~ん」
蛍はそう言うものの燐は納得がいかないのか、考えこむ仕草をしていた。
「燐」
蛍は念を押すように燐の名前を呼んだ。
燐は唇を一舐めすると。
「蛍ちゃん、これ持ってて」
そういって持っていたライトを蛍に手渡した。
「燐、どうするつもりなの?」
「うん。ちょっとだけ我慢しててねっ」
燐は片目をぱちっとさせると。
「きゃっ!」
燐は蛍の前にしゃがみ込むと、黒いタイツに包まれた蛍の細い脚を手で持ってそのまま抱きかかえる。
「り、燐!?」
あまりのことに蛍は目を白黒とさせていた。
まさか燐が、自分を抱きかかえるなど思ってもみなかったことだから。
それも、前にしてもらったときよりも軽々しいものだったので、一瞬何をされているのか、当の蛍本人がそれが分からないほどだった。
(わたし……燐に、抱っこされているの!? それもこんな……)
燐の顔がとても近い。
明らかに幼い顔立ちと頭にはキツネの耳がついていた。
「ねぇ、燐、ほんとに大丈夫なの?」
落ち着かないのか、蛍は手持ち無沙汰を感じて懐中電灯をぎゅっと握りしめた。
明らかな浮遊感を感じているから間違えなく燐に抱きかかえられているとは思うが。
そこに全く現実感がない。
かと言って夢にしてはあまりにも現実的すぎることだけど。
「何かね、全然平気みたい。ちょっと悔しいことなんだけどね」
「?」
燐の言ってることがあまりよく分からず蛍は首をかしげる。
「そんな事よりもさ、しっかり掴まっててね、一気に下りちゃうからさっ」
「ええっ」
蛍は反射的に燐の首に手を回す。
簡単に折れてしまいそうなほど細い首に少し驚いてしまうが。
燐はふらつくようなこともなく、むしろしっかりと蛍を抱きかかえていた。
苦しい表情などとることもなく。
「蛍ちゃん。ライトを前に向けておいてね。あ、無理にしなくてもいいけど」
「燐、それってどういうことなの?」
明かりが無ければ階段のその先は真っ暗だ。
そんな中でも降りれるとでもいうのだろうか、燐は。
「一応ね、真っ暗でもある程度は見えるんだよね。薄っすらっていうか」
「そうなの? 今初めて知ったよ」
さっきから蛍ほど燐が怖がっていないように見えたのは、そういうことのようだった。
「多分、この変な格好のせいだろうね。良いことかどうかは分からないけど」
燐は苦笑いを浮かべる。
「燐……」
蛍は気遣うような表情で燐の瞳を見つめる。
目が少しおかしいとかのことはなく。
むしろとても綺麗で、見つめていると吸い込まれそうなほど。
いつもの燐の瞳だった。
「あ、あんまりさ、近くでじっと見つめないでね。蛍ちゃんでも照れちゃうよぉ」
「あっ、ごめん」
二人は顔を赤くして俯いていた。
燐の足の間でふさふさの尻尾が大きく左右に揺れている。
「さぁっ、こんな所ぱっぱっと抜けちゃおうかぁ! じゃあいくよ蛍ちゃん!」
「あ、ちょっと燐──!」
燐は、ぱっと階段を飛び上がった。
このまま飛んでいくのではないかと危惧した蛍だったが。
何段目か先の階段に着地をすると、すぐさま次の着地点を目指して飛び出していく。
これは降りるというよりも、階段を飛び跳ねて降りている。
普通の人にはそうそうできるものではない。
ましてや蛍を担いだままでなんて。
それなのに燐はアトラクションでも楽しむようにぴょんぴょんと階段を降りている。
(これも……そうなの? 燐……)
衝動に駆られた蛍は燐の首元にそっと鼻を寄せる。
鼻を擽るミルクのような甘い香り。
その匂いを嗅いだとき、何故だかあの牧場の情景を蛍の脳裏に思い起こさせていた。
とん、とん、とん、とん。
燐はスキップでもするように階段を降っていく。
あまりのテンポの良さに心地よさすら覚えてしまうほど。
まるで極上のゆりかごにでも揺られているみたい。
蛍の瞳が少しとろんとなり始めたとき。
ぴちょん。ぴちょんと、どこからか水の滴るような音がする。
ひょっとするともう出口が近いのだろうか。
こんなペースで降りていればそうなのかもしれないけど。
「ねぇ、蛍ちゃん聞こえた!?」
「じゃあ、燐も?」
もう戻れない所にまで来てしまった感じがあった。
このまま地の底にまで行ってしまうのではないかと、その不安から蛍は軽く眩暈を覚えたが、でも燐の温もりがすぐ近くにあったから。
燐の息づかいを間近に感じながら一緒に階段をおりていく。
(こういうのに、ちょっと憧れてたこともあったけど……今はちょっと複雑な感じかも)
抱っこしてもらえる相手が男子ではなく、燐だったら良いなと夢見たことがあったが、まさかこんな小さい姿の燐にもしてもらえるなんて。
それも可愛らしい耳としっぽまでつけて。
蛍はふふっと小さく微笑む。
その意味が分からず不思議そうに燐は首をかしげた。
わたし達は一体、どこへ向かおうとしているのだろう。
でも例え、この先が二度と戻れない場所だったとしても。
それでも燐と一緒なら。
……
……
……
「これが出口だよね」
「きっとね。これしかないみたいだし」
エレベーターの時と同じく、階段を降り切った先にはドアが一枚あるだけで。
「ねぇ、燐」
「うん?」
「さすがにもう下ろしてくれてもいいんだけど……」
「それはだーめ。蛍ちゃんが汚れちゃうよぉ」
このぐらいなら気にしないのに。
そう呟く蛍だが、燐は小さく首を振ると。
「もうちょっとこのままでいてね。お姫様っ」
「もう」
蛍は困った顔で顔を真っ赤にしていた。
「……じゃあ開けるよ」
「うん、お願い」
一緒に開けるつもりだったが、燐の手が塞がっているので抱きかかえられたままの蛍が手を伸ばしてドアノブを回した。
かちゃり。
鍵が掛かっていないことが分かると、蛍はドアを手前にゆっくりと引いた。
金属の鈍い音が辺りに響き渡る。
扉の先では視界がぱっと開けていた。
そこは小さな洞窟のような所だった。
そのすぐ近くで細い水が岩肌を伝ってちょろちょろと上から流れている。
「さっきの滝の行きつく先ってここなのかな」
「うん……」
どうやらここが終点らしい。
電源が生きているのか、コードでつながれた小さな照明が天井にいくつか灯っている。
壁も天井もとがった岩で囲まれていることから、鍾乳洞のような所にも見えるが。
少し先に地底湖のようなものがあった。
ただ、さっきのクレーターのような大穴とは違い、ここのはそれほど大きくはない。
湖の先には川が続いていて、洞窟もその川に沿って続いているようだった。
「あのパイプもここで終わってるみたい」
二人がここまで辿ってきた青いパイプはこの湖の水とつながっていたらしい。
青いパイプは水の中にあった。
他にもパイプはあるようで、ここの水をポンプか何かで吸い上げてどこかへと運んでいるように見える。
そのような機械は辺りには見当たらないけれど。
「燐、あそこにボートみたいなのがあるよ」
湖の畔に小舟のようなものが1艘おいてあった。
ボートを漕ぐためのオールも中にあったことから、この池の先の方まで何らかの作業で使っていたのだろうか。
池の水はエメラルドグリーンのように光っていて、ここの水の流れは緩やかそうに見える。
「じゃあ、さっきの灯篭を流した人って、これに乗ってきたのかなぁ」
そう考えてしまうのは妥当なんだろうが。
「でも、このオールって乾いてるみたいだけど」
「本当だ。じゃあ違うのかな」
蛍の指摘に燐は首を傾げる。
もしも最近使ったものだったら、オールが濡れていないとおかしいということになる。
「こんな所じゃすぐに乾きそうにないしね」
「むしろ湿度は高い方だよね。水辺もあることだし」
蛍はしっとりとなってしまった黒髪を気にしているのか、手で触っている。
「ねぇ、燐。何か、箱みたいなものがない? ほら、船の前の方に」
「あっ、本当だ」
船の内部と同じような木で出来た箱だったからすぐには気付かなかった。
「何だろうねこれ。中に何かあるのかな」
「うん……」
蛍の問いかけに燐は曖昧な返事を返す。
こういった分かりやすいものがあるのはこの世界で初めてのことだったから、燐も蛍も戸惑っていた。
ライトを照らしてみても特に変わったようなところはない。
ただ開けるための小さな取っ手のようなもの付いてあるだけで。
箱の表面には文字や記号のようなものは書いてなかった。
「あ、これ。この船とくっついてるみたいだね」
蛍を船へと下ろした燐が、箱を手で持って中を確かめようとしたのだが、小舟の中の木とくっついているようで持ち上げることができなかった。
「中に物を入れられる
蛍の言うように、箱の上部は座ることができるようになっている。
クッションなどはなかったが、表面がつるつるとしているから座り心地はそんなに悪くないはずだ。
「この箱、開けてみようか。何かの手がかりがあるかもしれないし」
「そうだね。中に何もないってこともあるだろうし」
蛍の提案に燐は小さく頷く。
(何もないならいいけど、変なのが入ってたりしたら……)
生き物等が入っている可能性は低いだろうが。
「グロテスクなものじゃなければいいよね」
ついフラグみたいなことを蛍は口にしていた。
「もう、開ける前から変なこと言わないでよー」
燐は困った顔で抗議する。
自分の予想が当たらなければいいのにと、蛍は固唾を飲んで燐が箱を開けるのを見守っていた。
(何か、すごく緊張するんだけど)
どきどきと早鐘を打つ鼓動を抑えながら、燐は箱のふたに手を掛けた。
ぱかっというやけに小気味良い音がして蓋が開いた。
その中にある物を見て燐は目を丸くさせた。
「これって」
何でこんなものが。
燐がそう言おうとする前に。
いつの間にか横にいた蛍がぽつりと呟く。
「これって、スニーカー? どうしてこの箱の中にこんなのがあったんだろう?」
白い靴が、きちんと揃えた状態で箱の中に入っていた。
(これ、誰かのものかな……なんか)
何だか少し気味の悪い感じがして、燐はそのまま箱をもとに戻そうかと思ったぐらいだった。
だが蛍は。
「ねぇ、燐。これ出してみてもいいと思う?」
「う~ん」
止めた方がいい、そう蛍に言おうとしたのだが。
(蛍ちゃん、もしかしてこれを?)
やはり履くつもりなんだろうか。
それまで履いていた靴が駄目になってしまったから、その気持ちはよくわかるけれど。
「もしかしたら呪いとか……あるかも」
「そうなの?」
素直にそう聞き返す蛍に燐は何も言えなくなってしまう。
「ちょっと気になるし。とりあえず出してみない?」
「う、うん。蛍ちゃんがそう言うなら」
蛍が自分からシューズを取るその前に、燐が箱から靴を取り出した。
箱の中にはそのスニーカー以外何も入っておらず、後はからっぽだった。
少し小ぶりのオフホワイトのスニーカーには可愛らしいフリルのリボンが靴ひものようにあしらわれている。
あとはちょっと汚れているぐらいで、ごく普通のスニーカーと言った感じだった。
新品ではないみたいだけど。
燐は無言でシューズを見下ろした。
蛍は何を思ったのかそれを拾うと。
「蛍ちゃん!? もしかしてその靴、履いてみちゃう気なの?」
「うん。せっかくだしサイズも合っていそうだから」
そういって蛍は躊躇なく誰のものともつかない靴に足を入れる。
燐は大きなため息をつく。
「蛍ちゃん何ともない? 突然、靴が踊り出したりとかは?」
「……? 至って普通の靴みたいだよ。サイズもぴったりみたいだし。燐がそう言うのなら少し踊ってみてもいいけど」
そう言って蛍は舟からぴょんと飛び降りると、新しい靴の感触を確かめるように地面の上で軽くステップを踏んでいた。
「でもさ、ちょういいタイミングで靴があるもんだよね。この先どうしようって思ってたから」
「それにしたって、都合よすぎるとは思うけどね」
楽しそうに暢気なことをいう蛍に、燐は呆れた突っ込みを入れていた。
「でも」
燐は不意に自分の足先を見つめた。
幼い足には、グリーンを基調とした子供用のトレッキングシューズを履いている。
これはあの頃に、自分が履いていたもののはずだけど。
(あの時、玄関にはわたしの靴しかなかったような?)
あれも都合のいいことだったんだろうか。
喜ぶ蛍とは対照的に、燐は俯いて何かを考え込んでいた。
……
……
……
誰かやって来ないかと、小さな船の前でしばらくの間二人は待っていたのだが、結局誰も来ることはなかった。
「誰も、こないね」
「うん。ここじゃなかったのかなぁ」
灯篭を流したのは誰だったのか知りたかったのだけど。
誰も来ないのだから仕方がない。
その為の小舟かと思ったのだが。
「ねぇ、燐。せっかくだし、このボートに乗って先に行ってみない?」
「先に?」
思ってもみない蛍の言葉に燐は目を見開く。
「ボートがあるぐらいだから、まだ先はあると思うんだ」
「それは、そうかもしれないけど」
危なくはないだろうか。
地底湖みたいだから深さとか全然分からないことだし。
それに。
(ちょっと嫌な感じがする……何がとかは分からないけれど)
野生の勘みたいなものが言っているのだろうか。
ここに来てから尻尾が震えているような気がする。
しかし、戻った所でどうなるわけでもないのは分かってはいることだけど。
「わたしだってボートぐらい漕げるんだよ」
「えっ、蛍ちゃんそうなの?」
「だからさ。乗ってみようよ。わたしがちゃんと漕ぐから」
蛍はやや強引に燐の手を引くと、二人は小さなボートの上に再度乗った。
水辺はとても静かで、ボートが流されるようなことはなかったが、それがかえって不気味ではあった。
小さなボートだったが、二人なら十分に乗れそうな大きさがあった。
船の中には漕ぐための
もちろん二つとも蛍が手に持っている。
「燐、ちゃんと見ててね」
「やれやれ、蛍ちゃんはたまに強引だよね」
燐は蛍の向かい側にある、さっきみた箱の上に腰を下ろす。
向かい合って喋る分にはちょうどいい距離なのだが。
「疲れたらすぐに言ってね。漕ぐの代わるから」
「うん、でも大丈夫だから」
燐のその提案にやんわりと拒否を示す蛍。
「わたしね。たまに近くの湖でボートを漕ぎに行ってるんだよ」
「そういえば、蛍ちゃん一人で公園とかに出かけることあるよね。そういうことだったんだ」
「うん」
そう言って蛍は燐に向かってにこっと笑いかけた。
向かい合う形で小舟に乗っているから、それぞれの顔ぐらいしか見えないのだけど。
「それはいいけど……もしかして蛍ちゃん。誰かとボートに乗ってるとか?」
(もしかしたら、カレシとかできたのかな。蛍ちゃんにも)
やっぱりちょっと寂しいけど、いつまでも一緒にいられるわけでもないし。
もしそうなったら全力で応援してあげよう。
燐はそう思っていた。
何があっても自分だけは蛍の味方でいようと。
(わたしだって、蛍ちゃんの良いところいっぱいいっぱい知ってるんだから……)
だが。
「えっと、燐、わたし、ずっとひとりでボートに乗ってるんだけど……」
「あれっ、そうなの?」
思わず燐は素っ頓狂な声をあげていた。
蛍は小さく頷く。
「うん。ボートの上でたまに本を読んだりしてるんだ。静かだし、夏場なんかは涼しいからクーラーの部屋よりもこっちの方が好きなの」
「あー、そうだったんだね。ごめんね。余計なこと言っちゃって」
聞いてはいけないことを聞いたみたいになって、燐は顔を赤くしていた。
「そんなの謝らなくてもいいよ。でも、こっちこそごめんね。燐に隠してたわけじゃないんだけど、そんな言うほどのことじゃないのかなって思って」
頬を紅くさせて謝る蛍に燐は首を横に振る。
「そんなことないよ。じゃあ、蛍ちゃんに改めてお任せしちゃうね」
そう言って燐は目の前の蛍に微笑んだ。
「うん。そんなに上手いわけでもないから燐、笑ったりしないでね」
「もちろんだよ」
蛍のボート捌きはとてもゆっくりとしたものだったが、燐はずっとにこにこしていた。
このまま、時がとまってしまえばいいのに。
そう思うほど、二人とも今が幸せだったのだから。
「あ、そういえば、燐が聞いた音って何だったんだろうね? ほら、からからからって音」
「あ……」
言われるまで忘れたままだった。
燐はごまかすように、頭の耳を手で弄ると。
「あはは、ごめんね。すっかり忘れてたよ。でも嘘じゃないんだよ」
「それは分かってる。燐はそういう嘘をつく子じゃないってことは」
「何だか蛍ちゃん、お母さんみたいなことたまに言うよね。もしかしたら、わたしがこうなっちゃったから?」
自分のことと言うか、燐は何故か
ふわっとした狐のしっぽは、まるで座布団のように燐のお尻の下でくるんと巻かれている。
それを微笑ましく思った蛍は自然に笑みを作っていた。
「こういう事って早い内の方が良いからね。それにさっきの燐の口ぶりだと、燐はもう一度小学校に通えそうだね」
「流石に小学校はないでしょー。せめて中学にしてよぉ!」
「ねぇ、燐はどこの小学校に入学してみたいの?」
「小学校に入る前提で話をしないでぇ! それにこの耳としっぽはどうするのっ」
「帽子を被ったり、スカートやズボンで隠せば割と上手くいくかもよ」
「そんな適当なのじゃなくて、蛍ちゃん、もうちょっと真面目に考えてよぉ~」
小舟の上で子供っぽく喚く燐に、蛍はふふっと小さく微笑んでいた。
一艘の小舟がぎこぎこと水面で揺れていた。
それに乗る少女たち。
この小さな船が、どこへ流れ着いていくのか。
それは分からないままだったが。
からからから。
どこかで、骨の軋むような音がした。
──
──
──
Is This Seat Taken
人っぽいキャラを座席に着かせる割とシンプルなパズルゲームです。一人一人に個性というか好き嫌いがあって、それをうまく調整というか配置転換して、ストレスのない状態に持っていくという、面クリア型のゲームとなっています。
ストーリーも一応あって、割とコミカルな感じで進んで行きますねー。ステージはヴェネツィアやパリなどの実際の都市の名前となっておりますけど、それほど違いはないといいますか。その辺りはスマホゲームとかの大差ないかもですねー。
5.6時間ほどで全クリできてしまう程度のボリュームですが、テンポが良いからか、一気にやってしまいましたねー。
時間制限とかもないですし、サクサクとカジュアルに楽しめましたねー。
Chocolate-mint
何かと話題となってしまった感のあるチョコミント系ですが、手堅くチョコミントのアイスを食べてみたりしてます。
自分で砕くチョコミントとかいうアイス。何のこっちゃと思ったですが、思ってたよりもチョコがぱりぱりで美味しかった~。アイスも割と柔らかめだってしで結構面白い食感でした。
今年はアイスだけでも結構出てる感じしますねー。まさかの”白くま”でもチョコミントが出るとは思わなかったな~。まだ食べたことがないので今度食べてみるかもです。
まだ暑い日が続くみたいですけれど、その分アイスが美味しくいただけると思えば楽しいかもですね。
それではではではー。