We are born, so to speak, twice over; born into existence, and born into life.   作:Towelie

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「風が、鳴くような音がするね」

 燐はその音に癒されたように一呼吸ついた。

 どこからかすきま風でも入り込んでいるのだろうか、びゅうと軋むような音が列車の床下から流れてくる。

 監獄のような四角い窓からは、黒く切り取られた景色しか映し出すことはない。

 もしこれが、何もない無の世界だったらとっくに気がくるっていたのかもしれない。

 相当に長いトンネルの中にいるみたいで、車輪がレールの上を走る音がごうごうと列車を揺らしている。

(ずっと、夜の中にいるみたい……あの時みたいに)

 列車の車窓からの景色だけではない。
 
 いつからだろう、黒い空しか見ていないのは。

 星も雲もなく、ただ真っ暗。

 もうすべて終わってしまったのではないかと疑ってしまうほど。

 どこもかしこも薄暗い闇を映し出している。

 それにしても。

「いくら地下を走っているからって、こんなに長くトンネルが続くものなの」

 これでは地下鉄というよりも、モグラにでもなったような気分になってしまう。

 今までずっとこの列車の目的地が地上ではないかと思っていたけど。

「実際はそうじゃないのかも」

 より深くへと潜って行っているかもしれない。

 どこまでも、どこまでも。
 目指すそこは世界の裏側なのかも。

 ぼんやりとした小さなランプの灯りだけが、ここが列車の中であることと、他の乗客がいないことを表していた。

 自分達以外に乗客はいないのにそれでも列車は走り続けているみたいで。

 きっと目的地があるのだろう。

 そこは終着駅なのか、それともはじまりの駅なのだろうか。

 そのどちらにしても。

「こうして乗っていた方が賢明だよね」

 燐はうーんと、上に手を伸ばす。

 その姿は全裸で。
 幼い、しなやかな身体が暗闇に白く映えていた。

 シャワー室でさっぱりとなったのは良かったけれど、使い方を少々誤ってしまったらしく、体だけでなく着ていた服も濡れてしまった。

 もちろん代わりの服があるはずもなく、燐と蛍は着ていた服を電車の中で干し、乾ききるまではここから動かないようにと決めていた。
 
 だが、そうそうに乾くはずもなく、いつしか眠気も……と言った頃合いの時のこと。

「ふっ、う~ん」

 何やら蛍がうめき声をあげていた。

 仕草から大体の想像はつくけれど。

「蛍ちゃん、どこか痛いとかじゃないよね」

 燐は、首を傾げて尋ねる。

 そんな事はないと思うが一応聞いてみた。

 せっかく、身も心もさっぱりとなったはずなのに、蛍はまた汗をかくようなことをしているようだったから。

「うん。ごめんね、変な声出しちゃって」

「それはいいけど」

 一瞬燐の方を向くも、蛍はすぐに元の動作へと戻る。

 蛍もまた全裸のままであったが、何故だかウサギの耳のカチューシャだけは見に付けたままだった。

 バニーの衣装は気に入らないような蛍だったが、これだけは気に入ったのだろうか。
 それか別の意味合いがあるとか。

「よいしょっ、と」

 軽く体を崩すと、蛍は苦笑いして答える。

「いま、ヨガにハマちゃってるんだ。わたし身体が固いみたいだから」

「蛍ちゃん、何でもやるねぇ」

 燐は感心するように頷く。

 最近の蛍はそうだった。
 急に何かにハマることが多い。

 それが長続きするかは別として、燐は蛍の積極性に素直に感心した。

「まだ基礎の動きぐらいしかできないんだけどね。やってると整うような感じするの」

 そう言って蛍は全裸のまま再びヨガの構え(ポーズ)をとる。

 ──蛍がやっていたのは”木のポーズ”。

 ヨーガの中でももっとも基本的な形のものだ。

 両手を胸の前で合わせ片足で立ち、もう片っ方の足裏を太ももの内側に付け、数分間キープさせる。

 一見、何のことのない、ただ立つだけのもののようにみえるが。

「おっと、結構難しいねこれ。バランスが必要なんだね」

 燐も真似して蛍の横で同じポーズをとっていた。

「でも燐、やっぱり体柔らかいよね」

 自分からやった割にはそこまで得意でもないのか、蛍は少し軸足がぐらついてしまう。

「運動部だったからかも。部活を始める前のストレッチとかこんな感じのもあったよ」

「へぇ~」

 高校の頃のことだからほんの少し前はず、それなのに随分と昔のように感じてしまうのは置かれている状況が異常なせいからだろうか。

「じゃあ、これは? ”猫のポーズ”って言うんだけど」

 蛍は座席の上で四つん這いになると、背を丸めてお尻を突き出すポーズをとった。

「言われると猫っぽい感じだね」

「で、ここから牛のポーズになるみたいなんだよ」

 そう言って蛍は、息を吸いながら背中を上へと反らす。

 天井に視線を向けたまましばらく呼吸を止める。

 そしてゆっくりと息を吐きながら先程の猫のポーズへと戻っていく。

 これを繰り返していた。

「これならそんなに苦しくなくて、わたしでも長くやれるんだ」

 なるほどね、燐は感心するように頷いた。

 それでも代謝は上がるようで、振り返る蛍の額にはじっとりと汗がにじんでいた。

「あ。でもさ、蛍ちゃん」

「なぁに?」

 蛍は燐にお尻を向けたまま返事を返す。

「何も、裸でやることはないんじゃないかなぁ」

 流石に全裸だとみているこっちが恥ずかしくなってしまう。

(何か、見ちゃいけないものを見ているような……)

 実際蛍は隠すことなくすべてをさらけ出していたし、それに。

(蛍ちゃんって、色気が凄いから。本人に自覚はないようだけど)

 だから罪悪感みたいなものを覚えてしまう。

 いつも傍で見ている燐ですら。

「どうせ汗かいちゃうから、だったら裸の方がいいのかなって」

「まあ、それはそうかも」

「それに、ここには燐しかいないから」

 蛍は息を少し荒くしながらもにこりと微笑んだ。

 その微笑みに燐はどきりとなる。

(何だろう、今の、きっと汗のせいだよね……?)

 やけに蛍が艶めかしくみえた。
 本人は真剣にやっているのに。

「燐?」

「えっと、わたしもちょっとやってみようかな」

 燐は慌てたようにそう言うと、蛍の向かい側の座席の上で同じようなポーズをとった。

 どうしたんだろう。
 蛍は不思議そうに首をかしげた。

「あ、後ね。カラスのポーズっていうのもあって……」

「蛍ちゃん、それっ、色々と危ないからっ!」

 少女達の弾むような息づかいと笑い声が、列車の走行音に合わせて透き通ったリズムのように流れていた。

 ……
 ……
 ……

「あのね、燐。運転席の方に行ってみない?」

 ヨガが終わった後、蛍はいつもの口調でそう提案してきた。

 結局長々とやってしまい、二人ともまたシャワーを浴びる羽目となってしまったけど。

 身も心もクリアとなっていた。

「運転席って、つまり、前の車両ってことだよね」

「うん」

 二人がいるのは、一両しかないと思われた()()()の車両の方で。

 そこにはシャワー室とトイレが完備してあり、ちゃんと利用することができた。

 他はふつうの客車と変わりない感じではあったが。

「でも行ったって」

 困り顔の燐。
 蛍は小さく苦笑いをうかべた。

「こっちがさ、行き止まりだったらいいんだけど」

 ほら、と蛍が後ろの方を振り向く。

 蛍たちが今いるシャワー室のある車両のうしろにも出入り口用のドアはあるのだが。

 だが、この列車は一両編成のはずだったのだ。

 少なくとも二人が乗る前には。

「やっぱり、先に続いているような感じするよ。だったらまだ、前の方がいいのかなって」

 出入り口のドアについている窓からは、次の車両と思わしき景色が見れている。

 これは鏡なのではないかと疑ってしまうほど。

(だけど、それは鏡なんかじゃなくて……)

 覗き込む二人の姿を鏡面のようにはっきりと映し出すことはなく、向こうの車両の様子だけがそこに見えていたのだから。

 暗くてもそれがよく分かった。

 だから、次の車両は確かに存在している。

 鏡で作られた虚構ではなく、実存のものとして。

 ドアを開けていないから確認はとれていないけれど。

 少なくとも燐も蛍も、後ろのドアを開ける気にはならなかった。

「ここのドアを開けたら戻ってこれなくなりそうな、そんな雰囲気があるよね」

「確かに」

 車両の数が急に増えるなんてことはまずないだろう。

 そんなのがあったら流石に気付くはず。
 相応な物音が出るだろうし。

「まあ、一度戻ってみてもいいのかもね。実際良く見てなかったし」

「うん。ちょっと怖い感じするけど」

 蛍は隠すことなくそう言った。

「でも、誰もいないね。運転席の方もやっぱりそうなのかな」

 何気なく周囲を見渡す。

 この車両もそうだが、二人以外の気配はどこにもない。

 明かりが付いているのもここだけで、前も後ろもしんと静まり返っている。

 そういう意味では動かない方がいいのかもしれないが。

 運転席のある車両に行った方が何かあっても分かるからと、蛍は思ったのだろう。
 燐はそう解釈した。

「でもさ、前の方も車両も増えてたりして」

 燐は苦笑いしてそう軽口を叩く。

 実際、ここの車両だってあること自体がおかしいと思えるものなのだから。

 そうなっていたとしても何ら不思議なことではない。

 蛍は眉を寄せて困った顔になる。

「もし、そうなったら燐はどうする?」

「そうだね、その時は」

「うん」

 燐と蛍は顔を見合わせる、が。

「い、いい加減、服でも着ようかぁ」

「うん。そうだね」

 互いにまだ裸であることに気付いてしまい顔を真っ赤にしていた。

 蛍はさっきの続きを聞きたい感じはあったが、顔には出さずに頬を紅くしながら微笑んだ。

 止まっていた時間が動き出したみたいに、二人はばたばたと慌ただしく服を着る。

「そういえばさ、前にもこんなことってあったよね」

「前の夜のプールでのことでしょ? 異変のときの」

「あの時の蛍ちゃん、すっごく綺麗だった、今と同じで」

「燐だって……あ、でも今の燐の方がいろいろと可愛いかも」

「それってどういう意味よう」

 とりとめのない話をしながら、燐と蛍は背中合わせで衣服を着る。

 水が使えることだしせっかくなら洗濯でもかと思ったが、服が乾き切るかどうか不安だったのでやめておいた。

 色々な所を動き回ったから、ふたりともそれなりに服は汚れていたけど。

 代わりといってはなんだが、よくよく体を洗っておいた。

 そのせいか、新品同然だった備え付けの石鹸は半分ほどの塊とまでなってしまったが。

「蛍ちゃん? 何をしてるの」

 とりあえず下着から履いた燐だったが、服を手に取って後ろを振り返る。

 その理由は単純で、服を着る事を邪魔されたように感じたからだった。

「あ」

 振り向くと、同じようにまだ下着姿の蛍が燐の背後で口を大きく開けている。

 何をしようとしているのは大体想像がつくのだが。

 燐は呆れた顔で溜息をついた。

「燐、分かるんだね。やっぱり気配とか」

 悪びれる様子は全くないらしく、そう言って苦笑いする蛍。

「そりゃあね分かるよ。だって、蛍ちゃんの(よこしま)な感情が背後から駄々洩れなんだもん」

 燐は訝しげな視線を蛍に向ける。

「そこまで変なことじゃないよ」

 蛍は少し拗ねたようにそう言うと。

「ただ、燐の尻尾ってそこから生えているんだなぁって」

 感心するように言う蛍。
 だが、その手の蠢きは明らかに、燐の()()()を捉えようとするものだった。

「興味があったら何しても良いわけじゃないと思うの」

 的確な燐のつっこみに蛍は、あははと笑うと。

「髪は乾いたみたいだけど、尻尾の方もちゃんと乾いたかなって」

 さわさわ。

 そう言って蛍は勝手に尻尾に触れていた。

「もう十分乾いてるから」

 燐がそう言っても蛍は触るのを止めようとはしない。

 燐が言うように、確かに乾いていて触れた掌を包み込むような手触りがある。

 それがとても心地よくって、摩るように何度も触れていた。

「そんなに触りたいもんなの? こんなのを?」

 たしかに最初の頃は同じように気になって触れていたけれど、今では慣れ切ってしまって何とも思わなくなっている。

 それはそれで良い事ではないのだろうけど。

「やっぱりちょっと気になるよね。このもふもふ具合が」

 もふもふもふもふ。

 撫でまわすように大胆に触れている。

 燐だって自分でそこまでしたことはない。

「ちょっとどころじゃないでしょ、全く。も、もう、くすぐったいからぁ!」

「わたし、犬とか猫じゃないんだけど……」

「キツネだよね。可愛いしっぽの」

 蛍はそれこそ何かに取り憑かれたみたいに、熱心に燐のしっぽを愛でていた。

「だ、大丈夫、蛍ちゃん?」

 気になって燐がそう声を掛けるも蛍の耳には届いていたいみたいで。

「でもさ、このふさふさっとした手触りは、ちゃんと洗ったかいがあったからだと思うよ」

 さっきから蛍は、燐の許可もなく尻尾を手で弄んだり、頬をすり寄せたりしている。

「そりゃあ、あんなに泡立てたら嫌でもそうなるって……ねぇ、もういいでしょ? そんなに触られちゃうと何か変なきぶんに……」

 好き勝手にやられていることに、むずがゆいやら恥ずかしいやらで。

 蛍の言うように、今の燐のしっぽは獣のものというより、上質な手触りともふもふ感を備えたおろしたてのモップのようだった。

「だから、もう、ダメなんだってぇ。ねぇ聞いてる蛍ちゃん」

「うんうん。もふもふ~。もふもふすぎて幸せ~」

「あのねぇ……」

 もはや何を言っても無駄だと思ったらしく、燐は呆れた顔で頭の耳をぺたんと閉じた。

 ……
 ……
 ……




Silent Running

 

 がたん、ごとん。

 

 少し警戒して前の車両へと続くドアを開けてみても、何かが増えるようなことも減ることもなかった。

 

 ただ。

 

「ねぇ、燐。こういうのが()()()()なの?」

 

「多分、違うと思うよ」

 

「そうだよね……」

 

 燐と蛍はひそひそと小声で話す。

 

 列車の先頭部分、つまり運転席には何事もなくつくことは出来たが。

 

 がちゃん。

 

「やっぱり動いている」

 

「みたいだね……周りには誰もいないようだけど」

 

 静寂のなか、無機質な音だけが車内に響いている。

 

 列車の運転室には年季の入った感じのレバーやボタン、ペダル等の列車を動かすための装置が備えてある。

 

 それはいいのだが。

 

()()()()()動いているのを見ると、ちょっと怖い感じするね」

 

 蛍は思わず息をのんでいた。

 

 何も触れていないのにレバーやペダルがかってに動いている。

 

 自動演奏のピアノを見たことはあったが。

 

「本当に、これでこの電車は動いているのかなって疑問に思うよ」

 

 燐は蛍の手を固く握りしめながら、そう呟いた。

 

 少女達は運転席には入らずに、客室のガラス窓から中の様子を呆然と眺めていた。

 

 人が止まって見ているのに、機械だけが黙々と暗闇の中で動いている。

 

(異常な光景、というのも何か違うような気がする……)

 

 蛍はそう思った。

 

 それに、ちゃんと列車は走れているから、間違った動作なんかはしていないのだろう。

 

 そう言う意味では人が運転するよりも安全なのかもしれない。

 

 ちゃんとした自動運転ならの話だが。

 

 蛍も燐も、疑いと関心の持った目でその光景を眺めていた。

 

「わたし達には見えない妖精さんが動かしている、とかはどうかな」

 

 頬に手を当ててそう言う蛍に、燐は苦笑いする。

 

「それだったら良いよね。あ、でも」

 

「どうしたの燐」

 

「見て、蛍ちゃん」

 

「うん?」

 

 そう言って前方に指を差す燐。

 

 列車の運転席のガラスから見える景色は真っ暗なのだけれど。

 

 自分には見えないものが燐は見えたのだろうか。

 

「ほら、ライトって点いてなくない? 電車だったらあるよね」

 

「本当だ、真っ暗なままだね」

 

 確かに、暗い中をライトも照らさずに列車は走行している。

 

「レールが引いているとはいっても、やっぱり危ないよねこれ」

 

 燐の言葉に同意するように蛍は頷くが。

 

「妖精……自動運転だから大丈夫なのかもね」

 

 蛍は一旦そう言うも、すぐに訂正した。

 

 だが、蛍の中では妖精が列車を動かしていることに決まっているようだった。

 

「やっぱり危なくない? レールの上に何かあったら分からないんじゃない? 蛍ちゃんの言うように妖精だったら尚更ね」

 

 そう言う燐だったが、いまいち納得がいっていないようで、複雑な顔で首を傾げている。

 

「そうだけど。でもやり方って何も分からないから」

 

「それはわたしも」

 

 気付いても二人にはどうにもできないことだった。

 

 実際、車内も外と同じように真っ暗で、レールどころか、どこをどう走っているかも分からないほどなのだから。

 

 運転台も古いものなのか、緑色のライトが小さく点いているだけ。

 

 それだって何を意味しているのかも分からない。

 

「そうだ」

 

 蛍はそう小さく叫ぶと、軽く手を叩いた。

 

「どうしたの?」

 

「言ってみたらいいんじゃないかって」

 

 その言葉に燐は目を丸くさせた。

 

 蛍は構わずに運転席に向けてこう言った。

 

「ねぇ、ライト消えてるみたいだよ」

 

 無人の運転席に向けてそう呼びかける。

 

 あまりにも意味のない行為。

 燐は内心でそう思っていたのだが。

 

「ほら、燐もいってあげてみて」

 

「わ、わたしも!?」

 

 だが、蛍にそう促されてしまう。

 

 驚いて思わず自分を指さす燐。

 

 蛍は当然のようにこくりと頷いた。

 

(本気なのぉ……?)

 

 燐は渋々了承すると。

 

「えっとー、ライト付けた方がいいと思いますよ。あぶないんだよー」

 

 何故か子供っぽく、半信半疑でそう呼びかけた。

 

 こんなもので応じてくれるなら、自動運転どころか別のものということになる。

 

 例えば、この列車自体が生きているとかの不可思議な事案ということに。

 

 燐のその予感は的中することとなる。

 

「あっ!」

 

 そう蛍がいった瞬間、前方の窓がぱっと白く明るくなった。

 

 黒しか映さなかった景色が、白く丸く切り取られてレールがあることが確認できるようになった。

 

 列車がちゃんとレールを走っていることは確認できたが。

 

 まさかと思った列車のライトがこのタイミングで点灯していた。

 

「何で、急についたんだろう」

 

 あまりにもタイミングが良すぎることに燐は訝しく思ってしまうが。

 

「やっぱり妖精さんが動かしているんだね」

 

 そうきっぱりと言う蛍。

 

「本当に、蛍ちゃんはそう思ってるの」

 

 半笑いで聞く燐に、これまた蛍は自信満々に頷く。

 

「だってその方が安心できる気がしない。幽霊が運転しているとかよりも」

 

「それはそうだけど、さすがにあり得ないっていうか」

 

「でも実際につけてくれたみたいだし」

 

 燐の手を取って微笑む蛍。

 

 燐としては苦笑いで頷くしかない。

 元から否定する気はないとしても。

 

「まあ、幽霊列車なんてシャレにならないもんね、そっちよりかは良いのかも」

 

(姿が見えないのなら、幽霊の方が可能性高いけどね)

 

 その事は蛍には言わず、燐は明かりで照らされた正面の景色を見る。

 

「トンネルかと思ったんだけど」

 

「出口はまだ見えないみたいだね」

 

 レールが続いているその先はいまだ真っ暗な世界のままだ。

 

 もう少し進まないと分からないのだろうか。

 

「先に何が待っているんだろう」

 

「もしかしたら、妖精たちの国があるのかも」

 

 何としても蛍は妖精と関連付けたいみたいで。

 

 期待で目を輝かせている。

 そんな印象だった。

 

「じゃあ、さっき乗ったボートなんかもそれ?」

 

「きっとそうだよ」

 

「うーん、何だか、メルヘンチックな話になっちゃうね。それだと」

 

 燐が茶化すようにそう言うと。

 

「どうせ夢なんだからそれでもいいんじゃない? 楽しい方がいいと思う」

 

 蛍はそういって苦笑いしていた。

 

「なるほど、全ては妖精の仕業ってことね。そうなのね」

 

「そうそう。だから妖精と和解しなくっちゃ」

 

「蛍ちゃん? なんだか適当になってない」

 

「やっぱりバレちゃってる」

 

 二人はくすくすと小声で笑い合う。

 

 何にでも怖がっているよりかはそう考えた方がちょっとだけでも楽なのかもしれない。

 

「それか、この電車は実は生きている、とか」

 

 折角ならと、燐は思っていたことを口にする。

 

 蛍は一瞬驚いたような仕草をみせるも。

 

「まさか。でも、手みたいのはあったようだしね」

 

 しかし、あれから黒い手のようなものは一度も現れていない。

 

「もしかして、列車に乗せたかっただけ……だったのかな?」

 

「それだったとしても強引だったよね。何が何でも乗せようとしていた感じ」

 

「急いでいたのかも」

 

「そうなの? 時間に遅れちゃうとか」

 

 駅名もだが、時刻表のようなものはホームにはなかった気がする。

 

 もう疲れていないだろうとすら思っていたぐらいだったし。

 

「そこまでは分からないけど……」

 

 一応、攻撃とかはされなかったみたい。

 

 でも。

 

(あの()()()って……あの時のものにちょっと似てた……)

 

 蛍は以前、奇妙な電話ボックス内で起こった出来事について頭を巡らせていた。

 

 受話器から髪のような黒くて細い手がいくつも伸びてきて、瞬く間に捕まってしまったわけだけれど。

 

(あれとは、違うのかな……よく、分からない)

 

 はっきりとした特徴までは分からないけど。

 

 攻撃性は薄いような感じがする。

 

「どうかしたの蛍ちゃん」

 

「あ、うん」

 

 蛍はそれだけを口にした。

 

「この列車に乗った事に何らかの意図があるに違いないって、蛍ちゃん、そう思ってる?」

 

「うん」

 

 想いを言い当ててくれたことに蛍は素直にうなずく。

 

「わたしの、考えすぎなのかな」

 

「全然そんな事ないと思うよ。わたしも何かおかしいとは思うもん」

 

「そっか、ありがとう燐」

 

 でも、こうして今のところ燐と一緒に無事なのだから、とりあえずは問題はないのだろう。

 

(どこに向かっているのかはわからないけど)

 

 しかしこのままで良いのだろうかという疑問はしこりのように残っていた。

 

「そういえばさ、随分と時間がたった気がしない? あ、こっちの世界に来てからのこと」

 

 不意に燐がそんな事を蛍に尋ねてくる。

 

 蛍は曖昧な顔でああと呟くと。

 

「燐と一度はぐれてからもそうだったけど、こんなに長い間こっちの世界にいたことってなかったかも」

 

「オオモト様にさ、こっちの世界に留まる資格がないって言われたことあったの蛍ちゃん覚えてる? わたし達もその資格を得たってことなのかな」

 

「それは、どうだろう。ずっと青いドアの家に居たのならともかく、別の世界に行っちゃってるみたいだし」

 

「そっか、確かに」

 

 どうにも方向が定まらないというか、一体どこに向かっているんだろうと思う。

 

「燐はさ、スイッチを探しているんだって言ってたよね。この世界を変えるための」

 

「そのはず、だったんだけど……」

 

「どうかしたの?」

 

 ふしぎそうに首を傾げる蛍に、燐は愛想笑いを浮かべる。

 

「いやあ、探しているのに全然見つからなくてさ。本当にそんなのがあるのかなって」

 

 そもそもどうして”スイッチ”があるなんて思ったのだろう。

 

(一瞬だけ見えた風車を見てそう思ったんだよね……なんでだったか)

 

 何とか山の頂上付近にまで行き、目的の風車には辿り着いたが。

 

 スイッチらしきものはどこにもなかった。

 

 そのおかげで蛍とは再開することはできたけど。

 

「もしさ、現実の世界にも戻れなくて、ずっとこのままだったら」

 

 どうする?

 

 燐はそう蛍に聞こうとしたが。

 

 蛍が真っすぐな視線を向けていたのでそこからの言葉は出なかった。

 

「わたしは、燐と一緒なら大丈夫だよ。たとえ何処へ行ったって」

 

 その言葉と笑顔には迷いなどは微塵も感じられない。

 

 どこまでも純粋で透き通っていて。

 

 壊れやすい──ガラスのように。

 

 燐は小さく息を吐く。

 

「そっか、わたしも蛍ちゃんと同じ気持ちではあるんだけど」

 

「どうかしたの?」

 

 燐はそっと蛍の手の甲に小さな手のひらを乗せる。

 

「何かさ、今までにないぐらいに長く居すぎたせいかな、少し離れがたいっていうか」

 

「……」

 

「この世界が愛おしいって思っちゃってるのかも……でもこれって今はじめてのことじゃないんだよね、きっと」

 

「燐」

 

 蛍は燐の横顔をみつめる。

 

 あどけない顔立ちだけど、芯のある瞳はまさしく燐のものだった。

 

 最初はちょっと戸惑ってしまったけれど、今は疑いなど一切持っていない。

 

 重ねられた燐の掌を上から少し握った。

 

「やっぱり、現実よりもこっちの世界の方が好き?」

 

「分からない、だけど」

 

(あの時はきっと”こっちの世界”だったんだと思う)

 

 気持ちに現実が追いついていかなくて、大事にしていたものが全部自分の手のひらから零れてしまったんだと思った。

 

 現実から逃れられれば、あの町で起きた異変ですら受け入れそうになるほど、何とも向き合えなくて。

 

 意味のないことばかりを繰り返してた。

 

 本当に大事なものはこんなにもすぐ近くにあったのに。

 

「本当にダメだよねこういうの。わたしやっぱり何にも変わってないなって」

 

 燐は泣きそうな表情となったことを恥ずかしく思い、少し俯く。

 

 けれど、二人の手が離れるようなことはなくて。

 

 むしろ、ぎゅっと強く握られている。

 

「そうでもなくない? だって楽しいよこっちの世界って。怖いことだってもちろんあるけど」

 

「蛍ちゃん」

 

「それに、さっきも言ったけど、燐が一緒だから何が起きても平気なんだ。これだけはずっと変わらないよ」

 

 蛍は顔を赤らめて微笑む。

 

 その透明な笑顔は出会った時からずっと変わらない。

 

 どんな状況に遭っても本当に変わることは無いのではないかと思うほど綺麗で。

 

 でもそれはどうしてなんだろう。

 

「蛍ちゃん、わたし」

 

 顔を上げた燐が蛍の方を振り向く。

 

「燐」

 

 静かに蛍は名前を呼んだ。

 

 確かに見た目は少し変わってしまったようだけど、でも大切なものはなにも変わっていない。

 

 本当に好きな人の名前を。

 

 ガタン!

 

「わぁっ!?」

 

「きゃああぁっ!!」

 

 大きな音と共に車体が大きく揺れて、驚いた燐と蛍はバランスを崩してしまい床に倒れ込みそうになった。

 

 普段の燐だったら何とか踏ん張りきれたのかもしれないが、今は子供の姿であったから体重がいつもよりも軽く、蛍の方へと倒れ込みそうになってしまう。

 

 蛍は間一髪で手すりに摑まると、自身の胸元に転がってきた燐の小さな体をぎゅっと抱きとめた。

 

「燐っ! 大丈夫?」

 

「あ、うん。ごめんね」

 

 互いの体を抱きしめ合うようにして支え合う。

 

 揺れはほんの一瞬のことであったが。

 

「な、何だったの、今の」

 

 燐は戸惑った声をあげながら周囲を見渡した。

 

「変な音がしたよね? それが原因みたいだけど」

 

 蛍は燐の小さな背中を抱きながら安堵するように深い息をつく。

 

「何かの衝撃で揺れたみたいな感じだったよね」

 

 ぐらぐらと大きく車体が揺れたようだったから、相当なものだったのだと思う。

 

 大きな金属音がしたのは間違いない。

 それが何なのかはよく分からないが。

 

 窓ガラスが割れたわけではないようだし、何かが列車にぶつかったのだろうか。

 

 ただ、嫌な感じの音に聞こえた。

 何となくだけど。

 

「レールの上の小石が跳ねたかなぁ。脱線はしてないみたいだけど」

 

「あり得ない話じゃないね」

 

 いまだ地底の洞窟の中を走ってるみたいだから、そういう小さなトラブルはあるのかもしれない。

 

「でも、大丈夫なのかな。ふつうに走れているみたいだし」

 

 一瞬揺れただけで、あとは何ともなく走れているから。

 蛍はそう思っていた。

 

「さっきみたいに妖精さんに聞いてみる?」

 

 燐は苦笑いして蛍にそう尋ねる。

 

 操縦席の中の様子も変わらないようで。がしゃがしゃと機械が勝手に動いている。

 

 さっきのトラブルは関係なさそうだった。

 

「気になるのは確かだけど」

 

 蛍もちらりと列車の正面の運転台に視線を移す。

 

「でも、頑張ってるみたいだから」

 

「そうだね。邪魔しないでおこう」

 

 何が列車を動かしているのか不明のままだが、状況はそんなに悪くないのだろう。

 

 もしさっきの事で車両に重大なトラブルが起こって、真っ暗な洞窟の中で立ち往生ということになったりしたらそれこそ最悪だろうし。

 

「何が起きても走るつもりなんだろうね」

 

「うん」

 

 まるで止まることが許されていないように、列車は暗い穴の中を進む。

 

 黒い闇を切り裂くようにライトが行く道を照らすも、出口のようなものは一向に見えてこない。

 

 そもそも出口なんてものはないのではないだろうか、そんな不安に襲われそうになるが。

 

「妖精さん頑張ってね」

 

 蛍はこそっと無人の操縦席に向けてそう呟いていた。

 

 燐は隣で少し呆れた顔で苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、逃げるようなところもないし、この子達を頼りにするしかないかぁ」

 

 いまさらジタバタした所で仕方がない。

 どうせなるようにしかならないのだから。

 

 現実とは少しちがう、不思議で不条理な世界、なのだから。

 

「ふふっ」

 

 あきれたような燐の物言いに、蛍が小さく微笑む。

 

「だってさぁ」

 

 恥ずかしそうに燐は顔を赤くさせる。

 同時に耳としっぽがピンと立った。

 

「もしかして燐、拗ねてるの」

 

「そんな事ないよー」

 

「そう? でも」

 

 おもむろに蛍は燐の頭にそっと手を置く。

 

 燐の柔らかい頭の耳の感触が掌に心地よい。

 

「わたし達ってこういう状況に慣れすぎてるのかなって。焦ってるとかの感じが全然ないんだもん」

 

「割り切ってるっていうのも何かちょっと違う感じだよね」

 

 蛍に頭を撫でられながらも、燐はそんな風な事を口にした。

 

「むしろ楽しんでいる……のかな」

 

「う~ん、否定はできないのかも?」

 

 割とどうでも良い事に二人は頭を悩ませているようで。

 

 その思いを汲み取ったのかどうかは定かではないが、突然列車の警笛がぴーと鳴り響き、燐と蛍は驚きで顔を見合わせていた。

 

 それはただの偶然だったのだろうか、それとも。

 

 少女達は目を合わせてにこりと微笑む。

 

 僅かなときめきを感じながら、二人は固く手を握り合わせた。

 

 ……

 ……

 ……

 

 どんどんどん。

 

「ええっ?」

 

 明らかにおかしな音がして、蛍はつい素っ頓狂な声をあげていた。

 

 それは何かが当たった音というより、何かを()()()()()音に聞こえたものだったから。

 

 蛍はすぐさま燐の方を振り向く。

 だが燐も、分からないとでもいうように首を横に振っていた。

 

 物音が聞こえたのは間違いないようだったが。

 

「さっきのは違う感じだったよね」

 

「うん、でも、どこからした音なんだろ」

 

「車内からの音じゃないよね? やっぱり外の方なのかな」

 

 けれど、衝撃とかはない。

 車体が揺らすほどのものでもなかった。

 

「とりあえず座った方がいいかも」

 

 二人は運転席の前から離れると、空いた座席に腰掛けてひそひそ声で話し合う。

 

 さっきの石が当たったような感じとは明らかに違う音がした。

 

 強いて言うのなら、探っているような感じ。

 

 だけど、そんな事をいったい”誰が”しているのというのだろう。

 

(たまたま石か何かが掠っただけだよね、きっと)

 

 蛍は燐にそう言おうとしたのだったが。

 

 その唇が動くよりも先に燐は座席の窓の方へと身体を向き直していた。

 

「燐?」

 

「ちょっとだけ確かめて見てみようかなって」

 

 心配するような声を上げる蛍に苦笑いで返すと、燐は列車の窓からさっきの音のした方を覗き込んでみた。

 

 何もいるはずがない──。

 

 壁と列車との間は人一人がぎりぎり通れそうな隙間はありそうだったが。

 

 でも、こんなところを誰かが通るはずはない。

 そう断言できる。

 

 何故なら列車は走行中であり、停車するようなことはこれまで一度も無い。

 

 走行メーターは運転台にはついていないようだったが、それでもスピードは出ている感じはするから。

 

 列車はまだまだ止まるつもりはないのか、一定のままの速度を保って走行を続けている。

 

(走行中の列車に追いつくなんて……それこそ、それ以上のスピードがでていないといけないわけだし)

 

 こんな狭いスペースでそんな事が出来るものなど居やしない。

 

 それなのに。

 

(何で、こんなに気になるんだろう)

 

 燐がちらりと隣を見やるとやはり蛍も気になるのか、燐の横で窓の外をじっと眺めていた。

 

 二人が思っていることは同じではあったが。

 

(もし、それが人間じゃないんだとしたら──)

 

 蛍がそう想像をしただけで、ぞくりと背筋が凍る思いがした。

 

 現実ではありえないことが次から次に起きていて、すっかり感覚が麻痺したようになってしまうけれど。

 

 ここは現実とは違う世界なのだから。

 

 そう言った常識なんかは全て捨て去る必要がある。それなのに。

 

(どうしても常識の範囲内で考えちゃうんだよね。意味なんてないのは分かってるはずなのに)

 

 それを肯定するかのように。

 

 どんどんどんどん。

 

 また外から叩かれる音がした。

 

 今度はさっきよりも大きな音ではっきりと。

 

 燐と蛍は、窓ガラスに頬をへばりつくようにしてその音のした方向を見るが、壁との間の黒い隙間が見えるだけ。

 

 並走したりしているものなどはない。

 

 しかし音はするのだから、全くの気のせいということではないのだろう。

 

 堪えきれなくなった燐は、いっそのこと窓を開けてみようかと、窓枠に指を掛けたときだった。

 

「り、燐っ!!」

 

 そうする前に、蛍が大声をあげて燐の肩を掴んでいた。

 

「蛍ちゃん?」

 

 燐が眉をひそめて振り返る。

 

 蛍は窓の方ではなく後ろの座席の方を指差す。

 

 顔面蒼白となりながら、口元に手を当てて目を見開いていた。

 

「あ、あれ……」

 

 震える蛍の指先は、二人がいる座席の後方の窓に注がれていた。

 

 そこでは同じように真っ暗な景色だけが窓ガラス越しに映っているだけ。

 

 そう、思っていたのだが。

 

「ああっ!!」

 

 つい大声をあげてしまったことを燐は後悔した。

 

 黒い背景しかないと思った窓だったが、それがいつの間にか空いていたのだから。

 

「ど、どうして!?」

 

「わかんない。気付いたら空いていたの」

 

「そんなっ……」

 

 もちろん燐も蛍も窓を開けてなどいない。

 

 燐は開けようとはしたが、その前に蛍に止められてしまったし、後ろの方の窓になんて行ったことすらもない。

 

「まさか」

 

 ぺたり。

 

 何かを引きずるような音。

 

 それがすぐ近くから聞こえた。

 

「……っ!!」

 

 燐は即座に蛍の手を掴むと、立ち上がって車両の正面に向かう。

 

 立ち上がってみても、何の姿も見えない。

 

 だが、気配のようなものは感じとれる。

 

(何かが、窓を開けて入ってきたんだ……窓を割るとかじゃなくて)

 

「妖精かな、もしかして」

 

 蛍は小声でそう言う。

 

「それだったらいいんだけど」

 

 燐は焦燥感を滲ませながら、入ってきた何者かを直視しようと周囲に目を走らせる。

 

 だが、何の姿も確認することができない。

 

 開け放たれた窓からは冷たい風がびゅーびゅーと吹き込んできて、燐のスカートをばさばさとはためかせる。

 

(どうしよう……どうしたら)

 

 思考がぐるぐると同じところを回り続ける。

 

 状況には慣れたと言っていたけど、脅威に対しては慣れることなんてできない。

 

 普通の女の子なんだし。

 

(そう、普通だよね、わたし)

 

 変な耳としっぽがついてて、子供みたいになっちゃったけど。

 

 中身は至って普通だ。

 多分。

 

 蛍もずっと同じ思考に囚われていた。

 

(あそこの窓を開けて入ってきたんだろうね……でもどうして)

 

 燐には妖精かもと言ったが、内心では違うような感じがしていた。

 

 入ってきたのはもしかすると。

 

 ぺとり、ぺとり。

 

「ほ、蛍ちゃん、上っ!!」

 

「え、上?」

 

 燐がそう叫ぶように言ったので、蛍が何気なく上を見上げると。

 

 そこには。

 

「い、いやああああああぁっ!!」

 

 蛍の甲高い声が響き渡る。

 

 いつからそうしていたのだろう。

 

 白い”ナニカ”が客室の天井に張り付いていた。

 

 口から涎のような液をぽたぽたと垂らしながら、値踏みでもするようにこちらを見つめている。

 

 やはり顔はない。その代わりといってはなんだが顔全体にまで及ぶような大きな赤い口を持ち、長い舌先をちろちろと伸ばしている。

 

 獲物を前にして舌なめずりするような仕草で、二人を見下ろしていた。

 

 その姿はまるで。

 

「もしかして、ヤモリ!? あの時の?」

 

「えっ」

 

 蛍が何を言っているのか理解が出来ず、燐は一瞬思考停止となってしまうが。

 

「コイツ……もしかしてあの時の!」

 

 燐は、地底湖のボートに乗っていたときに見た、吸い寄せられるかのように歌っていたあの化け物ではないかと思った。

 

 何故だか顔の部分が判然としなかったが。

 

(じゃあ、ずっと列車の外で張り付いていたっていうの!?)

 

 そうとしか考えられない。

 

 今、急になって中へと入ってきたかは不明だけど。

 

 一方の蛍は。

 

「嘘でしょ……なんで、なんで今頃になって」

 

 狼狽えるように一歩二歩と下がる。

 

 忘れていたのだろうか、今までにあれのことを。

 

 あんなに奇妙で不気味だったというのに。

 

 ──小平口町での異変を最初に感じたのは、寝過ごしてしまった終点の駅からだった。

 

 終点の小平口駅で、燐はいつのまにか電車内に誰もいなくなっていて、駅員すらも見当たらない状況に何かの異変の兆候を感じ取っていた。

 

 だが、蛍はそうではなく。

 

(わたしは知っているんだ。アレのことを……でもあんなのじゃ……)

 

 今思い出しても奇妙な”ヤモリ”だったとは思う。

 

 記憶に残っていたぐらいだったし。

 

 だが、こんな大きさではなかったし、ある特徴以外は普通のヤモリだったはずだ。

 

 なのにこれは。

 

 爬虫類のような顔面を持つソイツは、突然天井から床に飛び降りると、不気味に大きな口をぱっくりと開けた。

 

 顔以外は人間の女性の身体のようではあったけれど、明らかに敵意のようなものを感じる。

 

 燐はぎゅっと握りこぶしをつくると、守るように蛍の前に立とうとするも。

 

「あ……ああ……っ」

 

 あまりの驚きに声すらも出なくなってしまったのか、蛍は掠れた声を上げ続けていた。

 

「ど、どうしたの蛍ちゃん、しっかりして!」

 

 頭を抱えて呟く蛍に、すかさず燐が駆け寄る。

 

 

 ソイツの口内には人のような綺麗な歯が、びっしりと生えそろっていた。

 

 ──

 ──

 ──

 

 

 

 





5月4日まで青い空のカミュが1500円セールになってますねー。もう数日もないですけれど、欲しい方はお早めにーーーー。


ゆるキャン△アニメの4期の放送が決まりましたねぇ。
2027年開始予定のようですが、多分4月でしょうかねぇ。新学期から始まるでしょうし。
何にしても楽しみですねー。


HADES2

HADESというゲームの続編でギリシャ神話をモチーフにしている、入る度に敵や地形が変わるローグライクとしても有名なアクションゲームです。

一応前作の主人公もでてきますが、2から始めても問題ない感じです。
少し慣れがいるものの、操作は単純明快で、ただ難易度変更などはないですけれど、ゴッドモードとかいう実質イージーモードのようなものがあります。でもそれをしても結構難しめのゲームなので使っても精々ノーマルモードぐらいですかねえ。

トライするたびにアンロックされるシステムなので、時間がかかるかもしれないですが最終的にはかなり強くなるとは思います。

ただ、エンディングを見るのに何度も周回をしなくてはならないのがちょっと面倒なのが難かもですねー。



更新が遅れまくりまくってすみません。

それではではー。



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