ゆりちゃんとうっちーの『顔見知り以上友達未満』な関係がとても好きなので、共通の依存先であるもこっちを挟んだやりとりをする二人を書きました。


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智子とケンカした

 智子とケンカした。

 きっかけはとてもくだらないことだった。

 いつもどおり智子がふざけて、いつもどおり私が反論して。

 それなのに、いつもと違ってギクシャクしてしまった。

 イヤホンをしたまま一人、冷房のきつい電車に揺られる。手持ち無沙汰に閉じた瞼の裏には、挨拶を交わすこともなく遠くなっていった小さな背中がちらついた。

 膝の上に載せたバッグからスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。友達リストをスワイプして、そのうちの一人をタップする。

 

『智子とケンカした』

 

 簡単な事務連絡の応酬だけが残るトーク履歴に、ポツンと短いメッセージを残した。

 

 

 ファストフード店の2階席から街を眺めた。初めて降りた駅前は、オフィスビルばかりで無機質な印象を覚えた。

 アイスコーヒーと焼きドーナツを注文してはみたものの、別段小腹が空いているわけでもない。今更テイクアウトするわけにもいかない目の前のそれをどう処理するか思案を巡らせていたところに、「いたいた」と頭上から声をかけられる。

「どこ座ってるか探したじゃん。空いてるんだから目立つところに座ればいいのに」

 斜め向かいの席に座りながら、声の主は呆れたようにソイラテの載ったトレーをテーブルに置いた。

「黒木と喧嘩したんだって?」

 斜め向かいの声の主、内さんは開口一番本題に切り込んでくる。

「…うん」

 どうせくだらないことだろうけど、なにがあったの? そう問いを投げかける内さんに説明するのは、口に出すのも嫌になるほどくだらない理由。

「本当に馬鹿だね、黒木」

「キモいって言わないの?」

 ソイラテのストローをカップに差しながら内さんは鼻で笑った。

「言ったら殴るくせに」

「別に殴らないけど」

「嘘じゃん」

 つられて私もアイスコーヒーに口をつける。

「でも驚いたわ、私に連絡してくるなんて。まこっちは都合付かなかったの?」

 首を横に振る。

「まこには言ってない。何となく、内さんに相談しようって思って」

「ふぅん」

 気のない返事だけが返ってくる。

「黒木って意地っ張りな所あるし、根っこはビビリだし、あっちから謝るの待ってたらもっと変な感じになるよ? たぶん」

「それはわかってるけど…」

 テーブルに置いたアイスコーヒーの氷がガシャリと崩れる。

 自分でもそう思っている。それでも自分が出した答えと同じものを改めて突きつけられると、どこか望んでいた逃げ道や楽な道を失ったようで心細い。

「自分から謝ればいいじゃん」

「ふっ…」

 内さんから言われた一言に、つい吹き出してしまう。

「内さんがそれ言う?」

「確かにね…」

 ソイラテを手のひらで包みながら、目線を落としてばつが悪そうに笑う。

 この頃にはもう謝る決心はついていたけど、しばらくはどちらともなく雑談を紡いだ。

 受験のこと、進路のこと、内さんの知らない修学旅行でのこと、私の知らなかった球技大会でのこと。

 内さんは喋る時少しだけ顔を脇にそらして、あえて目線も結ばない。普段喋るときはいつも横並びなので、私も顔を突き合わせて話すよりも居心地が良かった。

 あまり興味のない話題もあったし、お互い明日には忘れているようなことも喋ったと思う。特別仲がいいわけじゃないけど、それくらいの距離感が私には合っている気がした。

「じゃ、私帰るから。うまくやりなよ」

 沈黙をはさみながら一時間程度喋っただろうか、宮崎さんから電話を受けた内さんは席を立ち、一人階段を下っていった。店を出て駅に向かう内さんを、2階の窓から眺める。彼女がこちらを振り向くことはなかった。

 帰路につくサラリーマンが目立つ時間になったというのに、窓の向こうの夏の空は未だに明るい。

「今度は私から…か」

 家に帰ったら電話で謝ろう。

 どう考えても智子が悪いけど、私もちょっとやりすぎたところはあるし。

 一口だけ残ったドーナツを頬張って、氷が溶けて薄くなったコーヒーで流し込んだ。

 

 

「おはよ」

「あっ、おはよう」

 駅を出てイヤホンを外したところで、内さんに声をかけられる。

「ちゃんと言えたの」

「うん、あの後帰ってから、電話で」

「あっそ、良かったじゃん」

 いつもと同じように、歩幅を合わせることもなく、向かい合うこともなく会話は続く。

「受験も近いんだし、あんまりつまんないことで悩まないようにしなよ」

 別にどうでもいいけど、と続けながら、内さんは暑そうに手で首元をあおいだ。

 内さんの言うとおり。

 勉強に支障が出るようなことで悩むのは受験に響くし、残り少ない卒業までの時間を無駄にするのももったいない。今回のことで改めてそう感じることが出来た。

 自分でも何で相談したのかよくわからなかったけど、内さんに教えられちゃったな。

「あのさ、内さんも相談にのってくれて…あ、ありが」

「黒木!」

 そう智子の名前を叫ぶと、内さんは300メートルは先にあるだろうコンビニまで駆けていった。智子、いるのかな? 見えないけど。

 言い損ねた言葉を飲み込んでから、代わりに一つため息をつく。

 あれがなければもっとまともなのに。

 早足でコンビニの前まで行ってみると、ちょうど二人で店から出てくるところだった。あの距離から店の中まで見えたの…?

「何買ったの?」

 内さんが智子の斜め上から問いかける。

「いや、昨日買い忘れてたジャンプを…」

「チェンソーマン?」

「認識アップデートしてきたな…あっ、ゆりちゃん? お…おはよ」

「うん」

 智子を挟んで、三人で通学路を歩く。喧嘩のことは忘れようと決めたので、お互い改めて口に出して蒸し返すことはなかった。

「また内さんと電車一緒だったんだ」

「ん? ああ、駅を出たところで会っただけだけどね」

 チラリと内さんに目を向けるが、すでに智子に視線を吸い寄せられている。まぁいつものことだから気にしないけど。

 少し先を歩く内さんのリュックサックには、牛のキーホルダーが揺れていた。同じく自分のスマホに付けたそれと見比べてから、後ろ手にスマホをバッグにしまう。

 たまたま同じクラスだったり、たまたま同じ班だったり、たまたま同じ電車だったりする顔見知り。内さんのイメージは以前から変わらずそんな感じだ。

 でも今は、同じ大学に行けたほうが楽しいかなとは思う。

 ほんの少しだけだけど。



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