誰か続きをお願いします。
懐かしい夢を見た。
俺はまだ中学生で、その人は高校生。いつもの放課後、家の近くの公園に俺とあの人はいた。
当時はそれなりに高価なパソコンとソフトで俺は音楽を打ち込みつつ、目の前で懸命にダンスの練習をする彼女にはどんな音楽が合うのだろうか、なんてこと考えていた。
自分の夢が叶うと信じて疑わず、回りの目なんて気にもとめないで、ただひたすら愚直に努力するその彼女の姿に、俺は憧れていたんだと思う。
「ふぅー……今日のレッスンは終了!」
「公園で携帯から音楽を流して踊るのをレッスンって言いきる先輩。流石です」
「あれ? ひょっとして、バカにされた?」
「まさかまさか。先輩は素敵な女性ですよ」
「ねぇ、キミ!? 目を見て言ってほしいんてすけど!?」
彼女とただ偶然にここで出会ってから一年が経過しようとしているのに、俺は彼女の名前すら知らないし、彼女も俺のことをキミとしか呼んでくれない。それが、俺たちの距離感だった。
「そういえば、もうすぐ卒業ですね。やっぱり東京へ行くんですか?」
「うん。キミと会えなくなるのは少し寂しいけど、東京でアイドルになるって夢を叶えるから! もしテレビとか、営業で見かけたら、アイドルの私もよろしくね!」
彼女の満面の笑みが夕日で照らされて、綺麗だと柄にもなく感傷的になってしまう。今後、彼女と会うことができるとしたら、テレビを挟んだ世界だけになるのだろうか。
「いま作ってる曲。完成したら、もらってくれませんか? 歌詞はないインストですけど」
「いいの?」
「一年間、暇しませんでしたから。お礼です」
「暇しないと言われると、なんか誉められた気がしないんですけど……でも、ありがとう」
「……あと」
「ん?」
「……すみません、やっぱり、何でもないです」
このままだと、離れたくないとか、また会いたいとか、鳥肌ものの言葉が口から飛び出しそうで、俺はそんなことを言っていた。
「えぇ!? そこでやめちゃう!?」
彼女が、ぐいっとこちらに顔をよせて俺に詰め寄る。今までで一番近くに、彼女の顔がある。あぁ、やっぱり可愛らしくて、それでいて……
「……綺麗だ」
俺のそんな声は、けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音によってかき消された。
朝にあんな夢を見たからだろうか。日々のルーティンが全くうまく行かない。目玉焼きは崩れるし、皿は割るし、シャツはアイロンをかけ忘れていた。
「ガキか、俺は。あれからもう、10年。いつまで引きずってるのかね……はぁ」
あんまりにもうまく行かないので、二つほど電車を早めて、事務所の近くのカフェでコーヒーブレイクを挟むことにする。
休日の朝と言うことで平日と比べて空いている。窓際のカウンターに座り、カウンターで注文して受け取ったコーヒーに口をつける。
顔を窓の外に向ければ、目の前には俺が働いているアイドル事務所が見える。零細プロダクションの634プロ。社長の武蔵社長に見初められ、俺は作曲家兼プロデューサーをしている。
高校を出てすぐに上京し、そこそこ有名な師匠に運良く弟子入りすることができ、音楽業の方はかなり調子がいい。プロダクションにはいる前、フリーの時代には、今をときめく『高垣 楓』に楽曲提供をしたこともある。あの頃は楓さんもそこまで有名ではなかったが。
そんなこんなで、女々しくもナナさんを追っかけて東京まで出てきたわけだが……
「全然見つからないんだな、これが」
「誰が見つからないんだい?」
「うおっ!?」
唐突に声をかけられ、後ろを振り替えれば、我がプロダクションのアイドル、『二宮 飛鳥』が立っていた。
「なかなかなオーバーリアクションだね? 早起きは三文の得とは言うが、いつも冷静なプロデューサーの驚く顔が見れて、ボクにとって早起きは三文以上の価値があるようだ」
「あまりからかってくれるな。休日だって言うのに早いな」
「早くはないさ。なぜならボクもここで時間を潰してから事務所に行くつもりだからね。出勤する時間はいつも通りさ。それで、誰が見つからないんだい?」
飛鳥は俗に言う中二病……厨二病? と言うやつで、難しい言葉や遠回りな言い回しをする。同年代からは大人びて見えるらしいが、俺から見れば背伸びをする子どもでほほえましい。
とは言え、素直に思い出の人に想いを馳せていたなんて言えるわけもなく、それとなくごまかす。
「探していたのはうちのアイドルさ。俺もプロデューサー歴、足掛け一年……どこにいても担当アイドルと一般人の見分けくらいはつけられないとなって思ってな」
「……ふむ。それならばやはり来るのが早すぎるじゃないかな? まだ誰も出勤する時間じゃないからね」
腕時計に視線を落とし、時間を確認しつつ飛鳥が言う。こちらを怪しんでる素振りはないし、誤魔化せたらしい。
「俺も同じことを思ったとこだ。自分一人が、焦っても仕方ないと言う教訓になった」
「それじゃあ、焦らずにボクと朝のティータイムとしゃれ込もうじゃないか」
「ケーキ買ってやるから好きなの頼んでくるといい」
「いいのかい? ではご相伴にあずかるとするよ」
財布から千円を取り出し手渡して、飛鳥を見送る。そうだ、焦る必要なんてない。この業界に居れば、いずれは出会えるだろう。10年も探したんだ。20年でも30年でも探してやる。ひょっとしたら東京にはいないかもしれない。アイドルをあきらめてるかもしれない。
「……いや、それこそいらない心配か」
あの人は、絶対に夢はあきらめないだろうから。
「おはようございます。プロデューサーさん。飛鳥ちゃん」
「おはようございます。ちひろさん」
「おはよう。ちひろさん」
蛍光グリーンの事務服を身にまとって胸元に『ちひろ』と書かれたネームプレートを付けた事務員の『千川 ちひろ』さんに挨拶をして、向かいの自分の席に座る。飛鳥は俺の横を抜けて奥のソファーに腰掛ける。
余談だが、この前社長が「ウチは事務服は支給してないんだよね」と言っていたので、今着ている事務服はちひろさんの私物だったりする。この前、一緒に飲んだ時は趣味がコスプレと言っていたから、衣装は大量にあるらしい。
「えーっと、今日の予定は……」
「蘭子と杏とりあむの予定ですね。杏はいつものように出勤してこないので社長が迎えに行って、そのままレッスン。飛鳥と蘭子は雑誌の読モの撮影、りあむは俺と営業です」
手帳を取り出し、予定を確認してちひろさんに伝えると、すらすらとホワイトボードにそれぞれの予定を書き足していく。相変わらずきれいな字だなと感心する。ホワイトボードとか黒板とか、字をきれいに書けないんだよな、俺。
「杏ちゃんと社長はセットになってきましたね。杏ちゃんあるところ社長あり! って感じで」
「ウチみたいな零細企業は社長も働かなきゃねってのが社長の口癖ですからね」
鍵かけを確認しつつ、社長がいないことを確認する。もう迎えに行ったのか。
「それに甘えてタクシーの運転手よろしく社長を使うのはどうかと思うけどね。ましてや、まともに出勤しない社員の迎えだなんて」
「社長、杏にダダ甘だからな。なんでも、亡くなった孫にそっくりらしい。杏、本人も才能の塊みたいなとこあってうまくやる気を引き出せたら想像以上の成果があがるし。やる気がないわけじゃないんだが、エンジンかけるのが大変っていうか……まぁ、そういった意味では社長と杏の親和性は高いんだよな」
後ろから俺の肩に顔をのせて飛鳥が言う。近いので軽く手で押し返し、飛鳥から離れる。
「ふつうは褒められたことじゃないんですけど、杏ちゃん、マスコットみたいなところありますからね」
「ふっ、ボクはすでに今週で13個の飴玉を貢いだよ。あの飴玉を食べたときの蕩けた顔がたまらなくてね……あれで年上だというのだから、世界は広いと思ったよ」
「俺の眠気覚ましの飴玉くすねてたの飛鳥か!?」
「食べたのは杏さ」
「くすねたのはお前だろがい!」
「い、イタイ、イタイ! そんな某国民的アニメの幼稚園児が昔母親からやられていた頭グリグリはやめてくれ! すごく痛い! ごめんなさい!」
「まったく……」
俺と飛鳥が戯れ、それを見てちひろさんが笑っていると、事務所の扉が開く。
「我が友、そして飛鳥。煩わしい太陽ね」
「おう、おはよう。蘭子」
「ふっ、いつもながら素敵な言い回しだ。おはよう蘭子」
「飛鳥! 我らは同じ、闇に見せられた者。さぁ、今日も共に翼を広げようぞ!」
「もちろんさ蘭子。ボクたちは一にして全、全にして一……空想を凌駕しよう」
「……とりあえず読モの仕事にやる気があることは伝わったわ」
独特な言語で言葉を交わし、がっちりと腕を目の前でクロスさせる二人。この独特な言語は目下勉強中だ。雰囲気的に「一緒にお仕事頑張りましょう」、「ボクたちなら想像以上のパフォーマンスを発揮できるさ」みたいな感じだとは思う。
「まだ『瞳』を持つには至らぬか。秘めたる意思を伝える秘術はないものか……」
「言葉なんて所詮はただの器。受け取る者次第で如何様にも形を変えるものさ。思いやりは時に刃になり、刃は時に前へと進むための起爆剤となりえる。であれば、その言葉にどのような想いを込めるかこそが重要じゃないかい?」
「……飛鳥っ! その感情。我に心にいきわたった……! わが友よ!」
「お、おう?」
「我が翼の羽ばたきを見るがよい! 全ては、我が魂の赴くままに! ……うぅ……おっ、お仕事、がんばり、ますっ!」
「ふっ……それが、君の輝き、か」
「蘭子……あぁ、頑張ってきてくれ!」
「あ、あのー……私は何を見せられているのでしょうか……」
蘭子の言葉を伝えたいという想いをひしひしと感じ、思わず涙ぐむ。蘭子、成長したんだな……俺も、早く蘭子の言葉を理解できるようにならなければ。翼を広げるとか羽ばたくっていうのは仕事に関係しているんだな。よし、メモっておこう。あとちひろさん、それは言わない約束です。
「おつかれさまでーす。飛鳥と蘭子を送ってきました」
「お疲れ様です。プロデューサーさん」
鍵かけに営業車の鍵をかけて自分の席に座る。この零細企業の仕事は9割が社長のコネによる仕事で、残り1割が俺の作曲家とプロデューサーとしてのコネによる仕事だ。
特に過去に楓さんに楽曲提供した曲は楓さんの曲の中でも評判がよく、そこから仕事につながったりもしている。この時のつながりで楓さんとも仲良くさせてもらっているので、スポンサーの好みを楓さんに聞いて対策したりと、周りの人たちに支えられながらなんとかやっている状態だ。
今のところ給料の支払いが滞ることもなく、何とかやってこれているが、よくよく考えると社員3人ってやばいな。
「おそいよPサマ! 事務所に来たら一人取り残されるぼくの気持ちかんがえたことあるのかよぉ!」
「あのー……りあむちゃん、私もいましたよ?」
「二人取り残されるぼくたちの気持ち考えたことあるのかよぉ! めっちゃやむ」
「私も巻き込まれました!?」
戻ってくるなり奥のソファーから不貞腐れたように文句を言ってくるのが『夢見 りあむ』。ウチのアイドルだ。
よく見たら、ソファーちひろさんがりあむに膝枕をしていた。なにしてるんだ、あいつ。
「あんまりちひろさんに迷惑かけるなよ。それに昨日電話しといただろ。9時には飛鳥と蘭子を送るから事務所に居ないから待ってるようにって」
念のため通話履歴も表示してりあむに見せる。この手のケアは事前にしとかないとめんどくさいからな。
「ぐぬぬぬ……正論振りかざして殴れば何でも解決すると思うなよ! ぼくは生まれはゆとりSNS育ちなんだぞ! すぐにあっ、無理ってなるんだぞ! 引きこもるんだぞ!」
「……はぁ、わかったよ。営業周りの時、お前が行きたがってたメイド喫茶で昼めし食わしてやるから機嫌直してくれ」
「マ? Pサマ最高か?」
「納得してくれたなら準備してくれ。11時に1件あいさつ行って、午後に2件だ。午前中が俺のとこで午後の2件は社長の紹介だ。事前に話はしてあるから自然体でいいぞ。でも流石にこの前見たく中指立てるのはやめろよ、マジで。あの後、平謝りして菓子折り持ってったんだからな?」
「りょ! あ、お詫びに、夜にぼくの家で餃子パーティーする?」
「絶対行かない」
「花の乙女の誘いを即答で断るとか……やむ……」
「常識的に考えてアイドルの家に行けるわけないだろ。さ、営業行くぞ」
「よーし、メイドさんのために頑張っちゃうよ! みててよね、Pサマ! ってあだぁ!?」
「不安だ……」
勢いよくちひろさんの膝枕から立ち上がり、テーブルの角に小指をぶつけて悶えるりあむを見て、拭い去
りようのない不安に押しつぶされそうになった。
「……番組、決まったな」
「正直、嘘だろって感じだよね。どっかにカメラない? どっきりだったりしない?」
作曲家としてウチの番組の曲を書いてくれないかっていう俺への要望に対して、それならばとウチのりあむを紹介させてくれないかと営業をかけたわけだが、スポンサーのツボにドはまりしたのかそのまま番組に採用が決まった。
正直、初対面で相手のことをおっさんと呼んだときは張り倒してやろうかと思ったが、世の中どう転ぶかわからんもんだな。それはそうとして後日、謝罪とお礼をしなければならない。りあむにもさんざん説教した。
「とりあえず、飯食うか。どこだっけ?」
「ココ! メイド服のデザインもさることながら、歌と踊りのミニステージが楽しめるのだよ。つまり地下アイドル。アイドルときいてはぼくとしてみるしかない!」
「わかった。わかったからスマホを顔につけるな。住所読ませる気ないだろ」
りあむの手を掴んで引き離す。りあむの顔が心なしか赤らむ。相変わらずコイツ拗らせてるな。
「えー……うわっ、地味に遠いな。少し昼すぎるぞ」
「ミニステージは13時からだから問題ナーシ! さぁ、行くのだよPサマ!」
「へいへい」
横でわちゃわちゃと騒ぐりあむに付き合ってアイドル談義をしつつ、目当ての店にたどり着く。我先にと先を進むりあむを追いかける形で入店すると、ファンシーな内装によく観察すると精巧につくられているメイド服。なんというか、本気さがうかがえる。
「うわぁー、ブチテンション上がる。やばくね? ガチのマジなメイドだよ、Pサマ。完全にメイドになりきってるよ、ここの子たち! うはぁ……癒される……」
「正直、舐めてたな。プロっていうことか」
メニューを見るとけっこういいお値段がする。まず入店料金2000円。りあむが頼んだオムライスが2500円、俺のアイスコーヒーが1000円。
「あっ、オムライスにりあむちゃんloveって書いてください。愛情込めてね?」
サービス料金が700円追加された。何してくれてんじゃこいつ。
「あっ、あっ、Pサマのアイスコーヒーにはミルク一つにガムシロ2つね。愛情込めて混ぜて!」
さらにサービス料金500円追加された。もう止まれ。やめてくれ。いや親指立てるな。アイスコーヒーの好み完璧でしょってドヤるな。今のやりとりでさらに無駄な出費が増えてるんだよ。サービス料金でアイスコーヒーもう一杯飲めるんだよ。なんならお釣り来るんだよ。
しばらくして、メイド二人による、目の前でのおいしくなーれという儀式を経て料理が提供される。普通はこういうの見てるほうは恥ずかしくなるものだと思うのだが、店側が完璧にメイドを演じてきているので関心のほうが上回る。でもほんとのメイドはそんな儀式しないと思う。
「あっ、店内が暗くなったねPサマ。ミニライブ始まるよ」
「なに人の飲んでんだ」
ズゴーと人のアイスコーヒーを3割ほど啜り、りあむがステージの方を見る。しかも混ぜてないからかなり甘い。
「なんでこっち見るんだ?」
「ええっ!? や、やだなー見てないよー?」
いや、絶対にこっちをちらちら見てただろ。
「なんで見る必要があるんですか?」
「心を読むな」
俺が言うと同時にステージがライトアップされ、聞きなれた音楽が流れだす。
「いや……そんなはずは……」
その音楽は卒業の日に俺が彼女に送ったものだ。心臓がうるさいぐらいに跳ね上がる。周りの雑音は消え、全意識が音楽とステージへと向けられる。
サイドから、メイド服に身を包んだキャストが5人出てくる。そのセンター。あの頃と寸分たがわぬ。まるであの日からそのまま飛び出してきたかのように、彼女は立っていた。
「みんなー来てくれてありがとう! 歌って踊れる声優アイドル目指して、ナナはウサミン星からやってきたんですよぉっ。キャハッ☆ まずは一曲目! 拝啓、ウサミン星より」
それはそうとして、俺の曲にすげぇ名前つけられてた。