東方幻奇譚 ~the Eighth Fantasy.   作:TripMoon

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こちらは海藤 恭哉編の物語になります。

本作のメインストーリーです。


東方幻奇譚 焔ノ章
第1話 幻想郷


 

 

 

 

 

 

 

―――幻想郷(げんそうきょう)

 

それは、私の暮らす世界。

 

その名の通り、現実には起こりえないであろうことが、実在している。

「外の世界」からすれば、想像すらもつかないだろう。

 

理想郷(りそうきょう)

 

そう表現するのも、正しいのかもしれない。

だが、物事はそんな綺麗には収まらなくて……。

 

 

 

 

 

「……あー……」

生気のない声と共に、空を見上げる。

広がっているのは雲一つない水色の空と、目を覆いたくなる程に眩しい白色(はくしょく)の太陽。

時期的には、今は初夏(しょか)になるのだろうか?

それにしては、暑すぎるでしょ?

なんなのよもう、嫌になるわ全く……。

程良い気温になる異変(いへん)でも起きないものだろうか?

――って、異変とは言わないかそれは。

「相変わらずぐぅたらしてるなお前は」

私が暑さの余韻(よいん)(ひた)っている(?)と、すぐ近くから声がする。

その声の主は、私もよく知る人物のものだ。

かといって、今その人物が必要かと言われると、そうではない。

私が返答する間もなく、その人物は私の隣へと座ってくる。

「暑苦しいから離れなさいよ」

「おいおい、それが客人に対する態度か? ひとまず、茶菓子(ちゃがし)の一つでも持ってきて欲しいもんだ」

「あんたみたいなのは、客人とは言わないのよ。 ほら、離れた離れた」

私がそう言うと、渋々とした顔で少し距離を置いた。

霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)さんが来てやったんだぜ? もっとこうなんというかー」

「はいはい、嬉しい嬉しい。 いいからお団子でも出しなさい」

「要求だけは一丁前だな本当……。 あ、でも森で採れたキノコならあったかな」

ちょっと待ってろ、と言葉を続け、頭より大きい帽子の中を探っている。

被るものに、キノコなんて入れるかしら普通?

とまぁ、少し変わっているのも、この人物、霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)らしいと言えばらしいのだ。

魔理沙と私は長い付き合いで、もう何年経ったのかも覚えていない程。

気が付けば、共に行動する時間が多かった……という方がいいのかもしれない。

単なる友達付き合い……とは少し違っていて、大袈裟(おおげさ)に言えば世界の命運(めいうん)がかかるようないくつもの出来事を、共に解決してきた仲だ。

本当に大袈裟に言えばだけどね?

黒と白を基調にした服装で、頭には大きな帽子。

先程キノコを探すとか言っていたのだが、本当に何が詰まっているのやら……。

フリルの着いたエプロンに、足首の辺りまで伸びる黒のスカート。

風貌(ふうぼう)はまさに、魔法使(まほうつか)い。

本人もそれは自称している為、魔法使いに分類されるだろう。

魔理沙が得意とする魔法は、攻撃系の物が多い。

本人(いわ)く「弾幕(だんまく)はパワーだよ」だ、そうだ。

弾幕というのは、私たちの暮らす幻想郷においては、一種の共通認識のようなものだ。

主に戦闘において用いられるもので、その形や属性、威力は様々。

先述した魔理沙の弾幕は、攻撃系のものが多いのだが、その形が物騒という訳ではない。

魔法を駆使すれば刀や槍、弓などと言った太古から伝わる武器を形成することは容易なのだが、本人はそういうのは主義じゃないらしい。

レーザー光線や、数々の色を持つ星のような(たま)、鮮やかに輝く光弾(こうだん)が、彼女の弾幕の持ち味だ。

がさつに見えるけれど、根は意外にも可愛らしいのだ。

あ、私にはそんな乙女チックなものはないから、安心しなさい?

……って、誰に忠告してるのやら。

「お、あったぞ! ほれ、魔理沙さん特製のキノコだ」

「ただ生えてるの持ってきただけでしょうが。 私はモグラじゃないのよ」

「誰も生で食えなんて言ってないぜ? これを鍋に入れてだな」

「こんな暑い日に鍋なんて食べる奴居ないわよ。 分かったら和菓子でも出しなさい」

「私にばっかねだるな!」

後、これ程までかというぐらいの、キノコ好き。

会う度に見慣れないキノコを持ってきては、食材に(まぎ)れ込ませてきたり、ひどい時はそのまま料理の一品として出してくる。

いい迷惑だ。

「しかしまぁ、ここ最近は暇なもんだな。 異変の一つでも起きてくれれば、私たちの出番も増えるんだが」

「そうぽんぽんと異変なんて起こされたら、たまったもんじゃないわ」

「異変を解決するのが、博麗(はくれい)巫女(みこ)の仕事だろ?」

博麗の巫女。

この幻想郷の治安維持というか、幻想郷で起きた異変を解決することを生業(なりわい)にする人物のことだ。

まぁ、私のことなんだけど。

妖怪退治(ようかいたいじ)なんてお手の物で、様々な妖怪を退治してきた。

中には交流を持った妖怪たちも居るんだけどね。

先代の巫女が役目を終え、私はその役目を継いだ。

博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)、それが私に与えられた名前。

この名前と共に、幻想郷の全てを任された……言わば、この世界の統治者(とうちしゃ)!

……と、そんな大層な者ではないのよね、これが。

あくまでも異変解決が、私の役目であって、この世界を創造した者や管理を(にな)っている者は別に存在している。

今もどこで何をしているのかは、私には分からない。

面倒なことではなければいいんだけどね……。

「……ん、今何か物音がしなかったか?」

 

 

 

 

 

魔理沙がそう言い、辺りをキョロキョロし始めた。

私には何も聞こえなかったし、ただの気のせいだろう。

「確かに聞こえたんだけど……何かこう、物が落ちたような、そんな音だ」

「物が勝手に落ちるなんてことないでしょ? どうせ小さい妖怪の仕業かなんかじゃないの?」

「うーん、そんな感じじゃないんだけどなぁ……。 ん、あっちの方からだ」

そう言い残して、そそくさに立ち去っていく魔理沙。

一体何を()ぎつけたのか、縁側(えんがわ)から近くの草木へと向かっていく。

犬並みの嗅覚(きゅうかく)でも身に付けているのだろうか?

変なの。

「おーい霊夢ー! 人が倒れてる!!」

その言葉に、私は少し目を見開いた。

この場所、博麗神社(はくれいじんじゃ)で誰かが倒れているなんて……普通じゃ有り得ない。

博麗神社というのは私が暮らしている神社のことで、常時「博麗大結界(はくれいだいけっかい)」という巨大な不可視(ふかし)の結界で覆われている。

この結界があることによって、妖怪などの外敵が不用意に侵入出来ぬよう、閉ざされているのだ。

もちろん、そんな結界などお構いなしに入ってくる奴も居るんだけど……。

ここによく出入りする妖怪ならまだ分かるのだが、魔理沙は「人が倒れている」と言っていた。

……その「人が倒れていること」が、私には考えられないのだ。

この神社によく来る人間なんて、私を除けば魔理沙ぐらい。

わざわざこの場所で倒れるなんて、他の人間がするとは思えないし、そもそも人間自体がこの場所に立ち入ることが少ないのだ。

これらのことから考えられるのは……何らかの異変が生じているということ。

呼ばれずとも飛び出さないと行けないのが、博麗の巫女なのだ。

縁側での至福(しふく)の一時に別れを告げ、ゆっくりと腰を上げる。

すたすたと軽い音を立て、魔理沙の元へ向かった。

「ほら、どこからどう見ても人間だろ?」

人らしき者が倒れている所に辿り着くと、魔理沙がその者を指差しながらそう言った。

確かに、姿形(すがたかたち)は紛れもなく人間だ。

だが妙な点はいくつかある。

まず一つは、今までに見たことも無い服装をしているということ。

薄い黒色の衣服と、灰色の被り物のようなものが付いている。

私たちの世界では、このような服装はまず見ることがない。

何かと変わり者の多い世界だ。

このような服装の人間が居ても、おかしくはないだろう。

ただ、私の記憶には、そのような服装をする人物が誰一人として居ないのだ。

根拠としては弱いかもしれないが、これが一つ目の点。

二つ目は、先程から動かないということ。

魔理沙がこの人物を発見してから、軽く数分は経っているはずだ。

それなのにも関わらず、びくともせず声すらも上げていない。

神社に死体があるなんて、そんな罰当(ばちあ)たりなことはないと思いたいのだが……。

「ちょっとつついてみるか」

私の心を見透かしたのか、ふとそんなことを呟いた魔理沙。

普段乗っている(ほうき)を逆さにし、棒の部分で倒れたままの人物の背中をつつこうとしたその時だった。

……(かす)かだが、倒れたまま指が動いたのだ。

それを見た私たちは、ふとその場で固まってしまう。

心霊現象(しんれいげんしょう)やその他諸々(もろもろ)の恐怖には心底(しんそこ)慣れているつもりなのだが、やはり急な出来事には身体は反応してしまう。

人間だしね、私も。

指だけでなく次第に腕、足、と徐々に身体を起こしていく。

「あれ、ここは……?」

辺りを見回しながら、小さく呟いた。

死んではいないし、見るからにただの人間だ。

私もようやく心の中でほっと一息つくことが出来た。

「なーんだ、やっぱり人間じゃないか。 私の言った通りだろ?」

何故か誇らしげに言う魔理沙。

あんた何もしてないでしょ、と心の中でツッコミ。

目の前の人物に、何故ここで倒れていたのかを聞こうとした時、それを(さえぎ)るように意外な言葉を口にした。

「金髪の女を見なかったか!?」

 

 

 

 

 

金髪の女を見なかったか。

そう言ったのだ。

私には、それに該当する知り合いがいくつかいる。

っていうか、隣に居るし。

私の隣に居る魔理沙も、自分のことなのか気になるようで、その人物に問い掛けていた。

「私か? 生憎(あいにく)だが、私はお前との面識はないぞ? 初対面だしな」

「いや、こんな背は小さくなかったな……それに出るとこ出てたし、もっと怪しげな感じだった。 あんたじゃないよ」

「ぐっ、今さり気なく侮辱(ぶじょく)されたのか私……頭にくるなこいつ」

どうやら魔理沙ではないらしい。

おまけに軽い侮辱まで受けるという始末。

これも魔理沙の日頃の行いのせいよね、きっと。

それより気になるのは、この人物が言う金髪の女性のことだ。

魔理沙より背が高く、怪しげな雰囲気、か……。

背が高いのも、見た目も雰囲気も怪しいやつなんて、いくらでも居るのよねこれが。

人間じゃないやつも居るし、当然のことと言えば当然なんだけれど。

「こうなったら私の改良した魔法の実験台にしてやる! そこ動くなよ!?」

「えっ何? 俺なんか言ったっけ?」

他言無用(たごんむよう)だぜ! 動いても動かなくても撃つ!!」

ふと魔理沙の方を見ると、小さな金属製の箱を手にしていた。

確か、「ミニ八卦炉(はっけろ)」とか言っていたっけ?

次第にそこに光が集まり、七色に光り出す。

「ちょっと待てタンマ!! 一体何したって――」

「知らん!! 恋符(こいふ)『マスタースパーク』!!」

あっちょっと!!

私の神社の中で何してくれてんの!?

結界も間に合わない――。

――一瞬の出来事だった。

辺り一面の草木は消し飛び、砂煙(すなけむり)が舞う。

これが魔理沙の攻撃魔法。

手加減という言葉を知らないのか、背が小さいだの出るべき所が控えめで辱めを受けたのか、はたまた出力の調整を間違えたのか……。

誰が見ても大惨事になっていた。

もちろん、先程まで倒れていた人物の姿も見当たらない。

「ちょっと! もう少し()れてたら神社が滅茶苦茶じゃない!!」

「ふんっ! これも失礼な口の聞き方したあいつのせいだぜ」

「あぁもう! 折角生きてたのに、今ので灰になったわよ絶対。 神聖(しんせい)な神社でこんなことして、バチ当たっても知らないからね?」

「どこが神聖な場所だ。 せめて参拝客が増えてからそういうこと言うんだな」

ぐっ、痛い所を……。

魔理沙が言うように、この神社には参拝客など殆ど来ない。

妖怪が出入りするのもあるが、何よりこの高く敷き詰められた石段(いしだん)

空を飛ぶことの出来ない普通の人間には、とてもではないが気が引ける場所なのだ。

神社なのに参拝客はおろか、賽銭すら少ないとは……。

おかげで私の生活はかつかつ……って、今はその話はいいわよね。

とは言っても、神社であることには変わりはない。

今後魔理沙には、いずれ天罰(てんばつ)が下るはずだ。

それを楽しみにしておこう。

――そういえば、さっきの人は?

「痛ってぇ……いきなり何すんだよ!! 本気(マジ)で死ぬとこだったぞ!!」

「えっ、い、生きてる……!? 化け物かお前!?」

「こっちのセリフだ!!」

一瞬、言葉に詰まってしまう。

先程魔理沙の魔法を至近距離で被弾したはずなのに……。

その人物は、私たちから少し離れた場所で立っていた。

舞い上がった砂煙や(ほこり)で衣服は汚れているものの、目立った外傷はない。

私の結界も間に合わなかったし、あの距離なら攻撃を避けるのは至難の業だ。

一体何が起こったの……?

「ぐぬぬ、二回も恥をかくなんて……!!」

「別にそんなつもりはないって。 で、あんたらは本当に金髪の女は見てないんだな?」

「材料がそれだけじゃあね。 金色の髪の毛なんて、この世界には溢れるほど居るわよ」

「そうなのか……結局虱潰(しらみつぶ)ししかないか。 ありがとな」

そう言い残し、その場を立ち去ろうとする。

「ちょっと待て! お前に納得はいかんが、話ぐらいは聞いてやるぜ。 これは私の勘だが、この世界のこと知らなさそうだし」

と、魔理沙が呼び止めた。

目の前の人物は少し考えた後、こくりと頷き返した。

魔理沙も()に落ちない部分はあるだろうが、少しは認めているみたいだ。

じゃあ、後は魔理沙に任せて……。

「霊夢も付き合えよ」

あー最悪……。

私の至福の一時よ、さようなら……。

(なか)ば強引に連れていかれるような形で、縁側へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「さて、と。 お前は本当に人間なのか?」

「一応人間、とだけ答えとくよ。 あんたらは?」

「私は見ての通り普通の魔法使いさんだ。 こっちは貧乏巫女」

一言余計よ全く。

その感想を突き付ける様に、鋭い視線を魔理沙に向けた。

「魔法使いに巫女、か……。 驚きはしないけど、実在するんだな」

「その言い方だと、随分と人間以外のものを見慣れてるみたいね」

まぁな、と少し困り顔で返答された。

今更かもしれないが、性別は男みたい。

背丈は私や魔理沙より一回り程大きく、体型は細めだろうか?

赤みを帯びた癖のある髪と、茶色の瞳が印象的で、私の思う男の人のイメージとはどこか離れている気もした。

なんというか、大雑把(おおざっぱ)な振る舞いや男性特有の雰囲気はなく、中性的だと思う。

といっても、まだ何も知らないんだけどね。

そして不思議なことに、この幻想郷ではあまり男の人は見かけることが少ないのだ。

全く居ないという訳ではないのだが、私の知り合いにも男の人は殆ど存在していない。

男勝りでがさつな奴なら居るけどね、隣に。

「今、霊夢にも(さげす)まれた気がするんだが」

「気のせいでしょ。 で、あんたの名前は? どうして、うちの神社で倒れていたの?」

「名前は海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)。 気が付いたら、あそこで気を失ってた」

「変な話だな。 私が見つけてから、まだそんなに経ってないんだぜ? それなのに気絶してたなんて、なんか変じゃないか?」

魔理沙の言う通りだ。

魔理沙がこの人物、もとい、恭哉を発見したきっかけは何かが落ちる音。

縁側で座っていた私には聞こえなかったが、少し離れた場所に居た魔理沙には聞こえていた。

その後、近くの草木に行くと、恭哉を発見した……というのが、発見した流れであって、実際には倒れてからの時間はほとんど経っていないのだ。

何かが倒れてから音が生じるまで、ズレはゼロに近い為、魔理沙が気付く前に既に倒れていたとは考えにくい。

もしそうではなく、地面に着地した瞬間に気絶する程の衝撃を受けたのであれば、私の耳にも音が伝わってくるはずだ。

それにあの時、晴れた空も視界に入っていた為、高い場所からの落下なら先に視線にも入ってくる。

……明らかに矛盾(むじゅん)している、そう思った。

「気絶する前のことは覚えてないのか?」

「確か、ここと似たような場所で金髪の女にあって……それで何か、真っ暗になった気がする」

「真っ暗? まだお昼よ?」

「天気とかの問題じゃないんだ。 なんて言えばいいかな」

「目の前が真っ暗になったとかか?」

「そう、そんな感じだ。 でも、それ以上は何も思い出せない」

記憶喪失(きおくそうしつ)、って訳ではなさそうだけど……。 どちらにせよ、この世界の住人じゃないのは、確かね」

私の言葉に、恭哉は小さく首を(かし)げた。

「この世界ってどういうことだ?」

「そのまんまの意味よ。 あんたが居た世界と、ここは違うってこと」

その言葉に少し考えた後。

一層大きく驚嘆(きょうたん)の声を上げた。

だが、すぐに冷静さを取り戻したのか、普段通りの表情へと戻る。

「えーっと、ここはなんて世界なんだ?」

「幻想郷だ」

「幻想郷か……やっぱり聞いたことないな。 魔界(まかい)とか天界(てんかい)とか物騒な所じゃないだけ、まだ運がいいのか」

魔界と天界ですって……!?

幻想郷を知らないのに、その二つの世界を知っているなんて……。

一体何者なの……?

「その表情じゃ、こっちの世界にも天界や魔界って世界が存在するんだな」

「お前は驚かないのか?」

「仲間と行ったことあるしなんとも思わないよ。 こっちとは勝手が違うだろうけど」

驚いた……。

聞き覚えがあるだけではなく、まさか行ったことがあるときた。

因みにこの幻想郷にも天界、魔界といった異世界に行く手段はある。

天界は「天人(てんにん)」と呼ばれる種族が、魔界には「悪魔(あくま)」や「天使(てんし)」が主に暮らしている。

どちらも異変の元凶になったり、原因を作った張本人が暮らしていることもあり、私も何度か訪れている。

願わくば、もう行くことがないと思いたい……。

「さっき『仲間』って言ってたよな? その仲間ってのも、この世界に来てるのか?」

「居ると助かるんだけどな……。 駄目元だけど、連絡してみるか」

そう言うと、衣服のポケットから小さな機械を取り出し始めた。

こんな機械は見たことがない。

魔理沙も同じなのか、二人して顔を寄せその機械を見つめていた。

なにやら操作をすると、何も無い空間に映像のようなものが発生し、小さな音を鳴らしている。

これも魔理沙と同じなのかもしれないが、小さく口を開けて声を漏らしていた。

「やっぱ駄目か……って、ん? どうした二人ともそんな近付いて来て」

「いや、なんか変な機械持ってるから気になってさ」

「あぁ、これのことか。 スマホ……って言っても、分かんないか?」

その問いかけに、首を縦に振る。

「あー携帯型の通信機ならどうだ?」

「それなら分かるぜ」

「じゃあそれ。 離れた場所にいる人とも連絡を取ったり出来るんだ」

「へー便利そうだな。 興味湧いてきた」

そのような機能は初めて聞いた。

まぁ、似たような手法はいくらでもあるんだけど、機械というのは初めてだ。

「あんまり長居するのも悪いし、そろそろ行くよ」

「行くってどこに?」

「仲間が居るか探しに」

「ここの石段すごく長いぞ?」

「飛べるし大丈夫、んじゃ」

恭哉はこちらに背を向け、地面を軽く蹴った。

まさか空まで飛ぶことが出来るなんて。

私の想像以上に、近い存在なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

軽く飛んだつもりが、すぐに地面に戻ってくる。

首を傾げながら、また地面を蹴る。

しかし結果は同じで、また地面に戻ってきた。

まるでその場で飛び跳ねている兎のよう。

ちょっと可愛いじゃない?

「本当に飛べるのか?」

「嘘なんかつくか。 よーし、こうなったら助走で勢いつけて一気に……」

その場から少し離れ、立ち止まる。

軽く深呼吸をした後、一気に走り出し地面を強く蹴る。

だが、結果は同じだった。

「嘘だろ……」

「あっははは!! ちょっと可愛いじゃないか!」

「笑うな!! くっそー……これは歩くしかないのか……」

仕返しが出来たと言わんばかりに、魔理沙が高笑いする。

飛行に失敗している所を見る限り、本当に嘘はついていないようだ。

先程の魔理沙の魔法攻撃のダメージでもあるのだろうか?

というより、あれどうやって避けたの……?

「魔理沙の箒にでも乗せてあげれば?」

「えっ!? そ、それはちょっと……な?」

いやなんでそこでもじもじするの?

時たま見せる魔理沙のこの一面。

いつもは悪戯(いたずら)好きで意地っ張りで無愛想(ぶあいそう)で。

それなのに、こんなにもしおらしくなるのだ。

通称「乙女魔理沙(おとめまりさ)」と、私は呼んでいる。

勝手にだけどね。

「いいよ、振り落とされて死にたくないし」

「何だと!? 確かに私の箒はじゃじゃ馬だが、振り落とすことなんてないからな!?」

あー乱暴なのは認めるのね。

そういえば、私も魔理沙の後ろには乗ったことなかったっけ。

乗り物自体最後に乗ったのがいつなのかも、覚えていないような……。

確か最後に乗ったのは……老亀(ろうがめ)?

乗り物じゃないけどねあれ。

もっとも、今の私は自由自在に空を飛ぶことが出来る為、乗り物は不要なのだ。

どこかの物書きは、私のことをこう書いていた気がする。

『空を飛ぶ程度の能力』そして『楽園の素敵な巫女さん』と。

って、そのままの意味よねこれ。

悪い気はしないし、興味もないけど。

「それこそ、霊夢が腕でも持ちながら飛べばいいだろ?」

「嫌よ面倒くさい。 それに私は忙しいの」

「嘘つけ! ぐぅたらしてるだけのくせに!」

「あー忙しい忙しいー。 掃き掃除が忙しくて嫌になっちゃうわー」

魔理沙にじーっと見つめられている気もするが気にしない気にしない。

異変以外のことで厄介事に巻き込まれるなんて、願ってもいないことだ。

この世界の危機という訳でもなければ、恭哉が幻想郷に流れ着いてしまったことによる変化もある訳ではない。

なら、博麗の巫女の出る幕ではないということだ。

興味もない人間の為に何かしてあげられる程、お人好しじゃないってことよ。

もう一人の巫女なら、喜んで引き受けそうだけどね。

「案内してもらえるなんて思ってないよ。 この石段を降りた先には、何かあるのか?」

「人里っていう人間が暮らす場所に繋がる道が広がってるわ。 途中妖怪や妖精(ようせい)と出会うこともあるでしょうけど」

「妖怪まで居るのかここ」

「こいつも人間みたいなもんだが、強さは化け物だぞ」

魔理沙が私に指をさしながらそう言った。

化け物なんて失礼しちゃうわね。

「うーん戦えるんだろうけど空も飛べないしなぁ……」

……そこは戦おうとするんだ。

やはり、恭哉は普通の人間とは少しかけ離れているのかもしれない。

空を飛ぶことしかり、魔理沙の魔法攻撃を受け切ったことしかり。

「なるほどなるほど、そういうことか……よし、私にいい考えがあるぞ」

一人納得したのか、魔理沙が何度も頷き何かを提案しようとしている。

この手の場合、ろくなことではない気がするのよね……。

「さっきも言った通り、私はお前には納得していない。 けど、お前は自分の実力を分かりきっていない、違うか?」

「こっちの世界に来てからなーんか変な感じはしてるよ。 それがどうかしたのか?」

「つまりだ、私は悔しい。 負けたまま終わるのは主義じゃないし、きちんとお見舞いしてやりたいんだ」

「えっと、言ってる意味が分からん。 結局何がお望みなんだ?」

うんうん。

今回だけは私も同意見。

「私の弾幕を見事避けきったら、お前の勝ち。 私が幻想郷を案内してやろう」

「俺が避けきれなかったとして、魔理沙が勝ったらどうするんだ?」

「そこは私の勝ちなだけだぜ」

自分が勝った時のことは考えなかったのね……。

「なんか罰でも受けさせられるのかと思ったよ。 まぁ、楽して移動したいしその勝負受けるよ」

「よし、決まりだな! 霊夢ー、ちょっとここ借りるぞー」

はいはい勝手にどうぞ、と言わんばかり軽く手を振る。

どうせ断ったとしても場所を変え、そこに私も連行される羽目になるのは目に見えている。

その為、何も言わず手を振ったのだ。

それを確認したのか恭哉から離れていく魔理沙。

私はというと参戦する意味も義理もないので、縁側へと戻る。

(お茶でも入れよっと)

再び至福の時に戻る為、湯呑みと急須(きゅうす)を用意した。

 

 

 

 

 

「あ、茶柱……」

そんなことを呟いた。

心底どうでもいいことなのだが、今起こりうることを考えればそれも悪くないのかもしれない。

「おーい霊夢ー! ちゃんと見とけよなー!」

遠く離れた魔理沙が、少しだけ聞き取れる声でそう言ってきた。

今から起こること。

魔理沙のリベンジマッチとも言うべきだろうか?

一度だけでも攻撃を受け切られたことが余程悔しいのか、弾幕のことも知らない相手に弾幕戦を挑んでいる。

ここまで執着する魔理沙は初めて見たかもしれない。

そんなに悔しいもんかしら?

「行くぞー!!」

魔理沙の掛け声と共に、戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされた。

それと同時に私もお茶を一口。

……うん、美味しい。

先手を切るのは当然魔理沙。

星型の弾幕を放ち、様々な方向へと飛ばしていく。

対する恭哉はと言うと……。

空を飛ぶことが出来ない以上、走り回るしかないだろう。

勝利条件はあくまでも「避けきること」だからだ。

まぁ、そう簡単には行かないだろうけどね。

魔理沙の実力は私もよく知っている。

中でも「火力(かりょく)」という面に関しては、この世界でも随一(ずいいち)のものだ。

火力は魔理沙が信条としているもので、本人も限界を見ることなくそれを日々研究していることだろう。

もっとも、そんな一面は見たことないのだが……。

魔空(まくう)『アステロイドベルト』!!」

このスペルは、小惑星帯(しょうわくせいたい)を意味する名前の由来の通り、無数の星型弾幕を放つ魔理沙の攻撃だ。

見た目は鮮やかながらも、威力は折り紙付き。

さて、これをどう切り抜けるのか……。

って、私には関係の無いことだった。

まぁ弾幕同士の密度も高い為、これを避けきることはないでしょ?

終わり終わり。

再び湯呑みを口にした時、目の前には私の予想とは違う光景が映し出されていた。

なんと、身体に触れる寸前の距離で上手く回避していたのだ。

後数センチでもズレてしまえば、直撃してしまう程の距離。

これには、私も目を奪われてしまう。

それと同時に無意識に縁側から立ち上がり、二人の所へと少し足を近付かせていた。

「ほぅ、やるじゃないか。 これで終わると思ってたんだが」

「そんな余裕ないって! ここじゃ思うように動けないのが腹立つなぁ……」

「じゃあ次はこれでどうだ?」

魔理沙がそう言うと、軽く両手を揃え腰の辺りまで引いた。

そこに光が集中し、やがて七色に光り出す。

星符(ほしふ)『メテオニックシャワー』!!」

その掛け声と共に、腕を突き出し両手から星型の弾幕が回転しながら放たれる。

まるで、流星の様だ。

先程の攻撃とは違い、スピードも充分にある。

腕を曲げれば、自然と弾幕も流れを変えていく。

これは避けられるかしら……?

恭哉は先程と同様に四方八方(しほうはっぽう)に動きながら、弾幕の流れを見ている。

とても今日初めて弾幕を見た者の動きとは思えない。

右側に大きく旋回し、走っていく。

当然、魔理沙もその動きを追う。

やがて、地面を強く蹴りあげ、あっさりと魔理沙の弾幕の上を飛び越えていった。

「なっ、これも避けたのか」

「こっちだってギリギリだ! 普段ならもっと楽に出来るってのに!」

「じゃあこれだ! 光符(こうふ)『ルミネスストライク』!!」

箒に跨り、光を(まと)った魔理沙が猛スピードで突進していく。

これは弾幕と言っていいのか分からないが、れっきとしたスペルだ。

因みに「スペル」というのは略称で本来の名称は「スペルカード」と呼ばれる。

ここ幻想郷には「スペルカードルール」というものが存在し、人間や妖怪、(へだ)たりなく戦闘が行える様に制定された立派なルールだ。

この方式を制定したのは、紛れもなく私だ。

お陰で肉体的な面では及ばない妖怪や怨霊(おんりょう)相手にも太刀打ちすることが出来ている。

妖怪退治や異変解決を生業としている身には、欠かせないものなのだ。

このスペルの結果はと言うと、またもギリギリの所で避けられてしまった。

何度もスペルを攻略されたことに納得がいかないのか、魔理沙が苦しい表情を見せている。

対する恭哉も疲れが出ているのか、荒れた呼吸を整え始めていた。

「凄いな、ここまで避けられるとは思ってもなかったよ」

「そいつはどうも……」

「これを避けられたら、お前の勝ちだ。 いいな?」

肩を大きく動かしながら、頷き返す恭哉。

それを確認した魔理沙は、帽子を少し深く被り手にしているミニ八卦炉を静かに突き出した。

気付けば、二人の表情も鮮明に見えてしまう程の距離まで、近付いていた。

ここまで何かに動かされたのは久しぶりな気もする。

私が考えている以上に、この人物には秘めたるものがあるようだ。

「こいつは、今までとは比べ物にならないほどの威力だ。 今なら間に合うぜ?」

「ここまで来て逃げるもんか」

「へへっ、面白い奴。 んじゃ、行くぞ!! 魔砲(まほう)『ファイナルスパーク』!!」

目を覆うほどの眩しい光。

魔理沙が自負した通り、今までの攻撃が全て実力を確かめる為のものだと言わんばかりのものだった。

放出される衝撃で、自らも後退(あとずさ)りしてしまう程の砲撃は、一瞬にして目の前の景色を奪い去った。

私は何度も魔理沙の弾幕は見てきたつもりだ。

だが今目の前に広がるのは、今までのものでも最高の威力だと思う。

万が一に備え、私も動けるように身構えていた。

そこで死んでしまえば終わりなのだが、神社に放置しておくことも出来ない。

けれど心のどこかでは、避けきって欲しいと思う自分が居た。

「……へっ!?」

その声と同時に、軽く尻もちをつく魔理沙。

あまりにも気の抜けた声で、私も軽く崩れ落ちそうになったが、持ち直しその方に目をやる。

そこに居たのは、魔理沙の帽子を手にした恭哉の姿だった。

 

 

 

 

 

一瞬にして起こったその光景。

私でさえ、何も見ることは出来なかった。

魔理沙も分からないのか、口を開けたまま動けずにいるみたいだ。

勝負を終えた二人の元に駆け寄る。

「魔理沙の負けね。 さっきのどうやって避けたの?」

私が問いかけても、俯いたままで返事がない。

喜びを噛み締めているようには見えないが……。

「……あれ? 何がどうなったんだ?」

顔を上げ、そう返答する。

まるで、何が起きたのか理解出来ていないようだった。

「何がどうなったって、私の攻撃を潜ってきたと思ったら目が真っ赤になってて、私の目の前に居ただろ?」

「えっ? 目が赤? それに、なんで帽子なんか?」

「お前が取ったんだろ?」

軽くぶんどる形で帽子を手に取り、頭に被せる魔理沙。

位置を整え、座り込んだままの身体を上げた。

「いやーまさか負けちまうなんてな。 私の腕も落ちたもんだ」

「あれで腕落ちてんのかよ……勘弁してくれ」

「次回の魔理沙さんに()うご期待だ。 って、そんな腕(さす)ってどうしたんだ?」

魔理沙がそう言うので、私も恭哉の腕を見てみる。

確かに何度も腕を摩っている。

「いや、さっきの攻撃を避けるんじゃなくて受け切れないか確かめててさ。 それで痛めたのかも」

「……見せなさい」

返事も聞かぬまま、ボロボロの袖を(まく)り上げる。

腕全体が赤く腫れ上がっていて、軽い出血の痕も残っていた。

「げ、怪我させるつもりはなかったんだけどな……すまん! 威力上げすぎたかも……」

「謝るなって。 受けようとしたのは俺なんだし、この通り、腕を回しても――痛っ!」

無理して動かしたのか、悲痛な叫びと共に膝をつく。

これは医者に連れて行った方がいいわね。

あーあ、ゆっくりするつもりが。

「幻想郷の案内は後ね。 先に医者に診てもらいましょ」

「よし、責任を持って私が運ぶ」

「珍しいわねそんなこと言うの」

「怪我させたのは私だしな。 それに、勝負にも負けたんだ」

こういう真っ直ぐな所もあるのよね、魔理沙って。

普段はひねくれ者なんだけれど。

「掴まってられるか?」

「多少動かしたり力を入れるのは大丈夫だと思うよ、悪いな」

「気にすんなって、んじゃ霊夢、またな」

箒に跨り、怪我人と化した恭哉を乗せ、ゆっくりと宙に浮ぶ。

そのまま高く飛び上がり、空の方へと消えていった。

(さて、こっちはこっちで色々と頭使うことが増えたわ……)

恭哉がこの場を去った後でも、気になる点がいくつか残っている。

本当に人間なのかも、まだ怪しい所だ。

第一、魔理沙の弾幕を回避したり受け止めようとしたりと、考えにくい点も多い。

力の低い妖精や下級の妖怪なら、まだ理解出来る。

けれど、相手は人間とはいえ魔法に長けた魔理沙だ。

いくらなんでも、人間が戦える相手ではない。

魔理沙の攻撃や表情を見た限りでは、おそらく手は抜いていないはず。

でなければ、帽子を奪われた時に、あんな表情をしないと思うからだ。

一瞬、何かに怯えていたようにも見えたあの表情。

それに、魔理沙の攻撃を掻い潜った後の「赤い眼」というキーワード。

恭哉の目は赤くなく、茶色の瞳をしていた。

快晴の昼間の日差し程度では、赤くは見えないはず……。

――思い当たる奴が居るが、あれは元から赤い眼をしている。

能力を使うと赤くなる奴もいるけれど、それが一番近いかもしれない。

それならば、恭哉には何かしらの能力があるということになる。

その説が一番有力……って、何を考えているのだろう。

私には関係の無いことだし、興味を持つ対象でもないはずだ。

人間にも妖怪にも無関心な私を、ここまで惑わせるなんて。

一人勝手に辿り着いたのか、誰かが意図的にこの世界に招いたのか……。

今の私には、どちらが正しいのかも分からなかった。

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