東方幻奇譚 ~the Eighth Fantasy. 作:TripMoon
登場人物紹介
外の世界から幻想郷へと迷い込んだ人間の一人で、恭哉の仲間であり実の弟。
感覚派の兄に対し頭脳派で、性格も人当りも穏やか。
雷を操る能力を有し、武器は長槍。
封印の鎖を解いた戦闘中は、兄の様な性格や言動になることがある。
幻想郷では人里の商業民家にて、居候させてもらいながら、商売の手伝いをしているようだ。
妖怪の山に神社を構えるもう一人の巫女であり、外の世界出身の少女。
守矢の巫女であり、風祝と称されている。
奇跡を起こす能力を持ち、その規模は大小様々である。
素直で責任感が強く、純粋だが少々人並み外れた言動をすることも……。
修行にも余念がない為、今回の異変に対しても前向きなようだ。
激しく燃え盛り、次第に消えていく小さな炎。
それはまるで、舞い踊る蝶たちが降らす
一人の少女は、俯いたまま立とうとしない。
――壊しちゃダメ、……が居なくなっちゃう!!
そう
一体誰が居なくなってしまうのかは分からないが、悲痛の叫びであったことには変わらない。
私もミニ
……うっ、今になって肩に出来た傷が痛くなってきた。
包帯でも巻けば治るかな?
出血こそ止まったものの、目に見える傷口は何とも痛ましい。
これはレミリアに請求しないと行けないな。
丁度私たちが、手を伸ばせばフランへと届く距離まで来た頃だった。
今まで俯いたままであった少女が、突然顔を上げる。
「――っ!? あれ!? どこに行ったの……!?」
その表情は見慣れていないものの、フランであることに間違いはない。
先程の、何かに取り
あまりにも急すぎる変化に付いていけず、その場で立ち尽くしてしまう。
「……待って!! いっちゃダメ……置いていかないでよ……!!」
既に何も無い空間に、必死に手を伸ばしているフラン。
何かを掴もうとしているも、ただ空を
「もっと遊びたい、もっと一緒に居たい……死んじゃやだ……!!」
次第に涙を浮かべ始める。
こんな姿……今までに見たことがない。
見た目も考え方も幼いが、いつもは
時には狂った発言をするが……これは初めてだ。
「――っ! あ、あぁっ……うぅっ……」
フランは再び俯き、肩を震わせていた。
彼女の中で、一体何が……?
イマイチ状況が飲み込めない。
「魔理沙さん、あの子に一体何が?」
「私にもよく分かってない。 ただ、あの指輪が絡んでいるのは確かなんだ」
「さっき粉々にしたやつですよね? 普通の指輪にしか見えませんでしたよ?」
「……京一はともかく、早苗にはなんて説明すりゃいいかな」
いきなり名称を出したり、能力のことを話しても理解するのは不可能だろう。
この世界の理屈とは、少し違っている。
制定されたルール等はなく、それぞれが固有の能力と使用法があるからだ。
早苗も「
……だからこそ、どう説明すればいいのか悩むのだ。
「早苗さんには僕から話しますよ。 それより
「……あー話せば長くなるんだが、少しややこしくてな。 フランをあのままにはしてやれないし、落ち着かせてから話すよ」
思えば、何故あの指輪が
無断で借りて来たものだし、
近頃外の世界の物が増えたと話していたし、
……っと、フランの様子を見てやらないと。
「……魔理沙……?」
「大丈夫か? 私にもよく分からんが、お前に何が――」
言葉を
そのまま顔を埋め、再び肩を震わせ始めた。
……泣きたくもなるか……。
どれ程仲が良かったのかは知らないが、お前だって……辛いよな。
何も言葉を発さず、ゆっくりとフランの頭を
お前が今まで、どれだけのものを壊してきたかは、私には分からない。
でも、あいつは……
まだ死んだとも決まっていないんだ。
必ず、真実を見つけ出そうぜ。
――そう言ってやりたいが、今は無理、か。
……本当、何処に居るんだよ……?
お前一人が居ないだけで、こんなにも悲しんでいる奴が居るんだぞ……?
「魔理沙さん、場所を変えましょう。 例の
背を向けたまま、京一へと返事をする。
負けることはないだろうが、厄介事を重ねてしまうのもどこか
フランを私の後ろに乗せ、ゆっくりと浮上する。
私が飛び立ったのを確認したのか、二人も後をついてくる。
身を切る風が、傷口に染み渡る。
傷を治す
覚えておくべきだったか。
「大丈夫ですか……?」
横を飛ぶ京一に声を掛けられる。
――なんて返せばいい?
口を滑らせ、恭哉が死んだことを告げてしまいそうだ。
かといって、空元気に大丈夫だと言える程ではない。
返事に困っていると、すっと痛みが消えていく。
何事も無かったかのように、すんなりと飛行することが出来る。
心当たりなんてないが……?
別方向を向いてみると、こちらに微笑みかける早苗の姿があった。
そうか、こいつの能力か。
傷口を治す程度の奇跡でも起こしたってことか。
……感謝しておかないとな、神への
「大丈夫そうですね。 これから何処へ?」
「
「紅魔館……そこって確か、兄さんが居る所ですよね。 元気にしてるかなぁ」
京一の言葉に、再び黙り込んでしまう。
言葉が見つからない。
いや、正確には浮かんでいるんだ。
それを告げた結果さえ、私には分かっている。
だからこそ、黙るという選択肢を選んだのだ。
――言える訳ないだろ。
良好な関係であったとしても、それは人と人との間で成立しているものだ。
元を辿れば、異世界の住人同士。
つまり私たちは、互いにいつでも裏切ることが出来てしまう。
京一の様子を見るに、まだ恭哉のことを知らないはず。
おそらく、この世界に流れ着いてから、会ってもいないのだろう。
……別れさえ、告げさせてはくれなかったがな。
「京一さんのお兄さんって、どんな人なんです?」
「兄さんは、僕の自慢の兄ですよ。 すれ違ったこともありましたけど、周りに信頼され、常に前を歩き続けている。 上手く語れませんが、いい人です」
「なるほど……是非会ってみたいですね!」
「早苗さんともきっと気が合いますよ、僕が保証します」
……もう会えないんだよ。
何度願ったって、無理なんだ。
非情に叩き付けられた事実。
言葉を失い、泣き崩れていた玲香のことを思い出す。
親しい仲間でこうなんだ。
血の繋がった、本当の兄弟のお前なら……。
この事実を知ってしまったら、どうなるんだ……?
私からは言えない、伝える勇気がない。
「……あいつ、今日はなんか遅くなるって言ってたぞ? 紅魔館に行っても、会えないかもな」
「そうですかー……残念。 明日に期待しましょうか」
「何かと好かれる兄ですから、仕方ないですね。 魔理沙さん、もし兄さんに会ったら、僕は元気だって伝えて下さい」
苦し
いつもは、こんなドロドロした感情はない。
人間なんて、平気で嘘を付ける生き物だ。
それなのに……こんなにも気持ちが悪い。
胸の中にあるもの全てが重苦しく、言葉一つ発することも辛く思えてくる。
こんな状態で、紅魔館に向かうことが出来るのか……?
フランを連れ戻すと約束したが……飛ぶことすら嫌になる。
少しでも力を抜いてしまえば、このまま
こんなにも暗く気味の悪い夜空は初めてだ。
憧れや恋焦がれていた星々も、今では私を見下ろし怪しげに光り輝いている様にも見える。
――吐き出してしまいたい。
自分の中の様々な物を、全部……。
手紙に書かれていた事実を知る者たちは、何を思っているのだろうか。
何も言わぬまま、紅魔館の外へと向かったんだ。
少し手紙に目を通した後、確かこう言っていた。
――帰りは遅くなる、あの馬鹿はもっとな、と。
何を考えているかは分からないが、あいつが今は一番危険かもしれない。
……命を奪うことに抵抗なんてないだろう。
ましてや、玲香たちにとってはここは別世界だ。
「魔理沙……?」
軽く返事をし、耳を
帰りたくない。
そう告げたのだ。
気持ちの整理がつかないのだろう。
それは私だって同じことだ。
――今は、それに甘えてしまってもいいのかもしれないな。
「……悪い、ちょっと急用を思い出した。 私は先に帰るよ」
適当な言い訳をし、一人進路を変える。
紅魔館の場所と、フランは借りていくと伝言を伝えておいた。
今の玲香には、古くからの仲間が
そうだ、アリスにはなんて言っておこう?
正直、私も話せる状態じゃないし……。
……変に
フランを連れて回るのも得策ではないだろうし、明日伝えることが出来たら伝えておこう。
今は全てを任せてしまいたい。
私が、私であれるように……な。
京一と早苗と別れた場所から
様々なことを張り巡らせていたのかもしれないが、はっきりとは覚えられていない。
扉を開け、中へと入る。
部屋の照明すら、
フランも眠っているようだし、ベッドへと運び寝かせておいた。
ようやく訪れた一人の時間。
どうしてこうなった……?
外の世界に流れ着いた人間たちと出会ってしまったから?
戦線を共にし、異変解決の糸口へと手を伸ばしたから?
……私の知らない場所で、私の知らない者の手によって、私の知る命が奪われてしまったから?
何もかもが分からない。
こんな感情を抱かなきゃならないことなんて……私には無縁な筈なんだ。
それなのに……引き離せない。
私が私である理由すら、分からなくなる。
――もしも、今日の出来事が全て夢だったら?
そうだよ、夢なら覚める。
夢で起きたことは現実じゃない。
見えない何かが引き起こす、仮想の世界。
誰かが仕組んだ、ちっぽけなシナリオじゃないか。
私だって人間だ、夢ぐらい見る。
早く……覚めてくれよ……。
「ここは……?」
真っ暗で冷たい空間。
そこで私は目覚めた。
手は動く、足も動く。
闇に包まれ何も見えないが、自分の体温を感じることは出来る。
生きている……のか?
試しに声を上げてみるも、反応はない。
どうして私はこんな場所に居るんだ?
この場所に至った経緯……覚えていない。
そもそも、今のこの姿が「私」なのかも怪しい。
私の知る姿でありながら、私の知らない能力を使っていたことも、記憶に新しい。
夢じゃなかった……のか?
じゃあ、本当に……。
「魔理沙」
ふと、誰かに名前を呼ばれる。
辺りを見回すも、誰の姿も見えない。
「こっちだよ」
再び声がする。
ある場所で、私の目が止まった。
先程までは何もなかった空間に、小さな光があった。
そこを目指し、走っていく。
軽い足音だけが
私が走っている間にも、繰り返しこちらへと呼ぶ声が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある。
私の知らない人物のものじゃない。
光に近付くに連れて、段々と大きく眩しくなっていく。
どこかに繋がっているのか……?
私の周りから闇が消え、光に包まれる。
思わず目を覆ってしまう。
これはいつもの幻想郷の姿だ。
……今、この瞬間を除いてはな。
ゆっくりと目を開ける。
私の視界に広がっていたのは……。
なんなんだよ……これ……!!
「遅かったね。 後は魔理沙だけだったのに」
「……玲香、それにお前たちまで……。 どういうことなんだよ、これは!! 説明しろよ!!」
荒れ果てた
草木は枯れ、辺りにはおぞましい程の血の
私の足元にある、踏み慣れない物の数々。
中には見知った奴もいる。
なんで……!!
「恭哉の死は、この世界の死を持って
「私だけだと……!?
「丁度お前の足元に居るだろう。 かつての友人の姿がな」
恐る恐る、足元へと視線を降ろす。
その言葉通りだ、私はこいつをよく知っている。
なんでこんな所でへばってるんだよお前は……!
いつも私の前を行っていた
「兄さんさえ居れば、こうはならなかった」
――私だって同じだ。
あいつが生きていれば、こんな想いを抱くこともなかった。
「全てが死に至るまで、そう長くはなかったわ。 多少骨は折れたけどね」
「ですが斬り甲斐もありましたよ。 向こうでは体験出来ませんし、良い収穫でした」
「もう少し強くてもよかったけどなぁ……。 まぁいいや、次の獲物を探そうぜ」
「お兄ちゃんったらー……」
全部滅んでしまったのか……?
人間も妖怪も。
魔法使いも
それに、知らない奴も居る。
恭哉を除いて、七人か……。
「そういうことだから。 何か言い残しておくことはある?」
額に冷たい何かが突き付けられる。
玲香の手に握られた
「ふざけんな!! お前ら揃いも揃って死んだって決めつけやがって!! この世界は広くも狭くもあるんだ……生きていたって不思議じゃない」
「もう居ないよ。 私たちが言っているんだもん、半端な友情ごっこを気取るのもいい加減にして」
「半端な友情ごっこだと!? この世界は、何であっても受け入れるんだ。 お前らみたいな、外の世界出身であってもだ!! たとえ……異能力を宿していたとしても、全部受け入れてくれる場所なんだよ!!」
「……もういい、今この時を持って、この世界を終わらせろ」
銃口から放たれた弾丸。
それを認識する前に、私は地へと倒れ込む。
視界が赤く染っていく。
死ぬ時って、こんな感じなんだな……。
もっと
さようなら、私たちの世界……。
「――っ!? はぁ……はぁ……」
横たわっていた身体を起こし、我に返る。
額に触れてみるも、少しべっとりとした汗が指を伝うだけ。
全身が汗ばみ、気持ちが悪い。
自然と呼吸も乱れ、自身の
さっき見たものは、夢だったのか……?
部屋を見回してみると、静かな寝息を立てているフランの姿があった。
昨日連れてきたんだっけか……。
私以外の誰かが無事なのなら、やはり夢なのかもしれない。
妙に記憶に残る、あの表情たち。
思い出すだけでも、背中が凍り付く。
――扉を叩く音がする。
未だに状況の整理が付いていない状態での出来事に、身体は反応してしまう。
この魔法店には、客人など滅多に来ない。
そうなると、誰か知り合いか。
……この格好のまま出迎えるのもなぁ。
確認だけして待ってもらうとするか。
数回に渡り叩かれている扉を開け、その人物と目が合う。
外で見るのは久し振りだな。
「妹様は?」
「まだぐっすりだ。 迎えか?」
「そんなところ。 お邪魔するわね」
私の返事も待たず、瞬時に家の中へと入ってくる人物。
紅魔館のメイド長であり、レミリア及びフランに仕えている従者。
館全体を取り仕切る立場でもあるのだが、わざわざご苦労なこったな。
「おいこら、まだ何も言ってないのに勝手に入るな。 不法侵入は
「鏡を見てから言ってくれる?」
「私の場合は門番が寝ているから入ってるだけだ。 合法合法」
「はいはい」
全く……まぁ怪しい奴じゃないし構わんが。
っと、私もさっさと着替えないと。
スカートはともかく、シャツがボロボロだな。
香霖に直させよ、もちろんツケで。
「本当、いつもいつも散らかっているわね。 掃除の作法でも学んだら?」
「私には不要だな。 ここにあることに意味があるんだよ」
「
「魔法使いとは、そういう生き物だぜ。 勉強になったろメイド君」
……何だろ。
誰かと話しているだけで、自然といつも通りの私に戻ることが出来ている気がする……。
安心、って奴なのかな。
なんか……暖かいな。
これで、本当に生きていてくれたら……。
何故、私がここまで生に拘っているのか。
そんな理由は単純で、恩を返せていないからだ。
貸しも作っているし、勝負だってまだついちゃいない。
まだやらなきゃならないことが、たんまりとあるんだよ。
絶対に探し出してやるからな……。
「ん……魔理沙にー、咲夜……?」
「お目覚めですか? お迎えに上がりましたよ、妹様」
「起きたか。 私の家のベッドも中々な寝心地だったろ?」
しかしその様子はすぐに無くなり、目を見開き咲夜へと声を上げる。
「……恭哉は!? 本当に……死んじゃったの?」
「帰ってから話そうと思っていたのですが、魔理沙も居ますし……少しだけお話しましょう」
何やら、咲夜は私たちが知らないことを知っているようだ。
困惑しながらも、耳を傾ける。
「おそらくですが、海藤 恭哉はまだ生きています」
「――本当か!? あいつは、今どこに居るんだよ!!」
恭哉が生きているかもしれない。
根拠の無い一説は、私の思考を
様々な不安や悲しみ、疑念や気持ちの
「落ち着いて頂戴。 これはまだ仮説に過ぎないのよ?」
「それでもいい、少しの可能性でもあるんなら、私はそれを信じるさ」
「ふふっ、
「ねぇねぇ、恭哉が生きているって本当なの!?」
「あくまでも可能性です。 昨日の夜遅く、章大が持ち帰った情報がありまして」
咲夜によると、章大が持ち帰った情報はこうだ。
それは具体的なものでは無い為、章大の推察が大半を占めているらしい。
恭哉たちを初めとした外の世界の異能力者たちは、互いに
異能力が封じられている恭哉だが、魔力とは微量ながらも万物に存在しているエネルギー体。
恭哉の死を知ってから最初に取った行動が、魔力の探知。
その
さらに高度な術式を用いた所、完全に恭哉のものであると特定出来た。
手紙についての詳細は得られなかったものの、恭哉の死が偽りであることを裏付ける情報を入手した……というのが、咲夜が聞いた情報の全て。
詳しくは分からんが、今の私にとってはあいつが生きているという証明さえあれば、他には何もいらない。
良かった……本当に良かった……。
「その魔力を感知出来るのなら、あいつの居場所も分かるんじゃないのか?」
「それが、昨日の夜を
「うーんと、恭哉は生きてるってことでいいんだよね?」
「その通りですよ。 残念ですが、居場所まではまだ分かっていません……」
「大丈夫、きっと帰ってきてくれるもん」
フランが笑顔を浮かべながら、そう
これぐらい素直に表現出来たら、私も苦労しないんだろうな……。
……って、何を表現するんだか。
「その事は、もう誰か知っているのか?」
「えぇ、昨日あの場にいた全員に伝えているわ。 あの子も、元気を取り戻しているし」
「玲香か……良かったよ。 なら、次にやらなきゃならないことは、恭哉の居場所を突き止めるって所か」
「そうなるでしょうね。 お嬢様の命令で、私も探すつもりよ」
レミリアの方は、もう動く準備が出来てるってことか……。
私もすぐにでも
頭に引っかかることが、いくつかある。
先にそちらを片付けてもいいかもな。
恭哉の捜索は、一時的にレミリアを始めとした紅魔館組、そして玲香たちに任せてしまおう。
私は私に出来ることをする。
「咲夜咲夜! 恭哉が見つかったら、一番に私の所に連れてきてね!?」
「もちろんですわ、妹様。 本当に彼のことがお好きなのですね」
「うん!! 私以外に壊されるなんて許さないから!」
……フランもいつも通りって所か。
私自身も、前を向かないとな!!
軽く頬を叩き、完全に眠気を吹き飛ばす。
あいつが何をしようとしているのかは分からない。
再会出来たらどうしてやろう。
……
様々な気持ちを込めた、本物の魔法を一発、ドカンとな。
「お邪魔したわね」
「構わんよ。 そうだ、レミリアに伝えておいてくれよ」
フランの手を引き、家を出ようとする咲夜を呼び止める。
こちらを振り向いたのを確認し、私も顔を向け口を開いた。
「借りは必ず返す、これは死ぬ前に必ず返すぜってな」
「……
「それとこれとは別さ。 なーに、覚えてたら持ってってやるさ」
「その時は、豪勢におもてなし致しますわ?」
どこに隠していたのかも分からない日傘を取り出し、フランと共に魔法の森の出口へと歩いていく二人。
その姿を見送った後、私も出掛ける準備をする。
……うん?
こんなのもあったのか、懐かしいなぁ。
いつ何処で手に入れたのかも分からないが、何故か懐かしく思えてしまう。
昨日までは素手だった両手に、黒色の手袋を
指の部分は空いていて、この季節でも蒸し暑くはないだろう。
自宅を後にし、私はある場所を目指した。
私が目指す場所は、この幻想郷の
そこの巫女である
彼女の主な役目は、幻想郷の治安維持。
結界の管理だとか、この世界全体に関わることは別の奴が担当しているのだが、妖怪による異変の解決は基本的に霊夢の仕事だ。
それを横取りするのが、私の役目でもあるんだがな。
私が霊夢の所へ行く理由は、いくつかある。
いつもならば、暇だから遊びに行くぐらい。
しかし、今回は違っている。
おそらく、今までのどの理由とも結び付かないもので。
今幻想郷に起きている、前例のない異変。
見たことも無い新手の妖怪たちが、多数現れている。
当然、霊夢の耳にもこの事は入っているだろう。
そして、この異変の首謀者であると疑われている人物……海藤 恭哉。
彼が生きているかもしれないという可能性もあり、霊夢に一度確かめておきたいのだ。
霊夢まで、恭哉のことを疑っているのかどうかを。
私に比べて、あいつは他人には無関心な一面がある。
もちろん、恭哉に対する情など薄いものだろう。
一度疑ってしまえば、きっと退治しに行くに決まっている。
その前に、私がストッパーの役割を果たしておきたい。
恭哉には、この世界で異変を起こして得することなどないと思う。
それに、奴に関して様々なことも聞いている。
そのこともあり、やはり疑うことが出来ないのだ。
必ず……別の誰かが糸を引いているに違いない。
そう
本心では、私だって恭哉の行方を探りたい。
しかし、今の私にはあいつにかける言葉が見当たらないんだ。
生きていて良かったと泣き付くことも出来る。
私の感情を混乱させやがって、と怒ることも出来る。
おかえり、と優しい声を掛けることも出来る。
そんな様々な選択肢があるのにも関わらず、私にはどれが正解が分からない。
だからこそ、一度咲夜たちに託したんだ。
私は私で、やるべきことをやるとするか……。
飛行を続けていると、立派な赤の鳥居が見えてくる。
うーん、このまま神社に直行してもいいが、少し頭の中を整理しておきたい。
木々に覆われた中、枝分かれした道の終着点へと降り立ち、軽く服装を整える。
見上げるだけでも、気が滅入りそうな長い石段。
こんな造りだからこそ、参拝客が来ないんだぜ霊夢。
言っても無駄だかな。
石段を登りながら、頭の中にある考えを一つずつ整理していく。
まず気になるのは、あの手紙の差出人だ。
手紙の一文はこうだ。
『章大へ。 お前がこの手紙を読んでいる時、俺はもうこの世には居ない。 元の世界に帰ったとかじゃなくて、肉体と魂共に消滅している……つまり、死んでいるってことだ』
字が少し乱雑だったこともあり、字を書いたのは恭哉本人だと思う。
しかし、これから自分が死ぬであろうタイミングに、こんな手紙を書いている余裕などあるのだろうか。
考えられることとすれば、恭哉は自分自身が迎える最期を分かっていた……ということ。
レミリアとの接点がある以上、恭哉の運命が良くないことを告げている可能性もある。
それが人として迎える終着点である、死という現象。
いくらあいつが人間とは違う
そう、不老不死でもない限りな。
現に、恭哉が魔術に長けていないことは、玲香から聞いている。
恭哉が予め書いておいた手紙を、誰かに預けその時を迎えた……そう考えるのが、妥当かもしれない。
レミリアは紅魔館の門番である、
寝ていただろうしな。
霊夢同様に人当たりが良い奴だ、誰が手紙を届けても不思議なことじゃない。
ただ、この考えには矛盾が生まれる。
先程咲夜が告げた、「海藤 恭哉が生きているかもしれない」という一つの可能性。
もしそれが真実だとするのなら、何故私たちの前に現れようとしないのだろうか。
これを裏付けるのは、一昨日に玲香と共に見た黒い炎の柱。
あの柱のそばに居たのは、紛れもなく恭哉の姿で間違いがなかった。
炎の威力や形状、感じ取れる魔力のオーラも、眼が
私たちに後ろめたいことがある……?
……それって、本当に異変の首謀者ってことなのか……!?
いや、それは絶対に違うと思いたい。
恭哉にとって、この世界に危害を及ぼすメリットなんかないはずだ。
八人の来訪者の中で、最も実力が高いのもあいつだ。
あいつが望むことならば、他の仲間も協力するはず。
まだ全員には会っていないものの、今まで出会った人物の中に、誰もこの世界に危害を加える人物など居ない。
――あの夢のことを思い出す。
あれは間違いなく夢なんだ、あんな表情は知らない。
信じてやらなきゃダメなんだ、恭哉も玲香たちも。
私にこんな癖なんかあったのだろうか。
良くも悪くも、私を狂わせる存在だな……異世界からの来訪者たちは。
手紙のことは任せておくとして……他に気になることと言えば。
やはり、あの妖怪たちか。
あそこまで人外の形をした化け物は、久しく思える。
人語が通用しないのも同様で、スペルカードルールに従って、退治することは可能なのだ。
しかし、
章大の推察通り、誰かが意図的に
ならば、一体何故?
何の目的がある?
この世界に、まだ知らない誰かが流れ着いているっていうのか……?
「あーあんたか、新聞ならいらないわよ」
「いえいえ、今回は新聞販売じゃないんですよ」
聞き慣れた声が聞こえて来る。
考え事をしながら石段を登っていると、いつの間にか博麗神社へと辿り着いていたようだ。
いつもなら何気なく絡みに行く所だが……今はそうは行かない。
二人がこちらを向いていない隙をついて、鳥居の柱へと身を隠す。
もう少し近付いておきたいが……霊夢の奴、勘は鋭いからな。
不用意に動くのは辞めた方が良さそうだ。
「それじゃあ何? あんたは、今回の異変の黒幕に心当たりがあるっていうの?」
「それを伝える為に来たって、言ったじゃないですかー。 相変わらず、霊夢さんは他人に無関心なんだから」
「ほっとけ。 で、その黒幕は?」
耳に神経を研ぎ
文の奴が何処から情報を仕入れているのかは知らんが、どうやら異変のことについて何か情報を入手したようだ。
これはしっかりと聞いておかないとな。
もし本当に恭哉じゃないとなった時、霊夢の手柄を横取りしてやらないと。
だらける前に動かなきゃダメだぜ、ぐぅたら巫女君よ。
「他言無用とだけ、伝えておきます」
「はいはい。 誰であっても解決しなきゃいけないんだし、
「異世界からの来訪者、海藤 恭哉こそが、本異変の黒幕です」
――文の奴、根拠の無いこと言いやがって。
そんなでっちあげた嘘、霊夢が信じる訳ないだろ?
「きちんと証拠もあります。 私は真実を伝える新聞記者ですから」
私の心の中を見透かしているかのような発言。
気付かれているのか……!?
いや、今はそんなことよりも気になることがある。
文の言う、恭哉が異変の黒幕であることを決定付ける証拠。
何があるって言うんだ……?
「ふーん、あいつがねぇ」
「どうです? 動きたくなりません?」
「相手は能力も使えないただの人間じゃない。 私が出なくても何とかなるでしょ」
文は、恭哉の能力が封じられていることも知っているようだ。
出会う前に名前を知っていたこともあり、私よりも多くのことを知っていそうだ。
とっ捕まえて聞き出してもいいが、今は気が引ける。
霊夢こそあぁ言っているが、渋々でも異変解決に向かうのが博麗 霊夢という奴なんだ。
どちらにしても、私もうかうかとはしていられない。
「それでは、私は伝えることも伝えましたし、今日はお
「あれ、今日は飛んで帰らないのね」
「えぇ、たまにはありがたーい神社の徳でも頂戴しようかと」
文は軽く頭を下げた後、足音を立てながら石段の方へと歩いてくる。
っと、一度私も隠れ直さないと……。
「天狗の目は
「――うわっ!! あ――」
「静かに。 魔理沙さんのことを思って、霊夢さんに見つからないようにしてあげたんですからね?」
瞬時に私の横に現れた文の姿に、思わず声を上げてしまいそうになった。
私の口が開き切る前に、文の指が私の口を
ふぅ、危なかった……。
「少しご一緒しますか?」
黙ったまま、
黒い翼を大きく開き、素早く飛び上がる文。
私もその後を追っていく。
おそらく、私が二人の会話を聞いていたことは、隠す必要もなくバレているだろう。
文からすれば、私だって異変を解決する側の人間だ。
自分の持っている情報を、素直に受け渡してもデメリットは生まれない。
詳しく聞いてみるしかないか。
「この辺りでいいでしょう。 さて、率直に
「お前にはどう見えているだろうな」
「もちろん霊夢さんと共に異変解決へ……とは行きませんよね」
「正直に言えばな。 お前が何を知っているかは知らんが、私にはあいつを疑うことは出来ない」
「不思議な選択ですねぇ。
文の言うことも分かる。
確かに私は、異世界からの来訪者たちと出会ったことで、少し変わっているのかもしれない。
だが、疑いを掛けられないという事実に変わりはない。
それに、文は恭哉がどういう状態にあるのか知っているのだろうか?
少し揺さぶってみるか。
「そうだ、お前に情報をやるよ。 海藤 恭哉は既に死んだってことをな」
「――死んだ、と……? おかしい、それじゃあ何故……」
絵に描いた様に動揺した素振りを見せる文。
情報屋でも、この情報については知らなかったようだ。
もちろん、これが偽りである可能性も私は知っている。
そこを伏せたまま、文へと言葉を続ける。
「恭哉の仲間に章大って奴が居るだろ? そいつ宛に手紙が届いた、そこに恭哉は死んだと書かれてたらしいぜ」
「手紙ですか……。 となると、誰かが恭哉さんを殺害し、その事実を仲間である方たちに伝えたと……」
「そうなるだろうな。 それより、さっき言ってた『おかしい』ってどういうことだよ」
「そのままの意味ですよ。 首謀者であると疑われている方が亡くなったのに、妖怪の目撃例が絶えていないんです」
残党という可能性もあるが、文が言うには数日前からの目撃例が多発しているという。
暴れ回る訳でもなく、一瞬姿を見せた後、しばらくして影も残さずに消えたと言っていたらしい。
ということは、恭哉たちは全く関係ないってことにならないか……?
恭哉たちがこの世界に流れ着いたのは、丁度五日前のこと。
もしその日にちよりも前に、新種の妖怪の目撃例があるとすれば、文の主張する「異変の首謀者」という疑いは白になる。
「なるほどな、確かにその話が本当なら恭哉は無実ってことだ。 でも、この世界にあいつらを
「うーむ、こればっかりは私にもさっぱりですよ」
「この話は霊夢にもしたんだろ? あいつは何だって?」
「霊夢さんも半信半疑って所ですかね。 まぁ、あの人のことですから、すぐにでも重い腰を上げると思いますよ」
霊夢は時々直感のみに頼って動く
それが吉と出ることの方が多いんだけどさ。
巫女の勘は当たるのよ、ってな。
「もちろん、霊夢さんが恭哉さんを見つけだしたとしても、霊夢さんが負けることはないでしょうね。 相手はただの人間ですし」
「そいつはどうかなー。 断言したくはないが、あいつはまだまだ能力を隠していると思うぜ?」
「といいますと? 彼らか変わった能力と、魔法に似た『
どうやら、あの異能力に関しては、私の知識の方が上のようだ。
教えてもいいが……こちらの味方をするとは限らない。
天狗の習性として、人間を見下す節があるからな。
代わりに、核のことは話しても良さそうだが。
「あいつらはそれぞれ対応した属性と、核っていうものを持っているらしい。 恭哉だけは、それを背中に埋め込まれているらしいが」
「ふむふむ背中にですか。 つまり魔理沙さんは、恭哉さんの裸体を見たことがあると」
「右肩の方に入ってるんだ……と!? い、いや違う!! これは玲香から聞いただけで――」
「怪しいとは思っていたんですよねー。 出会って間もない頃から、妙に
「あのなぁ!! そんなもんないんだよ私には!! 変なこと書くな!!」
「いえいえ、私は『呼称のこと』について問うたまでです。 誰も好意
「ないったらない!! 恩を返すことや、借りを返すことが残ってんだよ……それが終わったら、私たちの間には上も下もないんだよ」
へ、変な事言うなよこいつ……!
そんなもん、ないったらないんだよ!!
ったく、調子狂うぜ全く……。
「まぁ、女の子らしい魔理沙さんも見れましたし、そろそろいいでしょう」
「絶っ対に新聞に載せんなよ!? 載せたら燃やしてやるからな」
「ジャーナリストに、そんなことを選ぶ時間も暇もないんですよ。 目の前に記事になることがあれば、迷わずに記せ。 新聞記者としての格言です、ではまた!」
文へ返事をする間もなく、目の前から姿を消す。
相変わらず見事な芸当なこった。
さてっと、ここからどうするか……。
霊夢を追いかけるのが正解なんだろうけど、先に香霖の所に寄っておきたい。
例の指輪のことが、どうも気になる。
情報は見込めないかもしれないが、念の為聞いておくのもいいだろう。
恭哉は能力を封じられているし、大きな騒ぎになることもないはず。
行く宛ての分からない人探しなんて、この幻想郷全域で、
あの霊夢でも、時間が掛かるに決まっている。
その間に、私もやりたいことをやっておかないとな。
しかし文が、霊夢以外の誰かにも同じことを伝えていたらどうなる……?
他に異変解決に関わる奴と言えば……。
咲夜はレミリアやフランのこともあるし、私側の人間だろう。
早苗もおそらくこちら側……確信はないがな。
妖怪相手なら乗り気になるんだろうが、相手は人間だ。
霊夢は不透明、文は追いかける側になる。
後は、
恭哉たちがこの世界に来てから、この二人にはまだ会っていない。
鈴仙はともかく、妖夢は流されそうだな……。
チルノはー……まぁいいだろう、
何とか話せば分かってくれる面々で助かるぜ。
さて、一仕事前の準備運動と行くかな。
箒に跨り、私は空を目指した。