東方幻奇譚 ~the Eighth Fantasy.   作:TripMoon

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登場人物紹介


比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)
天界(てんかい)に暮らす、成るべくして成らなかった天人くずれ。
自分の強さに絶対的な自信を持ち、他の人物全てを見下している。
新たな異変の裏で、この幻想郷の全てを破壊し創り変えるという野望を秘密裏に抱いており、ある理由でその野望に恭哉を巻き込もうとしているらしい。
傲慢な性格ではあるものの、筋が通っている発言をすることもあり、憎むべきなのか否か、度々迷うことも……。


本居(もとおり) 小鈴(こすず)
人里にて貸本屋「鈴奈庵(すずなあん)」を営む人里出身の人間。
外来の本を主に扱っており、人里の人間をはじめ多くの人々で賑わっている。
「妖魔本」と呼ばれる特異な書物も扱っており、それを読むことが出来る。
しかし意味までは分かっていないことが多く、度々異変の元凶とされることが多く、霊夢に目を付けられることも……。
妖魔本の解読が出来る章大の手を借り、今日も妖魔本の解読に勤しんでいる。
阿求とは仲がよく、一緒に居ることが多い。


第12話 異変の首謀者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里にある豪華な屋敷、稗田寺子屋(ひえだのてらこや)

昨日も訪れたその場所には、どこか馴染みがある。

稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)本居(もとおり) 小鈴(こすず)と共にここへと足を急がせ、客間らしき場所へと辿り着く。

「すみません駆け足気味になってしまって……お茶とお菓子をお持ちしますね」

そそくさに部屋を後にする阿求。

一言掛けておきたかったが、情けないことにこちらも息が上がっている。

本当、不便な身体だよなぁ……。

「なんか、探偵ものの推理小説みたいですね……! こんなに走ったの、久しぶりで……はぁ……」

「小鈴もごめんな、付き合わせて……」

「い、いえ大丈夫です!!」

「元気さが眩しい……。 落ち着いたら教えて欲しいんだけど、貸本屋(かしほんや)ってどういう場所なんだ?」

名前だけ聞くなら本を貸す場所、俺たちの世界で言う公共の図書館の様な場所だろうか。

その推察は当たっていて、主に外来(がいらい)の本を扱う本屋であり、人里の人間をはじめ多くの人に扱われている場所らしい。

外来というのもそのままの意味で、外の世界から流れ着いた書物を多く扱っているとのこと。

……ってことは、俺達も知っている漫画とかもあったりして?

小鈴にそのことを尋ねてみると、一応扱ってはいるらしい。

最近は小鈴の趣味なのか、妖魔本(ようまぼん)と呼ばれる書物が多く、その解読に(いそ)しんでいるようだ。

妖魔本というのは、妖怪が記した本のことである……って章大(しょうた)が言ってたっけ確か。

「章大さんの知識って凄いんですよ!! 私も妖魔本を読むことは出来るんですけど、意味が分からないことが多くて……でも、章大さんは意味をしっかり読み取っていて、よく教えて貰ってます」

「あいつも中身は化け物みたいなもんだからなぁ」

「……と、言いますと? 確かに、人間っぽくないなーって思うことはありますけど……」

「章大は肉体は人間だけど、それに宿っている魂は千年ぐらい前の戦天使(アークナイト)のものなんだよ。 だから、色んなことを知ってる……役に立つものばかりじゃないけどな」

「ふむふむ、戦天使ですか……聞いた事ありませんけど、御伽噺(おとぎばなし)の登場人物みたいですね!」

「そんな可愛いものじゃないぞー? 中身はもっとおぞましくて――」

「すみません、お待たせしました。 どうぞ」

そうこうしているうちに、お盆に湯のみと黒漆(くろうるし)の器を乗せた阿求がすたすたと歩いてくる。

着物ということもあって、どこか上品だ。

使用人、みたいな感じだと思う。

「お口に合えばいいですけど……いかがです?」

「美味しいよ、ありがと。 さてっと、さっきの天子(てんし)って子のことについてだっけか」

「はい、章大さんが応戦しているというのが、どうも気掛かりでして……」

阿求が話す、比那名居(ひななゐ) 天子(てんし)という人物。

彼女は過去に、この幻想郷で異変を起こした張本人であり、霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)をはじめとした幻想郷の人物と何度か戦っていたらしい。

中でも八雲(やくも) (ゆかり)の怒りを買ったらしく、中は険悪(けんあく)な模様。

彼女が異変を起こした理由は、単なる暇潰し。

その中で博麗神社(はくれいじんじゃ)を倒壊させ、博麗大結界(はくれいだいけっかい)と呼ばれる結界を壊しかけた為、大事になったそう。

この大結界を壊すという行為こそが、この世界に置いては禁忌(きんき)のことらしく、世界のバランスが崩れてしまう。

これを暇潰しで起こしたのだから、相当な気分屋だと分かる。

気分一つで世界を壊されちゃ堪らないよな……。

「さっきも言ったけど、向こうからいきなり攻撃を仕掛けてきたんだ。 何かをした訳じゃないし、会ったのも初めてだ」

「何かを企んでいるとも考えられますけど、真意は分かりませんね……。 恭哉さんを探していた理由も分かりませんし……」

「直接退治しに来た、って柄でもないだろうしな。 どっちにしても、今は章大を信じるしかないよ」

「助けに行かないんですか!?」

「行きたいのは山々だけど、俺には無理なんだ。 戦える能力が封じられているし、死にに行くようなもんなんだ」

その言葉に、小鈴は首を(かし)げる。

……まぁ、無理もないだろう。

異世界から幻想入りした人間が異能力を持っているなど、比較的珍しい部類とされ、その(ほとん)どが後天的に発生するものらしい。

その為最初から能力を保持した状態での幻想入りは、大変珍しいことのようだ。

「章大さんが太刀打ち出来る算段はあるんですか? 私も能力の名前までしか知らないので……」

「天子の実力が分からない分確かじゃないけど、善戦は出来るはずだよ。 まだ話してなかったけど、俺たちの能力に関しては、まだ隠している部分があるんだ」

阿求も小鈴も、弾幕ごっことは無縁の人物。

あまり(おおやけ)にする人柄でもないだろうし、ここは話しても問題ないだろう。

「阿求には説明したけど、この世界に流れ着いている俺たち八人は、それぞれ違う異能力を宿してる」

「八人も!? えーっと、皆さん剣を使ったり魔法を使ったり……とかですか?」

「大体それで合ってるよ。 ……能力の原理とかの説明ってした方がいいかな?」

「恭哉さんのお時間があるなら、是非聞かせて欲しいです!」

珍しく声を張る阿求。

その光景に少し驚いてしまった。

阿求の姿を受けてか、小鈴も目を輝かせながらこちらを見つめてくる。

……話し辛い……。

 

 

 

 

「あんまり人に説明するのとか得意じゃないんだけど、分からない所があったら言ってくれ」

「はい!! よろしくお願いします!!」

丁寧(ていねい)に手まで挙げ、明るい声で返事をする小鈴。

出会ったばかりの玲香(れいか)にちょっと似てるな。

っ、脱線するのも悪いか。

一方阿求はというと、何故か長い紙と筆を手に取り、こちらが話すのを待っていた。

「何か書くのか?」

「はい、恭哉さんたちのことはなるべく記しておきたいので……こちらはお気になさらず、お話をお願いします」

気にするなって方が無理なんだけどなぁ……。

まぁ、自分で()いた種だし仕方ないか。

「阿求には話したことなんだけど、俺たちは能力を扱う際に原素(げんそ)っていう特定の属性の源と魔力(まりょく)の二つを使うんだ。 これのどちらかが無くなると、俺たちは能力を使えなくなる」

「原素には炎と水以外には存在しないのですか?」

「他には雷、風、地に氷、後は光があったかな」

「たくさんありますねぇ。 それって、私たちでも使えたりしますか?」

「いや、俺たち以外には扱うことも、身体で感じることも出来ないよ」

概念が分かったとしても、存在自体を認識することも不可能だ。

それの要因となるのが、核との契約。

俺と章大が持つ(コア)以外の六つの核は、人間が暮らす下界から遥か上に存在する世界である「精霊界(せいれいかい)」で生み出されたもの。

対して残る二つの核は、下界の下に存在する世界「魔界(まかい)」で生み出されたものだ。

どちらも原理や契約の仕方は同じなものの、引き出せる潜在能力や扱える魔力には差があるらしい。

「その契約というものは?」

「体内の魔力を増幅させ、異能力を宿す代わりに、魔族(まぞく)幻魔(げんま)っていう連中と戦う使命を与えられるんだ。 章大が居れば、もうちょっと詳しく話せるんだろうけど」

「魔族に幻魔……外来の本にも、そんなの載ってませんでしたよ?」

「俺たちしか知らない存在だからな……俺たちが本にしない限り、第三者が知ることは出来ないよ」

「魔界が存在するんですよね? この世界に存在する魔界と、同一のものなのでしょうか……」

「どうだろうな。 この世界の魔界がどういう場所かは分からないけど、多分違う場所だよ」

俺たちの知る魔界には太陽がなく、空は常に赤黒く染まっていた。

大地に生命力はなく荒廃(こうはい)し、人間という生命体は存在することもその場所に留まることも出来ない程の、おぞましい魔力による瘴気(しょうき)に満ちている。

魔族や幻魔の本拠地でもあり、(ゲート)を通じて魔界への侵入を図ったことも何度かあった。

魔族と幻魔の違いはその強さにあり、魔族の遺伝子を組み換え強化したものが幻魔。

どちらも厄介な相手には変わりないけど。

「それで、隠している能力というのは?」

「簡単に言えば能力の強化だよ。 『覚醒(アウェイク)』って俺たちは呼んでる」

「それはどういうものなんですか?」

核にはそれぞれ、意図的に封印している隠された魔力が存在している。

全ての生物に微量に宿っている魔力だが、元々は人間にとっては毒に成り得る未知の物質。

それが体内で爆発的に増加すると、体内に元々生息している細胞などを破壊してしまい死に至るのだ。

異能力を宿しているとはいえ、受け身になるのはただの人間の肉体。

その為、必要な時にだけ魔力を増加出来るように、封印の鎖を施している。

「その鎖を解けば、通常の状態よりも飛躍的に身体能力が上がって、爆発的に強くなるんだよ」

「なるほど……そのことを天子さんをはじめ、幻想郷の住人たちは知らない。 その為、章大さんが対抗出来る算段になるのですね……」

「そういうこと。 俺もそれが出来れば、助けに行くことは可能だよ。 それに、昨日怪我を負う必要もなかったしな」

「怪我というのは?」

昨日の妖怪との戦闘のことを二人に話す。

やはり目撃例としては初めてのようで、事細かく詳細を話した。

阿求も小鈴も、そのような妖怪を見ることも聞くことも初めてのようで、この幻想郷においても類を見ないらしい。

……やっぱり、章大の推測が有力かもしれないな。

誰かが、意図的に喚び出した……。

一体誰が、何の為に……?

「気になったんですけど、もし恭哉さんの能力が完全に戻り封印の鎖を解いた時に、この世界でそれを止められる人物は居ますかね……?」

「正直分かんないな。 まだこの世界の誰とも本気で戦っていないし、明確な線引きは出来ないよ」

「それもそうですよね……すみません、変なことを聞いてしまって」

「大丈夫、気にしてないよ。 仮にその時が来たとしても、俺は誰も傷付けるつもりはないから」

 

 

 

 

「っと、そろそろ行くよ、ご馳走様。 また顔出しにくる」

「ありがとうございました、またお話を聞かせて下さいね」

「是非、鈴奈庵(すずなあん)にも顔を出しに来て下さいね!!」

「あぁ、必ず」

「くれぐれも、お身体には気を付けて下さいね」

阿求、小鈴と別れ寺子屋を後にする。

天子と対峙してから数時間は経ったはずだし、そろそろ章大も人里に来ている頃だろうか?

何処で落ち合うとか決めていなかったし、どう合流したものか……。

京一も探さないと行けないし、今日も帰るのは遅くなりそうだ。

帰ってからフランと遊び、レミリアのティータイムに付き合い……今日は寝れないなこれは。

最近は眠気を覚えることも少なくなってきたし、身体は持つんだろうけど。

そういや、白玉楼(はくぎょくろう)永遠亭(えいえんてい)のどちらに向かうのかどうか決めておかなきゃいけないんだった。

すっかり忘れていた。

永遠亭に向かう道のりの方が危険度は少ないと言っていたが、能力が封じられている以上どちらも大差ないだろう。

永遠亭には鈴仙(れいせん)が居る。

そして鈴仙の(した)う人物である八意(やごころ) 永琳(えいりん)

その人物も俺のことは疑っていないだろうと、鈴仙は言っていた。

そちらに向かう方がスムーズに事は進むんだろうけど……妖夢(ようむ)のことも気になる。

鈴花(すずか)がそこに白玉楼に居ることは既に分かっているし、良好な関係を築いていることも知っている。

鈴花の協力で妖夢の誤解を解くことも出来るだろうけど……あまり巻き込みたくはない。

――歩きながら考えるか。

今日は誰か知り合いに会うことはあるかなぁっと。

「あ、居た居た。 ひどいものよねぇ、さっきは逃げちゃうんだもの」

おっ、早速知り合いに会えたかな?

声のする方を振り向いてみると、全身が固まった。

その人物が今この場所に居ることで、こちらの考えていることが無駄になるからだ。

「比那名居 天子……!」

「あら、私の事知ってたの。 見かけによらず、随分と利口じゃない」

「章大はどうした……あんたと戦ってただろ」

「……あぁ、さっきの剣士ね。 後一歩だったんだけど、逃げられちゃったのよ……大口を叩いておいて逃亡なんて、実に情けないわ。 まぁ、相手がこの私じゃあ仕方ないんだろうけど」

優雅に甘味を食べながら、そう言い放つ天子。

戦闘の後とは思えない程落ち着いている。

「何が目的なんだ」

「最近出来た店らしいんだけど、案外いけるのよ。 あんたもどう?」

「質問に答えろ、何が目的かって聞いたんだ」

こちらの問い掛けには答えず、甘味を食べ続けている。

その光景には、苛立(いらだ)ちすら覚えてしまう。

「全く、地上の人間は我慢って言葉も知らないのかしら」

「あんたの目的は何なんだ。 どうして俺たちを襲った」

「襲っただなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ。 単に実力を確かめただけじゃない、邪魔は入ったけどね」

「その真意が何かって聞いてんだよ!!」

――目の前に、鋭く尖った様にも見える物が迫る。

一瞬だけ見えた、真剣な眼差し。

先程までの陽気な表情とは、全く違っていた。

「あーもー待ちなさいってば。 誰も始末するなんて言ってないじゃない、とにかく食べ終わるまで待ってて」

そう言うと、また同じ様に甘味を食べ始めた。

妙な威圧感と、何を考えているのか分からない不気味な雰囲気。

本当の目的は何なんだ……?

「あーあ、もう少し遅かったらきちんと食べられたのに。 で、何の用?」

「こっちの台詞だ。 俺に何の用かって聞いたんだよ、何回もな」

「そうだっけ。 ……あー思い出した、あんたでしょ? 異変の首謀者っていうの」

「……違うって言ったら?」

「嘘はもう見飽きたわよ。 あっちの人間は頭はいいけど、異変を起こす度胸はないし、あんたが黒幕って訳」

「だったら何だよ。 退治しに来たって柄じゃないだろ」

「もちろん。 地上の人間を一人始末するぐらいいつでも出来るもの。 私がしたいのは、もっと大きなことよ」

辺りを行き交う人々も気にせぬまま、ゆっくりと口を開き出す。

「――私と手を組まない?」

思いがけない言葉に、つい黙り込んでしまう。

緊張の糸も解れ、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

手を組む……何の為に?

大きなことをすると言っていたが、異変を起こすよりも大きなことなど存在するのだろうか?

「言っとくけど、俺は能力は使えない。 今じゃこの里に居る人間より、少し強いぐらいだぞ」

「そんなちっぽけな封印ぐらい、私が解いて上げるわよ。 その先にある私の目的を叶えるのに協力してくれるならね」

「その目的ってのは……?」

「この世界の全てを壊して、幻想郷を創り変える。 天界も地上もその全てを破壊し、彩りのある四季を、貧しさのない社会を……そして、誰もが何の不自由ない理想郷を創る」

「……そんなこと出来るのか?」

「出来るわよ、私の能力を持ってすればね。 幻想郷の賢者や神々など敵ではない、私こそがこの世界を統べるに相応しいのよ」

世界を創り変えるか……。

過去に退屈しのぎに異変を起こしたらしいが、今回はそうとは思えない。

こいつにも、何か暗い過去があるってことか……?

――似たような奴が居たな、天界、魔界、精霊界、そして人間の暮らす現界の全てを壊し、世界再生を行うって。

俺には、そいつの命を奪った過去がある。

加担する訳には行かない。

「あんたの能力で十分なら、何故俺を利用したがる。 俺は外の世界の人間だし、この世界を壊さなきゃならない義理も理由もない」

「その逆も(しか)りでしょ。 あんたがこの世界を救済する義理も理由もない、どうせなら面白い方がいいじゃない、だから声を掛けてんの」

面白い方がいい、か……。

確かに、日常よりも非日常の方がきっと楽しく思えるだろう。

だけど、そんな単純な動機で決められるような、軽い話ではない。

「……悪いけど、あんたの話には乗れない。 俺はこの世界に来てまだ数日しか経っていない身だけどさ、いい世界だって思ってる。 こんなにも綺麗な場所を、壊す訳にはいかないよ」

「追われている癖に、随分と呑気なご身分ね。 私と一緒の方が楽よ? 追っ手は全て蹴散らしてあげるし、あんたの地位もそれなりの物を約束してあげる」

「地位なんて重いだけの肩書きなんかいらないよ。 俺を首謀者って決め付けた奴も、追い掛けてくる奴も全て引きずり出す。 俺自身の手で、潔白を証明してやるさ」

「はぁ……同じ匂いがしたと思ったんだけどね。 いいわ、今日の所は見逃してあげる。 だが次に会った時、私の全力を持ってあんたを討つ。 私一人でも、この世界を潰してやるわ」

腰に付けられた青いリボンを揺らしながら、その場を後にする天子。

しかしすぐにこちらを振り返り、何かを投げ付けて来た。

手で受け取ると、それは桃の果実そのものであった。

仙菓(せんか)って言う桃の実、天界の名物よ。 次に私と会う日まで、精々これで生き延びなさいな」

気怠そうに手を振りながら、再び身を翻し歩いていく天子。

情けを掛けるのか潰しに来るのか……どちらが彼女の本意かは分からない。

だが、警戒しておく必要はある。

比那名居 天子……か。

もっと知っておいた方が良さそうだ。

これ以上情報を頭に詰め込んだら、脳がパンクしそうなんだけど。

去り際に言っていた「同じ匂い」という言葉。

……似ている節があるってことか……?

俺と……?

世界を変えたいなんて思ったことはないが……もっと別の観点から考えた方が良さそうだ。

っと、章大と京一を探さないと行けないんだった。

章大の奴、無事だといいけど……。

 

 

 

 

しばらく人里内を歩いてみたが、一向に章大をはじめ知り合いに誰一人として出会っていない。

天子から受け取った仙果という果実も気になるし……どうするかこれ。

小腹も空いていないし、今食べるのもなぁ……。

これを食べて生き延びろと言っていたし、何か不思議な力があるのは確かだろう。

人里内に危険は少ないし、今食べるべきではないか。

鈴仙とか居ないもんかなぁ……確か、華扇(かせん)もここで出会ったんだっけか。

この二人は比較的話しやすいし、今会えると気持ち的にも楽なんだけど……。

着崩した服装も相まってこの場所では浮いているし、あまり心地良いものではない。

一度紅魔館に戻るって手もあるが……再び出掛けるのは大変そうだ。

うーん、やっぱりもう少し待ってみるか。

少し場所を変え、人里内に架かっている橋へと向かうことに。

人里には綺麗な川がいくつか流れており、その上を渡れるよう橋が架かっている。

そこの柵に身を置きながら、時間でも潰そう。

背中を預けながら、辺りを見回してみる。

行きかう人々こそ多いものの、相変わらず和装ばかりで変わり映えしない。

動き辛そうだよなぁ……って執事服も大差ないか。

何となく周りを見回していると、見慣れない服装が一つだけ見えた。

注視してみると、薄い桃色のブラウスに黒と紫の模様のスカート。

癖のある茶色の髪を紫色のリボンで二つ(くく)りにしている。

手には何やら黄色い何かを持っており、度々その方に目をやっている。

この服装、何処となく(あや)に似ている気がする。

色こそ違うものの、文と同じく小さな帽子らしき頭飾りを身に付けている。

雰囲気は丸っきり違うが。

ふと、その少女と目が合ってしまう。

やばっ、見てるのバレたか……?

これはまた変なレッテルを貼られそうだ。

「……あーっ!! ひょっとして、外の世界の人間!?」

「えっ?」

そう叫びながら、こちらへと走ってくる。

やっぱり外の世界の人間っていうことは、この世界の住人に取っては周知の事実のようだ。

異変の首謀者っていう疑いの肩書きがなければいいのに。

「いやーまさか会えるなんて!! 人里に降りてきて正解だったわー……ねぇねぇ、あんたって外の世界の人間で間違いないでしょ!?」

「あ、あぁそうだけど……何か用?」

「やっぱり!! やったやった、やったー!!」

こちらの両手を掴み、上下にブンブンと振り始めた。

そこまで嬉しがられても、リアクションに困るんだけど……。

「よしっ文のやつより先に見つけてやったわ!!」

「文って射命丸(しゃめいまる) (あや)のこと? 知り合いなのか?」

「えっ? 会ったことあんの?」

「うん、ここの世界に流れ着いた初日に」

そう告げると、まるでアニメの一コマの様に大きく項垂(うなだ)れてしまった。

おまけに大きな溜め息まで。

全体的にオーバーリアクションというか……。

「文に会ってるってことは、強行取材もされてるってことよねー……はぁ、探し直しかこれはー」

「文の取材は受けてないよ。 妖怪(ようかい)(やま)に連れてかれそうになったけど、森に落っこちたし」

「えっ、何それどういう状況? って、取材は受けてないの!?」

「受けてない受けてない」

「よしっ!! じゃあ、私の新聞の取材に協力してよ」

再び顔を近付けられ、そうせがまれた。

もうちょい遠慮ってものをだな……。

外見が整っていることもあり、少し恥ずかしいというか。

……取材の協力って、この子も文と同じく新聞記者なのか?

「取材に協力するのは構わないけど、こっちも聞きたいことがあるんだ。 どうかな、情報交換ってのは」

「まぁ、私としては取材さえさせてもらえればなんでもいいかなー。 私が知っている内容に限るけどね」

「それはこっちも同じだよ、話せることは話すけど知らないことは知らない。 それでいいなら、協力するよ」

「じゃあ決まりね! 姫海棠(ひめかいどう) はたて、よろしく!」

「知ってるだろうけど、海藤(かいどう) 恭哉(きょうや)だ。 こちらこそよろしく」

珍しい名前だな……はたてって。

何か、帆立(ほたて)と間違えてしまいそう。

本人には言わないけどな、怒られそうだし。

「なーんだ、似た名前してるじゃん。 何か親近感湧いちゃうねー」

名字(みょうじ)だけだろ、そういやはたての新聞はなんて名前なんだ?」

花菓子念報(かかしねんぽう)よ。 はいこれ、こんな感じで作ってんの」

はたてから新聞を受け取ると、まず目に入るのは大きく縁取られた一枚の写真。

横一列に文字が書かれており、よくネットで見るようなニュースの形に似ている。

……が、こういう細かい字を読むのが苦手なのもあり、あまり気は進まない。

「あー……もしかしてこういうのあんまり読まない口?」

「正直な。 もう感覚だけで生きてるし、情報系には疎いんだよ」

「雑な生き方ねー。 そうだ、ちょっと待ってて」

足を止め、はたてを待つことに。

何やら昔の携帯の様なものを操作しているが……。

この世界にも、携帯電話は存在しているのだろうか。

「なぁ、それって携帯電話だろ? 随分と古い形の使ってるんだな」

「何言ってんの? これはれっきとした商売道具よ」

「商売道具? どう見たって昔の携帯電話だぞ?」

「そのケータイ電話ってのは何? 聞いたことないんだけど」

はたてによると、手に持っている黄色の機械はカメラであり、自身の撮影器具らしい。

……どう見ても昔の携帯電話なんだけどな。

妖怪の山に住む河童(かっぱ)が作ったものらしく、精密品だが完全防水。

んーやっぱり文化は相当ズレているかもしれない。

携帯電話とは何かせがまれた為、所持しているスマホを見せる。

「これが携帯電話、俺たちはスマホって呼んでるけど」

「薄っぺらいわねー。 すぐ壊れそうじゃん」

「まぁ小さい機械だし。 でも、色んなことが出来るよ。 写真や動画も撮れるし、ゲームで遊んだり電話も出来る」

「えっ、それも写真撮れるの!? ちょっと撮ってみてよ」

電波がないだけで、基本の機能は使えるようだ。

それは写真の撮影も可能な訳で。

「風景でいい?」

「なんでもー」

「んじゃその辺の川でいっか。 ……はい、撮れたよ」

「どれどれー……うわっ!? 凄く綺麗に撮れてる……!!」

「もちろん人とかも同じ感じで撮れるよ。 後、映像とかパノラマの写真とか、写真を好きなように加工することも出来たっけな」

「何それすごっ!? ねぇねぇ、それってどうなってんの!?」

まさかスマホにここまで関心を持つとは……。

俺たちの世界では当たり前のものの為、何も驚くことはない。

こっちの世界は魔法があるんだし、それの方が凄いと思うけどな。

「で、取材はどうすればいいんだ? 一応人を待ってるから、手短に済ましたいんだけど……」

「あぁ、そうだったそうだった。 ちょっと遠いんだけどさ、妖怪の山まで行ってもいい?」

妖怪の山って確か冥界に向かう為に経由する場所だったっけ?

下見も兼ねて向かうのもいいか。

「向かうのはいいんだけどさ、俺飛べないんだ」

「ただの人間が飛べる訳ないじゃん。 いいよ、手貸したげる」

一度人里から離れ、はたての手を借り飛んでいくことに。

 

 

 

 

「どう? 空中散歩の気分は」

「あんまり新鮮味ないかな、向こうじゃ空を飛ぶことぐらい普通だったし」

「噂には聞いてたけど、これはまた随分と変わり者がやってきたもんだわー……。 まぁ、その方がいいネタになるんだけどね」

紅魔館へと続く木々の道を、上から見下ろしている。

この世界に来た初めての日は、この辺で落ちたんだっけか。

本当、よく生きていたもんだ……。

「妖怪の山には行ったことあんの?」

「ないよ、連行されそうになったぐらいだし。 はたても文と同じ天狗(てんぐ)……なのか?」

「そっ、鴉天狗(からすてんぐ)。 そもそも天狗って知ってる?」

「俺たちの世界じゃ架空の化け物だったからなぁ。 想像よりずっと人間らしいかな」

「なるほどねぇ。 外の世界から見たら、この世界は変わってるんでしょうね」

「お互い様だろうな。 ここの住人からすれば、俺たちの世界も偏屈な所だと思うよ」

居心地はどちらも悪くないけどな。

また違った形でこの場所に居れば、この世界の見え方も変わったんだろうな……。

そして、もっと昔……子供の頃にここに流れていれば、あんな想いをすることも、背負うこともなかった。

もっと気楽に、人間らしく生きていられたのかもしれない。

……って、悔やんでも仕方ないか。

「見えてきた、あれが妖怪の山。 天狗や河童が主に暮らしてる場所よ」

はたてが目をやる方を見ると、そこに広がっているのは深緑(しんりょく)とこの暑さには似合わないであろう紅葉らしき葉が織り成す景色。

岩同士が連なり、そこをいくつもの細い滝が流れていた。

もし俺たちの世界にこの山が存在していたとしたら、絶景だろうな。

それこそ、人々が集まる観光地になりそうだ。

妖怪たちからすれば、いい迷惑だろうけど。

「どの辺で降りるんだ?」

「そうねー……ねぇ、取材の前にちょっとだけ寄り道したいんだけど、いい?」

「連れてきてもらったし、それぐらいなら」

これから向かう場所は、山の(ふもと)にある「玄武(げんぶ)(さわ)」と呼ばれる場所らしい。

なんでも河童のアジトがあるらしく、そこに寄りたいとのこと。

この世界で暮らす河童は技術面において優れた能力を持ち、はたての持つ携帯型のカメラをはじめ、様々なものを日々作っているようだ。

……もしかすると、先程見せたスマホが気になるのかもしれないな。

霊夢(れいむ)魔理沙(まりさ)も同じ反応をしていたが、あれを見るにこの世界には液晶を操作する機械は存在しないだろう。

その為、河童の知恵を借りスマホを解明したい……って感じか?

その項を尋ねてみると、大当たりだった。

自らのカメラを商売道具と自負していたし、やはり高性能のカメラは欲しいのだろう。

「なぁ、気になったんだけどさ。 はたてのそのカメラって、どうやって写真を撮るんだ?」

「私は撮影なんてしないよー。 念写って言ってね、これにキーワードを打てば誰かが見たことのある風景が、そのまま写真になるの」

「そっちの方が便利じゃないか?」

「一度見たものしか念写(ねんしゃ)することは出来ないの。 だから、新鮮味に欠けるのよねー」

ネットで画像を探すようなものってことか。

また、それが自身の能力だとはたては言葉を続ける。

能力は戦う為のものだけではないんだな。

――文やはたてなどの新聞記者が、外の世界の人間である俺たちを追いかける理由が分かった。

新聞記事やニュースの内容は、より正確であり誰もが知らない情報を伝えれば、一躍注目の的になる。

この世界に来て間もない、ましてや自分たちと同じような異能力を宿した、外見は普通の人間。

その人物を取材し、この幻想郷中に広めれば、たちまち新聞は飛ぶように売れる。

これが算段だろう。

その予想通り、天狗同士の中では新聞の大会が度々開かれるらしく、常に上位を目指し奔走しているらしい。

因みに文の文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)、はたての花果子念報、共にまだ上位に入ったことはない模様。

仲が悪い訳ではないが、互いの新聞をライバル視している為、取材のネタなども早い者勝ちってことのようだ。

「着いた。 この辺に居るはずなんだけどー……」

「誰か探してるのか?」

「にとりって言ってね、私のカメラとかも作ってくれた子がいるのよ。 人間と仲良くしたい癖に、人見知りな所があってねー」

河城(かわしろ) にとり。

この玄武の沢に住む河童であり、エンジニア。

元々河童という種族は発明力に長けており、様々なものを作っては新たな発見をしまた作る……というサイクルを送っているらしい。

技術的な関心が高く、真新しいものは意地でも解明したくなるようだ。

「その辺泳いでたりするんじゃないのか?」

「まっさかー。 ……いや、有り得るわね……」

「有り得んのかよ……。 まぁまだそのにとりって子が見つからないなら、先に取材を始めてくれよ。 仲間が待ってるし」

「それもそうねー、じゃあ改めてよろしく! えーっとまずは――」

「見知らぬ鴉天狗に、未開の地に連れ込まれた今の心境はいかがです? あーあと、にじりと顔を寄せられたご感想は!? すこーし赤面していた貴方の写真はバッチリ収めてますので、事細かく感想を述べて頂けるとありがたいのですがー」

ん、随分と変なこと聞いてくるなはたてめ。

……っていうか、声少し変わったか?

ここまで高くなかった気がするんだけど……。

まぁ、取材に応じるって約束だし、事細かくはたてににじり寄られた感想を……。

「――って!! 文、お前いつの間に!?」

「な、なんであんたがここに居んのよ!!」

「いやー私も取材のネタを探しにあちこち飛び回っていたんですが、偶然はたてと恭哉さんの姿を見かけたものでして。 はたてったら、随分と仲睦(なかむつ)まじくしていたので、お邪魔にならないようにしていたのですが」

「何もしてないわよ!! とにかく、こいつは私のものだからね!?」

「誰も取りやしませんよー。 こちらも、有力なネタを入手しましたからね」

そういや、昨日章大を取材したんだっけ。

どんな記事か気になるな……。

「その有力な記事ってのは? 気になるんだけど」

「うーん……これは教えないと行けないことですからね。 情報を告げる前に約束です、絶対に大声を出さないで下さい」

神妙な面持ちで、そう告げる文。

瞬時に場の空気も変わった気がする。

はたての方を向いてみるも、首を傾げるだけで何かは分かっていない様子だ。

周りに誰もいないことを確認したのか、ゆっくりと口を開く文。

「海藤 恭哉さん。 出来るだけ遠く、誰にも見つからないような場所に逃げて下さい。 貴方が異変の首謀者であると、決定付ける情報が発見されました」

 

 

 

 

 

――えっ……?

文の奴、今なんて……?

「異変の首謀者……恭哉が? どういうこと?」

「はたてはまだ知らないでしょう。 昨夜、妖怪の山の裏手付近で例の妖怪による初めて犠牲者が出たんです」

昨日の夜……魔理沙と共に、虫の妖怪と戦っていた時と同じだ。

同時刻に、別の場所で別の妖怪による惨劇が行われていたようだ。

「残酷な姿でしたよ。首を()ねられ、内蔵は荒らされ、あらゆる所に飛び散っていたそうです。 ……未だに鼻につく血の匂いが忘れられません。 その実行犯と思しき人物の、目撃証言があるんです」

文が得た証言では、惨殺(ざんさつ)を行った人物の姿はこうだ。

まず背が高く、細身であったこと。

暗く分かりにくかったが、赤黒い髪の毛と紅く光る眼。

そして、周りの草木や惨殺された妖怪の身体が焼け焦げていたらしく、斬撃や銃撃による傷ではない。

……炎撃(えんげき)、もしくは炎を有する魔法による攻撃、と判断されたようだ。

この世界に、その条件に当てはまる奴なんて……そう居ない。

「幸いにも、まだこの事実を知る者は少ないです。 だから早く、貴方には逃げてもらわなければ行けません」

「教えてくれ、文以外に誰が知っているのか」

「おそらくですが、私とそれを目撃した別の天狗以外は知らないはずです。 ……奇妙なことに、昨日以来その方をお見かけすることはないんですがね」

「ちょ、ちょっと!! 話が見えてこないんだけど」

文とは違い、はたては俺たちの異世界の住人のことを殆ど知らないようだ。

数人の、見慣れない人間が居るという程度の認識ぐらいなのだろう。

「恭哉さんを始め、ある一定の期間で八人の人間がこの世界に流れ着きました。 それぞれが違う異能力を宿し、この世界の妖怪にもある程度太刀打ち出来るそうですよ」

「……本気で言ってる!? 他は知らないけど、恭哉は空すら飛べないのよ?」

「何らかの理由で、戦える異能力が封じられているんです。 合ってますよね?」

「怖いぐらいにな。 何処から情報を仕入れているのか知らないけど、全部合ってるよ。 文、その妖怪が殺された場所はまだ覚えてるか?」

「この近くですからね、覚えていますよ」

「案内してくれ。 この目で見ておきたいんだ」

「……その場所が罠で、私が貴方を倒すかもしれませんよ? それでも、確かめるなどと言うつもりですか?」

「真実かは分からないが、俺と瓜二つの奴の目撃証言が出たんじゃ、今更誰も信じてはくれないさ。 俺は俺自身の手で、黒幕を引きずり出してやる。 最初で最後でいい、手を貸してくれ」

真っ直ぐに文へと視線を向ける。

こうも早く、この世界での居場所が無くなるなんてな……。

「……分かりました。 ですが、私は貴方の味方でも敵でもありません。 それだけは、頭に入れておいて下さい」

「最初からそのつもりだよ」

無言のまま、文の後を追う。

はたても駆け足でついてくるが、その表情はまだ完全に理解出来ていない様子だ。

それにしても、誰がこんな真似を……。

妖怪の山での惨劇に、自分が関わっていないことは一番理解している。

同じ場所に居た魔理沙も、よく知っているはずだ。

魔理沙の証言もあれば、この偽りの情報が覆るだろうが……巻き込む訳にはいかない。

いくらこの幻想郷の住人とはいえ、悪者に仕立て上げるのはごめんだ。

「この辺りです。 この木の幹や下草が、赤黒く変色していたり焦げ付いているのが分かりますか?」

「……あぁ、さっきの言葉は間違いないと思うよ。 確かに俺の炎の能力を使えば、これぐらい簡単に出来る」

「何言ってんの!? それじゃあまるで……自分が異変を起こしたって……!!」

「信じて貰えないかもしれないけど、俺は異変とは無関係だって言い続けるよ。 で、惨殺された死体は?」

「私が今日来た時には、もう姿はありませんでしたね。 バラバラになったか、全て喰い尽くされたか……そのどちらかでしょう」

「待って。 昨日、他の天狗がその光景を見たってことはー……そうよ、私のカメラなら!!」

携帯型のカメラを取り出し、操作し始めるはたて。

確か、キーワードを打てば誰かが見た光景を念写することが出来る……って言ってたっけ。

はたての能力によって出た写真によっては、文の言うことが本当かどうか確かめることが出来る。

自分の容姿や能力も、自分自身が一番良く分かっているからな。

「……嘘でしょ……!?」

はたての様子からして、文の証言は正しいことが分かった。

あらぬ疑いが、真実に塗り替えられようとしている。

何としても阻止しなければならないが……能力のない今、どうすればいい……?

「これを新聞にすることはしません。 霊夢さんに止められそうですしね」

「けど誰にも伝えなかったとしたら、更に被害が大きくなる……か」

「えぇ、霊夢さんをはじめ、様々な方が貴方を追うことになるでしょう。 勿論、私もですが」

「……俺が生き残れる確率は?」

「ゼロでしょうね。 いくら特異な人間とは言え、所詮は人間の身です。 はるか昔、人間達が恐れ神格化した妖怪達が相手では、この異変の解決もすぐそこでしょう」

沈黙が流れる。

皆一様に言葉を失ってしまった。

まさか、言い逃れの出来ない証拠まで作られるなんて。

もっと、別の勢力が関わっているのか……?

八雲 紫や摩多羅 隠岐奈の他に、まだ誰かが糸を引いている……?

「私の速さなら、霊夢さんの所までは一瞬で着いてしまいます。 僅かな時間では、そう遠くへは行けないでしょう。 どうします? 少しだけの猶予(ゆうよ)なら差し上げますが」

「なら、その言葉に甘えさせてもらおうかな。 ほんの少しだけ、時間をくれ」

「分かりました。 次また会う機会があれば、ごひいきに」

「死体での再会じゃなかったら、取材でもなんでも受けてやるよ」

漆黒の翼を大きく広げ、ゆっくりと飛び上がっていく文。

フランと同じで、自由に取り出すことが可能なようだ。

さて、どうしたもんか……。

考え付く手というか、少し試してみたいことはあるのはあるが……。

どの道、もう紅魔館に戻ることは出来ないだろう。

フランやレミリアに何て伝えればいいのか……。

――でも今は、この方法を試してみるしかないか。

「ごめんな、取材受けれそうにないよ」

「……大丈夫。 私がきっと、あんたの無実を証明してあげる」

「心強いな。 なぁ、一つだけ頼みたいことがあるんだ……聞いてくれるか?」

「もちろん、何をすればいいの?」

 

 

「俺を、死んだことにして欲しいんだ」

 

 

 




ここまでご閲覧頂きありがとうございます。

当話を持ちまして「東方幻奇譚-焔ノ章」の前編が終了となります。

ここから中編となり

東方幻奇譚-焔ノ章- 博麗霊夢編

東方幻奇譚-焔ノ章- 流星編 (霧雨魔理沙視点)

東方幻奇譚-焔ノ章- 海藤恭哉編

計、三視点から、物語をお送りいたします。

次回から三視点の終結点までは、それぞれ魔理沙編、霊夢編、恭哉編の順に執筆していきます

また、物語内の登場人物をメインに置いた本編とは別のお話しである「外伝」も随時更新していけたらいいなと思っていますので、そちらも合わせてお楽しみ頂けると幸いです。


では、次回でお会いいたしましょう
重ねてにはなりますが、ご閲覧頂きありがとうございました。

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