東方幻奇譚 ~the Eighth Fantasy. 作:TripMoon
偶然
直接行動を共にすることはないが、外の世界から来た恭哉たちとは、友好的な関係を築く。
見かけに反し、食欲旺盛でよく人間の里にて、何かを食べ歩いている姿をよく目撃されている。
本人曰く、暮らすために必要なこと、だそうだ。
香霖堂には様々な道具があり、一部の道具は外の世界から流れ着いたものもあるらしい。
「フラン……? フラン!!」
目の前で起こった、一瞬の出来事。
何がどうなって起こったことなのか、はっきりとは分からないでいる。
先程まで
フランの元へと駆け寄り、身体全体を見回す。
目立った
それにフラン程の能力があるなら、そこら辺の妖怪など相手にもならないはず。
なら、一体誰が……?
揺さぶりながら何度か声を掛けても、一向に反応を示さない。
脈拍は……正常だ。
呼吸は止まってはいない。
しかし、レンガ状の建物の壁面すら木っ端微塵にする程の破壊力を持つフランが、こうも簡単に倒れるのか……?
色々と可能性は浮かんでくる。
だが、それらを考える余裕が与えられることは無かった。
「お師匠様特製の痺れ薬を、弾丸に
後方から、聞き慣れない声が聞こえてくる。
痺れ薬を擦り込んだ弾丸、言い換えれば麻酔弾か。
それならば、フランが倒れ込むのも一理ある。
けれど、その程度なら少し力めば解除出来そうな気もするが……?
まぁ、答えてはくれないだろう。
「
もう一人、少女の声がする。
その声を聞いてから、ゆっくりとそちらを振り返る。
一人は背が低く、
緑色の衣服に、背中に見える二本の
とてもじゃないが、少女には似合わない刀だ。
後方には、白く
もう一人は、学生服の様な服装だ。
妙に見慣れている風にも見えるが、そうではないのは頭の上にある兎の耳。
単なる仮装と言ってしまえばそれまでだろうが、今の場面には不適合だ。
「先に聞かせて欲しい、何でこの子を撃った」
「念の為です。 悲劇的な場面を見せるには、少々幼すぎるので」
「それだけか? たったそれだけの理由で……ふざけんな……」
「貴方の方こそ、この世界に異変をもたらして、よくそんな口が聞けますね」
異変をもたらす……?
一体何のことだ……?
「誰かと勘違いしてないか。 確かに俺はあんたらの世界で言う、外の世界から来た人間だ。 だけど、この世界で異変を起こしたことなんてない、何なら今日来たばかりなんだぞ?」
返答もせぬまま、それぞれ刀と銃を構え出す。
どうやら、話し合いに応じてくれる気は無いらしい。
それにしても、この世界に起きた異変、か。
気になることなのだが、今は二の次だ。
魔理沙やフラン同様、この少女たちも何らかの攻撃方法を持っているだろう。
もし、フラン以上の能力を有していたら……?
勝てる望みは、限りなく薄い。
そんなことは分かっている。
……分かっていても、戦わなきゃならない。
自分の誤解を解くためだけじゃない。
こちらに手を出した以上、けじめは付けてもらわないとな。
「その様子じゃ、戦わなきゃならないんだろ。 一つだけ約束して欲しい。 もうこの子には手を出すな」
「何故、
「この子とも約束があるからだ。 目の前で小さい子が倒れたのを無視する程、冷たい人間じゃないとは思ってる」
「まぁ、それは構いません。 貴方さえ討てば、異変も終わるんです」
「その異変がどういうものかは知らないが、それで納得するんだな?」
少女は、静かに頷いた。
木々の中に、フランを寝かせる。
もし生き残れたら、また遊ぼうな。
「お別れは済みました?」
「あぁ、お陰様で」
「そうですか、では……。
瞬時にして、目の前に剣閃が走る。
長刀が真っ直ぐに振り下ろされようとしていた。
セオリーなら左右どちらかに避ければいい。
だが、そんな普通はこの世界じゃ通用しないだろう。
学生同士の喧嘩や、スポーツ選手の試合とは違う。
左右どちらかに回避すれば、剣を払い追撃してくるに違いない。
なら、後ろに飛んで避ける……!
あの長さなら、突きに移行するのには、払うよりも時間が掛かる。
こちらに武器はない。
ましてや、能力だって失われているし、魔理沙の時は何が起きたのか分かっていなかった。
出来るだけ時間を稼ぎつつ、攻撃を回避していくしか、今取れる手段はない。
……もどかしいな、くそっ!!
脳内で考えた通り、剣の振り下ろしを後ろに飛び避ける。
――そんなことするのか!?
妖夢と名乗る少女は剣を振り下ろした後、自らも空中で前転し、再度剣を振り下ろした。
前に踏み込んだ分、先程よりも距離が近い。
着地の隙こそ出来るものの、一撃目よりも威力は増し、相手の不意を付ける。
こいつ、かなりの腕だ。
仲間にも剣術を得意とする者が居るが、近い実力を持っている。
おそらく、この二人も魔理沙の様な放出系の弾幕を所持しているはずだ。
それが合わされば、俺の仲間よりも実力は上になる。
もう一度後ろに避けたんじゃ、間に合わない。
こちらも隙を作ることを代償に、左側へ大きく飛び込むことに。
妖夢の剣撃こそ回避出来たものの、向こうはもう一人居る。
既に寸前の距離まで、銃弾の様なものが迫っていた。
まるで、こちらが近付くまで止まっていたみたいだ。
……銃撃音の一つも、聞こえなかった。
こいつも、かなりの実力者ってことか。
消音性のパーツで、どうにかなるレベルじゃない。
何かしらのギミックはあるだろうが……どれかどれかと探ってる余裕なんてない。
起き上がる姿勢を取る前に銃弾を目視出来た為、そのまま前方に回避する。
「いけ!」
少女の声と共に、白い浮遊物がこちらへと向かってくる。
単なる煙じゃないのか。
勢いを付けて飛んでくる浮遊物を回避することは出来ず、両腕を交差させ受け止める姿勢を取る。
衝突した反動で、後ろに飛ばされてしまう。
なんて硬さだ。
雲の様に柔らかいと思っていたが、痛みを感じる程の硬さがあった。
攻撃を加えた後、再び妖夢の方へと戻っていく。
あれが能力なのか……?
実態が掴めないが、あの様子を見るからにずっと硬さを保っている訳ではなさそうだ。
攻撃や防御に移る時のみ、浮遊物を硬化させているとしたら……?
いずれにせよ、危険が二つから三つに増えたことには変わらない。
浮遊物を受け止めた衝撃で、馴染みのある痛みが身体を走る。
そういえば、まだ腕の治療をしていないんだった。
あの時振り落とされてなかったら、こんなことには……。
って、悔いても仕方ないか。
落とされてなかったら、
とにかく今は、ここを乗り切るしかない。
気が付けば、もう一人の少女がこちらへと向かってきている。
先程手にしていた銃は、持っていない。
お次は体術戦か……?
助走の勢いを殺さず、前方に大きく飛び、蹴りを放ってくる。
風を切る音が、少し離れていても耳に届く。
すぐにこちらに身を
凶器がない以上、両腕や上半身全体を使って回避は可能だ。
どこで習ったんだ……?
高度な訓練を受けたものだと、一目で分かる。
格闘技の心得など
ストリートの喧嘩と、この高度な体術。
想像以上に分が悪すぎる。
「中々素早いですね、ではこれなら!」
この雰囲気……魔理沙が魔法を使う時と似ている。
確か、スペルカードがどうとかって。
先程の攻撃よりも、大きいものが来るってことか……!
まともに受ける訳にはいかない、何とかして回避しないと……!
「
先にスペルカードを使用したのは、こっちの少女ではなく、妖夢だった。
緑色の矢尻の様な弾幕が、無数に形成される。
軍隊の行進の如く、列を成しこちらへと向かってくる。
滑り込める高さではあるが、向こうの出方も気になる。
どうする……!?
一瞬の迷いの隙を突き、目の前にもう一人スペルカードを発動させる少女が居た。
「
ガラスが砕ける様な映像が見えた。
幻覚でも見せられたのか……?
それと同時に、全身を絶え間ない脱力感が走る。
何が起きたんだ……?
思うように、力が入らない。
目の
痛みなどはなく、ただ全身が存在しない疲労感と、
必死に精神を研ぎ澄まし、何とか視界を戻していく。
そこに映っていた光景は、先程とは少し違っていた。
妖夢の隣には、もう一人の妖夢の姿。
そしてもう一人の少女の隣には、同じ姿をした少女が三人。
その異様な光景に、
けれど、結果は変わらなかった。
どうなってるんだ……!?
「分身でもしたのか……?」
「分身なんて、実体がないじゃないですか。 これは
「そっちのは……?」
「どうでしょう? 貴方には、私が何人に
こちらを試す様な、挑発的な態度。
何人って、三人じゃないっていうのか……!?
いや、冷静に考えるんだ……。
スペルカードの直前に見せられた、実体のない
あれが弾幕と捉えるのなら、あの少女の姿は三人で間違いない。
しかし、こんな安直な考えでいいのか……?
実力は確かなもので、十分に誇っても誰も
それ故、
過去に、そんな奴は何人も見てきた。
先程の脳内で見えた映像は、単にスペルカードの能力なんかじゃない。
妖夢の能力に関しては、まだ確定出来る要素が少ない為分からないが、一人は確定。
能力が分かった所で、この戦況は変わらないんだけどな……。
「俺には、あんたら全員で三人に見えるよ。 オカルトは信じない主義なんでな」
「成程、変わった人間とは聞いていましたけど、まさかここまでとは。 戦闘能力も発揮出来ないんですよね?」
「……誰から聞いたんだ」
「お答えしかねます。 さぁ、続きを始めましょう。 私たちだって暇じゃないんですから」
やっぱり、答えてはくれないか。
再び先陣を切る二本の刀。
それぞれが違う剣閃を描いていく。
憑依している者ならば、同じ動きを繰り返すだけだ。
けれど、この二人の妖夢は違う。
それぞれが意思を持ち、こちらに斬り掛からんとしている。
自分自身の半身と自負していた通り、並大抵の実力ではない。
こんなに肉体的にも精神的にも追い詰められるなんて……何時ぶりだ……?
片方の刀が空を斬れば、もう片方の刃がこちらの身を斬り裂いていく。
骨にまで達する程ではないが、些細な痛みは伴う。
特に負傷したままの腕へのダメージは深刻で、浮遊物を受け止めてから出血が止まらない。
このままやられっぱなしじゃ、本当に死ぬ……!
(駄目元でもいい、出ろ……!!)
剣閃の僅かな隙を付き、思い切り腕を振り上げる。
「これは……炎!? どこにこんな力が!?」
腕の軌道を、灼熱の
これだ、この感覚、この能力……!
一瞬の炎ではあるが、そこに確かに存在した。
完全に封じられていた訳ではないってことか……!
自由自在に操ることが出来なくても、
微かな光の道筋ではあるが、希望が見えた。
これならある程度は戦える。
運動神経や反射神経は衰えていないし、
「能力は封じられていたんじゃ……!?」
「完全って訳じゃないらしいな。 こっちだって、覚えのない疑いを晴らさなきゃならないし。 無抵抗の相手より、少しは骨がある方が、あんたらも楽しくないか?」
一度だけ出現した
今の俺には、それだけでも十分。
戦いながら、先程の感覚を取り戻していけばいい。
そうすれば必ず届く……!
「
そう言って、後方に下がっていく妖夢。
何か仕掛けるつもりだろうが、黙って逃がすか!
「行かせない!
突如として四方八方を塞ぐ大量の弾幕。
――しまった、完全に油断してた!
能力を使えたことに
だが、もう一度炎撃で弾幕の隙間をこじ開ければ、妖夢の居る場所まで届く。
限界まで感覚を研ぎ澄ませる。
体内に流れている魔力を膨らませ、一気に放出する。
これが、先程の炎撃を始めとした
「もう一度、
腕を大きく振る。
……しかし、何も起こらない。
「やはり不完全だったみたいですね。 これで終わりです!」
一斉に弾幕の群れが動き出す。
くそっ、単なる奇跡だったのか……!?
逃げる場所は、どうすれば避けられる!?
そこに答えなんかない。
無数の弾幕の一つ一つが、弾丸の様にも見える。
いくつもの弾が身体中を貫いていく。
でも、不思議と痛みはない。
何か変な感覚だな……いや、死ぬ直前ってこんな感じなのか……?
視線は落ち、暗闇に包まれたままの
周りの景色は見えている。
良かった、まだ意識はある。
まだ……まだやらないと……。
正体も分からない異変の
視界はぼんやりとしていて、少女たちの姿も歪んで見える。
「
それは同時に起こった。
妖夢がスペルカードを発動するのと同時に、いくつもの木々が突然倒れ始めたのだ。
スペルカードは不発に終わり、この場に居る全員が倒れた木々の方を見据えている。
まさか……これが本当の……。
「あの子、何故……!?」
「嘘……お師匠様の麻酔薬を自力で解くなんて……!!」
「まさか、フラン……なのか……?」
金色の髪と真紅のドレスを風に
手には、何やら無機質な形をした何かを握り締めている。
そこに見えたのは、にこやかな可愛らしい表情ではなく、今まで俺が見ていた物とは真逆の表情だった。
大きく口角が釣り上がり、
その狂気的な表情を前にして、何もすることが出来ない。
こんなにも恐怖を覚えたのは……初めてかもしれない。
「ねぇ、私とも遊んでよ?」
フランが発した言葉。
誰も返事をすることが出来ない。
この場の空気全てを
完全に全員がそれに飲まれている。
「あ、
「あれ、私のおもちゃがボロボロ。 へぇーそういうことするんだぁ?」
フランが持つ無機質な形をした何かに突如として燃え盛る炎が纒わり付く。
吹き荒ぶ暴風と轟音。
何をされていなくても、思わず顔を覆ってしまう。
次第に無機質な形から一筋の刀剣へと姿を変える。
絶えず炎を纏い、こちらを
「この姿、この
「鈴仙さんは分かるんですか!?」
「まさかとは思いますけど……あの子は
こちらへと問い掛けてくる。
フランの姿を見て吸血鬼を連想する辺り、どうやらフランの姉は知っている様だ。
だが、その確証がなく、決断へと至らない……ってことか。
戦っていた時の
「フラン。 フランドール・スカーレット、あの子の名前だ。 レミリアって子の妹で、あんたの言う通り吸血鬼だ」
「レミリアさんの妹……妖夢さん、構えて!!」
何かを感じ取ったのか、再び戦闘態勢を取る二人。
相手は俺ではなく、フランだ。
「やっと遊んでくれるのね? うふふ……いいわ、殺してあげる!!」
降り注ぐ真紅の弾丸。
そこからフランの攻撃は始まった。
怪しげに笑いながら、妖夢と鈴仙を相手にしている。
今までは攻撃的な姿勢を見せていた二人も、フランを前にしては防戦一方だった。
フランの
まさか、フランの能力がここまでのものだなんて……。
あの剣を覆う炎だって、俺の能力とは比べ物にならない。
それにしても、何故急に能力を……?
一緒に居た時は、そんな素振り一瞬足りとも見せなかったというのに……。
じっと戦闘の様子を見ていると、目の前にフランの姿があった。
あの表情のままのフランと目を合わせる。
「本当にフランなのか……?」
「もちろん。 恭哉は最後にしてあげるね。 先にあの二人を殺してくるから」
「何言ってんだよ……お前がそんなことする必要ないだろ!?」
「いいから見てなよ。 あ、それか恭哉も一緒に遊んでくれる?」
これが本当にあのフランなのか……!?
まるで、能力に自我を乗っ取られている様だ。
けれど、俺のことは分かっているみたいだし……。
駄目だ、確証が無さすぎる。
「あっはははは!! 見て見て!? ほら、一つ壊れちゃった!!」
いつの間にかフランの手に握られていた物。
赤黒い液体を流しながら、
人型にも見えるそれの正体がすぐに分かった。
先程まで生きていた者の生首。
それが、この正体だ。
見慣れない顔の為、妖夢や鈴仙、今まで会ってきた者の物ではない。
そういえば、こういった道には妖怪や妖精が居ると霊夢が言っていた。
おそらく、そのどちらかのものだろう。
偶然この場を通ろうとし、不運にもフランに見つかってしまいこの姿に変えられたのだ。
「この血は甘いのかなぁ? でも、黒くて汚ーい。 部屋で見る人間の方が美味しそうだし、いらないや」
生首を自分の頭ぐらいの位置まで持っていき、ゆっくりと手から離す。
フランが手を握り締めると、その生首は肉片も残さず粉々に砕け散った。
体内にあった鮮血が、辺りに飛び散らばる。
鼻につく生臭い匂い。
思わず
互いの衣服は、飛び散った返り血に染まる。
フランに至っては、顔にまで血を浴びていた。
それでも、表情は変わらない。
寧ろ、一層狂気を増した様な気もした。
「あはは!! 恭哉も血だらけで美味しそう! さてっと、次はあいつらにしよっと。 そーれ、壊れちゃえ!!」
再び手を握り締める。
二人が立っていたすぐ側で、爆発が起きる。
倒れた木々も、この爆発による物だろう。
しかし、あの時と同じで対象とは僅かにズレていた。
無邪気な頃ならまだしも、今のフランは戦闘本能のみで動いてる。
距離もさほどないのに、こう何度も照準を外すとは思えない。
真っ先に考えられるのは……フランは、自分の能力を完全に使い慣れていないのではないか?
一応ではあるものの、話は通じている。
ならば、戦わずして元の状態に戻すことが出来る可能性も、ゼロではないのかもしれない。
「何ぼっとしてるんですか!! 早く逃げて下さい!!」
思い詰めていた時、妖夢の声で我に返った。
そうだ、ここは安全地帯なんかじゃない。
一つ間違えば命を失う様な場所だ。
「貴方にはまだ聞かねばならないことが山ほどあるんです。 ここで死なれては困ります」
「それはこっちのセリフだ。 俺だって、あんたらに聞かなきゃならないことも話さなきゃならないことが腐るほどあるんだ。 自分の心配だけしてろ!」
「ちょっと、一体何を――」
無理矢理に身体を動かす。
絶えず痛みはあるものの、まだ耐えられる。
苦痛を我慢し、声を張り上げる。
「フラン!! その弾幕ごっこ、やっぱり俺も混ぜてくれ!!」
その言葉を聞き、こちらを振り向くフラン。
口角が裂ける程の笑みを浮かべ、炎を纏った剣を振り回し始める。
「これ、レーヴァテインって言うんだって。 恭哉でも、これで燃えちゃう? 肉は斬れる!? 血は流れる!?」
「どうかな、俺だって炎を操ってた身だ。 その炎剣が尋常じゃないのは分かるよ。 けどな、事情が変わったんだ、誰一人壊させる訳にはいかないな!!」
「うんうん、そうこなくっちゃ! ねぇねぇ、恭哉は負けたら何をしてくれるの?」
「心臓でも生き血でも何でもくれてやる。 俺が壊れなかったら、違う形で遊んでもらうぞ」
全身の血液が、
初めて能力に目覚めた時も、こんな感覚を味わった気がする。
少しだけ、少しだけでいい。
戻ってこい、
「不本意ですが、助太刀します!」
「一時休戦ということで。 悪魔の妹相手じゃ、分が悪いもの」
「異変の首謀者と疑っている奴でもか?」
「今、その話は二の次です」
「どうすればいい? 分かってると思うけど、今の俺はとてもじゃないけど、戦力にはならないぞ?」
「分かっています。 なので、なるべく吸血鬼から離れた位置で隠れていて下さい」
逃げ延びろ、ってことか……。
フランがあぁなっているのに、只逃げ回るだけなんて……情けない。
けれど、能力が封じられている以上、何も出来ない。
非情な現実に、ただ怒りが込み上げてくる。
握る拳も、血が出そうな程強くなっているのが、目に見えて分かった。
「じゃあ、早く遊びましょ?」
一層、フランの狂気が増す。
目には見えないけれど、後方に強大な
「行ってください、早く!!」
その掛け声と共に、近くの草木へと駆け込む。
当然、フランの目にはその姿は映っている。
俺だって、こんなことはしたくない。
自分の命も守りつつ、フランを元に戻すには……今はこうするしかないんだ。
鈴仙と妖夢の間を瞬時に飛び抜け、こちらへと手を伸ばしてくるフラン。
くそっ、こんなに速く飛べるのか……!?
二人も目で追うことが出来なかった様で、こちらに気付くまで少しの間が生じてしまった。
もちろん、その手を振り切ることは出来ない。
「捕まえた! どうして欲しい? 骨まで砕く? 切り落とす!?」
「ぐっ……!」
地面に押し倒され、両手で首を締め付けられる。
鋭利に伸びた爪が、首元から皮膚、肉へと食い込む。
こんな小さな身体の、どこに力が……。
「ねぇ、知ってる? 昔、お姉様が言ってたの、人間は死んでも少しの間だけ生きてるんだって!! 首や目が動くの、恭哉もそうなの?」
「死んだことないからなっ……まだ、見せてやる訳にも、行かないけどよ……!!」
ごめん、フラン……!!
こんなことしたくないけど……。
上半身は押さえ付けられ、身動きが取れないでいる。
しかし下半身は、足はまだ動く。
ゆっくりとフランの腹部まで足を曲げ、持っていく。
意識がまだある内に、やるしか……!!
思い切り上へと蹴り込もうとした時だった。
側方へと、フランが大きく飛ばされる。
……妖夢が
間一髪の所で、再び硬化した浮遊物がフランを突き飛ばしたのだ。
「立てますか!?」
「何とか……。 フランは!?」
衣服に着いた
すぐに起き上がり、こちらを睨み付けていた。
「邪魔するなんて!! 先にお前から殺す!!」
燃え盛る
妖夢は刀で受け止め、上部へと払った後フランと距離を開けた。
その隙に、鈴仙の弾幕がフランを取り囲んだ。
一斉に弾丸状へと姿を変え、フランへと動き出す。
フランは不敵に笑った後。
炎剣は槍へと姿を変え、鈴仙の弾幕を跡も残さず薙ぎ払った。
あの数を、たった一撃で……。
「こんな弾幕つまんないわ? 弾幕はー、もっと、こうするの!!」
大きな光の球体が、複数出現する。
針の様に細長いレーザー状の光が形成され、ゆっくりと回り出した。
時計の針にも見えるその弾幕と、無数の小さな弾幕。
これがフランの弾幕なのか……。
っと、見とれてる場合じゃなかった!
幸いにも、回転する速度が速い訳では無い。
これぐらいなら、回避するルートを作り出す時間は
針を掻い潜り、小さな弾幕を避けられる場所は……。
――通り抜ける場所を見つけ、足を動かそうとした時だった。
肩を何度か叩かれる。
こんなタイミングで、一体誰が?
振り返って見ると、確かにそこに居た。
大きく目を見開き、狂ったように笑う二人のフランの姿が。
それぞれに肩を掴まれ、弾幕を合間を抜け、何度も木々に身体をぶつけられる。
嘘だろ……フランまで、実体を持つ分身体を作れるってのか……!?
普通ならば、二人三人と分身を行う場合、その力は人数分だけ均等に分けられる。
しかしフランの場合は、それに該当せず全員が同じだけの力を使えるようだ。
一際大きい木の幹に行き着いた時、背中から激痛が走る。
二人のフランがその場から離れると、三人目のフランが炎剣を構えたままこちらへと飛んで来ていた。
そのまま剣を突き出し、腹部へと突き刺さる。
鮮血の粒が、辺りへと散らばった。
「これが恭哉の血なのね!? さっきの汚い奴よりずっと美味しそう!! ねぇねぇ、もう終わり? もう遊んでくれないの?」
――駄目だ、圧倒的すぎる。
自分の想像を遥かに超えていたそれに、敵う術なんてなかった。
不思議と痛みはない。
このまま目を閉じてしまえば、楽になれることだろう。
ただ退屈な日常を過ごすことも、戦うことも、何もしなくていい。
光も届かない深海の様な空間に、身を投げ出すだけ。
たったそれだけで、この状況から解放される。
けれど、そんな……。
そんな単純なことすら、俺には出来なかった。
「あ、まだ遊んでくれるの?」
言葉も返さず、ゆっくりと炎剣を引き抜いていく。
完全に引き抜かれ、剣先から血の
「言っただろ、誰一人壊させやしないって……」
「へぇーまだ頑張ってくれるんだ、恭哉ってやっぱり面白い! 決めた、私が勝ったら、お部屋にずっと飾っておいてあげるね」
「
――
こんな奇跡、二度とはないだろう。
ずっと封じ込められていた能力が、今こうして発動出来ている。
背面にある木々が、轟音を立てて燃え盛る。
「すごーい、私のマネ?」
「違うな。 こんなのまだ生易しいもんさ、もっと熱く、もっと激しく出来るよ」
「へぇーやるじゃない。 じゃあ、私も!!」
フランが炎剣を大きく振り翳す。
同様に、天高く炎が燃え上がる。
こんな感覚、久し振りだ。
それに、目の前にいるのは自分よりも何百年も生きているのに幼く見える少女。
それでいて、こちらを圧倒せんとばかりの破壊的な能力。
肉片一つ残さないぞという程の、おぞましい殺気。
「退屈しないな、
「何か言った?」
「何でも。 ただ、初めてこの世界に来て、楽しいって思えることに出会っただけだよ」
「それって、私と遊ぶことでしょ?」
「まぁ、それもあるかもな。 じゃあ、第二回戦と行こうぜ。 この能力も、短い間しか使えないだろうし」
「えーっ、もっと遊びたいのになぁ。 まぁ、いいや。 もう、コンティニューなんてさせないんだから」
「あぁ、それでいいよ。 人生の後輩から、厚かましい助言をしてやるから、覚悟しとけ!」
一斉に地を蹴る。
互いの炎が交差し、身を切り裂かんとばかりの衝撃が発生する。
横目で周りを何度か見ていると、少し離れた場所に妖夢と鈴仙の姿があった。
フランの残した弾幕を破り、ここまで来たのだろう。
外傷は……なさそうだな、良かった。
って、何で敵の心配なんか……。
心の底からは、戦わなきゃならない敵だとは思えないんだよなぁ……。
異変なんて起こしてはいないし、誰に聞かされたのかも分からない。
この世界に、外の世界から来た
「よそ見なんてしないでよっ!!」
おっと、危なっ。
今まさに、フランの鋭利な爪が、頬を
小さな切り傷が出来上がる。
「ちゃんと私のことだけ見なよ。 殺しちゃうよ?」
「色々と忙しいんだよ。 で、俺の血のご感想は?」
「味見には少ないかな。 もっとちょうだい?」
「そう簡単には上げられないな。 腕の一本でも落として肉ごと味見でもしな!」
「じゃあ、そうするねっ!!」
再び炎剣を振り回すフラン。
けれど、その軌道は初めて見た時よりも、大きくぶれていた。
真っ直ぐに描かれる剣閃も、今では僅かに右往左往に曲がっている。
やはり弾幕といえど、体力は消耗するようだ。
ましてや普段から外に出られず、部屋の中で閉じ篭っていた身だ。
当然、日常的に弾幕戦を行っている奴よりも体力面では劣る。
この世界にも「魔力」という概念が存在するのかは分からないが、何れにせよフランのこの能力の暴走も、そう長くは持たないはず。
このままこちらは手を出さずとも、消耗戦に持ち込めば、フランを元に戻すことが出来るかもしれない。
そう何度も、あの攻撃を受け切る事は出来ないけどな……!
「もうっ!! 逃げてばっかり!! ちゃんとやってよ!!」
「俺だってこんな戦法一番嫌いだ! けどな、こうするしか出来ないんだ。 いいかフラン、厚かましい助言その一は、無闇に能力を暴発させるだけじゃ、何にも残らないぞ」
「そんなのしーらないっ! 壊れちゃえ!!」
巨大な獣の様な牙が上下に出現する。
これも弾幕なのか……?
牙同士の距離は十二分にある。
これぐらいなら、まだ回避は可能だ。
それぞれが上下に動くのは、目に見えている。
ここまで目に見える攻撃をしてくるなんて……。
思っていたよりも、フランの体力は低下しているのか?
そう思ったのだが、一向に牙を動かそうとしない。
何かあったのか……?
ここで怖気付くタイプではないだろうし。
「恭哉にいいこと教えてあげよっか?」
俯きながらそう言う。
「私は確かに吸血鬼よ、日光は苦手。 でもね、こんなことも出来るのよ」
フランの頭上に、何かの模様が描かれる。
これは……
まさか、魔術まで扱えるのか!?
「一つだけ選ばせてあげる。 私に殺されるかぁ、後ろの二人を見殺しにするか!」
その言葉の通り振り返ると、魔方陣に拘束される二人……妖夢と鈴仙の姿があった。
いつの間に……!?
「あっははは!! どうする!? ここで殺されるのが二人になるか、三人になるか。 さぁ、選んでよ?」
くっ、どうする……!?
攻撃は避けられるが、それでは二人は確実に致命傷を負ってしまう。
いや、今のフランが相手なら命を落とす以外の選択肢はない。
確かに、俺にとっては敵……かもしれない。
このまま見過ごしてもいいのか……!?
――いい訳ないよな。
二人の姿を見据えたまま、ゆっくりと歩いて行く。
「……何をするつもりですか?」
「悪いけど、まだあんたらを完全には信じきれてない。 けどな、このまま見殺しにするのも
「……へぇーその二人を助けようとするんだ?」
「あぁ。 もちろん、お前も助ける」
「私を助ける? どうして?」
「約束したからだ、たくさん話したり遊ぼうって」
「お部屋に飾ってあげるって言ったじゃない。 それじゃあ不満なの?」
「不満だね。 俺は縛られるのは嫌いなんだ」
「色んなことしてあげるよ? あーんなことも、こーんなことも」
「お子様にそういうことされて喜ぶ様な性癖は持ってないんでね、お断りだ」
次第にフランの表情が歪んでいくのが分かった。
感じられる狂気も、より強くなる。
「もういい、死んじゃえ!!」
フランの怒声と共に、牙が動き出す。
「何してるんですか!! 早く逃げて!!」
その言葉には耳を貸すつもりはない。
地上から迫ってくる牙は、軌道から察するに動かなくても当たらない。
上部の牙だけか……。
――聞き馴染みのある音が、耳に伝わってくる。
もう何度耳にしたのか覚えていない。
鋭利な物が、皮膚を貫く音。
肉を切る音。
思ったより、傷は深くない。
手を抜いたとは思えないが……運が良かったのか?
「なんで……なんでなんで!? どうして壊れないの!?」
「……能力は自由に扱えなくても、死に損ないな所は変わらないらしいな……。 どうするフラン、まだやるか?」
「どうしてよ!! はやく……はやく壊れてよ!!」
フランが苦しげな表情を見せる。
少しずつだけど、元の人格が見えてきてるのか?
もう少し、もう少しだけ耐えられれば……。
「……やめた。 もういい。 お部屋に飾るのはナシ。 ――殺す!!」
再び笑みを浮かべるフラン。
真紅の槍を手に持ち、狂乱の叫びを上げながらこちらへと飛んでくる。
けれど、禍々しいだけの声ではなくて。
泣き叫んでいる……そんな風にも聞こえた。
ゆっくりと目を閉じる。
怖いからじゃない。
互い取り巻く激しい覇気も、いつの間にか勢いを失い消えかかっていた。
この一撃で、立っていた方の勝ち。
そう確信したからだ。
そして――。
真紅の槍が空を斬る。
それによって生じた風が、何度も身を貫いていく。
軽い音を立て、身体に何かが当たる。
「……お疲れ様、沢山遊んだもんな」
先程までフランを包んでいた魔気は完全に消え、元の無邪気な少女の雰囲気へと戻っていた。
体力を使い果たしたのかどうかは分からないが、今のフランに何かを壊すことは出来ない。
穏やかな寝息まで立て始めた。
フランを一度近くの
どうやら、魔方陣も消えたらしく、その場に降り立ち
「さて、あんたらはどうする。 フランは眠ってるし、俺にももう能力を使える程の奇跡も魔力も残っていない。 首を
「……怖くないのですか? 命を失うことが」
神妙な顔つきで、問いかけてくる妖夢。
手は既に、鞘に
「死を恐れてちゃ、この世界でも俺たちの世界でも生きていけないさ。 変な能力に目覚めた時から、死ぬ覚悟なんて出来てる」
黙り込んだまま、静かな時が流れる。
風一つさえ起こらない。
少し間を空けた後、二人の元へと歩き膝をつく。
「この高さならすぐに斬れるだろ、殺るなら早くしな」
「くっ……」
「ここで俺を殺すことは、単に人の命を奪うことじゃない。 あんたらが自分たちの世界を守るために取る手段だ」
「本気、なんですね……」
銀色の刃が、月光に照らされ青白く光る。
綺麗な刀だ。
「怖がるな。 どんな異変かは知らないが、その首謀者を追って来たぐらいだ。 人一人斬るぐらい、どうってことないだろ」
微かに、妖夢の手が震えている。
本当に命を奪いに来たのとは思えないが……。
「――斬り落とせ!!」
「妖夢さん!!」
――一瞬だった。
自分の首元のすぐそこで、刃が止まった。
緊張の汗が、首筋を伝う。
ゆっくりと刃が離れ、鞘へと戻っていく。
「次お会いした時は、必ず斬ります」
そう言い残し、焼け残った木々の暗闇へと歩いて行く妖夢。
もう一人の少女、鈴仙と共にその姿を見つめていた。
我に返ったのか、鈴仙も後を追っていく。
駆け足気味に歩を進めてからすぐ、こちらを振り返り何かを投げてきた。
手で受け取り、その物を見てみる。
どうやら瓶の様な物だが……中に何か入っている?
「今日売れ残った薬よ。 多少の傷なら治せるわ」
「……有難く貰っとくよ。 お前は敵には見えないし」
返事はせず、妖夢の進んだ方へと走っていく鈴仙。
二人の姿が完全に見えなくなった後、フランの元へと戻る。
フランの無事を確かめた後、すぐ隣でようやく腰を下ろすことが出来た。
今になって、身体中に痛みが走る。
流石に無理し過ぎたかなーこれは……。
紅魔館へと連れ戻るのは、フランの目が覚めてからでいいだろう。
(異変の首謀者、か……。 平和そうに見えるこの世界で、一体何が……)