奇跡を起こすよ♪マジカル☆パワーガシャのお話 作:シティーアンドローストP
原作:アイドルマスター
タグ:アイドルマスター アイドルマスターミリオンライブ 伊吹翼 矢吹可奈 二階堂千鶴 四条貴音 奇跡を起こすよ♪マジカル☆パワーガシャ
それだって別に悪いものじゃないけど。
それでも、やっぱり心のどっかでは思ってたんだ。
――もっと楽しいことないかなぁ、なんて。
「ええっ、ハトが手紙持ってきたんだけど!?なになに……魔法界がピンチだから、わたしに魔法学園に来て欲しい? いいよー行く行く! 魔法とかチョーアガるし素敵な出会いも待ってそう、みたいな?」
こっちにアカウント作ったの忘れてました……。
内容はpixivのものと同じです。
普通の中学生、それが私『伊吹翼』
──特別な事なんて何もない。何も起こらない。
だったら、楽しんだもん勝ちじゃない?
じゃなきゃ損ってもんでしょ。
マジメって言葉は嫌い。頑張るのとかメンドーなだけだし。
昔は勉強とか頑張ってたけど、いつの間にか目が悪くなって、眼鏡なんかもかけなくちゃいけなくなちゃって、ある日思った。
もういいや。
そーゆーのって、やりたい人だけがやってればいいでしょ?
辛い事とか苦しい事とか絶対ヤだし、楽しい事だけして生きていたい。
でも、だから、かな。時々思ったりもするんだ。
もっと楽しい事ないかなぁ──なんて。
そんな彼女の元に1枚の手紙が舞い降りた。
それは魔法界のピンチを救うべく、世界中の魔法使いの素質を持つ子供達に送られた魔法学校への案内。
危険が待ち受ける魔法の世界への誘い。だが、翼は即断する。
彼女の原動力は純度100%の『面白そう』──ただそれだけだった。
まあなんとかなるでしょ♪
同意書にサインをすると、何も書かれていなかったはずの余白に魔法陣が浮き出してくる。
それに触れた瞬間、魔法陣は翼の足元に広がり、瞬く間に彼女を飲み込んだ。
人間界の裏側にある世界──魔法界。
魔法によって築かれた『世界の壁』それが魔法界と人間界とを二分する境界線だ。
その境界線の向こう側。
魔法使いの暮らす地球儀にない国、国の名前は──『ユニオン・エア』
通常人間が侵入する事は不可能だが、
魔法界は年々減少傾向にある魔法使いの数を憂い、魔法学校の制度を変革──、魔法の素養があるとされる子供達を『こちら側』へ迎え入れる制度の樹立に至った。
千鶴「──つまりそれが伊吹さんたち、というわけです。……聞いていますの?」
翼「ごめんなさ〜い。私、説明書読まないタイプなんですよね〜」
手紙に書かれていた説明を読み飛ばし、事前準備などあらゆる過程をすっ飛ばして魔法界へとやって来た少女、伊吹翼。
魔法学校への案内を受け取ったは良いが、肝心の中身を読んでいない翼は、そもそも学校が始まってもいない事すら理解をしていなかった。
そんな丸腰とも言える状態のまま『世界の壁』の前でウロウロしている翼はどう見ても不審人物であり、すぐ彼女の元に魔法学校の教師『二階堂千鶴』が駆けつける事態となった。
千鶴はあまりにも早くやって来た翼に「熱心な学生がやって来た」と喜び、魔法界の歩き方についてのレクチャーを施したが、肝心の彼女の耳は素通りするばかり。
世界の壁付近は人の出入りが激しく、人間界には無い移動式の珍しい店が多数出店していることもあって、翼の意識はそちらの方に奪われていた。
可奈「どこの田舎者が騒いでいるのかと思ったら……まったく、呆れたものね」
そんな2人の間に割って入るように、空から1人の少女が現れる。
杖に乗って現れた少女を見て翼は大はしゃぎ。
対する少女『矢吹可奈』はそれを冷めた目で見ていた。
千鶴「あら、あなた『矢吹』さんね。存じていますわ」
可奈「『月の魔女』に覚えてもらえるなんて身に余る光栄です。ここは私にお任せください」
千鶴は翼の事が気がかりな様子だったが、仕事の手を止めてやって来ていたため職員から連絡が届き、流石に戻らざるを得なくなった。
千鶴「手紙に描かれた魔法陣はすぐに消える訳ではありません。入学式が始まるその日まではきちんとその効力を発揮しますの。効力が続く限りいつでもご自宅に戻れますのよ」
翼「じゃあ着替えとか取ってこなくちゃ」
千鶴「いえ……服はこちらの世界で用意した方が良いでしょう。──時間がないので私はここでお暇させていただきますが、詳しい事は入学案内の方をご覧くださいな。あとは矢吹さんにお任せしてもよろしいかしら」
可奈「もちろんです」
千鶴は、翼が家に帰ったら手紙の内容をしっかりと読むよう促し、入学式の日と時刻を改めて伝えた後魔法ですぐにその場を発った。
そうして2人は残される。
可奈「──さて、そこのメガネ」
翼「うぇっ、メガネって私? てかさっきまでと喋り方変わってない?」
可奈「あんた、ニンゲンでしょ」
翼「そりゃ人間だけど……何? あなたもそうでしょ。なんか感じわる〜」
可奈「……もういいわ。その答えだけで十分よ」
可奈はとんがり帽子を脱ぐとその中に手を突っ込み、奥からコインを取り出す。
それを放り投げると、放物線を描くことなくゆっくりと一直線に翼の手の中に収まった。
可奈「あんた、さっきからそこの店が気になるみたいじゃない。魔法界のお金持ってないでしょ? 何でも良いから買って来なさい。奢ってあげるわ」
翼「えっ、めっちゃ良い人じゃん! なんか勘違いしてたかも〜。ありがとっ」
言われるがままに店を訪ねる翼。
店員「いらっしゃ……」
意気揚々と返事をする店員だが、翼を目にした瞬間その態度が急変する。
店員「悪いけど、今は品切れなんだ」
あまりにも露骨な切り替わりから、翼は即座に異様な空気を感じ取った。
逃げるように店の外へ出てみて気付く。
翼が視線を向けると、他の店の人達もあからさまに翼を避けてゆく。
店員だけじゃない。道行く人も翼に気付いた途端、大きく離れてゆく。
人混みに目を向けて、自分と魔法界の住人には明確な違いがある事が分かった。
色も着こなし方も様々だけれど、魔法使い達は一様にとんがり帽子とマントのようなローブを着用している。
千鶴に穿かされた靴以外、着の身着のままこちらにやって来た翼は明らかに周囲から浮いていた。
翼は居心地の悪さを感じて世界の壁の方へと走る。
空から尾けてきていた可奈は上空から声を投げかけた。
可奈「これで分かったかしら? 『ニンゲン』ってのはこっちの世界じゃ異物なの。ここはアンタの居場所じゃないのよ。ヤな思いしてまで魔法学校に通う必要はないでしょ。──ソレは必要ないだろうから返してもらうわね」
そう言いながら杖を振るうと、翼の手のひらにあったコインは可奈の元へと帰ってゆく。
翼「……もしかして、私をからかうためにこんな事したの?」
可奈「せっかく親切に教えてあげたのに、逆恨みなんて酷いわね。まあ、アンタに恨まれたところでどうなるわけでもないけど。──あとは『月の魔女』が説明してたから勝手に帰りなさいよ」
翼「いや、わけわかんないんだけど……月の魔女ってさっきの千鶴先生の事?」
可奈「……それすら知らないニンゲン風情に教える義理は無いわね」
もう用は無いとばかりに背を向けると可奈はすぐに飛び去ってしまった。
翼「ちょっとっ待ちなさいよっ! ……ああもうっ意味わかんないし」
千鶴の言葉を反芻し、手紙に描かれた魔法陣に触れてみる。
すると、魔法陣は足元に展開し、翼は瞬く間に元の自分の部屋へと戻っていた。
手紙を運んできた鳩に驚いてからそのままになっている部屋は辺りにぬいぐるみが散乱していて、その散らかりっぷりを見て急にどっと疲れが押し寄せてきた。
片付けるのも面倒臭くて、翼はそのままぬいぐるみの山に倒れ込む。
手紙を開き、もう一度目を通してみることにした。
手紙の内容を要約してみると……こんな感じかな。
──────
魔法界が災厄に襲われる時が近付いています。なので人間界からも魔法使いの素質がある子をどんどん募集していきますよ。
けれど、全くの新しい試みなので魔法界の多くは今もこれに反発しています。
人間界の子達は魔法界を歩く際には怪しまれないよう、必ずローブと帽子を着用するようにしてくださいね。(人間界から入学された方には入学式の日に支給されます)
また入学の意思がない場合は、入学式の日を過ぎた時点でこちらに関する記憶は全て消却させていただきます。
──────
翼「記憶、消せるんだ……ははっ」
何でもありじゃん。
渇いた変な笑いが漏れた。あまりにも現実味がなさ過ぎる。
それにしてもおかしな話だ。さっきまで、自分はその世界に立っていたのに。
足を見れば千鶴に穿かされた靴は消えていて、スマホを見れば着信が存在を訴え、見上げてみれば、いつもの見慣れた天井がそこにはあった。
全部元通り。見慣れた日常に翼は帰ってきたのだ。
翼「……にしても、思い出すだけでムカつく〜」
とりあえず、きっちりコインを回収していく辺り『かなりケチ』というのが翼の可奈に対する第一印象だった。
確かに手紙を改めて読み直してみると可奈の言う通り、かなり歪曲的な表現ではあるものの書かれてることが分かる。
可奈『これで分かったかしら? 『ニンゲン』ってのはこっちの世界じゃ異物なの。ここはアンタの居場所じゃないのよ。ヤな思いしてまで魔法学校に通う必要はないでしょ』
その言葉に翼は、一理ある、と思ってしまった。
「ヤな思いしてまで」という部分が正にそれだ。
『辛い事とか苦しい事とか絶対ヤだし、楽しい事だけして生きていたい』──それが伊吹翼のハッピーライフ。
でも、足を踏み入れた先で垣間見た世界。
そんな世界が向こう側に「在る」と知ってしまった。
──だったら答えは決まってるでしょ。
それに、言われっぱなしっていうのも嫌だしね。
それから1週間後。
魔法学校の入学式があるその日、世界の壁の前に新入生が集まっていた。
集まった生徒の人数は39人。
それでも、人間界からの募集をした事で例年よりも多い人数だった。
指定の時間が迫っている。
引率の教師である千鶴が号令をかけた正にその時、魔法陣が光り輝き、翼が現れた。
翼「ゴメンなさ〜い。寝坊しちゃいました〜♪」
遅刻ではないものの、遅れてやってきたにも関わらずの態度に魔法界の住人からは苛立たしげな視線が向けられる。
しかし、翼はそんなのどこ吹く風。気にした様子もなく新入生の輪の中に加わった。
可奈(……来たんだ)
伊吹翼の原動力はただ1つ。
純度100%の『面白そう』──ただそれだけだった。
魔法学校の入学式は毎年ちょっとしたショーの幕開けだ。
世界の壁の前に集まった一同は魔法学校が使役する飛竜に乗り、遊覧飛行をしながら学校へと向かう道中に学校説明が行われる──というもの。
ここまで巨大な魔法生物に直接触れるような経験は、流石に魔法界出身の生徒もなかなかない体験だった。
新入生達が驚きや歓喜に声を上げる一方、可奈だけは1人退屈そうに髪が乱れないよう帽子を目深に被っていた。
しかし、彼女が魔法によって頭の中に響き渡る学校長『四条貴音』の声に意識を傾けていると──
翼「ねえねえっあれ見てっ!」
──偶然にも同じ飛竜に乗ることになった翼が邪魔をするように声を上げる。
可奈「るっさいわね……話しかけないでよ」
翼「えー楽しまないともったいないよ〜?」
可奈「そういうの、間に合ってるから」
翼「そういえばあなた名前なんて言うの?」
可奈「……うざ。なんで教えなきゃいけないの? それにアンタ年下でしょ。馴れ馴れしいのよ」
翼「年齢なんてカンケーないし〜。名前くらい素直に教えればいいのに、意地悪するなんてコドモみた〜い」
可奈「はぁっ? だいたい今そんな時間じゃないでしょーがっ!」
可奈が言い返したその時、2人の脳内に声が響き渡る。
貴音『────喧嘩することも時には良いでしょう。しかし、今はこの時を楽しんでいただけると私も嬉しく思います』
いつの間にか飛行魔法で2人を乗せた飛竜と並行飛行していた貴音が可奈達の方を見て微笑むと、可奈は顔を真っ赤にして、貴音が飛び去ったのを確認したうえで翼を小突いた。
翼「いった〜、暴力はんた〜いっ」
ギャーギャーと騒ぎ立てる2人だが、この時点ではあくまでも小さな小さな小競り合いに過ぎなかった。
しかし、これが後の禍根となる。
そんなやり取りをする2人も、いざ目の前に目的地が迫って来ると息を飲んだ。
遥か上空に浮遊する城。
魔法学校は空中に存在していた。
可奈「……私はアンタみたいに適当な理由でやって来たニンゲンとは違うのよ。この学校でトップに立つためにここへ来た。邪魔しないでよね」
翼「ふーん。でも私、割となんでもすぐ出来ちゃうし、すぐにあなたを追い抜いちゃうかもね? 私、伊吹翼。で、あなたは?」
可奈「生意気ね。アンタの名前覚える価値もなければ、私の名前を教えてあげる義務もないわ」
翼「やっぱりムカつく……」
一通りの案内を終えたところで人間界出身の新入生はかなりのカルチャーショックを受けた。
魔法学校は全寮制。
校舎だけでなく様々な建物があり、空中に浮かぶ広大な城はまるで巨大なテーマパークのようだった。
しかし、何よりも大きな困惑は──
翼「えっ、魔法界って電気ないの!?」
──人間界の常識が一切通用しない事だ。
スマホの電波も入らなければ、当然のようにコンセントすら存在しない。
テレビや冷蔵庫など、一般家庭が使用するあらゆる家電もまた、当然のように役に立たない。
人間界出身者には触れて魔力を流すだけで家電とほぼ同じ効果を発揮するカード──魔法を封じ込めた『魔法陣』──が配布されたが、襲い来るファンタジーの塊にはただただ困惑するばかり。
そのような環境下で育った生徒達にとっては当然のことだったが、魔法界にとっての常識は人間界にとっての非常識だった。
『電気が無いなら魔法を使えばいいじゃない』──というのが魔法界出身の生徒全体が抱いている一般的、かつ常識的な意見である。
集まった40人の生徒は2つのクラスに分けられたが、そのクラスの中で更に『魔法界出身者』と『人間界出身者』という2つのグループが水面下で形成されつつあった。
同じクラスに配属された可奈と翼の2人も同様にして、2つのグループは次第に溝が深まっていく。
──そして、それが表面化する事になったのは入学してから数日経ったある日のこと。
千鶴「これからの授業を進めていくために、1つ決めておかなければならない大切な事があります」
そう言って学年主任の千鶴が話し始めたのは『パートナー』探しという、言ってみれば──
「クラスの中で期間内にペアを組んでくださいね」
──くらいの軽いものだった。
しかし、分かたれていた2つのグループの問題がここに来て噴出する。
クラスの人数は20人。
人間界と魔法界の出身者がそれぞれグループの中だけでパートナーを作れば解決するこの問題。
しかし、そのどちらも奇数しか存在しなかった事がこのしょーもない騒動の引き金となった。
矢吹可奈はとても真面目な生徒だ。
それは授業が始まってからすぐにほとんどの生徒が気付く事だった。
入学式の中で先んじて校長の貴音が語っていたが、今年は『災厄が訪れる年』とされている。
そのため魔法に関する授業は極めて実践的で、だからこそ矢吹可奈の魔法技術の高さはすぐ明るみに出る事となった。
──しかし、それは周囲との間に明確な差異を感じさせるものだ。
早い話が、矢吹可奈は魔法界出身者のグループからも遠巻きにされる存在になっていた。
一方の伊吹翼もまた、その奔放な性格ゆえに人間界出身者たちからもはみ出し者となっていた。
方向は正反対だが、こうしてはみ出し者達は互いにパートナーを見つけられないまま千鶴に提示された期限の日を迎える事となる。
千鶴「──それでは、お2人にパートナーを組んでいただくといたしましょうか。入学式の前から仲が良さそうにしていましたし」
千鶴がそうまとめるのも当然のように思えた。
仲が良さそうという点に2人は反論するが、パートナーについては仕方がない、とあくまでも不承不承という体ではあるものの了承する。
しかしパートナーが決まった事で生まれた変化が、かえってその溝を深める要因となったのだ。
大きな変化としては、これまで過ごしていた4人部屋から、パートナーとの2人部屋に変わったという点が1つ。
それに伴い、授業がパートナーと2人で取り組む事になったのがもう1つのポイントだ。
必然的に2人で居る時間は長くなり、魔法学校での生活を過ごしていく内に2人は互いの事をどうしようもないほどに理解せざるを得なかった。
伊吹翼はあらゆる物事を『とりあえず』で実行してしまう超感覚派人間であり──、
反対に矢吹可奈はひたすら理詰めで物事を考え、なるべく面倒ごとを避けたい省エネタイプなのだ、と。
反目し合う2人の意見に混じり合う点などない。
2人の立ち位置そのものが真反対。完全な平行線だ。
少しの小言を投げ掛ければ、それを倍にして返してくるのが伊吹翼という少女。
面倒ごとを避けたい可奈にとって必要以上にエネルギーを消費しなくてはならない相手だった。
ここで可奈は1つ提案してみる。
可奈「これから私達が同じ部屋で暮らしていくのは仕方がない事。だから、ルールを作りましょう」
そう言って可奈は、明らかにドアを通過できるはずのないサイズのパーテーションをどこからか取り出し、部屋の真ん中に設置した。
可奈「共有スペースを除いて、こっちが私の部屋。そっちがアンタの部屋よ。それで良いでしょ」
翼「別に〜? 良いんだけどね〜。なんか私の部屋の方が狭くない?」
可奈「どうでも良いでしょ! いえ…………分かったわ。じゃあ、こうしましょう。アンタが好きな方を選びなさい」
翼「わーい。じゃーこっち〜」
可奈「その代わりにアンタの方が灯りに近いんだから、灯りを消すのはアンタの役目よ。いいわね」
翼「ふぅん、それくらい別にいいけど?」
可奈「じゃあ決定。こっち側に入って来たら呪うから」
翼「こわ……じゃあ可奈がこっち入って来たら──」
可奈「私はアンタの部屋に入らないからそれでおしまいね」
翼「…………可奈さあ、友達居ないでしょ」
可奈「アンタも大概じゃない」
翼「私は人間界にいっぱい居るもん……。てゆーか、私のこといつまで『アンタ』呼ばわりするわけ? 名前覚えてないの?」
可奈「アンタと一緒にしないで。アンタが呪文間違えたせいで『防衛魔法』の点数下げられたのだってまだ私の記憶にしっかりと残ってるわよ」
翼「っ……うるさいなぁ。先生のご機嫌とりばーっかしてるくせに」
可奈「アンタみたいに怒らせてばっかりよりマシでしょ」
翼「あーはいはーい。分かりましたよーだ」
そうした日々を過ごしてゆく中で少しずつ彼女達の鬱憤は募っていく。
──そしてそれは授業で『解呪薬』の作成中、遂に爆発する。
ここでの爆発、というのは単なる比喩ではない。
文字通り『爆発』を起こした事による大喧嘩のスタートだ。
教師「この解呪薬はこの前の石化解除に使った材料、そして目覚めの薬にも使った材料両方を合わせたものなんですよ。つまり、石化解除の薬を2、目覚めの薬を1の割合で混ぜるとこの解呪薬が出来上がるわけです」
『このような方法もあるので覚えておくと良いでしょう』──という教師の話をどう捉えたのか、翼は可奈に指示された「あとはずっとかき混ぜておきなさい」という言葉を無視して小瓶を取り出した。
ほんの少し可奈に意地悪をしてやろうと、可奈が教師へ報告へ向かった一瞬の隙に投入した薬品。
それが、石化解除の薬、あるいは目覚めの薬ならばどうとでもなるものだった。
しかし、それは前回の授業で作った全く別の薬だ。
途端に上がり始めた黒い煙を前に翼は慌てて火を止める。
しかし、それでも煙は消えない。
異変に気付いた可奈が煙を止めようと杖を向けるが──その時にはもう翼が呪文を唱え終えていた。
それはもう一言で言って、どかーん、でした。
教師による魔法で大した怪我人も出ずに済んだものの、今回ばかりはお叱りを免れる事は出来なかった。
パートナーは一蓮托生。
当然、可奈は納得がいかないと教師陣に掛け合った。
その点は考慮してくれるという話にもなった。
しかし──、
可奈「パートナーを変えてもらうことは出来ないんですかっ」
──そればかりは出来ないらしい。
貴音「矢吹可奈さんもご存知でしょうが、『ぱぁとなぁ』作りをしてもらった理由があるのです。まだ少し先にはなりますが、皆さんには『鏡限契相反魔法』の練習をしていただく必要がありますから」
可奈「…………」
この問題は思ったよりも根深いものとして、2人の間に禍根を残すこととなった。
翼は可奈に謝ろうとパーテーションの向こうから声をかけるが──、
可奈「黙りなさい。呪うわよ」
休み時間を利用して謝ろうとしても──、
可奈「そこのニンゲンは私の視界に入らないでくれるかしら?」
そう言って可奈は授業を終えるとすぐに自分の部屋に戻ってしまう。
翼「もう、しーらないっ」
最終的に翼の方がヘソを曲げてしまっていた。
伊吹翼のスタンスがそもそも可奈とは相容れないものなのだ。
互いに納得してパーテーションを間に入れたのも、いずれこうなる未来を予知していたのかもしれない。
そう思って納得することにした。
──しかし、それでも授業はある。
部屋は仕切られているものの誰かと入れ替わったわけでもなし、当然顔を合わせるタイミングだって存在する。
ある日、箒を媒介にした『飛行魔法』の授業をしていた時だ。
他の人間界出身の生徒たちが一向に成功しない中、1発で翼は飛行魔法を成功させた事で魔法界出身者の中々で1番と目される可奈と2人で競争をさせられることになった。
──あれから互いに言葉すら交わさない日々が続いている。
しかし、周囲は以前のように反対をしたり言い争いをしたりする姿を見なくなったからかそんな関係になっている事にも気付いていないようだった。
翼(やり辛いなぁ)
そうは思いながらも、合図と共にスタートする。
呑気に応援している生徒たちを恨めしげに思いながら空を走ってゆく。
感覚派の翼にとって、魔法の理論なんてのはいちいち考えるような事じゃない。
ただ何となくスピードを出そうと思ったら出せるし、曲がろうと思ったら曲がれる。
それだけの事。
そして気付いた。
──あれ? 私の方が早くない?
最初こそコースを並走していたが、少し気合を入れて飛ばしてみるとあっさりと抜き去ってしまった。
ゴール前で逆転してくる、とかそういうこともなく普通にあっけなく勝ってしまった。
授業が終わると同時に人間界出身の生徒たちが詰め掛け、『凄いじゃん!』とか褒めてくれた。
なのに、何故か耳を素通りしてしまう。
可奈がいない。
彼女は無駄なエネルギーを使いたがらない省エネ主義。
だから授業が終わったらすぐに居なくなるのはいつものこと。
──なのに、なんでこんなに不安になるのかな。
友達が居ない彼女の行く場所は決まっている。自分の部屋だ。
パーテーションで仕切られた半分の部屋。
彼女は先に帰って授業の復習か何かをしているようだった。
筆の音が聞こえてくる。
いつもの音。
彼女はよくこうしているからいつも声を上げるのは憚られる。
話しかけたいけれど、それは未だ許されていない。
夕食やシャワーを済ませた彼女は再び机に向かう。
これが毎日だ。
前までは自分が遅くまで起きたていたから気付かなかったけど、今の関係になってからは筆を置いた音をパーテーション越しに聞きた後、多分そうだろーなーって感じのタイミングで私がこっそりと灯りを消す日々が続いていた。
けれど、今日は筆を置いてからも中々ベッドに入る気配がなかった。
──これ寝てるんじゃない?
声をかけても返事はない。
むしろ寝息とか聴こえてきちゃったし。
呪うとか言われちゃったけど──今日くらいは許してほしいな。
パーテーションで仕切られてから初めて向こう側に足を踏み入れる。
共有スペースからほんの少しだけ中を伺うことは出来るんだけど、実際何をしてるのかは私もよく知らないんだよね。
翼が奥へ入ると、案の定可奈は机の上で眠ってしまっていた。
浮遊呪文で可奈の体をベッドへと移動させるくらいの事はもう翼にも出来るようになっていた。
誰かに褒めてもらいたい気分。
しかし、可奈の体をベッドに案内し終わった後で気付いた。
その頬は涙で濡れている。
可奈にそんなイメージを持っていなかった翼は酷く動揺した。
翼は真面目さを嫌っていた少女だ。
だからこそ、可奈とはソリが合わなかったと納得することが出来た。
しかし今、彼女の涙を前にして急激に申し訳なさが込み上げてきていた。
──自分は可奈のことを何も知らない。
これまで翼が謝罪をしようとしたのはあくまでもポーズでしかったのだと自覚してしまった。
表層的には申し訳ないという態度を出していたのだが、それはあくまでも自分が周囲に迷惑をかけたための謝罪であり、可奈への反目する心は決して消えなかっただろう。
しかし、いつまでもここに居て目を覚まされたら目も当てられない。
さっさと退散してしまおうと、後ずさった時、ここで1つ困った問題が発生。
机の上に筆記用具などを出しっぱなしにしていて良いのだろうか、という一見どうでも良い問題。
しかし可奈の性格上、間違いなく片付けてから就寝に入るはず。
つまり、片付けていないイコール、翼がベッドに移動させた事がバレてしまうのではないかという心配だ。
魔法界には魔法を使った自動速記などもあるが、可奈はあくまでもアナログスタイル。
──引き出しにでも入れとけばいっか。
そう思い引き出しの方を開いてみると、大量の正方形のカードの山がそこに仕舞われていた。
更によく見てみると、そのカードの山の下に魔法陣が描かれているようだ。
カードの形自体は翼も見た事がある。家電の代用魔法陣にも使われているカードだ。
そして、そのカードの下敷きになっている魔法陣は…………
翼(なんだっけ、コレ? 多分移動用の魔法……転送魔法かな?)
──というか、ここ開けたことに気付かれたらそれはそれでヤバイような……。
逡巡の末、考えるのが面倒になった翼。
後は野となれ山となれ。
片付けるのを諦めて、さっさと自分もベッドに戻って眠る事にした。
そして朝。
翼が目覚めると──、
可奈「アンタ私の机の引き出し勝手に開いたでしょ」
翼「ひっ」
──可奈が自分を見下ろしていた。
一瞬のうちに覚醒した翼は、すぐに飛び起きると洗いざらい全てを話した。
昨日の引き出しを開けてしまったことももちろん、大鍋を爆発させた時のことについても頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
可奈「……で?」
翼「『で?』って言われても……」
可奈「それだけなの?」
翼「それだけだと思うけど……?」
可奈(カードの裏までは見なかった、か……なら、そうね)
「ちょっと待ってなさい」──そう言い残して可奈はパーテーションの向こうへ消えた。
そして約10分後。
可奈「あなたの言葉を信用してあげる。だから、これで貸し借り無しにしましょう」
可奈が放り投げて寄越した1枚のカードには魔法陣が描かれていた。
可奈「一時的に視力を上げる魔法よ。触れながら魔力を流すだけで10時間くらいは効果が持続するわ」
翼「……え、これ、可奈が書いたの?」
可奈「そんなのどうでもいいでしょ。それよりも聞きなさい。私には目標があるの」
──けれど、このまま足を引っ張りあっている内はトップには立てない。
可奈「これまでの事は水に流してあげる。だからアンタは私に力を貸しなさい」
仲直りとしてはあまりに一方的過ぎる宣言。
翼には可奈の考えが全く分からなかった。
ただ、可奈が提示した条件はとても単純なもの。
可奈「私は必ずトップに立つ。……認めたくはないけど、アンタの力は紛れもない戦力になるわ。だから、手を組みましょう」
──12月。
『災厄』が訪れると予知されているその時までの契約だと可奈は言う。
翼「契約、って言われても私になんかメリットあるの?」
可奈「メリット。……そうね『世界を救った英雄になれる』──ってのじゃ割りに合わないかしら?」
真面目な顔して何を言い出すのかと思ってしまった。
これを冗談でもなく本気で言うんだ。
翼「ははっ。面白いじゃん」
どちらからともなく手を伸ばし、互いに手を握り合う。
それは決して仲直りの握手ではなかった。
翼「……ところで私はいつまで『アンタ』って言われ続けるのー?」
可奈「そんなの決まってるでしょ。私がアンタを認めてあげるまでよ」
そんな可奈の言葉にも、翼はいつもほどの刺々しさを感じない。
この日クラスメイト達は、以前よりも明らかに喧嘩の回数が増えた2人を見て、更に2人の仲が悪くなったと思ったらしい。
可奈「……まあ人間界出身の素人だし? 失敗するのも仕方ないわ。……でもね! だから!! この私が、フォローしてあげてるでしょ!? ヘタな魔法を使う前に、まずちゃんと頭と知恵を使いなさいよ、このニンゲン!!」
翼「あーもうっ! 横で口出してる『だけ』の人がうるさいなあっ! 飛行魔法の授業で私に負けたクセに偉そうな事言わないでくれる!?」
可奈「今それは関係ないでしょ!?」
これを見て、2人を仲の良い友人だと思うことはないだろう。
──しかしどういうわけか、2人の部屋を仕切っていたパーテーションはいつの間にか仕舞われていた。
可奈「大体アンタ、朝からステーキ食ってんじゃないわよっ。見てるコッチが胃もたれするわっ! 次の鏡限契相反魔法の成績次第では二度とステーキが喉通らないようにしてあげるから覚悟しておきなさい!」
翼「はーん。まーた口だけお嬢様が何か言ってるよ。ダイエットするとか言いながら昨日もパンケーキ15段も食べてさ──」
大広間でも関係なく醜い言い争いをする2人は、最早魔法学校の名物になりつつあった。
ジュリア「しっかし、今年の1年はなかなか見所のあるヤツが居るみたいだな」
麗花「あの子達が起こした実験の音が私のクラスにも『どかーん!!』って聞こえてきてね。思わず、わーっ! ってなっちゃった」
ジュリア「アタシも聞いたぜ、その爆発音。正に注目の的って感じだな。……さて、そろそろ月下祭の時期だ。次の候補を決める必要があるよな?」
麗花「あはっ。私ジュリアちゃんが何を言いたいのか分かっちゃったかも!」
魔法界にも夏が迫っていた。
夏休みが与えられ、帰省など、各自が束の間の自由が与えられる。
しかし、今年は災厄が予知されている年。
与えられた期間は短かった。
そんな中で、魔法界でも話題になっている祭りがあった。
翼「月下祭?」
ジュリア「毎年夏の夜に、災厄を祓う『月の魔女』に例えた祭りがあんのさ」
翼「『月の魔女』ってどこかで聞いたような……」
麗花「そして毎年、1つ前の年に『月の魔女の役』をやった2人が次の『月の魔女の役』を決める事になってるんだっ♪」
可奈「それってもしかして……」
ジュリア「そう、つまり。ウチらはアンタ達に『月の魔女役』をやってもらえないか、と頼みにきたわけさ」
可奈「私、やります!」
翼「ええっ。意外過ぎる!」
翼の中の可奈は基本的に尊大で、しかし同時に面倒くさがりで、自分大好き、他人と関わるは面倒──といった外で誰かと交流するイメージを一切持っていなかった。
しかし、可奈には目標があったのだ。
『月の魔女』とは、古き昔災厄を退けた魔女のこと。
彼女は来るべき災厄の時まで自身の魔力全てを月に封印し、それを解放することで災厄を退けたのだ。
それからは災厄を退けた魔法使い達に『月の魔女』という称号が贈られている。
四条貴音も二階堂千鶴も1世代前の災厄を退けた英雄であり、可奈の母親もまた2世代前の『月の魔女』と呼ばれる英雄だった。
可奈は月の魔女に憧れ、この学校へやって来たのだ。
そして、月下祭当日。
翼と可奈は2人で1本の箒に跨ると空へと飛び上がった。
『月の魔女』の仕事はたった1つ。
別段難しい事ではない。
だが、何度か練習をしてみて可奈は後悔し始めていた。
可奈「ほらっ、少しずつ高度下がってるわよ!」
翼「分かってるってっ! でも2人だと上手くバランスがとれなくっ……てっ」
どこからか聴こえる歌声の中、2人は1本の箒の上で上空からお菓子をばら撒いていた。
翼が箒を操り、可奈がお菓子をゆっくりと投下する。
結局、月の魔女『役』の仕事はそんなものである。
可奈「あー引き受けるんじゃなかったわ。アンタ飛行魔法で得意気な顔してた割に1人乗せたくらいでフラフラしてるし、ちょっと酔っちゃったじゃない。もう2度と乗らないから」
翼「こっちだってお断り! ──って言うか、そもそも可奈のパートナーだから仕方なく付き合ってあげてんだからね!」
可奈「あーはいはい。一応礼は言っとくわよ。ありがサンキュー、これでいいでしょ?」
翼「そんなお礼の仕方する人いないから」
可奈「世界のどっかにはいるかもしれないでしょ」
翼「てか、何? そんなに月の魔女がやりたかったわけ?」
──そんなの、決まってる。
真面目な少女、矢吹可奈。
少女は月の魔女に憧れ、この学校へやって来た。
しかし、そこに至るまでは長い道のりがあったのだ。
矢吹可奈は月の魔女と呼ばれる母の元に生まれ、周囲から将来有望だと褒めそやされて育ってきた。
しかし、矢吹可奈が14歳になった時。
彼女の元にはいくつもの魔法学校の案内がやって来たが、『月の魔女』が務める魔法学校の案内だけは来なかった。
『二世は月に届かなかった、か』
あれだけ天才だ、神童だと言い続けてきた大人達は驚くほどあっさりと手のひらを返した。
両親だけは変わらぬ愛情を可奈に注いでくれている。
──けれど、このままではいられない。
負けたままでいられるもんですか。
矢吹可奈は魔法技術こそ高いが、魔力の絶対数だけが不足していた。
だからいつだって学校ではなるべく魔力を消費しない省エネスタイルを貫いてきたのだ。
矢吹可奈には目標がある。
──次の『月の魔女』になるのは、絶対に私でなくちゃならないのよ。
しかし、彼女がそれを口に出すことは決してなかった。
可奈「……別に、なんでもないわよ」
例年より早く訪れる災厄に魔法界は魔法学校の入学の条件を引き下げた。
可奈が入学する条件をクリアすると共に人間界からの生徒の募集も始まり──、
そして、可奈と翼は出会った。
災厄が訪れるとされている刻が近付いている。
10人の予知魔法使いの『予見』により、災厄が訪れるのはほぼ確定と見なされている。
だが、予見は魔法の干渉を見通せない。
史上最大規模の災厄とされているが、どの程度の被害が出るのかはまでは予知できないのだ。
二学期が始まり、魔法学校ではいよいよ災厄に向けた魔法の練習が始まった。
『鏡限契相反魔法』──2人以上で行う大規模魔術だ。
互いの魔力を合わせる事で通常よりも大きな効果を発揮する……と一言で言えば単純な魔法なのだが、これには使用者が息を合わせて行う必要があるため、魔法使いになってからの日々が浅い新入生にとってはなかなかの難度とされていた。
それを織り込んで、入学してすぐにパートナーが組まれていたものの、一朝一夕で上手くいくようなものではない。
これまでクラスで1番の成績を上げていた可奈と翼だったが、この授業に限ってはクラス最下位へと落とされていた。
いつもなら反省会という名の愚痴から喧嘩へとエスカレートしていくところだが、2学期に入ってからの可奈にそんな余裕はなかった。
居残りをして練習、といった手段に頼る事は出来ない。
可奈(……私の魔力が足りない)
互いの魔力を合わせるという事はつまり、同程度の出力が必要となるということ。
──魔力バカの翼に魔法を弱めてって言う? んなのありえないでしょ。
可奈(かといって、練習の度にすべての魔力を使い切っていては話にならないわ……)
その日は解散となった。
解散になったからといって最終的に帰ってくる場所は同じなのだが。
可奈(代わりの方法を考える必要がある……私の武器になるものは……他に何がある? 考えるのよ)
最近は激しい練習ばかりをしていた翼にとって、急にぽっかりと空いてしまった放課後。
せっかく時間があるならちょっと街のほうに降りてみようかな〜、なんて少し思ったりもした。
けれど、部屋に戻って真剣な顔で魔術書と向き合っているパートナーを見てしまうとそんな気もどこかへと行ってしまった。
見様見真似で教科書を開いてみる。
勉強なんて嫌いだったはずなのになあ。
翼「あのさ、今更なんだけどそもそも災厄ってなんなの?」
可奈「……は? 今更? 授業でも習ったし、入学式で校長も話してたじゃない」
翼「えーそうだっけ?」
可奈「アンタ、別に頭は悪くないんだから人の話くらい聞いときなさいよっ」
『災厄とは何か』──これを説明するにはそもそも魔法とは何かを説明する必要がある。
『魔法』とは集合的無意識の結晶である。
体内エネルギーである魔力を使い、集団が抱く魔力『集合的無意識』に働き掛けることでそれを現象、あるいは物質に変化させる一種の超能力だ。
魔法使いがとんがり帽子にローブといった出で立ちなのはここに理由がある。
魔法使いが『そういうイメージ』だと人々が抱いているからこそ、それらしい格好をする事によって、魔法使いの魔法は何でもありの超能力者となれるのだ。
(これには卵が先か鶏が先か問題が発生するため魔法使いはなるべくこの話題を避けることが多い)
可奈「で、ここからが重要よ」
災厄とは何か。
災厄とは、集合的無意識の暴走だ。
そもそも魔法使いが減少している理由は多くの人が『魔法を信じなくなった』事にある。
可奈のように魔力が少ない子供や、そもそも魔法が使えない子供が増えて来たのはそういう理由があった。
つまり、世界の壁はそういった『魔法なんてあるわけがない』といった人間たちの思いが作り出したファンタジーの境界線。
この世界の壁を揺るがす集合的無意識の暴走が即ち災厄というわけだ。
災厄は元々100年に1度来るか来ないかと言われていた──謂わば伝説のような存在だった。
しかし、この100年でこれが3度目の襲来となる。
魔法界を丸ごと取り囲む世界の壁。
それを形作る魔力が暴走し、急激に膨れ上がり、強大な魔力が街を襲う。
集合的無意識と魔法使いは表裏一体の存在だ。
人間たちが魔法を信じなくなったことで、魔法使いの数が減り、その均衡が崩れた。
入学式前に先走って魔法界にやって来た翼を見て避けて行ったように、多くの魔法使いは今も人間に恐怖を抱いている。
可奈「まあだいたいこんなとこかしら」
翼「あっ、終わった?」
可奈「……ねえ、聞いてた? アンタが聞いたから私は答えてあげたのよ!?」
翼「いや聞いてたから。可奈は得意なこと喋り出すと止まらなくなるから、うざって思ってただけ」
可奈「……アンタのせいでやる気なくなったじゃない。どうしてくれるの?」
翼「んじゃ寝れば? 落ち込んでるよりはいいと思うけど」
可奈「……ふん」
──災厄の刻が遂にやってくる。
魔法国家ユニオン・エアは一つの巨大な大陸だ。
海がない代わりに『世界の壁』という巨大な壁が国を丸ごと取り囲んでいる。
この日、魔法学校の生徒たちは教師に引率され、壁から少し離れた距離からサポートを担当する事になっていた。
揺らぎ、崩落、崩壊。
何らかの前兆があればすぐに報告する事になっている。
災厄、即ち集合的無意識の暴走。これを止めるにはそれだけの魔法をぶつけて、街に被害を出さないよう全てを削り切る必要がある。
かつて月の魔女は月に自らの魔力を封印し、温存することで同質量の魔力をもって災厄を退けた。
しかし、今年はかつてないほどのスパンでやって来た災厄にそれほどの魔力を貯蔵出来ていない。
魔法使い1人1人に魔法界全体の未来がその身にのしかかっている。
予見された時間よりもずっと早くから各地の担当が交代しながら世界の壁の様子を見守り続けていた。
予見は、人が干渉した先の未来を見る事が出来ない。
予見は時間、そしておおよその場所の特定が関の山だ。
だから念には念を入れての厳重な警備がなされていた。
何度目かの交代を経て可奈は再び時間を確認した。
刻限まで30分はある。
これまで予見に間違いがあった事はない。
来るのは必ず30分後だ。
それなのに、分かっていても体が震える。
この日を夢見ていたはずだ。
緊張なんて必要ないのに。
つい時間を確認してしまうが、それでも1分しか進んでいない。
可奈(しっかりしなさい、矢吹可奈)
パートナーはこんな時ですら呑気に欠伸をしているというのに、自分だけ緊張してるなんてバカみたいじゃない。
携帯用の鞄に詰め込まれた薬を数えながら冷静な思考を装う。
可奈「……そろそろ時間よ。眠ってて本番じゃ使えないなんて真似、やめてよね」
翼「だ〜いじょーぶだって〜」
可奈「声がまだ寝てるじゃない……」
2人がそんなやり取りをしていると見回りの教師がやって来る。
貴音「ふふ、貴方たちは随分仲が良くなったようですね」
可奈「校長先生……いえ、べつに仲が良いとかはないですけど」
貴音「そうですか? ではそういう事にしておきましょう。予見の刻まではまだ少し時間がありますが────」
その時だった。
大気の振動と共に響き渡る轟音。
何の前触れもなく災厄はやって来た。
貴音「──千鶴っ、生徒たちを任せましたよ!」
貴音は杖を振るうと爆発的に広がり始める災厄の中心へと飛び去った。
それと入れ替わるように千鶴が現れ、生徒たちに集合をかける。
千鶴「さあ皆さんっ。焦らず、練習通りに、ですわよ!」
予見されていた地点とはズレていたが、そのための練習は済ませてある。
配置につき、死角を潰すよう順番に魔法を唱えてゆく。
それを支えるように千鶴が討ち漏らした方向へ鋭く杖を向ける。
一年だって魔法さえ使えれば十分な戦力になりうるのだ。
それに魔法使いは国中に散らばっている。
予見が完璧ではなかろうと、時間にズレこそあれど、すぐに各地の魔法使いが駆けつけてくれるだろうという打算があった。
災厄──、集合的無意識の暴走。
それは爆発的に広がり続ける魔力と魔力との消耗戦だ。
ほんの小さな隙が生まれれば、そこから瞬く間に波及し、被害は甚大なものとなる。
──一瞬、どこからか聞こえた声と共に街に亀裂が走った。
討ち漏らした僅かな魔力がそれだけの威力を持っている。
幸いにも怪我人は出ていないようだが、その威力は計り知れない。
生徒達の杖を握る手に力がこもった。
いくら時間をかけたところで、目の前の災厄を討ち払ったところで、爆発的に増大し続けるソレはまるで悪魔のようだった。
災厄との交戦からもうすぐ30分が経とうとしている。
どうにか魔法学校の生徒が担当するエリアは魔法が届く範囲の災厄を退ける事ができたものの、生徒達に残された魔力は底が尽きかけていた。
翼「もう少し私はやれるかなーってカンジだけどね」
翼以外の魔法使いはお疲れモードのようだ。
しかし、それでも増大し続けるという特性があるために気は抜けない。
──それでも、どこか弛緩した空気が漂っていることに可奈は違和感を覚えた。
これで終わっちゃってもいいの?
それは彼女がずっと月の魔女に憧れ続けてきたからこそ抱いた感情。
可奈(災厄が訪れてから30分? ──もし、それが違ったら? 史上最大の災厄が『まだ来てない』としたら?)
貴音『そうですか? ではそういう事にしておきましょう。予見の刻まではまだ少し時間がありますが────』
可奈「ねえ、みんなっ」
「警戒した方が良い」と、アドバイスをするつもりだった。
それを言い終わらないうちに──
千鶴「下がりなさいっ」
あまりにも強大な魔力が地面を抉った。
そこにあったはずの店も、モノも、何もかもを削り取ってゆく。
生徒達が助かったのは千鶴が前に飛び出し、咄嗟に防御魔法を張ったからだ。
しかし、千鶴自身は無傷とはいかなかった。
可奈「呪いの複合症状が出ているわっ。だれか薬持ってない!?」
教師『──この解呪薬はこの前の石化解除に使った材料、そして目覚めの薬にも使った材料両方を合わせたものなんですよ。つまり、石化解除の薬を2、目覚めの薬を1の割合で混ぜるとこの解呪薬が出来上がるわけです』
周囲の生徒に所持している薬品を尋ねたが、知識があるだけにはっきりと分かってしまった。
可奈「今の私じゃ手の施しようがないわ……」
慌てふためく生徒達。
それに千鶴は心配させまいと答えた。
千鶴「私なら大丈夫ですわ。それより……あなた達はここから逃げなさい。魔力の尽きた今のあなた達に太刀打ち出来る相手ではありません。世界の壁の外に出れば災厄の外へと逃れられるはずです……」
そう言って、地面に転移用の魔法陣を描く。
千鶴はそれきり意識を失った。
声もなく女生徒が泣き出す。
可奈は吐き捨てるように言い捨てた。
可奈「別に死んだわけじゃないわ。このままここにずっと放置しておくなら別だけどね」
翼「なになに? 良い方法でもあるの?」
可奈「はん、決まってるじゃない」
可奈が呪文を唱えると空中に魔法陣が浮かび上がる。
それは翼が可奈の机の引き出しの中で見た魔法陣だった。
可奈の掌に大量のカードが現れる。
可奈「私が書きためてきた魔法陣よ。使い方は分かるでしょ」
翼「魔力を込めて魔法陣を描く事で、使用者は少しの魔力を込めて触れるだけで魔法が使える──ってヤツね」
それは翼が初めて魔法界にやって来た時にも使った転移の魔法陣、そして家電の代用品として使っている魔法陣が描かれたカード、そして以前可奈が翼に渡した視力増強のカードと同じ使い方だった。
可奈はずっと書き続けて来た。
自分には魔力が不足している。
ならばどうすべきか。
月に魔力を貯め続けて来た月の魔女とは違い、自分にそんな魔力ははなっから存在しない。
──だったら、答えは決まってる。
可奈は面倒事を避け続けてきた。
可能な限り魔力を温存し、災厄の日ために全てを投げ打ってきた。
可奈「逃げるなら勝手にしなさい。軽蔑はしないわ。でも、私は行く。この世界を救いにね」
翼「もう魔力も残ってないのにどうやって近付くつもりなの?」
可奈「んなの歩いて行くだけでしょ」
翼は箒を取り出すと自分の後ろを開けて背を叩いた。
言い争う時間が勿体無いと、可奈は無言でその後ろに飛び乗る。
2人が飛び去ったのを見て、1人、また1人と可奈が置き去っていったカードを拾い上げる。
翼「あーあ、せっかく千鶴先生が書いた魔法陣無駄にしちゃってさー。誰か使ったげなよー」
生徒達の援護あって2人は上空へと飛び出した。
可奈「くっちゃべってないでもっと揺らさないように飛んでよっ」
翼「今のはあの子──誰だっけ。アイツが下から撃ってきた炎魔法が悪いのよっ」
可奈「今のは……私が先週書いたばっかのやつじゃない! 古い方から使いなさいよ!」
翼「……やっぱ可奈ってケチだよね」
可奈「うるさい!」
魔法陣に封じ込められる魔力はあくまでも可奈がその日に残した魔力を封じめただけに過ぎない。
どれほど優勢に進んでいたとしても結局は消耗戦へともつれ込む。
翼「ねえ、これいつになったら終わるのかな……」
可奈「この災厄とやらを残骸すら残らないほどに消し去るまででしょうね……」
翼「このままじゃまずくない?」
可奈「まずくたってやるしかないでしょっ」
これまでの被害状況から察するに、魔法使いはそれぞれ自分だけで手一杯だ。
そして、可奈の手持ちの魔法陣の効果も、可奈自身の魔力も完全に尽きようとしている。
翼「今こそ、アレしかないんじゃない? 鏡限契相反魔法」
可奈「ちょっと本気?」
翼「だってここでわたし達ががんばらないと、この世界がなくなっちゃうんでしょ? そんなこと、絶対にさせないもんね! 可奈、力を合わせて! わたしとアンタで、世界を……救うよ!」
可奈「なんで急にやる気になってるのよ……」
翼「だって、可奈が言ったじゃん。「世界を救うために手を組もう!」ってさ」
可奈「私にそんな魔力は……もう、残ってないわよ」
翼「なんのために私が居ると思ってんの? 私の魔力、使えば良いじゃん」
可奈「鏡限契相反魔法は複数の魔力を1つに組み上げる魔法よ。無理矢理合体させる事で反発させて威力を増す。──けれど、それは相反する2つの魔力だから。アンタの魔力でどうにかなるならそれはもう、奇跡よ」
翼「だーかーらー! それで良いって言ってるでしょ! 私達のマジカルパワーで奇跡を起こしてやるのよ!」
可奈「……ふふっ、なによそれ」
可奈は逡巡の末、1つの結論を出した。
可奈「──私には魔力が少ないの。いえ、普段元気にしてる時だってそうよ」
翼「急になに? ポエム?」
可奈「だから『心をひとつに』ってヤツよ! 魔力はアンタが担当! 技術は私に任せなさい! そして相反魔法は私たちの魔力を反発させる魔法。心がバラバラなら練習の時の二の舞よっ。──アンタも秘密があるなら話しておきなさい」
翼「え〜っ。ないよ?」
可奈「ないわけないでしょっ」
翼「だって、本当に思いつかないもん」
普通の中学生、それが私『伊吹翼』
──特別な事なんて何もない。何も起こらない。
だったら、楽しんだもん勝ちじゃない?
じゃなきゃ損ってもんでしょ。
マジメって言葉は嫌い。頑張るのとかメンドーなだけだし。
昔は勉強とか頑張ってたけど、いつの間にか目が悪くなって、眼鏡なんかもかけなくちゃいけなくなちゃって、ある日思った。
もういいや。
そーゆーのって、やりたい人だけがやってればいいでしょ?
辛い事とか苦しい事とか絶対ヤだし、楽しい事だけして生きていたい。
でも、だから、かな。時々思ったりもするんだ。
もっと楽しい事ないかなぁ──なんて。
そう思って私は魔法界にやって来た。
可奈とは喧嘩もしょっちゅうだし、普通にイラってくることもあるけどさ。
でも、楽しかったんだ。
きっと、喧嘩してる時も含めて。
可奈「だったら……覚悟を決めなさい」
翼「本気なんて、わたしらしくないかもしれないけど……可奈と一緒なら、世界だって守れるんだから!」
矢吹可奈には目標があった。
『二世は月に届かなかったか』
そんな事ないと言ってやるためにここまでやって来た。
その時が今。ここにあるの。
私は優秀な魔法使いなのっ。
優秀じゃなきゃダメなのよっ!
可奈「私は天才魔法使い矢吹可奈よっ! 世界の1つや2つだって救ってみせるんだから!」
翼「可奈!」
可奈「翼!」
2人は魔法を唱える。
鏡のように、呼吸をする様に、一言一句ずらすことなく、相反する2つの魔力を1つの呪文として結び上げる。
力の限り全てをふり絞った一撃。
放たれた魔法はどこまでも遠くへと突き抜けた。
可奈「さっきまで戦ってたなんて、ウソみたい……私たち、本当に世界を災厄から救えたんだ。……ちょっと、下手な歌歌わないでくれる? せっかくアンタのホウキの乗り心地が、すこしはマシになったところなんだから」
翼「──ねえねえ。それよりさ、さっきわたしの事なんて呼んだ? 聞こえなかったからもう一回言ってくれない?」
可奈「……私は疲れてるの。別にまた同じホウキに乗ったからって、あなたを認めたとか、そういうわけじゃないから!」
翼「あーいつものやつね。はいはい。わかりましたよー、と。さて、それじゃ千鶴先生も心配だし。帰ろっか」