勇者で聖女で庶民です!~従魔と一緒にお気楽冒険者生活~   作:槙麻貴(まき・あさたか)

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1話

 十分と経たずに混乱から脱したのは、女神様の言葉を思い出したからだ。自身は新たな生を得たのだと。ちなみに、十分といっても正確に時間を計るものは持っていないので体感なんですよ。

 

 携帯というかスマホは充電中だったので、魔法陣に飲み込まれるときには持っていなかったんだよね。連絡があるとすれば友人か家族からが中心なわけだし、あったとしても折り返せばいいだけだから、一日持たなくとも問題はなかったのだ。ここにきて死活問題になっただけで。大変なる死活問題になっただけでええええ!

 

 いくら証拠隠滅や記憶消去をしてくれたといっても、その前がある。どうかどうかエロ関係には目を瞑っていただきたい。こっちは思春期の男子大学生なのだから笑って許してほしい。たとえどんなにもどかしくとも、故人のスマホの中身を舐めるように見ていませんようにと祈るしかできやしないのだから、無力はキツいよなあ。

 

 それでもと、祈りは十分にしたので、次にすることは自身の記憶からも恥ずかしいことをさっさと忘れることだ。思考を切り替え、ここはどこだと首を動かして辺りを見渡してみる。と、地面からわさわさ生える短い草花たちが頬をくすぐる。どうやらオレは短い草花に横たわっているようであるとみえた。聞こえてきた音の正体も、草花が風に揺られていた音なのだろう。

 

 このままではなにも解らないなと、起き上がりつつもふたたび辺りを見渡してみる。奥には森や山が広がる美しい地平線。その名は草原。なるほど、オレは草原に放り出されていたようだ。

 

 この手の話によくあるような鬱蒼と木々が繁る森ではなく見晴らしのよい草原なのは、女神様の優しさなのだろうか。しかし、なにも持たされていないのは生命の危機に違いない。

 

「うーん……、これからどうしたものか……?」

 

 いまのところは魔物などはいないようだし、ひとまずは安全かと思考を巡らし、そうして訪れた違和感に首を傾げる。――んん? なんかいま、声がおかしかったような……?

 

「あ、あー、ああー」

 

 あー、あーとひとり発声していると、「見つけましたよー!」となにやら明るい声が聞こえてくる。こちらに近づいてくる影が二つ。防具をつけた全体的に白い様相をしている人と、これまた防具をつけている薄い青色の髪をした人が。

 

 え、え、何事!? と内心慌てているからか、その場から逃げ遅れていたオレは容易く二つの影――女の子、いや、女性に捕らえられていた。抱きしめられているからか、大きな四つの膨らみが顔に当たっている。

 

「あ、あああ、あのっ、なにかご用なんでしょうか……?」

 

 なにがなんだか解らないオレは下手に出るしかない。だからか、恐る恐るふたりの女性を見上げることとなる。困惑ぎみなオレの視線を受け止めた白い方の女性が「ふふ。そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ。――ご主人様」と目を細めた。愛しそうに。

 

 あ、この声はさきほど「見つけた」とかなんとか叫んでいた声だなと思っていると、聞きなれた言葉が聞こえてきたのでうん? となる。女性の口から違和感を覚える言葉が出てきたのだから、困惑するしかない。

 

「え……、ご主人、様……? んっ?」

 

 なにを言っているのかと目を丸めるが、いや待てとよくよく女性を眺めてみる。見覚えがある姿の面影があるのだが、オレが知る姿はこんなに大人びていなかったように思える。しかしながら、銀色の髪――人化をしているのでいまは髪色であるのだが、本来は美しい体毛である――と金色の瞳の組み合わせならばよく知っていた。

 

「もしかして、リル?」

「はい、ご主人様」

「ということは、そっちの薄青色の髪をした元気そうな女の子……いや、女性か? いやでも、背丈はリルより低いから女の子か?」

 

 どちらだろうかとひとり悩んでいると、薄青色のショートボブを左右に揺らす。「そんなのどちらでもいいですよ!」と。発育のよい胸も同時に揺れているのだが、あまり見てはいけないものだ。

 

 どちらでもいいから早く話を進めろと言いたげな視線を受け、小さく頷き返してやる。

 

「じゃあ女の子にするわ。で、えーと、君はスイだよな?」

「そうですよ! (あるじ)っ」

「そっか、解った。さっそく聞きたいことがあるんだけどさ」

 

 見知った人が来てくれたことに安堵して気が抜きかけかけるが、聞かなければならないことは聞いた方がいい。はいと答えるふたりに至極真面目に放つ。聞きたいことは決まっていたからな。

 

「――ここはどこなんだ?」

 

 いやまあ、草原だとは理解しているが、草原以外の情報がほしい。

 

 ふたりからの返答がくるのかと思えば、その前に腹の虫が暴れる音が響き渡ってしまった。ほかでもないオレのな!

 

 真面目な空気をぶち壊した恥ずかしさに、「おっふぅ」と変な声を漏らしながら腹を押さえる。顔だって熱くなってきているし、カッコ悪すぎるだろうよ。

 

「わ、悪い……。安心したら腹が減ったみたいだ」

 

 気まずそうに頬を掻くと、リルとスイは顔を見合わせてくすりと笑う。

 

「詳しい話は食事をしながらにしましょうか。心配しなくとも結界を張るので、安心安全ですよ」

「じゃあ、お願いします」

 

 ふたりに手を引かれて立ち上がると、ぽよりと胸が軽く揺れ出した。()()()()()()

 

「んへっ?」

 

 二度めの変な声は、とてつもなく緊張感がなかったのだった。

 

 

    ◆◆◆

 

 

 だだっ広い草原にて始まった食事も、いまや終盤に近い。リルとスイが用意してくれたのは、ダイニングテーブルとイス、そしてうまい飯――カツ丼ときのこスープである。テーブルとイスはいわゆる土魔法で草原の土を変えている。飯は収納庫に入れていたものを出しただけだが、温冷が自由自在なので便利なことこの上ない。温かいものは温かいままであるし、冷たいものも冷たいまま維持できる。腐ることもないというのもいいことだ。

 

 ほんわか美人なお姉さん(巨乳)な見た目をしているリルと、活発な美少女(巨乳)な見た目をしているスイの話をまとめるのに時間を要したが、すべてはあのときから始まったようだ。

 

 オレが女神の間に飛ばされたときから――。

 

 フェンリルことリルと、水竜ことスイとの契約は強制的に解かれ、ふたりは女神様の手によりこの世界――邪神が討たれた二百年後の世界に転送された。生きるための知識とともに恩恵を与えたあと、「有人さんを必ず連れてきますから、待っていてください」と言い残して消えたらしい。

 

 リル曰く与えられた知識は人族に準じており、授けられた能力はいくつかあるようだ。長時間の人化ができることと収納庫、すべての種類の魔法が使えることとそのほかもろもろ。収納庫も破格すぎるわけだが、すべての種類の魔法が使えることをよしとするなんてすごいな。得意不得意がなくなるんだからさ。

 

 女神様によりさらに力をつけたふたりはというと、冒険者をしながらオレを待っていたというわけだ。邪神が討たれて平穏が訪れていたとしても、魔物の脅威までは消えていないのだから。冒険者稼業はいまも続いているようだ。こうして再会できたのも、強い力を感じて街から転移してきたかららしい。といっても、距離感が掴めないまま勢いだけで転移したので、少々距離が離れてしまったようだが。

 

「聞き終えて思ったんだけども、女神様はリルとスイを全能者かなにかにしたいのかね……」

「いいえ、私たちを生かすための処置でしょうから見当違いですね。ですが、たとえ全能者となっても、私たちはご主人様とともに生きるだけですよ」

「あたしたちには主しかいらないので」

「すっごく重いな!」

 

 従魔の愛情は理解していたつもりだったが、ここまで重いとは知らなかったわ。そしてここで思い出す。そういえばと。

 

「あのさ、いまさらなんだけども、お前たちに謝らなければならないことがあるんだよ」

「謝らなければならないことですか?」

 

 目をぱちくりさせるリルと、首を傾げるスイ。かわいらしい姿には罪悪感しか湧かない。

 

 実はと言うと、オレは一度、ふたりに誘われていたのだ。いまより幼い姿をしたふたりに。けれども、オレには現代日本に帰るという目的があったから、その日からふたりに人化をできないようにした。そういうことは後回しだとして。リルとスイの気持ちさえも縛りつけて。

 

「そういうことを目的にしていなくとも、みんなと一緒に遊んだりしたかったよな? 無理に人化ができないようにしてごめん」

 

 ふたりに向かって頭を下げると、「気にしないでください」と返ってくる。声質からしてリルのものだろう。

 

「ご主人様がご主人様の世界に帰りたがっていることを解っているのはほかには私たちだけでした。ですが、私たちを置いて行ってしまうであろうご主人様に私たちを覚えておいてほしかったんですよ。私たちはケモノなので、ケモノの本能に従ったまでですから」

「主の思いを考えなかったのはあたしたちですしね。拒絶されてもしかたがないんですよ。それにどうこうならなくとも、あたしたちは主と一緒にいられればそれが一番なんですから」

 

 ふたたびの「気にしないでください」という言葉はスイからだ。オレはなんて優しい人たちと一緒にいたのだろうか。感動で少々目頭が熱くなったが、これ以上は謝り合戦になるのは目に見えているので、話を打ち切る方向にいく。お互い様だということにして。「ありがとうな」と笑顔で返せば、リルとスイは「んふー」となにやら満足げな声を漏らした。

 

 さて、リルとスイについてはまあまあ理解したので問題はない。問題があるとすればオレだしな。ふたりが満足げな声を漏らしたのには理由がある。

 

 なにをどうやったのかは不明であるが、オレは【女の子】になっていたのだから――。それもかわいらしい女の子に。大変庇護欲を掻き立てるような愛らしい女の子である。……胸の大きな。つまり、リルとスイと同じものを持つこととなってしまった。大きいと肩が凝るとネットで見たことがあるが、本当のことなのだろうか? まあ、疑問に思っても、いまから解るようになるのだから意味がないのか。

 

 オレの容姿について熱く語ってくれちゃったふたり曰く、見た目は十五、六歳。スイと似たような見た目だろうか。リルは完全に年上にしか見えないので、リルとは似ていないらしい。食事のときということでいまはポニーテールにしているが、腰まで伸ばされたきれいな銀髪とリルと同じような金色の瞳を持つようだ。同じようななのは、オレの瞳は琥珀に近いような濃いめの色だからだ。ちなみにスイの瞳は白色を溶かし込んだ翡翠――解りやすくいえば、バニラアイスを混ぜたメロンソーダ色をしている。初めて見たときにメロンソーダだと気がついたのは言わないでいいだろう。

 

 食事のあとには鏡の前に立つことになったのだが、オレはどんな姿になっているんだろうな……。かわいいなんてもう言われたくないのに、かわいいと言われるような容姿なんて、ただただ地獄でしかない。オレはかっこいいと言われたいんだよおおおお。

 

 落ち込みそうになる気分を向上させるようにカツ丼の残りを掻き込み、残ったきのこスープで流し込んだ。――ら、危うく死にかけた。小さなきのこが喉につっかえて。かわいらしい子が出してはいけない声を出しながら咳き込む前に、リルとスイが魔法で救出してくれたので事なきを得たが。

 

「た、助かったぁ……。ありがとうなぁ」

 

 生理的に浮かんだ涙を袖で拭うと、ふたりは「見た目に反して粗野な行動がかわいい」うんたらなんたらかんたらと盛り上がっていた。最終的には頭を撫でられてしまう。そうして気がついてしまった。ふたりにかわいいと言われることに対して、なぜか不思議と嫌悪感が薄まってしまったことに。まあ、熱く語ってくれたからだろうけれどもね。熱量が違っていたからね、うん。

 

 なってしまったものはもうしかたがないかと、小さく嘆息して頭を切り替える。これからはこの世界で生きていくのだから、覚悟を決めろ。そう、くよくよなんてしていられない。そうと決まれば、新しい人生に乾杯をしなければなあ。といっても酒の味はオレには解らないけれども。

 

 なにはともあれ、これからよろしくな、二百年後の世界さん!

 

 そう胸裡でひとり挨拶をすると、広い広い草原に暖かな風が吹き渡る。結界をも抜けて。――まるで異質なオレを受け入れてくれたように。

 

 なんだか胸が温かくなったのは、オレにしか解らないだろう。

 

 改めて、ずっとずっと待っていてくれていた従魔たちとともに、オレはこうしてこの世界での一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

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