勇者で聖女で庶民です!~従魔と一緒にお気楽冒険者生活~ 作:槙麻貴(まき・あさたか)
食事を終えて片づけも済ますと、お待ちかねの容姿確認の時間がきてしまう。くそ、片づけの時間が早すぎだろうよ。テーブルとイスを地面に戻すだけなんて楽すぎるわ!
じゃんけん勝負に勝ったリルの魔法によって生み出された全身鏡はそれはそれは立派だった。鏡を支える枠には細かな彫刻や装飾が施されており、ひとつの芸術品と言ってもいいだろう。習得するには難易度が高いとされる創造魔法をも使えるとは、やはりすべての魔法が使えることは確実のようだ。なんだかんだ言っているオレの方も、創造魔法を授けられましたがね。これまでに使う場面が全然なかっただけであって。
購入するとなればお高そうだなあと思いつつも、そんな全身鏡を睨みつけることで片づけに対する理不尽に湧いた怒りを発散し終えると、映る少女と対峙する。薄目であっても可憐だと解るのはすごい。少し前に覚悟を決めたとしても、やはりこればかりは決心が鈍ってしまったわけだ。だがしかしと、ふたたび意を決して少女を見つめ直す。オレはこの姿で生きていかなければならないのだから、いまから慣れておいても損はないとして。
――うん、オレでさえもかわいいと思える女の子だ。耳の先が
ぽかんと呆けているような少女の両隣には、ご機嫌な女性と女の子が立っている。少女の腕にそれぞれ手を絡めて。右側にリル、左側にスイといった具合に。
言われたとおりに見た目は中学生ぐらいだろう。成長著しいが頭につく。身長はスイよりも少し低め――うーん……、目測するにふたりとも百六十はないな。リルは背が高めな方だが、オレたちと比べてなので、百七十あるかないかだろうか。
服装はあれだ。ひとことで表すと神官風と冒険者、そして寝起きである。まずは神官風なリルだな。
神官風なので下はスカートになっているのかと思いきや、パンツ姿でした。まあ、ね、オレとしてはスカートであろうがパンツスタイルであろうがどちらでもいいんだけどもさ。そもそも、本人にとって動きやすいのならそれでいいのであって、他人がどうこう言うのは間違っているよな。な!
そうひとり納得してからのスイである。冒険者といった感じの。ほら、さ、リルにばかり構うのはよろしくないからね、さっさとスイにいくんですよ。彼女は淡い褐色の長袖のシャツの上に革鎧のような胸当てをつけており、膝を少し越すような長さのパンツ姿であった。パンツは上着と同色であり、くるぶしよりは上、ふくらはぎの先にかかるような黒色のブーツを履いている。
返してオレはといえば、ふたりと違い寝間着である。完全なる寝起きですがな。期待したようなシャツとパンツというラフな格好でもなんでもなく、淡いピンク色の下地に濃い赤色のチェック柄というパジャマ。肌触りは抜群だが、この女の子女の子したパジャマには半目を向けたくなる。もちろん、なんだこれはという意味合いでな。細い足の先に履き古したスニーカーを見つけたことが唯一の救いだろうか。
靴と童顔――……、うん、まあ、悲しくなるがはっきりと言おう。童顔女顔が男のときの面影と言えようか。いまは童顔女顔がさらに女の子寄りな柔らかい顔つきになったからか、もはや靴しかないとも言えるがね。ああ、悲しい……。
胸裡ではそう泣きながらも、ふたたび少女を見据える。パジャマにスニーカーというアンバランスさであっても、かわいいと思えるのはいかがなものか。銀髪エルフ少女の破壊力は凄まじい。いや、オレ自身なんだけれどもさ……、うん。いやでもな、パジャマはないだろうよ、パジャマは。大変ありがたいのだが、近所に散歩というわけにはいかないからね。
まずは替えの服を買わないと! と、やるべきことを決めたあと、リルとスイを呼んだ。「まずは服を買いにいこうか」と。まあ、すぐさま「ご主人様の服や生活用品は私たちが用意しますので安心してください」と返ってきたんだけれども。
「至れり尽くせりなのが怖いぜ」
「主とはずっと離れていたので、お世話をしたいんです!」
はははと乾いた笑いに対してそう言われてしまえば、無下にはできないだろう。「そっか、解ったよ」と、抱きついたスイの頭を撫でてやるぐらいにはな。
「生活が軌道に乗るまではよろしくな」
あ、もちろんそのあとも一緒にいるんだけどさと続けると、「はいっ!」と
「お願いします」と躯を屈められてしまうと「はいはい」と撫でてしまうのが人間の性といえよう。そしてここでようやく解ったことだが、どうやらリルの髪はうなじの位置でひとつにまとめられていたらしい。長い髪が邪魔にならないようにしているようだ。
オレの髪も長いから参考にさせてもらおうかななどと思いつつもふたりから差し出された手をそれぞれ握り返すと、多少の浮遊感を味わってしまった。数秒間だけだったが。地に足が着いたときには、オレたちは違う場所にいた。視線を巡らすに、ここは森か林の前だろう。
「転移魔法は便利だよなあ、本当に」
「はい。草原からは距離があるので」
「魔力の感じからして、スイがやってくれたんだよな。ありがとうなー」
リルの答えに対し、スイの方に軽く笑う。「いえいえ」と返すスイの先、背後にはなにやら案内板のようなものが見える。なんだあれはと疑問に思ったのはすぐだ。
軽く繋いでいた手を離して近づいて見てみると、案内板のようなものはまさしく案内板に格上げされた。見た目は低い切り株に刺さった木の看板をしているのだが、継ぎ目は見当たらないので、おそらくは丸太を削って作ったものだろう。
肝心要の看板の文字はといえば、はんこのように浮き上がらせているのではなく、表札のように彫られている。解りやすくするためなのか、きちんと黒で色づけされているのも表札のようだった。『お肉食べたいの家はこちら』と。そんな奇っ怪な文字の下には赤色の矢印もあるので、迷いはしないはずだ。
……はずなんだが、家が肉を食べるなんて大惨事ではなかろうか? やはりファンタジーな世界だからか、奇っ怪なもの――人喰いなんたらもあるということなのか? だとしたらオレは遠慮させてもらいたいんですが。せっかく生かしてもらったのだから、家に食われて命を落とすなんてことにはなりたくない!
ここは危険すぎると察知し、恐る恐る後ずさるオレの背中に柔らかなものが当たったかと思えば、腕が伸びて捕らえられてしまった。そう――、逃げられなくなってしまう。
「さあご主人様、私たちの家に行きましょうか」
「い、家だとぉっ!? お前たちには家があるのか!?」
「はい。お金はあるので買いましたよ。なんと言っても、主と一緒に暮らすためですからね!」
ふんふんと鼻息を荒くするスイは、リルに抱き抱えられたオレの頬をつんつんと弄る。左隣から。それを真似したらしいリルにも右頬をつんつんされたのは言うまでもないですよねえ。
家を購入できるほどの財力があることも驚きだが、わざわざ肉を食べる家を買うなんてどうかしている。恐ろしいことこの上ないです。
はやばやと死にたくはないので離せ離せと暴れるが、抱き抱えられてはリルの胸がぽよぽよするだけに終わった。最終的にはえぐえぐ泣くしかなったのだが、しかたがないだろう。怪奇現象より恐ろしいものはないのだから!
奇っ怪なものはこの世からなくなればいいとぶつぶつ呟き続けていると、かなりの開けた場所になっていた。木々が左右に広がる踏み固められた土道を進んで五、六分ほどだろうか。
目の前には家というよりかはお屋敷と言ってもよい建物が鎮座ましましていました。明らかな日本家屋。いまは懐かしい平屋建て。田園風景に溶け込んでいてもなにもおかしくはない。
これではお肉食べたいの家ではなく、お肉食べたいのお屋敷じゃないか! なんでパワーアップしているんだよ!?
涙も気にせずにあんぐりと大口を開けるオレに届くのは、リルとスイの楽しげな声だった。「我が家にようこそ!」という――。