勇者で聖女で庶民です!~従魔と一緒にお気楽冒険者生活~   作:槙麻貴(まき・あさたか)

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3話

 抱き抱えられたまま玄関に連れられたが、なにもないことに安堵して躯の力を抜いた。ふぅと短い息も一緒に。かなり気を張っていたのか、なんだかもう疲れを感じるようだ。

 

 ――いやいや、ここで疲れてどうするよ。まだ疲れるわけにはいかないだろうがと胸裡でひとり突っ込んでいると、あっさりと地面に下ろされた。それはそれはあっさりと。地面というか、たたきと呼ばれる場所に。三人並んでもまだ余裕がある広さなのは、家屋の面積があるからだろう。

 

 そうしてはたと気がつく。異世界に来て畳生活になるとは――と。だがしかし、ふたりは土足で玄関を上がった。

 

「あれ? 靴は脱がないのか?」

「ここでは脱ぎませんね。もう少し先の場所が靴置き場になっているので、そこで履き替えます」

 

 リルの説明に「なるほど」と答えると、スイが続ける。「戦闘のあとは血がついていることもあるので、そういう作りになりましたね」と。

 

「はあー、なるほど。合理的なわけか」

「まあ、血濡れになろうとも、ここの廊下には魔法がかけてあるのですぐにきれいになりますが」

 

 背中を追いかけるオレに代わる代わる説明をしてくれるので、解らないことはひとつひとつなくなっていく。下駄箱――シューズルームも広い作りになっており、圧迫感が全然なかった。左右の壁に添うようにつけられた棚に整然と並べられたブーツが圧巻なだけで。どうやら靴と同じく、ここでローブや革鎧も脱いだり外したりするようだ。奥に立てられたポールに置くというわけか。そうして内履きに履き替える、と。スリッパはスリッパで柔らかな素材で作られていたので、履き心地はかなりのものだ。

 

 リビングに案内されながらも内装についての説明があった。畳張りではなく全て床張り、(ふすま)や障子もなく、外開きか内開きのドアとなっているという。トイレと風呂は別であり、ひとりひとりの個室もあるようだが、荷物置き場のための部屋も数室分あるらしい。つまり、外装から思う内装ではない。「日本家屋というよりは洋館だな」という言葉に返るのは、「ご主人様に合わせたので、少々ちぐはぐになりました」というリルの言葉だった。

 

「オレに合わせた……?」

「はい。実は――」

 

 どういうことだとリルに視線をやると、続けざまに口を開く。ふたりは二日ほど前に胸騒ぎを覚え、この家の外装を変えたらしい。洋館から日本家屋へと。要はオレを迎えるための準備だったのだろう。なぜふたりが日本家屋を知っているのかというと、オレの記憶を覗き見たからのようだ。契約をしているとそういうこともできたという。おそらくはふたりが高位の存在だからできたことで、一般的にはできないと思われる。オレはやり方なんて知らないしな。

 

 話の最中(さなか)に座るように促されたソファーは躯が沈み込みほどに柔らかく、座り心地が悪い。いや慣れれば問題ないとは思うが、いまは少々体勢が崩れている。悪いな、こんな斜めな体勢で。

 

「そういうことなら、住み慣れた家に戻せばいいよ。森のなかに日本家屋は違和感がすごいしな。それに、誰かに見つかったら面倒なことになりそうだしさあ」

 

 座り直しつつ「オレは面倒なことは避けたいから」と続けるが、リルは「ですが……」と言い淀んだ。すかさずスイが「あたしたちより主が住み慣れた場所の方がいいですよ?」と継いだが。なるほどなあ。ふたりして言いたいことは、オレを思ってくれているということか。

 

「いや、オレの家は祖父母の家のような日本家屋ではなくて建て売りだったから違うよ。女神様にいただいた移動式の家も洋館だったわけだから、暮らすのに問題はないし」

 

 それにと、ふたりの顔――目と目を合わせる。大事なことはこうしたほうが伝わりやすいはずだ。

 

「オレもさ、リルとスイのことを大事に思っているから、遠慮はしなくていいよ」

 

 オレの気持ちもきちんと伝わったことを祈ろう。本音を言うと、現代日本に帰れなかったことは悲しい。しかし、従魔たちとも離れ難かったのも事実なのだ。だからか、こうしてふたたび会えたことは素直に嬉しいのですよ。

 

 なんだかんだでその思いはちゃんと届いていたようで、リルは「――解りました」と小さく頷いた。その前の「はあ……、かわいい。性別が変わっていても、ご主人様のかわいらしさは変わらないようですね」という呟きは聞かなかったことにしますね。オレはかわいくないので!

 

「ご主人様のそのお気持ちを大切にします。スイ」

「はいはい。主、少しお時間をください。外観を戻すので」

 

 はいよーと軽く答えると、ふたりはリビングを出ていく。かと思えば、数秒後には「終わりましたー」と戻ってきた。うん、魔法は便利すぎるな。

 

 ふたりは対面に腰を下ろすと、飲み物と菓子をそれぞれの前に出した。木製のセンターテーブルがいきなり賑わい始める。匂いからしてココアとクッキーか。ココアは木製のマグカップに、クッキーは木製の浅めの皿に入れられている。見た目で判断すると、刻んだナッツ入りのクッキーらしい。

 

「ではご主人様、話を詰めましょうか」

「はい?」

 

 クッキーを一枚手にしたときにかけられた言葉は、予想もしていないことだった。話を詰めるとはなんのことだろうか? と言いたげに目を瞬くオレに対し、スイが困り顔で「主はお金や身分を明らかにするものがないですし」と説明してくれた。曰く、身分証がなくとも街には行けるようだが、通行料や仮に発行される身分証の代金が払えないのなら門前払いになるのが通例のようだ。どこの世界であっても、金の力は偉大らしい。ちなみに、身分証がなくともの(くだり)は紛失の可能性を多いに含んでいる。なぜなら、職業や身分に関係なく、等しく魔物の脅威に晒されているからだ。襲われてしまえば、荷物などを放棄しなければならないときもある。そのために、少しばかり別口に取っておくというのが正しい選択であった。

 

「あー、そうか。勇者ではなくなったのだから、発行された身分証も意味がないものになっている可能性があるな」

「私たちがそうであったように、おそらくご主人様はなにも持っていないと思います。その場しのぎではあとあと大変になりそうですから、早めに設定を作っておきましょう」

 

 リルの言うとおり、確かにその場しのぎはきつくなるだろう。だったら初めから設定があった方が楽だ。それにしても、リルたちもなにも持っていなかったのかい! 太っ腹な女神様はどこか抜けているらしい。まあ、天界はくそ忙しいようだから、ひとりひとりにあまり構えないのはしかたがないことか。

 

「リルたちはどうしたんだ?」

 

 オレのことを話し合う前に問うてみると、私たちはですねー、と教えてくれた。草原に送られたリルとスイは、女神様が消えるとすぐさま人化をして荷物を確かめたようだ。なにやら贈られていたであろう武器や防具、服装にはなんら問題はなかったらしいのだが、それ以外の金目のものは一切なかった。与えられた知識により、近くに街があることは理解していたが、金がないのなら意味がない。どうしようかと考えていると草原の向こうから助けてくれと叫ぶ声が聞こえてきたらしい。

 

 声の正体は森を突っ切ろうとした商人の護衛のうちのひとりであり、街まで応援を呼びに行くところだったようだ。これは使えると、ふたりははやばやと戦闘場所に赴いて魔物を殲滅し、うまいこと商人とともに街に入れたという。道中いろいろ聞かれたようだが、自分たちも魔物に襲われて荷物を放棄したと言えば、「お互い大変でしたね」として話が終わった。空気を読んでくれたのか、ありふれたことなので深くは興味がなかったのかは解らないようだが。

 

 商人とは門で別れ、リルとスイは冒険者ギルドで冒険者登録をし、依頼をこなしまくっていまに至るという。

 

「つまりオレも、荷物を放棄したと話せば問題はなさそうだな」

「それが一番怪しまれませんね」

 

 リルが頷くと、スイが「同情を誘うような話にするとよりいいかもしれないです」と続ける。同情は必要ないと思ったが、「みんなが優しくなる可能性がありますから」と言われて「あ、はい」となってしまった。それを踏まえて話し合った結果、家族で仕事を探しに街に来ようとしたが、途中で魔物に襲われ、親が逃がしてくれたということになった。無我夢中で逃げた先の草原をさ迷っていたところ、ふたりに保護されたという追加設定もある。

 

 金がないことを誤魔化す作戦はうまいことできたが、問題はもうひとつあった。保護をされたということならば、ふたりに仰がれるのは不自然に映るだろう。

 

「――リル、スイ。オレは保護をされた女の子だから、これから主呼ばわりはしなくていいぞ」

 

 名前はいまから考えるけどな。そう伝えると、ふたりは「解りました」と難なく承諾してくれた。話が早いと助かるわ、本当に。

 

「では第二回話し合いに入る。議題は『オレの名前を考えよう』です」

 

 考えるといっても、候補はあったりするけれども。設定を考えるときと同じように真剣に考えるふたりには悪いが。

 

 ココアを手にクッキーをもそもそ食っている間にふたりともに何度か視線が合うが、その度にへらりと笑ってまた真剣な顔をする。そんな風に時間を割いて出た候補はオレのひとつだけだった。いや、名前だけはオレが考えた方がいいと途中で譲られたんだけれども。ふたりは優しいからね。

 

 有人やありちゃんと呼ぶ家族以外にはアリヒトの後半を取ってリヒトと呼ばれることが多かったからリートにしたのだが、これ以外の名前が浮かばなかった。名づけに関しては能力不足だと痛感しているから、なにも言わないでほしい。ふたりには「かわいらしい名前ですね!」と好評のようだが、通用するのはふたりだけだろう。

 

「では私はリートちゃんと呼びますね」

「リル姉がちゃんづけなら、あたしはリートと呼びます」

「はいよ、よろしく」

 

 主従契約が切れていたお蔭で、すんなりと切り替えることができるようだ。これは切れていたことに感謝するしかないな。契約したままだと拗らせていたかもしれないし。

 

 一段落ついたことで安心したのかなんなのか、急に瞼が重くなったのだが、どうにか気合いで保たせる。がしかし、片づけをするとしたリルの手が伸びてきた。優しい手つきで頬を撫でられる。ああ、なんか気持ちいいな……。

 

「リートちゃん、眠いようなら眠っていいですよ」

「あとは夕飯とお風呂ですしね」

「あー……、解った。ならちょっと寝るな。おやすみ」

 

 夕飯の準備ができたら起こしますからとしたスイの声が遠くなるのはすぐだった。

 

 寝顔にふたりの顔が緩みまくっていことを、オレはまだ知らない。

 

 

 

 

 




【 お知らせ 】


たくさんの人に読んでもらいたいなあ~とこの回(5話)まで連日投稿を頑張りましたが、これ以降の連日投稿は無理そうなのできっぱりやめます。
すみませんが、これ以上ひょえひょえひぃひぃなりながら書くのは私には無理です。
毎日投稿できる人はすごい人なのですよ。マジで。
(新規投稿する前にある程度書き溜めてから投稿するにしても、すごさは変わらない)

情けない書き手で申し訳ありません。
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