わたし達人類が旧人類と呼ばれるようになったのも今は昔の話――(以下略)
というのは皆さんご存じの通りですね。
わたしが調停官としてやって来てから色々ありました。
ええ、もう本当に色々です。ペーパーザウルスやら動くチキンだの鳥人類コンテストだの――……。
その色々あった結果、わたしが所長になっているんですけどね。
「……ふぅ、少しは整理できましたかね」
額にじわりと滲んだ汗を拭いつつ一息つきます。まったくおじいさんももう少し整理ぐらいしておいてくれれば良かったのに。
いない人に文句を言ってもどうにもならないのは理解しているんですけどね。趣味の銃を弄る暇があれば……と思うくらいは許してもらいましょう。
それにしてもまだまだありますね。今日中に終わらせる気はなかったのですが、一棚終わるかも怪しくなってきました。
えーっと、次の本は……また分厚いですね。私の背の高さ的には楽に取れますが、非常に重いです。いつぞやの人名辞書並みには重いのではないでしょうか。
題名は〝祭りの本〟。
また、直球なタイトルだこと。
題名から薄らとは想像がつきますが、目を通しておきましょう。
先ほども、カバータイトルと中身が不一致な本がありましたので、しっかりと確認せねばならんのです。
と、ちょっと意気込んで開けてみましたがどうやらズレはないみたいですね。中には祭りについての記述が並んでいます。
少し読んでみましたが中々興味を惹かれる内容です。
現代において祭りなんてやりませんからね。
わたしが祭りといって思い浮かぶのは局長さんが宣言して行われた〝電気祭り〟です。あれを祭りと呼んで良いのかは分かりませんが、一応祭りということにしておきましょう。
「結構あるんですねー」
一口に祭りと言っても種類は様々です。粛々と荘厳な雰囲気で行われる物から、地域を巻き込んでの踊りを披露するものまでありました。今となっては想像しにくい物ですが、資料として貴重なのは間違い有りません。
整理の途中だというのにすっかり本にはまってしまうわたし。
まあ休憩は大事ですよね、ということで自分を納得させます。
さて、次のページは……?
「ハロ……ウィン? もしくはハロウィーンでしょうか?」
スペル的にどちらが正しいのかは分かりませんが、とりあえずハロウィンとしておきましょうか。
なんだか少し不思議な言葉の響きですね。いったいどんなお祭りなのでしょうか。
ふむふむ、元はケルト民族の祭事を起源としているようですね。ケルトにおける大晦日の夜に先祖の霊が家族の元へ帰ってくるのですが、そのときに悪霊も一緒にやって来てしまい作物に悪影響を与えたり、子供を浚ったりといった現世の人々に悪いことをしてしまうのだとか。
それに対抗して悪霊を驚かして追い払ってしまえー、となったのがハロウィンというお祭りのようです。
本来なら恐ろしいものなのかもしれませんが、くり貫かれたカボチャのランタンとかはコミカルで可愛らしいですね。
そしてどうやら、この書物に記載された時期にはハロウィンというお祭りは形を変え、パーリィピーポーがウェーイするお祭りになっていたみたいです。
〝パーリィピーポーがウェーイ〟とはいったいなんなのでしょうか? 皆目見当もつきません。気になりますが答えを知っている人が今の時代に残っているかどうか……。
ですが、それ以上にわたしにとって見逃せないのはとある一文です。
仮装した子供達が〝トリック・オア・トリート〟という声をかけてお菓子を貰うのだそうです。
〝トリック・オア・トリート〟とは〝お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!〟という意味だそうで大人はこの言葉を聞いたら〝ハッピーハロウィン〟と返事をしてお菓子をあげるようですね。
このお菓子をあげるという行為にも悪霊を追い払う意味があるそうで、ハロウィンにとっては重要なもののようなのですが……ここまで読んだわたしは、パタン。とすぐに本を閉じました。
これは大変よろしくない物です。
いえ、残すべき文化が記された素晴らしい本というのは分かるのですが、誰かに見せてはならない物ですね。
一応、ただの祭りですので普段ならばここまで気にしないのですが、時期が悪すぎます。
そう、今の季節は秋。ケルトの大晦日は一〇月三十一日との事ですから、その日まで今から約一週間後なのです。準備をしてハロウィンを行うにはまさに絶好の日付といえることでしょう。
誰かが先導すればクスノキの里ではすぐさまハロウィンが開催されてしまうのは間違いありません。
そして、そんなことになったら楽しいことが大好きな妖精さん達が黙っているわけはないのです。
なぜならハロウィンは端的に言ってしまえば仮装してお菓子を求めるお祭り。それにイタズラという楽しいおまけまでついてくるのですから、反応してこない妖精さんなどいないはずがありません。
それに、妖精さんだけでなく幾人かこういうお祭りが大好きな方々がいらっしゃいますからね。
注意しなければ……と、考えていたらノックとともに助手さんの声が聞こえてきました。
「姐さん、ちょっと来て貰っていいですかい? 里の方で気になることがあったって話でして、調停官に確認して欲しいとのことです」
「あ、はい、分かりました。すぐに行きます」
わたしは〝祭りの本〟をテーブルの上に置くと助手さんの元へと駆け寄ります。
妖精さんが関わっているかは分かりませんが、呼ばれたからにはいかなければならないのが調停官のお仕事です。
ドアを開けて助手さんと合流するのですが、
「助手さん、その姐さんという呼び方いい加減辞めません?」
「何でですか? 姐さんは姐さんですよ」
「いえ、可愛くないといいいますか……」
わたしと助手さんはそんな会話をしながら調停官事務所を後にします。
まさか、後々あんな事が起こるとは想像もせずに……。
「おーっす! 来てやったぞ……っていないのかよ~。ここで資料の整理をしているって聞いてたのに入れ違いか? ん……これは〝祭りの本〟? アイツが整理している資料か。暇つぶしがてら読んで――ほうほう、これは楽しそうだ!」
もう一話か二話で終わる予定です。
オリジナル作品も投稿しているのでよろしければお願いします。