生まれ変わって突然記憶を取り戻した魔導具王は後悔する~世界中に散らばった前世の魔導具や古代遺物を取り戻すために冒険する~ 作:空雲ゆく
アリエスの叫び声が響く中、反射的に身体を半歩ずらしたヴァンの横を銀の一閃が通り過ぎていく。
アリエスから見れば、ヴァンの身体を剣閃が綺麗に通ったように感じるのも無理はない。
事実、少しでも遅れていれば、ヴァンの身体は一刀のもとに切り裂かれていたことだろう。
刀を振るうのと同時に、ヴァンとアリエスの背後に移動したユノは刀を抜き身のままダラリとたらし、首を傾げていた。
「あり? 避けられたー? もしかして、お兄さんこの
戦技とは気や魔力を込めた技、というのが分かりやすいだろうか。誰かから教わったりした物から、自分で作った物など人によって千差万別なのが戦技だ。
もっとも、騎士団や道場などの場所では、所属者に共通の戦技を教えることもあり、根底となる基礎的な技も存在している。
ユノにとってあの〝轟〟という戦技でヴァンを確実に仕留める算段だったのだろうが、ユノ使った戦技はヴァンも知っているものだった。
「アズマ一刀流、一の型〝
「おおー、正解。お兄さんホントにアズマ行ってたんだねー。しかも〝轟〟まで知ってるなんて、かなり詳しいんだねー」
「そんなとこで嘘ついてどうすんだよ」
どこか感心するように呟くユノに対し軽口を返すヴァンだったが、ユノの出した戦技の速度に驚愕していた。
エヴァンジュの記憶に〝轟〟の知識がなければ、反射的だろうと回避することは出来なかっただろう。
(こいつ、かなりのやり手だぞ……)
そんなヴァンの内心を知ってか知らずか、ユノの顔がどことなく明るい笑みで彩られた。
「ちょっと楽しくなってきちゃったー」
「こっちは全く楽しくないがな!」
そう言いつつも、ユノを迎撃するために剣を抜く。
(だいたい、こっちは剣の戦技なんて禄に使えないってのに)
ヴァンが今まで魔獣と戦うときに戦技を使ってこなかったのは、エヴァンジュの記憶には剣による戦技がほとんど存在していなかったのが理由だ。
一応、ヴァンの記憶と合わせて基礎的な戦技は使えるが、一流の使い手であるユノに付け焼き刃の戦技を使ったところで隙にしかならないだろう。
「じゃあ、いくよー」
呑気なかけ声と共にヴァン目掛けてユノが疾駆する。
その姿を見て、アリエスが声をあげる。
「マスター、来るですよ!」
「分かってる!!」
すでに〝轟〟は見極められると考えているのか、ユノは刀を上段に構えたまま、ヴァンへと斬りかかった。
刀の軌道は素早く、鋭いものだったが、決して見極められないようなものではない。ユノの刀に合わせるようにヴァンも剣の柄をしっかりと握って振るう。
「はあっ!」
気合いをいれたかけ声と共に振るわれた剣は、ユノの刀をしっかりと受け止めていた。
そのまま、幾重にも剣戟の音が鳴り響く。
(一撃、一撃が重い!?)
少女の細腕から放たれているとは思えない衝撃に押されてはいるものの、ヴァンとて負けてはいない。
「このっ!」
ユノの振るった刀を受け止めるだけでなく、自らも剣を振るって攻め立てる。
ユノの実力はすでに身にしみて分かっているため、ヴァンが選んだのは大ぶりな一撃よりも最小限の動きで隙を少なくする戦い方だ。
「いいね、いいねー」
攻撃されているというのにユノはどこか楽しげな声をだす。
その態度にヴァンは苛立ちを覚えるが、おそらくユノからすればピンチでもなんでもないのだろう。
ヴァンの剣を受け流したユノは、後ろに大きく跳んで距離を取る。
わざわざ離れる必要もなさそうに思えるのだが一体何をするつもりなのだろうか。
その答えはすぐにやって来た。
「じゃあ、これはどうかなー?」
言うやいなや、ユノは刀を大上段へと構え直し、ヴァンに一足飛びで接近する。よく見れば構えられた刀からは戦技特有の燐光が発せられていた。
「三の型〝烈火〟!」
力強い言葉と共に振るわれたのは炎によって一回り大きくなった刀――まるで太刀のような存在となったそれを叩きつけてきた。
「くっ!?」
これにはたまらずヴァンも受け止めるのは不可能と判断して、その場から飛ぶように逃げる。
強大な一撃は地面をえぐり取り、衝撃とともに辺り一面に土埃が舞う。
この状況では迂闊に動けないため、ヴァンが周囲を警戒していると、
「マスター、右から来るです!」
アリエスが先にユノを感じ取ったのか大声で知らせる。
それと同時に、土埃の中から銀の一閃と次いでユノが現れた。
不意打ちになり損ねた一撃を受け止め、刀と剣が競り合う形となって膠着をみせる。
しかし、受け止める前にヴァンの方が少し遅れたため、剣が刀にじりじりとおされていく。
「んー、このままだと斬れちゃうよー?」
きりきりと金属同士が擦れる嫌な音をたてながら、近づいてくる刀にヴァンは――
「なめるな!!」
ワイバーンとの戦いでも使ったグローブをかざし、ユノ目掛け火球を放った。
火を起こすための火球といえど当たればやけどぐらいにはなる。それにいきなり顔面に火球が飛んでくれば普通は反射的に仰け反らせてしまうものだが、
「うわぁ、危ないなー。当たるかと思ったよー」
ユノは火球を見た瞬間にヴァンの剣を弾くと、刀を火球に合わせ防いだ。
その場から、ほぼ動かずに行われたユノの冴えと技を目撃したヴァンの額に汗が滲む。
「あっさりと見切った奴に危ないとか言われても、まるで信じられないな」
「いやいや、しっかり防がなかったら私の隙を付く気満々だったでしょー? それにしても、そのグローブ、面白い機能がついているんだねー……でも、もう一度はないよ?」
(……だろうな)
ヴァンは内心で焦りながらユノの今の状態をつぶさに観察する。
ユノの雰囲気が変わった。
先ほどまでのぽやっとした感じが欠片もなくなっており、周りからは闘気が溢れ出ているようにも感じ取れる。
ヴァンにしてやられたことに腹を立てた……というよりは、本気になったというのが正しいだろうか。最後の言葉にのせられた凄みはそう感じさせるのに十分だった。
ユノが再び刀を振るうとヴァンもそれに対抗するように剣を振るう。
最初の打ち合いと似てはいるが、ユノの振りは明らかに速くなっており、ヴァンとしてはなんとか食らいついているような状態だった。
しかし、そんな剣戟もあっさりと終局することになる。
「あれだけ私の刀を受け止めてたんだ。限界がくるのも無理ないよねー」
ヴァンの剣がひび割れ、そのままユノの刀に切り飛ばされてしまったのだ。
「マスター!?」
剣の半分を切り飛ばされたのを見たアリエスが悲痛な声をあげる。
刀自体はヴァンに当たらなかったとはいえ、もうこの剣で戦うことは不可能だ。
すぐさまそう判断したヴァンは剣をユノに向かって放り投げて、僅かでも時間を稼ぐのと同時にアリエスに呼びかけた。
「アリエス! 結界はちゃんと張ってるな!」
「は、はい、バッチリです!」
とりあえず返事はしたものの、アリエスはなぜ、今ここで自分の結界について確認されたのか分かっていなかった。
考えられるのは、ヴァンがなにか広範囲に及ぶ技か何かを使おうとしているのではないだろうか、ということぐらいだ。
「何をしようとしているのか知らないけど、これで終わりだよー!」
そうこうしているうちに、ヴァンが放り投げた剣をはじき飛ばしたユノが襲いかかってきていた。
袈裟懸けに振るわれた刀は寸分の狂いもなく、ヴァンの身体を切り裂く――などということはなく、
カキィン! と甲高い音を立ててユノの刀が停止する結果となった。
「!? 一体なにで私の刀を……それは!?」
「はっ、剣がなくても止められるもんだぜ」
ヴァンは驚愕するユノを何処か勝ち誇った笑みで見つめていた。
刀を受け止めていたのは紫色をした小さな人型――
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬですよ、これぇー!?」
結界に身を包んだアリエスが、ヴァンに握られた状態で刀とぶつかり合っていたのだった。