生まれ変わって突然記憶を取り戻した魔導具王は後悔する~世界中に散らばった前世の魔導具や古代遺物を取り戻すために冒険する~ 作:空雲ゆく
「うーん、良い天気だなぁ」
海上を進む大型船の甲板で一人の少年が手すりに寄りかかりながら、水平線を眺めていた。
少年は故郷の島を離れ、本格的な冒険者として活動するため街へ向かっている最中なのだ。
冒険者になる目的は当然、魔導具王エヴァンジュ・ローディアスの隠された魔導具である。
この少年のように魔導具王の残した魔導具を目当てに冒険者になるものは珍しくない。
数がある程度出回っているはずの量産型の魔導具でさえも未だ高値で取引されており、一品ものにもなると国や貴族が大金はたいて買い取っていく事さえある。
そんな少年――ヴァン・フーリュアスは子供の頃からの夢であった冒険の旅へと出発したはずだったが、この後急な嵐に巻き込まれ海へ投げ出され――……
「……とまあ、これがヴァン少年の記憶なわけだが、このヴァンってのは俺の事なわけだ」
なぜ自分が浜辺にうつ伏せ状態でいたのかを思い出した
「あー、少しは楽になってきた」
潮だまりに映る自分の顔を確かめながら、ヴァンはエヴァンジュとは似ても似つかない顔をつぶさに観察する。
短めの
「似てるってわけでもないし、ただ若返って復活したってのとは違うのな。ヴァンがエヴァンジュの記憶を持ってるってのが一番しっくりくるな」
記憶を思い出した直後はヴァンの記憶とエヴァンジュの記憶が混濁して、処刑直前に言った言葉を後悔して思いっきり叫んでしまったが、今は比較的落ち着いている。
未だ頭は痛むし記憶も万全とは言い難いが、自分がエヴァンジュであり、ヴァンであるということは自覚できていた。
「さっきは思わず叫んでしまったが、どうすればいいんだ? 叫んだあの言葉が本心だよな?」
エヴァンジュはあそこで自分の人生が終わるからこそ、自分が魔導具を世界中に残したことを公表し、混乱することを望んだ。
しかし、これが前世の記憶を思い出すとなると話が変わる。
「こんなことになるなら言わなきゃよかったな。そしたら、魔導具の隠し場所なんか自分しか分からないから、エヴァンジュ時代の力をすぐに取り戻せたっていうのに……」
一〇〇年も経っているのだから、いくつかの魔導具は発見されていたかもしれないが、エヴァンジュがあんな言葉を残さなければ、世界中が熱狂し探されることはなかっただろう。
ヴァンの記憶によれば、エヴァンジュの魔導具の内貴重な物は国で保管しているものも多いようだ。そんなものを取り返そうとしても、今のヴァンでは死ににいくようなものだろう。
(とりあえず地道でもなんでもエヴァンジュ時代の魔導具を取り返すのは確定として、問題は海に投げ出されて運良く海岸にたどり着いただけだから、場所が分からないってことだ)
しゃがんだ状態のまま考え込んでいるとヴァンは背中をツンツンとつつかれる感触に煩わしそうな声を上げる。
「ん? 何だよ、今考え中……って、うぉ!?」
ヴァンが振り返ると今まさに何かが振り下ろされる所だった。
慌てて飛び退き立ち上がったヴァンの視界に入ったのは、自身の背丈の半分はあろうかという巨大なカニのような魔獣。
おそらく、先ほどのヴァンの叫び声に反応してやって来ていたのだろう。考え込んでいたせいで気付くのが遅れて危うくやられるところだった。
「こいつは、確かシェルクラブだったか? 百年経ったからって過去の魔獣が消え去ったってことはなさそうだな」
そんな風にヴァンが観察する一方で、シェルクラブはギチギチと鳴らしながら威嚇するように両方のハサミを振り上げる。
「ちょうどいい、この身体でどこまでやれるか試させてもらうとするか!」
腰に差していたロングソードを抜き去ると正面に構える。
今のヴァンの状態は前世であるエヴァンジュの記憶とヴァンの記憶が混ざった歪なものだ。若干エヴァンジュの記憶の方が強いのはおそらく生きた年数の差によるものだろう。
エヴァンジュは魔導具王と呼ばれていたが、戦闘において全て魔導具頼りというわけではなく、自身の身体能力も生かして戦っていた。
ヴァンの記憶の方にも戦闘経験はあるが、エヴァンジュが過去に戦った存在に比べれば遥かに弱い存在なのは間違いない。
今の自分がどれ位戦えるのか把握しておくのは重要なことだ。
シェルクラブは全身を硬い甲殻に覆われ防御と攻撃には秀でているが、動きが素早い魔物というわけではない。
まさに、身体の感覚を確かめるにはうってつけの相手だろう。
「行くぞ――っ!? あぶね!?」
一直線に地面を蹴ったヴァンだったが、初動からつんのめって転けそうになってしまう。
(思ったよりも速度が出ない……というより踏ん張りが効かないのか?)
砂浜ということを加味しても数歩で転けそうになるということは、身体と
ヴァンはとりあえず後ろに下がって体勢を立て直す。
そんな風にもたつくヴァンの姿を見て、シェルクラブはバカにしたように口から泡を出しながら接近してくる。
「ちょっとまだ危険かもしれないがっ!!」
シェルクラブの速度は大したことない――というのはあくまで歩く速度のことだ。振り下ろすハサミの方は大人が思いっきり武器を振り下ろす速度に負けていない。
ブォン! と空気を唸らせるハサミの攻撃をヴァンはステップでの回避と、ロングソードでの防御で無効化していた。
「どした! どしたぁ! こんなんじゃやられねえぞ!」
魔獣相手に煽る言葉が効くかどうかは定かではないが、ヴァンの調子は上がっているのは間違いなかった。シェルクラブの攻撃を最初はロングソードで防ぐ回数が多かったのだが、今はステップでの回避する回数の方が多い。
シェルクラブは容易い獲物と判断したヴァンの不可解なまでのしぶとさに苛立ったのか、閉じていたハサミを開きその鋭い刃を向けてくる。
あれに挟まれてしまえば、ヴァンの腕や胴体など簡単に切断されてしまうだろう。
「それは流石に危ないからな……こっちから行かせてもらう!」
上段へと構え直したヴァンはハサミ目掛けてロングソードを振りはらう。
シェルクラブは開いたハサミでヴァンを捉えようとしても、ロングソードに阻まれてしまい思うようにハサミを振るえない。
甲殻によってロングソードの攻撃は中まで届いていないが、自分が追い詰められているのは分かっているのだろう。シェルクラブの動きに焦りがみえる。
「だいぶ慣れてきたし、そろそろお仕舞いにするか」
戦い初めの頃と違い、今やヴァンは自分の身体の感覚を理解し完全に馴染ませていた。
エヴァンジュのような動きは完璧には出来ないが、どれが出来て、どれが出来ないのか分かればシェルクラブに苦戦するようなことはありえない。
「確かシェルクラブはハサミを切ればバランスを崩して柔らかい胴体が露出するんだったな」
倒し方を確認するように呟いたヴァンはあえてロングソードをダラリとたらし、隙をつくる。
降ってわいたチャンスにシェルクラブは両方のハサミを素早く振り回して、ヴァンを狙う。
「それを待ってました!」
予想通りの動きにヴァンは振り下ろされるハサミの内側へと飛び込んだ。ヴァンが狙っているのは間接だ。
シェルクラブは常に全身を硬い甲殻で覆われているが、攻撃する一瞬だけ関節の甲殻がズレてがら空きになるのだ。
ヴァンはそのままハサミごと両腕を切り飛ばすと、続けざまに後方へとバランスを崩したシェルクラを横一線で切り裂いた。
倒れ込んだシェルクラブは数秒あがくように手足が動いていたが次第にその動きはゆっくりになっていく。
「ありがとよ。おかげで良い練習になった」
ヴァンはロングソードについた体液を振り払って鞘に収め、完全に沈黙したシェルクラブを横目に歩き出そうとして、
「結局、ここがどこかは分かってねー!?」
自分が絶賛迷子中であったことを思い出したヴァンは、一先ず周辺の探索から開始するのだった。