swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド到達。家政婦(メイド)、坊ちゃん+剣。
 黒丸部分はご自由な解釈をどうぞ。


第九夜・運命の出会い——やっっと人間にレベルアップだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽はどんどん傾きつつある。

 沈みゆく太陽が夕陽に成り代わるよりも早く、フィオレはダリルシェイド入りを果たした。

 首都だけあって、神殿やアルメイダとは比べ物にならないほど広く、それだけ行き交う人の数も半端ではない。

 まず宿を探して、それからまともなものを摂ろうとフィオレはうろついていた。

 しかし。

 

「ねえ。俺と一緒にお茶でもどう?」

「すいませんいまいそいでます」

 

 かけられる声の多さが半端ではなかった。

 これまで、目立つ容姿のせいで誘われたことがなかったわけではない。

 それは片目を隠している今も変わらず、神殿でなんちゃって巡礼者に「一緒にお祈りしない?」と言われたこともあれば、アルメイダで地元の若者数人に話題捻出のためか、根掘り葉掘り自分のことを尋ねられもした。

 片目を隠しているのに、彼らは奇妙に思ったりしないのだろうか? 

 好みの男性をうっとり観察……もとい熱い視線を送ったことはあっても、気恥ずかしさが先立って当時積極的に親しくなろうと思わなかったフィオレに、ナンパする人間の思考は理解できなかった。

 眼帯のせいで目立っていること。

 男になりきれていない異装が他人の目にはかなり奇異に映っていること。

 きょろきょろ周囲を見回してるせいで、土地勘のない人間だと露呈しているから絡まれやすいということに、彼女はまだ気付いていない。

 そのとき、目の前に妙ににやけた面の小男が現れた。

 

「!」

 

 咄嗟に回避すれば、舌打ちと共に男はとっとと去っていく。

 これほど大規模な街なら珍しくない、セコい当たり屋といったところだろう。

 すぐに興味を失って立ち去ろうとした、その時。

 

「痛ぃってぇ~!」

 

 凄まじくわざとらしい、野太い悲鳴が聞こえた。

 思わず視線を寄せれば、僅か後方で何やら騒ぎが起きているらしい。

 

「……やめてくださいっ」

 

 間髪入れず女性の悲鳴が聞こえ、迷わず近づいてみる。

 人々が遠巻きにして見守る中心にいたのは、三人の男と一人の女性だった。

 三人の男、は正直どうでもいい。にやけた面、品性のひの字も見当たらない態度、いかにもちんぴらチックな雰囲気はほぼ同一である。

 問題は、三人に絡まれる女性だった。

 フィオレとは段違いの、成熟し且つ楚々とした美女である。

 つぶらな黒い瞳は愛らしく、立ち居振る舞いも可憐で、ただ綺麗なだけの美人よりか魅力的だ。

 瞳と同じ漆黒、ストレートロングの髪はフリルのついた純白のヘッドドレスでまとめられ、その華奢な身を包むのは茄子紺のワンピースにやはり純白のエプロンだった。

 どこからどう見ても、いいトコの家政婦(メイド)さんに見える。

 

「あんだぁ? 人にぶつかっておいて謝りもしねえのかよ、おねえちゃん?」

「いてえ、いてえよ、アニキ……!」

「ああ、こりゃひでえ。骨が折れちまったのか?」

 

 髭面が家政婦(メイド)さんを捕まえ威嚇、小男が肩を抑えてうずくまり、まぶしい頭がそんな小男の様子を見ている。

 こっちでもあっちでも、当たり屋が考えることはそう変わらないんだなと思いつつ。フィオレは人垣を割って彼らに近寄った。

 そんなフィオレに気付いて、髭面が家政婦(メイド)さんの腕を掴んだままじろりと視線を寄越す。

 

「あ? なんだよ。ナンパされにきたのかい?」

「たわごと抜かす頭があるなら、もう帰ってクソして●●ってから寝ろ」

 

 好色でブキミな笑顔を見せられ、フィオレは思わず本音をぶちまげた。

 凄まじく冷静な暴言に、髭面は目をテンにして阿呆のようにフィオレを見ている。

 

「……ではなくて。このイカレポンチが、そんな美女に手ぇ出す前にいっぺん鏡見ろよ」

 

 用意した建前が失せ、またもや本音が垂れ流された。

 そろそろ何を言われているのかに気付いて、顔を真っ赤にし始める髭面を制して、フィオレはどうにか言葉を繕っている。

 

「……でもなくて。明らかに嫌がっているではありませんか。そのイカくせぇ……オホン。けして清潔ではなかろう手を離してあげてください。ダメですよ、そんなステキな恋人がいるのに浮気なんて」

 

 右手で何かを握るような仕草のち、上下に動かした。

 初め何を言われているのかわからなかった髭面は、フィオレの卑猥な仕草で何のことなのかを知ったらしい。

 フィオレの創作でしかない仕草で何のことだかわかるチンピラを褒めればいいのか、哀れむべきか。

 

「ケンカ売ってんのかこのアマっ!」

「当たり前ではありませんか」

 

 明らかに相手をバカにした口調である。髭面は何もかも忘れてフィオレに殴りかかった。

 無論、そんなものをわざわざ受け止めてやる義理はない。

 最小限の動きで避けて、前傾姿勢になったところで足を出す。

 

「うぎゃっ」

 

 すかさず家政婦(メイド)さんを近寄り、有無を言わさず見物人に押し付けた。

 

「あ、あの……」

 

 家政婦(メイド)さんはともかく、見物人の何人かはフィオレの意図したことを察し、彼女を人ごみの中へ保護してくれる。

 そのままフィオレも逃がしてくれそうな見物人に無言で首を横に振り、家政婦(メイド)さんの姿が見えなくなったところできびすを返した。

 先ほどまで肩を抑えて呻いていた小男、その面倒を見ていたつるぴか頭が、盛大に転んだ髭面のもとへ駆け寄っている。

 

「ぼ、ボス、大丈夫ですかい?」

 

 ボスと呼ばれた髭面は、鼻を押さえながらも立ち上がった。

 押さえた手の隙間から、赤いものがぽつぽつ零れている。

 

「……嬢ちゃんよ、鼻の骨が折れちまったじゃねえか。どうしてくれんだよ?」

「勝手に転んだくせによくもそんなことが言えますね」

 

 家政婦(メイド)さんにはおねえちゃんだったのに、フィオレには嬢ちゃん。

 そこはかとなく打ちひしがれながら、フィオレはぬけぬけと屁理屈をはいた。

 本当に鼻の骨が折れているかどうかはさておき、髭面を転ばせたのはまぎれもなくフィオレの仕業。しかし、殴りかかろうといきなり突進をしてきたのは髭面だ。

 その勢いで思い切り地面と熱い接吻しただけのくせに、人のせいにしないでほしい。

 

「人を転ばせておいてなんだその態度は!」

「ひとになぐりかかろーとしてそのたいどはなんだー」

 

 怒鳴り声の屁理屈をかなり棒読みの屁理屈で返され、髭面の額に血管が浮く。

 しかし、彼はもう勢いで行動はしなかった。

 

「ああ痛え。医者にかからなきゃならねえな。でも金がねえんだよな」

「大丈夫。おうちでねていれば時間が治療してくれますよ。きっと」

「なんでそうなるんだよ! 転ばせたてめえが治療費出すに決まってんじゃねえか! わかったらさっさと出すもん出しやがれぇっ!」

 

 それも束の間。

 フィオレの度重なる棒読み攻撃にあっさりと堪忍袋の底を抜いて、フィオレに掴みかかってくる。

 とりあえず。彼女は免罪符を出しておくことにした。

 

「きゃああー」

 

 ゴスッ

 

「ぎえっ!」

 

 のんびりと悲鳴の代名詞を口にしながら、迫る髭面の脛を蹴る。

 怯んだところで「こないでー」と言いつつ、がら空きの顎を掌底で狙う。狙いは違わず、髭面の顎を垂直に撃ち抜いた。

 結果として、髭面は白目を剥いて失神している。

 

「あああ! ボス!」

「何しやがる、このメスガキ!」

 

 今度はガキ呼ばわり。

 腰に差していた大振りのナイフを抜いた小男に対し、フィオレはあえて素手で対峙している。

 

「いやあー」

「へグッ」

 

 ナイフを無茶苦茶に振り回す小男の手首を狙い、上段蹴りを試みた。

 ちょっと狙いが外れて小男の顔面に長靴(ブーツ)の先がめり込んでいるが、ナイフは落としたから結果オーライというやつだろう。

 

「そこまでだ!」

 

 誰かが治安維持部隊の類でも呼んだのか、割と近くで制止の声が聞こえる。

 頃合か、と、フィオレは落ちていた買い物籠を拾って、家政婦(メイド)さんを逃がした辺りへ駆け寄った。

 そのまま人ごみに入り込んで、声を張り上げる。

 

「さっきの! さっきの雄豚三匹に囲まれて立ち往生してた家政婦(メイド)さん!」

「は、はい……」

 

 するすると人を避けながら呼べば、思いの他近くに彼女はいた。

 あんな連中のことで面倒ごとに巻き込まれるのはごめんである。

 フィオレは彼女を招いて、大通りの角をひとつだけ曲がった。

 そこで初めて、家政婦(メイド)さんと向き合う。さらされた恐怖にか、瞳はかなり揺らいでいた。

 

「あ、あの。助けていただいて……」

「これどうぞ」

 

 それなりに膨らんでいる買い物籠を渡す。

 幸いにも口を縛ることが可能なタイプであるため、中身が紛失した危険性は皆無だが、取り落としているにつき損傷している危険性が大だ。

 

「あ、ありがとうございます」

「いいえ。何となく見過ごせなかったもので」

 

 頭を下げる家政婦(メイド)さんに中身のチェックを促し、興味にかられて籠の中をのぞこうとした、その時。

 

「……貴様。マリアンに何をしている」

 

 えらく殺気立った低い声。

 発生源を見やれば、そこには少年と思しき人影が一人、立っていた。

 柔らかそうな黒髪を品良く整え、露草色に金地で縁取られた上着をまとった少女に見紛う美少年である。

 事実、フィオレはその低い声さえなければ少女だと思っていただろう。

 落ち着いた朱鷺色のマントに、さぞやほっそりしているだろう両足を覆うは白のズポン。

 細腰に巻きついた幅広の白ベルトには、麗々しい曲刀が下げられている。

 それだけなら、まだ、わかるのだが。

 少年が紫闇の瞳を吊り上げ、フィオレを睨んでいるのは何故だろう。

 マリアン、と呼ばれた女性に視線をやれば、彼女ははっ、と我に返った様子で少年に訴えでた。

 

「リオン様、これは」

「マリアンは黙っていてくれ」

 

 しかしすげなく訴えは却下される。

 とりあえず、家政婦(メイド)さんの名がマリアンで、この少年と知り合い……というか、主従関係じゃなかろうかというのは推測できた。

 

「でも……」

「黙って下がっているんだ」

 

 ぴしゃりと言いつけられ、マリアンは素直に引っ込んでいる。

 ちょっと待てい、と突っ込みたいが、それどころではない。

 

「ええと。私は無実です」

「何かやらかした奴はみんなそう言うんだ」

 

 マリアンには何もしていないことを主張してみるも、鼻で笑われてしまっている。

 そこで少年は、怪訝そうに眉をしかめた。

 

「何だ貴様は。女のくせに男装しているのか」

「男装? していたつもりはありませんが、男に見えますか?」

「まったく見えないな」

『むしろちょっと凛々しくて、可愛い感じがしますよねえ』

「!」

 

 鼓膜を震わせず、声が聞こえる。

 脳裏で声が聞こえた──チャネリング現象発生にフィオレは敏感に反応していた。

 声質は、少々軽めの優男風か。

 フィオレの動揺などまったく気付いていない様子で、少年は話を続けている。

 

「そんなことはどうでもいい。雪色の髪に、白布の眼帯……野次馬の言っていた、奇妙な扮装の小娘とは貴様のことだな」

「あなたのような不躾小僧に小娘呼ばわりされる謂れはありません」

「なんだと……?」

 

 小僧、という単語に反応したのか。

 少年はみなぎる敵意に殺気まで添えて、なんと剣の柄に手をかけた。

 

「先程街中で揉め事を起こしたらしいな。どういうことなのか説明してもらうぞ、来い」

「行く気がしません。任意同行なら拒否します……あれ? そういえば、この街では子供を警備隊に雇ってるんですか?」

 

 ふと思い立ち、首をめぐらせてマリアンを見やる。

 彼女が答えるより早く、少年は実力行使にうって出た。

 

「減らず口を……連行に応じないのなら、取り押さえるまで!」

 

 鋼の擦れ合う音が響く。

 遠巻きに見る民衆のざわめきを受けながら、少年は優美な曲刀を構え、フィオレに斬りかかった。

 フィオレの視線はマリアンに向いており、リオンを一瞥する気配も無い。

 反応しきれていないのか、それとも──

 その時。鋼が鋼に触れる、涼やかな音が響いた。

 

「もしもし? えっと……マリアン、さん?」

 

 フィオレは相変わらず彼女のみを見ている。

 マリアンは驚いたような顔を浮かべ、フィオレの疑問に答えた。

 彼女の視線の先には、顔をそらしたまま黒刃の短刀で少年の剣先を押さえているフィオレの姿がある。

 

「リ、リオン様はセインガルド王国客員剣士であらせられます。それで、市街の見回りを……」

「客員、というと、お抱えですか。それも腕を見込まれての……なら、油断はしないようにしましょうか」

「っ! このっ!」

 

 ふんふん、と頷くその傍で、少年は幾度もの刺突を試みた。

 しかし、短刀の切っ先にことごとくあしらわれ、歯がたたない。

 フィオレが見ているのは彼女から左側。右目は眼帯で塞がれているのだから、死角であるはずなのだ。

 それなのに、その特殊な防御に髪一筋ほどの隙もない。

 不意にフィオレが、ひとつしかさらしていない瞳にリオンを映す。

 同時に短刀を強く押し込まれ、剣先がぴくりとも動かなくなった。

 そこで初めて、フィオレは少年の剣を目にしている。

 曲刀(カトラス)の刃に細剣(レイピア)の柄を合わせたような、宝剣と称しても差し支えない優美な剣だった。

 刀身の付け根に丸い飾りが張り付いている様子から見て、本来は宝剣だったかもしれないが……刀身はしっかりと実戦向きのように見える。

 

「……綺麗な剣ですね」

『そーお? ありがと~って、聞こえるわけ……』

「作成者ですか? 剣を褒められて礼を言うなんて」

『!』

 

 この近くにいるのか、絶句から動揺がくっきりと伝わってきた。

 ふと年若い剣士を見やれば、彼もまた驚いたようにフィオレを凝視している。

 

『坊ちゃん、この子……!』

「お前、シャルの声が聞こえるのか!?」

 

 ふと、リオンの持つ剣を見やれば、鞘に納まりきらない丸い一部分がゆらゆらと明滅していた。

 よもや──この剣が、念話を発しているのだろうか。

 

「ああよかった。幻聴では、ないのですね」

 

 内心の動揺を押し殺し、笑みすら浮かべてみせる。

 一方少年はといえば、更に表情を険しくしていた。

 

「資質持ちとなれば、ますます逃すわけにはいかなくなったな……」

「シシツ?」

「答える義理はない!」

 

 多少は落ち着いたのか、先ほどよりかキレのある刺突を、懐刀の先端で抑えることに成功する。

 しかし少年は、引き戻すことをせずそのまま停止した。

 

「あのう。何をやる気になっているのか知りませんが、ここはひとつ穏便に……」

『……そそり立つは剣の山。串刺しとなりて己が罪を知れ!』

「グレイブ!」

 

 説得を試みるも、少年の一声でかき消される。

 リオンの持つ剣、先ほど明滅を見せていた部分がカシャリ、と開き、中から日車草色の球面が顔を出した。

 まるでフィオレの左手に張り付いた、レンズのよう……

 

「!」

 

 整備された石畳が隆起する気配に、跳んで後退する。

 石畳を押し退けて出現した土くれの槍が、たった今フィオレの立っていた場所を貫き、役目は果たしたと言わんばかりに土へ戻った。

 盛大な土煙が視界を遮る、その一瞬。土煙をくぐるようにリオンが眼前に現れる。

 曲刀が翻り、それはそのままフィオレへ──

 意識している暇はまったくなかった。

 刃が迫るのを感じながら、体勢を低くし、短刀を握りなおして。

 

「っ!」

 

 短い悲鳴と共に、少年は石畳に転がった。

 

『うわ、坊ちゃん! しっかりしてください、坊ちゃあん!』

 

 切羽詰った声が、フィオレの脳裏に響き渡る。

 そこで彼女は、やっと何が起こったのかを把握した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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