swordian saga   作:佐谷莢

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 バティスタとの因縁を絶ち、舞台はトウケイ領へと移り変わります。
 ここでとうとう、エレノアの恋人であったフェイトにも顔バレ。
 秘密とは不思議なもので、漏れてしまうと広がるのはあっという間なのですよね。


第八十五夜——トウケイ領IN~障害も何のその

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のこと。一晩どころか一日ほどじっくりと休んだ一同は、港へと集合していた。

 ティベリウスと初の邂逅を果たし、フィオレにとってはあまりいい思い出のない港は人々が行き交い、それなりの賑わいを見せている。

 どうやら、シデンへの定期船が復活したらしい。それまで足止めされていた人々が、動き出しているのだろう。

 桟橋に横付けされている船の中で、一際巨大で黒い船体を発見する。

 黒十字艦隊、なるアクアヴェイル公国最大の海軍所属の船の傍に、モリュウ領主夫妻が佇んでいた。

 

「フェイトさん! リアーナさん!」

「皆さん、お待ち申し上げておりました」

 

 接触をスタンたちに任せて、リオンやフィオレは後方で見守るのみに留まる。

 つつがなく会話が進み、乗船するところまで話が及んだその時のこと。

 それまでジョニーの軽口に付き合っていたフェイトが、フィオレに話を振ってきた。

 

「昨晩はお見舞いもできず、大変失礼しました。お体の具合はいかがですか?」

「おかげ様で、動けるようにはなっています。ご心配どうも」

 

 隣に立つリアーナの視線に気付いていないわけもなかろうに、彼は笑顔で「それは何より」などと抜かしている。

 しかし、この気まずさもわずかなものであるはずだ。一同はこれから、トウケイ領を目指すのだから。

 ところが。

 

「あれ? お二人さん、下船しないの?」

「ええ。何のお力にもなれませんが、せめて皆さんのお見送りをと」

 

 フェイトの隣を陣取り、取った腕を片時も離さないリアーナがにっこりと微笑んだ。

 旦那はと言えば、表向き困ったようにしているものの口元は緩みっぱなしである。

 

「何ですか、あのバカップ……もとい、おしどり夫婦は」

「お前さん、つがいのオシドリが実はそんな仲睦まじくないと知ってて言ってないか?」

 

 実際のオシドリはそうだろうが、一応あの言葉はオシドリが夫婦寄り添って泳ぐ様を喩えて作られた言葉だ。

 寄り添う夫婦に対して間違っている言葉ではない。

 

「では、トウケイ領に向けて出発します」

 

 フェイトによる指揮のもと、船はゆるゆると港を離れた。

 此度の任務において、何回目か数えるのも嫌になってきた船旅の幕開けである。

 もしものとき用にと用意しておいたミントティーの茶葉をリオンに渡しておいたが、果たしてどうなっていることやら。

 きっと不機嫌だろうリオンやその八つ当たりで被害を被っているだろう一同を尻目に、フィオレは一人、甲板に佇んでいた。

 その手に楽器を、携えて。

 

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo──

 

 シストルを奏で、歌曲を口ずさむことで没頭し、一時的に考えることそのものを放棄していたフィオレは唐突にそれをやめた。

 悲しきかな、持ち前の感覚が他者の接近を鋭く感知したからである。

 楽器を後ろ手に持ち、くるりと振り返った。

 感じた気配通りの二人連れに対し、その場に跪く。

 そこに立っていたのは、本来こう接するべき二人だった。

 

「ご機嫌麗しく、お二方」

「あ……お邪魔でしたか?」

「そうかしこまらず、楽になさってください」

 

 バカップル……もといモリュウ領主本人からそれを言われ、素直に立ち上がる。

 他者との接触によりすっかり現実に戻ってきてしまったフィオレは、手持ち無沙汰にシストルを爪弾いた。

 

「この度はお忙しい中、船をお貸しくださりありがとうございます」

「いえ、今はこうでもしないとトウケイ領へは行けませんから」

 

 こうなると、イレーヌに行きの船だけ手配してもらったのが幸いだった。

 おそらくジョニーから一同の正体は明かされているだろうが、それでも堂々と他国の船籍が入った船の同道させるのは肩身が狭い。

 それはさておき、二人一緒に甲板へ出てきたとなるとやはりこの場で邪魔なのはフィオレだろう。

 名残惜しいが、今もあまりいい顔をしていないリアーナの表情から空気は読むべきだ。

 きびすを返して船内へ戻ろうとして、フィオレは立ち止まった。

 

「フィオレさん、でしたか。歌唱にとても秀でておられるのですね」

「お気に召していただけたのなら、幸いです。お耳汚し、失礼仕りました」

 

 まるでフィオレを引き止めるように、フェイトが話しかけてきたのである。

 どうでもいいが、彼は隣に立つ妻の顔を見ていないのだろうか。

 

「吟遊詩人の方、ですか?」

「いいえ。ジョニーから、私たちのことをお聞きではありませんか?」

「……ティベリウス大王に与するグレバム、なる者を追っている方々ということは承知しています」

 

 ジョニーに話した事情は伝わっているようだが、国際問題に発展しそうな一同の身分──特にリオンやフィオレに関してはお茶を濁しているようだ。

 いらないことを聞いたかもしれない。

 

「単なる趣味ですよ。吟遊詩人を名乗るなら、ジョニーのように派手な格好をしないと」

「はは、確かに。あれは派手ですね」

「派手というか奇抜というか。帽子の羽飾りなどは猫になつかれそうですが」

 

 緊急回避成功。しかし代わりに、リアーナの表情がどんどん暗くなりつつある。

 どうにかして彼女に話題を振ろうとするが、難しかった。何せ、共通する話題がジョニー関連くらいしかないのだ。

 若しくは、すでに存じている彼らの馴れ初めを聞くくらいか。

 しかしそれはエレノアが絡むにつき、あまり明るい話にはならないだろう。

 

「ジョニーの出で立ちは、昔からああなのですか?」

「……いえ。今から、四年ほど前ですね」

 

 そんなにおかしなことを聞いただろうか。答えたフェイトの表情が、目に見えてどんどん沈んでいく。

 咄嗟に原因を考えて──ふと、イスアード将軍のことを思い出した。

 彼がアクアヴェイルから亡命同然の形で国王の召喚を受けたのは、四年ほど前のことであるらしい。

 その時すでに、彼はフェイトとエレノアの関係、更にエレノアの最期を知っていた。

 ということは、ジョニーがあの格好を始めたのは、エレノアが亡くなってからのことだということか。

 これは、事情がわからなかったとはいえ失言に違いない。

 もう口は開かない方がいいかな、ときびすを返しかけた、その時。

 何の前兆もなく、船が進行方向へと傾いだ。

 

「きゃっ!」

「リアーナ!」

 

 咄嗟に平衡を保ったフィオレは、二人を置き去りに舳先へと駆けつけた。

 甲板に詰めていた水兵たちが群がる中、見やった先にいたのは。

 

「……タコ?」

 

 巨大な目玉をぎょろりと動かし、吸盤付にして骨があるとは思えない幾本もの足を熱烈に船体へ絡めている。

 否、絡んでいるだけではない。妙に船が傾ぐと思ったら、巨大な吸盤を駆使して甲板へ昇ろうとしているのだ。

 その大きさ、人間を丸かじりできるほどである。つまるところ。

 

「モ、モンスターだ!」

「落ち着いて! とりあえず、皆を呼んできてください!」

 

 その全容を、そして甲板に昇ってくるその様子を見てだろう。

 パニックを起こしかけた水兵に喝を入れて、フィオレは紫電を手に取った。

 とはいえ、あんな巨大生物を早々三枚におろすことはできないだろう。

 ならばディムロスの炎でこんがり焼き上げるもよし、クレメンテの力を借りて電撃を浴びせるなり、手段だけならいくらでもある。

 それまで時間を稼げばいいだけのことだ。

 恐れをなしたのか、指示を出されたことで正気に返ったか、あるいはこれ幸いと避難しているのか。

 異常を感じて集まってきた水兵たちは、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 だが、これで動きやすくなったのも事実である。当然、モリュウ領主夫妻も保護されていることだろう。

 ズルッ、ベタッ、と音を立てて乗り込んできた巨大生物に、軽く挨拶を試みる。

 

「天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」

 

 海の気配をたっぷりと孕んだ潮風に左手の甲に張り付いたレンズが反応し、第三音素(サードフォニム)に相当する晶力を引き寄せていく。

 やがて十分な晶力が集い、譜陣を展開させたフィオレはそのまま発動を促した。

 

「インディグネイト・ヴォルテックス!」

 

 帯電した嵐が大ダコを取り囲み、上空から降り注ぐ電撃の乱打が降り注ぐ。

 元来痛覚を備えないタコらしからぬ怯んだような仕草を見せた隙を乗じて、フィオレは突貫した。

 異物の接近を感じて、迫る吸盤付きの足に紫電を一閃する。

 レンズで強化されているとはいえ所詮タコの足、斬ることに特化にした刃物に敵うわけもない。

 本体から切り離されたそれは、甲板にビタビタとのたうち回った挙句動かなくなった。

 足を振り回されたら、後にここで戦うだろう前衛たちが苦労するのは目に見えている。

 足止めに専念するつもりだが、好機は逃さないつもりだった。

 覚えたのは痛覚か喪失感か、体同様巨大化した目玉がジロリ、とフィオレを映す。

 

「くっ!」

 

 複数の足がフィオレに迫り、紫電で薙ぎ払いながらもすべてを捌くことは敵わなかった。

 回避を続ける中、ふと視界に二人組が入る。

 ──あの船員ども。無能にも程がある。

 戦いに巻き込まれる心配こそなかったが、甲板上にはモリュウ領主夫妻が保護されることなく未だに佇んでいた。

 

「何をされているんです! 早く船内へ……!」

 

 言いかけて、彼らの表情に眼が行く。

 フェイトは驚愕で固まっており、リアーナはそんな夫の横顔を苦しそうに見つめながらも何かを訴えている。

 おそらくは避難を促しているのだろうが、肝心のフェイトが動かないのだろう。

 そういえば、先程。複数の足の襲撃から逃れるべく回避を続けていて、かわしきれなかった一撃に帽子を落としていた。

 すぐ回収こそしたものの、わずらわしかったために懐へ押し込んでいたのだが──

 そこへ。

 

「フィオレさん、大丈夫ですか!」

「うっわ、何よコレ!」

 

 船内へ続く階段より、スタンを先頭とする一同の姿が現れる。

 攻撃をしのぐ最中、フィオレが示した夫妻の姿をリオンが認め、ルーティとジョニーに何事かを告げる。

 彼らは素直に頷き、夫妻を速やかに船内へと避難させた。

 すっかり慣れたもので、スタンとマリーが自主的に前衛へと駆けつける。

 攻撃の手が緩んだところで、フィオレは下がった。

 

「リオン、前衛をお願いします。スタンはフィリアと一緒に、晶術を使ってください!」

「わかった」

「了解です!」

 

 リオンと入れ違いにスタンが下がり、すでに詠唱を始めているフィリアの傍で晶術発動を試みる。

 フィオレもまた駄目押しの一手を打つべく、降り注ぐ日差しへと手を掲げた。

 

『紅き流星は幾筋もの尾を引き、かの地へと降り注ぐ!』

『煌くは紫電の剣。其は鋭さを持て、天空より振りかざされん』

「遥か彼方の空へ我、招くは楽園を彩りし栄光。我が敵を葬り去れ、荒ぶる神の粛清を受けよ!」

 

 コアクリスタルはそれぞれ煌き、フィオレの足元で譜陣が展開する。

 頃合を見て前衛たちが対象から離れたのを合図とし、それぞれの術は一斉に降り注いだ。

 

「フィアフルフレア!」

「サンダーブレード!」

「アースガルズ・レイ!」

 

 炎塊がいくつも降り注ぎ、雷が乱舞し、とどめに超高熱の奔流をその身に受けた大タコはあえなく消滅した。

 

「目がチカチカする……」

「今のは豪勢だったわねー」

 

 炸裂する瞬間を見てしまったのかマリーが目をこすり、それまで船内に引っ込んでいたルーティが顔を出す。

 フィオレの素顔についてフェイトから何か言われてでもいるのだろうか。彼女や夫妻と共に船内へと入ったジョニーの顔はない。

 懐の帽子を引っ張り出して被り、フィオレはそれとなくルーティに話しかけた。

 

「ジョニーはどうかしたんですか?」

「なんかね、フェイトさんから『話がある』って連れてかれちゃったわよ。えらい剣幕だったけど、それがどうかした?」

「実は、先程戦闘中に帽子を外してしまいまして……」

「なるほどね。でもまあ、どうしようもないわよ。そんなの」

 

 なるようにしかならない、とルーティは言うものの、至極気まずい。

 今頃ジョニーが、どんな言い訳を重ねていることやら。

 流石に放っておくわけにも行かず、フィオレは紫電を納めて船内へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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