swordian saga   作:佐谷莢

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 トウケイ城内、先へ進むため仕掛けを解きにかかります。
 出会いあれば別れあり、生きていればいつかは死に。
 手の内にあったものは、いつのまにかポロポロと零れていく。
 それでも、この世には。絶対に無くならないものがあると思うのです。


第八十七夜——待ち受けるは別離

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと思い立ち、手近な扉──虎の絵の扉を開く。

 相変わらず暗黒が揺蕩うその中に、フィオレは財布から取り出した貨幣を投げ入れた。

 

 ──チャリンッ

 

「10ガルドコイン!?」

 

 貨幣が床に転がる音を聞きつけ、真っ先に反応したのはルーティだった。

 リオンとじゃれあっていたのも忘れて、一目散に出入り口へと走る。

 その場でサーチガルドを行った彼女の手には、きらりと光る貨幣があった。

 

「見つけたっ♪」

 

 今度は扉を替え、再び貨幣投擲を試みる。

 またしても貨幣の転がる音が響き、「1ガルドコイン!?」と音で通貨の種類を判断したルーティがサーチガルドをするまでもなく、貨幣を発見している。

 

「すごい特技だな。音だけでガルドの種類がわかるんだ」

「そ、それより、スタンさん。何で扉の中に投げたガルドがそこに……」

「実に信じがたいことですが、空間が捻じ曲げられているんでしょうね」

 

 実際には何かのカラクリが働いているのだろうが、見ただけではこうとしか言えない。

 そんな中、自分もやってみようとでも思ったらしいジョニーがおもむろに扉を開く。

 そして、手の中のものを内部に投げ入れるも、何の音もしなかった。

 

「あれ?」

「っかしいな。確かに投げたんだが……」

 

 すっぽ抜けたか、と周囲を見回すジョニーと、探し物を手伝うスタンの間をすり抜けて扉の中を覗く。

 内部の様子はわからないが、この状況を打開するヒントがここにあった。

 

「虎穴に入らずんば、虎子を得ず──と言ったところでしょうか」

「フィオレさん?」

 

 ぽつりと呟いた一言にフィリアがいぶかしがるのを尻目に、フィオレは唐突に扉を潜り抜けた。

 一瞬の闇の向こうには、先程と変わらない光景が広がっている。

 ただし──足元にはジョニーが放ったと思しき貨幣が転がり、仲間達の姿はない。

 そこへ。

 

「おい、勝手な行動を取るな!」

「あんた、時々妙に大胆よね……」

 

 出入り口から次々と現われる仲間達を横目で確認し、先程くぐった扉に手をかける。

 しかし、鼠の描かれた扉はどこの扉が開かれているわけでもないのに、一向に開かなかった。

 

「不思議だな。部屋の先にまた同じ部屋があるぞ」

「あのガルドみたく、俺たちも元の部屋に戻されただけなんじゃ」

「いいえ。今、確実に先へ進みました」

 

 何を根拠に、と言わんばかりに胡散臭そうな目でこちらを見やるリオンを見下ろし、鼠の描かれた扉を示す。

 

「先程、私達はこの扉をくぐりました。そして今度は開かないんです。この中にある扉すべてを順番通りにくぐれば、必ずどこかに辿りつくでしょう」

「……眉唾だが、他にいい案があるわけでもない、か。それで、先程の茶番を繰り返すのか?」

「他に方法があるなら、私が教えていただきたい」

 

 これらの絵の共通点、及び順番をつけようにもしっくりくるものがないのだからしょうがない。

 とにかく一番初めが鼠だということは判明したのだ。ならば、体が小さい順で試してみようと鳥の扉に手をかけて。

 

「待て、次はそこじゃない」

 

 ジョニーに止められた。

 何か思いついたのかと尋ねれば、彼は大きく頷いている。

 

「なかなかシャレたことするねえ、敵さんも。こりゃアクアヴェイルの文化に通じてなきゃ到底わかりっこない」

「アクアヴェイルの文化……?」

 

 他国人である一同はおろか、そもそもこの世界の文化など一切知らないフィオレは首を傾げるしかない。

 そんな中、唯一書物での知識を有していたフィリアが勢いよく手を打ち鳴らした。

 

「ひょっとして、干支のことでしょうか? いえ、十二支でしたか……」

「どっちも正解だ。あれは呼び方がいくつかあるからな」

 

 とりあえず、何の話をしているのかを尋ねる。

 すると、ジョニーは妙に嬉しそうな笑顔で詳細を語ってくれた。

 

「時間や方位、それぞれに十一種の動物と幻獣──龍と呼ばれる古代種のドラゴンを当てはめて示すんだ。昔のアクアヴェイルではごく一般的に使っていてだな……」

「……えー、時刻や方角に動物などの名前を当てはめるんですね。それで、思い当たる共通点、あるいは法則などはございますか?」

 

 詳細を飛び越えて薀蓄を語り出すジョニーを制して、要点だけを求める。

 すると彼は、面白くもなさそうな表情を一瞬浮かべた。

 しかしそれは本当に一瞬の出来事。おもむろに楽器を取り出し、軽く爪弾く。

 すわ敵襲かと身構えかけるも、そうではないらしい。

 

「そう結論を急ぐなって。ちぃっとばかり聞きたいことがあるんだが……」

「フィリアは何か、知りませんか?」

 

 回れ右のち、ジョニーに背を向けてフィリアに尋ねにかかる。

 彼と接していて気付いたことだが、どうも彼は物事を回りくどく話すことを好む傾向にあるようだ。

 話し上手なのは吟遊詩人を自称する彼にとって都合がよいことなのだろうが、事は一刻を争う。ぐだぐだ話をするつもりなどは一切ない。

 しかし、彼女は申し訳なさそうに首を振った。

 

「ごめんなさい。ほとんどうろ覚えでして……」

「多少は覚えているんですね?」

「はい。はじめが鼠で、次が牛。その次が虎で、その……」

「焦らなくていいです。ゆっくり思い出していただければ」

 

 次なる牛の扉にジョニーの貨幣を投げ、戻ってこないことを確かめて次へ進む。

 同じ調子で虎の扉を潜り抜けると、フィリアは実に言いにくそうに次なる動物を言った。

 

「次は……その、多分兎だと思います」

「確か、ではなくて多分ですか?」

 

「はい。アクアヴェイル独特の言い回しで、ネ・ウシ・トラ・ウ・タツ・ミ・ウマ……というようなのです」

 この中で、頭に「ウ」がつくのは兎と馬。

 すでに馬はミとやらの後ろにあるため、そう思ったのだろう。

 兎の扉に貨幣を投げ、正解であると確信してから扉をくぐる。

 しかし、その先はどうにもならなかった。

 

「タツ、って何?」

「……フィリア。ウマの後に続く言い回しはわかりますか?」

「その先は……その……」

 

 覚えていないようだ。

 ちらり、とジョニーを見やるも、先程無視をしたためか、ふてくされた様子で、無言のまま一同について歩いている。

 動いているだけ、ましかもしれないが。

 

「ジョニーさん。フィオレさんに聞きたいことって、何ですか?」

「……ちょっとな」

 

 スタンが率先して彼の機嫌を直しにかかるものの、ジョニーはヘソを曲げたままだ。

 ないがしろにされたまま機嫌が直せないのは、一重に上流階級出身者の特徴なのか。

 

「……ジョニー。先程はすみませんでした。お詫びに、答えは教えてくださらなくて結構です」

 

 つれなくしたのは悪く思うが、だからといって彼が知りたがっていることを話す気はない。

 とにかくウマは除外されているのだ。

 開かない扉と馬の扉、それらを除外した残りの動物の絵を試そうと、フィオレが財布の紐を緩めると。

 

「……答えてくれたら許してやらないでもないぜ」

「別にいいです許してくれなくても。どうせこの件が済めば、二度とお会いすることもないでしょうし」

 

 ぼそ、と呟かれた一言をさらりと流し、試しにかかる。

 そこで、聞き逃せない一言があったのか、ジョニーは態度を改めて追求を仕掛けてきた。

 

「……二度と、会うことはない?」

「ええ。今のところアクアヴェイルには用事がありませんし、そもそも気安く遊びに来れるような場所ではありませんからね」

「……」

 

 羊の扉を開け、貨幣を投げる。

 とうとう出入り口に転がったジョニーの100ガルドコインをルーティが歓声を上げて拾おうとして、ジョニーが素早く回収した。

 

「……各国との、冷戦状態の話をしてるのか?」

「そんなところです。喧嘩別れしてしまうのは寂しいことですが、もうお会いすることがないなら好都合でしょう」

 

 犬の扉を開き、貨幣を投げる。

 今度こそ、フィオレの1ガルドを手に入れたルーティだったが、歓声は上がらなかった。

 確認作業をしているフィオレの背中を、ジョニーがひどく険しい目で睨んでいたからだ。

 

「紫電はそのまま持ち逃げする気かい?」

「この件が済んだらおかえしします。シデン領まで行くことはできないでしょうから、あなたに直接」

 

 絶句をさせるために言い放たれた辛辣な一言が、何の動揺もなく返される。

 何の痛痒も与えられなかったことに腹を立て──腹を立てた自分自身に嫌気が差しながら、淡々と確認作業を続けるフィオレのもとへと歩み寄った。

 足音か、気配か。ともかくそれを承知していたらしいフィオレが、ちらりと見やる。

 見下ろしたその顔は、相変わらず帽子で隠されていた。それを払いのけようとして。

 他ならぬ本人に、やんわりと拒まれる。

 

「故人は二度と戻りません。早めに忘れたほうがあなたのためですよ」

 

 エレノアと同じ顔をした人間が惜しくなったのか、と小声で囁かれ、言い草に怒りを覚えたジョニーだったが、怒りはすぐにしぼんで消えた。

 怒りを露にするよりも、建設的な言葉が浮かんだからだ。

 

「……もう二度と会うことはない、ってんなら。問題のことを俺に話してくれても支障はねえはずだが?」

「実にくだらないことです。でも、どうしようもないことなのだと思います」

 

 しつこく追求するジョニーから逃れるのは無駄だと思ったのか。フィオレは作業の手を止めて、彼に向き直った。

 

「誰かに間違えられるということは、自分を自分として見てもらえない、ということ。それを悲しく思った。それだけですよ」

 

 エレノア・リンドウなる女性に似ている。

 それは彼女を知る人々にとって、彼女を思い出さずにはいられない──つまりフィオレンシア・ネビリムという人間は蔑ろにされる。

 フィオレが目の前に立っていても、エレノアを知る人間はそれだけで彼女のことを思い出す。

 それは誰が悪いわけでもない。単なる偶然の産物だ。

 世の中には同じ顔の人間が三人はいるらしいし、それが別世界の人間なら尚更である。

 イスアード将軍からの情報で、それは覚悟していた。

 していたが──表に出してしまう程度には、気にしてしまったということである。

 

「さて、私は白状したのです。ご存知の情報を教えてくださると私の上司を怒らせずにすむのですが」

 

 ちら、と中二階からリオンを見やる。

 幸いまだ怒っていないようだが、これ以上引き伸ばしたら不機嫌になるのは確実だ。

 解答を得て、半ば気後れしていたようなジョニーは、はっ、と我に返った。

 

「あ、ああ。次は龍……古代種のドラゴンだな。その次が蛇だ」

「ふむふむ」

 

 念には念を入れて、貨幣を投げ入れながら先へ先へと進む。

 馬、羊と進んでいくうち、先頭のフィオレのすぐ後ろを行くジョニーがぽつりと呟いた。

 

「本当に、二度と立ち寄らないつもりか?」

「緊急の用事が出来ない限りはね。エレノアに似た顔の私には過ごしにくい土地ですし」

 

 何を真面目に尋ねるんだ、と言わんばかりの態度である。

 努めてそのように対応したフィオレではあったが、彼はそうか、と呟いたきり無言のままだった。

 気にはなるものの、すぐにその件は思考から排除される。

 猿、鳥、犬、イ──猪の扉を順繰りにくぐったその先。

 天守閣へと通じるだろう階段が、そびえていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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