ティベリウスは撃破したものの、肝心要の大本命にはまんまと逃げられ。
一同はグレバムを追うべく、再び追跡行へと戻ります。
どうでもいい話ですが、ティベリウスは何故グレバムの行き先を知っていたのでしょうか?
「こんどファンダリア行くよー」「いてらー」という会話でも交わしていたんですかねえ。
玉座へと戻れば、彼は早速尋問を試みていた。
「おい、グレバムはどこへ逃げた?」
「知らん……と言いたいところだが、もはや俺には関係ない……」
すでに己の死期を悟ったか、ティベリウスは思いのほか素直に吐いた。
息も絶え絶えに、グレバムの行き先がファンダリアであることを告げる。
「ファンダリアだと?」
「ふふふふふ……謀られたわ。奴め、はなから俺を捨て石にするつもりだったか」
リオンの言葉も聞いていない様子で、自嘲気味にそう零した。
今更ながら気付いても、もう遅い。
まんまとグレバムの傀儡となっていた男を見下ろし、ジョニーは苦々しく吐き捨てた。
「……こんな男が、アクアヴェイルの大王か! ザマねぇな、ティベリウス!」
「道化のジョニーとはよく言ったものだな。この俺も、まんまと一杯食わされたわけだ」
「親父を蹴落として、この程度とはな……失望したぜ」
詳細はわからない。
だが、ジョニーの父から大王の座を奪ったティベリウスも、当初はジョニーたちシデンの人間による報復の気配がないか、動向を探っていたのだろう。
それがいつしか、気にかけることも忘れていたという辺りだろうか。
「何とでも言うがいい。奴の、神の眼の力を利用しているつもりで、その実利用されていたのは俺の方だったようだ」
「セインガルド侵攻などという、夢物語に踊らされやがって!」
これまで溜めてきた感情の吐露だろう。
悪し様にティベリウスを罵るジョニーに対し、その言葉を受け入れていたティベリウスが初めて、否定を口にした。
「夢物語? ……違うな」
「なに?」
「これは近い将来にやってくる現実だ。暴走する悪魔を食い止められるか? セインガルドの少年剣士よ」
どうやらバティスタは、フィリアのこと以外の一同の特徴を──ひいては、どこから追っ手が派遣されているのかを、グレバムに報告していたらしい。
そうでなければ、ティベリウスがリオンの存在を知っている理由にはならない。
「奴はすべてを巻き込み、破壊し、食らい尽くすぞ」
「……黙れ」
虫の息のくせに、セインガルド侵攻というくだりで顔色を変えてしまったリオンには気付いたらしい。
ふざけたことを抜かすな、と言わんばかりにシャルティエの柄に手をかける彼にまるで頓着せず、ティベリウスは愉快そうに嘲笑した。
「たとえ俺の命がここで尽きようと、セインガルドもすぐ後を追うことになる。グレバムと神の眼によってな! くははははは……」
「黙れ下衆野郎!」
──セインガルドには、彼の愛する女性が帰りを待っている。
そのセインガルドが蹂躙されるだろう、というのは、たとえ死に損ないの妄言であったとしても、許し難く聞き流すこともできなかったのだろう。
少年は普段使い慣れない荒々しい言葉でティベリウスに怒鳴りつけた後、ついにシャルティエを抜いた。
「ぐぁーっ!」
「リオン! お前、何てことを……」
スタンの言葉に、リオンは我に返った様子で己の愛剣を見下ろしている。
付着した血糊を見て、絶命しているティベリウスを見、そして彼はバツが悪そうにジョニーを見やった。
「悪いな、ジョニー。お前の獲物だったな……」
「いいってことよ。手間が省けたぜ」
スタンが言ったのはきっとそういう意味ではないのだろうが、今回ばかりは何も言えない。
心に決めた誰かを護ることは、フィオレも同じように望むことだ。その想いを、否定することはできなかった。
そこへ。
「ジョニー、無事か!」
階段を駆け上る音がしたかと思うと、護衛を何人か引き連れたフェイトが、自身も武装をして現われた。
流石に危険だと思ったのか、リアーナの姿はない。
そして、息を引き取ったティベリウスの亡骸を前に息を呑んでいる。
「よう、遅かったじゃないか。もう終わっちまった後さ」
「倒したのか、奴を……」
正確には「殺した」だが、訂正をする気にもなれなかった。
婚約者の仇を前にして心中穏やかではなかろうに、フェイトは冷静なものである。
そう思ったフィオレだったが、次なる会話を聞いて考えを改めた。
「ああ。……これでやっと、エレノアも浮かばれるさ」
「そうか……」
互いに思うことがあるのだろう。冥福を願うように沈黙が漂った。
そんな中、非常に言いにくい事の顛末を語ったのは。
「グレバムが神の眼を持って、飛行竜でファンダリアへ逃げました」
「なんですって……」
スタンの言葉に、フェイトは驚愕も露に絶句した。
神の眼のこと、飛行竜のことを知っているようだが、果たしてそれらがセインガルド所有のものであったことも彼はご存知なのだろうか。
詳細な説明を省き、リオンが淡々と自分たちの今後の動向を告げた。
「僕たちは奴の後を追う」
「わかりました。では、アクアヴェイルが誇る黒十字艦隊でファンダリアまでお送りしましょう」
「ありがとうございます。助かります」
「なに。この程度のことしかできなくて申し訳ない」
話が早くて助かる。
一応トウケイ領の様子を尋ねてみると、ただいまモリュウ領より連れてきた人材によって鋭意対応中らしい。
フェイトとしては民衆を味方につけてからティベリウスに挑むつもりだったようだが、これならすぐに街としての機能を取り戻すだろう。
護衛の何人かにティベリウス討伐の結果、並びにファンダリアへの出港準備を申し付けてフェイトはおもむろにジョニーへ話題を振った。
「おい、ジョニー。お前も一緒に行くのか?」
「いや、俺はここに残る」
「ジョニーさん!?」
スタンは驚いたように彼を見やっているものの、ジョニーにしてみればこれが当たり前だ。
なぜなら彼はモリュウ城での借りと、ティベリウス討伐のため一同に同行したのだから。
「……行くと言ったり、残ると言ったり。忙しい方ですねえ」
「そこ、茶化すな。悪いな、スタン。俺にはある目標ができちまってな……」
「目標?」
「今回の事件をネタに、セインガルドとの冷戦状態を解く。最終目的は国交正常化だ。飛行竜やら神の眼やら、管理をしていたくせに悪用されてるたぁどーゆーこったと責任を追及すれば、少しは取引材料になるだろ」
「……そのやり方が正しいかどうかはわからんが、それにはまずアクアヴェイルを統一しなければならないぞ」
フェイトの的確な突っ込みに、ジョニーは事も無げに頷いた。
単なる思いつき、ではないらしい。
「まあ、そんなわけで今は保留だけどな。この惨状を見ちまった以上、今ここでアクアヴェイルを出ては行けない……ってことにでもしとこうか」
「だが、そうなるとお前……」
「私は支持しますよ。一領主のご子息として、あなたにしかできないこともあるでしょう。そしてここに、セインガルド側の理解者もいることですしね」
フェイトが何か言いかけるのを制して、リオンの肩に手をやり考えに賛同する。
そのこと自体に一切触れない代わり、否定もしなかったリオンはその手を払いのけた。
「心配するな。お前がいようがいまいが、僕達はグレバムを倒す」
「そう言ってくれると思ったよ。ま、あまり役には立てなかったが俺の歌が聞きたくなったらいつでも寄ってくれや」
そうそう実現できることではないのだが、湿っぽい別れは好まないのだろう。
その気持ちに応えて頷けば、彼はニカッと笑って見せた。
「それまで、ぐっばいだぜ」
「では、港の方へ。少し準備に時間がかかりますので、乗船してお待ちください」
そう言ってフェイトが先導を始めた際、ジョニーを見やる。
ここで別れるつもりなのだろうか。彼はティベリウスの亡骸を見下ろしたまま、まんじりとも動かなかった。
やはり、こちらから促すべきか。
「フィオレ? どうかしたの」
「──個人的なことで、ジョニーに話があります。先に行っていてください」
その言葉にジョニーはちらりとフィオレを見やり、ルーティは……何ともいえない笑みを浮かべている。
あえて喩えるなら、やり手ババアのそれか。
「ルーティ?」
「え? うん、わかった。港で待ってるわね」
ホラホラ行くよ! とフェイトすらもどやしつけて階段を下りていく。が、一向に扉の開閉音は聞こえない。
それどころか。
「ルーティ、盗み聞きなんて悪趣味だぞ!」
「なによ、うっさいわねえ。じゃああんた達先に行ったらいいじゃない」
「私は興味あるな。リオンは行かないのか?」
「恥ずかしながら、わたくしも少し興味がありまして……」
などなど。
声量こそ小さめだが、それなりに聴覚の性能に恵まれているフィオレと、吟遊詩人という音を扱ってナンボの人間に聞き取れないほどではない。
「あいつら、丸聞こえだっつーの」
唇を尖らせるジョニーに対し、フィオレはただ控えめな笑みを零すばかりだ。
フェイトが来た時点で帽子を装着している彼女の口元しか見えないが、よく似た顔を知っているせいか、容易にその表情を想像できる。
「場所移すか? 展望台なら……」
「いいえ。皆に知られて困ることではありませんから」
どちらかといえば、認識しておいてくれたほうがいいかもしれない。
ところが何故か、それを聞いてジョニーは短い口笛を吹いた。
「おっ、大胆だねえ。だがそれも悪かねえ」
「……大胆? 悪くない? 何がでしょう」
「ん?」
奇妙な言い回しに言及するも、彼は何故フィオレが困惑しているのかもわかっていない。
どうやら、相互の認識に誤解が生じているようだ。
「互いに勘違いしている可能性大です。率直に言いましょう」
「あ、ああ」
「この度の同行、及び協力に深く感謝します。あなたがいなければ、私たちは事を運ぶのに更なる苦難を強いられていたことでしょう」
帽子を取り、大きく頭を下げる。
そこへ。
「何? これまでのお礼? そんなのあたしたちの前でしたっていいのに」
「しっ、聞こえるぞ」
「聞こえてるんですけどねえ」
ぽつりと呟くも、これで終わったわけではない。
改めて告げられた──しかし考えてみれば誰一人としてきちんと礼は言っていない──感謝を聞いて、ジョニーは気が抜けたように頭をかいた。
「あー、まあ、気にすんな。ギブアンドテイクってことで、俺も大分助けられたしな」
「それと、これが一番重要なことなのですが」
言いながら、袴の帯に手をかける。そこで、ジョニーの喉がごくりと鳴った。
「ジョニー?」
「ああ、何でもない。続けてくれ」
袴の剣帯を解き、紫電を手に取る。カムフラージュに巻いておいた布を外せば、鞘に施された緻密な装飾が露となった。
本来の姿たる紫電を愛しげに見つめて、名残惜しげに差し出す。
「これまで、あなたの家の家宝は幾度となく私の力となってくれました。今度は正当な継承者たる、シデンの血脈を護ってくださるよう、願っていますよ」
──そう。ジョニーに話というのは、紫電返還の件だった。
ここへ来る最中確かに伝えたはずだが、忘れていたようなのでこちらから持ち出したのである。
彼が忘れているのをいいことにそのまま持ち逃げしてやろうか、と思ったのは、内緒だ。
この後は、この街で新たな武器を求める予定である。
急ぐ旅だが、それ以外にも買い出しなど準備をしなければならないから同じことだ。
「なぁんだ、そういうことだったの? とうとうフィオレに春が来ると思ったのに、期待して損しちゃった」
「お前、何から何まで勝手なことを……「さてと。バレる前に退散たいさーん」
「あ、ルーティさん!」
今度こそ扉の開く音が聞こえて、人の気配がなくなる。
ジョニーに紫電を差し出したまま、フィオレはポツリと呟いた。
「何か勘違いしていたみたいですね、特にルーティ。私が愛の告白をするとでも思ったのでしょうか」
「……あー。まったく、だなー」
「仮にも一領主のご子息を恋愛対象にするほど図々しくありませんよ。それで、そろそろ……」
この後のこともあるので受け取ってもらえないかと打診したところ、ジョニーはひょいと紫電に手を伸ばした。
これまで愛用していた刀が手元からなくなる。これで正当な所有者の元に返るのだからと、寂寥の念を押し殺した。
そのまま、手を離そうとして。
ぐいっ
「!?」