swordian saga   作:佐谷莢

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 チェルシーと共にウッドロウを助け出したはいいものの、残党を残したことが災いして再び騒動に。
※作中、ウッドロウをおびき出すくだりは創作です。人質にとられた可哀想な少年はいませんのでご安心を。


第九十二夜——敵側ミッション:ウッドロウをおびき出せ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっちりとどめを刺したことで兵士五名が生き絶え、レンズを排出する頃。

 行動はともかく、戦闘不能となっていた兵士たちの反応は素早かった。

 

「てっ、撤退だ!」

「ふん、逃げ足だけは速い奴らだな」

 

 どうにか追いついてきた一同の先頭に立っていたリオンは、携えていたシャルティエを納めている。

 その脇では、スタンがチェルシーと共に倒れ伏したウッドロウへ声をかけていた。

 

「ウッドロウさん、しっかりしてください!」

「ウッドロウさまぁ、目を開けてください!」

「で、結局ウッドロウって誰なの? スタンとフィオレの知り合いで、チェルシーの……?」

 

 雪道に慣れていない所作からして、ルーティがこの国の出身者でないことはわかっている。

 やはり他国の王族の顔など普通は知らないものなのだろうか。

 とはいえ、彼女に今そんなことを教えるような暇はない。

 

「スタンが飛行竜に密航したのはご存知でしょう。その後のごたごたで、お世話になったのですよ」

 

 素性ではなく彼との関連を教えて、フィオレは左手甲のレンズに意識を集中させた。

 

「命よ、健やかであれ。心安らかな癒しを、あるべき姿を」

 ♪ Luo Rey Qlor Luo Ze Rey Va Ze Rey──

 

 幸い周囲に雪──水に属する第四音素(フォースフォニム)は溢れている。

 立ち上る譜陣の輝きがウッドロウの傷を一瞬にして癒すものの、彼が目を覚ますことはなかった。

 

「あ、あれ?」

「かなり衰弱してます。私の奇術じゃ怪我は治せても、衰弱は治せません」

『それは晶術も同じよ。早くあたたかいところで休ませないと……』

 

 短い話し合いの結果、スノーフリアの街を知るチェルシーと財布を持ったフィオレが先行して宿を確保、ついでに一同の分と、部屋を暖めておく。

 残った面々が出来るだけ早めにウッドロウを運ぶということで、二人は再び疾走することとなった。

 

「フィオレさんて、雪道に慣れてるんですね」

「足場の悪い場所の走り方を知っているだけですよ」

 

 といっても、フィオレが知っているのは足場の悪い場所も通常通り走ることが出来る、特殊な走法だ。

 砂上でも雪上でも泥上でも応用が聞くため、厳密に言えば雪に慣れているわけではない。

 

「街に入ってすぐ手前に……あそこです!」

 

 チェルシーの先導に従い、「暁の社」なる宿で病人用に個室をひとつ、予算の関係で大部屋ふたつを借りて暖炉に火をくべる。

 部屋が十分に暖まった頃一同も到着し、ウッドロウは速やかに寝台へと運び込まれた。

 彼が目を覚ましたのは、それから半日経ってからのことである。

 

「お気づきになられましたわ」

「そうですか。わかりました」

 

 自分が看病すると言い張るチェルシーを、彼女自身も相当疲弊していることを理由に大部屋で寝かしつけ、交代でウッドロウの看病を続けていた。

 とはいえど、リオンは看病を嫌がったためマリーと共に買出しに、スタンはルーティに引っ張られて上着を買いに出ている。

 丁度、フィリアの番になったところで目を覚ましたらしい。

 彼女の報告を聞いて例の個室へ赴くと、一時的に一人にされていた彼はわずかに身体を起こして途方に暮れていた。

 

「ここは……」

「失礼します、王太子殿下」

 

 規則正しいノックの後、フィオレは殊更慇懃に声をかけた。

 もう少し休ませてあげたいが、用が済めばいくらでも休める。こちらは一刻を争うのだ。

 

「君は……隻眼の歌姫が、どうしてここに」

「大変ご無沙汰しておりました。お疲れのところ申し訳ありませんが、此度起こった騒動の詳細をお聞きしたく存じます」

 

 再会の挨拶もそこそこ、そのものズバリを尋ねる。

 しかし、そう簡単に話は進まなかった。

 

「……どうして君がここにいるのかは、後で尋ねることにしよう。チェルシーを知らないかい?」

「彼女なら別室でお休みです。あなたを看病すると言い張っていましたが、疲れていたのでしょうね。ぐっすり眠っていますよ」

 

 それを聞いて、彼は心底安心したように寝台へ身を預けた。部屋の中のクッションをいくつか取って、即席の背もたれにする。

 すると、彼はにこりと微笑んだ。

 

「安心したよ。彼女の身に何かあったら、先生に顔向けできないからな」

「……チェルシーから大体のことは聞きましたが、一応あなたからの説明もお願いしたく思います」

「それを話せば、どうしてこのファンダリアにいるのか、答えてもらえるかな?」

 

 今フィオレが答えなかったとしても、スタンが答えるだろう。

 ならば素直に情報を提供してもらったほうが賢い。

 

「……構いませんよ」

「チェルシーから大体の事を聞いたなら、話は早い。見ての通りだ。ハイデルベルグは総攻撃を受け、私は彼女と共におめおめと落ち延びてきた」

「相手が何者なのかは、わかりますか?」

「セインガルドだと思い込んでいたよ。相手は飛行竜を用いてきたのだからな。だが、兵士の姿はなくモンスターばかり。人間の姿といえば、何故か我がファンダリア特有の防寒具を兼ねた鎧をまとう兵士だったな」

 

 ここで一度言葉を切ったウッドロウは、一度外していた視線をフィオレへとやった。

 

「そしてセインガルドの仕業ならば、君が私を看病する理由はないだろう。見つけた時点で首を取ればそれで済む話だ」

「……まあ、ある意味ではセインガルドが元凶とも言えるのですが」

 

 改めてフィオレがここにいる理由、そして思い当たることがあるのかを尋ねられる。

 その質問に対して、フィオレは一切の事情をぶち曲げた。

 更なる情報を引き出す、という目的もそうだが、何より事実を隠して怒らせずに済む自信がない。

 彼は寸分の非もない、被害者なのだから。

 グレバムへ制裁を、そして神の眼を回収せんがため各地を回っていたことを説明し、此度ファンダリアを訪問したくだりを語る。

 そこで、ウッドロウから神の眼について尋ねられた。

 

「神の眼……あれは、神の眼というのか」

「ご存知なのですか?」

「それらしいものを、巨大なゴーレムが数体がかりで運んでいるのを見た。おそらくは、王城にあるだろう」

「……つまりそれは、かのハイデルベルグ城が連中の拠点となっている、ということですか」

 

 カルバレイスの神殿しかり、アクアヴェイルのトウケイ城しかり。どうしてこうもグレバムは、豪華な隠れ場所を好むのか。

 小悪党は小悪党らしく、人里離れた小さな洞穴にでも隠れて震えて最期を待っていれば迷惑がかからないものを。

 そこへ。

 

「お目覚めになられたって、ホントですか!?」

「ええ。今はフィオレさんが事情のご説明を」

 

 扉の外からそんな会話が聞こえたと思うと、ノックもなしに扉が開く。

 そこには、喜び勇んで入室するチェルシーに続いて、出かけていた面々の姿があった。

 

「ウッドロウ様、大丈夫ですか? どこか痛いところとか、あ、そうだ。お粥作りましょうか?」

「無事で何よりだよ、チェルシー。特に身体に不調はない。これならすぐにでも……」

『まだしばらく安静よ。しっかり休息を取らなければいけないわ。あれだけ激しく衰弱していたのだから』

 

 アトワイトの言う通りである。

 衰弱とは、半日程度の安静だけでどうにかなるほど軽い症状ではない。

 とはいえ、思いの他元気そうであるからして、もう心配はいらないだろうが。

 

「失礼ですが、逃亡中何かお召し上がりになりましたか?」

「一応、保存食の類を口にしていたが……」

「なら、胃腸が極端に弱っていることはなさそうですね。一応消化しやすい、栄養のあるものをとってじっくりお休みいただければよろしいかと」

 

 ならばわたしが手料理を、と鼻息荒く挙手をするチェルシーだったが、そうもいかない。

 一見元気一杯の彼女だが、いくらウッドロウにかばわれていたとはいえ、疲弊していないわけがないのだから。

 

「駄目です。チェルシーも念のため安静になさってください」

「大丈夫です。わたしはあれだけ寝たんですから」

「今現在安静中の人間と同道を共にしていたのはどこの誰ですか。心配せずとも、食べれるものを見繕って差し上げますから」

 

 ぷう、と膨れるチェルシーではあったが、ウッドロウの窘めもあって存外素直に頷いた。

 ただし、従うだけには終わらない。

 

「でも、ウッドロウ様に変なものお出ししたら許しませんからね!」

「じゃあ、何を作るか決めておきましょうか。えーと……確か港で蟹ありましたね」

 

 適当に記憶を巡らせて口走れば、マリーがそれに答えた。

 フィオレは街へ移動する最中ちらりと見ただけだったが、話の途中から彷徨を始めた彼女にとってはそうではないらしい。

 

「ああ。この辺りでは沢山取れるみたいだな。丸々太ってて旨そうな蟹だった……」

「じゃああれを買ってきて蟹雑炊でも作りましょうか。厨房はここで貸してもらって……二人とも甲殻類は食べられますよね?」

「そんな簡単に言うけど、あれ一匹でいくらか知ってんの?」

 

 などと、二人の病人食どころか夕飯談義に発展しかけたその時のこと。

 不意に外が騒がしくなったのを感じて、フィオレは窓の外を見やった。

 一階に併設されている酒場の喧騒から遠ざけるため、取った部屋はすべて二階である。

 窓に面した広場を見下ろすと、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 人だかりの先、スノーフリア出入り口付近にたむろするその姿は──

 

「フィオレ君、窓を開けてもらえないか」

 

 外の喧騒にどうやら気付いてしまった挙句、ウッドロウも厳しい面持ちを浮かべている。

 瞬く間に寒気が侵入し、暖気に慣れたルーティが寒いと訴えかけて。

 

「ウッドロウ・ケルヴィン! この街に逃げ込んだのは判っている、大人しく投降せよ! さもなくば、この小僧の首を叩き落すぞ!」

「ママーッ!」

「お、お願いです。どうか命だけは、なにとぞ……!」

 

 ダミ声でがなりたてていたのは、ティルソの森で撃退した雪国仕様の防寒、武装済み兵士だった。その数、五人。

 先程の生き残りが、このままおめおめ戻れないと逃げ延びたウッドロウの捜索に来たのだろうか。

 緊迫した空気の中、おそるおそる言葉を発したのはルーティだった。

 

「……ねえ、フィオレ。ケルヴィンって、まさか」

「そのまさかです」

「へ? どゆこと?」

 

 イザーク・ケルヴィン王の名は知っていたらしく、ルーティは驚愕をそのまま顔に出している。

 話についていけてないスタンにルーティが説明すれば、スタンはおろかフィリアも声を出して驚いた。

 そして、出会った当初から疑いをかけていたこの人も。

 

『こ、この男が王族!?』

「一応資質だけは受け継いでいる。先生のところでは嫌われていたようだが、よろしく頼むよ、ディムロス君」

『あ、ああ……』

 

 珍しく、驚愕も困惑も隠さないディムロスに苦笑を禁じえない。

 その気配を目ざとく感づいた彼は、くってかかってきた。

 

『フィオレ! お前、知ってて黙っていたな!?』

『ええ勿論。言う必要もありませんでしたし、あなたは私もお疑いでしたので』

「ウッドロウ様!」

 

 それに、彼がソーディアンの声を聞く資質持ちであることは今初めて知ったのだ。それはあまり関係ないだろう。

 返す言葉もなく、再びディムロスが黙りこくった時。チェルシーが悲鳴じみた制止を上げた。

 見やれば、ウッドロウは寝台から降りようとしている。ああは言っていたものの実際はかなりしんどいようで、顔色は悪い。

 彼にしてみれば、外の光景を放って養生などできはしないだろう。どうにかする手立てがないわけではないが……はっきり言って気が進まない。

 しかし。

 

「……行かなければ」

「駄目ですよ! そんな体で出て行ったら、今度こそ殺されちゃいますぅ!」

「……私は生き延びるために、逃げも隠れもしている。だがこの国の王族として、民を盾にすることだけはできない……」

 

 その言葉に、フィオレは躊躇していた心を捨てた。

 起き上がったウッドロウの手を取り、癒しきれなかった腕の傷に──うっすらと滲む血潮に、唇を這わせた。

 

「!?」

「私がどうにか誤魔化して参りましょう。ですから、養生なさってください。あと、これを借りますね」

 

 唇についた血液を舐めとり、弓矢一式を指す傍ら、眼帯の上から包帯の余りで片目を覆う。それから、久しぶりに秘術を発動させた。

 

「Rey Ze Luo Qlor Toe Nu Va Rey。望むのは……」

 

 体内の第七音素(セブンスフォニム)を取り出し、練り上げ、自身を包み込む。

 雪の色を宿した髪にほんのわずか、青みがかった。細く締まった肢体が、鍛えられた男性のそれへと変貌する。

 立ち上る譜陣の輝きが消える頃、唖然とする一同を見てから姿見を見やった。

 色黒で精悍な顔立ち、すらりとした長身、革の着込みに身を包んだ姿。

 問題なく、フィオレはウッドロウの姿を模写していた。

 

「ウ、ウ、ウッドロウさ……」

「しっ」

 

 動揺しまくるチェルシーを鋭く制して、弓矢一式をひっ掴んできびすを返す。

 手っ取り早く窓から飛び降りてしまいたいが、潜伏場所がばれてもまずい。

 廊下に誰もいないこと──誰もが広場での騒ぎに気を取られていることを確認して、裏口らしき場所からこっそり宿を出る。

 そのままぐるりと建物の陰を通って、宿からまったく別方向へ移動し、そこから広場へと向かった。

 広場では、相変わらず兵士が少年の腕を掴んで剣を向けている。

 

「聞こえるか、ウッドロウ王子! このチビの命が惜しければ……」

「その少年を離せ、外道が!」

 

 移動中、装着した矢筒から一本矢を取り、弓に番え──引き絞らず番えた状態で往来へと出た。

 姿だけはまぎれもないウッドロウに、少年に剣をつきつけた兵士がニヤリと口角を吊り上げる。

 

「現われたな。恥も外聞もなく王都から逃げ出した腰抜けが!」

「逃げも隠れもしよう、しかし民を盾にだけはしない。私に用事があるのなら、狡い真似をせず要件を伝えたらどうだ」

 

 こんな感じの話し方だったろうか。微妙に覚えていない。

 顔面の筋肉を厳しく張り詰めさせたまま、内心で汗をかくフィオレなどおかまいなしに、兵士は口上を並べ立てた。

 

「ならば武器を捨てろ。さもなくば……」

「笑わせる。お前は武器を捨てさせなければ、腰抜け風情も捕まえられない三下か?」

 

 しまったつい本音が。

 あまりの笑い種に素で挑発してしまったものの、ここで相手の気を静めても不自然だ。

 このまま突っ走って怒らせ、その隙に少年を助け出してエスケープの道を模索する手段を取る。

 

「腰抜けをおびき出そうと罪もない少年に手をかけるのか。人の皮を被ったケダモノめ。救いようもない、愚かで哀れな雑魚だな」

「ぬぐ、きっさま……!」

 

 王族出身だということでかなり上品な、婉曲表現を用いても怒りを煽ることができたのは僥倖だ。

 相手の沸点が低いのか、あるいはリオンがよくやるような「鼻で笑った」ウッドロウは、それだけ腹の立つ顔をしているのか。

 どっちなのかはどうでもいい。問題は。

 

「ウッドロウ殿下ってあんなお上品な顔立ちなのに、ワイルドな一面をお持ちなのね!」

「下郎の挑発などものともせず、なお気高くあられるわ。素敵……!」

 

 贋者です、念のため。

 背景は、理不尽にも城を追われた悲劇の王子だ。

 それを知ってか知らずか、どうも野次馬の熱視線で背中が暑い。

 一方、野次馬の囁きを聞いてか兵士は逆上寸前だった。

 

「おのれ、優男風情が……!」

「もう一度言おう。その少年を解放するんだ。さもなくば……」

「さもなくば何だというのだ」

「射殺する」

 

 告げられた宣戦布告に、少年を抑えた兵士──どうも隊長格であるらしく、自分はそのまま部下に取り押さえろとの号令を出す。

 布告に構うことなく少年を解放しなかった隊長格を見て、フィオレは一切の情けを捨てた。

 

「アストラルレイザー!」

 

 借姿形成中の上、近くにソーディアンたちがいない今は保有する術技に限りがある。とりあえずは、弓だけでの応戦にかかった。

 チェルシーのものより、そして通常のものよりかなり長大で重たい弓を振り回し、近寄る兵士を薙ぎ払い、一撃を浴びせる。

 致命傷から程遠くても、牽制できればそれでいい。

 そうやって開いた道をずんずん進み、フィオレはあっという間に少年を抑えたままの隊長格へ近づいた。

 ──素早さは、長身に付随する体重のせいもあってかかなり落ちた。しかし、これなら本来フィオレの肉体ではできない力技が使える。

 借姿形成、という名のついたこの術は、見せかけの幻ではない。

 自分を形成する音素(フォニム)と元素を特殊な術で組み替え──つまるところ体組織そのものを変異させる。

 すなわち、筋力なども模写したその姿に比例して変化するのだ。

 例えば、大の男を素手で殴り倒すという荒技なども。

 

「な、あっ……!」

 

 これまで異性を模写することは不可能だったことなど勿論忘れて、フィオレは唖然とする兵士に詰め寄った。

 痛烈にして痛快な、打撃音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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