swordian saga   作:佐谷莢

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 挑発してブン殴って、さっくりその場からは逃走。常套手段ですね。
 また人質取られたら、彼女はどうするつもりだったのでしょうか……? 
 


第九十三夜——大立ち回り∽推察と推測・それから成長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渾身の力で殴ったせいか、兵士はあっけなく地を転がっている。

 接敵したその瞬間、少年を力づくでもぎ取ったために解放には成功した。

 すぐさま、母親の元へと返す。

 

「あ、ありがとうございます……」

「すまない。私のせいで、知らずに済んだ恐怖を知ってしまったな」

 

 しかし、こうしてばかりはいられない。

 謝罪もそこそこ、フィオレはそのまま走ってスノーフリアから飛び出した。

 

「お、追えーっ!」

 

 咄嗟に自分の外套を引っつかんできて良かった。寒空にして雪の敷き詰められた道を駆けながら、外套を羽織る。

 ウッドロウの体は思った以上に大きく、身体を包みきれないが仕方ない。

 矢筒の位置を調整し、弓を背負って両手が自由になったところでフィオレはちらりと背後を見やった。

 もはやスノーフリアに未練なしか、全員が全員ウッドロウの姿を追いかけに来ている。

 

 ──よかった。これで、終わった時は堂々と街へ戻れる。

 

 そのまま疾走速度を上げると、先程やってきたティルソの森、とやらが見えてきた。

 身近で手頃な樹に登り、指先がかじかまないよう暖めながら兵士たちの到着を待つ。

 やがて、数分と立たないうちに兵士たちが現われた。

 風が強いため「ウッドロウに扮したフィオレ」の残した足跡はとうに消えてしまっている。

 それを見て、兵士らは歯噛みした。

 

「おのれ、ウッドロウめ……てこずらせおって」

「まあいい。この森に逃げ込んだのは分かっている。本隊と協力し、いぶりだそう」

「だが、協力者の存在が気になる。やはりスノーフリアに潜伏しているのだろうな」

「それはウッドロウを狩った後、それを餌におびき出せば」

 

 そりゃ困る。目撃者はいないことだし、やはりここで口封じするべきか。

 枝上にて、矢を番えて弦を引き絞る。できれば一撃で仕留めたいが、初撃はともかく全員を一撃で仕留めるのは難しいだろう。

 ならば、逃げられないよう仕向けるべきか。

 一呼吸分集中、狙いを定めて弦から手を離した。

 

 ──トンッ

 

「あが……」

 

 放たれた初撃は見事、兵士の首を貫通した。

 悲鳴もなく倒れ伏した兵士を見て動揺する彼らに、時間を与えず二撃が飛来する。

 

「うわぁっ!」

「く、奴の仕業か! 一体何処に潜んで……」

 

 左足を貫通した兵士を他所に、隊長格はなおも周囲を睥睨し続けた。

 その最中、残る無傷の兵士もそれぞれ足を負傷し、残る無傷の兵士は隊長格のみとなる。

 

「ち、動けるのは俺だけか。仕方ない、本隊に救援を要請して……」

 

 言いかけて、彼の動きが止まる。

 飛来した矢の角度が一定であることに気がついたのか、彼は狂ったように上方──樹上の様子を気にし始めた。

 好都合にもほどがある。

 矢をつがえ、引き絞った状態で待機することしばし。そろそろ腕が疲れてきたところで、隊長格と眼が合った。

 

「見──」

 

 放たれた矢が、空に映る彗星が如き緩やかな角度で飛来する。

 直後、フィオレを発見したことでまっすぐこちらを見ていた隊長格の片目は、あえなく潰された。

 一見硬いが、その実柔らかな眼球を突き抜けた先には脳髄がある。

 

「た、隊長ッ!」

 

 さて、これで増援を呼ばれることも逃げられることもなくなった。

 隊長格がフィオレを見つけたことで、連鎖的に彼らもウッドロウの姿を発見している。

 足を引きずって逃げようと試みる彼らの背中に、フィオレは悠々と弓を引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事少年を救い、そして脱兎の如く兵士から逃げた騒動直後。

 一連のやりとりをただ呆然と眺めていた一同は、野次馬が散り散りになる頃に正気を取り戻していた。

 

「……また、手品か」

「奇術じゃないんですかぁ?」

「似たようなモンなんじゃないの」

 

 これまで散々、フィオレの手品には驚かされてきた一同だが、これには度肝を抜かれている。

 何せ、いきなりウッドロウの姿になり、彼の声を真似、彼自身であるかのように振舞ってみせたのだから。

 

「口調はともあれ、話していることはほとんどフィオレさんの挑発でしたけれど……」

「何をおっしゃるんです! ウッドロウ様だって同じことを言ったに決まっています!」

「そうなんですか?」

「どうだろうな……」

 

 まるで自分の分身を見せられたような気分になっているウッドロウとしては、苦笑いをするしかない。

 

『また増えましたね、フィオレの謎』

「今更だがな」

「フィオレは、不思議に思ったりはしないのかな? ああいった手品の類について、どうして使えるのか……それはもう思い出しているのか?」

 

 ふとしたマリーの呟きに反応したのは、この中で唯一事情を知らないチェルシーである。

 

「思い出すって、何ですか?」

「フィオレ君は記憶喪失らしいんだ。自分の出自などいくらか思い出していることもあるらしいが」

「……ウッドロウ様。どうしてそれをご存知なのです?」

 

 妙に詳しい彼の言い様をチェルシーが疑わしげに尋ね、それに関してまったく後ろ暗いことがないウッドロウが説明する傍ら。

 ソーディアンたちは内輪で今しがたの現象について語り合っていた。

 

『あれは……何の守護者と契約すれば、あのようなことが可能となるのだ?』

『むう、光の守護者と契約すれば姿を消すくらいなら……とは思っていたが』

『姿を変えるのは……やっぱり光かしら? 光の屈折率を操って』

『それでどうにかできるのって、やっぱり姿隠すくらいなんじゃ』

 

 チェルシーへの説明が済み、ソーディアンたちが会話を交わしているのを聞いてウッドロウは沈黙している。

 そこでふと、クレメンテが切り出した。

 

『そういえば、お若いの。ウッドロウといったかの?』

「あ、ああ」

『儂はクレメンテじゃ。ファンダリアにはイクティノスがおったはずじゃが?』

 

 自己紹介を兼ねて仲間の行方を尋ねるクレメンテに対して、ウッドロウは沈痛な面持ちを浮かべている。

 

「……残念ながら、イクティノスは敵の手に渡ってしまった」

「敵の手に!? グレバムも、ソーディアンを使えるんですか?」

「たとえ資質持ちでなくても、向こうには神の眼があるんだ。ソーディアンが一本加わったところで、絶対的な戦力の差にそれほどの変化はない」

 

 これを聞き流せなかったのは、これまで共に旅をしてきた面々である。

 今までにないリオンの弱気ともとれる発言を聞いて、まずルーティが噛み付いた。

 

「何よ、それ。まるで負けるの前提みたいな言い方……」

「そうだよ。やってみなくちゃわからないじゃないか」

「ああ。確かにその通りだ」

 

 二人が言い募るその言葉を、リオンは否定することもなくすんなり頷いている。

 その素直すぎる態度に、やはり一同は驚愕した。

 

「リ、リオン? ええと」

「あの、何でもかんでも否定して頭から馬鹿にしてかかるクソガキが……ちょっとどうしたのホント!?」

「リオンさん、失礼を承知でお尋ねしますが……奇妙なものでもお食べに」

 

 マリーですら、言葉をなくしてリオンを凝視している。

 四者四様、それぞれの反応だが一貫して驚愕をしているその絵面に、彼は眉間に皺を寄せた。

 

「なんだ、その反応は」

「だってリオンが、俺たちの意見にケチつけないなんて珍し……」

「そうよ。いっつもあんたが頭ごなしに否定して、それにフィオレが仲裁に入って……」

 

 彼らは気付いただろうか。

 その一連の流れを、リオンもまた気づいていたということを。

 今はフィオレがいない。

 だから、話が進まなくなることをわずらわしく思ったリオンが言いたいことをあえて飲み込んで、先へ続けようとしたことを。

 

「そんなことはどうでもいい。やってみなければわからないのは確かだ。それでも、神の眼の可能性……危険性を理論的に考えた場合、グレバム対僕たちという構図は一気に逆転する」

「神の眼の危険性……わたくしたちがわかっているだけでも、魔物を量産し、意のままに操りますわね。それを目の前でされたら、確かにクレメンテたちの力をもってしても」

「こちらが疲弊させられるだけだ。勝算も何もあったものじゃない」

 

 そのことは、神の眼について予備知識のない彼らも承知のことだ。しかし。

 それを一瞬にして行い、あちらにも何の隙ができないわけがあるだろうか。

 

「そうされる前に仕掛けて、神の眼を使わせる余裕も与えなきゃいいじゃない」

「相手は王城、それも奥深くに閉じこもっているだろうな。僕たちが侵入して気付かれないわけがない。侵入に気付かれた場合、どうしても機先を制するのは不可能だ」

 

 冷静に考えればその通りだ。グレバムは、一同に追われていることを間違いなく自覚しているのだから。

 

「じゃあ、どうするんだよ」

「お前らの腰に下がっているソーディアンは飾りか。仮にも天地戦争を左右し、神の眼を操った天上王に勝ち得た兵器だぞ」

『実際に戦ったのは僕たちのオリジナルですけどね』

『……まったくだ』

 

 ソーディアン達の反応が鈍いのは、記憶が定かでないのか、あるいは思い出したくもない記憶なのか。

 おそらくは、後者なのだろう。

 

「そして……あんな奴に頼るのは心底業腹だが……」

「フィオレのことか?」

「そうだ。得体こそ知れないが、まず間違いなくグレバムも手品の存在は知らんだろう。決定打にならなくとも、不意をつくことくらいはできるかもしれん」

 

 話がフィオレのことに差し掛かった時点で、これまで黙って話を聞いていたチェルシーが「はい!」と挙手をした。

 

「どうしたんだい、チェルシー?」

「フィオレさんて、何者なんですか? さっきウッドロウ様の姿になった時は皆さん驚いていましたし、リオンさんも得体が知れない、なんて言ってるし。私も、スノードラゴンと戦った時はすごくびっくりしましたけど……」

 

 そのままスノードラゴンと戦った際の出来事を話し、こっそりとディムロスがその時の状況を補足する。

 何者なのかと尋ねられ、一同は閉口せざるをえなかった。

 

「何者なのか……? 隻眼の歌姫っていう、セインガルドじゃちょっと名の知れた歌姫なのよね。これは確実」

「セインガルド王国客員剣士見習いっておっしゃっていましたわね」

 

 ただしそれは、すべて神殿にて保護された以降の話だ。それらのどこにも、手品を扱える理由はない。

 最も、一応手品を扱える理由は一同に通達されているのだが。

 

「さっきウッドロウ様は、フィオレさんは少し思い出していることがある、っておっしゃっていました。皆さんには何か、お話してないんですか?」

「何にもないわ。フィリアなんか何回もそれとなく聞きだそうとしてるけど、いつの間にか話がそらされてるのよねえ」

 

 それについては、リオンに心当たりがある。

 知ってか知らずか、彼はぽそりとそれを口にした。

 

「……意図的に隠しているんだろうな。おそらく、アレが原因だろう」

「あれって?」

「セインガルドで存在やら事情やら広まり出した頃、あいつの身内を名乗る騙り屋が急増した。一時期は、連日それの対応に追われてかなり機嫌を悪くしていたからな」

 

 それで、実際の出自を明かすことに抵抗があるのかもしれないと、締めくくる。

 穴だらけではあるが事情を聞き、チェルシーはふむふむと頷いた。

 

「何となく、わかりました。話は変わるんですけど、皆さんはこれからどうされるんですか?」

「フィオレさんが帰ってくるのを待って、ハイデルベルグへ行くよ」

 

 すでにグレバムが、神の眼が王都にあるだろうということはフィオレより通達されている。

 それを聞いて、未だ寝台に横たわるウッドロウが当たり前のように言い放った。

 

「それでは私も同行させてもらおう。少なくとも君らよりは、ファンダリアの地理に詳しいはずだ」

「勿論、私もついていきます!」

「……どの道、チェルシーの実家はハイデルベルグより北だ。王都までは、同行を許してほしい」

 

 しかし勿論のこと。はいそうですか、行きましょうと答える人間はいない。

 唯一言い出しそうな人はといえば、純粋に相手の体調に気を配っていた。

 

「でも、お体が……」

「心配ない。少し疲れていただけだ」

 

 先程起き上がろうとしてひどくだるそうにしていた人間の台詞ではない。

 それでも、慣れない雪国での行軍に多少の不安は感じていたのだろうか。リオンは否を唱えなかった。

 

「僕の足を引っ張るなよ。こいつらだけでも、面倒が多いんだからな……」

「わかっている。精々、気をつけよう」

「ウッドロウ様が足を引っ張るなんて、そんなのありえません!」

 

 同行者の増加が決定したところで、思い出したように各自の自己紹介が始まる。

 あきれたようにその光景を眺めていたリオンだったが、ふと思い出したように、話が途切れたところでウッドロウに尋ねた。

 

「それで、この先どのような方法でハイデルベルグを目指すのか、考えはあるのか?」

「ああ。だが、それは彼女が戻ってきた後で……」

「いえ。そのまま話してくださって結構です」

 

 扉の外からそんな返答が寄越され、一同は扉に注目している。

 一瞬の間を置いて、扉を開いたのは雪だらけになっているフィオレの姿だった。

 雪色の髪もその面立ちも、間違いなくフィオレのものだ。

 

「ただいま戻りました」

 

 外で扮装を解いたのだろう。包帯ではなく眼帯を身につけた彼女は、微笑を浮かべてそう告げた。

 

「遅かったな」

「矢筒の補充と港に寄っていたら、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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