今度はルーティが、意図せずいざこざの主犯となります。
一ガルドを笑うものは、一ガルドに泣く!
フィオレが仕入れてきた蟹をフィオレとマリーの合作で鍋と雑炊に仕立て、チェルシー達どころか一同が舌鼓を打った次の日のこと。
幸いなことに、二人はすっかり体調を整えていた。
「ハイデルベルグへ向かうにあたって、二人も同行することになった」
「ウッドロウは因縁もあることですし、チェルシーの実家はハイデルベルグより北にありますからね。同行せざるをえないでしょう」
この頃、当初は体裁を保ってウッドロウに恭しい態度を取っていたフィオレは本人の希望もあって普通に接するに至っている。
現在は、大部屋に集まってこれから先のことを検討中だった。
「それで、ルートの話ですが」
「ああ。ここスノーフリアからハイデルベルグまでの道は二通りある」
そう言って、ウッドロウは中央のテーブルに持参の地図を広げて見せた。
ファンダリア全体を縮尺した地図の一点を指す。
「このまま西へ進み、ティルソの森を抜けてサイリルの街を越えるのが一つ目のルート」
「ティルソの森ですか……昨日あなたを追ってきた兵士たちが、森に本隊がどうたら言っていたんですよね」
「そう。グレバムの軍が展開しているため、こちらを進むのは非常に困難だ」
そんな森を抜けてくるのは確かに至難の技だったろう。
それは彼の、発見当時の様子から伺える。
「もうひとつはハイデルベルグの背後にそびえる山脈から街に直接潜入するルート。この街の北にある洞窟から凍結した川を遡り、ハイデルベルグの裏に回る」
「……進むこと自体難しそうですが、グレバムの軍に見つかることはない、ということでしょうか」
凍った川を歩くなど、少なくともフィオレにはなかった発想だ。この国の人間でもなければそうそう思いつかないだろう。
ただ、リオンは懐疑的な視線をウッドロウへ向けている。
「軍がいないと断言できるなら、何故そちらを使って逃げなかった?」
「地元の人間は、あの川を氷の大河と呼んでいる。その季節になれば川全体が凍りつき、毛皮のマントがなければあっという間に凍えてしまうほどの寒さだ」
支度などに余裕が持てなかったからこそ、危険だがまだ可能性があるほうを選んだということか。
「ふん、通りだな。いいだろう。そっちで行く」
「となると、毛皮のマントとやらを人数分揃える必要がありますね……ルーティが着ているようなものでよろしいのでしょうか?」
室内だから着てこそいないが、彼女が買ってきたと見せびらかしたのは上着ではなく、ふわふわの毛皮が裏打ちされた外套だった。
意匠も肌触りもよく、ひどい軽装備の彼女にはちょうどいいものかもしれない。
ウッドロウが頷くのを見て、フィオレは当然のようにその価格を尋ねた。
「ルーティ。それはいかほどで手に入れました?」
「ん、これ? 500ガルド! ちょっと高かったけど、たまにはね」
「よく言うよ。本当は5000ガルドだったのに、値切りにねぎ」
装飾的な意味合いで毛皮がふんだんに使われているのに、安い理由がよくわかった。
買い物に付き合って真実を知るスタンは、ルーティによってつま先を丁寧に踏みにじられている。
無論のこと、個人によって体格は違うから合わせて買わなければならないだろう。
一同は連れ立って宿を引き払った。
「ルーティの分はいらないから、少し経費が浮きそうですね」
「あのヒス女じゃあるまいし、そんなセコいことを考えるのはやめろ」
「節約は美徳です。お金持ちにはわからないかもしれませんが」
「流石フィオレ! どっかのお坊ちゃんとは大違いね」
またもやじゃれあいが勃発しそうな雰囲気の中、ルーティが利用したという万屋に足を踏み入れる。
カランカラン、とベルが鳴って、カウンターの座っていた女性が顔を上げた。
「いらっしゃいま──あ」
奇妙な挨拶もそこそこ、女性はやおら立ち上がるとパタパタと足音の高く店内へと引っ込んだ。
「?」
「消耗品の買出しは済ませてある。防寒具だけ買うぞ」
リオンはそう言うものの、店員がいないのでは試着もままならない。
そこへ。
「──いらっしゃい」
ドスの聞いた声が聞こえたかと思うと、先程女性が引っ込んだ奥から熊のような印象の大柄な男性店員が現われた。
団体客だと交代する決まりでもあるのか、それともちょうど休憩時間だったのか。
ともかく、こちらの用事を済ませなければ。
「毛皮のマントを七人分用立てたいので、試着したいのですが」
「ああん?」
その、とても接客する気があるように感じられない返事を聞いて、フィオレはくるりときびすをかえした。
「諦めましょう。あちらさんに商売をする気はないようです」
「は、わかってるじゃねえか。そうとも、悪質な値切り連中に売ってやるもんなんざ何もねえ!」
──値切り。
一同の視線が、ルーティへと向けられる。口笛を吹いて誤魔化す彼女の隣で、スタンが目を覆っていた。
「そういえば、5000ガルドの外套を500ガルドでって……」
「文句があるなら突っぱねなさいっての。何よ、ただの値切り交渉で涙目になっちゃって……それで他人に代わったってわけ? 根暗もいいところだわ」
確かに文句があるなら自分で言うべきだが、それを言えない人間はけして少なくない。
実際に何があったのかはわからないが、ルーティの態度からして彼の言い分も、最もだった。
「……仲間がご迷惑をおかけしましたね。お詫びに、そちらの言い値を受け入れましょう。言うだけ言ってみてくださいますか?」
そういうと、店員は存外素直に毛皮のマントが並んだ一角へと案内してくれた。
まずは一同試着して、それぞれ自分の防寒具を選びカウンターに並べる。
その総額を店員に尋ねて、一同は言葉を失った。
「ごっ、ごまんごせんななひゃくガルド……!?」
「内訳は?」
高すぎる、という誰かの呟きに、厄介なことをしてくれたな、とルーティにつっかかるリオン、更には店員にくってかかろうとするチェルシーを抑えて、その内訳を尋ねる。
驚きもせず、さらりとそれを尋ねたフィオレに圧倒されてか。
店員は一瞬言葉に詰まったかと思うと、すぐそれを口にした。
「まず、そっちのショートサイズが……」
細かい価格を聞くに、元々の価格を十倍ほど釣り上げているようだ。
詳細はどうあれ、ルーティが優れた交渉術で桁ひとつ値切ったことが起因していると思われる。
とりあえず、フィオレは自分用にカウンターへ出した防寒具を横へ除けた。
「これで46750ガルドですね。これなら……」
「待て。これも除けろ」
経費──五万程度の持ち合わせがあったフィオレが財布を出そうとしたところで、リオンが割って入ったかと思うと自分が選んだ外套を除ける。
「これで37800だ。節約は美徳なんだろう?」
「……いいんですか? 女性より更に脂肪の少ないあなたには、酷だと思いますよ」
「そういうお前だって、脂肪は少ないだろう」
「そんなことはありませんが、私はもともと買う気がありませんでしたから。こんな分厚いもの着たら動きにくくて仕方がありません」
グレバムの軍はなくとも、魔物と出会わない可能性がないわけではない。もこもこした防寒具で遅れを取るわけにはいかないのだ。
そのため、初めから細々とした防寒具を購入するつもりだったと伝えると。
「僕もそれでいい。動きにくくてかなわないのは同じだ」
本人がいいと言っているのだ。それならその意志を尊重するべきか。
本当に払うと思っていなかったのか、積み上げられた千ガルド札束に唖然とする店員を他所に、とっとと退店する。
何ともコメントしがたいか、黙々とそれぞれの防寒具を着込む面々を前に、フィオレは感覚が薄くなってきた耳を擦った。
「聞いての通りです。これから私とリオン様は、マントに変わるような防寒具を仕入れて参りますので、皆は宿の酒場にでも……」
「あ、じゃあわたしお供します! 毛皮のマントはここだけしか扱ってないんですけど、マフラーとかミトンとかなら覚えがあるので」
地元でもないのに何故それを知っているのかはわからないが、ともかくそれは心強い。
そのまま案内を頼むと、おずおずとルーティが挙手をした。
「ルーティ?」
「……あたしも行く。その……悪かったわね。どうせ二度と来ないだろうと思って、やり過ぎたわ」
お詫びに浮いた4500ガルド内でなら代金を出す、と言い出したルーティを見て、フィオレは思わずリオンと顔を見合わせた。
「銭ゲバヒス女が金を出すとは……明日は世界の黄昏か」
「どーゆー意味よ! それに、ダレがヒス女なのよ!」
『銭ゲバは否定しないのね』
『坊ちゃんそれ、フィオレのパクリ……』
確かにフィオレは、以前リオンにそう言ったことがある。
偶然か意図なのか、とにかく一同と別れてチェルシーの先導に従った。
「いらっしゃいませ」
彼女が案内したのは、毛皮のみならず様々な防寒具を取り扱った専門の店舗である。
万屋とは違い、店内のいたるところに毛皮の防寒具が展示されていた。
そして、店員の態度も恭しい。
「どうぞ手に取ってみてください。ご希望なら試着も」
見た目が華やかなものから堅実なものまで。その言葉に甘えて、様々なものを試した。
「フィオレさん、こういうのどうですか?」
「あたしも一品買っていこうかしら……」
手持ち無沙汰な少女二人もまた、店内を見て回っている。
やがて、毛皮のマントを補う防寒具の購入を決めて試着をした。
「外に出てみたいんですが」
「それでしたら、こちらの中庭へ」
絶対断られるだろうと思っていたのだが、そう言い出す客が多いのか店員は慣れた様子で扉を示した。
そこは敷地内の一角らしく、中庭というには殺風景だが、防寒具の性能を試すにはまったく支障がない。
むしろ、支障がないよう殺風景になっているのかもしれなかった。
「私は決めました。リオンは?」
「ああ。僕もこれでいい」
首周りの防寒も補える毛皮のケープに、腰回りから膝あたりまでを覆う毛皮のパレオ。
氷の大河とやらについてから着けるつもりにつき、フィオレはそのまま包んでもらった。
リオンも似たような装備だが、パレオではなく巻きつけるタイプのレギンスを買っている。
「ミトンとかイヤーマフは要らないんですか?」
「その言葉、お前にそっくり返す」
ミトンは紫電の柄と相性がよくないためすっぽ抜けるかもしれず、イヤーマフは耳を覆ってしまうため、周囲の物音が聞こえなくなる危険性がある。
戦い方が似ているため、そこはどうしても被ってしまうのだろう。
「──4200ガルドですね」
「はい」
財布を取り出そうとして、ずいっ、とルーティが割ってくる。そのままぽん、とカウンターに小銭混じりの代金を置いた。
「ありがとうございました」
「……大切にしなさいよー。あたしの4200ガルド」
「そうします」
そこはかとなく切なそうに訴えるルーティに頷いて、帰路へつく。
一同と合流し、さあハイデルベルグへ出立というその時。
「ところで、この二人はどこにいてもらう?」
「えーと、二人とも弓使いなんですよね。じゃあ前衛の後ろ、中衛の前に立っていただきましょうか」
交戦時の隊列の話になって、二人の位置を決定する。
ここならば、前衛の支援に集中でき、中衛たちの攻撃の邪魔にもなりにくい。
そんな時、ふとフィオレはチェルシーから話しかけられた。
「ねえ、フィオレさん。あの、ウッドロウ様になりきった時のことなんですけど、あれって……」
「手品の一種ですよ? 奇術でもいいですが」
「手品とか奇術とか、それで他人になりきれるものなんですか? いっそ魔法とか言ってくださった方が、わかりやすいんですけど……」
「じゃあ隠し芸ということで」
至極最もなことを抜かすチェルシーだが、それはフィオレにとって真面目に答える理由に当たらない。
適当に流して、フィオレは彼女から離れたしんがりに立った。
「さ、行きましょうか」
※作中の騒動は創作です。ゲーム中、毛皮のマントは一律895ガルドで購入することができます。(PS版)七人分だと6265ガルドですね。