swordian saga   作:佐谷莢

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 氷の大河を移動ちう。今度は騒動というか、アクシデント。リオンとスタンがはぐれます。が、すぐに合流します。
 スタンとリオン。これまであえてピックアップしませんでしたが、ウッドロウが加入するまでは男同士ということで二人とも結構お喋りします。主にスキットで。
 リオンは基本冷たくて、スタンはあしらわれてばっかりですが……たまには仲良さげな二人もいいですよね。


第九十六夜——天然アイスバーンの罠~少年剣士たちの失態

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷の大河を目前にして、一同はやむなく足止めを受けていた。

 それはそうだ。一同の大半はこれまで、雪国での生活とは無縁だったのだから。

 

「うぁたっ!」

「きゃああっ!」

「……っと!」

 

 ウッドロウ及びチェルシーの指導の下、まず大河の滑走が可能となったのはマリーである。

 当初こそ戸惑っていた彼女だったが、今やウッドロウたちが目を見張るほど上達していた。

 彼女がこの国の出身である要素が、またひとつ浮き彫りとなっている。

 

「まったく、早くハイデルベルグへ行かなければならないというのに……」

「それはあんたが言える文句なの?」

 

 大河製のアイスバーンは無論のこと表面の凹凸が激しく、姿勢を一定に保てない。

 そのため、そもそも運動能力に秀でていないフィリアはおろか、前衛を努めるほど運動神経がいいはずのスタンをはじめ、ルーティもリオンも、そしてフィオレさえも、指導教官の出した試験に悪戦苦闘していた。

 試験内容は、先程スタンがぶつかった樹を一周し、戻ってくること。

 前方移動と曲線移動、細やかな重心移動が要求されるこの滑走ができれば、問題なくハイデルベルグへ向かうことができるという。

 

「……よいしょっと」

「フィオレさん、樹に触っちゃ駄目ですよ!」

「使えるものなら親でも使え、とはよく言ったものではありませんか」

「屁理屈こねたって駄目です。曲がりたい時に都合よく樹なんて生えてないんですから」

 

 チェルシーに不正を指摘されたフィオレが、ちぇ、とスタートラインへ戻る。

 すでに単純な前方、後方、曲線移動こそ可能としていたフィオレだが、周回だけは幾度も失敗していた。

 旋回しようとしてはバランスを崩し、何とか持ちこたえる。

 先程から行っては転びかけ戻る、その繰り返しだ。

 

「うーん……」

 

 おそらく、何かが決定的に間違っているのだろうと思う。

 だが、その間違いが何なのかさっぱりわからない。

 そこで。

 

「フィオレさん、立ってるだけじゃどうにもならないですよ!」

「チェルシー。お手本を見せてください」

 

 考えたところでわからないのなら、熟練者の動きを真似るだけだ。

 お手本? と少女が首を傾げたところで、未だに真っ直ぐ立てないフィリアの指導に当たっていたウッドロウが滑り寄ってくる。

 

「私が滑って見せよう。それでいいかな?」

 

 熟練者で人間ならそれでいい。

 そう答えれば、彼はフッ、と笑みを浮かべてスタートラインに立った。

 その間にフィオレは、邪魔にならず尚且つじっくり観察のできる場所へ移動する。

 そうこうしているうちにウッドロウが手本を始め──

 

「これでいいかな?」

「ありがとう。大変参考になりました」

 

 礼もそこそこ、彼が行っていたように意図的に体を動かしてみる。

 ひどく不自然に見えた行為だったが、どうもこれが緩やかな重心移動を兼ねていたようだ。

 

「フィオレさん、合格です!」

 

 チェルシーのお墨付きをもらってから、フィオレは何度も直立に失敗しては座り込んでいるフィリアの手を掴んで無理やり立たせた。

 

「フィオレさん、何を……きゃあっ」

「フィリア。ここは地面です。地面なら直立できるでしょう」

 

 先程から氷上であることを意識し過ぎてころころ転んでいる彼女の腰をがっちり抱き、ともすれば派手に転びそうなフィリアの姿勢を無理やり正させる。

 

「地面ではありませんわ。地面はこんなに滑りません」

「なんで滑ってるんだと思いますか? 滑っているのは地面ではないからではなくて、あなたの足が動いているからです」

 

 及び腰にがくがく震えていた彼女の足が、僅かに震えを失くす。

 言い聞かせるように、フィオレは囁きかけた。

 

「私が支えてるから絶対転びません。少し、動いてみましょうか」

 

 かくかく頷きながら、ゆっくりと足を前へ出す。

 それだけで右足と左足が正反対の方向へと導かれるフィリアを支えて、フィオレは辛抱強く指導を始めた。

 見やればリオンやルーティはウッドロウが、どうしてもその場で停止ができないスタンをチェルシーが手本を見せている。

 マリーは、時折滑ってはボーッと景色に魅入るばかりだ。

 ──結局、一同が満足に移動できるようになったのは半日経過してからのことである。

 

「やれやれ、手間取ったな」

「いやまったく」

 

 日は傾き出しているが、急げば日が落ちる前までに大河を遡り、ある程度ハイデルベルグ付近まで距離的には近づけるという。

 不安がなかったわけではないが、気が急いていたこともあって、一同は前進を決定した。

 一応滑れるようになったとはいえ、まだまだ不安の残るフィリアと手を繋いで滑る。

 先導役は道を知るチェルシー、しんがりは誰がミスをしてもサポートに回れるよう、ウッドロウである。

 チェルシーの後ろにはマリーと手を繋いだルーティらにフィオレら、続いてスタン、リオンという、珍妙な行進だった。

 

「眼鏡が吐息で、曇ってしまいますわ」

「我慢してください。今止まったらあっという間に置いてけぼりですよ」

 

 練習ではありえなかった長距離の滑走に、苦戦している最中。

 黙々と進んでいたスタンだったが、ふと零した呟きをリオンが耳ざとく聞きつけていた。

 

「……キレーだなー……」

「何がだ」

 

 一方で、ほとんど無意識の呟きだったのだろう。

 思わぬ返事を聞いたスタンがびくっと身体を震わせた。

 

「き、聞いてたのか」

「言いたくないなら別にいい」

「そ、そんなことないけど、ほら、雪だよ」

「フィオレを見ながら雪を連想したのか。回りくどい奴だな」

 

 この国なら、雪なんて何処を見てもあるだろう、などと抜かす。

 図星をつかれて、スタンは気まずそうにリオンを見やった。

 

「……フィオレさんて、綺麗だよな」

「お前、あんなのが好みなのか?」

「あんなのってなんだよ」

 

 よもや同意が聞けるなどと思っていなかっただろうが、それでも言い草にカチンときたのだろう。

 スタンはムッとしたように尋ね返している。

 

「あんなのはあんなのだ。見た目ばかり良くても、中身が胡散臭くてはどうしようもないだろう」

「……リオン、本当にそう思ってるのか?」

 

 どうせ小うるさい反論が返ってくるだろうとばかり思っていたリオンは、これを聞いて思わず彼に視線を寄越した。

 隣を滑るスタンは、あくまで真剣にそれを尋ねている。

 

「──当たり前だ」

「そっか。リオンはフィオレさんのこと好きだとか、そういうんじゃないんだな」

 

 心底安心したように、しかしほんのり頬を染めて頭をかくスタンのその様子を見て。

 彼の想いに気付けないほど、リオンは鈍くはなかった。

 彼もまた、別の女性に同一の想いを抱いているから。

 

「……物好きな奴だな。バツイチで、記憶喪失のくせに前の旦那を忘れてもいない女のことなんか」

「そりゃショックだったけどさ、でもフィオレさんらしいって思った。一途な人じゃないか」

「出自も正体も、謎だらけだぞ。眼帯の下も。実は人間ではなかったと言われても、僕は驚かん」

「もちろん知りたいけど、フィオレさんが話してくれるのを気長に待つよ。無理やり聞き出したって、嬉しくないからな」

「人を殺しても平気な、何も感じていないような女なのにか」

「それは勝手な思い込みだろ。そんなのフィオレさんに聞いてみないとわからないさ」

「お前より腕が立つんだぞ。下手をすれば、自分より弱い男は男として認めないとか言いかねない」

「俺がもっともっと強くなればいい話じゃないか」

「……怒ると怖いぞ」

「知ってる。でも、俺にとってはリオンが怒ったって、ルーティが怒ったって怖いよ」

 

 どこまでも前向きなスタンの言葉に、リオンはついに言葉をなくした。

 そこで、スタンがしみじみと洩らす。

 

「でも、だからかな。リオンがうらやましいよ」

「?」

「そうやって。俺にはほとんど思いつかないフィオレさんの悪いところを挙げられるくらい、フィオレさんのことを知ってるリオンがうらやましい」

 

 ──彼が何を言っているのか。リオンは、ほとんど理解することができなかった。

 その場でできたことといえば、ただ、彼の言葉を繰り返すだけ。

 

「……知ってる? 僕が、あいつのことを?」

「胡散臭いとか何とか言う割にはさ。付き合い長いからかな? 俺たちよりはずっと知ってるだろ。それだけフィオレさんと、なんだかんだ過ごしてきたって事じゃないか」

 

 屈託のない笑みを浮かべて、それが少しうらやましい、と締めくくる。

 視線は自然と、フィリアのサポートに徹しつつ滑走するフィオレに向けられた。

 この旅が始まる以前まで、常に冷静で、淡々としていて。

 魔物だろうと人だろうと、何を斬ろうが眉ひとつ動かさない。

 取り乱すことこそあっても、それはほんの一瞬のこと。

 ミスらしいミスもせず、時に人形のような印象から不気味さすら覚えるフィオレしか知らなかった。

 初めて感情をあらわとし、暴走したのがストレイライズ神殿手前でのことである。

 その後、時を共にするたびにリオンが知る彼女は変化した。

 否、それまで表に出てこなかった本来のフィオレが、やっと顔を出しただけなのか。

 半年近く同じ屋根の下で暮らし、共に仕事を重ねていても──リオンやシャルティエでは一切見ることがなかった顔。

 仮面を被っているような彼女しか知らなかったのに。

 果たしてそれを、知っているなどと言えるのか。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 そこまで考えをめぐらせて、唐突に正気に返る。

 リオンにとってフィオレは自分の部下。

 たとえ剣の師であっても任務においては自分の監督対象だ。

 なぜそんな、取るに足らない存在に振り回されなければならないのか。

 それよりも今は任務だ。

 一刻も早くハイデルベルグに到達し、グレバムから神の眼を奪い返す。

 それに尽きる。

 胸の奥の鈍い痛みから意識をそらし、これからのことを憂えていた。

 しかしそこへ、スタンのおしゃべりが介入する。

 

「でも、フィオレさんって何かジョニーさんと仲よかったよな。この旅が終わったら会いに行く、みたいなことも話してたし……」

「借り物を返しにいくんだろう」

「うーん、俺も一緒に行こうかなあ? ジョニーさんにもフェイトさんたちにも会いたいし、あの甘味っていうのも美味しかったし……」

 

 まだハイデルベルグにすらたどり着いていないのに、呑気なものである。

 リオンは鼻で笑って斜に構えた。

 

「あんな甘ったるいもの、僕はもうお断りだ」

「俺、フィオレさんが飲んでたあの抹茶っていうのも飲んでみたいんだよ。お茶がけっこう美味しかったから、あれもいけるんじゃないかなあ」

「どうだか。フィオレも少し顔をしかめていたぞ」

「……みなさーん! もう少し行った先で……!」

 

 珍しく話に花を咲かせる男性陣だったが、そのせいで前方から放たれた一言にまったく気付いていなかった。

 

「フィオレさんも? でも、飲み干してたぞ」

「菓子を食べて甘ったるくなった舌を正常に戻したんだろう。あれだけではそれほど旨くもないんじゃないか」

「あー、なるほどなー。わらびもち、って言ってたっけか。食べてみたいなー」

 

 一同が進んでいた先は、大河の行きつく先ではない。

 ハイデルベルグ付近まで河を遡り、適当なところで上陸するというものだ。

 そのため、先導するチェルシーは先立って警告し、ルーティらもフィオレらも問題なくそれに従っている。

 しかし、フィオレをタネに珍しく盛り上がっていた二人は、そのまま支流を進んで行ってしまった。

 

「スタン君、リオン君!?」

 

 ウッドロウが警告するも、それなりの速度で滑っていた二人には届かない。

 彼らの背中はあっという間に遠ざかった。

 異常を感じて全員が立ち止まるも、すでに二人の姿は枯葉より小さくなっている。

 この距離で呼び止めようと不可能なのは、わかりきっていた。

 

「ちょっと、どうしちゃったのよあの男どもは?」

「後ろから見ていて、何やら盛んに話をしていたが……」

「それで警告に気付かなかったのでしょうか」

 

 完璧主義に近い理想を持つリオンにして、信じられない失態である。

 リオンがスタンと揉めることもなく、長話をすること自体フィオレには信じがたいことだったが、驚いていてもどうにもならない。

 

「……気付くまで放置して、ここまで引き返させましょうか」

「それは難しいな。それに、もう陽が落ちかけている。多少王都から遠くなってしまっても、ひとところに固まっていた方が安全だろう」

 

 雪原用野宿装備は、一同が手分けして運んでいる。

 無論スタンもリオンも荷物の一部を担いでいるため、どちらが欠けてしまっても野宿は困難なものになるのだ。

 

「ご迷惑をおかけしますね」

「何、気にすることはない。さあ、追いかけよう」

 

 そうして、一同は再び氷の大河の滑走を始めた。

 しんがりはともかく、先導者がいなくなったのをリオンが気付くのは早く、すぐにでも合流できるかと一時は思えた。

 しかし、その場に停止するのが苦手だったスタンは行き過ぎたという事実に混乱してしまい、そのまま滑走を続けてしまっている。

 それを総出で追いかけているうちに陽は暮れ──気付けば一同は、ハイデルベルグを遥か彼方へと見やっていた。

 

「……こいつが、くだらんことを話しかけてくるから……」

「俺のせいかよ!?」

「どっちが悪いでもありません。どっちも、悪いんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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