かなり辺境です。どのくらい辺境かというと、プレイ中一度も行かなくてもストーリー進行に差し障りがないくらい。
──そして全国のマリーファン、お待たせしました!(笑)
今回は徹頭徹尾、マリー主人公回となっております!
氷の大河を滑りすぎ、気付けばハイデルベルグは遥か遠くにそびえている。
どうにか合流した一同は、とにかく現在位置を確認しようと奮闘していた。
「あっちにハイデルベルグがあるんですよね。今は影も形もわかりませんが」
「そのはずだ。しかし、急に天候が悪くなってきたな……」
方角だけは確認するものの、陽が暮れて周囲は暗闇に包まれつつある。
昼間はあれだけの晴天に恵まれていたにもかかわらず、空は曇天に覆われていた。
「……まずいな。この分だと、本格的に降り出すかもしれない」
「ということは、野宿をすると生き埋めになるかもしれないんですか」
かなり深刻そうなその様子からして、野営用テントを使ってもそうなる可能性が高いことがわかる。
「この辺りに山小屋のようなものはないんですか? 猟師さんが使うような」
「猟師小屋のことかい? ないことはないが、グレバム軍に接収されていると思われる」
「それじゃあどーすんのよ!? このまま遭難しろっての?」
一番いいのは、氷の大河を目指した際、通過したあの洞穴のようなところを探すことだろう。
しかし今は山脈から遠く離れてしまっている。発見できる可能性は低い。
そんな中、一人離れたところでぼんやりと周囲を見回していたマリーが、唐突に歩き出した。
「ちょっと、マリー! どこ行くのよ!」
「──明かりが見える」
ぽそりと呟いた彼女の行く先に眼をこらす。
確かに、暗闇が濃くなるにつれて明かりがぽつぽつと灯されていくのがわかるが、その正体は判別できない。
街の明かりなのか、さもなくばグレバム軍が野営中か。
『ルナシャドウ。あの明かりが何なのか、わかりますか』
『……街……』
普段ならシルフィスティアに語りかけるところ、現在は夜。
彼女の視界を借りたところで、夜目は効いても暗視ができないフィオレでは意味がない。
そのため、この闇を司るルナシャドウに尋ねたのだが……相変わらず話し方が淡白だ。
「マリーが行こうとしている先に、集落みたいなものはありますか?」
「あるとするなら、サイリルの街だな。ティルソの森を抜けた先、スノーフリアとハイデルベルグを繋ぐ拠点だ」
それはつまり、グレバム軍によって占拠されている危険性が高い。
それでも、状況を考えるならば選ぶのはこちらだ。
「背に腹は変えられません。これ以上天候が悪化する前に、街へ入りましょう」
「しかし、グレバムの軍が……」
「あなたが王都から逃亡する際、自然の脅威は相手にしないでグレバムの軍勢を相手取りましたね? 私も同意です。抵抗空しく自然に殺されるより、まだ可能性があるグレバム軍を相手取りたい」
ウッドロウを論破したところで、ちらりとリオンを見やる。
彼は小さくため息をついて、投げ遣りに言った。
「好きにしろ。こうなったのは僕にも非がある。口出しはしない」
「潔いじゃない。クソガキの癖に」
「だが、万一の事態は想定しておけ」
言われるまでもない。
先行くマリーの背中を追って、少し。
思った以上にすぐ近く、件の街へ到達した。
街の関所に人気はなく、通りは人っ子一人いない。
ただ、民家から慎ましやかな明かりが見え隠れするだけだ。
夜だから人気がないのはわかる。しかし。
「なんだか……トウケイ領を思い出しますわ」
「そんなことより宿屋はやってるんでしょうねえ……あっ、マリー!」
声が大きいとリオンに叱責されるも、彼女はどこ吹く風だ。
街に着いても歩みを止めないマリーを前にすれば、それもせんなきことだろう。
「もう、どこ行こうってのよ。知らないところなのに……」
「……私はここを知っている」
「え?」
ようやく足を止めたマリーは目を大きく見開いたルーティを前にきっぱり言い放った。
ルーティは困惑を隠しきれない。
「ファンダリアのこんな端っこまで来たことないはずだけど……」
「既視感、では? 似たような作りの街をご存知とか」
「いや……気のせいなんかじゃない!」
チェルシーの言葉も、マリーはまったく意に介していない。
失われたはずの記憶を手繰り寄せるように、彼女はぶつぶつと呟き始めた。
「この街の名はサイリル……私はこの街に、住んでいたことがある……」
「マリー、何か思い出したの?」
「ああ……でも、まだ足りない……まだ何か、大切なことが思い出せない」
口の中で呟くようにしながら、彼女はふらりと歩き出した。
周囲を見回し、何かを思い出すようにしながら。
「あ、アトワイト……」
『落ち着いて、ルーティ。記憶が戻りかけて、他の事に気が向けられないんだわ』
「しばらくは、彼女の好きにさせてあげましょう。宿ならあとで探せます」
それに、いきなりグレバム軍と出くわして大事になる前のフォローも必要だ。
落ち着かず移動を続けるマリーが、とある民家前に差しかかった時のこと。
周囲の建物とそう変わらない民家を見やり、マリーの歩みが止まった。
「ここ、は……」
マリーが彷徨を始めたときから、何やかやと彼女に話しかけていたルーティが声をかけようとしたところを止める。
他者の相手をして気を散らしていては、思い出すものも思い出せない。
しばらくぼうっと民家を見ていたマリーだったが、唐突に体の向きを変えたかと思うと民家への侵入を試みた。
……もしや。
「ちょっとマリー、何を……」
「確か、ここに」
やおら扉のノブを掴むも、鍵がかかっているらしく開かない。
しかしマリーをめげることなく、扉脇の鉢植えに手を伸ばしたかと思うと、それをどかした。
鉢植えの真下には、民家のものと思しき古びた鍵が転がっている。
それを躊躇なく──というよりは手馴れた様子で使って、マリーは民家へと入り込んだ。
「鍵の場所知ってるって……ここ、マリーさん家?」
「……お邪魔しましょう。往来にたむろしていてはいつ目をつけられるか」
ここに至るまで誰とも出会わなかったが、これから先もそうだとは限らない。
一同はおずおずと、マリーのいる民家へ足を踏み込んだ。
外観と同じく、こぢんまりとした室内に生活感は感じられない。
しかし、今のマリーにそれを気づけというのは無理な話だった。
「……間違いない。ここは、私が住んでいた家だ」
「やっぱりそうなんですか」
それは、先程あっさり鍵の在り処を探って見せた行動で予見できたことだ。
一同の納得を他所に、マリーは室内に飾られていた鉢植えに触れた。
花こそつけているが、敷かれている土に湿気はない。
「これはピヨピヨの花……ハイデルベルグの北の峰にしか育たない花……母に教えてもらった花言葉、『大切な思い出』……なぜこんなところに……」
そうやって、彼女は思い出した事柄をひとつひとつ丁寧に確かめるように、広くもない室内を歩く。
その呟きから推測するに、どうも肉親ではない誰かと二人暮しだったようだ。
それも、けして気に置けない……少なくとも、愛情に近い想いを抱いた相手が。
そして、ここで彼女はようやく一同のことを思い出したらしい。
入り口付近でたむろう一同のもとへと戻ってきた。
「マリー、っき、記憶が戻ったの!?」
「大方のことは思い出した」
先程よりはずっとすっきりした顔をしているマリーに対し、ルーティはすっかり落ち着きをなくしている。
しかし、マリーはそれに頓着せず語り始めた。
「今から十年以上も昔、私はこの街の住人になったんだ。この家の人に命を救われて、それからこの家で……一緒に暮らすようになった」
マリーの顔色からだけでは、この民家の家人と、どのような間柄だったのかは読めない。
あえて話していないのか、あるいは思い出せないのか。
それをあえて尋ねたのは、妙に純真なところがあるスタンだった。
「誰なんですか、その人は?」
「それが、思い出せないんだ……」
「じゃあ、それからどうなったんですか?」
「それも、まだ……」
おそらくルーティからの尖りきった視線に気付いていないのだろう。
再び顔を曇らせたマリーにスタンは更なる質問を重ねている。しかし、マリーは首を横に振るばかりだ。
「まあまあ。これまで何にもわからなかったことを思えば、大きな進歩でしょ」
「ああ。多分、この街やこの家は、私の人生で大きな転機だったんだと思う」
だから心に色濃く残っていたのではないか。そう言えば、フィリアがぱちんと手を打ち鳴らした。
「では、マリーさんと同居されていたその方にお会いすればよろしいのですね!」
「ああ。多分すべてを思い出せると思う」
仮に思い出せなかったとしても、この家の家人ならば何らかの事情を知っているはずだ。
彼女が更なる記憶を取り戻す呼び水となることは間違いない。
そこで、彼女は驚くべき謝罪をした。
「時間を取らせてすまなかった。そろそろ、行こう」
「この家に住んでる人と、会わないんですか?」
チェルシーの疑問は至極まともなものである。
しかし、マリーは考え直すことをしなかった。
「それはいつでもできるさ。それよりも、私たちにはすべきことがある。そうだろう、リオン。フィオレ」
「確かにその通りだが……」
「でも、せっかくだから……」
リオンは単純に、ここまで足を伸ばすことになったのは自分の責任でもあることをわかっているため、行動の強制は言い出していない。
スタンは、単なるおせっかいだろう。
そんな彼を、割と常識人とフィオレが判断した彼女はいさめた。
「スタン、物事には順序というものがある。私用は最後だ。それから……」
「それから?」
「楽しみも、な」
花のような微笑を浮かべる顔には、思い出すことに対する一切の不安はない。
願わくば、彼女の記憶が幸せなものであることを、と切に思う。
……そもそも記憶喪失に陥るという時点で、不幸があった確立が高いのだが。
「でもマリー、ここの家はしばらく出入りがなかったようですよ」
「え?」
「人気がない上に埃がすごいことになっているではありませんか、ほら」
おもむろにテーブルクロスをつまみ上げれば、大量の埃が宙を舞う。
家財道具や備品など、そもそも床に積もっていた埃の足跡は一同、そして唯一歩き回っていたマリーのものしかない。
「そ……そうか……」
「だ、大丈夫よ! グレバムをぶっ飛ばして、神の眼を奪い返して、その後でここん家で待っていればいつかは戻ってくるって!」
まるで数日放置された切花のようにしおれるマリーに、ルーティが励ましながらもフィオレを咎めるように睨む。
気持ちがわからないでもないが、そんな目で睨まれたところで、腫れ物に触れるような扱いが彼女のためになるとは思えない。
そこで。
「仕方がありませんね。ここの家人とマリーのため、掃除しましょう」
「はぁ?」
唐突に大掃除を提案したフィオレに、今度はリオンも反対を提示した。
しかし、原因の一端を担った彼の言うことなど聞けるわけもない。
「何をいきなり……そんな暇」
「どうせ、『何故か』この街で一夜を過ごすんです。スノーフリアで『ひどい金欠』に陥ったことですし、この家で雪をしのぎましょう。そのお礼に掃除をするということで」
その言葉にスタン・リオン両名、そして金欠を間接的に招いたルーティも顔を引きつらせる。
そんな彼らに構うことなく、フィオレはきょとんとしてこちらを見やるマリーに尋ねた。
「マリー、掃除道具などに心当たりは?」
「確か、そっちの隅にまとめてあったような」
「て、手伝います……」
「じゃあスタンは暖炉に火をくべてください。いい加減暖まらないとね」
早速床をふこうとするチェルシーを制して、まずは埃を払い、調理器具や台所等設備の手入れを優先する。
調度品の埃を床に落としてから床の掃き掃除、そして水拭きと思いの他放置されていた寝台関係の、できる限りの手入れ。
それらがすべて終わった頃。慣れないことをして疲れ果てた一同は、泥のように眠り込んでいた。
「困りましたね」
「何がだ? 街の中だから、見張りも必要ないだろう」
残っているのは昼間から特に疲れた様子も見せないマリー。
そしてスケートはともかく、家事清掃等に対してそれなりの耐性を持つフィオレだ。
「もし家人が戻ってきても、あなたとその人を二人きりにしてあげられません」
「それなら気にしなくていい。皆に知られて困ることなんか、何もない」
今のフィオレには、逆立ちしても言えない台詞である。
否、以前のフィオレ──フィオレと名乗っていない当時も、同じか。
本当にそうか、と返そうとして、やめる。
どのような意見を言ったところで所詮はやっかみ、自称記憶喪失のフィオレとは立場が違いすぎるのだ。
絡んだところで自己嫌悪に陥るは自身でしかない。
喉元まで出かかった一言を飲み込むより前に、暖炉前に座り込んでいたマリーから声がかかった。
「フィオレ」
「なんでしょう?」
「少し前から聞きたかったんだが……フィオレは、本当に記憶喪失なのか?」
「!?」
──これはまた、核心をついた一言である。
内心の動揺をひた隠し、対応した。
「……私があまりに、あなたと違いすぎるからですか?」
「いや……確かにそうは思っている。けれど、フィオレは自分を記憶喪失だと一度たりとも口にしていない気がしてな」
真実をついてきた割に、根拠は十分対処できるものである。
当たり前だ。この質問の対策なら、常日頃から考えておいたのだから。
「確かに、言ったことはありませんね。でも、まだ思い出せていない事柄はあります」
いわゆる「何も覚えていない」「自分が誰なのかもわからない」状態を記憶喪失と証するならば、確かにフィオレは当てはまらない。
しかし、喪失した記憶があるのは確かだ。
あの瞬間から目覚めるに至るまで、その過程はぽっかりと抜けているのだから。
ただ、それは人が睡眠中の出来事を覚えていないこととほぼ同じである。
思い出すなどありえないし、望むだけばかげていることだ。
「そうか……」
その一言を彼女がどのように受け取ったのかはわからない。
しかし以降、マリーがその話題を取り上げることはなかった。
サイリルでの夜が更ける。