道中は事実だけで、追及するチェルシーを黙らせて。
さてさて、此度はどのようにして王城へ侵入しましょうか。
まずは下見にと行った先、マリーの言動が大変な事態を引き起こすのでした。
──結局。
一同が滞在している間に都合よく、家人が戻ることはなかった。
そのことにほんの僅か、寂しそうにしていたマリーは今、ルーティの激励を受けて彼女に感謝を告げている。
「サイリルからハイデルベルグまではどのくらいかかりますか?」
「歩いて半日と少し、だな。この時間と天候なら、問題なくたどり着けるだろう」
ただし、正面から堂々乗り込むことになるが。
サイリルへの道中、起こった出来事に起因して、一同の話題は専らマリーの記憶に関連することばかりである。
下手に口を開くと藪の中の蛇をつつくことになる危険性大だったため、聞き役に徹していたのだが……
「フィオレさんも、多少のことなら思い出しているんですよね? 出身とか。ウッドロウ様から少しお伺いしましたけど……」
「まあ、一応」
「どこの方なんですか?」
そんな無邪気な瞳をこちらに向けないで頂きたい。
はぐらかそうにも、一同が示し合わせたように無駄話をせず聞き耳を立てているにつき、適当な話題がないのだ。
あまり失礼な質問をするなとマリーに対してはチェルシーを制していたウッドロウも、フィオレが詰まっているのを承知であえて放置している。
仕方がない。
「──出身……母親は雪国の人間だと伺っていますが、父親の方は……島国、でいいんですかねえ? 私自身は、どこで生まれたのかは定かではありません」
これは事実である。育った場所ならともかく、どこで生まれたのかは本当にわからないのだ。
奇妙な返答に、チェルシーは何かを感じ取ったのだろうか。
どういうことですか、などのそのまま突き詰めるような質問がない。
しかし。
「え、えーと……雪国出身ということは、お母様はこの国の方なんですね。どういう人だったんですか?」
「さあ? 私にはわかりかねます」
これもわからない。
会話を交わすことはおろか、一度たりとも彼女に会った記憶がないのだ。
フィオレが知る彼女の事柄は、全て伝聞でしかない。
「お、お母さんのことがわからないって……!」
「わからないものはわかりません。でも聞いた話では、厳しいけど優しい人だったそうです。生まれ故郷で私塾を開いていたらしいですね。今はもういませんが」
「そ、そうなんですか……」
そして、経緯はどうあれ最終的に教え子の手にかかるという、無残な最期を遂げたのだが。
フィオレの言い草から、出産で亡くなったようなニュアンスでも感じ取ったのだろう。
チェルシーは相槌を打ったきり、以降質問をしなくなった。
「チェルシーは、お祖父様とジェノス近辺で暮らしていますね。どうしてジェノスでは暮らさないのですか?」
「あ、おじいちゃん……祖父がちょっと名の知れた弓匠で、教えを受けたいっておっしゃる方が結構いらっしゃるんです。街にいた時はひっきりなしにそれを言われたらしくて、嫌になった祖父があんな山奥に引っ込ん、隠居してしまいまして……」
それの面倒をチェルシーが見ているのか、それとも逆か、あるいは特殊な事情があるのか。
どうせその辺りだろう、尋ねるつもりはなかった。
「なるほど、だからあそこにウッドロウがいたんですね。弓匠の教えを乞いに……私はあんなところでご尊顔を拝見するとは思っても見ませんでしたよ」
「そういえばお前、報告書にそんなこと一切書いていなかったな」
「書いたって面倒なことになるだけでしょうが。事情は話しませんでしたし」
それ以降、当たり障りない雑談をかわし、時に魔物との対峙を経て。
「ウッドロウ様が心配ですぅ!」と言い募り、どうしても実家へ帰ろうとはしないチェルシーと別れることなく、一同は、ハイデルベルグへとたどり着いた。
王都ハイデルベルグ。
ファンダリア王国最大の都市にして、時計塔を備えた王城を抱くケルヴィン家のお膝元。
過去一度だけ訪れたことのあるフィオレだが、城下町の様子は以前と一線を画している。
トウケイ領然り、サイリル然り。
グレバムはどうも住民の徘徊を嫌う傾向にあるのか、街はしんと静まり返っていた。
無人であろうわけがないが、大通りを闊歩するのは兵士。
民家がやけに騒がしいと思えば、兵士が侵入し、家捜しをしている。
「あれ、あなたのところの兵士ですか?」
「……見覚えはないが、思い違いでないことを願っている」
街中を移動しながら道行く兵士をやり過ごし、民家を漁る兵士に歯噛みするウッドロウを抑えながら、王城前へと赴く。
セインガルド城と雰囲気は似ていながら、かの城にはない重厚にして荘厳な雰囲気がかもし出されている。
築いてきた歴史の違いか、はたまた雪国仕様であるだけか。
「これが王城だ」
「グレバムが、この奥に……」
正体を少しでも隠そうとしてか、フードを深く被ったウッドロウの言葉にスタンが王城を見上げる。
そこへ。
「ん?」
巡回中の兵士なのか。
通りで見かけた兵士姿を二人ほど連れた、隊長格らしい男が一同に目をつけた。
当然だ。周囲には集団はおろか、人がいないのだから。
「おい、お前たち。そこで何をしている」
「た、ただの散歩ですよ、散歩」
ウッドロウがただちにそっぽを向き、スタンが慣れない愛想笑いを浮かべて必死に取り繕う。
怪しいにも程があるのだが、隊長格はあっさり納得してくれた。
「なんにせよ、あまり王城には近づかないことだな。最近は物騒になったから、ゴタゴタに巻き込まれても文句は言えんぞ」
しかも忠告とは、妙に親切である。
女性の多い集団だからなのか、はたまた言外にさっさと消えろと言っているのか。
「はい、わかりました。今後は気をつけます」
注意されることには慣れているスタンが、今度はまったく違和感なく受け答えている。堂に入っているにも程があった。
そして帰るよう促され、速やかに引き取ろうと一同に目配せを送る。
ウッドロウのこともあるし、それに応じた面々ではあったがたった一人、隊長格に視線を張りつけて動かない人間がいた。
「……似ている」
「マリー?」
彼女を促そうとしたルーティだったが、その暇もなくマリーはすたすたとその隊長格へと近寄っている。
堂々たる足運びで隊長格と対峙したマリーを、相手は当然不思議そうに見返した。
「ん、何か用か?」
「お前、これを知らないか?」
隊長格の顔を食い入るように見つめ、マリーは……腰の短剣を相手に差し出している。
彼女はきっと無意識なのだろうが、見も知らぬ相手に刃物を取り出されて平然としていられる人間は少ない。
「だっ、ダリス様!」
「うろたえるな!」
当然、連れの兵士は隊長格をおもねるように前へと飛び出しかけて、当の本人に一喝されている。
短剣を見せるマリーは、あくまでマイペースなままだった。
「ダリス? お前はダリスというのか」
「そうだ……そ、その剣は!」
マリーの問いにこそ平静に答えたダリスであったが、短剣を見やるや否や、態度は一変した。
それまで平静だったのが嘘のように、彼女へ迫らんばかりである。
「女! 何故それを持っている! お前は誰だ!」
「ダリス様、どうしました?」
何とも都合の悪いことに、あらたな見回りの兵士一団が通りかかる。
丁度そちらに顔を背けていたウッドロウが慌てて俯くも、もう遅い。
「あっ、貴様はウッドロウ・ケルヴィン!」
「まずい……みんな、走れ!」
「召集、召集-っ! ウッドロウがあら……げふっ」
鞘入りの紫電で兵士を黙らせるも、続々と兵士の足音が聞こえてくる。
一同に手振りで合図、囲まれるより前にさっさととんずらしようと走り出しかけて、フィオレは思わず固まった。
「ダリス、見つけた!」
「マリー!」
そう。どうも、雰囲気からして知っている人間……下手をすればサイリルにあったあの民家の家人らしき男を前に、マリーは短剣を納めて嬉しそうに声を上げたのである。
そんな彼女を放っておくなど、ルーティにはできなかったようだ。
「ルーティ、何やってるんだよ!」
「あんた、マリーを見捨てる気!?」
兵士がわらわらと集まってくる中、ルーティは頑としてマリーの傍を離れない。
フィリアの呼ぶ声が聞こえていないでもないだろうに、スタンはぐしゃっと髪をかき回した。
「えーい、くそっ!」
ほぼヤケクソで二人の下に戻ったスタンを、フィオレに引っ張られながらもフィリアが呼びかけようとする。
そこを抑えて、フィオレは囁いた。
「スタンさん……!」
「お静かに。あの二人が傍にいるなら、居場所はすぐに探れます」
瞬く間に三人が取り囲まれる中、ダリスは仲間を見捨てて逃げる一団もきちんと目で追っていた。
ここはいいからウッドロウを捕まえろ、と号令をかけ、集まってきた兵士の半分がこちらへ迫りつつある。
「逃がすな、取り囲め!」
「おー!」
「──北極星にて」
大通りを駆けながら、ウッドロウに故意に近づき囁きを発する。
手振りで二手に分かれることを指示して、フィオレは天を仰いだ。
『ソルブライト。閃光をください』
『承りました』
「眼を閉じて!
直後、眩い光が辺りに溢れ、敵味方を問わずして視界を奪う。
背後に迫る兵士たちが一様に目を覆う中、咄嗟の指示に従った一同は悠々と二手に別れ、まんまと逃げ去った。
合流したのは北極星の別称たる「ポラリス」の名を冠した酒場である。
以前訪れていたことで多少ハイデルベルグの地理を知っていたフィオレは、フィリア、リオンを連れて問題なくたどり着くことができていた。
王族といえど住民であるウッドロウ、そして住民でこそないが頻繁に行き来のあったチェルシーは三人よりも早く酒場前に待機している。
「御身のご無事を心より安堵いたしております」
「ああ、ありがとう。しかしスタン君たちが……」
「真に申し訳ありませんが、休憩も体勢を立て直す時間もありません。これより、三人の救出に向かいます」
乱痴気騒ぎの聞こえる酒場から足早に離れ、ある場所へと向かう。
道中リオンと示し合わせてフィリアにはこれから先のことを話しておいたが、まずは別行動だった二人に話しておく必要があるだろう。
「彼らの居場所がわかるのかい?」
「ええ、もう調べはついています。幸い王城に連行はされなかった様子で」
フィオレの手にあるのは、罪人監視用の額冠操作盤だ。
バティスタの居場所を突き止めた際と同じく、発信機を使って彼らの居場所を逆探知したのである。
罪人云々を省いて伝えれば、ふとチェルシーが首を傾げた。
「でも、どうしてそんな発信機なんて二人は持っているんですか?」
「ちょっとした事情で」
詳しく話す暇などはない。
発信機の位置へずんずん近づいていけば、先程訪れたばかりの王城近辺へと差し掛かった。
「……王城に連れ込まれたのではないのか?」
「いいえ。反応はこの建物からです」
フィオレが指すは、城門のすぐ傍にそびえる詰め所らしき建物である。
物陰から見ていても、兵士の出入りが頻繁で侵入は困難とも思えた。
しかし、立ち止まっている暇はない。
「あんなところ、どうやって入るんですか? ドロボウさんが警邏隊の詰め所へお仕事しに入るようなものですよぅ」
チェルシーの言葉は言い得て妙だった。
だが、ウッドロウ王子がハイデルベルグにいることはすでに通達されているだろう。
相手に時間を与えれば与えるほど、不利になるのは目に見えていた。
「どうやって入るって? それはもう決まっています」
「どうするつもりなんだい?」
「こうするんです」
物陰の暗闇に左の手を差し伸べて。フィオレは、瞬時に意識を集中させた。
「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を」
♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──
謡われた譜歌を耳にして、見張りの兵士がぱたぱたと崩れて落ちる。
後は、いびきの大合唱が静かに響くだけだった。
「ささ、参りましょうか」
「……! 余韻の奇跡!?」